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本来、母は、日赤の看護婦、親父の親父が気に入って息子の嫁にさせた訳で、付き添い看護婦としては申し分ない筈。
当時にても、水で薄めた闇の不良品は兎も角、「 第三の男 」で有名なペニシリンや特効薬ストレプトマイシンでも手に入り、豊富な栄養食でも食べられる時代なら今少し、持ち直していたかもしれない。
親父が亡くなったのが、昭和21年9月、それより3ヶ月前の 6月の蒸し暑い土曜日 、かくいうH氏が 先にお陀仏になるところだったというお話。
囲いもなにもありませんし、夏ともなれば 蛙がゲコゲコ 鳴き、子供心に捕まえたい一心で、網でも持ってたのでしょうが、池の縁が前夜の雨でぬかるんで、つるりとすべったのか、あっと言う間に水の中・・・
記憶は水の中から上を向いていたのか・・ 「水面に映えるお日さんの中に母の顔
」・・気がついた時は布団に寝かされ、すぐ上の5ツになる丸刈り頭の三男の兄が、上がりかまちから
気後れして、部屋に上がられもせず、シクシクとベソかいていたのを覚えておりますが・・・・
実際は大変だったようで、H氏が池に嵌ったのを見ていた、 近くの大きい子 ・・名前はわすれましたが、何でも渾名が「 警防団 」だったとおもいますが・・
その子がウチに走りこみ、事の次第を告げてくれたから良かったようなものの、即ちに母が溜め池に行きましたが、沈んでしまって見えません。 運良く土曜日で
11歳上の長男が中学から早めに帰っておりましたもので、直ぐに池に飛び込み、足で探して、沈んでいたH氏を救い上げ、母親に渡しましたが、おろがきてた母がうろうろしてると
近くから、どこぞの小母さんが「 何しよんかね!はよ病院へ連れていかんかね !」とどなり上げられ、はっと気ずいて一目散、
その時何を思ったのか、母はH氏 をまっ逆さまに足を持って走ってゆく
途中で、「 ひゅう~
」と息をして水を吐き出したそうで・・・
ついて走ってきていた長男に、布団を敷いて家で待って於く様に指示し、まずは例の脱臼して怪我した長女を長いこと待たした U医院
(近くにはそこしかないので・・)で手当てし、やっとの思いで連れて帰ってきたとか・・・
その際、離れの押入れにあった湯たんぽを、寝ている父に見つからぬ様に、後ろ手でそっと持っていく際、見つかって「 何や!どうした?」「
ううんちょっと」と
弁解しながら持っていった母の顔が、かなりひきつっていて、後で父が「おかしいと思ったワイ」と言っていたとの事で・・・
強運はその時以来ついたのだろうと
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