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どうしたんでしょう。病院を受診してちゃんと薬を飲んでいるのにまだ咳はひどいし、再び発熱もしちゃいました。日中は熱が下がるのですが昨日から夜になると38度を超える熱が出ちゃいます。もう一度受診し、前回処方されなかった抗生物質と咳止めの頓服を出してもらってきました。これで楽になるかしら。
July 31, 2010
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考えてみれば・・・現在、ご家族を在宅介護している方も多いでしょうしすでにご家族を見送られた方も多いでしょう。もしかすると、もっとずっとずっと若くして他界されたことによりずっとつらい思いを引きずっている方もいるでしょうに自分の年老いた父の最期が近づき、毎日オタオタ、バタバタ としている様子をことさら特別のことであるかのごとくここに書くことを疑問に思うこともあるのです。 でも、ここは自分のページでもあるし、現実を書き、父の様子を書きとめ、今私が何をしているのかを残しておくことが、そしてそれにより励まされたことがいつかの私の力になるではないんじゃないか、とやっぱりいろいろと書いてしまうのです。 療養型の病院を減らし、一般病院の入院日数に制限があり在宅介護が望ましいという国の方針。でも、いくら介護保険があるとはいえ、訪問看護という手段があるとはいえそれもとても十分とはいえない状況。でも、そんな他人任せのシステムに頼るんじゃなくて最期くらい年老いた実父1人の面倒も見られないのか!と言われればみられない、同居できない自分が悪いのかと今度は自分を責める気持ちになる。自分も子の親になり、ようやく親の気持ちがわかるからこそそして今度は自分の通る道だからこそ、出来ないということが余計に切ない。でもここで、父の在宅を受け入れることが本当に父のためになるのか1人でいたら不安に押しつぶされそうにならないか家族の協力が得られるか、私がどこまで出来るのか。 日に日に弱り、生きる意志を持つ強いまなざしの光が鈍り始め話のつじつまが合わないと感じることのある父の様子。今本当に私が父のために出来ることが何でどこまで出来るのだろうと・・・迷路に入り込む。 それでも、どんな時でも頑張りすぎてはいけないこと父以外にも家族がいることだけは忘れない。 ヘトヘトに疲れて帰宅した時の私の充電法。帰るとたいてい、テレビの前で寝ている長男。部活で疲れたんだろうけど、それにしても気持ちよさそうに寝ててなにさっ!のんきなんだからっ!!と思う。思うんだけど、そんな長男の隣りに行って腕をつかむとホッとして、本当に体の中にじんわりと元気が入ってくる。やっぱり家族は特別なもの。
July 30, 2010
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父のもとに「国民健康保険高齢者受給証」が郵送されているのを見つけたのはおととい。この間実家に行ったのはその3日前だからひょっとすると2日前には配達されてた可能性はある。けど、それにしてもあんまりにも手続きに時間がない。 手続きって言うのは、負担割合軽減の手続きのこと。父のもとに届いた受給証は3割負担なのですが、課税所得金額により申請をすれば、2割負担(23年3月までは1割負担)に軽減することが出来るというもの。まさに、病気と闘っている父にとって健康保険とはなくてならないもの。負担割合が軽減できるというのならぜひとも申請したい。役所に問い合わせると今月中に手続きをすれば8月1日から有効となるけれど8月に入ってしまうと1ヶ月間は3割負担で9月から1割負担になりますよと言われる。 おととい書類を確認して、昨日仕事帰りに病院へ行き父に委任状を書いてもらい(名前を書く手も震えてしまうのがせつない)今日、またしても仕事帰りに役所に行って、時間ギリギリ手続きが出来ました。間に合ってよかった。今日は父の病院へ行くのはお休みです。それでも無理をしたせいか、喉の調子がまた悪くなってきてしまいました。
July 29, 2010
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入院先の病院で、退院して在宅ケアを考えるか転院前の病院を受診し、本人にはっきりとした現在の病状と余命を伝え、本人がそれを受け入れたうえでこのまま入院するかの選択を迫られ、どうしたものか、もうわからなくなってしまった私。 そういえば、退院の話が出たこの日の午前中、「申請している介護保険の認定は降りたか」と相談室のケースワーカーさんから電話があった。そして先生との話の時にも聞かれた。在宅となれば介護保険を利用することになるからこれを聞いてきたのでしょうね。「まだです。7月1日に申請して、1か月と聞いていますがまだ連絡がありません」と答えると「そんなバカな。1か月なんてかからないわよ」って。順調に行っても1カ月かかるのは事実なんです。それは今お世話になってるケアマネさんとも話しています。 実家に通知が来ていないかと見に行ってきましたが、その時には届いていず用事を済ませて帰宅時にもう一度ポストを見ると、役所の係りからの封書が届いていました。やっと届いたか・・・とあけてみると「認定延期通知書」とある。理由は「主治医意見書の提出が遅れているため」 いったい世の中はどうなっているのでしょう。役所に電話すると意見書については担当から提出の督促をしているとのことでしたが場合によってはあと1カ月、認定までに時間がかかると言われました。 認定が下りないとケアマネが決まらず(実家の自治体では、要支援から要介護になるとケアマネが変わるシステムなのです)もちろん在宅プランの相談も出来ない。相談したところで足が不自由で、がんの末期、1人暮らしが出来る状況だとも思えませんが、とにかく相談窓口すらないのです。 これとは別に退院を言い渡された日に緩和ケア病棟の面談予約を入れました。面談すらも1ヶ月後です。さらに入院が認められてもベッドがあくまで待つことになります。出来ることを一つずつ・・・それしかないですね。
July 28, 2010
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「家に帰るのは今だと思うんです」とは今日、父の主治医に言われた言葉。最初何を言ってるのかわからなかった。体調が落ち着いてるので外泊をすすめられてるのかと思った。すると、そうではなくて 退院の話。 今は血糖値も落ち着いてるので一日2回のインシュリン注射でコントロールできると思うし、ガンもかなり進行しているけど今はまだいい。時間がたてば帰ることは出来なくなる。本人は帰宅を希望しているしガンの治療もあきらめてはいない。このまま、ここに閉じ込めておくことは本人の本意ではないだろう・・・って言うような話。細かな言葉は忘れてしまったけど、おおよそこんなことを言われ心底驚きました。ここに入院する時は長期の入院が出来る療養病院で、それでもケースによっては入院前に期間を設けることがあるけれど父の場合は期間の制限なく、ここで看とることも覚悟の上で引き受けるというお話ではなかったか。父がここで最期ということを全面的に受け入れられたわけではないけれど、独居の父を1人家におくよりも綺麗な病院で看てもらえればそれはそれで安心だと思っていました。なかなか見つからなかった療養病院がみつかり、それも期限なしということでようやく人心地つき、これからの父との時間の使い方を考え、場合によっては外泊で家に帰って過ごすことが出来ればいいとようやく漠然と考え始める余裕が出来たところでした。それをもうここにはいられない、出て行ってくれと言わんばかりの話に言葉をなくしてしまいました。 今、父は折れた右足の完治を待ちつつ、左足の義足だけでもつけて歩行器で歩く練習をしています。多少でも自分で動きたいとやれるだけのリハビリをしているのです。それをみた先生は「とても余命宣告を受けた末期のがん患者とは思えない」最期が迫っていることを知っていれば、あんな風に頑張れるはずがないというのです。父は末期であることはわかっています。あの腹水でパンパンに張ったおなかを見ればどうしたって良くないことはわかります。 死期を受け入れていない患者は、状況を理解していない患者は最期には荒れて手がつけられなくなる、とても夜勤2人体制のうちでは看ることができないだろうと言うようなことを言われました。自宅で過ごすことが本人の望み、在宅のケアを・・・と言いつつも、結局、主治医の本音はここのところなのでしょう。父はトラブルメーカーになりかねない。 どうしたらいいのかわからなくなっています。続きはまたあとでにします。
July 27, 2010
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数日前から風邪の症状に苦しんでいましたがようやく病院へ行ってきました。厳しくも温かい言葉に背中を押されてようやくです。本当にもっと早くに行くんでしたね。 このところ、長女が眼科を受診したり、皮膚科を受診したりしていているうえ膝が痛いというので近く整形外科を受診予定にしていました。病院代もバカになりません。子どものことについては早めに病院をいくようにとすすめているのに自分のことは体も時間もお金も後回しです。たかが風邪って思いと、自分の健康状態を過信していたのでなんとかなろうと考えていました。子どもがうんと小さい頃、風邪くらいでは病院へ行かずそれでもあっという間に治っていたのはあのころ私が若かったからなのですね。 幸い胸に問題なしということで、薬をもらって帰ってきました。今度こそ早く快方に向かいますように。
July 27, 2010
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長女の進路が決まりました。希望していた系列大学の第一希望の志望学部に推薦入学の内定をもらうことが出来ました。 本人も家族もとても喜んでいます。決まった学部は、今回の推薦がダメでも受験して入学を考えてた第一希望の大学学部であり、最近の模擬テストでは同一学部でC判定まで出ていたのですが、この夏頑張ってもギリギリ目標に達することができるかどうか・・・というところでした。 内定後、長女の高校で保護者向けの説明会があったのですがこれはあくまでも内定であること今後の成績や素行によって取り消される可能性もあることと、釘を刺されました。決まってしまえば、解放感からルーズになってしまう場合が多いのでしょう。ちょうど夏休みです。本来なら予備校の夏期講習のところが、すべてキャンセル、自由な時間もたくさんあります。このあと、本人がどうやって過ごすのかが本当に大切なのでしょう。親としては、しばらくは家の手伝いでもしながら、のんびり。でもそのうち、進学後の自分の姿を想像して何か目標を決めて勉強をしたり本を読んだりして有意義に過ごして欲しいと思っていますが、果たして・・・。今は何より親子そろってホッとしてます。
July 26, 2010
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典型的な喉の風邪の経過をたどっています。う~もっと早く直すんだった。 声が出なくなったあと、今度は咳が始まりました。咳をすると腹筋も痛くなるし、結構体力も使うのですよね。変に背筋も使ったりするから背中まで痛くなってきた。痛みや違和感は喉だけだったのが、今度は肺のあたりも苦しい。 ここまで来てしまえば、あとは快方に向かうのみ!と信じて早く休むようにしています。家族にうつしてはいけないと、マスクをしているのですが夏場のこのマスクがつらい。元々汗をかきにくく、体温調節な下手な私ですがマスクをすると熱が中にこもってしまう感じ。顔が熱いです。 こう治らない原因の一つは、寝るときのクーラーだと思うのですがこれが切れません。部屋がとっても狭くって家族中で寝てるもので夜もとっても暑いんです。風邪をひいてるからって別の場所で休むことが出来ないので、みんなの安眠のためにクーラーも切れず・・・悪循環です。あ~広い家に越したい。体調が悪くてもゆっくり寝られないこの環境に情けなくなります。 それでもとにかく、なんとかあと2、3日で直し切ってしまいたいと思って気力を入れ直してます。頑張るぞぉ。
July 25, 2010
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夏風邪をひいて、早く寝るようにしてたのですが良くならず、とうとう声が出なくなってしまいました。ひどいかすれ声です。長女には「オカマ声」と言われました。 仕事へ行ったのですが朝、声が出なくてもしゃべってるうちにだんだん出るようになるかと思えば、ますますかすれてきてしまって・・・コールセンターの仕事で声が出ないのは致命的です。ところがおなかから声を出すと声が出やすいことを発見。姿勢を正して、一生懸命おなかに力を入れてしゃべりました。疲れた~。 これは何としても早く直さなくちゃ。声が出ないのは辛いです。
July 24, 2010
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喉の調子は相変わらずで熱は微熱が続いています。本当は早く病院へ行けばいいのでしょうが、ついつい市販薬でしのいでいます。 今日は仕事が休みで父に頼まれた実家の用を済ませてからいつもより早く病院へ向かうつもりでいたのですが結局、頼まれた郵便局も銀行もひどく混んでいてかえっていつもより遅い時間に到着することになってしまいました。日中は多少なりとも体調が戻るのですが、夕方からはやっぱりダメですね。帰るころには暑さに体力も奪われ、ヘトヘトです。 でもこのところ、長女が良く手伝ってくれるようになり私が帰宅する時にはたいていご飯を炊いてくれていて助かっています。今日はサバの味噌煮を一緒に作りました。きっと私ひとりなら 今日はご飯食べなくていいや ってなるところこうして家族がいるからしっかり作って(作るのは面倒だけど)食べることができているんですよね。ありがたい。 父には「明日は来れないよ」宣言をしてきました。無理を押して頑張っても誰にもほめてもらえないどころかかえってあとあとに響き、いいことなんて1つもない。明日は仕事はあるけど、病院はお休み。早めに帰宅してゆっくりします。
July 22, 2010
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熱が出ちゃいました。そう言えば、朝起きたら喉が痛かった。仕事の後病院へ向かい、帰路に就くころには体が熱いような気がしたんだけど暑さのせいかとそのまま帰宅。家の最寄り駅に着いたら、もう体に力が入らないし、疲れてだるくてどうしようもない。ちょっと駅のベンチで休んでから帰ろうかと思ったほど。 そのまま何とか帰宅。長男を英語教室へ送り出して夕飯の支度もしないまま、とにかく横になりました。 早くも夏バテ?夏風邪?1時間ほど寝て起きたら少し楽になっていました。明日は仕事休みだけど、実家の用事も頼まれてるし休んでるわけにはいかないのに~。無理はしないで、一休みしながらにしますね。
July 21, 2010
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長男の1学期の最後の保護者会で、夏休みの宿題に「ボランティア活動をする!」というのが出るのでボランティア先を考えておいてくださいって言われてたのにすっかり忘れてた。たしか、終業式の前にはどんなことをするのか報告することになってたのに長男ったら何にもやっていないんじゃ!? 聞くと、卒業した小学校の夏期学習会の手伝いをしに行くことにして小学校に電話してちゃんと約束してあるんだ!とか なんと手回しがいい。そんなこと一言も言ってなかったのに、いつの間に。ホッとしたのもつかの間、果たしてこの無愛想な長男に務まるのかどうか。何をするのかと聞くと「ただ座ってみんなが宿題をやるのを見てればいいんだよ」違~う~~長男のことだから話しかけにくいオーラが出てしまうだろうし(本当は優しいんですが←親バカ)きっと放っておいたらまさに座ってるだけ状態になるのでは・・・。 元Pのつながりでまだ知っている先生も何人かいらっしゃる。せめて教頭先生くらいにはご挨拶に行こうかしら?それともせっかく本人が1人で決めて手配してきたこと。じっと黙って見守る?お手伝いの日までまだ少し日があるので、ちょっと迷っています。挨拶に行くならちょっと早い方がいいでしょうから、今週中にはやっぱり一度来校しておこうかしら。
July 19, 2010
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梅雨が明けたと思ったら途端に厳しい暑さが続いています。さすがにこう暑くっちゃクーラーが切れない!と言いたいところですが我が家は今、日中ほとんどクーラーを入れていません。うちわのみ。(扇風機も忙しさにかまけて私が出していないのです(^^ゞ) なぜなら、我が家には長男というECO大使がいるからです。暑がりなんだけど、私が「節電」をうるさく言うせいか、クーラーを使うのはもともとあまり好きではない長男。加えて、今はエアコンの室外機が今やジャングルと化してる自分の家庭菜園のところにあるために、スイッチを入れると室外機の熱風が野菜を直撃!だからあんまりエアコンを入れて欲しくないのです。 今はさすがに寝苦しいので夜だけ稼働中。こんだけ頑張ってるんだから今年の夏の電気代は結構節約できるかも。でも・・・今出張中の主人が帰ってきたらさすがにこうはいかないか。私が言うより長男が節電を訴えてくれた方が波風が立たないのでひそかに長男に期待していますが、それにしても猛烈に暑い時は私も入れたい時もある。皆さん、エアコンフル稼働中ですか??
July 18, 2010
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忙しい朝の見方。洗顔の時の泡立てネットは前にも紹介したような気がするんですが今回は断トツの大ヒットです。 ↑ 泡立てボール(白くて見づらいですが(^^ゞ) たった150円でこの仕事はすごい。クシュッ、クシュッ、モミモミ、クシュッ、コネコネ、クシュクシュクシュクシュ としただけでたっぷりの泡が出来ます。パウダー洗顔料や洗顔フォームをその日の気分によって使っている私ですが、どのタイプの洗顔料でもモチモチの泡が簡単にできちゃう。泡でふんわり、さっぱり洗えるのはこの時期とっても嬉しい。泡だての時間って結構面倒だったりしたんだけど、これなら簡単です。洗濯ものと一緒に朝一に干せば、出勤前にも乾いちゃう。いいもの見つけちゃいました。
July 17, 2010
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長女の終業式でした。と言えば、お決まりの成績表です。長女の学校では、10段階評価で平均が8.0以上で上段階っていうことになるんです。今回、久しぶりに上段階の評価をもらうことが出来ました。主要教科が良くてもいつも体育や家庭科、聖書の評価が悪くて(^^ゞ届かず・・・だったのですが、今回は体育も 8! っておかげでクリアできました(でも、聖書は 7 なの)長男の終業式は20日。どんな成果を持ち帰ってくることか。これで揃って長い夏休みに突入ってことになります。 それにしても、気づけばもう7月も半ばを過ぎてしまって街はほぼ夏物セールも終了状態。今季は病院通いで、残念ながらセールも行かずじまいの着たきりすずめ(なんて今どき言う?)。行かれなかったのは残念だけど、無駄遣いせずに済んだ~とむりやりにでも思うことにしよう!って、私は良くても長女は何か欲しがるかしら?
July 16, 2010
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東京は今がお盆で、お寺から先日「合同法要の案内」が届いていました。年回忌にあたる場合は本堂に法名を書きあげてあり、位牌・過去帳の持参も可能とも書かれていました。亡母の13回忌法要ができていないことが気がかりであったこともあり前日、実家へ立ち寄った際に位牌を持ち帰り、それを持ち、10時の開始時間に間に合うようお寺に向かいました。 お借りした経本を手に、わからないなりにも声を合わせてお経を読む。鐘の音。御香の煙とその香。その後の副住職からの法話。それぞれに心が静やかになり、洗われた思いがしました。 お寺の宗派によるとお墓や本堂のお釈迦さまにお参りするのは故人に対し「安らかにお休みください」というよりも今生きている自分と向き合い、今生かされてることへの感謝の気持ち 、おかげさまで気持ちで手を合わせるものなのです。自分の姿が鏡がないと見られないのと同様に自分の心を見るのに、お寺や仏法を通してみることが必要であるというのです。いつでも仏法を意識することが出来なくとも、こうしたお盆の機会などお寺に来た時に静かに手を合わせ、自分の心を照らしてみることは大切なことでしょうとお話を頂いてきました。作法も細かな経典もわからない私ですが、話を聞きながら父のことを思い涙が流れ、その後穏やかな気持ちになり法話の後のその気持ちのままに、母のお墓にお参りをしてお寺を後にしました。
July 15, 2010
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美容院へ行ってきました。若い時は髪が伸びてきてまとまりがつかなくても「ナチュラル」って言葉で まぁそれなりに過ごせたけど最近はどうみても疲れて見えるし、老ける。今週末には長女の保護者会もあるし、このまま出席するのはイヤだ。気になるのは同性同世代の目。 仕事が休みだったので、家事はまた今度~とほっぽらかして美容院へ行ってきました。スッキリしました。「ひじから指先までのヒアルロンサンマッサージのサービス」をしているというのを時間がないことを理由に断っちゃったけどちょっと惜しかったか。それでもちょっぴり気分転換できました。
July 14, 2010
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朝起きて、ぼんやりと昨日の夜、長男を怒った記憶がある。夜TVを見ながらついうとうと・・・うとうとのつもりが熟睡しちゃってその後、長男に寝ぼけてなんか言った気がするんだけどはっきり思い出せない。 長男に聞いて見ると「背中の蝉をとってほしい。どうして取ってくれないのか」って言われたって。明らかに寝ぼけてる、夢の話だ。あんまりしつこいから、長男がなんのことを言ってるのかと聞くと「夢の話。夢の話だけど、すっごく頼んだのに取ってくれなかった。すっごく大きな蝉で早く取って欲しかったのに」ってぶつぶつ。 そう言えば、思い出した。そんなこと言った気がする。で、私は言ったんだった。「そうだよ。夢の話。でもそんな夢に出てきて、取ってくれないってことは日ごろの行いがそんなで悪いから、そういう夢になっちゃうんだよ。とにかくセミをすぐとってくれなきゃダメだったし、いつも頼んだらやることやって欲しい」とかなんとか、寝ぼけたまま暴言を吐き、また寝た記憶がよみがえってきた。 う~夢の話の責任をとれって言われた長男。我ながら理不尽な・・と思う。数日前に「やってないことでイライラしてどなり散らしてさらに疲れて家の中が嫌な雰囲気になっちゃうよりも、疲れたから一緒にやってとお願いすることで一緒の時間を持てるなら、それでもいいかも」なんて書いた癖に、やっぱり実はいろんなことをやって欲しくてたまってたのかも。 ま、何にせよ、ちょっと疲れてるのかも。ボチボチ行こう。そうしよう。
July 13, 2010
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23日間。父が右太ももを骨折して入院した日から昨日までの日数。そして私が連続して病院へ通い続けた日数。父の不安な思いやさびしい思いが少しでも和らぐならと何が出来るわけでもないけれど傍にいて声をかけていたくて通い続け連続23日。実家と転院前の病院は隣駅と近いんだけど、自宅も職場もそれぞれ病院とは離れている。今度の病院は実家、自宅、職場のどこからもさらに遠くなり移動の時間がかかるのが厳しい。 入院後初めて、仕事帰りに職場の主婦友とファミレスに1時間ほど寄り道。その後、頑張れば病院へ行かれないこともなかったけれど昨日、子どもたちを連れていったときひょっとしたら明日は来られないかもと言ってあったし、食材の買い出しにも行きたかったので思い切って病院は一日お休みさせてもらうことにしました。 そう決めたのにお休みしたらしたで、父の様子は気になるし、罪悪感でモヤモヤ。私が父にしてあげられることってなんだろう。父が少しでも穏やかな気持ちで過ごせるように私が出来ること。帰り道にはそんなことばかり考えちゃいました。 仕事と家事の両立の中、往復2時間半の時間をかけて毎日病院へ通い続けるのは、冷静に考えれば無理なことだと思います。もし私の友人がそうしていたら、たまには休むようにすすめるでしょう。それなのに、私がどうしても病院へ通い続けてしまうのは突然亡くなった母のことがあるから。その時に何もしてあげられなかったという悔いがあるから。そして父がいなくなった時を思うと私の根っこがなくなって、ふわふわしちゃいそうで怖いのです。そして何より、口数が減り、私が病室へ行ってもぼーっとしていることの増えた父の様子が気がかりだからです。そしてまた父のところを見舞うのが私しかいないからなのです。 それでも、やっぱりやれることには限界がある。私が病院へ行ったからってどれだけ父の慰めになっているのかもわからない。あんまりのめり込み過ぎずに自宅で待つ家族のことや自分の体のこともちゃんと考えないと。父にはお世話をしてくれる病院のスタッフもついてくれているのです。 だからやっぱり今日はお休みして良かったんだと、あらためて考えればそう思う。そうですよね・・・きっと。
July 12, 2010
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今日は子どもたちと父のお見舞い。私は実家の用事があったので、一足先に出発して用を済ませ、病院最寄り駅で待ち合わせ。主人は都合が悪そうだったのでまた次の週末にでもって思ってたら、今週半ばから海外出張なんだって。こちらはまた、しばらく後になりそうです。 久しぶりに子どもたちの顔を見た父は嬉しそうで前の日よりも少し体調も良さそう。体を起してTVを見たり、子どもたちにテストがどうだったかなど聞いていました。 今は病院都合で個室にいる父。子どもたちは病室の中で車いすで遊んでいました。まったくもう。広々した部屋でゆっくりと話も出来、良い日曜でした。
July 11, 2010
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土曜日だけど仕事。さすがに連日早朝から実家へ行ったり、転院したりと忙しかったので疲れもピークに近く、本当はお休みしたい。弱い心が顔を出す。けどね・・・いつ何時どしても休まなきゃならない時が来ないとも限らない。 気合を入れて、主人実家から自家栽培の野菜とともに送られてきたアリナミンを飲んで仕事へ向かう。そして帰りには父の病院へ。 帰ってきて子どもたちの顔を見る。お帰り~♪と迎えてくれる。積極的な家事の協力がなくとも、やっぱり家族が支えで頑張れる力となっています。家に帰れば、ひとまずホッとできるもの。で、ひと呼吸おいてどっちゃらけになってる部屋の様子、台所の様子に呆然とするんだけど。やってもらえると助かるけど、やってもらいたいこともあるけどやってないことでイライラしてどなり散らしてさらに疲れて家の中が嫌な雰囲気になっちゃうよりも、疲れたから一緒にやってとお願いすることで一緒の時間を持てるなら、それでもいいかも。まだ少し余裕があるのかな。さぁまた明日も頑張りすぎず、頑張りましょ。
July 10, 2010
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朝7時過ぎ、実家に到着して昨日切った紅葉の束をゴミ置き場に運ぶ。量が量だけに粗大ごみ扱いとなり持って行ってもらえないと困る!と窓から収集車がいつ来るかとゴミ置き場を何度も覗きこむ。我ながら怪しい。案の定、「1回に出せるのは10キロまで!!」と置いていかれそうになったけれど事情を説明し、今後はしません、もうしません(叱られた子どものようです)と何度も何度も繰り返すとすべて持って行ってくれました。担当の方に感謝です。 その後病院へ向かい、会計からの計算書を待って退院手続きと支払いをし、薬剤師から転院先へ持っていく薬が届き、担当医から転院先への治療報告書が4通(整形外科、内科、消化器科、リハビリテーション科)事務担当から届けられる。途中、近くの出張所で自宅に郵便が届いてた4月分の高額療養費支給の申請をしその帰りに私の昼ごはんのおにぎりを調達。(この病院で最後の病院食を食べる父のそばで食べるつもりでコンビニで買いました)さらに、ナースステーションに立ち寄り、生命保険の入院給付金申請のための診断書を依頼。本当に事務処理が多いものです。 さて、手配した介護タクシー(車いすのまま乗れるタクシー)が到着する1時にはすっかり準備を整えているつもりだったのですが、父のお昼ごはんがない!!さっきナースステーションに行って「お昼御飯出ますよね?」と確認してきたしご飯前のインシュリン注射もいつもの通り看護師さんがやってきたというのにない!!って。病院側は手配漏れとは言わない。ま、普通、退院する場合午前中に出る方がほとんどなので退院の日のご飯は朝までってことになってる。お昼がいる場合、そのように申し入れをしておく必要があるはずなんだけど、多分それが忘れられちゃったんじゃないの?(疑)遅れること40分。食事到着。迎えがきてはまずいと慌てて食べ、10分で終了。約束の時間まであと10分という段になっても、バルーンの尿を捨てに来る様子もなく、廊下にいた看護師を捕まえて頼む。終わるとほぼ同時にお迎えの到着。なんて慌ただしいの。 病気がよくなって退院ならこんな放ったらかしもいいけど良くなったわけじゃない、転院なのにこんなのってあり??ナースの挨拶も主治医の説明もないまま、傍にいたたった一人のナースにだけお礼を伝え、エレベーターに乗りこみました。
July 9, 2010
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実家の玄関先のもみじがすごいことになっていてもう3年くらい前から切ろう切ろうと言いながら父に任せて、結局そのままになっていました。この春から夏にかけてまたぐっと伸びたようで伝線にかかるわ、隣のマンションの敷地に大きく入り込むわ左右にあるもみじで玄関が覆い尽くされ、暗くなるわで大変な状態。役所でやっているシルバー人材センターに連絡し、来てもらうことにしました。8月以降と言われてたのに割合と早くて良かった。 朝8時からの作業に立ち会うため、7時に家を出て実家へ向かう。作業中に久しぶりに本でも読もうと、準備をしていったのですが・・・ダメでした。お昼を挟んで5時間の作業。ず~っと手伝いました。日差しも強い中、切り出した紅葉を束ねてまとめるため同じ長さに切りそろえたり、わき枝を切ったり 【送料無料&代引無料】『KG-21 力のいらない枝切り・刈込み兼用ハサミ』【smtb-KD】紐でくくったり。腕を大きく前に回して組んで抱えられるほどの束が11束も出来ました。 この間、転院の連絡を双方の病院ととりあったり、休憩のお茶を用意したり作業後は父の病院へ。ホント疲れました。ヘトヘトです。お願いしたのだから、ここまで手伝う必要はなかったのでしょうが1人できたシルバーセンターからの派遣の人だけに任せていたら病院へ行くのも遅れてしまうし、作業時間で支払う代金もかさんでしまうのでついついそんな流れになってしまいました。 すっかりきれいになった玄関。父に見せてあげたいです。
July 8, 2010
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わけあって、今朝8時過ぎから実家で用事をしていると9時を回ったころ、父の入院している病院の相談室から電話があり「○○病院さんから受け入れ可能の連絡がありました」って。 実は昨日、見学をした時に資料を持ち帰り、本人家族と相談をしたうえで こちらが入院を希望するかを現入院病院相談室へお返事をし、また病院側でも私との面談を受けて8日に検討会をしたうえで、お返事します、双方の合意があれば来週以降ベッドが用意できるので来週の入院で・・ってことになっていました。うちの方は、昨日父のところを訪ねた際に本人に確認をして希望する旨をこちらの相談室に伝えていました。これまで見学した病院に比べるとぐっと入院している方がお元気でいらっしゃるのと、スタッフが若く元気で挨拶が行きとどいている感じを受けて帰ってきたのです。 それがこんなにも早く結果連絡が来るとはビックリです。さらに「急ですが明日の転院なんですが、いかがですか?」って。転院の場合でも来週という話ではなかったか、なんでこんなに急に転院??頭の中は混乱。それからのバタバタぶりはまた今度。
July 8, 2010
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母の命日です。13回忌をどうするか迷っていましたが、結局父の体のことを最優先することとし、命日のその日にお墓参りをすることにしました。それでもさすがにたった一人のお参りでは母も寂しかろうとちょうど今日でテストが終わる娘に声をかけると、快く 行くよ!と言ってくれました。今回のテストは推薦入学のための内申点の最終が決まるということで連日遅くまで力を入れて勉強してたようすで、テストも終わればそれなりに疲れも眠気も出ると思うのですが、あたりまえのように 行くよ と言ってくれたのが嬉しかったです。 実はこの日、前日の夕方病院で紹介された、新しい転院先の病院の面談が朝から入っていました。9時に家を出て、病院施設の見学と面談をし、その後実家へ向かい用事を済ませてからお墓へ行ってきました。 娘と二人、学校での様子なんかもいつものように話しながらお墓の掃除をして、お参りをしました。事務所に声をかけ「命日なのでいいですか」と本堂へ入りたい旨を伝えると、こちらも快く「今、炭を入れますからどうぞお進みください」と言っていただきました。本堂でお焼香を済ませると気持ちが引き締まりました。引き締まったけどなんだかすっと余分な力が抜けたような気がしました。 その後、家へ帰って休みたいという娘と別れ、私は病院へ向かって父に今日の報告をしてきました。
July 7, 2010
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父の容体については時々お義母さんにメールで連絡を入れていましたが電話となると、病院から7時8時に帰宅してそれからご飯をしたくして食べていると、主人の実家ではもう休む時間になってしまいます。それにその頃には私もぐったりで、ここ最近電話は出来ずにいました。お義母さんもこちらの様子を考えて電話を遠慮してくれていたようです。 前日、お義母さんの留守中にお義父さんから電話があり子どもたちの様子や父の様子を話した時に、転院先探しが難航している事をさらっと伝えました。それを聞いて心配したお義母さんが、今朝電話をかけてくれたのです。出勤する電車車内のことでした。心配している様子のお義母さんの声を聞いただけで急に涙があふれて止まらなくなってしまいました。車内だし、切らなきゃいけないんだけど、そのことを伝えようとするだけで喉が詰まってしまって声にならない。ただ出勤途中の車内とだけ告げると、お義母さんが察知してくれて大丈夫?ごめんねごめんね、またかけるよ・・・そう言って電話を切ってくれました。 そんなつもりはなかったのですが、昨日見てきた療養病院の様子があまりにもショックで精神的に不安定になっていました。自分で思うよりもずっと疲れていたようです。電話を切ってもしばらくうつむいてすすり泣き(席に座れていたのが幸いでした)少し落ち着いたころ、会社の最寄り駅へ着き、トイレに寄ってから会社に向かいました。 主人の実家の心遣いは本当にありがたいです。 皆さんのコメントお返事遅れています。とても励まされています。日記を優先して少し進めてからお返事させていただきます。
July 6, 2010
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今日、行ってきた病院は通常の外来診療をしているほか療養型の病床を持っています。入院はすべて高齢者の医療療養型専用で60床ほどあり、父もそこへの入院を勧められたのです。 ショックでした。その病院はリハビリもできる、ということで受け入れ許可がでたのですが入院患者のうち実際そのリハビリ室を使っている方はわずか1割。で、お話の出来る方は?と聞くと、やはり同様程度の人数であるとのお返事でした。聞かなかったのですが、おそらく普通食を食べていらっしゃる方もごくごくわずかいるかどうか、ということでしょう。入院したら父が入ることになるお部屋も見せてもらいましたが完全な寝たきり状態の方が2名、雑然とした部屋で休んでいました。 父がいずれ同様の状態になるにしても、今しっかりしている父をあの部屋に入院させることはできない、と強く感じました。本人のやる気や気力も奪ってしまうような気がしたのです。バルーンこそついていても、今は下着もパンツをはいていて便意のある時は車いすでトイレに連れて行ってもらっています。こちらに入ったらトイレへの誘導は可能だけれども必ずおむつを使うようになるとも聞きました。 高齢者医療の現実はこんなにも厳しいのかと愕然としました。受け入れの申し出は大変ありがたいけれど、初めてこのタイプの病院を見たのでショックも受けていることを正直に伝え、検討したいと帰ってきました。実際どうしたって今の病院を出なければなりません。でも受け入れ先が今見てきた病院しか見つからなかった場合それを家族や本人が今受け入れられるのか・・・無理だと感じました。あの病室にいる父の姿を想像して、どうにも涙が出てしまい感情的になり「家に連れて帰りたい」と強く思いました。 在宅の道は本当にないのか・・・父の残された時間を過ごす場所としてふさわしいところはどこか、気持ちの揺れは収まりません。
July 5, 2010
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ここ数日の父は高熱が出たり、微熱が続いたりしています。でもかといって、足の方も身体の方も治療という治療がないので、熱の高い時は冷やすとか座薬を入れるとかの対処療法で処置をし、あとはひたすらベッドの上で安静です。 今入院している病院には積極的な治療が出来ない状態のまま長く入院していることは出来ない。転院しなくてはなりません。入院している整形外科では当初入院期間は1週間と言われていたけれど転院先の病院が見つからないまま、ここまで来ているのです。 今の病院の医療相談室で、転院先を探してくれていたのですがなかなか見つかりませんでした。通常、一般病院で急性期の治療を終えた場合、在宅看護を選択するかまたは転院先として 1.「回復期リハビリテーション病院」、2.「介護療養病院」3.「医療療養病院」を選ぶことになるのですが、父の場合、一般的な骨折の回復のための治療とは違うので、1 では受け入れてもらえません。また、2は介護が目的であるため、医療行為に当たるものができないために対象外。必然的に 3の医療療養病院を探す必要があるのです。これが狭き門なのです。ベッドが空いていません。また父の病状からも困難な患者であると判断され、受け入れ不可とされるケースも多いようなのです。さらに、父は足のリハビリも希望している。探している療養病院でリハビリに積極的なところはどうやら少ないようなのです。 ところがここにきて打診の結果、3件ほど受け入れOKの返事が来たと連絡をもらいました。「良ければ直接担当者へ連絡して話を聞いてみてください」と言われるのですがまったく何も分からないところに突然行くには抵抗があります。そこで、連絡があるたびにまずは外観チェックをしに行ってきたのですが状態はどこも良くありませんでした。ひとつは住宅街を抜けたとても寂しいところにポツンと建っている病院で道がその病院で行きどまりになっているせいか、とっても孤立したような印象。受付もとても暗く、人が常駐していない。また、もうひとつは大きな町の中心にあり、近くに高速道路や幹線道路もあり人通りは多い。けれどもその病院だけがやっぱりとても暗い。閉鎖的な印象。診療科目数も以前病院全盛期の時に比べてかなり減ってしまったようで半分以上をガムテープで消してある。それも尋常じゃないほど曲がってぐちゃぐちゃにとりあえず見えないように止めました・・って感じ。印象は極めて悪し。もうひとつはやはりたてものが50年以上たっているということもあり、古く暗い感じなのですが、それでも3つの中ではまだなんというか・・・可能性がある感じ。病院は外観じゃなくて人ですものね、話を聞いてみる価値はありそうです。転院先もいつまでも決めないわけにはいかないし、欲を言ってるうちにどこも決まらないまま、退院を迫られたら大変です。と、いうことで今日初めて、紹介された病院のうちの一つの見学と説明を受けてきたのです。 前置きばかり長くなりました。いったんここで切りますね。
July 5, 2010
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介護保険の区分変更の申請をしたら病院に調査員の方が来ました。(もちろん事前連絡はありで私も立ち会いです)まず感じたことは、調査員の人はむやみに同情を寄せたりしない。「それは大変ですね」とも言わない。淡々と冷静に状況に関する質問をして15分ほどで帰っていきました。父に話を聞きたいわけですから、傍にいる私は助け船を出したくてもじっと我慢。聞き役に徹しました。主に介護にあたることになる私の生活状況や手伝える具合についても質問があるのかと思うとそれはほとんどなし。入院前に父が一人暮らしをしていた時、どの程度の頻度で実家を訪れていたのか。入院後、病院にはどの程度の頻度で来ているのか。この2点のみ。 実際私は今はギリギリでやっているので、毎日病院へ行っているのも奇跡的な?状態なんです。私が出来ると思われては困る。それをアピールしたかったんだけど、その場面を逸してしまいました。別居であるし、おそらく私に子どもがいることも仕事があることもわかってる(はず)。その辺も加味して調査書にまとめてもらえるといいのだけど。 調査員の方は、おひとりでもほぼ寝たきり状態でやっている方はいますよ、とおっしゃる。それは出来る人もいるでしょうけれど、それとてよほどの努力をしているのでしょう。やむを得ず、頑張られているのだと思います。両膝から下を切断しているのに、右足が折れてももう片方の折れていない足に義足をつけて松葉づえの歩行が出来るのではないかとおっしゃる。 無理です。できません。排泄の時だけでもそうして移動することが出来るのではないか、している方もいるという話。でも、父の場合は肝臓の病気のこともあり体力も落ちていくことは明白です。無理をして内臓にも負担がかかったり、万が一にも1人で頑張ってるときに転倒でもしたらどうしてくれるのでしょう。 やんわりとそれは無理だと伝えたけれど、父の手前「もうそんなことができる状況ではないんです!」と父の望みを立つような発言も出来なかった・・・。 なんとなく、後味の悪い調査になりました。皆さんこんな感じなのでしょうね。私は今まで知らないことが多すぎました。区分変更の判定通知まで約1カ月です。そのころ今と同じ状況だとは限らない。けれどこれからの見通しで判定が出るわけではなく、あくまでも現状に対する判定。どんな結果が出てくるのでしょうか。
July 4, 2010
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今日は朝7時半に自宅を出て、実家の地デジ工事の立ち会いです。 フレッツ光の回線工事+フレッツテレビの工事をしてもらったのですが、光回線の工事が思いのほか時間がかかり、合計2時間半くらいでした。前もって、配線状況によっては標準工事費外の料金が発生する、と言われていたので、電話線引き込み口のあたりが玄関先の木に覆われていて作業がしづらかったことや宅内の配線が少々長かったこともあり、追加料金がかかるかと心配しましたが、予定通りの基本料金で合わせて1万強ですべて繋いでもらえました。 実家も地デジ開通です。と、同時にネットもつながったんだけど実家で今PCを使う予定がないし、今は何かと忙しいので設定もせずに放ってあります。 父が見られればどんなに喜んだろうと思うのに・・・、残念です。見せてあげらる日が早く来ますように。
July 3, 2010
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最近のお天気は朝曇っていたり、晴れていたりするんだけど夕方になると雨、それも降れば土砂降りみたいな不安定な状態が続いています。出かけるときは折りたたみ傘を持たないと不安です。 朝、長女の出かけに折りたたみ傘が見当たらない。登校時間は迫っているし、傘は持たせたいし、・・・なんだけどあ゛~なんでないの~。 そしたら長女「じゃ、このタオル持ってくから」ってハンドタオルを握りしめてる。雨が降ったら頭にのせて帰ってくるんだって。 降ったら土砂降りなのに、それってまったく楽天的な長女です。 ******************** 父の熱は下がり、微熱となりました。発熱の原因もわからないのですが多分、体の中で良くないことが起こっているのかもしれません。それでも、少し苦しそうな様子が減ったのでホッとしています。
July 2, 2010
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父が入院してこの金曜日で丸2週間。それから一日も休まず病院へ行っている私。さすがに体もきついし、うちの家族のことも気になるし何も出来ていない我が家の家事もこのままで良い状態ではなく・・・。子どもや主人が理解してくれてるんだとは思うんだけどでもいきなり「なんじゃこりゃぁぁぁ~」とキレられないとも限らない。しっかり長く介護を続けるためにも、たまには休むことも必要!そう思って、そうするつもりで、今日行ったら「明日は来られない」と言うつもりでそれで病室に入ったのですが顔を見るといつもと様子が違う。ずっとつけっぱなしのTVも消えている。管の先のお小水の袋も赤い。 今日の午後から高熱が出ていたんです。39度まで上がり座薬を入れたというからこのあと少し下がるのでしょうけどあんなスカスカの肺なんですから、肺炎にでもなったら大変です。うつろな目をしてひっきりなしに手足が痙攣しているのです。足の治癒よりもずっとがんの進行が早いのかもしれません。お見舞いをお休みしようなんて思ったから罰があたったの?とにかくもうしばらく休まず通うことにします。
July 1, 2010
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