分類忘れ( ̄Д ̄lll) 0
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まだまだ ぜんぜん 形になってきているわけではないのかもしれないけれど思ったより 順調。いや 楽しいから。同じ年三人組ではじめた メンバーに 名前がつきました。*『Charmed』**AXN*から名前をもらいました。どんな名前かはひみつ。あんなことしたいね。こんなのは どうだろうって夢はひろがります。
2009/05/26
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愛する人が不安がっていたり怖がっていたり寂しがっていたりするたび思うもっと強くなりたいと愛する人の前ではやさしさを地球より大きく宇宙より広くそれでももっと強くなりたいと見守るためになにがたりない?ふりかえった時笑っているためになにがたりない?もっと強くならなくちゃもっとやさしくならなくちゃもっともっと
2009/01/21
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自分との約束。絶対守りたいな。誰もしらないかもしれないし守らなくても誰にも迷惑かからないかもしれないけど自分との約束。守れないことには誰との 約束も 守れないよね。きっと。
2008/10/08
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nonkoさんから ご用命をうけて つくってみました。アマゾナイトのブレスレット。ほんと 不思議にたまたま アマゾナイトを 買ったら彼女に アマゾナイトがいいなって いわれて びっくり。でそれからは 彼女にあう石を あれこれさがしてみました。まだまだ つくるのは へたっぴだけどすっっっっっっごく 喜んでくれたからすっっっっっっごく うれしい!でもまだ 二個集まっていないので今は ビーズがはいってます。ちまちま さがしてみようっと。いい出逢いがありますように。
2008/09/10
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真ん中の ちっちゃいビーズで編んでる 翡翠が気に入ってつくってみました。いつもつけている トルマリンちゃんが 雨の日にはおでかけするのをいやがるので雨の日に 一緒におでかけしてくれる子をつくろうと 選んでみました。翡翠(ジェイド)と蛍石(フローライト)と紫水晶(アメジスト)と紅水晶(ローズクォーツ)水晶にみえるところは じつは ビーズ。なんだか 水晶ってたくさん売っているのに これ!っていうのと であえていないのです。まあそのうち ここにいれたいな~っていうのとであったらいれかえるつもりです。命名『雨の日ブレス』ってことで。 で つくったら 雨の日が減ったからもしかして『てるてるブレス』???うらら うらら うららいらも更新
2008/09/09
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今、*占い師らいら*のブログのほうでせっせと天然石についてまとめはじめ、ちゃんといろいろふれてから書きこんでいきたいので、あちこち天然石のお店を回っています。で作りはじめちゃいました(^_^;)みているとかわいくて。実は嫌なんです。こういう手作業ものははまる可能性があるので。。。しかしはじめてしまいました。石のパワーはよみとれるので、いい石は選べるので、じつは占い師てきにもお客様にあう石を選んでさしあげたいなってもう何年も前から思ってました。もちろん『あなたにはなになにがいいですよ』とはいいますが石もいきもの。一粒ずつパワーがちがったりするので。まあ、とりあえず自分用とお嬢用。つくってみました(^O^)
2008/08/07
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本当は どうか わかんないし正しいか 正しくないかなんてきっと おわってからも わからないかもしれない。それでも今 できることはとりあえず でも すすむこと。答えは ついてくる。だめならまた はじめれば いい。
2008/05/18
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今年は 本当に いろいろ変化が激しい年でまた 新しいことがもちあがってきた。まあ もう 3、4年も前から計画は あったので勉強はしていたけどなかなか かたちには なりそうになかった。それが今年になって かたちがみえてきたのもやっぱりそういう としだからだろうか。まだなにも はじまってはいないけど動き始めたのは 感じる。できること できないことよくばらずに 努力してすすんでいければいい。と 思う.
2008/05/12
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ほら、まただ!お前は手をぬいている。まだまだやれるのにさぼっている。どうしてもっと上を目指さないんだ。どうしてもっと努力しないんだ。情けないやつ。役に立たないやつ。泣き出しそうな心にいつもあいつがおいうちをかける。100点満点の人生より200点を目指せと叫ぶ。それ以外は負けだと騒ぐ。私は心を抱きしめる。がんばりすぎはいけないよ。無理はどこかで、つけをはらうことになる。とりあえず今を笑顔で生きようよ。その笑顔は明日につながるから。とりあえずやれる力の8割で明日もまた明後日も続けて行こうよ。人生は続いているんだから。大丈夫。私は知っている。大丈夫。私は信じている。あなたの笑顔が素敵なこと。
2008/03/20
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君と 逃げる。知らない街。港町。汐の香りがする。冷えた空気に君の息が白くなる。頬が赤くなる.手があたたかい。見上げる瞳の奥に笑顔がみえる。こわくないの?さむくないの?どこまでもどこまでも走っていこう。と 思っていたのに。。。~~~~~~~~~おもひつつぬればやひとのみえつらん ゆめとしりせばさめざらましを(小野小町)
2008/02/08
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歯医者。昔から別にそんなにみんなが言うほどきらいではなかったのだけど肺をわずらってからちょっと こわい。どうしても 咳がでそうになったりするから。旦那が何年か前に風邪をこじらせて肺炎になったのも歯医者さんに通っていたからじゃないかとふんでいる。。。。夢で 灰色の部屋のなかで歯医者の席にすわらされていた。(私の行く歯医者さんは お嬢がいっているところにしたので とても かわいい。子どもたちが楽しい気持ちでいられるように あれこれ 工夫を凝らしている歯医者さんです)あ。これは 夢だ。いつもの歯医者さんじゃない。そうわかっているのに 目がさめない。口をあけて 嫌な音が聞こえる。夢だってば~~~~。私は そんなに 歯医者さんにいくのは いやなのかな~。昨夜はお嬢の友達のエヴァくんがおりに捕まっている夢。どれだか しかけを とけば助けられるのにそれが わからない。う~ン。なんとか たすけなければ。。。こんな 短い夢をみておぼえているのは めずらしい。いつも 見る夢はながい。のか長い夢しか覚えていない?つかれているのかな~~~。
2007/12/13
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本日 41才になりました。誕生日って本当にわくわくする。今日は 旦那に花束をもらって 家族でお食事に行ってきました。我が家ではお誕生日は「お誕生日姫」「お誕生日王」「お誕生日女王」とよびます。まあ私の場合は いくら 女王さまでもご飯もつくるし洗濯もするし掃除もしますが。。。。それでも旦那も お嬢も 「お誕生日のひと」は特別大切にしてくれます。今日も今年もこうやって誕生日をむかえられたことすべての ものに 感謝します。この41才の思い出がとてもすてきなものになるように今年もがんばっていきます!
2007/03/04
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また 今年もあるらしい。メールがきた。細かいことは まだ きまっていないらしいが今回で 三回目。とっても 楽しみ。最初はホントに第一期から今いる若手まで。女性は事務をやっていたお姉様方(といってもうちの母くらい)と私とお嬢だけでした。二度目は奥様や 契約社員だった助監督の方や 取材もはいりにぎやかに。三度目は連れがあってもいいということになりました。まあ うちの旦那は誘ってもいかないだろうなあ。毎年やるのは どうよ。て 話もあったそうですが私個人的にはすごくうれしい。だってついつい 日常に かき消されそうになる 自分の夢を 思い出させてくれるから。母親業も すごく楽しい。妻である自分も大好き。もちろん 占い師はほんとまわりから言われるだけじゃなく自分でも 天職かなって 思ってはいるのです。だからこそ忘れたくない 自分自身の夢。それでもまだ 答えがなくて。。。その仕事をしながら 答えを探していく道も きっとあると思うけど私は それを 選ばなかった。もっともっと いろんなことを 知って 感じて 思って 夢に向かっていきたい。だからこそ今年の 助監督会も 楽しみ。早く 病気を治して やせなきゃ~~。お嬢は また 一緒にいくかな。。。今年は 二人で 着物でいくか?あそこにいくと ほんと わたしの倍くらいの年の 先輩がいてくれるのでいつまでたっても いろんな挑戦ができます!楽しみ。。。
2006/07/09
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記憶の中で 初めて いった 舞台は宝塚劇場の 雪組の 舞台。それは なんだったか 記憶にないんだけど。。。すごく きれいで すごく 豪華でなんだか 感動して 終わっても 立ち上がれなかったなあ。映画は 家が映画館だったからはいはいのころから 観ていましたが。。。小学校 一年生から松竹児童劇団に 通っていました。祖母が 引っ込み思案の私を幼なじみと一緒に通わせたのです。道頓堀とおりの 真ん中らへんにあった ふるい ビルの 3階で 即興劇やら パントマイムやら 発声やら基本的なことを 学び 一回だけ藤山寛美さんの 舞台に たったそうな。そう 記憶にないのです。小学校5年生になるとなんで そうなったか それも よく覚えていないけど違う 劇団に変わりました。そこは 作家の筒井康隆さんの弟さんの やっている劇団でいままでの のほほんとした 感じと全く違ってきびし~~。土曜日は 学校がおわってからバレエ。日曜日は 朝から発声と 芝居と 時には 日舞や武道やなんかもあったりして。。。そこは 年に二回の発表会があってでも 主役は 中学 高校のおにいさんおねえさんだったので小学生は 何の権限もなく。。。。でちょうど 同級生が 4人の女の子。そのころ 流行っていた「ガラスの仮面」 「若草物語」の話しがあったので4人で 役をきめて 時間のあるときは そのキャラクターに なりきってお芝居してみることにした。もちろん 一番人気は まやちゃんの ベス。まだ みんな知り合ったばかりでお互いの 性格も わかっていないしとにかく じゃんけん。私は 2番目に 選ぶ権利が 得られて。ジョー。に。人気がなかったのですが。よく 考えたら 主役??それから 劇団にいくと なかよし4人組は私のことを 「ジョー」とよび私も そのように 振る舞う。中学校2年生で そろそろ 受験だからと やめさせられるまでの4年間。すごく 楽しく 毎週お芝居をしていました。あのなかよし 4人組。今 どこで なにしているのかなあ。ベスをやった女の子と一番仲良くて彼女の父親が 宝塚の雪組のマネージャーだったりして一緒に 何度も 見に行ったり していたけど自然消滅しちゃいました。お芝居を つづけたくて父親とも はじめて 喧嘩して中学の学芸会で シナリオ書いて 芝居をしてもがいていたけど。。。自分が そんなに 上手じゃないと気づいたのは 高校生のとき。演劇部にはいったけど つまらない。思ったように 表現できない。私は 演技者にむいてないと 自覚してしまった。大学にはいって映画研究部。つくる方の楽しさを知った。でもでも今でも 時折 無性に お芝居がしたくなる。育児も ある意味 演技力が必要だけどまったく 違うお芝居。あ。そうそう。助監督を やめたあとエキストラの バイトもしていました。あれも 楽しかったなあ。今は シルバーエキストラとかも たくさんあるしそういうのも おもしろそう。まだまだ 芝居を したいな。もちろん 趣味です。楽しみです。こんないろんなことが 私の今の勉強。だって 私の夢は 映画監督だからね!
2006/05/11
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原作 : ウィリアム・シェイクスピア出演 : 近藤芳正/笹本玲奈/陰山泰/石田圭祐/鈴木浩介/福本伸一/木村靖司/桜井章喜/湯澤幸一郎/土屋裕一/久世星佳/ベンガル☆★ハゲレット ☆★宣伝していたときからすごく 観たかったのですが舞台からは すっかり はなれているのでなかなか 観にいくことも なく。。。でも せっかく スカパーで シアターテレビジョンがみられるようになったのでこれからは せめて テレビで なりとも みてみようかな。やっぱり 大衆演劇って こうあって欲しい。歌舞伎も オペラも 宝塚も 吉本新喜劇も笑いと 涙と 感動と 本物のお芝居がそこに あるのです。その配分は ちょっとちがっていても本物のよさは 子どもからお年寄りまでにちゃんと伝わって批評家のものではない 楽しさが残るのです。ああ この台詞おぼえている。でも こう言うふうに しゃべるとまたちがう。旦那をはじめて 歌舞伎に連れて行った時「四谷怪談」を選んだようにお嬢にはじめて シェークスピアをみせるのはこれが いいかなって 思えるくらいでした。ああ!おもしろかった!☆★紫音3137さんの日記 ☆★☆★ももちゃん☆♪さんの日記 ☆★
2006/05/10
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そういえばあんまり こわい とか いやな 夢をみない。私の夢は いつもカラーでどっち かというと 冒険ものだったり三日 続きもので みたこともあったり。。けっこう たのしい 経験が多い。前に こわい 夢をみたのは いつのことだろう。。。。しかし 今朝の夢はこわかった。私は 13才くらい。徳島にある 祖母の姉の家にいる。その家は とても 古い家なのに モダンな西洋風の建たずまい。ブルーのタイルの敷かれた玄関や 広い 屋上がとても好きだった。夏でも ひんやりとした 木におおわれた庭の 真ん中にたち二階から 見えないけど海の匂いがしていた。本当に 子どもの頃から あの家は好きだったけど二階のおくの部屋には 小さな子どもの幽霊さんが いるので一人では いたくなかった。だって はなしかけてくるんだもん。今朝の夢の中でその家に 親戚の子どもたちと 泊まっている私。二階のおくの部屋で 子ども4人と幽霊さんで 寝ている。トランプする時も 人生ゲームする時もかくれんぼする時も その幽霊さんは 私にくっついてくる。私がうかない顔をしているので親戚のおねえちゃんがきいてくる。「どないしたん?」思い切って 幽霊さんのはなしをしてみる。子どもたちは びっくりしてこわがって 叫びながら一階におりていってしまう。ああ。またやっちゃった。やっぱり いわなきゃ よかった。そのまま 誰もかえってこないのでおばあちゃんを捜しにいく。でも おばあちゃんも いない。親戚のこどもたちと 近所の人たちが暗闇の中から懐中電灯を もって あらわれる。「あの子が 幽霊つれてくんねん!」「うちのおとうさんが死んだんもそのせいかも!」「隣の家の火事も この子のしわざだ!」え。。。。っとまるで 魔女がり?さっきまで 一緒にあそんで いた子どもたちが目を真っ赤にして 私を 指さしている。大人たちも まるで 妖怪でも みるように気持ち悪そうに 私をみている。こわい。にげなきゃ。「おばあちゃん!」おばあちゃんなら 助けてくれる。そう思って 家中をさがしてみても誰もいない。子どもたちのあとに続いて 大人たちも私を追っかけて 家の中にはいってくる。幽霊さんが こっちこっちと 手招きするほうに逃げるしかない。あれこんなに 家ひろかったかなあと 思うほどぶつかりながら いろんなところを逃げ回る。追っかけてくる 人の顔を おぼえている。名前は知らないけど 駄菓子屋のおばちゃん。いつも 挨拶する郵便配達のひと。魚を持ってきてくれる 魚屋さん。みんな いつも にこにこ 話してくれる人ばかりだ。幽霊さんは ごめんね。ごめんね。って いいながら私を 引っ張ってくれている。人間って こわいなあ。私 なああんにも わるいこと してへんのに。。。人間って こわい。って目が覚めた。寝ながら 霊感が びんびんに なっていたせいか暑くて 暑くて 汗をかいていた。ああ。なんか「リング0」の貞子の 気持ちがよくわかる。別に 悪さする霊が近くにいたわけでもない。なんで こんな 夢みたのかなあ。もしかしてあの 今は誰も住んでいない 古い家が こわされるのかも。あの 子どもの ゆうれいさんが 最後に挨拶にきたのかも。あのこは 家についていたからなあ。なんて 考えてみる。朝 5時に 起こされてしまって寝不足。。久しぶりにみた 怖い夢。人間って ほんと 怖い。
2006/01/31
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フィルム発見。焼き増ししてみました(^_^;)ひゃあ。若いなあ。これは 実は 冬の海。その頃 カメラの専門学校に行っていた高校の同窓生の ちえちゃんに とってもらったもの。19才の自分を 残しておきたくて撮ってもらいました。じつは そのあと 彼女の家でヌードも撮ったのだ。。は。は。は。そのフィルムは我が家の押し入れのおくかな。大好きな ちえが撮ってくれたおかげで普段の私の写真になっていたのがお気に入り。さあ。この写真を見ながら体調が戻ったら ダイエットだ!
2006/01/18
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今年は 青い色のツリーが多いね。でも なんだか ちょっと さみしい色。白のツリーのやさしさも緑のツリーのあたたかさもそれぞれ 心に しみてくるけど。あなたがくれた赤いツリーが 大好きです。きっと 私を思って くれたんだなって思えるから。きっと ずっと 一緒だって思ってくれたからなんだって思えるから。いろんな 色の ツリーにみんなそれぞれ 思いを こめて。来年はもっといい年で ありますように。世界が 愛であふれますように。
2005/12/10
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指に吸いつくような肌。ほんのりと赤みがさしている。そんな 彼女からは いつも 桃の花の匂いがした。小学校にはいったときから友達だったはずなのにその頃の 彼女を全くおぼえていない。記憶にあるのは彼女に 女の匂いがしはじめてからだ。小学校五年生。とびぬけて かわいいわけではないからそう 目立つ子では なかった。ちょっと ぽっちゃりしていていつも それを 気にしていたからぶかっとしたずぼんを よくはいていた。それでも 時々 ミニスカートをはくと白いふとももが まぶしかった。時々 男の子にまちがえられていた私と 彼女が2人でいるとふわふわの白猫と毛の短い黒猫が じゃれあっているみたいだと空想していた。2人でいつも 遊んでいたのは彼女の家。古い 木の家は 川のそばに立っていて飲屋街のちかくにあってお世辞にも 「すてきなおうち」ではなかった。でも 父はいなく 母は働きにいっていてすでに 兄は独り立ちしているという 家庭環境はひみつが楽しいその年頃にはうってつけの 隠れ家だった。一階は どんな時間にいっても まったく日が当たらない。彼女の部屋のある二階は 夕日がよくあたった。部屋中がオレンジ色に染まってきらきらしていた。くだらないうわさ話や お人形ごっこ。お芝居ごっこ。ノートに 物語や漫画を なぐりがきして また おしゃべり。お菓子の匂いのするお城は永遠に続く おとぎ話の中に存在しているみたいだった。でも 時々 それを 中断させる訪問があった。彼女のおじさん。おかあさんの弟だった。20歳?30歳?どうでもいいこと。じゃまな 大人であることに 変わりない。玄関を開ける音もさせずいつも いつの間にか 部屋の入り口に立っている。「ああ。あさちゃん。きてたんかい」「。。。こんにちわ」「ほな。またくるわ。ジュース冷蔵庫へいれとくさかい」吐き気がするような 大人の男の匂いがいっぺんに 部屋に充満する。どんなに 寒いときでも彼女は 窓をあけて 深呼吸する。「なあ。あたらしいレコードかってん。 聞く?」「うん。聞く聞く!だれ?百恵ちゃん?」「甲斐バンド!」「誰や。それ」「おにいちゃんが 好きなんや」彼女にとって おにいちゃんは いつも ヒーローだった。いつまでも 少年で いつまでも 味方で。私は ばかばかしいと 思いながら 「おにいちゃん」って言葉には もう 最初から降参しておいた。その日も 夕日が 落ちてしまうまで「おにいちゃん」おすすめの ロックバンドの 暗い叫び声をききながらぺちゃぺちゃ おしゃべりは おわらなかった。あの時は彼女にも 私にも深い闇が あることなんてまわりの大人だけじゃなく自分たちさえ 気づいていなかった。
2005/11/04
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旅立つ夢をみる。トランクひとつ。帽子ひとつ。セピア色の服を着てホームに立つ。帰る場所はないらしい。行く場所も決まっていない。つれもなく見送りもいない。でも ふしぎと さみしさはなくどこか はればれとした 気持ですらある。愛もなく思い出もなくでもなぜか 未来だけは 無限にひろがっているように感じている。それでも目覚めると 切なさだけが残っている。。。。。
2005/10/10
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夢はありますか。なりたい自分はありますか。その為に なにか 努力をしていますか。生きるってことは なんだか ほんと けっこう むずかしくて大人なんて 年をとったら かってになれると 思っていたのにそうでもなくて なんだか 誰と比べるでもなくそれでも 自分らしさって なんだろうと自信なくしてしまったりする。それでも まだまだ 今まで生きてきた以上の時間をこれからも 生きていくわけでそれは きっと たのしみなことも たくさん あるのだけど。。。私らしくある為にそれは 絶対 努力が必要で見当違いのことでもやらないより やったほうが いいはずだと いいきかせ。本当に欲しいものは なんだろう。私はそれを手に入れているのだろうか。勝ち組なのか。負け組なのか。なんだか そんなこと どうでも いいじゃないっていうのが まるで 自分らしさの証明のようになるのも なんだか ちがう気がして。。。5年先。10年先。どんな 私が いるのだろうと小学生の頃も そんなこと 思っていたような。所詮 そうそう 変わるものでもないけどそれでもなんだか 努力をしようと今日より ちょっとよくなりたいとその姿をあなたに みていて欲しいと。思ってみる。。。
2005/07/03
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☆★深い夢の中を愛を求めてさまよう旅人 ☆★そこで とまっていたくはない。なにか とても 大事なものを手に入れたとしてもいつも 旅人でありたい。君がもし とどまることを のぞんでもきっと 歩き続けるだろう。いつか帰ってくるなんて 先のみえない 約束なんかより不安な潤んだ瞳の君をつれて一緒に 旅にでよう。ここに とどまることにどんな 意味があるんだろう。たとえ 一歩でも 先に進もう。不安も 危険も 二人なら 楽しめるはず。守るものは 自分の心の中にあって誰にも 汚されたりは けしてしないものだから。大丈夫。手を ひいてあげるよ。時には たちどまり 星をみあげてみるのもいい。それでも日がのぼったらまた歩きだそう。いつまでも 旅人で ありたい。願いは 消せない。思いは どこまでも 自由に。大丈夫。一緒なら きっと 大丈夫。
2005/06/29
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きみをみているとなぜか 夢がちかくにあるようにおもえる。だってちょっと ジャンプしただけであんなに空がちかくなる。だって ちょっと 空を見上げただけでそんなに瞳がかがやく。僕にはとても 手の届かない空もまるできみには 一部のようだ。
2005/03/16
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コトバを うみだすことをおそれないで。それは あなたの中に たくさん 育っている。それは あなたの中に どんどん 生まれてくる。でもそっと だきしめて。そっと あたためてそして どんどん つむぎつづけて。。。**********************お嬢のコトバをきいているとこの10年。もちろん進化(?)しているんだけどどんどん 生まれてくる 彼女自身の声はそんなに かわっていない用に思える。未だにつかわれている幼児語になると いいかたまで 全く変わっていない気がする。「むかつく」「ちぇ」などのコドバをつかうと我が家では 罰金制度がある。ほんとは そんなこと どうでも いいんだけどコトバを使うことに 意識をもってほしいから。きれいな コトバをつかえないときれいな 瞳になれない。ともだちと 話す時はいいけどね、きれいな やさしい すてきな 日本語をちゃんとマスターしてください。ね。
2005/03/03
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着物姿の若者がいっぱいあるいていた。ちょっと不気味。。( ̄Д ̄lll)なんだ?なんかの集まりがあったのでしょうか。着物をきるのはとってもいいことだと思う。日本人にはやっぱり 実は一番似合うのでは?と思ってはいます。(*´ο`*)でも結局 きている人はどのかの雑誌の受け売りのそのままアンティックにみえる柄。髪型は ちょっとモダンに。色足袋に。こじゃれたバック。でもでも姿勢が悪い。ε=( ̄。 ̄;A 言葉ヅカイがきたない。人ごみをかき分けて歩く。それじゃ せっかくの着物が泣いてるよお。(´ヘ`;)とほほ・・私も 着物が大好きでお嬢を生むまでは 週に3、4日は着物でした。もう 10年も前ですが。打ち合わせにも 着物でいっていたの。毎年クリスマスは 旦那と着物で歌舞伎。一年に一度の贅沢。桟敷席なんて買って。(〃^∇^)o夢の一つに40歳になったら着物で過ごすなんて 壮大なものもある。だから今 着物のブームがあって若いお嬢様がたが 着物!デートの時の一つのアイテムとして 考えてくれるのは とってもいいとおもう。でもね。ほかの服も そうだけどただ 店員さんのいうとおり買ってきてもただ 雑誌にのっていたとおりきてもちっとも かっこよくないよ。(。-_-。 )ノその前に 自分をただそうよ。着たい服 それが きものでも シャネルでもなんでもそうだけどそれに見合う 自分の中身も 磨いてほしいなあ。もっと 自由に素敵にきものがきれるように私も また 努力しようと近頃のきものブームをみていると勇気がわいてくるのです。
2005/01/21
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なんだか あちこち いじってみた。どうかな?感想をきかせてくださるとうれしいです。こうやってパソコンにむかっていると時間を忘れる。やらなきゃいけないこと いっぱいあるのにね。もともと写真を撮ったり絵を描いたり詩を書いたりするのが好き。「おえかきエキスポ」ってことによく お絵描きした詩をのせていたのがこんなに パソコンにむかうようになったきっかけじゃないかな。リンクのところで紹介している徳田直季さんの~~って言おうとおもったら!!久々に言ったらHPがない!ど。どうしたんだろう。。。。しょうがない。見に行ってないと悲しいのでとりあえず 削除。。。素敵な言葉が好きです。相田みつをさんもこの前紹介した ボンボヤージュさんもこの徳田直季さんもやさしいのに 力強いことば。銀座にある相田みつをさんの美術館がすきでお嬢と よくいきますがなんど いっても たのしい。私もHPが何度きても 楽しいとおもってもらえるようにがんばろうとおもうのでした。まだ私のお客さまには 内緒だけどいつか お客さまも かきこみとかしてくれてここにのせていく絵や写真と 詩がだれかの やさしさや力になってくれるといいな。あたたかいページになるといいな。さて今回 あちこち かえてみました。携帯用のHPもちょこっといじって違うページもつけたそうかと。。。。ああ、今日はムダ話でした。
2004/11/19
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行ってきました(*^-^*)ニコッ私みたいに 2年しか仕事をしていなかったものが行ってもいいのかなとおもっていたのですが結果的に行ってよかった。第一期の先輩はなんと!!昭和29年に入社なされた方々。ひえ~~。え。おいくつだ??( ̄▽ ̄;) でもかっこいいヾ(≧▽≦)oゲストとして助監督室の事務をなさってたお姉さま方も4人いらっしゃってました。これまた かっこいいヾ(≧▽≦)oもう すっかり 映画の仕事を離れていらっしゃる方も同じ映画の仕事だけど ちがうことをなさっているかたももちろん 映画の仕事を続けていらっしゃる方も。みんな 同じ会社にいたというだけですが連帯感。\(^▽^)Λ(^▽^)Λ(^▽^)ノ今回の会も 発起人の方がいろんな年代の交流を目的に あげていらして最初はやっぱり どうも 顔見知りの先輩としかお話ししなかったのですがそのうち いろんな方に声をかけたり かけていただいたりで。あらためてほんと あらためて映画の仕事をしたいという気持を強くしました。「どんな映画を撮りたいの?」なんか 普通にそうきいていただけることがとても うれしくてこんなところに 自分が存在しているんだからもっと がんばんなきゃな。いちばん お世話になったNさんにあえないのが残念でした。今 ハリウッドで映画を撮っているらしい。次は お会いできるかな。まだまだ先はなにも みえずとことん 遠いけれどいっぽいっぽ。進んでいこうと 思いました(*^-^*)
2004/09/04
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今日はこれから保護者会。いつもなら その話で持ちきりになりそうだけど。明日は昔の仕事のメンバーの会が始めてある。8月13日の日記に招待状が届いたことをかいたけど。同期のメンバーは なかよしなので何度も 集まってはいるが今度のはちがう。新宿のホテルです。第一期が入社してから 50年あまりらしく。その重みを感じつつ。。。私が入社するとき女をいれることに 反発があったらしい。その時の社長が 踏み切ってくれたらしい。で2年も続けられず やめてしまった私。言ってもいいんだろうか。行くという 返事さえ もう機嫌が終わってからだした。先輩が わざわざ はがきをくださって「おいで」と言ってくださった。私のあと 女の子は入社していないと思うからもしかして 女は私だけかな。お嬢を連れていかないといけない。でも そのほうがちょっと 心強いかな。名刺 つくっとこかな。ここんとこ 使ってなかったからもうないや。あああ。ごめんなさいね。今日は支離滅裂。これから 保護者会もあるっていうのに。どうしても私の 夢が夢をつなげている人達が夢を実現させている人達が目の前にくると緊張する。あ 当たり前かな?よし。とりあえずあわてない。あわてない。(by一休さん)私の夢。30までに 子供を産む。これはできた。60までに 映画監督。死ぬまで 女。占い師は天職だと 自分でも思うのだけど。夢があると 胸を張っていいたいの。深呼吸して今日は とにかく 保護者会。母の顔に戻ろう。行ってきます。
2004/09/03
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同窓会?という感じでもないかな。招待状がきた。。。私がやっていた仕事のメンバーです。。たぶん 上は 私の父より年上の先輩。下は私より一つか二つ下の後輩まででしょうか。仕事とは映画の助監督です。私は会社自体には1年ちょっとしかいませんでしたしそのあと フリーでやっていたのもまた 1年ちょっと。あんなにやりたくて大学4回生のころいろんな会社をめぐったり京都から 東京に 何回 一人新幹線で通ったことでしょうr( ̄. ̄*)自分の 仕事は 映画と決めて はじめた。さがした。仕事でした。合格したとわかったときほんとうに1メートルくらいジャンプしたかも。ヾ(≧▽≦)o仕事の話はまた ゆっくり。でそんな すぐになんの役にもたたないままやめてしまった私にもちゃんと 招待状が届きました。とってもうれしい。でも 緊張のほうが 大きいかも。若い頃の コワイもの知らずの私とちがって今は時々 自分であることすら 怖いときがある。お嬢や旦那が いてくれるから友達や おきゃくさんが いてくれるから自信や夢をもって すすんでいるのだと思うけどそれでも昔の夢。いえ 実は まだ諦めていない夢の前にたたされると思うと足ががくがくしてくる。。。。こんな 緊張は久しぶりです。でも 絶対行きたい。「年とったな」「今 なにしてんの?」「ふとったな。。。」あああああああほんと こわい。なんの こっちゃ?ってかんじですよね。自分でも ちょっとわけわかんないんですが。忘れたはずの 昔の恋人に呼び出された感じ?私は恋は振り返らないんですが。。。。夢には いつも 引き戻される。こわいけど緊張するけどきっと 行ってきます。。なにか変わる? なにも変わらない?夢との距離はかわらなくても。夢を心に刻めるかも。
2004/08/13
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昨日に引き続き 「自分らしい」ってことを考えてみようかと思いました。「なりたいもの」がないこどもが多いのにびっくり。私が子供の時は「大きくなったら!」ってたくさんの夢があったから「サラリーマン」って答えられたときにはびっくらしました。「なんにもおお」「べつにいい」夢がないってことは自分の生き方が決まらないって こと だとおもう。近所の男の子 やさしいだいちゃん。今はもう 中学生ですが小学校低学年だったとき「大きくなったらなんになりたい?」てきくと「暴走族」「なんで!」「おともだちがいっぱいで たのしそうだから」たしかに。。。あとで だいちゃんのママに聞くとイジメがあったりして 学校きらいになっていた時期らしい。こどもの素直な目。じつは とっても 奥が深いんだな。お嬢は「モデルさん」ずっと そうです。2才の時 wowwowで ファッションショーを観ました。カッコイイお姉さんたちがたったったったとステージの上を歩いていました。「わあああ。きゃっっこいい!!」お嬢は真似をして お尻を ぷりぷりさせながらこしに手をおいてポーズとって た~~~ん。「もでるさんになるう」それから 毎日のように やっておりました。で はや 8年。未だに 将来の夢を聞かれて「モデル」とこたえておりますが。。。とにかく 姿勢が悪くなってきているので本気でなりたいんなら意識をたかめないとだめだと何度も いってはいるんですが。やっぱり本人の意識。自分らしく 自信をもってやっていくにはそれなりの努力と意識が かかせないと思うのです。有言実行なんでも いいと思うのです。13才のハローワークとっても 素晴らしいと思うのはなりたいものが ないひとのためにもページがあること。なくてもいい。さがしてることが大事なんじゃないかな。さあ。10年後。20年後。たのしみたのしみ。
2004/07/15
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七夕になると思い出すのが、私が小学4年生。ちょうど今のお嬢の歳にであった大学生のおにいさん。笹の葉をかって 抱えて帰ってきていた私に 「もってあげるよ」と声をかけてくれました。スタイルもよく 結構 ハンサムだなって印象でした。「ありがとう」って素直に持ってもらって家まで送ってもらいました。で 家の裏手で ちょっと座って話をしました。なんのことだったかな。名前も聞かず そのまま。家に帰ると祖母に親切なお兄さんがもってくれたと話しました。祖母は「そう よかったね」と。そして一年が過ぎ小学5年生の七夕の日。同じように同じ花屋さんで 笹を買い同じように抱えて帰ってきていた私。また おにいさんが 声をかけてきました。「もってあげるよ」あれ??「去年もあったね」お兄さんがいいました。そうだ。たしかに。私は物覚えが悪いし 人の顔を覚えられないのですがさすがに そうだと思いました。やっぱり 同じように送ってもらって同じように話をしました。「織り姫と彦星みたいだね」とお兄さんはいいました。でも あの公園で友達と遊んでいるのを見たよとかおばあちゃんと買い物していたね。とかお兄さんは 何度か私をみていたようで。家に帰り 祖母に 去年のお兄さんとまたあったと話、祖母は「そう よかったね」と。。。そして また(そしてまた!!!)小学6年生の七夕。やはり お兄さんはきました。私は よっぽど 彼は霊??なのかと。(結構 人間だと思っていたら 周りの人には見えてないってことが 小学生の時に多かったので)その頃の私は 今の私と変わらない背がありロングヘヤーで 黒いジーンズ黒いTシャツがお気に入りの哲学好きの少女でした。大学生に間違えられるほど。「おとなっぽくなったね」といわれたのを憶えてますが。また同じように おにいさんは 笹を持ってくれて家の裏で少し話して 帰りました。その次の年は 私も笹を買いに行かずお兄さんも あらわれませんでした。知らない人とも平気で話し おかしなんかも「ありがと!!」ってもらってきてた脳天気な私なので霊かなって 疑った以外は なんの 気持ち悪さもなかったのですが。(きっと おにいさんの見た目のよさもあったかも)ふ。っと今 思うと あれは 変質者??お嬢が 同じことを 私に話したらびっくりしてしまうかも。。。もしかしたら お嬢の仲良しのお巡りさんに相談してって大事になるかも。。。何事もないのに 疑わざるを得ないのか。疑わしいのか。昔は 平和だったんだなあと 七夕に思う。。。**************************************************お嬢が昨日 お風呂で歌っていました。「かあちゃんが だいすきすぎて 自分をみうしなっちゃうの。 かあちゃんが だいすきすぎて 赤ちゃんが うまれちゃうかもって おもっちゃうの。」アブナイ歌でした。。。。
2004/07/07
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