PR
Calendar
Category
Comments
Keyword Search
Freepage List
ヤマモモの媼樹が問わず語りしてくれる内容は、H氏も全容判りかねる為、折々調べてみておりますが・・・
今回は特に「農地改革」について:簡単に調べてみました。
「連合国軍総司令部 G H Q (General Head Quarters)の指令に基づき、農村における封建的社会制度を打破するために、敗戦後の昭和二十二年(1947年)から昭和二十五年(1950年)まで、三年間かけて、農地改革が行われました。

その要点としては政府が
上記の1,2に該当する農地を、地主から 安い価格で強制的に買いあげた
後に、それをこれまで地主から借りて耕作していた小作人に安く売り渡す制度です。
これにより、地主が保有する農地は、政府が強制的に安値で買い上げ(事実上の没収)、小作人に売り渡された。これは、全国的に行われ実に7割余りの農地が地主から小作人のものにかわった。自分の農地になったことにより生産意欲が湧き、日本の農業生産高は飛躍的に増進した。
この農地改革を巡っては、施行されたばかりの日本国憲法の第29条3項(財産権の保障)に反するとして、一部の地主が正当な価格での買取を求め訴訟を起こしたが、第29条3項で言う正当な補償とは、正当な価格とは異なるという解釈がされ請求は棄却された。
これにより昭和二十六年現在で 百九十八万七千町歩 の農地を国が地主から買い上げて、土地を耕していた小作人に売り渡しました。その結果何百年も続いてきた農村の地主、小作制度は完全に崩壊し、自作農の数は農地改革以前の 二百八十四万戸 から 五百四十一万戸 へと飛躍的に増加しました。
この改革は、旧来の農村社会の仕組み、秩序、慣習を根本から変更する「土地(富)の再配分」であり、 農村革命 ともいうべきもので、占領軍の指令という強力な外圧があって初めて可能になりました。」 とありました。
未だに農地解放が出来ていないフィリピン等の貧農と大地主との数十年来絶え間ない闘争の繰り返しからみると、民主日本の根幹をなす画期的な出来事ともいえましょう・・
但し、全てが全て旨くいったわけではなさそうで・・・
その後紆余曲折あり、自作農以外の用途に供することはできないという原則が除々になしくずしになり、昭和二十七年、法律改正が行なわれ、その他の用に供することを認めた頃から、特に大都市近郊で、工業用地や、住宅地に転売され始め、坪数百円で手に入れた土地が、1000倍近くの坪数十万円で売買され出すと、真面目に働く勤労者生涯就業所得の10倍100倍が簡単に手に入る訳で、
この辺りから、「不労所得」じゃないかと言う、旧地主からの不満は々々として、戦後日本の社会全体に「拝金主義・・金さえあれば云々・・」や「自分さえよければ・・」「人がやるなら俺も」等と云う、「無責任」な世の中の仕組みが蔓延し、従来からの「勤勉な日本人の道徳観念やモラルの崩壊」が始ったのでは・・・? とも、思われますが・・・穿ち過ぎでしょうかね~?。