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July 8, 2006
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カテゴリ: 少年老い易く

大体その頃の近所の子供達を見ても、貧乏人の子沢山というか、兄弟は四五人は普通で、六七人も珍しくも何ともなかった。

する事もなかったからと切捨てるのも、親達には悪いが、現在の少子化と比較し、劣悪だった生活環境からみて、余りそれが良すぎても、種族保存繁栄には適しないのかも判らない、
戦前の「 生めよ増やせよ 」の言葉は知ってるが、実際の雰囲気は良く判らない。むしろ生きれる、というか、生き残る確率が悪いので、種の保存、DNAの命により、沢山産んでおけ・・となったのか・・と無責任な事を書いている・・・・

病気、その他で産まれた兄弟の数より、育ちきった数が少ない例は多々あるが、現実に、H氏の兄弟も、その内の一例かも・・・

但し、H氏の母親には、 やや過酷過ぎた例 かも知れないが・・

しかし身重の母親にとっては、役に立つので、宛にするが、そこは子供の事とて「また子守せなならん、嫌やな~」と、近くの子と放課後の学校に行き、鉄棒遊びをしていたらしい・・・・

緊急連絡はなぜか相当時間がたってからはいったらしいが、母親が病院に駆けつけてみると、まだ診察も受けられずにいたそうだ・・・
鉄棒を掴みそこねて、脱臼し、かなり出血していたのに、付き添いの小学校の女先生もおろおろするばかりで、医師に、強くも言い切れなかったのか、医師も不在か多忙だったのか・・・・

それが原因で、長女は、一遍に弱り、又栄養食をたんまり取れた時代でもなく、夏休みに入ってからも、寝てばかりで・・・身重の母親も、面倒を見ようにも、自分も大変な体で・・

そんな7月28日早朝、H氏が「おぎゃあ~」と産まれてきた訳で、当然、家はひっくり返り、離れに寝かせられていたその長女は、二つ年下の小2の妹が昼間折々覗くときだけ
目を開けるだけだったようで「また産まれたよ! 男の子だって」と次女が報告にゆくと手を合せ「 赤ちゃんごめんね 」といっていたそうです。

どうして?」 と聞くと「だって私が子守するの嫌だと思ったばかりに罰があったって、こんな怪我をしたんで・・」といって、何度も「 ごめんね 」とあやまってたそうです。

当時小2だった次女の姉も、当時を振り返って、いつも悔やみました。「あの時私がもっとお母さんがわりに面倒みてあげられていたら・・・」「弱っていたのは判っていても、お母さんも赤ちゃん産んだばかりで、相談できないし、まさか死ぬほどなんて・・・」次女も実際どうしたらいいのか・・困り果てていたのでしょう。

そしてこんなうわごとをその折長女は言っていた・・と後から母が次女から聞いて泣き崩れていたそうです。

「わたし、もう少しこのきれいなお花畑でお花つんでいたいの・・だから待っててね!あっ待って!お地蔵さん待って!わたしを置いてゆかないで!そのきれいな馬車に乗せてって!」



まるで、産まれてきた赤ちゃんの身代わりの如く・・・・

親戚の叔母さんたちも含め、翌日以降お見舞い兼お悔やみに訪ねてきた近所の人は、「 この度は・・ 」といったきり「おめでとう」とも「ご愁傷さま」とも言えず大変困ったでしょう・・
H氏の母親はよく気丈に、それを乗り切ったことだと感心しますが・・・・、

従って、大きくなっても、本来H氏の誕生日祝いをしてもらえるその日には、必ず坊主が家に来て「南無ナムナム・・」と拝む日でもあり、またひとしきり母親が「あの子が生きていたら・・」
と死んだ子の歳を数えるのにつきあわねばならず、「えらい損」な気分のままの毎度の誕生日のH氏ではありましたが・・・

その時の戸籍謄本は親父により当然長女の死亡届けは即提出されており、お七夜も大分過ぎてからH氏の出生届けが出されている。
親父のその時の心境も聞いてみたかったが、それも、昭和21年秋には旅立っているため、その折がない・・

敗戦直後の事だし、例により栄養食などもなく、胸を患っていた訳で、離れに一人寝ていた親父に「 近寄るな!」 と厳重に止められていたH氏の親父の記憶は、
離れの庭の手前のお風呂場の角より、顔だけ出して覗くと、一人寝ていた親父が半身に起き上がり、丸いとんぼめがね越しににっこり笑っていた三歳前後のその記憶しかない。


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Last updated  July 8, 2006 07:43:30 AM
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