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いじめ
とは今に始まった事ではない。
動物の世界では常に見受けるし、人類に一番近い類人猿の世界も、日常茶飯事にいじめたり、いじめられたりしているのはテレビ特集等でも見受ける。
それより進化した筈の人間社会でも、子供はおろか、大人の世界でも、大昔から現在まで、常にある事。
問題は、万物霊長の人間社会で、その解決方法が未だに確立されていない事から、いじめられた子供が自殺して初めて公になり、安穏に職務を全うしている振りをする教育委員会や、やとわれマダム的校長が、見苦しく保身にあたふた弁明ばかりするから、問題をややこしくしている。
(第一、 教育文化省
の記録では平成9年以来「 いじめ
」による自殺者は、ず~と 0
だった事自体、何の対策も取ってこなかったという、自明な証拠)
個人個人で、胸に手を当て思い返せば、100%,と言っていいほど、 程度の差こそあれ、いじめられたり、また無意識にせよ、いじめたりした事がある筈。
これは、 人間(むしろ生物として)の 業
に近い、原罪
ともいえるテーマ。
今時の子供の間同士で、その解決を図らせるのは、どうしても無理だと思う。
親が充分聞いてやり、いじめに負けず自立をする様に納得させ、それでも、親子とも納得いかない場合に、しっかりと相談に乗れる場所・機会を、設置するのが教育委員会だと思っていたが・・どうも、その用意が全然できていない単なる(不)名誉職の様だ。
本来察知すべき、先生方の目を盗んで、いじめが起きるケースも多いだけに、なにもかも担当の先生方に全責任をかぶせ、追及するのも、無理だし、
そんな全知全能な先生がいたらお目にかかりたいと思う程、今時の先生は多忙なご様子で・・・別に皮肉でなく、ご同情申し上げます。
唯、日々問題が大きくなるまでに、もっと対策を取れなかったものか、取ろうとしなかったのかには、大いに疑問を感じますが・・・
問題は 、「人間とはそういう原罪を持った生物
」という事を、小さい時から、繰り返し、良く教え、「 だから仲良くするのは教育を受けた人間としての、最低の最初の義務
」
を意識させる事だと思う。
野生の地球上の生物は自分だけが勝手きままに、背伸びし一人勝ちできる訳でなく、お互い雑居し、お互い我慢しあい、共生し、その結果が、共同繁茂している自然
を良く観察させる事も大切だ、
一番、問題なのは、いじめの現場にいる 周囲の傍観者
だ。
「 自分じゃないから知らない
」とか「 見て見ぬふりをする
」ことが、如何に加害者をつけあがらせ、被害者に絶望の心を植えつける事だろう・・・
今や、飲酒運転の際、それを知っていて同乗したりした場合も、罪に問われる時代、
一見、無関係にみえるが、法体系上、その延長上で、傍観者も見て見ぬふりは罪である事を、意識させる教育ができれば、かなり未然に防ぐ方法があるのでは・・・
一般の大人の場合も、いずれ、そんなシステムが必要かも知れないが・・・民事不介入を原則とする警察が、根本的に考え方を変えない現状では、こちらはまだ時間が掛かるだろう。
事は思いつきで書くほど簡単でないのは、充分判っていますが、・・何か声を上げたくて、書き込みしてみました。
いじめの傍観の結果がどうなるか、その辺りの例をNetで捜していると、ドイツのプロテスタント、ルター派神学者のMartin Niemollerが、
ナチスが行った数々の弾圧を傍観して悔やんだ有名な言葉に出会った。
「 はじめにやつらは共産主義者に襲いかかったが、私は共産主義者ではなかったから 声をあげなかった。
つぎにやつらは社会主義者と労働組合員に襲いかかったが、私はそのどちらでもなかったから 声をあげなかった。
つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、私はユダヤ人ではなかったから 声をあげなかった。
そして、やつらが私に襲いかかったとき
、 私のために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった
。」
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