オバかの耳はロバの耳 

2015/09/09
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上からの続き

■5.国連本部ビルに翻る日の丸

 12月18日、重光は国連総会議場の演壇に立って、スピーチを始めた。訥々(とつとつ)とした言葉で、まず加盟承認の礼を述べた。そして冷戦下の国際情勢に言及し、今なお世界各地で紛争が続く中、戦争の苦しみを知る日本は、武力以外の力で世界に貢献していく意思がある、と語り、こう締めくくった。

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 今日の日本の政治、経済、文化は、過去一世紀にわたる東洋と西洋、両文明の融合の産物です。そういった意味で、日本は東西の架け橋になり得る。このような立場にある日本は、その大きな責任を、十分に自覚しています。
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 席に戻る重光に、あちこちから「加盟、おめでとう」「心からお祝いする」と声がかかった。重光は笑顔で礼を言いながら、席に戻った。

 すると机の上には、ほかの79カ国と同様に、黒地に金文字で国名を刻んだ木製のプレートが置いてあった。「JAPAN」の文字が誇らしげに輝いている。まさに日本が国際社会に復帰した象徴のように見えて、重光は感動した。

 総会が終わると、日本代表団は総会議場の前庭に出た。そこには横一列に全加盟国の国旗が掲揚されている。一本のポールの細紐に日の丸が結ばれた。そして日本代表団の目の前で、日の丸はするすると上がっていく。

 冬の青空と39階建ての国連本部ビルを背景に、色とりどりの各国国旗に並んでいる。その中に、白地に赤丸の美しい日本国旗が翻(ひるがえ)っていた。その時の光景を、重光は次のような歌に詠んだ。

 霧は晴れ国連の塔は輝きて高くかかげし日の丸の旗


■6.「あなたはシゲミツさんですね」

 そこに浅黒いアジア人が、インドネシアの代表だと言って、握手を求めてきた。「私はディアンスワリと言います。あなたはシゲミツさんですね。私は、あなたのことを知っています」

 重光の記憶にはない人物だった。ディアンスワリは破顔して続けた。

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 会うのは初めてです。2回目の大東亜会議の時に、私は代表団のひとりとして日本に行ったのです。あなたは、もう東京にはいませんでしが、大東亜会議の発案者がシゲミツといって、脚にハンディキャップを持つ人だと聞いて、私は覚えていました。[1,p325]
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 大東亜会議とは、重光が発案して、大東亜戦争中の昭和18(1943)年末に東京で開かれたアジア初のサミットであった。満洲国、中華民国、タイ、フィリピン、ビルマ、自由インド仮政府が集まり、各国の独立を尊重し、人種差別撤廃に貢献するよう共同宣言を出したのだった。


■7.インドネシアの感謝

 2回目の大東亜会議に、インドネシアは独立前だったが、代表団を送ってきた。その時は重光は外相の職を辞して、日光に疎開していた。

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 お会いできて光栄です。インドネシアが独立戦争を戦い抜けたのは、大東亜会議のおかげです。あの時、私たちは本当に励まされました。私たちだって頑張れば、フィリピンやビルマのように独立できるのだと。

 私たちがインドネシアでバンドン会議を開いたのも、大東亜会議の志を引き継ぎたかったからです。

 インドネシアには、今でも日本人に感謝している人が大勢います。日本はオランダからの独立に手を貸してくれたし[d]、インドネシアの子供たちのために学校を作り、若者たちには戦い方を教えてくれました[e]。
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「独立に手を貸した」とは、日本軍の降伏後、再びやって来たオランダ軍に対して独立戦争が始まり、千人とも2千人とも言われる日本軍将兵が現地に残って、インドネシア人とともに戦ったことを指す。[d]

 アジアの独立に命をかけて力を貸した日本兵がいたことに、重光は心打たれ、もう一度日の丸を仰ぎ見た。


■8.国連総会場での黙とう

 重光の渡米中に、鳩山内閣は総辞職し、重光も外相の職を失った。鳩山は重光に「国連の件は、よくやってくれた」と感謝しつつも、この点を詫びた。だが、重光は笑って、首を横に振った。

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 かまいません。私は政界に未練はないんです。私が巣鴨を出所してから、政治の世界に入ったのは、ひとえに日本を国連に加盟させるためでした。・・・もう心残りはないのです。[1,p331]
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 年が明けた1月26日、重光は湯河原の山荘で、狭心症の発作により69歳の生涯を閉じた。

 死の2日後、ニューヨークの国連総会場で、総会の冒頭、議長がマイクを通して伝えた。「先月、ここで日本代表としてスピーチをしたマモル・シゲミツが、日本で亡くなりました。」

 加盟演説からわずか39日後の死に、誰もが驚き、どよめきが広がった。議長は続けた。「彼は生前、日本の国連加盟に、力を尽くしました。よって、ここに黙とうを捧げたいと思います。」

 全員が座席から立ち上がった。議長の「黙とう」の合図で、世界80カ国の代表たちが、静かな祈りを捧げた。

 この黙とうを提案したのは、インドネシア代表団だった。
(文責:伊勢雅臣)





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Last updated  2015/09/10 12:53:30 AM
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