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排水溝の顛末。12時過ぎに電話帳で調べた救急水道工事のフリーダイヤルへ電話。2時~4時までに伺いますと言われ、来たのは3時半。土だけではなく髪の毛も詰まっているので、薬剤を使って詰まりを溶かすということになり、見積金額出張費込み1万5千円。仕方ない。これは痛い出費と諦めるしかない、もうとにかく早く修理を終えてもらい病院へ駆けつけようと時計とにらめっこをしながら作業終了を待つ私。 約1時間のなんだかんだの作業の後、ちょっと来て欲しいと呼ばれ排水溝の下を見ると「配管が割れています」と、確かにポタポタと接続部から水が洩れてる・・・。 さっきまでこんなのなかったじゃん。排水管修理をするからと洗面台したのもの入れをすっかり明けて掃除をした時にも何にも濡れてなかった。割れてなんかなかったんじゃないの?作業の途中で何か? さっきまで漏れてませんでした!と訴えても詰まっていたから分からなかったんでしょうって。とにかくこのままじゃ下の階のお宅に漏水してしまいます。この洗面台を使わないならともかくここで水を流したらあとあと面倒ですよ。ま、洗面台が他にもあるって言うならべつですけどこれじゃあね~~~ って!!何て言い草。こんな狭いうちに洗面台が2つもあるわけないじゃん。それにもともと使わなくていいんなら修理なんて頼まない!あり得ません。わざと壊したんじゃないかとさえ疑ってしまう。今見ればはっきり分かる横の亀裂だけど、さっき見た時はそんなのなかった。これまでも漏水なんてしてなかった!!! 言いたいことは山ほど。でもとにかく病院で待ってる父のことも気になるしどうにかしなくちゃいけないのも事実。修理するとなるとどのくらいの費用と時間がかかるのかと聞くとさらに12000円で、時間についてはこれからこの壊れたトラップを買いに行くのではっきりわからないって。 なんと!買いに行くって何?大きなホームセンターなら売っています。なんなら、お客さんが買いに行って付け替えますか?やり方は簡単だからお教えしてもいいですよ。 とにかくいちいち腹が立つ。 一応説明を聞いて、ホームセンターの場所を聞くもトラップの種類は多様だからあちこち回らないと見つからない可能性があるといいたとえばどの辺?と聞くと聞いたこともないホームセンターの名前を上げ、場所も埼玉の奥の郊外かどっかと言う。実際車もない私がどこにあるともしれない排水溝の部品を間違えなく買ってきてきちんととりつけられる保障もない。また出直しで修理を頼むとまた出張費がかかるって言うし・・・。 結局、泣き泣き頼むことにしました。 買い物に出た彼が帰ってきたのはそれから1時間以上たってからトラップを変える作業は10分もかからず。支払いを済ませ、帰って行きました。納得いかず!!!!!本当に破損していたのか。そもそも破損していたのなら薬剤で詰まりを解消する前にまず初めにそれに気づかなかったのか?2重の修理をした意味がわからない。買いものの待ち時間にあれこれ考え余計に疑惑でいっぱいの頭になり精算をしながらその疑惑もぶつけてみたけど、詰まりと言われたらその解消をするものだから気づきませんよって、そんなもの?プロなのに?プロなのに水道管をホームセンターに買いに行くの?結局買ってきたホームセンターの袋はうちから北へふた駅先に電車でも行ける駅にあるホームセンターの袋で(買ってきたのはその支店ではなかったらしいけど)とにかくこの時間と出費に納得いかず。ま、安易に修理を頼んだ私が浅はかだったか。大家さんにまず相談したときに、いつもの修理の水道屋さんが病気で倒れて心当たりの修理屋さんがないんだと言われた時に、とにかく急いで修理しようと慌ててしまい・・・。あ~あ。 支払いを終えて帰ったのは6時半。それから父の病院へ行ってきました。
September 30, 2010
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まったくもう!本当にもう!!です。洗面所の排水溝を詰まらせました。 今日は仕事が休みなので電子レンジを見に行って、その後いつもより早めに病院へ行って入浴介助をする予定でした。それがもうどうしようもありません。 洗面所で植木鉢を洗ったバカ者です。土を思いっきり詰まらせました。今、水のトラブルなんちゃら~っていう水回りの修理屋さんを待っているところです。本当ならもうとっくに病院へ着いている頃です。なんだかんだでここまでのお騒ぎでお昼ご飯も食べそびれています。 このあとどうなる??ひとまず落ち着くためにブログなど書いていますがひさしぶりにおなかの中が煮えています。
September 30, 2010
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父の入院している緩和ケア病棟の心の相談室の先生と話をしてきました。患者本人の相談のほか、介護に当たる家族の相談にものってくれるんです。ありがたいです。漠然とした不安、父との時間の過ごし方、これからのこと・・・15分ほどの時間でした。 特別なことをしなくてもそばにいるだけで力になっているはずですよ。 別れのその時が来たあと、緩和ケア病棟を去ったあとでも不安感が強い時の相談にはいつでも乗りますよ。そういうご家族も実際、いらっしゃいます。もちろんまた何か気持ちに変化があってもなくてもご連絡いただければ時間をとりますよ。 そんなことを言われ、また頑張る力をもらえました。
September 27, 2010
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今日は電子レンジを見に行こうと思っていたけど 断念! 残念だけど、その時間がとれませんでした。 主人が香港出張中の日曜日。 いつもよりのんびり寝ているのがただ贅沢です。 それでも、そうこうしているうちに 太陽が出てきてもったいないほどのいいお天気。 まったりとしていたら、そのうちに花火の音! そうでした、今日は地元小の秋の大運動会。 招待状をもらっていました。 同期の卒Pへ連絡をしてお互い欠席を確認。 それからもぞもぞ起き出して、朝ご飯のホットケーキを焼きました。 今日の予定。 1、長男に頼まれた英和辞典を買いに行く クレジットカードで購入のため、長男に託せず 最寄り駅からふた駅北へ 2、自転車で食材の買い出し 3、お昼ご飯のあと長女の学生靴を買いに今度は南に3駅 4、そのまま実家へ郵便物と留守番の確認 5、父の病院へ あっという間の1日です。
September 26, 2010
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夜、父の病院から帰ってくるのは決まって7時半過ぎ。父の夕飯と食後の薬を飲むのを見届けてからの帰宅です。帰りがけに買い物をして帰宅をするとどうしてもこの時間になっちゃう。ご飯を食べるともうダメ。おなかいっぱいになると眠くって。本当なら秋の夜長、本を読んだり、ブログ更新もしたいのにほとんど出来ません。寝ちゃってます。最近は出勤前の短時間に更新するのがほとんどです。夜にじっくり書きたいのに、何より眠気が優先してしまいます。 でも眠れるのはいいことなんですよね。父のところの看護師さんに「眠れてますか?」って心配されます。睡眠は心の健康のバロメーターでもあるんですね。眠れてて食べられてて、子どもたちとも笑って過ごしています。まだ頑張れそう って思ってます。ブログはボチボチ行きます。
September 25, 2010
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今年の秋は突然にやってきて雨や風に当たると寒いほどです。体がついていかない。こんな時こそうがい手洗いを欠かさずに。夏の疲れも出て体調を崩している人も多いみたい。満員電では咳き込んでいる人もいる。あ~マスクをしてください。今、風邪をひくわけにはいかないんです。父の見舞いに行かれなくなっちゃう。とにかくしっかりと気合を入れて、気合だけでどうなるものでもないかもしれないけど あとはお義母さんからもらった栄養剤と睡眠と栄養。しっかりと予防をしておきます。皆さんもくれぐれもお気をつけて~。
September 24, 2010
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長女が昨年参加したホームステイのツアーの同期会(OB会)に参加してきました。主催者側は、その年の参加者だけではなく、これまでに参加した計700人に案内を出していたそうです。結果参加したのは50人ほどだったらしいのですが長女は自分の同期が7人中5人集まったことでとってもにぎやかに楽しんできたそうです。 主催は主人の地元なので前日学校帰りにそのまま高速バスに飛び乗り一泊して同期会。そしてその後、夜の特急列車に乗って帰宅。家に着いたのは夜の11時すぎ。疲れていて眠いだろうと思うのですがあまりにも楽しかったらしく、興奮してあれこれ話してくれました。本当にいい仲間と経験に恵まれました。今回、慌ただしい中、義両親にもお世話になりました。娘の都合とはいえ、思いがけない訪問にこちらも喜んでくれたようです。
September 23, 2010
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父のところで新聞を読んでいたのですがこのごろニュースにも好きなスポーツにも興味をなくしている様子の父。眠っていることが多いです。私が行っている時でも起きている時間はごくわずか。 眠っている父の枕もとでじっと顔を見ているだけっているのもつらい。そんなときの私は1人で本を読んだり、家族にメールを打ったりしていることも多い。でもせっかくいるのだから、父と一緒に何かしたい。眠っているように見えるけど、実際には聞こえてるんじゃないかしら。そう思って、眠っている父に向かって1人で話をしてみるけどなんだか余計に寂しくなるし、全然続かない。 父の枕元で本を音読しようかと思っています。新聞に載ってる政治や経済やニュースよりは聞きやすいもの。病床で読むにふさわしい詩集かエッセイでもないかしら・・と探し始めました。おススメがあれば教えてください。
September 22, 2010
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レンジで温めものをしていると バチバチ☆って何やら火花が!使用禁止の食器を使ってるわけでもホイルがついていたわけでもないのにこれは怪しい、っていうか危ない。うちのターンテーブル式の年代物レンジ・・・やっぱりそろそろ寿命かも。ここにきての出費は痛いけどレンジがないお弁当づくりって考えられない。フリージングしたものを解凍するだけだってかなりの頻度で使ってる。さてどうしよう・・・とネット検索を始めると高機能のスチームオーブンレンジがたくさん出ていて困ってしまう。予算内で設置場所に合うもので、必要な機能が付いているもの。アレコレ見ても絞りきれない。やっぱりものを見に行かないことには!次の週末あたり見に行ってみようと思っています。
September 21, 2010
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長男とふたり、お墓参りへ行ってきました。お墓の掃除をしてお参りをしたあと合同法要に参列し、法話を聞くという長丁場。「仏法に興味を持ったという友人から出家について聞かれ 浄土真宗のお坊さんは出家していないし、だから自分もこうして 長髪なんだと教えてやりました」と髭をなでながら聞かせてくれた話は、とても親しみやすくわかりやすくそれに続く親鸞聖人の話も、私の心を穏やかにしてくれたのですが長男には退屈だったようです。 終わったとたんに「眠い、おなかすいた」と連呼され昼時でもあったので、ファストフード店でランチ。そしてそのあと「敬老の日だしね」って言いながら2人で父の病院へ。 数日前から容態が思わしくない父に長男が行ったことが伝わっていますように。
September 20, 2010
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長男の文化祭へ行ってきました。ひさしぶりに聞いた吹奏楽部の演奏は本当に聴きごたえがありました。ほかの文化部の発表時間が30分程度なのに比べ吹奏楽部は1時間半!プログラムを見た時は「こんなに長いの~」と暑い体育館での鑑賞にうんざりしていましたが聴き始めたらアッというまの1時間半でした。このあとは運動会の行進曲演奏のほかは3月の定期演奏会までお休み。もったいない。もっと活動(発表)すればいいのに。あの緊張感のもと聴いてもらってうまくなるってことありそうなのに、もったいない~。
September 19, 2010
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緩和ケア病棟のいいところは先生も看護師さんも じっくりと話を聞いてくれること。体と心の苦しみをとろうと患者と向き合ってくれること。 告知をされて以来、この半年で6回の入退院をしてきた父。「ここではもう出来ることがない」「ここは急性期の病院なのでベッドをあけていただかないと」「在宅を考えるように」病気が進行するにつれて、厳しい現実を告げられ病気の不安を抱えつつ、さらに受け入れ先の病院を探し回り、転院をしなくてはいけない体力的精神的な辛さ。ここへきて、そうしたことから開放されました。 本人や家族のための心の相談室もあります。開催日が少ないのがちょっと残念。これまで2度ほど申し込んだものの、予定が合わずまだ実現していませんが、近いうちに、と考えていてこういうものがあるだけでも心の支えになっています。
September 17, 2010
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新聞を広げながら「このドラマ面白そうだからビデオ撮っとこう~♪」と言ったのは娘。 もう我が家はビデオじゃないのよ、へへ~と余裕の笑みを浮かべる私。で、そんな娘になんだか妙にホッとする。娘はビデオ世代で育ってきたから、その癖が出ちゃうのね。 考えれば、母の子供のころはビデオすらもなかった。カセットテープの全盛期。歌謡曲のベストテン番組を録音したくて家族中に静かにするように指示をして、テレビの前にレコーダーを置いたっけ。 それにしても家電の進化はすごい。最近調子の悪い「子機付ファックス」。そのうち買いたいなぁ~と調べていたら、SDカードに保存できる機種が出ているのを発見。感熱紙を使ってた時代が嘘みたい。
September 16, 2010
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買っちゃいました、ブルーレイレコーダーこれで我が家も正真正銘の「地デジ化」です これまでは「めったに録画なんてしないしぃ」と強がっていましたが9月に入り、連ドラ最終回が近づいたここにきて「あ~おなかいっぱい」ってゴローンと寝ころび、知らぬ間に寝てたっ!という失態を重ね、自己嫌悪の日々。逃亡弁護士はいったいどんな風に終わったの?とわからずじまい。少しさかのぼれば、子どもの観たい番組とバッティングし一度も見ることなく終わってしまったマザー、観たかった。一番楽しみにしてた「ホタルノヒカリ」を1話も見逃さずに最終回を迎えられたのはだけは奇跡的でした。とにかく(あ~こんなとき録画が出来れば~)と思うことが増えてきて。子どもたちにもずっと前から「録画出来れば、テストが終わったらまとめて観れるのに撮っておけないんだから今観るしかないじゃない」とかテスト前にイラっとすることを言われ。 前から時折ネットでチェックしてたお気に入りのブルーレイレコーダー。病院帰りにちょこっと立ち寄った量販店でこれまで調べてたどこよりも 4000円ほど安く、思わず!の衝動買いでした。ポイントを使ってちょうど予算内に収まりました。 さぁて何を一番に録画するか。考えてみると・・・う~ん今録画してまで観たいTVってないかも、なのでした。一番は子どもたちに譲りますか。
September 15, 2010
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売れっ子ですね、池上彰さん。出してる本も売れまくってるようで、今週のベストセラーの中にも「伝える力」が入ってたかと。 父の枕もとで読む本は「ガン緩和ケア最前線」(岩波新書)など 病気に関するものも多いのですが、そのことばかりでは苦しくなってしまいます。煮詰まらないように、もっと広い視野が持てるように・・と手にとった本が これ↓知らないと恥をかく世界の大問題 何をする時であれ、目の前の見えていることだけじゃなく自分を広い世界において見ること。世の中を考えること。大切なストレスフリーの方法だと感じています。
September 15, 2010
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妹夫婦は「18日の土曜日に上京しよう」と考えてたのですが私が「平日なら主治医の先生から話が聞けるよ」と言ったことで休みを調整して、日帰りで来てくれることになったのです。 父の病状についてはこれまで私だけが主治医から聞いて、質問して、それを妹にも伝えてきました。このところまたひと段階病状が進んできて、父の病気を私ひとりでは抱えきれなくなってきました。私だけでは聞き洩らしていることがあるんじゃないか普通なら質問するようなことを気づかずにいるんじゃないか。直接主治医の先生の話を妹にも聞いて欲しい というのは私自身の願いであったのです。 妹が帰りがけに「おみやげだよ」と渡してくれたのは紙袋いっぱいのトマトにきゅうりにキャベツにナスにピーマン。「直売所で買ってきたの。食べてね」 それを受け取って力が抜けました。 妹たちが来る。私から最近の様子を伝えて、先生の話も聞いてもらってできれば一緒にいるときに父を中庭にも連れて行ってあげて話しもしたいし、短い時間だけどどれだけできるかな。いろいろ考えていました。そんなに力んでるつもりはなかったけどやっぱり毎日力が入りすぎていっぱいで、余裕がない状態なんですよね。 妹たちも真剣に父の病気を心配してこうして来てくれてる。一方、東京では野菜も高いしお土産にしよう!と考えて直売所に行って野菜を選んでる・・・そんな様子を思い浮かべて妹のやさしさを感じました。 もう少し力を抜いたほうがいいのでしょうね。わかっていてもなかなかできないんだけど、それを意識することが父とのいい時間を過ごすことにつながると思っています。
September 14, 2010
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妹夫婦が揃って父の見舞いに来てくれました。本当は、10月の連休あたりで上京を と考えていたようなのですが最近の父の脳症の話をすると 少し急いだ方がいいのでは・・ってことになったのです。 「お姉さんにお任せして、これまでお見舞いに来られなくてスミマセンでした」って言って、私の体調も心配してくれるような妹の旦那さんはとっても優しくて、真面目で心配りの出来る方。父のところへ行く前にまずは状況を説明しようと、お昼を食べながら話している時も私のことを お姉さんと呼び、じっと話を聞いてくれる。 ところがこの義弟、実は50過ぎなんです。私よりもかなり上。若い奥さんを貰ったせいか(って言ってももう40ですけど)風貌も若めではあるんだけど、それでもやっぱり私より年上な落ち着きがある。そんな義弟に 「お姉さん」と連呼されると ちょっぴり複雑な女心 年齢が逆転した義兄弟の場合、どんなふうに呼びあってるのかしら?名前が普通?なんだかたまにしか会わないからか、ちょっぴり違和感。で、なんだかちょっと年をとったような気がしちゃいました。
September 14, 2010
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驚きました~いやぁまったく気づきませんでした、コメント欄がなくなっていたとは。 BBSにコメントを寄せていただいてなければ気づかずにいたかもしれません。何か私が操作してしまったのかしら?もちろんそうなんだろうけど、まったく覚えなし。急にコメント欄がなくなったら、コメント入れないで~みたいな感じじゃない?え、大丈夫?そんなつもりではありませんよ、もちろん。このところPCに向かう時間がとれないので携帯からもUPしようとちょっとアクセスしたときに何かやらかしちゃったのかしら? とにかく早速コメント欄を戻しました。もしやこれまで頂いてたコメントも消えてしまってたら・・慌てましたが、戻してみたら無事でした。これからも宜しくお願いします。 今日もいい天気、もう少ししたら父のところへ出かけてきます。
September 12, 2010
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ようやく暑さが和らいできました。父の入院している病棟内には中庭がついていて車いすのまま、出ることができます。 整形外科の先生に診てもらった翌日に初めて、車いすで中庭に出てみました。実はここからは父が定年まで勤めていた会社の本社ビルが見えるんです。父も短期間ではありますが、そこで働いていたこともあります。この病院の転院を希望した、決め手の一つがココでした。いくらいい病院でも急にまったく縁のない土地に行くのは不安かなぁと考えたのです。 父のいる緩和ケア病棟は1.5人の看護師さんに対して患者1人という人員です。手厚いですよね。ベッドの名札には主治医の名前のほか、2人の担当看護師さんの名前が書かれています。もちろん看護師さんのシフトはいろいろなのでその日により実際担当してくれる方は変わりますが何かあれば相談に乗ってくれる看護師さんが2人いるというのは心強いです。 ところがこれは平日昼間のこと。土日と夜間は1人で10人程度の患者を看ることになります。父を車いすに移すのは3人のスタッフがかり。体調とお天気のいい時は短時間でも中庭に連れて行きたいと思うもののさすがにスタッフの人数の少ない時間は難しく、言い出しにくい。中庭に出るのは、平日と決めて、楽しみにしています。
September 11, 2010
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父と過ごす時間は大切で、毎日せっせと通っているのですが最近父と話す話題がありません・・・。父が眠っていることも多いのですが、そうでなくても行ってそばで黙って座っていることも増えてきています。 お話していませんでしたが、実はちょうど転院したころから父に脳症の症状が出てきました。肝機能が落ちたために分解されないアンモニアなどの有害物質が悪さをして脳に悪い影響を与えてるそうなんです。話していることが分からなかったり、記憶があいまいだったり。肝性脳症の場合、認知症と間違えられることも多いというくらいですからまさにそんな症状です。それが徐々にきた・・のではなく、病気ですから一気にやってきてしまい・・・私も受け止めきれないほど、急に症状が出てしまい私自身がひどく戸惑い、一時はそんな父を見ているだけで涙が止まらなくなってしまいました。 それでも、幸いなことに今はずっと混乱状態、痴呆状態というのではなくて、時折、少し話が出来る状態になります。そんなときは話をするのですがそんな父といったい何を話したらいいのか・・。話題が見つかりません。 今日のお昼はどうだったの?たくさん食べられた?体調はどう?先生はお部屋に見に来てくれたの? そんな風な質問をしては、混乱している父をさらに追い詰めてしまうことにもなりかねません。質問はやめました。我が家のことを少し話すのだけど、子どもたちも色々話してくれるわけじゃないのでやっぱり話題が尽きてしまうのです。 そんなとき考えたのが新聞の朗読です。目も不自由になってしまったので、自分で読むことは大変です。でも、持っていった新聞を私が少し読む分には黙って聞いてくれています。スポーツが好きなので、スポーツ関連記事を読むことが多いです。そして読んだ後、それについて少し話をすることもあります。 父との時間をどう過ごしたらいいか。有意義に過ごしたいけど、本当にどうするのが一番いいんだろうって。眠っている父の横でついつい考えてしまうのです。
September 10, 2010
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昨日、父の病室の引っ越しがありました。これまでの2人部屋から個室へ移ったのです。こちらの緩和ケア病棟の部屋のタイプは大きく分けて3種類。トイレなしの2人部屋で差額室料なしトイレなしの1人部屋で差額室料ありトイレありの1人部屋で差額室料あり 当初から差額ベッドなしの部屋を希望していてその部屋が空いたので・・・と入院したのですが、ここにきて父が「シングルがいい。明るい部屋がいい」と言い初めていたのです。 同室の方はとても感じのいい方で今は比較的体調がよく、落ち着いていらっしゃるようで週に2,3日はご家族と一緒に半日ほど外出されることも多いのです。廊下で軽いストレッチをして体を動かしていることもありますしスタッフの方ともよく話されているので時折病院のたわいのない内情とか教えていただけたり・・・その様子に力をいただいてました。こうした病気の患者同士ですから、負担でない程度の踏み込み過ぎないかかわり合いで過ごすことが出来ていたとは思うのですが、それでも父は何の気づかいもなく過ごすことができれば・・・と考えたようです。 父のいた部屋は入り口から入って手前が父のベッド、その奥がお隣さんでそちら側に大きな窓がついています。ベッドの間はピンク色のカーテンで仕切られているので、父のベッドは少し暗い。このため窓のある明るい部屋にうつりたいという父の気持ちもわかります。 生命保険の入院給付金を充てればなんとか部屋代の支払いも出来そうです。そんなことで昨日、個室希望を出したところ昨日のうちにもう「ちょうどお部屋がありますよ」とトイレありの1人部屋への引っ越しとなったのです。 初めての1人の部屋で、静かで寂しすぎやしないかと心配しましたがちょうどナースステーションの真ん前の部屋。ドアを開けてカーテンだけで仕切っておくと、外の様子も聞こえてきてそれがちょうど心地よい。父も良く休めているようです。
September 9, 2010
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ここ最近、父の話ばかりになってるのでほかのことも・・・と思いつつ、どうしても生活の中心が父のこと。今日もこの話題です。 義足をつけることが出来るかどうか、父の状態を整形外科の先生に診てもらいました。レントゲンも撮り、骨折部にはもう異常がないことは確認できたのですが、何より筋力の衰えが激しい。すっかり細くなってしまった手足を見て、「通常であっても高齢者の場合、ベッドで寝てた時間の倍くらいのリハビリの時間がかかるものが、今の体調であれば半年以上かかるだろうしこれからの病気の具合もあるしね・・・、義足歩行を目指す意味が・・・」って言葉を濁されちゃいました。 私もわかってはいました。義足をはくことは出来てもそれで立ったり、歩いたりするのは無理であろうと。それでも支えながらももう一度立ちあがることが父の希望であるならばそれをしてあげたいという、わがままです。整形の先生は、生活をするために必要な機能を回復するためにするのがリハビリなのに、病気があって義足をはくことには意味がないんじゃないか無理をすることで怪我につながることもあるから、現状ではできないって、普通に考えてもあたりまえだと思う見解をやんわりと伝えて帰って行きました。初めからわかっていたことではあるのに忙しい先生に時間を割いていただき、病室へ来てもらえたのはありがたいことです。今の父のためにリハビリをする環境や人手はありません。残念ですが現実を受け入れなくては。父もおそらく納得したことでしょう。今できること。車いすでの移動を含めいろいろ考えてみます。
September 8, 2010
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緩和ケア病棟へ入院する前に機能回復のためのリハビリは出来ないって聞いていました。 でも父の何よりの希望は人の手を借りずに自分で動くこと です。これが出来ないと 本当は帰りたい自宅へも戻れない(戻っても仕方ない)と思っています。 義足をはくことが出来るか、リハビリをしてもらうことが出来るか・・・父の気持ちと一緒に看護師さんに相談してみました。 すると、「一度整形外科の先生に診てもらいましょう」ということに。 父の病状を見ると、正直とても難しいことだと感じています。父と私のわがままだってわかってるんです。病気が進めば、やっぱり出来ること・出来ないことが出てきます。それでも もし義足歩行でなくても何か違った形であれ今の父の希望に近いことで、できることがあるんだとしたら・・・。 早速、主治医の先生から専門医の先生へ受診の依頼をしていただいたので、診てもらってきます。
September 7, 2010
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世の中は脱ゆとり!とかで早々に新学期をスタートする学校も多いというのにうちの長女の学校はようやく今日が始業式です。スタートが遅いから宿題もバッチリかと思えばやっぱりそれはそうとはいかず、結局キリのいい?9月に入ってから宿題モードに突入で最後に馬力をかけて仕上げていました。 2人そろって学校へ行くようになり、例年なら、ようやく母の夏休み~♪と嬉しいところ、今年に限っては朝のお弁当づくりという朝の仕事が増えることと、休み中は夕食のご飯を炊いてもらってた長女があてに出来なくなってしまう~で、ちょっと憂鬱です。ま、それなりに何とか工夫してやっていきましょう。 とにかくいつもの生活スタート。あたりまえがありがたい。
September 6, 2010
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今日は我が家の家族、4人揃って父の見舞いに行ってきました。 子どもたちは何度か訪れているのですが、 主人は病気がわかってから初めてのお見舞いです。 …ま、それはさておき、 このところの父は日中も寝ていることが多いのと 少し、話の辻褄があわなかったり 記憶が曖昧だったりすることがあるので 不安があったのですが、今日はしっかり子どもたちの名前を 呼んだり、わずかながら話をしたりして随分と 状態は良かったです。 主人と子どもたちが一足先に帰ると病室を出るときも 珍しく笑顔で手を高くあげて合図をしていました。 わずかではあるけれど、笑顔を見せてくれた父。 また今度、みんなを連れてくるからね。
September 5, 2010
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骨折部の完治を告げられた父は、一度はあきらめたリハビリを始め自分の足で歩けないまでも「動きたい」という気持ちをもったようでした。 でも、その直前に緩和ケア病棟への受け入れ連絡を受けたばかり。転院先の緩和ケア病棟では、痛みや苦しみをとり穏やかに過ごすことを目的としていて、積極的なリハビリなどは出来ないと言われています。 苦しいおなかを抱えたまま、リハビリを続けることが出来るのか。今回の受け入れ連絡を見送り、次の方に順番を回すと今度連絡を受けるのはいつになるのか。今の救急病院でずっと入院してリハビリを受けることは出来るのか。また転院をすすめられたり、リハビリをあきらめるときが近く来るんじゃないか。今転院しないと居場所を失ってしまうのではないか。 本当に今、リハビリをあきらめられるのか。 リハビリはしたいけれど、その成果が出るのか。どこまでやれるのか。結局もうダメなんじゃないか。ダメだから緩和ケア病棟になんか行くんじゃないか。父にとってはまだ緩和ケア病棟は 望みのないガン患者が行くところ とうつっているのです。そんな父の心の揺れがポツリポツリと語る言葉やしぐさから感じられました。 転院先から返事はあまり待てないと言われていました。じっくり考える時間もなかったと思います。そしてそんな中で「転院する」と決めた父。 転院の朝、1人の看護師さんに廊下で声をかけられました。「実はお父さん、昨日泣かれてしまって。自分はもうダメなんだって。だからそういう病院へ行くんだって。夜7時ころにはもう寝るからってでも眠れそうもないからって、いつもの眠剤を早めに出して欲しいって言われて。私、経験が浅くてうまくお声をかけて差し上げられなかったのですが・・・」って。 娘にも言えないこと、娘だから言えないこと。看護師さんに聞いていただけてそしてそれを聞かせていただけて良かった。この一カ月ほどで体力もおち、それとともに気力もぐっとなくしてしまった父。リハビリの機会を逸してしまったこと、気持ちの支えを奪ってしまったのではないかと私自身もつらい気持ちがあります。でも、まだ車いすで移動の出来るこの時期に転院しないともっと辛い時期が来ると思うのです。転院先で、少しでも納得のいく時間を過ごすことが出来ますように。
September 4, 2010
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入院生活も2か月半を過ぎ、父の髪がずいぶんと伸びました。前に散髪したときから3カ月以上たっているでしょう。 これまで入院してた病院でカットの予約もしていたのですがその都度、外来受診の都合でキャンセルになっていました。 昨日の転院の時に散髪のことを聞いてみると「明日が出張カットの出来る日ですよ」と言われ、早速予約。仕事帰りに病院へ寄ると、ちょうど終わったところで、グッとさっぱり。少し疲れた様子でしたが、やってもらえて良かった、少し若くなったかな。
September 3, 2010
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緩和ケア病棟への転院の日。新しい病院との約束は10時のため9時には出発。今回も車いすごの移乗できる介護タクシーを手配しました。 新しい病院に早く慣れてくれるといいのだけど。父の病状に合わせた対処療法が出来る病院。心も体も穏やかに過ごせる病院。そう思って選んだけれど父はうまく受け入れられるかしら。
September 2, 2010
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父の病院へ担当ケアマネさんがお見舞いに来てくれました。来るまでは「面倒だし、もう関係ないから来なくていい」なんて寂しいことを言ってた父ですが、いざ来てもらうとやっぱり少しは嬉しかったんじゃないかな。そんな表情でした。「また帰ってきたらいろいろお手伝いしたいので、ご連絡くださいね。待ってますよ。気力が一番大事ですからね~」と言って帰っていきました。 その後、骨折部のレントゲンをとって、整形外科の先生からの話。完治のお墨付き、義足もはいて大丈夫ですよ の言葉をいただきました。これは嬉しい話なんだけど、またこれはこれで父の気持ちに微妙な影響があったようで・・・。この話はまたあらためて。 先生の話を聞いていたら、予定していたベッドの搬入の約束時間が迫ってきて慌てました。転院が決まったけど、頼んでいたベッドは転院先の病院からの外出や外泊に備えて、予定通り入れておくことにしたのです。ベッドはごくごく一般的でとてもきれいなものでした。3段のモーターがついていて、高さ調節や背もたれや足元の調節もすべて出来るし、付属のマットレスも気持ち良さそうです。ただ、ベッドの手すりが標準サイズであったのでこれだけはロングサイズに変更してもらうことにしました。 転院の話が急に出てきたため、あれこれ話して父を混乱させてはいけないと、ベッドの話はまだしていません。もう少し落ち着いたら、または父が帰りたい気持ちになった時、ベッドが用意できてるんだと伝えたいと思っています。
September 1, 2010
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