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今日の礼拝メッセージは、ルカ5章から。 群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、イエスはゲネサレ湖の岸べに 立っておられたが、岸べに小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降 りて網を洗っていた。 イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟にのり、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。 そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と言われた。 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれません でした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚がはいり、網は破れそうになった。 そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがや って来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。 これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私のような者から離 れてください。私は、罪深い人間ですから。」と言った。 それは、大漁のため、彼もいっしょにいたみなの者も、ひどく驚いたからである。 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。イエスはシモンにこう 言われた。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」 彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。 漁が行われるのは、通常、夜。そして、朝、港にもどり、網を洗い、干してから休養する。この箇所から想像できるのは、夜通し働きづめにも関わらず、何一つ魚がとれず、落胆しながら、網を洗っているペテロの後ろ姿。そのペテロに「船を出してほしい」と声をかけるイエス。網を干したら、休もうとしていたペテロにとって、「しんどい、めんどくさい」との感情が生じても不思議ではない状況。しかし、ペテロは従った。 ● イエスさまの方から近づいてくださるさて、イエスの周りに目を向けると、「押し迫る群衆」と、イエスに背を向け「黙々と網を洗う漁師」の、鮮やかな対比。その中に、ペテロの姿も。ヨハネ1:40~42を見ると、ペテロがイエスと出会ったのは、イエスがガリラヤに来られる前であった。つまり、以前に、ペテロはイエスを知っていた。それは、おっちょこちょいで、無鉄砲、目立ちたがり屋なペテロの性格を考えると、イエスを知っていたにも関わらず、(しかも、以前、イエスに従った)にも関わらず、イエスと群衆の横で、黙々と網を洗う姿のギャップ。おそらく、一度はイエスと共に行動したものの、ペテロの中に失望があり、イエスから離れたのではなかろうか。当時のメシア観は、政治的リーダーのイメージ。特に、ローマ帝国の圧政から独立し、ユダヤ民族の王国を復興させるものとして考えられていた。そして、ペテロは、イエスと行動を共にする中、イエスの中に、自分の思い描いていたメシアのイメージと違うことに気づき、期待が裏切られたような感じを持っていたのではないか。以前、教会にある年輩の女性が訪問。牧師に会わせてほしいとのことで、自分が応対したが、彼女が自分を一目見た途端、あからさまに失望の顔色を見せた。「牧師先生は、もっと威厳のあるはずでは。」と言い残し、そそくさと帰った行った。自分に失望し、去る人に対し、愛を表すことの困難さ。しかし、イエスは、そんなペテロに、ご自身から近づかれた。 ● イエスさまは、私たちに分かる形でご自身を示されるイエスのことばに従った結果、ペテロたちが経験したのは、大漁だった。ある男性が、イエスさまを信じるに当たって、「キリスト教は寛容だからね。何てったって、怒るなって言うんじゃなくて、夜までだったら、怒っていてもいいっていうんだから。」と話していた。(本当は、エペソ4:26「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。」との聖書のことばの曲解なんだけど)しばらくして、奥さんもイエスさまを信じたいという。「短期だったうちの人が、イエスさまを信じてから怒らなくなった。そういうイエスさまを自分も信じたい。」必ずしも、みなが、イエスさまを信じた時に、短期でなくなるわけではないが、イエスさまは、相手が一番よく分かるような形で、いろいろなことを示してくださる。 ● イエスさまは、私たちの今の弱さ、欠点、弱点ではなく、「必ずこうなる」という将来の姿を 見ていて下さる一度は、イエスに従いつつ、失望し、離れたペテロ。また、この後のペテロの足跡を見る時、決してほめられたものではない。相変わらず、お調子者で、感情で行動。イエスが捕らえられる直前に「たとえ火の中、水の中、死ぬまであなたをお守りします。」と大見栄を張ったものの、実際にイエスが捕らえられると、さっさと逃げた上、「お前はイエスの仲間だろう、いっしょにいるのを見たぞ」って訊かれて、「とんでもないっす、天地天命をかけて知らないっす。」と裏切る。しかも3回も。でも、ペテロの性格も、今後、失敗し続けることも、後には大きく用いられるようになること、すべてをご存じで、「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」と、イエスは声をかけられた。このように、イエスは、やがてそうなるであろう私たちの姿を見て下さる。 福島で牧会しておられる佐藤彰先生が、大学卒業する頃、牧師になる決心をして、その旨、母親に手紙を書いた。その時の母親の返事「2歳の時、『きょうかいのせんせいになる』と言っていた。そのことばを聞いて、これは、神さまが語らせていると思い、その日から、ずっと祈ってきた。」小学2年から5年まで、佐藤先生の出身教会に通っていた。特に母親が、その後も、この佐藤先生のお母さんと親しくさせていただいており、感慨深く、メッセージを聞いた。(佐藤先生の弟さんは、高校の先輩で、母親が衣服のおさがりなどを、いただいた記憶がある。) 今日の礼拝には、ライトハウス教会の長老がお見えに。期せずして、初めて、しかも自分の教会でお会いした。お忙しそうだったが、ごあいさつだけ、させていただく。 午後は、教会大掃除と、11月に教会で行われる結婚式の打ち合わせ。
2002年09月29日
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家族で、地元系キリスト教書店へ。ゲットしたもの「灰色の段想」 藤木正三 ヨルダン社「用い給え わが主よ」 藤井圭子 一粒社 (古本)「愛すること 信ずること」 三浦綾子 講談社文庫 (古本) 昼は、近くの横綱ラーメンに行こうとしたら、すごく混んでたので、はす向かいの餃子の王将で。
2002年09月28日
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北朝鮮側が、拉致事件に関連して初めてのコメント。ネットで検索しても、全文は見つからず。外交は「駆け引き」とはいえ、なかなか、意表をつく内容。外交では、百戦錬磨の北朝鮮らしいといえばらしいコメント。事態は、ますます紆余曲折するか。今後も、いろんなくせ球が飛んでくるだろうな。10年ほど前から台頭している、北朝鮮ソフトランディング論。果たして、どこにランディングさせるのだろう。ランディングすれば、独裁は、恐怖政治は終わるのか。最近の論調は、北朝鮮の体制が崩壊すれば100万人単位(一説では300万人以上)の難民が日本に押し寄せるから(それでは困るから)と、体制維持の方向に誘導してはいないかな。祈りつつ、注意深く、状況を見て行かなきゃ。拉致問題の解決って何だろう。真相が究明されること?生存者が帰国すること?被害者に謝罪と賠償がなされること?国交正常化の大儀の前に、切り捨てられること?ひとつのハードルを越えたことで、ゴールは近づくどころか、見えなくなってしまった。 「北朝鮮が被害者家族を踏みにじる批判報道」 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国営朝鮮中央通信は26日、17日の日朝首脳会談後、日本人拉致事件について同国の公式報道機関として初めて言及した。事件について「遺族にとっては遺憾なこと」としながらも、一方で「数人死亡したことをもって日本側が度を越した騒動を起こしては、事態が収拾できない状況に追い込まれる可能性がある」などと警告した。 小泉首相との首脳会談で、金正日総書記(60)が認めて謝罪した日本人拉致事件について、一貫して「無視」してきた北朝鮮の公式報道機関が、初めて見解を示した。 タイトルは「日朝間の問題は、大局的な見地から解決されなければならない」。同通信は「70年、80年代に、わが国の一部の人間たちが勝手に日本人数人を拉致するなどしたことがあり」と拉致の事実に触れ「事件再発防止のために内部的な措置が取られたと承知している」と、金総書記が首脳会談で小泉首相に話した内容と同じ主張を展開。 ただ「日本人が数人死亡したことをもって日本側が度を越した騒動を起こしては、事態が収拾できない状況に追い込まれる可能性がある」と警告。「日本には日朝間の肯定的な事態の発展が気に入らない勢力がいる。今、彼らは拉致された日本人のうち、長い期間のうちに一部が死亡した問題を、感情的に極大化し、反共和国(北朝鮮)敵対意識を吹き込む大々的なキャンペーンを繰り広げている」と日本側を批判した。 さらに「現在、我が国には過去、日本に強制連行されて半世紀が過ぎても生死すら分からない数百万人の青年、壮年の遺族と、日本皇軍の性奴隷として連行された数十万人の女性たちの遺族たちが悲しみと苦痛に耐えながら暮らしている」と強調。その上で「こうしたむごたらしい歴史的な問題と、日本人数人の問題を絶対に対比することはできない」と主張し「こうした2つの問題が感情的に連結し、対峙(たいじ)した場合、想像できない事態が起きるだろう」とも警告した。 一方で「日本人が死亡したことは、遺族にとっては極めて遺憾なこと。我が政府は彼らの痛みを和らげるために最善を尽くしている」と主張し、首脳会談の意義を強調した。しかし、金総書記が拉致事件で謝罪したことには触れなかった。http://www.nikkansports.com/news/society/p-so-tp0-020927-03.html
2002年09月27日
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通常、水曜日のシフトが、これから1か月間ほどだけ限定で、早朝勤務になったので、教会で持たれている水曜夜の祈祷会に出席できることになった。(感謝) さて、久々の祈祷会の時間だったが、今日は、ジャパン・イスラエル・ミッションという対ユダヤ人宣教団体の川津旭宣教師をお迎えして、ユダヤ人宣教についての報告を聞く集いがもたれた。 川津先生は、イスラエルへの宣教師として、日本から遣わされている。9か月間、イスラエルで過ごし、3か月間、日本に戻り、協力教会をまわったりされている生活を送っていらっしゃる。今回も、来月のイスラエルへの「帰国」(とおっしゃっていた)を前に、堺に立ち寄ってくださった。 まず、川津先生が、イスラエルで撮影してきたビデオを見せていただく。イエス・キリストをメシア、救い主と信じたユダヤ人は、「ビリーバー」と呼ばれ、集会所は、チャーチ(教会)ではなく、「コングリゲーション」と呼ばれている。これは、ユダヤ人が、2000年の長きに渡り、キリスト教会によって、迫害されてきたため、「クリスチャン」「教会」ということばに、抵抗があるほど、ユダヤ人の内に、大きなトラウマとなっていることを示す。数年前、ローマ法王が、ユダヤ人迫害の件を謝罪し、政治的には、関係改善が図られているが、実際の傷は残っている。そういえば、数年前、ルーテル派の教会も、マルティン・ルターが、ユダヤ人を迫害していた事実を認め、謝罪し、一部で衝撃的に伝えられていたっけ。「コングリゲーション」に集う「ビリーバー」の中心は、ソ連崩壊後、ロシアから帰還したロシア系ユダヤ人。人口650万人のイスラエルに、100万人のロシア系が帰還した。しかし、旧ソ連よりイスラエルの技術、教育の水準の方が高かったため、彼らの多くは、ソ連時代の資格や経験を生かすことができず、概して平均的所得より低い。(教師や医師、看護婦の資格を、そのまま生かせない。取り直しが必要。)ソ連時代、まったくの無宗教だったことで、宗教に対して飢え渇きがある。また、親戚一族が少ないため、妨害などの、しがらみもなく、イエスを救い主と信じやすいし、また、集会にも集いやすい。一般のイスラエル人には、自分たちを迫害してきたキリスト教会に対する反発、反感、憎しみがあるため、実際に、イエスを信じたユダヤ人が、職場でいやがらせを受けて、退職に追い込まれたり、建物や家を焼かれたり、時に、命の危険までは行かないまでも、身体的に危害を加えられる事件も起きている。「コングリゲーション」での集会は、聖書の解きあかしや、賛美など、3時間以上続く。賛美の時間には、ただ歌うだけでなく、ダンスを踊ったり、旗を振り回したり、みな、自由に表現しながら、楽しそうに神さまをほめたたえている。ダンスや歌は、イスラエル固有のものから、ロシア的なもの、西洋的なものなど、いろいろなものが、混ざり合って、非常に興味深く、ビデオを見せていただいた。 旧約聖書エゼキエル書37章1~11節から、ユダヤ人伝道の意義の解きあかし。 この箇所は、「枯骨の谷の例え」と呼ばれる箇所だそうだ。谷底に散らばる干からびた多数の骨。これら骨と骨がつながり、筋がつき、肉が生じ、皮膚が覆い、最後に息が吹き込まれた時、彼らは生き返り、群衆、すなわち、イスラエルの全家となる。そして、今の状態は、息、すなわち聖霊が吹き込まれるのを待っている状態。今は、彼らに主のことばを聞かせ、そして、彼らに、「恵みと哀願の霊」(ゼカリヤ12:10)が注がれ、ユダヤ民族として悔い改めるために、祈り続けることが必要。イエスさまは、ご自分の民(イスラエル)を救うため「ご自分のくにに来られ」た。(ヨハネ1:11)「わたしは、イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません。」とも言われた。(マタイ15:24)しかし、イスラエルは、この救い主を退け、十字架につけてしまった。その結果、救いはユダヤ人以外の異邦人に及ぶようになった。「彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。」(ローマ書11:11)この「ねたみ」ということばは、「奮起させる」とも訳せることば。この箇所に続くオリーブの接ぎ木のたとえを通じ、あくまで、イスラエルの救いが、神さまのご計画から外れたことではないこと、いや、神さまの目的でさえある。「イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、こうして、イスラエルはみな救われる」(11:25~26)ユダヤ人が、裏切り続けようと、イエスさまを十字架につけてしまおうと、神さまのイスラエルに対する愛、思いは、いささかも変わることがない。そして、イスラエル全家の救いの預言は成就する。 ジャパン・イスラエル・ミッションの働き・経済的支援 職を奪われたりして、貧しさの中にある「ビリーバー」のサポート 独自の集会所を借りたり、建てるためのサポート・霊的支援 リーダーたちへの励まし 霊的奉仕 祈りの支援 (日本人がコングリゲーションを訪れるだけでも、大きな励ましになる)これまで、ユダヤ人伝道の働きがあることだけは知っていたが、今回、その内容を十分に聞くことができ、関心を持たされ感謝。本来、救いを受けるべきだったユダヤ人。彼らユダヤ人を、台の下のパンくずをいただけるようになった異邦人が愛する。神さまが選び、愛したもうユダヤ人に、我々異邦人が仕える。預言の成就が近づいていることを見、携わる幸い。そして、再臨の時を左右さえする具体的働きに、祈りやサポートという形で参加できる恵み。ダイナミックな歴史に、今、触れている。 マラナサ。主よ、来たりませ。
2002年09月25日
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我が家の10軒ほど隣にキリスト教会がある(出席教会ではないが)。その教会出身の佐味湖幸宣教師が、宣教地フィリピンへのに出立するため、その教会で、派遣祈祷会が開かれた。 ● 佐味宣教師のお証宣教師の特権は、多くの人に祈られ、支えられていることを実感できること。(時に、プレッシャーになることもあるが。)2年前に、かつて3年ずつ2期のフィリピン宣教を終えて、帰国したが、帰国数か月前に、心身共に非常に疲れた状態に陥った。精神的には、帰国時には、だいぶ回復しつつあったが、身体的には、帰国後も、大きな試練にさらされた。(慢性疲労症候群)同時期に、自分より若干症状の重い宣教師が帰国していて、その宣教師への医師の診断は、「少なくとも2、3年の復帰は難しい」だった。しかし、自分への診断は、「様子を見ましょう」。結果的に2年半の休養期間とはなったが、もし、最初の診断が「2、3年の復帰は難しい」であったなら、耐えられなかったかもしれない。神さまの憐れみ。そして、2年半の時間は要したが、ふたたび、フィリピンの地に送り出されることは、大きな喜び。この2年半の待機期間は、「自分の計画」がことごとく崩される経験。特に体調の激変。翌日、東京に行く予定であっても、前日、突如、2階から1階に降りることさえままならなくなったり。力無く横たわりながら、神さまの御声をしずかに聞く経験。やること、やりたいことが多すぎたが、しかし、最優先すべき、1番大切にすべきが何かを、知らされる機会。受け入れるのに時間はかかったが、「弱さの中にある幸い」を体感する時であった。 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、 弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリ ストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。、私は、 キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が 弱いときにこそ、私は強いからです。 新約聖書 コリント人への手紙第2 12章9~10節「弱さ」を受け入れ、それに「甘んじる」時、ただ、主に「依存」し、ただ、主にみこころを聞き、主のはかりごとと、ご計画だけがなることだけを、望みうる。そして、神の力が働くことを体験できる。いろいろな検査の数値も、異常値はなくなり、医者からも「完治」の診断をもらったが、それでも、(年齢のせいもあるかもしれないが)、以前の身体とは、感じが違い、違和感は残っている。10月からのフィールドは、マニラから、バス・フェリー・バスと乗り継いで10時間前後の、ミンドロ島という島。以前も宣教活動に携わった島で、懐かしい場所だが、旧知の宣教師が現地で召されたり、帰国したまま復帰できなくなったりで、環境は激変している。宣教団体の組織も大きく改変され、指示系統、経済的なシステムも、大きく変わっている。特に、フィリピン人リーダーのもと、仕えていくことになるため、これまでのフロンティア精神での宣教とは、まったく違う展開になることが予想される。そのため、祈ってほしい。 ● 奨励のメッセージは、エペソ人への手紙6章19~20節から。 また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせること ができるように私のためにも祈ってください。 私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、 語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。宣教は、宣教師1人だけの働きではない。教会の一員として宣教地で活動すること。同時に教会にとっては、共にする働き。人の力による働きではなく、主の御力による働き。この手紙が書かれた時、パウロは獄中にいた。しかし、パウロは、「鎖がはずされ、釈放されること」を願わず、みこころのままに福音を「大胆に知らせ」「大胆に語る」ことを、「祈ってください」と懇願する。宣教師の課題は多い。健康のこと、経済的なこと……。それらは、大切なことであるが、宣教師の願いの中心が、失われてはならない。聖霊によって、福音が語られることを。確信を持って、適切に伝えられることを。 ● OMF(宣教団体)を代表して 総主事夫人、牧野伊豆さんのあいさつ3期目の危険。それは2種類の「慢性的ヒーロー(ヒロイン)症候群」ある程度、勝手が分かり、「分かっているから」、余裕もできて、無理をしすぎること。また、油断し、現地のスタッフと信徒とすれ違いの危険性。(日本に来た宣教師が、同様の苦労を味わっていたかもしれない、それを感じた人もいるかもしれない。今度は、送り出す側として、それを分かち合える。)もう一つの危険は、「こんなに苦労しているのに、分かってもらえない」という、「悲劇の「ヒーロー(ヒロイン)症候群」。苦労の割に、目に見える成果が現れなかったりした場合、現地スタッフに対して、また、送り出したサポーターに対して、感じてしまう非常に強い誘惑。また、送り出された側だけでなく、送り出す側にも、それは、強く伝染する。「3度目だから大丈夫だろう」と、緊張感が欠けてしまったり。また、「これだけ支えている」「これだけ捧げている」のに、と感じたり……これら、すべては、霊の闘い。送られた側も、送る側も、宣教の働きを阻止・妨害しようとする働きがあることを意識しなければならない。 すぐ身近から、宣教師が送り出されること、なんと大きな幸いであり、チャレンジであろうか。心も体も、主に明け渡し、献げ、委ね、「よき知らせ」を地の果てにまで携える、尊い働き。祈り手として、ともに同じ喜びと労苦を、ほんの一部でも分かち合い、味わわせていただきたいと思う。主よ、佐味湖幸宣教師を、満たし、生かし、お用い下さい。みこころであるところの、救われる魂と出会わせて下さい。福音を、大胆に、適切に語らしめて下さい。ただ、あなたのご計画だけをなして下さい。あなたご自身の栄光を現してください。 アーメン 送り出すはずの派遣式で、多くを教えられ、受け、恵まれ、数十メートルの家路についた。
2002年09月23日
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すでに死亡していたとされる拉致被害者の、死亡日時が、実は伝えられていたのに、遺族のことを考えてとの理由で、外務省が伝えていなかったことが明らかに。またしても、遺族の気持ちが踏みにじられるばかりで、気の毒でしかたがない。ある拉致被害者2人の消息をたどると、外国人の手に託された日本への家族の手紙が、日本に着いてから、2か月後の同じ日に亡くなっていたことになる。2人とも。残念だが、やはり、消されたのか、との思いは深まるばかり。ああ。 かの国から漏れ伝わる情報を、たとえば、本でもいい、何か、手に入れてみよう。そこには、信じられない光景が展開する。 「ある日、突然、となりの一家が姿を消した。」 「酔って、つい、政治の不満を口にしたら、左遷された。」 「身内に、朝鮮戦争中、南朝鮮(韓国)に逃げた人がいるため、自分の出身成分が悪く、どんな に優秀でも、大学に行けず、職場もよいところに行けず、また、今でも監視対象になっている。」 (かの国では、思想的に20いくつの身分があり、進学、就職、結婚などに絶大な影響をおよ ぼす。カースト制度並み?) 「戦後、祖国に帰国を果たした在日朝鮮人の肉親から、ある日、突然、音信が途絶えた。 ○○○○万円払えば会わせてもらえるということで、祖国に寄付し、行ってみると、数年前に 処刑されていた。」 「学校では、金日成の歴史と言行学習がかなりの比重をしめている。」 「ラジオのダイアルはハンだ付けされ、決まった局しか聞けない(=外国の放送を聞けない)」 「板門店観光に行ったヒッピーが、写真に撮られ、貧しい南というコメント付きで報道された。 それ以降、板門店観光では、ぼろジーンズサンダルでは行けない。」 はじめは、信じられない内容だ。あまりにひどすぎて、作り話とまごうほどである。漏れ伝わる内容だから、反体制側の一方的な言い分や、でっち上げ、偏向も多少はあるかもしれない。正確さに欠ける面もあるかもしれない。しかし、複数の内容を、検討すれば、どんなにそれらを考慮してもある一定の結論に至らざるを得ない。 自由がない、恐怖政治、金日成、正日父子崇拝、相互監視、 全体主義、粛正、公開銃殺、強制収容所…… 数年前の、日本人妻(在日朝鮮国籍者と結婚した日本人妻。戦後、夫の帰国についていった)の里帰りを思い出せば、誰1人、「苦しかった」との愚痴1つこぼさず、「偉大な首領さまのおかげです。」と繰り返すばかりだった。当たり前かもしれない。数十年間、そうやって、耐え忍び、思想的に信頼できるとみなされた人しか、里帰りさせてもらえなかったのだろう。それ以前に、ちょっとした失言や、時には、でっち上げで、スパイ容疑で、強制収容所に入れられてしまうのだ。 かの地の強制収容所は、監獄のような建物、敷地があるわけではないらしい。村単位以上の広さで、鉄条網で囲まれ、周囲は完全に封鎖され、衣食住共に、ほぼ自給自足に近い、つまり、原始時代さながらに、命を永らえているに過ぎないという証言さえある。そして、死を待つばかりというのだ。また、そこには、多数の、帰国した在日朝鮮人や、日本人妻も送り込まれているという。 10年ほど前にも、拉致疑惑がちょっとした話題になった時期があった。ある人は、実名等、詳細が公表されることを、本気で心配していた。粛正されるのではと。特定された人物を無き者としてしまえば、もともといなかった人物となるし、口封じにもなる。実際、その危惧は、正しかったのかもしれない。しかし、当時の大勢は、冷たいものであった。「自分ですすんで、残っているんじゃないか。」「帰国を希望すれば、帰れるはずだ?」拉致自体を、確たる証拠がないと、言い張る国会議員も多かった。我が国が毅然とした態度をとっていても、10年前では、遅かったかもしれない。20年以上、かの国は、悲劇を起こし黙殺し、我が国政府・外務省も問題を放置し、そして、我々も傍観していただけではなかったか。 今一度、真実に目を向けよう。関心を持とう。過去に何があり、今、何が起きているかを。我が国が、誰と会談し、その相手は、本当に変わろうとしているのか。そもそも、信頼できるのか。 ただ一つ言えること、それは、日本の戦後は、まだまだ、終わっていないということ。周辺地域を含め、我が国の中でさえも。 主よ、あなたの御手を、差し伸べたまえ。あなたの義と愛と恵みの光で、この地域を照らしたまえ。真の和解と平和を、かの地に与えたまえ。祈りを通して、かの地に、仕えさせたまえ。愛させたまえ。 この世にある戦いと、内なる戦い。 心が騒いでいます。怒り、憎しみ、やるせなさ、失望感、あせり……動揺に沈んでしまいそうです。助けてください。波風を、静めてください。平安を与えてください。 起きている出来事を直視しつつも、それに引きずられないように、知恵と力のことばを、与えてください。 愛することとは、どんなことでしょうか。仕えることとは、何でしょうか。何を見、何をなすべきでしょうか。何を、どう、祈ればいいのでしょうか。 導いて下さい。主よ。 かの国の現状、実状に近いものを知るのに役に立つと思われるサイトをいくつか、お気に入りリンクに登録したので、ぜひ、のぞいて見てください。一考になることを望みつつ。
2002年09月20日
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4名生存、6名死亡。ニュースを見た途端、凍りつく。涙があふれてきた。ああ、横田めぐみさんもだめだったか。嘆息。ああ、なんと悲惨な結末。いや、まだ結末ではない。生死の安否のみで、いつ、どのように連れ去られ、どのように、かの地で生き、いつ、どのように命を落としていったのか、何も明らかにされていない。かの国は、経済的に行き詰まり、また、テロ支援国家にリスティングされている。日本と国交を結び、植民地支配に対する補償としての経済支援を求めざる得ないほど、切羽詰まっているというのが、一致した見解であるようだ。しかし、そもそも、拉致事件、不審船問題、核、ミサイル疑惑を起こしてきたのは、どこだったのか、誰が決断してきたことか。そもそも、彼が特殊期間を掌握した時期から、拉致事件が頻発しており、(どこまで信頼できる話か分からないが)彼自身の指示であったとの証言もあるという。彼自身が「英雄主義」で始めたことではないかとの疑念も残る。かの国では、拉致の事実も、謝罪の事実も、国民には、報道されていないようだ。戦前の日本の天皇制にも似た独裁主義。時に政治犯がでっち上げられ、ある日突然、こつ然と家族ごと、強制収容所に送られる社会。工作で捕まったり、失敗した場合、命をもって、(自沈や服毒)償わなければならない組織を持つ国。体制に完全に管理され、洗脳され、盲従せざるを得ない社会。北からの亡命者でさえ、「金日成マーチ」などの音楽を聞くと、今でも、感動・興奮してしまうほど、身にしみているという。民主化とは、ほど遠い社会。信仰を持つことが、命がけで、今でも殉教者が出ている国。彼は、かの国は、本当に変わったのだろうか。変わるのだろうか。変わろうとしているのだろうか。目先の体制の延命を求めているだけではないのかとの疑念。「拉致認定家族」が、「拉致被害家族」となり、そして1日のうちに、「生存確認家族」と「拉致被害遺族」に明暗分けられた日。何とも、心苦しいのは、被害者家族が、これからも、戦わざるを得ない事実。ああ。少なくとも、今回、生存が明らかになった4名の命は、今後、保証されるだろう。亡くなった8名は、冷戦と、南北対立の犠牲者なのだろうか。日本で拉致疑惑として、名前が挙がったことが、その死に、影響を与えていなかったか。平壌の青空と、東京でしとしと降る雨が、妙に対照的だった。あまりに激しい悲しみと憤りに、思考も感情もずたずたになる。命の重さを考えながら、かつて日本が行ったこと、加害の歴史を、無言のうちに、突きつけられているような気もしてくる。不法な連行は、どれだけあったのか、無かったのか?亡くなったり、いろいろな被害にあった人々に対する我が国、日本の対応は?長い長い時間をかけて、複雑に絡み合った不幸な歴史。これまでの60年、あるいは100年間、絡まる一方だったのが、それでも、ほどく方向にベクトルが変わったのか。あまりに重い現実であるが、真の和解と安定に向けて、避けられない一歩であろう。かの国に、真の平和と自由が訪れることを祈りつつ、また、私たちの国の抱える問題、放置してしまった問題を覚え、祈らされる。歴史さえ、支配されている主よ、何をなそうとされるのですか。主よ、あなたの御手をさしのべて下さい。人の罪の大きさを、まざまざと見せつけられます。怒り、憎しみ、憤り、自自己中心……。かつて、東洋のエルサレムと呼ばれ、もっとも福音が浸透していたかの地が、もう一度、独裁者ではなく、王の王であるあなたへの賛美で満たされますように。加害の歴史を持つ私たちが、真の悔い改めに導かれますように。被害者家族の皆さまに、ただ平安がありますように。特に、横田めぐみさんのご両親の信仰を支えてください。 アーメン
2002年09月17日
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聖書のヨハネの福音書4章に「サマリヤの女」という話が出てくる。旅の途中、イエスはスカルというサマリヤ地方にある町に立ち寄られた。日中、井戸に水をくみにやってきた女に、イエスは「水を飲ませてください」と話しかけられる。こうして、イエスと女との対話が始まり、イエスは、この女が、罪深い女だったことを言い当てる。女は、イエスとの対話の中で、自らの過去が癒されていったのだろうか、神と出会ったと確信した、その喜びからであろうか、これまで人目を避けるように暮らしていたのに、水がめを置き去りにして、急いで村へ戻り、「この方がキリストなのでしょうか」と人々に呼びかけ、結果、この女の行為によって、この町の多くがイエスを信じたという内容である。イエスと女の対話の中で、井戸の水と、泉の明確な対比が示される。(ヨハネ4:10~15)イエス 「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを 知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生 ける水を与えたことでしょう。」女 「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をど こから手にお入れになるのですか。」イエス 「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、 決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいの ちへの水がわき出ます。」女 「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」イエスは、井戸の水を女に求めながら、同時に、霊的な渇きを潤す生ける水について語られた。女の方は、実際の水しか、想起することができなかったから、ずっととんちんかんな会話だったなんてことは、さておいて、ここで、泉について、なぜか、じっくり考えさせられた。泉の水。それは、どこから来るのだろうか。自然の大循環の中、大洋から水蒸気として蒸発した水分が、雨となり、山や地上に降り注ぐ。ある部分は川となり、ある部分は、地表から吸い込まれる。その水は、地中に、低く深く、取り込まれ、伏流する。沈む課程で、土によって、ろ過され清められ、また、時には地中のミネラルを溶かし、その身に帯びながら、何十年、時に百年単位で、暗い地中をゆっくり流れ、そして、ある場所で、泉となり、地表に表れる。明るいところから、光のない、暗い世界へ。天から地へ、さらに、低く、深く、下に、下に。そんな意味でも、あの方は、泉の水でいらっしゃった。そんな気がした。
2002年09月14日
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神さま 今、何を祈らせてくださるのですか 静まり、心を空にします あなたのみこころを、わたしの思いとして、祈らせてください 心に浮かぶ、あの人この人 あのこと、このこと 誰のため、祈らせてくださるのですか 何を、祈ればいいのでしょうか 神さま 魂の内に、正しい願いを起こしてください あなたのみこころであるところの志を立てさせてください そして、あなたが、なそうとしておられることを 祈りを通して、知ることができるようにしてください
2002年09月13日
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わたし 「神さま、●○して下さい。おねがいします。」神さま 「‥‥‥‥。」わたし 「お願いですから、●○して下さい。」神さま 「‥‥‥‥。」わたし 「神さまぁ、●○してくれたら、これから、××しますからぁ」神さま 「‥‥‥‥。」わたし 「××だけじゃなくて、□■もしますし、△▲も献げますから、絶対●○して下さい。」神さま 「‥‥‥‥。」わたし 「聞いてくれなかったら、ぐれてやる。」神さま 「‥‥‥‥。」わたし 「こんなに祈ってるのに、どうして、聞いてくれないんですかぁ???」神さま 「‥‥‥‥‥‥。 この前、みこころのままにして下さいって、祈ってなかったかなぁ?」わたし 「はい、祈りましたが‥‥‥‥。(ぎゃふん)」わたし 「神さま、分かりました。あなたが下さるものが最善であると、聖書に書いてありました。 時にかなった、最も必要なものを、神さまの方法で与えてください。」
2002年09月12日
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ドラえもんの第11巻に「かぜ袋」というひみつ道具が登場します。 ご存じの方も多いかと思いますが、この袋、かぜをひいた人が、その袋に向かって「ゴホン」と、せきを吹き込むだけで、あ~ら不思議!かぜが治っちゃうんです。 あらすじはといいますと、学校でかぜが流行っていたらしく、みなが行列をなして、かぜ袋の順番を待っているところに、鼻水をたらしたジャイアンがやってきます。そして、順番を守らないどころか、なかば横取り状態で、かぜ袋を奪い、思いっきりせきをしますが、その時、かぜ袋が破裂し、ジャイアンは、袋全部=全員分の「風邪」を身に受け、前よりもひどい状態になってしまうというところで、この話は終わります。(まんがが手元になく、記憶で書いてるので、ディテールが違うかもしれませんが、ご容赦を! 11巻というのは、「ドラえもん」「かぜ袋」で検索したら、あるページがヒットして、そこに書いてあった) 実際にまんがを読んだのは、小学生の頃ですが、なぜか、先日、この話を思い出しました。そして、ある部分が、主イエス様のイメージと重なりました。わたしたちが自分で処理できない部分を、神ご自身が、取り去り、いやして下さったこと。ジャイアンは、自分の欲の結果として、他人の分まで、ひどい状態になりましたが、主イエスは、ご自分の意思で、結果を知りつつ、全人類の罪を一身に負って下さったこと。 ジャイアンの姿こそ、本来の私たちの姿かもしれません。そして、主イエスが、現実に、ジャイアンのように、ひどい姿になって下さったことを覚えます。 私たちの罪に背負い、十字架上で裁きを受けて下さった主イエス様の愛を、もう一度、再確認させられました。 「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。 彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪 のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安を もたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」 イザヤ書53:4~5
2002年09月04日
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