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その後の連続ラジオ物語は
「 三太物語
」・・・・ おらあ三太だ。おらぁの村には
……・・で始まる、小さな田舎の村の 三太や留、定、花子
ら少年少女グループの冒険物語も耳を澄まして聞きいった。
昭和25年4月から、NHKラジオ(毎週日曜日5:15~5:45)で放送されるや、たちまち、その明るい悪がき振りで人気になり、映画も51年(昭和26年)から53年にかけて4本作られたそうです。
・・ 三太物語の映画
の中の記憶で、 村の大人のオト
さんがせっかく沸かしてくれた五右衛門風呂の中で、留、?定?のどちらかが、おしっこをしてしまい、その場は否定するものの、風呂の栓を抜いて、逃げまわり、
探し回るその内に大嵐になって・・・といった場面を覚えていますが・・それからどうなったか、記憶はあいまい・・H氏の老年性健忘症はすでにそこまで来ていますネ!!

(なを、詳しくは、青木繁 原作 「三太物語」の舞台となった 神奈川県 津久井町産業振興協同組合HP
をご覧下さい)
昭和36年ごろにはフジテレビ系で「 おらあ三太だ
」として放映されたが・・それは見た覚えが余りないのはその折々の年代の興味の移り変わりのせい??・・。
今リバイバル放送すれば・・或いは、座りなおして、見入るかも・・・?)
三太に似たような冒険というか、 H氏の地元紫川の河童伝説の淵
を恐る々々覗きにいったり、お寺の木の上に巣を作ってみたり、川でいかだ作りの真似事をしてみたりした。(・・そういえば、その淵では決して泳がなかった・・)
家の庭にあった枝振りの良い松の木は、各枝毎に座り易く整え、てっぺんの見晴らし場は見やすいように上枝の松葉を払い、家にあった双眼鏡を手に、完全に、我が家の子供用別荘にしていたが・・・長兄に見つかると、早々に降ろされてしまったものだ・・・。
「先生々々 お弁当食べよ~!」「駄目よ 待つのよ お昼まで~」♪♪♪
と、主題歌の唄の最後の一小節しか覚えていないが、やはりその頃は 食べ盛りで、いつも腹を空かしていたので
、この一小節に特に共感していたせいかも知れない・・・
それとも、三太の担任の「 花荻先生
」の凛としたお声に、当時のH氏の小1~2年担任の女先生の 占部先生
のイメージを重ねていたのだろう・・・

(画像は 同町 津久井町史編纂委員 山本恭一氏 「三太物語
」からお借りしました。)
津久井町のHPを読み進むと、相模川周辺もいまや、人造湖の津久井湖(工事開始は1962年)、ができ、三太らが活躍した場所も水没してしまい、 原風景は失われてしまったそうです・
・・。
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