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「人の世は 善と悪とがあるものを 悪のみぞ知る為政者哀れ」平成5年3月5日金丸事件から発展した政治不信、官官接待の暴露により、大蔵官僚の超エリートたち、ノーパン喫茶や、ノーパンしゃぶしゃぶに日々通う高級官僚は、自滅してゆく事も知らずうつつを抜かす・・・何と哀れなことか。人の欲望に棹さすのは難しい。自らの人生を、金や、女に迷いその「自浄能力」を無くした者は、もはや抜け殻の人生としか言いようがない・・・あれから10年余・・・何の変わりもなくこの日本、もはや日本国・国家は、國旗も、国歌すらない「君が代」もモンゴル人に歌われている。小・中学校の卒業期の今、日本人の誇りも魂すら失いかけている教育界、政治力もない文部科学省、総理はリーダーシップを示して貰いたい。戦後60年の日本は、羅針盤を失った国と成り下がったのか・・・今や「平成維新」の大改革のときに待ったなし・・・「政治家」も「マスコミ」も人のあら探しにうつつを抜かしているときではない。先ずは、自身の身辺から改革を目指す事を考え実行したいものだ。決して人ごとと思わないこと。
2006.03.29
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童謡1番「まさかりかついで 金太郎 熊にまたがり お馬の稽古 はっしどぅどぅ はぃどうどう はっしどうどう はぃどうどう」2番「足柄山の 山奥で けだもの集めて 相撲の稽古 はっけよぃよぃ のこった はっけよぃ のこった」昨日、大井松田に住む長女の家に孫娘と家内共々出かけ、私は仕事の関係で一晩泊まりで帰宅しました。往復通る国道246号線には、御殿場をすぎて山間を抜けて走るみちは、少し寒気が感じられ、さくらの木々につぼみが目立つ中、小山町にさしかかると「金太郎」の立て看板が目にはいります。孫に「金太郎」の話をしてもピントこないような風でした・・・近頃は子供たちのうた、特に童謡のうたを学校でも余り唱わないようです。戦中、戦後の我々世代には、慣れ親しんだ「金太郎」の歌、今も、心の中に生き続ける「金太郎」は気は優しくて力持ち・・・と日本中の子供たちの愛唱歌でした。そして、看板にもあるような「腹掛け姿の金の字」「金は尊いもの」「太郎」は長男の象徴、古典的でポピュラー「元気に育つように」と「お守り」や飾りとして創られたようです。歌は明治33年、石原和三郎作詞、田村虎蔵作曲で発表されたもの。金太郎のいわれは江戸時代中期、18世紀頃からのようです。その昔からある「金太郎飴」はどこを切っても同じといって、味も素っ気もない意で使われる言葉です。この飴の製造は昔からの「金太郎飴本店」が東京台東区に今もあります。
2006.03.28
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「短歌とは 三十一文字の文字にて 人の心を静め表す」短歌は、日本古来の歌心を詠んだもので、五・七・五・七・七と言って丁度、三十一文字となります。これを「みそひともじ」と言います。小生、時に謡うこともあります。結婚式なのでも、かなりの数の新婚さんに「結婚の祝詩」として歌詞を色紙に書いてご披露目の初めに一番で謡わせて貰いました。これを「漢詩」の詩吟として謡っていました。♪「識才兼備良縁を結ぶ・・・」♪♪この詩に関しては又機会を見てお話しします。今日は、神奈川の長女の家に、家族三人でこれから出かけますので失礼します。
2006.03.27
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「君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」大相撲春場所の千秋楽の本日、横綱朝青龍と白鵬の一敗同士の対決が予想される中、横綱は、横綱昇進をねらって三敗をきっした栃東にまさかの敗退、一方の白鵬、大関の魁皇に負け共に二敗と、モンゴル人同士の優勝決定戦となり、横綱の下手投げにより見事、16回目の優勝を手にした。朝青龍、優勝し賜杯を手にすることになり表彰式、日本国の国歌斉唱・・・会場の一同起立して「君が代」のメロディが流れると「朝青龍」の口元に静かに口ずさむ様子が晴れやかだ・・・この表彰台はすでに16回目とはいえ、君が代のうたに思わずこちらも引き込まれてしまう、♪♪感動を覚える。思えば、モンゴルの国技で何回も優勝されているお父さんも、来場されていたようです。日本の国技がいつの間にか外国勢によって占められていても、国技としての権威を守り「君が代」の斉唱はこれからも大相撲の伝統を守るためにも日本人による横綱の誕生を望むものです。
2006.03.26
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「身を捨てて 新たな光り見えるもの 心爽やか夢も広がる」平成6年3月25日どんな世にも、苦しみ悩む人生はつきもの・・・とことん悩んで、考え、苦しんでもゆくさきの道は見えない。寝ても覚めても思い悩む、事と次第によっては人にも、親兄弟や家族にも、連れ合いにも言えないそんなことはとても多い。頼りにしていた唯一の友人にもとうとう言えなかった・・・お先真っ暗。自分自身の不甲斐なさを痛感し、酒でもその迷いや、苦しみは消えない・・・夜は、目が覚めて寝付けない。そんなとき、人生の転機があることを知る。人は悩んで、悩んで、自己を見つめ、反省するとき・・・忽然として、開き直りのチャンスが巡りくるもの。全く、今までの考え方から、日々の行動から、人生の転機はこれしかないと思えるような閃きが生まれる。これが「身を捨てみる」ことかなと思う。そして朝の太陽は輝き、だれにも画一的にもたらすことに気づく。そして新たな決意と共に人生が生まれる、そして新たな夢も広がる。世の中には昔から、様々な人生があり、「七転び、八起き」といい「だるまさん」のような生き方で決して諦めないのが人の世なのかもしれない。
2006.03.25
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「父母の愛 うけずに育つ苗床と 仕合わせうすき孫と生き行く」平成7年5月14日小生、子供4人、上が三人娘、一人、最後に男子誕生。当時でも子供四人は数少なかった、少し前に四人目を出産したご近所さん、やはり女児誕生。四人姉妹となった。こちらも少し気になっていたら、男子誕生。家族一同大歓迎の男の子、育つに従って女の中の男の子・・・親父さんは格別甘やかしたわけではないが・・・少し離れた子育ては失敗したようだ。親父さんとしては、その後の人生の付けを追うこととなる。この長男の子、我が家にとって10人目の孫、その子が、今、ようやく小六を終わり、中一に新年度から・・・大半の、子育て期をじじ、ばばの処ですごしたこの子の人生。これからどんな娘になるのやら・・・わがまま一杯、親の処では小さくなっているみたい。丁度、10年前の皇室の「詠進歌」に応募。御題は「苗床」子供たちも、今や半世紀を生き、「人生50年」の昔なら終末の人生。小生の親父さんは49歳で逝く。どんな世にしても、血縁は大切。その親は、子を、孫をと、必然の中で血縁の人生を歩む、まづは、仕合わせの原点は家族の繋がりからと思う。大切に生きよう。
2006.03.24
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「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」久しく聴くことのないうたです。幕末の志士が詠んだ辞世の詩です。「獄中記」 要約すれば、「このような事をしたら、こうなるのだと分かっていても、わが命にかけてでもしなくてはならない決意と行動・・・これが大和魂なのだと」かつて、敗戦濃厚な陸海空の兵士に向けられた、上官の命令を受けて、敵艦に大型爆弾をいだいて突撃した航空兵たちの心を想うとき、胸の詰まるものがこみ上げてくる。当時は航空機のみならず、自爆潜行艇に乗り込み生きては帰らぬその思いは当時としては、国のためにわが命を捧げる思いは強烈なものがあった様です。日本男子にして立派な軍人として、お国に尽くす心は天皇陛下の為に死を覚悟する。そんなところに「大和魂」が日本人の血の中に「一旦緩急ある時」連綿として続いた日本人の証のようなものを感ずる。然し、歴史の中に見られるように、かっての戦乱の世には「勝てば官軍、負ければ賊軍」策略を弄しても、わが子を人質にし殺傷してもその地位や、家柄を守ろうとしたのも事実で、事の善悪を問うよりも、わが身大事がまかり通ってきたのも又人の世です。先年、神戸で発生した大地震の中継を走る車の中で聴いたとき、この多くの犠牲者を出した罹災者にその魂よ安らかにと願うと共に、二度とこのような災害による犠牲者が出ないための貴重な教訓として「鎮魂」が大切。この人たちの魂の願を「無」にしてはならないと・・・そして語られたのは、先ほど述べた特攻機、特攻艇に依って尊い命を自ら捧げた英霊に対してと同じように、その死を生かされる世にしてゆく事こそ残された国民に課せられたもの言わざるをえないでしう。さらに言えば、特攻前夜の「決別の会」では、「俺たちの死は生かされるのか」「天皇陛下万歳」のみならず、二度と帰らぬ覚悟の中に斯うした「士官たちの激論が」あったことも常に思い起こしてゆかなくてはならないと想う。この度の、王ジャパンの日本一、現地の声援者が掲げた「大和魂」と日の丸に日本人の脈々とした伝統を感じ大切にしてゆきたいものと、一筆啓上しました。
2006.03.23
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「五てん五 学びや出でて五十年 幼き友と初恋想う」 平成5年5月5日表題の「せいくらべ」の由来については後日といっても、間もなくやってくる日に「背くらべ」の歌と共に、お披露目しようかと、それは「こどもの日」五月五日は端午の節句です。実はこの五並びの佳節に誕生したのが、「静岡国民学校連合同期会」なのです。そして初代山下会長、幹事一同同意のもと、「背くらべ」は会のテーマソングと決定。♪♪「柱のきずは おととしの 五月五日のせいくらべ・・・♪」(静岡出身、明治29年8月生まれ、海野 厚作詞)爾来、チャリティ公演、文化講演会、懇親の会、などなどでことあるごとに唄われているグルーブのテーマソングです。 さて、表題の「国民学校」といっても、そんな学校どこにあるの・・・なんて声も聞こえてきそうな感じですね・・・では少し解説しますと、それまでの「小学校」から、太平洋戦争開戦直前の昭和16年4月1日に「国民学校」と改称されたものの、敗戦により昭和22年4月1日に再び元の名前に戻ったという、まことに短命な学制で文字通り、今時大戦の申し子と言えるでしょう。 斯うして発会を迎えたこの会は、昭和12年に小学校に入学し、18年に国民学校児童として卒業した昭和5年(一部6年)生まれが、平成5年5月5日、卒業50周年を記念して発足したもので、今では卒業年次の若い有志も含めて会員数400余。イベントによる収益の大部分を社会福祉協議会に委託し、善意銀行を通じて福祉事業の増強に協力しているほか、文化講演会なども随時開いて、会員以外の方々との交流も深めています。(井田 晴夫氏・城内東の解説文一部引用)故人となられた井田氏は初代幹事長として「七十年足跡を残しませんか」と提案。が、病を得て原稿募集に至らず急逝されました。 このような苦節を経て発刊された「記念誌」は戦中・戦後の往時を偲ぶ貴重な体験記録として永く後世に伝えてゆきたいものです。それぞれの70年余の激変の中を、生き抜いてきた実録として価値があり、平成の今、隔世の感をもって読まれるものと信じています。特に、次世代、次々世代に読んでいただければ、自ら伝わる「日本人の心」「国民学校同期の心」があるはずです。多くの方々の目にとまりますよう、特に、若人に読んでほしいと心からおもいます。 今回のものは、装填も立派にづっしりとした内容は100余編、222ページは、戦後史の座右の銘としてお薦め申し上げます。
2006.03.22
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「春うらら かすみたなびく大井川 心清めにさくら道行く」平成5年4月15日低気圧の大荒れした後の、少し冷たい風も心地よく朝の教会、研修会に向かう。この地は、普段でも風が強く厳しい土地柄です。でも今日の一日は、肌寒さはあるが春を実感させる良い日和でした。「ブログ」をはじめて以来40日、日は浅いのにこの期間を通して、メールでつながった人々は、北海道、山形、千葉、都内、神戸、福岡などなど日々数十人の男女、新たな人たちとの交流の始まり、今更ながらネットの偉大さと共に、その秘めたる怖さを感じています。静岡は、温暖の地と言われ、特に、昨年からの各地における雪害、そして中越地震における被害者に心からなるお見舞いと、不幸にして亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。瞬時にして、伝えられるそれぞれの各地のMAILには、「初仕事」といった言葉が聞かれます。考えてみると雪深い地方では、雪解けの春を待つてする仕事は、待ちに待ったものと思います。2分~3分咲のさくらのトンネル径を通りながら、有り難さがこみ上げてくるのを禁じ得ません。帰宅してから丁度見るテレビ、WBC 王ジャパンの優勝万歳!!は素晴らしい・・・世界一のまさに王座よ万歳!! 観客のかざした日の丸に「大和魂」と書かれたプラカード・現地の子供が、大和魂を伝えていた。これからも国旗を大切にしよう。
2006.03.21
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「人生は 歓びありて生きるもの 人と生まれし心もとめて」注釈、ガンの妻と、一人娘の結婚式をまえにした、義弟に元気づけの手紙を添えて。人は歓び心が、生きる支えになるもです。それなのに愛する妻の急病に心は揺れ動く、ガンは自覚症状もなく手遅れの末期だった。妻には告知できず苦悶する日々、病床につきそう義弟に、一人娘の人生最大の歓びの日は近づく・・・時の流れは刻々と進む。歓びと、悲しみ交錯する人生の・無情を想う・・・
2006.03.20
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春めいた朝、家内に送られて清水駅前の清水ネットに向かう。かねて鍋倉代表からお話を承けていた会合(はがき2枚)に参加しました。 昨年末、加入して以来の初会合。メンバーは40団体の内の方々でやはり、女性が多いです。小生、提案の「江尻・まちの駅」の一人NPO・WAC代表鈴木さんはリーダーさんでした。出席者全員の簡単な自己紹介。名刺交換も三名ほど、少し遠慮しながら・・・今日の議題は、新たな市民活動センター(仮)が港町にオープンすることに併せて、昨年9月の総会よりコアメンバーに依るNPO法人化を視野に入れた会合により、かなり進行し、最終的にまとめてゆくために、経過報告、これから総会に向けた「ミッション」「組織」「事業・予算」について、活発なご意見、発表があり、5月20日頃の法人設立総会に間に合うような、アドバイス等々あり定刻12時にて散会しました。久しぶりに斯うした女性リーダーの会合にでて、改めて女性の活躍分野の多いことを感じながら、梅ヶ谷行きのバスにて帰宅しました。
2006.03.18
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このところ、大分春めいてきてもろもろの芽吹き時を感じています。我が家の盆栽の 梅は二月までに早々と散り、今は若葉が日々大きくなるのが楽しみにみています。そ との季節はやや遅く昨日のふれあいの里の梅は、今が見どころ・・・そんな中我が家 のPCで ホームページのリニューアル。「ブログ」も早くも丁度ひと月が過ぎて、ブログと共 に新しいお友達・・・ようやく、本体のホームページはかなり充実感 ( 笑い )自己 満足か、まぁまぁこんな程度か・・・ ◎それにしても「ブログ」を一人前にするのは大変、 若い人のカウントなんか見ていると0.00%の低金利のようだ、ヒト月でそんな差が着 いたら考えなくてはネ。 年の差以上のものを感ずるネ。 ◎それでも何とか為ったときの達成感は格別だ。 世にもろもろの説明文ほど分からないものはない・・・まぁ、書く方はこんなもので と自分の知識が標準か、ヒトに解らないのが当たり前、最近はネットの時代で電話す ら通じない、ほとんどの電話は通じたら良い方で、問い合わせや、やりとりはほとん どメール式、たまに、人の声の応対に逢うと極めてうれしい、特に、女性のサポート には感激する。 そんなこんなで、楽天さんのお蔭で大分脳天がビックリしているのではと思う。明日 も又、頭の体操だ。 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@dream.ocn.ne.jp> Sent: Monday, March 13, 2006 11:26 AM Subject: 13日の日記
2006.03.13
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小生、21世紀と共に70歳を迎えました。 ゴルビーさんと生まれた日(1931.3.2)まで同じです。海部元総理とも同じ歳です。 この人たちもお元気のように、私も元気です。 おぎゃあと生まれて以来・・・なんとなく人様の世話が好きで、子供の頃はけんか の大将の「まっこちゃん」で、何となく親分気分でした。出身は静岡市森下小学校か ら籠上の男子校です。昭和一桁、大正、明治生まれの元気さん「江尻・まちの駅」の ブログに来てください。 小生の、目標人生は、百一歳です。この世の中、八十、九十、百歳を越えられてまだ まだ矍鑠(かくしゃく) としている方も多くおられます。 静岡出身の松永 栄一翁(現三信電気株の創業者)人生50年時代に40歳代で独立 され、静岡時代は大変な御苦労をされましたが、三千億円企業をその半世紀に確立さ れました。当時、十代の小生は、 人生五十歳はスタートの時として「今、まさに成人前夜」として第二の成人の時を過 ごしてきました。 こうした幸せと、人生の「喜怒哀楽」を通してえたものを多くの人々に、還元出来た らと「リストラ道場」を 創りました。この名称については、悪いイメージやリストラされて苦しむ人たちに とって良くない・・・マイナスになる等々のご忠告もありました。然し、自分の 体験を通して「仕事探し」や「生き甲斐づくり」のお手伝いをしてゆきたい、これ は、有り触れた物でなく「特意なもの、特徴のあるもの、ベンチャー的なもの」の紹 介をコンセプトとして、それぞれの立場で、ご自分の「独自固有」を創りだして貰う ことを目指しています。 ていねんを前にした人たちや、50歳を過ぎた人々もご自分の人生目標を、改めて考 えてみませんか??? 後何年で停年とか、もうすぐ八十歳ではなく、九十、 百歳にはまだまだと、先々の年齢を考えて、そこまで生きる為に日々の暮らしの目標 設定をしてみませんか・・・ ◎「21世紀は真実の時代!! 不実は滅亡す・生き残る道は開運」 21世紀の今、環境の大きな変転が起きています。 今、問われているのは「真実」か「不実」かです。過去の不実を捨てるときです。そ して生き残る道を目指す・・・ 物や、お金や財産だけでは生きられない!「物質」の時代から「心」の時代へ・・・ 「本物の時代とは」人々に何か与える物が有るとしたら、それは人の持つ特質からで す。良いアイディアや、ノウハウや技術、技能をもって、人に喜びや、生き甲斐を感 じさせるものこそが、本物の提供です。 「リストラ道場」はバーチャルな世界、「憩いの掲示板」も開いています。サブタイ トル「あなたの心が憩う 夢の腰掛け」です。小生、ホームページの良さと共に「ブログ」に大きな期待を掛け ています。 若者に希望と夢を・・・高齢者には生き甲斐を・・・ 近年、人々とのふれあい交流がとても多くなりました。是非ともこうしたネット環境 の成長とともに健全なふれあいを期待すると共に、若もののパワーを下さい。こんに ち世代を超えて悩みが増えています。前向きに、一人で悩まないでより良いメル友を 見つけてください。より良い人生のために幸運をつかみましょう。 今夜は、少し時間をかけて書き込みました。75歳の誕生日を家内とともにささやか な乾杯です。 江尻のまっこちゃんより ----- Original Message ----- From: > To: ??????@dream.ocn.ne.jp> Sent: Thursday, March 02, 2006 11:14 AM Subject: 2日の日記
2006.03.02
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