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あれは、H氏が 清水小学校 5年生の
、秋の事だったか、何時も下校時に通る近道の裏通りではなく、その日たまたま、遠回りになる清水交差点三叉路から斜めに広い道を、南小倉駅に向けて友達数人とガヤガヤと帰る途中、清水交差点の向かいの道にしゃがんで、ペンキで、道路の歩道に、何やら書き込んでいる、おっちゃん二人が目に止まった。
たちまち、H氏ら腕白盛りの小学生達は、興味深々でおっちゃんらを取り囲んだ。
「 おいさん!
(九州弁でおっちゃんの意味) 何しとるん?」
の質問に、ニヤっと笑ったおっちゃんは「 見とればわかるケ!」
と答え、せっせと作業にかかる。
白ペンキで、ベタ塗りされたものは、だんだん形を整えられてゆくと、大きな三本(四本だったかな~?)の足指の形となる、
振り返ってみると、どうも、清水交差点を通り越え、到津方面に、既に右足、左足と等間隔に描かれている。下校を取りやめ、
右左の足跡伝いにワイワイと歩いてゆくと
当時、隣の到津小学校との校区の境にあった「 南小倉劇場
」に辿り着いた。・・・足跡は、その入り口に入っていっていた・・
映画館の正面看板に大きく描かれていたものは・・あの怪獣 「ゴジラ
」!!。 入り口はゴジラの股くぐりで入場するようになっていた。
「わ!すげえ!!」「見てみたい!」
と、ひとしきり、スチール写真の前で盛り上がった後、また足跡を逆に辿って帰ると、丁度、南小倉駅前改札口近くまで、足跡のペンキ絵は仕上がっていた・・・。
「小野の公ちゃんも、村上の俊ちゃんも、岡村のボーヤも、ナッカンも皆行くゆうとるけ!」と例により友達のせいにして、親に頼みこみ、しぶしぶ了承。皆で連れもって、見に行った訳だが・・
「 ゴジラ
」 東宝映画 初公開年月 1954/11/03
19XX年、南太平洋で行なわれた核実験によって、ジュラ紀の肉食恐竜が甦った。ゴジラと名付けられたその怪物は、大戸島を襲った後、東京へと歩を進めていく。放射能をまき散らすゴジラの前に、帝都は為す術もなく蹂躙されるかのように思われた。だがその時、防衛軍に一つの朗報がもたらされた。それは若き天才科学者、芹沢の発明した“オキシジェン・デストロイヤー”という、核を凌ぐ超兵器の存在である。しかし芹沢は、核の二の舞を怖れ、その超兵器の使用を認めようとはしなかった……。この作品によって本邦の特撮映画は始まった、
監督: 本多猪四郎
製作: 田中友幸 原作: 香山滋 脚本: 村田武雄 本多猪四郎 撮影: 玉井正夫 特殊技術 円谷英二。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=86049 より
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兎に角 面白かった・・あの恐竜の怖い目付きと独特のゴジラの雄たけびに、震え上がり、東京湾から上陸後、踏み荒らす度に高圧線から飛び散る火花と、ゴジラの背びれの火花にしびれた。
東京で暴れまわるゴジラが、 銀座服部時計店の和光ビル
に近づくと時計台を見てしばし沈黙。ちょうど夜11時の時報が鳴り響き、その音に反応したゴジラが時計台に吠えつき、たたき壊してしまうのだった。
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