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すっかり、ご無沙汰のまま、世の移り行きを眺めている間に、この辺りでも、万博も催され、バブルとやらで、成り上がった日本も、金々々や土地成金があちこちで幅をきかせ、心ある人には住み辛い、時代になりました。
この山林の持ち主の医者の爺さんも亡くなり、爺さんの知恵なりに遺産相続として、兄弟5人名に分筆され、相続されました。
そうすれば、元々、斜度もあり、北向きで住宅地にも向かぬ土地として、永続して孫子に引き継がれる事になるのを願ったからでしょうね・・明治生まれの人として気骨ある地元の名士でした。
しかし、引き継いだ息子や娘には、或る意味迷惑な話と映りました。財産として、周囲の通常の土地であれば、即何億円になるのに、と・・
そこへ、悪知恵の働く、不動産屋や地元の測量屋が出入りし、兄弟にこんな知恵を吹き込みました
「わしらが金に換えてあげましょう・・爺さんは昔の経緯をご存知だったから、ヤマモモや柿や栗も自由にさせていたが、幸いモノが豊富になった今の世の中、木に登るのも危ないと親が止める時代、里道に子供が入られない様、先ず土地に囲いをつけなはれ!危険防止の為やいうたら、誰も文句いいまへんで!」と諭しました
成る程、それも一理あり、我が子が木登りして危険な目に会うと、持ち主の地主さえ、管理責任云々と訴えてしまいかねぬ時代になっておりましたからね~
こうして、里道毎、フェンスが張られ、通れなくして十年程もたつと、その里道は予測通り、誰も、通らなくなりました。
森の緑や木の葉越の風には感謝しても、そこに生えている、うどやグミ、柿、栗の実さえ、飽食の時代、ほんの一部の人を除き、だれも関心を払わなくなっており、かえって、木々がどんどん生い茂り、台風などで倒れ掛かってきたら迷惑などと口にする人々もおりました程に・・・
そうなれば既成事実として、地元に住む人に諮らずとも、県の土木事務所に申請し、不要不急な利用されて居ない道として、住んでいる人々の意思に関係なく、昔々その土地に住み、田畑を耕していたり、下流で形ばかり田圃を持ち、今ではすっかり、働く事を忘れた水利組合や実行組合の人の判子さえもらえば、その里道は、囲いをした周囲の土地持ちの物になるのです。 いわば、土地泥棒ともいえるこんな合法的な抜け道が世の中にはあるものですね勿論口利きの判子料として、ぶらぶらしているだけの、昔ご先祖様がこの辺りで百姓をしていただけの限られた人員の水利組合や実行組合員には、そんなこんなであちこちからたんまりお小遣いが入り、今年はハワイ、来年はカナダと遊んで暮らす原資にはなるのでしょうね・・

唯、地元の実際の住民はそんな事とは露知らず、夏冬の大掃除には、入会地の風習通り、里道の草を刈り、下枝を落とす作業を数十年来、ず~と続けてくれ、お陰で私の周りもいつもこぎれいなままで過ごしておりましたがね~