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どうも、いろいろなサイトに加入したり、ソウトをダウンロードしたり、ネットサーフしたりしているうちにPCの調子がとても悪いです。もしかしたら、PCが鳥インフルエンザ? Dr.ノートンに常駐いただいているのですが・・。そういえば、なんだかあちらこちらのサーバーが調子が悪いような・・、私がヘビーに使っているから・・かしら・。そんなわけないよね。スパイウエアもいいものに取り替えなくては・・、ていうか、ネット専用と、仕事専用は分けようと、本日新しいPCを注文しました。でもdellなので、納品にはかなり時間がかかりそう・・。こうなったらOSの再インストールかな・・、と思い重要なデータを引っ越し中です。実はMACも持っています。どうもネット社会はウインドウズよりで、使いづらいですね。マイクロソフトの戦略で、これはMACは不可です。なんていうものが多いですね。MACでもサーフしていますけれど・・ 実際MACはまだ使いこなせていないです。MACの勉強もしなくては・・ネット社会もまだ慣れていないし・・、勉強はいっぱいしなくては・・ということで、これから少しブログに力が入れられないかもしれません。とこれはいいわけ ですが。
2005.10.31
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昨日は第17回でしたが、よく見ましたら第15回が抜けていました。というわけで、今日も第17回です。施設に入っている高齢者は比率としては認知症の方が多いです。車いすを自分で動かして移動できる人には認知症の方はいません。のはずです。認知症ですと、多分車いすを取り上げられると思いますから。私のつとめていた会社は有料老人ホームですから、食後の食堂はサロンのようです。入居者の方々は財産のある方達ばかりですから、服装もこじゃれていて物腰も上品。さながら上流階級のパーティーのようです。しかし話していることはトンチンカン。まず自分が老人ホームにいるとは思っていない。以前、女学校の寮にいると思っているご婦人がいましたが、ある方は親戚の家に遊びに来ていると思っている人がいました。親戚はずいぶんと家族が多いものです。部屋には10数人の人が思い思いくつろいでいました。男性は仕事社会が自分の最高によい時代だったらしく、仕事、商売、契約、お給料、役職などから離れられません。溲瓶を抱えているのに、仕事の話をすると目を輝かせ、自分がどんなに偉かったかとうとうと話す物です。困ったおじいさんがいました。社会的ステータスの高かった方らしく、自分がその施設内でどの程度偉いのか、どのような位置にいるのかが、きになっていました。女性が施設長であったこともその人は受け入れがたいことでした。自分はここに派遣されている。と思い、毎日自分の仕事の内容と自分の地位を確かめるため、大変皆が困りました。その施設には読書室がありました。そこにいろいろ本を並べ、図書室としてそこの室長になってもらうことにしました。本人は仕事を与えてもらってさっそく本を整理し読書室は図書室に変わりました。実は園芸担当も考えたのですがアウトドアは本人の趣味ではなかったようです。私がその人に面談しますと、仕事があるのはうれしいが、自分がいくら給料を貰い税金をいくら払っているか、年金はいくらなのか、知りたいというのです。そのことについては、現住所の役所に聞くといいですよ、と当該市の役所の電話番号を教えました。きっと毎日電話をかけているでしょう。ちょっと話していると認知症だときづくはずです。役所の方も・・ とにかく自己中心的な人でした。 あとで聞いた話ですが、女性の入居者と仲良くなり(それはいいのですが、まるで女房扱い、いえいえベタベタしているのではなく、亭主関白の暴君で従わせているとのことでした。 きっと家庭にいたときと同じようにしているのです。根底に女性蔑視のあるひとでしたから・・。
2005.10.30
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認知症とつきあうを投稿しようとして、認知症と戦う、と書き込みそうになりました。戦ってはいけません。戦うというのは元気強く、病に打ち勝つと力強さが病をはねのけそうですが。 しかし認知症というのは戦うより、残っている力を引き出し、進行を食い止めるということが一番大切です。 話は変わりますが、癌も戦うのではなく、うまく共生していく、という考え方が必要ではないかと思います。がん細胞は私たちの細胞です。DNAに傷がついてがん細胞に変化したと考えられています。いってみれば、体の中に不肖の子供ができたということです。本当に不肖の子供がいたら、戦ったり、排除したりするでしょうか。 ぐれる子供も接し方で、何年かたてば大人しく、いい子供に変わっていくでしょう。うまく共生し、なだめていけばがん細胞も正しい細胞に生まれ変わることが考えられます。 認知症も脳の細胞の変成と考えられます。DNAに変化がおきたのか、ある種のイオン物質、アミノ酸、などが脳に沈着したことがアルツハイマーの原因の1つだと考えられています。 脳細胞が萎縮し、死んでしまっても、脳細胞は生まれ変わることが今は通説になっています。 私たちは脳に適正な栄養を与え、脳を活動させるよう常に努力することが必要です。 まあ、こうしてブログなど書き込んでいることも脳の活性化につながりますので、高齢者をネットの世界に呼び込みましょう。 ということで、ふと思い出しました。キャリアウーマンの初めて!? のような高齢者がクライアントにいました。当時90歳をすぎていました。高齢による認知症でした。多分現在は95歳ぐらいでしょう。 彼女は当時の女性としては高学歴で、地元の女学校を卒業した後上京し、独立していた兄の家に寄宿して津田塾に通ったのち、外資系会社にタイピストとして入社しました。超有名な会社です。横浜の会社で重役秘書として英文タイプをバリバリこなしていました。 で、その経歴を思い出し、退屈そうにしていたので、パソコンをやってみませんか。とお話したのです。とにかく英語力はすばらしい。洋画を字幕スーパーをみないで観れます。目があまりよくないので字幕スーパーは読めないのです。カレンダーにスケジュールを英語で書いています。入浴の日はバス(スペルがわからないので私はカタカナです、本人は当然英語で)、歯医者の検診はデンテイスト、むろん英文で。。 それで思いついたのです。キーボードの配列は英文タイプと同じです。 目がよく見えないので、キーの字が読めないといっていましたが、ブラインドタッチができるはずですので、指をポールポジションにおいてもらって、まず思いついた言葉から打ってもらいました。やはり指がキーの場所を覚えています。簡単な英文と自分の名前をうってもらいました。 それをプリントアウトして息子さんにお母さんがパソコンで打ったと見せましたが、なかなか信じてもらえませんでした。 残念ですが、そのあとはあまりpcに触る機会も作れず、そのままで終わりましたが、キーボードを打って、文章ができていくのを大きな字で画面にだしながら観ていたら、顔つきがしっかりしてきました。 もう少しできたらよかったのですが。。 私が転勤になり、そこで終わりました。
2005.10.29
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認知症を治すにはどうしたらいいでしょうか。 いろいろなサプリメントも出ています。 アミノ酸とか、銀杏の葉っぱとか、いろいろあります。銀杏の葉はアメリカでも研究されているようです。 アミノ酸は効くかもしれません。しかし、アミノ酸のグルタミン酸はアルツハイマーの原因かもしれないと言われています。グルタミン酸は記憶に関係するアミノ酸だと思っていました。一時グルタミン酸をとると頭が良くなるといって、○の素を沢山摂取する人がいました。しかし、アルツ治療の敵役であるなら、逆効果でしたね。でも、本当にグルタミン酸は脳の中で重要な役割をもっています。まだ、何が悪役なのかはっきりわかっていません。 脳は細胞で形成されいます。細胞はタンパク質が主成分です。脳は一見蟹みそのようですが、実際はCa分が多く、ふわふわしていないようです。あ、蟹みそ好きな人ゴメンナサイ。 ということでCAは必要だが、多すぎてCa沈着してもよくありません。 脳を動かしているのは、アミノ酸、アミノ酸などで生成される様々な脳内物質、電解質バランス、電気的伝達をするNaイオン、新鮮な酸素、エネルギー物質の糖分などです。 これらはバランスが保たれていなければなりません。このバランスが崩れると、様々な精神的疾患、認知症を引き起こす各種の疾病、パーキンソン病などに罹患します。 では予防は、 バランスのよい食事です。ミネラル、ビタミン、必須アミノ酸、DHAなどの脂肪酸を心がけて摂取すること。 体にいいからといって、特定の食品を取りすぎないようにすることも肝心です。何事も過ぎたるは・・です。 適度な運動、ストレスを作らない。 怒らない。 家族(血縁)に認知症の方がいる方は、おかしいと感じたら直ぐに専門医の検診をうけましょう。 初期なら進行を遅らせるアリセプトという薬があります。 その薬を飲んでしのいでいるうちに、効果のある薬品が開発されます。 アルツハイマーはあと20年のうちに治療できる病気になります。そんなに時間は必要ではないかもしれません。医学の進歩は早いので、10年、5年かもしれません。
2005.10.28
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今、自分がどこにいるか、いくつなのか、わからなくなったら、あなたはどうしますか。 あなたは幾つですか、と聞かれたとき、幾つだっけ、と考えます。私たちは去年何歳だったから、今年はそこに1つ足して答えます。 認知症の方はそのときどき頭に浮かんだ年齢を答えます。この時、なぜか頭の回転がよい人は、即座に答えが思いつきます。ですから、何度も聞かれるとすべて違う年齢であったり、先に答えた年齢が思い出せないので怒りだすこともあります。 あまりに適当なことを答えるので、あきれてしまったり、ふざけていると思う人もいます。本人の頭の中は消しゴムが入っていて、次々に消していきます。 それはつらいことだと思います。 頭の中の消しゴムとはいい得て妙な言葉ですね。きっとそのような感覚でしょう。 夢を食べるバクという想像上の動物がいますが、頭の中に消しゴムならぬ、バクか、虫か、何かが全てを消し去っていきます。 もともと頭の回転がよく、周りを愚図だ、などといっていた人が自分自身が愚図になってしまったら、どうでしょう。人間の最後まで残るのはプライド、人間としての尊厳です。 認知症の人と接するとき、一番こころがけなくてはいけないのは、このプライド、誇りを傷つけないようにすることです。決して、そんなこともわからないのか、とかあざ笑ったり、また上から間違いを正すような言い方をすることはいけないのです。 例えば、「違うでしょ、おばあちゃん、もう80歳でしょ」と、自分の年は「35歳」などといった人をさとしてはいけません。また禁句なのは、おばあちゃんです。 25歳をすぎると、ある時、突然子供達から、「おばさんorおじさん」といわれることがあります。きっとグサリときてしまうでしょう。 おばあさんだって、言われたくない言葉です。ある日突然おばあさんになるのではなく、生まれたときからおばあさんではなく、いつのまにか肉体的に経時変化が起き、形而上学的にも、物理的にも、生理的にもおばあさんになっていきます。 自分ではおばあさんとわかっていても、抵抗したいじゃないですか。 こういうときは、その人の名前を呼びましょう。「○○さん、35歳なんですか、そうですか。」とできるだけ肯定はせず、うーんと不思議そうな顔をしてみましょう。 次にあうときは「私はもう80歳なんだから。」と言ってくれるでしょう。何、その日は本当の歳を思い出しただけです。 間違いを諭すことは認知症を治す方策にはなりません。 やはり、話をしながら、昔のことを思い出させるようにしたり、その人の得意な分野を知り、そのことで教えを乞いたり、相談を持ちかけたりしてみましょう。どうせ、聞いてもわからないからと思わず、まず、何事も経験深い先輩として接するような態度が必要です。 軽くヤバイ認知症状態なら、回復する可能性も考えられます。
2005.10.27
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いや、意味のない言葉です。「なんとなくクラシテル」、が本当かもしれない。毎日があっと言う間に過ぎて、早10月です。働いているときはこんなに早くなかったかもしれません。給料を貰っているということは、時間と命をお金で測っているような暮らしです。 ベニスの商人がハリウッドで映画化されるようですね。これは悪役のシャイロックの視点から描くらしいです。アルパチーノがちょっと悲しみのあるシャイロックを演じている広告写真をみました。 まあ、観に行こうとは思っていませんが、お金を肉に換算した人ですよね。まったくお金は肉や命に換算できますね。 確かに仕事をやめてから少し体の状態がいいようです。あとは痩せるだけ。そうです。働いている間にストレスか食べ過ぎたか、体重が増えました。 家にいますと朝1時間遅く起きます。しかし食事は3食作らなくては、家人達は、時間になると自動で食事が出てくると思っています。 最近自分の味に厭きてきて、今日は料理作りをやめようかと思いながら、3品も作ってしまいました。 何、料理は得意です。鍋を火にかけて、後はPCの前にすわって、いろいろ、ブログの更新などをしています。 そうやって、今日は1日すぎました。 ところで、この所、ネットの調子が良くないような気がします。この楽天も、ヤフーも、そしていろいろなサイトのサーバーがダウンしたりしています。ミリオンチェンジもブログホイホイもetc.etc.・・ 何か起きているのでしょうか。
2005.10.26
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いや、意味のない言葉です。「なんとなくクラシテル」、が本当かもしれない。毎日があっと言う間に過ぎて、早10月です。働いているときはこんなに早くなかったかもしれません。給料を貰っているということは、時間と命をお金で測っているような暮らしです。 ベニスの商人がハリウッドで映画化されるようですね。これは悪役のシャイロックの視点から描くらしいです。アルパチーノがちょっと悲しみのあるシャイロックを演じている広告写真をみました。 まあ、観に行こうとは思っていませんが、お金を肉に換算した人ですよね。まったくお金は肉や命に換算できますね。 確かに仕事をやめてから少し体の状態がいいようです。あとは痩せるだけ。そうです。働いている間にストレスか食べ過ぎたか、体重が増えました。 家にいますと朝1時間遅く起きます。しかし食事は3食作らなくては、家人達は、時間になると自動で食事が出てくると思っています。 最近自分の味に厭きてきて、今日は料理作りをやめようかと思いながら、3品も作ってしまいました。 何、料理は得意です。鍋を火にかけて、後はPCの前にすわって、いろいろ、ブログの更新などをしています。 そうやって、今日は1日すぎました。 ところで、この所、ネットの調子が良くないような気がします。この楽天も、ヤフーも、そしていろいろなサイトおサアーバーがダウンしたりしています。ミリオンチェンジもブログホイホイもetc.etc.・・ 何か起きているのでしょうか。
2005.10.26
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この「認知症とつきあう」とは、本人、家族、介護する人たちへのメッセージのつもりです。 ときに何も判らなくなることは神様の思し召しかとも考えることがあります。私は特別宗教をもってはいませんが・・ 高齢になることは、体全体が衰えてきます。しっかりした頭としっかりしない体は相容れない関係にあります。沢山の高齢者にお会いしました。それこそ数知れずです。 その中で、今の状態が把握できない方は何人もいました。まったく体が動かないのに、夢の中で暮らしている人もいらっしゃいます。男性は仕事をバリバリやっている。今日も人と会ってきた、などとおっしゃいますが、施設の中で寝たきりです。 今も友達と山の中をドンドン歩いていると寝ながら話すおばあさんがいました。 今の自分のおかれた状態を把握したら生きているのが嫌になるかもしれません。 夢の中にいることはきっとその人の一番幸せだった状態にいることです。 それはそれで・・、いいと思いました。 多幸状態も脳の病気ですのでそれでいいとはいえませんが、不幸を嘆いているよりはいいのでは・・ 反対に不幸な状態に陥った人もいます。 お迎えが早くこないか、先に死んだ連れ合いのところに行きたい。 もう死にたい・・ こういうお年寄りは沢山いらっしゃいますね。 ご家族は一生懸命尽くしているのに、何の不満が・・と憤ります。 「死にたい死にたいと言う人に死んだ試しはない」という言い伝えがありますが、最近はその説は否定されています。 「そんなら死んじまえ」、などといって、本当に死なれたら、困ります。辛いですよね。 かといって、闇雲に、「頑張れ」とか、「元気になれ」、といってもやはり逆効果、自分の気持ちを判ってくれないと感じてしまいます。 私はこういう時、否定も肯定もせず、まず、言いたいだけ言わせます。他に何か不満が隠れていることもあるので、じっくり聞きます。 単に口癖ということもあるので、真剣すぎる態度は×ですが、かといって冗談に流しても、いけません。この辺の力の入れ方は相手によって変わってくるので、いちがいにはいえませんが・・。 と話が長くなりました。 また続きます。
2005.10.25
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ケアマネという仕事は色々事務的仕事も多いですが、月に1回高齢者のお宅に訪問することも大事な仕事です。本来は今月のケアプランのモニタリングと来月の予定について確認することが目的ですが、高齢者やその家族とお話ししながら、隠された問題点や意向などを探ることが中心となります。 始めは、とっつきにくい高齢者だと思っていても、月に1回の訪問で少しづつ心を開いてくれるようになります。 なぜか瞬間にうち解ける方もいますが、だいたいそういう人は誰とでもすぐにうちとける方です。 人と接することがことが苦手という人もいますが、それでは生きていく上で不便なことになります。高齢者になっても死ぬまでかくしゃくとして現役でいられる人はいいですが、大なり小なり誰かの援助を必要とするようになるんですから、他人との接し方は大切です。元気でいてもシルバーシートで席を代わってもらうこともあるのですから。 それでも、他人の援助を拒み、やっと最低限の援助を受けるようになっても、尚、それ以上を拒み続ける方がいました。 その方は様々体調がよくなく、足がむくんでいました。 病院へいくように、きちんと検査を受けるようにとすすめても、なかなかいってくれません。ほとんど手遅れの状態になって入院されました。 認知症ではない年寄りは、またやっかいなところがあります。 意志の強さが認知症の人より扱いが難しくなり、手遅れになるまではらはらしながら見ていなくてはなりません。臍を噛む思いです。 手遅れになるまでほっておくのか、とお思いでしょうが、介護保険では、本人、家族の意志が最重要です。私たちはよりよいサービスを営業マンのように並べてみせ、セールストークを駆使しますが、いらない、間に合っていると言われれば、それまでです。ケアマネはサービスをてんこ盛りにしようが、足りなかろうが、月給で働いているので、収入に変わりはありません。しかしそれでいいというわけではないので、その人に何がいるのか、いらないのか、ぴったりした、オーダーメードのケアプランを作成し、進めなくてはいかないのです。しかし受け入れて貰えず、ただ私だけを受け入れてくれることだけで満足しなくてはならないのです。やっと必要なサービスを受け入れてくれる時は大抵少し遅すぎる。 ケアマネの選ぶサービスは時には自分の手から利用者を離す選択をしなくてはなりません。先のように健康に不安があれば、病院の検診をすすめ、入院となることもあります。入院すれば私の出る幕はありません。 施設入所を進めることもあります。 そうなればもう会うこともなくなるでしょう。 それでも、手遅れにならぬように常に心がけていかなくてはいけません。寂しいからといって、利用者を手放すことを躊躇してはいけません。
2005.10.24
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朝起きた時、皆さんは何を感じますか。私はまた朝か、もしくは、もう朝か、そろそろ起きなくては・・、 なぜ私たちは朝になると起きるのでしょう。好きなだけ寝て、好きなとき起き、好きなときご飯を食べ過ごせばいい・・。 とくに私のようなほぼ毎日が日曜日の場合は・・ 話はそれますが、私は家にいるようになってから平日も日曜にもなくなりました。というより、平日、家人たちが家をでると私の休日になります。いかほどに一人でいることの爽やかさが私の休日、平穏となります。 いや、申し上げたいことは、高齢者になると、仕事も家庭の運営からも離れていきます。独居の方は自分の身の回りの管理はしなくてはなりませんが、大事な決定は子供達にまかせるようになります。 そうなると、責任もなく、いつまで生きるかも判らず、日々を過ごします。朝起きたとき、何を考えるでしょうか。今日の3食、何を食べるかが人生の大問題になってきます。家族同居の方は上げ膳据え膳、出された物を食べるという生活に切り替わっていきます。では考えることがなくなります。 そうした生活を続けていると、朝起きたとき考えることは若い頃とは変わってきます。 若い頃、恋人がいないとき、皆さんは朝起きたとき、このように考えませんか。今日はどんな出会いがあるだろう。映画の主人公のような運命の出会いに巡り会うだろうか? 私は毎朝その様に考えていました。へへ・・ 高齢者になると、むろん、人それぞれですが、皆さんが聞くと、なんでそんな事を、と思うような事を考えます。 わかりやすいところでは・・、1.今日も生きていた。アリガタヤ、・・2.お迎えはいつだろう、南無阿弥陀仏、・・3.もう、死んでしまいたい。 いかにも、年寄りっぽくてありそうなことです。以上のように思っている人もいますが、これは意外と家族や他人に向けての言葉かもしれません。 死にたい、とか死んでしまいたい、という高齢者にどのように対応したらいいのかは、後で述べます。多分、次回かな・・。4.今日は何を食べようか5.女を抱かせろ(男性の高齢者)6.いつもくるあのヘルパーさんは、俺に気があるに違いない(男性の高齢者)7.嫁(実子、その他の家族)は私の財産が目当てだ8.金が無くなった(宝飾品の場合も)、嫁(実子)が取ったに違いない9.長生きしても仕方がない、楽しいこともない、・・10.私はだまされて、ここに閉じこめられている(施設の入居者)11.今日はうんこが出るだろうか? この最後の11はかなり多くの高齢者がとらわれている大問題です。排泄の管理が人生の大事になっている方が多い。 たしかに便秘は体に良くなく、排泄時の不快感はつらいものです。高齢になると筋肉が衰えてきます。肛門の括約筋、腸の蠕動運動も緩くなりますが、腰痛もありますし、一番気持ちの良い便通に関係するのが腹筋の衰えです。 トイレでいきむことが辛く、苦しいので、毎日健やかな快便を望んでいます。1日でも便秘だと人生の大問題で、下剤がほしい、浣腸して欲しいと騒ぎます。そして薬が効きすぎて、便の大爆発を起こし、ますます、便秘恐怖症に陥ります。 朝、うまく気持ちのいい便通があるとその日1日は過ごせますが、ないと、大変です。1日中、自然の呼び声がこないかとそのことだけを考えて暮らします。沢山食べるとますます辛くなるのでと、食べたいのに食べなくなったりします。運動不足になり、ますます便秘になります。 便秘解消にはどうしたらいいでしょうか。食物繊維を一杯摂取する。 いいですが、あまり摂取しすぎるとかえって辛いことになることもあります。胃腸の丈夫な人向けです。何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、です。 肝心なのはバランスの良い食事と、適度な運動、十分な水分の補給。これにつきます。 運動不足は社会的活動をすることによってかなり解消します。ご自身が高齢者で足が不自由なのに、ボランティア活動で高齢者の会食サービスをしている方がいました。 脳が活性化されていて、認知症とはまだ無縁の状態でした。もしかしたら便秘かもしれませんが、主訴は便秘ではありません。もっと社会的活動をしたいため、不自由な足を治したいというのが訴えです。 高齢者になったら、人生や社会からリタイアしたのではありません。どこか小指の先でも社会にひっかかりをつけて、外に向かうよう心がけないと、認知症にならなくとも、関心事が排泄だけという貧しい精神世界に生きることになります。 高齢者のサービスもデイサービスが幼稚園や保育園のような行事やスケジュールをこなすのではなく、知恵のある年寄りに何ができるか力を出し合って社会参加のできるようなデイサービスを作ってはどうでしょうか。 シルバーセンターといって高齢者に仕事を斡旋してくれる行政の機関もあります。 私が考えますにはシルバーセンターとデイサービスの中間のような、運営がサービス利用者自身のような企画のデイサービスです。 いかがなものでしょうか。
2005.10.23
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このシリーズもいつのまにか10回となりました。 誰もがなりたくて認知症になるわけではありません。脳血管障害が原因の場合は生活習慣、食生活に問題があったのかもしれません。 しかしアルツハイマーはなぜなるのが罹患原因というか、はっきり判ってはいません。アルミニウムが脳に沈着するという発表もあります。調理道具にはアルミがよくつかわれています。錆びにくく、軽く加工がしやすい金属です。鍋などに使うには便利な金属です。アルマイト鍋というものがあります。これは亜鉛などの合金だとおもいましたが・・、これはよく穴があきました。 アルミニウムは丈夫でよい金属です。1円玉もアルミです。 この便利な鍋が原因だとしたら、毎日毎日がアルツへの道になってしまいます。このアルミとアルツの因果関係についてはアルミ鍋のメーカーのホームページに詳しく載っています。いま正しい情報を覚えていませんので、のちほどまた詳しくかきます。このアルミ悪玉説もまだはっきり決まっていることではありません。 アルツハイマーの薬ではアリセプトというエーザイという会社がだしているものが世界的に使用されています。アリセプトは初期、中期の時に使われますが、進行を食い止める薬品で治療し完治させる薬ではありません。 アメリカで新薬を開発し、日本でも認可に向けて治験中です。昨年度中か今年度中に発売されるかと思っていましたが、まだのようです。 アルツハイマーは進行性の認知症ですので、端で見ていても進行がよくわかり、切ない物があります。以前にも書きましたが、頭の良い人が多いのです。 昨日判っていたことが今日判らなくなる。それでいながら、切れかかっていたフィラメントが繋がり電球が明るくなるように、ふと判るときがくる。 その時、不安になります。そして突然周りの人には理解できない行動にでます。 例えば、『そうだ、お葬式がある。出かけなくては、世話になった人だから、いかないと。』と突然お葬式モードになると、不思議なことにむちゃくちゃにしまいこんだ喪服を見つけ出し、真珠のネックレス、水晶のお数珠、黒のストッキング、黒の礼装バック、黒のパンプスでびしりと決めて無くしていたはずの鍵をかけて、出かけます。 もちろん、お葬式の予定などありません。しかし不思議なことです。近頃は出かけるときも身支度は人任せですし、それらの品物はいままで見つからなかった品々です。 この奇跡ともいうべきパフォーマンスは、次の日になると、またいつもの認知症に戻っています。 さて、予定のないお葬式にどこまででかけて、どうしたのでしょう。 ヘルパーさんがそっと跡をつけます。気づかれると怒るので、後ろから歩いていきます。で、30分ほど歩きまわります。そのうち、何の用事で出かけたのか忘れていきます。忘れ始めると家に帰る道も忘れます。 そのころに始めて出会ったようにしてヘルパーさんが声をかけ、またしばらく歩いてから家に戻ります。 認知症の人と接する時、子供に接するようにしてはいけません。間違いを指摘してもいけません。間違いを正すと、かえって意固地になってしまいます。 子供には間違いを正す必要があります。それは子供が正しい事を知らないからです。認知症の人は正しいことは知っています。その時々で正しいことをしているつもりです。認知症の人に最後まで残るのはその人が生きてきた歴史と経験と誇りです。 プライドを傷つけることが一番まずい接し方です。 葬式の予定なんかないでしょう。といってはいけません。否定の言葉はいけません。駄目は駄目です。駄目、できない、いけない、という言葉はいけません。確かにいいたくなります。身近にいる人は腹も立ちます。たまには怒鳴ることもあるでしょう。しかしその後でハグすることを忘れないように。それで多分身内は分かり合えるだろうと主ます。 介護で短時間しか接することのないヘルパー、介護福祉士、看護士、ケアマネなどは、認知症の方の不安な心を軽く、安定させるようにこころがける必要があります。短時間ならどんな場合も仏の心で接することができるはずです。 ただし、相手のいうことを全て認め、相手の世界に入ってはいけません。 お葬式が本当にあるかのように振る舞うのは危険です。この場合、肯定も否定もせず、「本当にお葬式があるんですか。聞いてなかったけれど、じゃ、途中までご一緒しましょう。」 といってぐるぐるあたりを廻ってあげましょう。 と、本日はここまで・・。
2005.10.22
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認知症の方は、いつも不安に駆られています。何が不安か具体的に答えられる時もあります。この具体的というのはその場限りですが・・。 例えば息子達が帰ってくるのに、ご飯の用意ができていない、早く帰って作らなくては・・、「そうですか。息子さん達はおいくつですか。」「・・」と口ごもる。しばらくしてふと、中学生と高校生だという。「私が帰ってご飯を作ってあげないと・・」その息子さんとお嫁さんがこの施設にあなたを入居させたのですよ・・とはいえません。ますます、不穏になって、帰る、帰るコールを叫び続けるだけです。 ホームのエントランスの椅子に腰掛けて私たちはしゃべっています。「主人も帰ってくるから、夕食の支度をしないと・・」ご主人はもう亡くなられています。そのことも忘れています。 その時そのときで頭に浮かんだ時代に心が逆行します。逆行するのは、その人が一番楽しかった時代、楽しくはないが充実していた時代、子供や夫を愛している人は、母として妻として必要とされていた時代に戻ります。 特に、子供を深く愛している母親は認知症というのに、子供を思いやり、恋い慕う様子に、こちらの気持ちも熱くなってしまいます。 ご飯を作るために帰るといいつのるおばあさんはどうしたでしょう。 「お宅はどちらですか。」 「横浜の・・えっと・・」 「ここからは遠いですね。せっかくいらしたのだから、今日はここに泊まりましょうよ。」 「でも、部屋はあるかしら・・。」 「大丈夫、私が頼んであげますから、きれいな部屋を1つ用意しましょう。」 「ホント、頼めるかしら、でも、ご飯をつくらないと息子達がお腹をすかせてしまう。」 といろいろ、やりとりがあり、ふと食堂をみると、夕食の膳が並べ始められています。 「あら、いかがですか。食堂に夕食が用意されていますよ。ここの食事はとっても美味しいんですよ。」 「まあ、私も呼ばれてもいいの。」 「ええ、ご案内しましょう。」するといそいそ、食堂に行き、ちゃっかり座って他の席の人を仕切りながら夕食を食べ始めました。 やれやれ、です。夕食の時間まで3時間ぐらい相手をしたでしょうか。 頭の中のモードがチャンネルを切り替えるように変わるのですね。息子の食事より、まず自分の食事です。 では、また。
2005.10.21
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昨日、ブログを余所で開設しました。そのことは昨夜書いています。エキサイトブログです。楽天のブログも少し慣れてきたところですので、ある程度すいすいと作れましたが、まだよく判っていない所があります。それもあってバナーやアフリエイトはいけないということで、作り上げたサイトを非公開にされてしまいました。 すぐにライブドアのブログで同じ内容で開設しました。 どこもブログの作成方法が少しづつ違います。訳がわからず2日間、苦労しました。 エキサイトは多少おとなしめですが、結構エロのサイトがありました。 ライブドアはブログを更新するたび、恐竜が吠えます。 私の年代にはちょっと・・ と思います。 結局慣れてしまった楽天が一番作成しやすいかなと思います。URLを公開します。是非覗いてください。これから充実させていきます。タイトル「こころはパラダイス」http://kokoroha.exblog.jp/タイトル「ちょっと金持ち母さん」http://blog.livedoor.jp/rumerumerume/楽天のこのブログも充実していくつもりですのでよろしくお願いいたします。
2005.10.20
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今日、ブログを2つ開設しました。エキサイトブログライブドアブログです。ライブドアは「ちょっと金持ち母さん」タイトル通り小遣い稼ぎのページです。エキサイトブログも今は同じタイトルですが、実はアフリエイトバナー禁止で引っ越しを余儀なくされたのです。でもエキサイトブログもせっかく開いたので、内容は心の悩み、問題についてにしようと思っています。こちらの「ほんわか心」がそちらにいくことになりますね。でも楽天のタイトルは変えません。こちらは主に「ほんわか介護 認知症とつきあう」を中心とします。さて、新シリーズで病院の問題や入院した経験について書こうと思っています。行きがかり上、公開はエキサイトブログにいたします。数日後、URLを公開いたしますので、ぜひブックマーク、お気に入りに入れてご訪問お願い致します。
2005.10.19
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私は有料老人ホームで在宅のケアマネをしていたことがあります。施設のケアマネとは違います。施設にありながら在宅のケアマネということです。恥ずかしながら、施設の設備やスタッフが十分とはいえないホームもあり、施設にいながらデイサービスを申し込んだり、訪問入浴、訪問看護を申し込んだりしていました。なんとなく、あれっと思う毎日でした。 有料ですのでこぎれいな施設です。コンセプトは地中海、もしくは戦前の上海、支配階級の海岸の別荘というような、少しアンニュイな感じがする施設です。デイサービスの施設の方がきれいではない、というところも多く、なぜ、そんなところに通わせなくてはいけないのか、と忸怩たる思いでした。 高いお金を払って入居しているわけですから、施設内ですべて完了すべきではないでしょうか。 今はその施設もそんなことはないと思います。 施設には様々な高齢者が入居しています。 認知症の人、体に障害はあるが頭はっきりの人、ホームから通勤している人、ホームの部屋で仕事をしている人。 この仕事をしている人たちは、あまり他の入居者と交わらないようにしています。 仕事はしていない、趣味の活動もない、しかしまだ認知症になっていない高齢者は、不安にかられることがあります。 それは認知症の人たちと同席していると、自分もいずれ認知症になると感じてしまうからです。同じ事を繰り返し話したり、ぼんやりしていたり、夜中の他の人の部屋をドンドン叩いたり、あんな風になりたくない、とおそれます。 しかし、仕事も、趣味も、何らかの社会的活動もしていない人は、半年、1年、2年するうちに認知症の症状が出始める人が多いようでした。 施設を選ぶポイントは施設のハードも大事ですが、ソフトに注目すべきでしょう。 生活に刺激や活性を与える計画、企画を予定、実施しているかを見たほうがいいと思います。 いつも同じゲームだとあきて参加者もへってきます。よくやるのが風船バレーですが、1回目はいいですが、しょっちゅうはばかばかしくなってきます。入居者の数だけ趣味は違うので、きめ細かい企画をたてていただきたいものです。 さて、施設で働きたいという人も多いでしょう。 ヘルパーや介護福祉士になりたての人は施設でしっかり身体介護の基本を身につけることをおすすめします。 資格をとってからすぐに在宅で始めると、なかなか、重介護の身体介護ができないものです。 施設ですと、先輩もいて初めてのの不安は少なく、困ったときは助けて貰えます。看護士常駐の施設なら、尚安心ですね。 働く施設を決めるのも、入居する施設を決めるのと同じです。 入居している人が明るく楽しそうであれば、働く人も楽しく働けるでしょう。 施設についてはもう少し述べる必要があると思っています。また今度。
2005.10.19
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昨日は施設入所について書きました。施設といえば、猫がおばあさんの右足の指を全てかみ切ったとのNEWSを先日ネットで読みました。あまり気持ちが悪いので頭の中でビジュアル化しないよう、忘れよう、と思っていましたが、今、話題騒然のようです。 猫は人の骨を囓れないという意見もあります。猫は野生に近い動物ですので絶対、人の足の指を食いちぎらないとはいえません。犬はどうでしょうか。野犬化すると襲いますが、人を食用にはしないでしょう。 始めに猫が? 右足の全ての指を? ちょっと囓って騒ぎになったのなら判りますが・・。 認知症が進み、寝たきりになったおばあさんです。噛まれたとき痛みはなかったのでしょうか。だって全部の指ですよ!! (書いているだけで痛みや怖さなどが想像されて、私自身がトラウマになりそうです。だからこの話題は避けて通りたかった。)ナースコールがあったといいますが、同室のお年寄りは認知症の方ではないのでしょうか? どの時点で大変な事態と認識したのだろうか。 問題点は猫が全ての指を食いちぎるのにどれだけの時間がかかるか、です。ナースコールがあるまでどれだけの時間があったのか。 その間、職員が誰も来なかったのでしょうか? 誰も気づかなかったのか? 猫が自由に出入りできる部屋? 普通ないでしょう。あり得ます? ????が多すぎます。 いえ、たとえば猫が犯人だとしましょう。 そこまで放置していた施設の責任は? 認知症のおばあさんならなにをされてもいいの? 施設長は猫のせいだからとほっかむり? 若い頃、療養病院に勤務していた事がありました。病院は古くて(元宮様のお屋敷だったそうですが、幽霊の出そうな古い病院です。) 敷地は広大で、近所の人が捨て犬や捨て猫をしていました。犬は保健所に連れていって貰っていました。猫は保健所の人が来るとどこかに隠れていなくなってしまいました。 猫達は患者さんから餌を貰ってのんびり暮らしていました。 誰も猫にかみつかれた人はいませんでした。それに病院内に猫がいるのを発見したら必ず外に追い出すようにしていましたし・・。 本当に全て猫の仕業なんだろうか? こんな事件があると、ご家族を施設に入所させることはためらわれるでしょう。 何も起きないとはいえません。家にいても地震もあれば台風もくる。自動車が飛び込んでくれば、飛行機も落ちてくる。 どこにいても完璧、絶対はありえません。 しかし、事故は最小限に食い止めることが施設のありかたですね。 良好な施設を見つけたい物です。 もし、紹介してほしい、とお考えの方、相談には応じます。完璧、完全はあり得ないことを条件としてですが・・。 私の力の限りご相談には応じます。
2005.10.18
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介護には施設介護と在宅介護があります。その両方を利用される場合もあります。家族を施設に入所させるとき、様々な葛藤をもたれる方が居ます。長男の嫁なのに、世間体が悪い。実の子供なのに、姥捨山のような心境に陥る方もいます。なかなか入所できない特養が空いたのに、いざとなると断ってしまった例もよく見聞きします。以前は5年待ちだとかいわれていました。今は入所の方法が先着順ではなくなり、困窮度の高い人から入所できるようになっています。 その5年待ったのに、いざとなると断ってしまい、また5年待つというのも大変です。 いわゆる虐待の問題もあります。家庭でみるのが当然だ、という風土のある所では、離れに高齢者を閉じこめ、介護専門家の助言を拒み、適切な介護サービスや医療サービスを受けさせないのは虐待の一種です。 また独居なのに自分自身がそうしたサービスを拒み、状態が悪くなっていくのも、自分自身に対する虐待になります。 早い時点で状態を見極め適切なサービスを選ぶことが家族や本人の幸せに繋がりますが、なにが適切なのかが判らないということが多いです。 行政に足繁く通い、サービスの種類や今受けられる物を知る必要があります。ケアマネに相談するのがてっとり早いでしょう。 認知症の症状が強く、問題行動の多い方は施設介護も断られがちになります。施設は集団になじめない人は受け入れにくいのです。 介護業界はボランティア精神のある人は多いですが、所詮はビジネスです。利益を得ることが第一義となってしまいがちです。職員の人たちに給料を払えなければ、施設の存続は危ういからです。 内容が散漫になってしまったかもしれません。次回にもこの内容を取り上げます。
2005.10.17
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きっと関心ある方は、この話題でもちきりでしょう。まあ許せるのは、平服で一般の人と一緒に境内でお参りしたことでしょう。お賽銭もポケットからだしたとか・・。年1回の参拝を公約とおり果たしたということです。郵政民営化も果たしたし・・。そんなに行きたいか靖国へ・・、いっそ入ったらどうだ?(言い過ぎ言い過ぎ、忘れてください。)実のところ、そんなに興味ないです。本当のところ、堂々行かなかったのは、ヨシですか?靖国問題は、興味のある方は判っていますが、興味のない方は、靖国神社が東京千代田区九段にあることも知らないのです。東京と神奈川の境に住んでいる人を仕事の関係で九段病院に連れて行ったことがあります。地下鉄を降りて、靖国神社の横を通ったとき、ここがあの有名な靖国神社だよ。と教えましたら目を丸くしてこんな所にあるんだ!! と言っていました。第一、何で世間が靖国、靖国と騒いでいるか知らない人なのです。ちょうど3年前の夏で、総理参拝はいつか? と騒いでいたころでした。その日は何事もなかった日でしたが・・。 説明すると長くなるし、仕事中でしたので詳しい説明はしませんでした。日本は本当にどこにいくのでしょう。いつもいつも愚痴なので、あまりこのカテゴリでは書き込みしたくなくなっています。
2005.10.17
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さて、頭の中から記憶が消えていくという気持ちはどういうものでしょうか。おじいちゃんやおばあちゃんが、訳のわからないことや適当なことをいって、腹がたつことが多い事と思います。わざと意地悪を言って困らせていると考えることもあります。認知症になる前の人間関係が大事です。嫁姑、実の親子でもその関係が緊張していた、とかとても厳しく、冗談も許されない関係であったとか、完璧主義の親であったとか、いつも萎縮してしまっていた関係であったのに、突然判らないことを言い出す。やることがテキトーになる。きれい好きだったのに、タンスの中から、ティッシュにくるんだウンコがいくつも出てくる。 風呂には入れというと昨日はいったとか判る嘘を言う。年寄りはあまり風呂にはいると体に悪いなどと屁理屈をいう。 自分を困らせているのだと、1時間電話で叫ばんばかりに訴えてきたお嫁さんがいました。 病気が言わせていますから、と言ったら、あんたは判っていない、と怒鳴られました。 あの厳しかったお姑さんは、頭の中から記憶が消えていっています。とくに最近のことは瞬間に消えていきます。今言ったことと違うことを言うのはそのためです。昔のことは結構覚えているので、過去の事を意地悪に言うことがあるので、苛められ、屈折した心のお嫁さんは全て判ってやっていることだと思ってしまいます。 でも、記憶が消え、簡単な家事もこなせなくなったお姑さんは不安でしかたがない。本当はお茶を入れるということもできなくなっています。 とてもとても不安なのです。「どうしよう、今に何もかも判らなくなってしまいそうで・・」と不安を訴えた老婦人がいました。 「そうですか、辛いですね・・」と抱きしめるぐらいしかできませんでした。 少しでも進行をくい止めることはできます。昨日も書きましたが脳を活性化するのです。趣味に打ち込んだり、自分のできる範囲でボランティアをしたり、体も頭も動かすことを止めないことです。 なにか打ち込める趣味はありますか。
2005.10.16
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アルツハイマーでなくとも、高齢になれば脳は萎縮してくるようです。むろん90歳、100歳近くなっても現役という方もいらっしゃいます。きんさんぎんさんは98歳ぐらいから100歳の双子として人気がでました。100歳になったころお二人は始めて確定申告をしたようです。税金を申告するお年寄りは立派な現役です。きんさんは頭の回転が良く、ユーモアのある人でした。ぎんさんは、そんなお姉さんをハラハラしてみているという感じでしたね。ぎんさんは100歳を超えて白内障の手術をされました。チャレンジ精神旺盛。そして世の中をしっかりみてやろうと目の手術までされる。これは認知症とはほど遠いですよね。でも、世間の話題になるまで、二人ともそれぞれの家でご隠居さんとしてぼんやり暮らしていたらしい・・。人気になり、外に出ることが増えて、表情もしっかりして、多弁になっていったそうです。何がいいたいかといえば脳は活性化しなくては萎縮していくということです。脳神経細胞は日々死んでいきます。以前は生まれ変わらないというのが通説でした。今でもそのように書いている専門家もいます。脳神経細胞は生まれ変わります。脳血管障害で脳神経が死んでしまうとその部分を司っていた部分に障害がでます。左脳なら体の右側に障害が出ます。しかし、苦しいリハビリをすると、死んだはずの脳神経がのびてきて、死んだはずの脳が生まれ変わります。まったく動かなかった手が少しづつ動いてきたりするのはそのためです。 ちなみにアインシュタインは遺言に死んだら火葬にするようにと遺しました。遺言とおり火葬にされましたが、失礼にも脳は取り出され研究のために薄く切り刻まれました。その1片は日本の学者の所にもきています。 天才の脳はどうなっているかしりたいというのが脳を摘出した学者の談です。天才だから脳は重いのかというと普通らしいです。その1片を顕微鏡などで見た学者は認知症の始まり(アルツハイマー)が見られると発表していました。 天才といえど認知症から逃れられなかったらしいのです。
2005.10.15
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9.21日アダルトのスパム対応となっていますが、今朝、同じサイトから何回も5回以上数えるのも嫌で、今全て削除しました。また来ましたら、落ち着いてサイトのURLなど記録しますが、今は判りません。まず削除するのが必死でした。また見るのも嫌な内容でしたので。これはアダルトの宣伝と言うよりも、嫌がらせです。とくにコンテンツがあまりに違うところに送ってくるのは、嫌がらせでしかありません。URLを変えてくるでしょうから、また来ましたら残念ですがTBの受け入れをまた中止するしかありません。
2005.10.15
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お早うございます。TBありがとうございます。私も入院経験があります。それも命に関わる入院を実は何度も。医療過誤かもしれないと思うこともあります。20~30年前の医師は雲の上の人のようで威張っていましたね。医療過誤か?などと疑うこともできないほど、医師の前にいくと固くなってしまったものでした。白い巨頭などの教授回診では患者は怒られるために診けるような物でした。そして10年前でした。救急車で病院へ・・。それから2ヶ月近くの入院。大手術。そのときも死にかけたはずです。ただ、その時の経験からいうと、患者は思ったことを、どんな苦しい息の下からでも主張しなくてはいけません。この事については、いずれ新しいシリーズで書いていこうかな、と思います。
2005.10.15
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自分が認知症ではないか、と思ったら、どうしますか。 私も忘れっぽく、顔は覚えているのに名前を覚えられないという欠点があります。頼まれたこともよく忘れます。子供の頃から宿題はよく忘れました。教科書もよく忘れました。 これをボケというなら小学校の頃から呆けていたことになります。多分集中力が欠いていて、注意力散漫ということでしょう。 通常の忘れっぽさなら呆けではないそうです。 よく知られているのが長谷川式スケールです。おばあちゃん最近おかしいといって病院につれていくと(どういう科がいいかといえば、精神科、神経科などです。老年科というのもいいかもしれません。)、変な質問や算数の問題を聞かれます。 私はこの質問に答えられるか自信がありません。多分呆けていると言われたらどうしようと構えてしまいそうで、かえって失敗しそうだからです。 CTやMRIなどで脳の検査をするのが一番正確でしょう。脳が萎縮して頭蓋骨の中がスカスカになっている状態がみられます。このスカスカの状態で転倒して頭を打つと、脳が動いて頭蓋骨の中で脳挫傷をおこしたりします。 自分が呆けてきているのではないかと心配になり、自ら役所の介護保険課を尋ねたり、保健所にいったりして相談した結果、精神科を受診した方がいました。 どうして認知症だと思ったのですか、と聞くと、物忘れが激しくなって不安だからとのことでした。責任ある仕事を長くバリバリこなしてきた方で、話し方も声もはっきりしています。認知症とは思えない人でした。でも疑いは見えていました。 認知症が始まっているかもしれないと思われるところは、本人の思う忘れっぽいところではありません。 掃除がまったくされていない室内です。物が散乱しているほどではありませんが、ほこりや食べかすなどがつもっていたことでした。 ヘルパーさんが掃除に入っていますが月に2回だけです。せめて週1回はやりましょうといっても、いいと断ります。部屋の汚いことに気づかないことは認知症の始まりです。 認知症はおかしな言動や物忘れからよりも、身の回りのことや掃除などを気遣わなくなったときからが始まりかもしれません。いままできれい好きでおしゃれだった人がそうなった時は気をつけたほうがよいでしょう。 私も掃除嫌いです。これは単にだらしがないということでしょうか。
2005.10.14
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ふと見ましたら、なんと開設100日目でした。思えば始めはとにかくやってみようと、ふらふらとなにやら書き込みしていました。 それから、試行錯誤、軸がふらつき、なにやら政治ネタで盛り上がったことも、懐かしい。突然の解散総選挙でしたものね。じっさい、あれから元気が無く先日はPTA終了後の飲み会で副校長先生に日の丸、君が代でからんでしまいました。マズイマズイ。。、PTA活動には政治的発言はいけません。それに子供が人質ですものね。(私自身、日の丸、君が代を否定する者ではありません、ただ、強制はどうかな、と思うのです。) 愛国心を国家の強制で育てると、また第二次大戦の日独のようになりませんか。なんか、大与党誕生で、どうなるのでしょうね。この先、日本は? と、また日本を憂う発言になりました。 とにかく開設100日記念で、何も差し上げませんが、まあ読んで下さい。 そういえば100日たったか秋の空 思えば夏の暑い日でした。 大きな地震があったり、台風がきたり、それも国内外で、テロもあり・・日々ニュースは暗い恐ろしいことばかり、パキスタンも死者が何万人?とかニュースを追って書くのも少し嫌になっていまいましたね。 これからの100日は私にも、皆様にも平穏で、なおかつ良い事がありますように。いや、100日といわず、未来永劫に、どうか・・。
2005.10.13
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母屋は明るい南向きの表通りに面している。母屋は部屋数も多く、姉のはつよとその息子夫婦が住んでいる。黒沢さんは母屋を姉に譲った時に会社の権利も甥に譲り、北側の離れに引っ込んだ。 黒沢さんの家は昭和初期の頃、当時新開地だった笥井町の大地主であった。どの土地もどの土地も黒沢さんの父親の土地だった。駅から黒沢さんの家まで他人の土地を踏まずに帰ることができた。しかし、黒沢さんの父親は新し物好きで、地主でいるのにあきたらず電気製品の会社を起こした。電気製品といっても、開発、発明が主で中々ヒット商品が出来ず、事業がうまく行かなくて、土地は少しづつ他人の手にわたっていった。黒沢さんは女学校から、女子大へと進んだが、姉の初代は勉強は好きではなく、女らしいことに心惹かれていた。容貌はきりりとした黒沢さんの方が美人だったかもしれないが、女らしくぽっちゃりとした初代の方が持て囃されていた。黒沢さんの父親もしっかりした妹を頼りに思っていたが、娘々した姉を可愛がっていた。黒沢さんはそんな父親に反発してますますなんでも姉より上手にやってやろうと努力をした。姉の習っていたお花やお茶を自分も始めると、直ぐに姉の腕前を越えた。だのに、先生から可愛がられるのは黒沢さんには品劣って見える初代の方であった。黒沢さんがむっつりとしかめ面なのはその頃からかもしれない。 大戦もようやく終えて、黒沢さん達も縁を探す年頃となった。番茶も出端、益々娘らしくなった姉は八幡神社にかかった芝居小屋に通い始めた。役者に夢中になった姉は芝居小屋と共に町からいなくなった。父親は可愛がっていた初代がいなくなり、気落ちしたのか、直ぐに病を得て死んでしまった。黒沢さんは年老いた母親を抱え会社を抱え、必死に黒沢家を支えた。細々ながら会社もつぶれづにすんだが、黒沢家の在る土地を残して他の土地はすべて他人の物になった。伊勢屋も鍵辰も春風書房もほんの少し黒沢さんに頭が上がらない気がするのは、元の地主のせいであったし、黒沢さんの毅然としたその生活態度でもあった。 或る日、役者と駆け落ちした初代が、男の子を抱えて帰ってきた。派手に気儘に暮らしていた初代に旅芸人の暮らしは続かない。役者に新しい女もできて、結局は捨てられたような、捨ててきたような形で帰ってきたのだ。黒沢さんは何一つ出来ない子連れの初代を抱えることになった。 母親は初代の顔を見ると安心したように死んでいった。最初の頃こそおとなしくしていた初代だが、段々に生来のわがままが首をもたげてきた。まず腹の立つのは黒沢さんの嫌いな猫を飼いだしたことであった。 初代はこの家の長女であることを声高にいいつのり、近所中に黒沢さんが家をのっとったようにいいふらし始めた。 黒沢さんがいささか人間嫌いなのはそのせいでもある。何もかもが疎ましくなり、自分は裏の離れを改造して住む事にした。そうして母屋を姉一家に譲って、黒沢さんは日当たりの悪い所に住むようになった。しかしその後も、姉一家の面倒はよく見た。初代の子供には電気関係の大学を出してやったあと、会社をゆずった。全てを姉の初代に譲ったのだった。 こうして何もかも手放してみるといっそせいせいした。大きな事を望まず、体一つの暮らしになってみれば、それは黒沢さんの生き方にしっくりしていた。日の当たらない裏側に静かに暮らしながら老いていこう、と思っていたのに、近頃は嫌いな猫が増え、黒犬が増え、しているうちに、下宿人まで置くことになった。 だが、家の中に若い人がいるのはいいことだ。と、なぜか素直に思えるようになった。
2005.10.13
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認知症になると、その時そのとき、頭に浮かんだことが常に真実です。 以下はある施設での経験です。 ある老婦人は部屋の鏡に映る我が姿を見て「知らない男の人が部屋にいる」と叫びました。 本人の意志に関わりなく、家族は年寄り用の服を用意しています。黒っぽいズボンに、黒っぽい上っ張り、髪は刈り上げカットです。 男性にしか見えません。アメリカの老婦人のようにピンクのカーディガンなどをきて、白髪でも手入れしてパーマをかけていれば、「知らないおばあさんがいる」と思ったでしょう。まあおばあさんなら、部屋にいても怯えることはありません。 彼女は現在女学校の寮にいると思っているのです。 住み慣れた家から、それぞれ理由があって老人用の施設に住むことになりました。 納得できないことでしょう。認知症になって日常生活が自宅では送れなくなったので、援助が必要となり施設で暮らすことになりました。 彼女にとってなぜ家を出なくてはいけないか考えたのでしょう。施設の雰囲気はもしかすると寮に似ていたのかもしれません。寮は彼女の生きていく上での意味、落としどころだったのでしょうか。 以前は認知症の人に正しいことを教えなくてはいけないという説がありました。相手の世界に入り込まないようにとのことです。相手に世界に入り込み、ミイラ取りがミイラになるようなことは避けなくてはいけません。しかし現在では無理に間違いを正し、厳しい態度で接するということはいけないとなっています。無理に間違いを正すようなことをせず、なぜ間違えたことを思いこんでいるのかゆっくり聞いていく必要があります。 私はいつも黒っぽい背広型のジャッケットを着てときどきその施設に訪問していましたので、その老婦人から寮の先生と思われてしまいました。私に「先生、聞いて、○○さんが悪いことをするの」「そうですか、あとで注意しておきますね。」「それで・・」 どう思いますか、「ここは女学校の寮ではなく、老人ホームで、あなたはりっぱなおばあさんですよ。」と教えてあげるべきでしょうか。女学生になったおばあさん、可愛いですよね。
2005.10.12
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認知症ってご存じですよね。痴呆症のことです。しばらく話題にしたいのはアルツハイマーです。韓国映画「私の頭の中の消しゴム」は若年性のアルツハイマー型に罹患した若い女性の話です。言い得て妙なタイトルは、まさしくアルツハイマーの症状です。脳の中にβ-アミロイドというタンパク質がとりつき、黒色細胞を増やしていきます。顔などに黒や茶のいかにも年寄り臭いシミが出るあれです。あれを老人斑といわれていますが、まさしく脳に老人斑ができたのです。アミロイドの他に原因物質としてアルミニウムが脳に沈着するとか、グルタミンが溜まるとかの説があります。アルミニウムは普段使っている鍋が原因でしょうか・・。グルタミンは以前頭がよくなると言って、味の素(商品名)を食べるといいとか言われたことがあります。実際グルタミンは記憶に役立つ脳内物質とも言われていたのですが、ここのところ、一転逆転して悪役ですね。必須アミノ酸なのだから、摂ってはいけないということはなく、何事も適度にとるのがよろしい。 アルツハイマー型のおばあさんがいました。日中は一人で家にいますが、思いつくとどこへでも出かけてしまう。お巡りさん、役場の人、通りすがりの人、近所の人などが連れて帰って来てくれました。 いずれ、帰れなくなる日が来る。そのときが心配・・。 この方は頭がいい人でした。ちょっと聞いてたら痴呆症とは思えない。(実はその状態が一番、不安)いずれ施設に入らないと、家族目道みきれない。予行演習のつもりでデイサービスにつれていきました・しかし、着いたら開口一番、ここは年寄りがおおい・・。あたしゃこんなババアばかりのところは嫌だよ。」と言って帰ろうとする始末です。デイサービスは2回挑戦しました。
2005.10.11
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昨夜は呑んだ、呑んだ!! 私の子供の通っている学校は知っている人は知っている都立のチャレンジスクール第1校です。子供が受験したときは10倍の倍率。そこをかいくぐって、入学したのはよかったが、子供の自主性は大事にしてくれるのですが、結局、やる気がなければだめで・・、ちょっとヒッキー気味。卒業はまだまださきになりそう。しかし、高認と言う制度があり、昨年までは大験といっていたのですが・・、それで単位を取得しようと、今年は2回目を受けることになりました。 それでも色々問題がおき、一歩進んではまた問題という状態。子故の闇に入る。を文字通り体現しています。 で、そこのPTAの役員をしてもう3年、ボランティアの関わりをいれれば4年。そうです3年で卒業できなかったのです。 さて、昨日、一昨日文化祭で、PTAも部屋を1部屋もらい、喫茶店をやりました。大活躍で走りっぱなし。そのうえ、夜は打ち上げで呑むは呑むは・・。帰ったのは今日の1時過ぎでした。 さすが今日は頭が痛く、つい先ほどまで、向こうの方に行きっぱなしでした。PTAなんていうのはゆきつくところ、社交の場で、飲み会みたいなものだろうか・・。いや今年の役員達は酒飲みが少なく、付き合いが悪い。 昨夜は5人(1人は先生)でした。 ということで、今やっと迎え酒で、ますます脳がぼんやりです。 もしチャレンジスクールについて知りたいことがございましたら、どうぞ、コメントで・・。判る範囲でご返事します。
2005.10.10
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黒沢さんの家に新しい住人が増えた。犬でも猫でもない。学生の下宿人を置くことにしたのだ。下宿人を置くのは初めての事である。春風書房のおばあちゃんが、親戚の子が学生寮をでたいといっているので、目の届く近くに下宿させたいのだがと黒沢さんに話したのだった。春風書房のおばあちゃんは黒沢さんの家は部屋数があるのに、一人暮らしなのを知っていた。年頃が近いので近頃とみに親しくしていた。黒沢さんは少し迷ったが、下宿人を置けば、夜のうちに捨て猫や捨て犬をする人も減るだろうとおもった。近頃、捨て犬や捨て猫をされることが多くなって、全部飼う事は到底できなくなっていた。今にも死にそうな病気の犬や猫に限って引き取ることにして、あとは役場に引き取って貰っている。役場に引き取られた動物がどのような運命を辿るのかは黒沢さんも知っている。結局殺生の責任を押しつけられいるのだった。心が痛むのは自分一人だ。捨てた飼い主は黒沢さんに預けたのだから殺生したことにならない、と思うだろう。もし仏罰が下りるとしたら黒沢さんに下りるのだ。黒沢さんは宗教をもっていない。信念をもって生きていれば神や仏の助けはいらないと思うからだ。しかし、信念があっても犬取りにひきづられていくのを見るのはとても辛い。Bを引き取ったのも偽善かもしれない。と時々思う。一人暮らしの家に他人を置くのは気詰まりかもしれない。だが、下宿というのは金銭の介在した一種の取引、契約であり、情がからまず、気楽かもしれない。それに猫や犬より、人の方が話もできて、楽しいかもしれない。下宿人の依田時雄が九月になって黒沢さんの家に来た。黒沢さんは玄関の横の客間を時雄に開け渡した。トランク一つと白いビニールのギターケースを持って身軽な引っ越しだった。後の時雄の荷物は、本が少々、布団包み一つ、柳行李が一つ。それはチッキで駅につき、リヤカーを借りて運べば終わりだった。黒沢さんは客間に小さな本棚と勉強机代わりの座り机を置いた。時雄は格別喜ぶでもなく、「どうも」と一言言った。その時の時雄は白いシャツに白いズボン、白ソックスに白い革靴を履いていた。テレビに良く顔を出す学生服を着た若い歌謡曲の歌手に似ていた。時雄はぶっきらぼうに見えるが、清潔感はあった。まあ、今時の若者はこんな物だろうというのが、黒沢さんの第一印象であった。 黒沢さんの家は東西に伸びた細い路地の北側に面している。日当たりは悪いが門と玄関のあいだにほんの五十坪程の庭があり、椿や青木などの緑用樹、大きなヒマラヤ杉等の庭木が植えられている。その間に雑然と紫色の花の咲く草木が植えられている。日の当たらない大きな木の下は緑の苔がビロードのように生えていた。門から玄関まで飛び石がS字様に続き、朝と夕に二度日があたるのでそこだけが乾いている。玄関の右横に出窓のついた部屋があり、その出窓から時雄の新しい住まいが覗ける。日当たりが悪くてすまないわね。でもここが一番いい部屋だからと黒沢さんが言うと、時雄はきょろきょろと辺りを見渡し、はあと言った。とにかく口数が少ない。話し相手になると思ったのは間違いかもしれなかった。
2005.10.09
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「菫ちゃん。少しでもいいから呑みなさい。力がつくから。」 黒沢さんは知らず知らず、猫の名前を菫とつけていた。 やっと獣医につれていくと、菫は車に轢かれたのではなく、病気にかかっていると言った。皮膚病のようになって汚くなったから、捨てられたのだろうと言った。「野良猫じゃないんですか。」「うん、人に慣れているから、飼い猫だろう。もう、一才近いと思うが、成長が悪くて、ほんの子猫のように見えるね。」 可哀相にと黒沢さんは思った。注射も打って、たくさん薬も貰った。医者の掛かりも馬鹿にならなかった。その日から菫は黒沢さんの猫になった。病気がなおるときれいな烏猫になった。体もすこし大きくなり、すっかり黒沢さんに懐いてしまった。片時も黒沢さんの側を離れなくなってしまった。この話が町で話題になり、知らぬ人までが黒沢さんは猫好きと噂がたち、飼いきれなくなった猫を門の前に捨てていく人までが現れた。基本的に今でも黒沢さんは猫が好きではない。死にそうな子猫を捨てておけなかっただけであった。たまたま菫色の瞳をしていたから菫と呼んで飼ってはいるが、今でも、余所の猫は側によってほしくなかった。姉さんの所の猫が庭に入ってくると血相替えて追い払っていた。 それからは黒沢さんの家には菫以外にいつも大きな猫が一、二匹いた。数カ月、一年程いると何処に行くのか、姿を見なくなったり、死んでしまったりしてそれ以上増えることはなかった。近頃も年老いた猫が死に、菫だけが家に残っていたのだが、また黒犬のBが来てしまった。黒沢さんは犬もそれほど好きではない。動物を飼いたいと若い時から一度も思った事がない。それなのに、動物好きの噂がたったお陰でまるで猫屋敷のようになってしまった。近頃は犬まで捨ててあることがある。これでBが増えると、もっと多くの犬が庭先に捨てられるかもしれない。そう思いながらも、結局Bを引き取ってしまった。今度はわざわざ自分の方から貰いに行ってしまった。やれやれと黒沢さんはため息をついた。
2005.10.08
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そうですね。行動アルのみでしょう。バナーを貼るのは、もう少し考えてからにしますが、趣旨は賛成です。
2005.10.08
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自民党新憲法草案 前文に「国を愛する国民の努力によって国の独立を守る」 愛国心や自主防衛の考えをにじませたほか、自主制定であることを強調する。(本日の朝日新聞夕刊1面トップより) 誤解を受けるでしょうが、愛国心についていえば、私は結構古い人間で、幼少時、貸本屋で戦争の漫画を見て、国を守るやら愛国心などに心打たれました。幼い時期の刷り込みは怖い物です。当時の漫画家は戦争がつい最近の身近な出来事であり、一番書きやすいテーマでした。しかし、その漫画を読んで育った私たち世代の漫画家は近未来の世界を描きますが、そこでは戦争に明け暮れるテーマ満載ではありませんか。 今、子供達のはまるゲームはスーパーマリオから始まって、敵を倒して(うまく倒せないと自分が死にますが、リセットすれば生まれかわれます)、ステップアップしていくというような筋立てで、いつもいつも戦っているように思えます。仲間のため、家族のため、恋人のため、国家のため、地球のため、銀河系宇宙のため、とにかく何かしら正当な理由があり、戦争をします。(そうではないゲームもたくさんあることを知っています) 話は変わりますが、黄門様などのチャンバラ映画では、沢山の悪い武士や子分やらが斬られます。峰打ちしているいいますが、実際の峰打ちは骨を砕き、再起不能、傷が元で命を落とす人も。悪い侍といえど、誰かの家来で戦うことを断ることができない立場の人たちです。主人公の善玉がバッサバッサと斬り殺していく人たちは、生活のために戦っていて、家族もいるはず・・。悪い人に味方しているからって殺していいの・・。と子供の頃面白いと思いながらも、不思議に思っていました。自分にとって正しければ人は殺していいの・・。相手もきっと正しいことをしていると思っているはずです。 戦争では、敵の国の人も愛国心で正義で戦っているのでしょう。 日本に攻め込められて、戦うなとはいいません。しかし余所の国に派兵するのはどうでしょうか。 憲法改正するには、国民投票になりはずです。 様々なアナウンスがあるでしょうが、自分にとってそれがいい法律かどうかよく考える必要があるでしょう。 全文を読んでいないので、愛国心というところで毛が逆立ってしまって、書いています。が、愛国心が私にないわけではありません。 この国に生まれて(生まれるとき国も人種も、性別も、時代も選べません)、生まれてしまった以上この国の人間としてのアイデンティティーを持っています。 しかし、愛国心を義務のように押しつけられたり、国旗にお辞儀をさせられたり、高い声がでないのに、国家を歌わされたりするのは、近頃気にかかるのです。入学式、卒業式で国歌を起立して歌っているかをスパイされたりしているのですよ。近頃の学校(とくに東京都)では・・ 私は天の邪鬼ですので、国歌も国旗もとくに嫌いじゃないですが、強制されると反発したくなります。反発したくてもできない人のために逆らおうかと思うことさえあります。なんて、実際は長いものにまかれろで、大人しくしています。だって子供は学校の人質ですから・・。 愛国心はありますか。 そういえば幼少時、青年時代、愛国心が会ったような気がします。 しかし何十年も日本国民を続けていると、国が私に何をしてくれた? と思います。とくに団塊の世代の私は、小学校に上がると教室がなく、午後から学校へ、中学に上がっても教室が無く、米軍払い下げのカマボコ兵舎の教室でした。学校プールは卒業すると小学校、中学校にできました。高校は私立なのに、入学のときは汚い校舎、私たちの入学金で3年になると綺麗な校舎、大学も4年になると綺麗な校舎(しかし大学紛争)で卒業式は三福会館(新大久保にありました)でした。 全てが後手後手で、いよいよ定年になると、退職金制度が変わりつつあります。減らされたりしていますよね、年金は全額納める世代ですが、年金支給は減らされ、支給年度は後退しています。まるで逃げ水のようにそこに見えているのに、近づくと遠くに離れている。 国は私に何をしてくれた? 愛国心は習慣として心の底に残っていますが、押しつけられたり、押しつけるものではない。自然と心にわいてくるものではないでしょうか。 さて、明日明後日は終日忙しく出かけてしまいます。 日記は更新するつもりですが、多分連載小説だけになるでしょう。 それではまた・・
2005.10.07
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コンセプトは介護ですので、本業に戻りましょう。ケアマネとして介護保険施行当初より今まで関わってきた所から、認知症を取り上げてみたいと思います。認知症になりやすい人ってどんな人だろう。まず糖尿病、高血圧など脳血管性障害の発症しやすい方は脳血管性認知症になりやすい。高齢になると、脳の前頭葉のところが萎縮してきて認知症状が出てくるのは老年性認知症です。老人性の場合は後期高齢者(75歳~)、90、100歳を超えてくれば誰でも少しは認知症ではないでしょうか。劇症で発症するといずれ死にいたる認知症がアルツハイマーです。最後は食事をすることを忘れ、息をすることを忘れます。さて、頭のいい人は認知症にならないとお思いですか。yesと答えた方はブーです。私のあった認知症の方でアルツ型の方は頭がよかったのです。認知症で頭がいいとは変に感じるでしょう。頭の回転がいいのです。その部分は最後におかされていくのでしょうね。何か質問されると忘れているので答えられない。しかし答えられないのは悔しい。当意即妙に返答をします。機転の利いた素晴らしいことを言うことがあるので、本当に認知症? と疑うことさえあります。次回から少しづつ経験談を元にしたフィクションを書いていきます。認知症と付き合うための禁句を一つ駄目、は駄目です。
2005.10.07
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朝日新聞を読んでいましたら、今回の選挙での自民党圧勝についてメディアも困惑している、とありました。 え、刺客だ、劇場型選挙だ、とかいって盛り上がってはいませんでしたか。 とくにワイドショーが大きく取り上げたことについて述べられていました。始めは面白おかしく楽しく、浮かれていましたよね。ワイドショーではこの解散刺客選挙を楽しんでいるようでした。昔はマドンナ選挙と言われましたが、今回は九の一選挙でした。女性を軽々しく扱ってこれ一種、女性蔑視ですよね。 ワイドショーでは批判の言葉もきちんと入れ公正な報道をした、と書いてありましたが、最初はそんな風には見えませんでした。選挙戦後半になって自民党圧勝のアンケート結果が毎日報告されるようになると、番組最後に批判的な、シニカルな逆説的な言い方で自民党、刺客候補の方、小泉さんへコメントを送っていましたが、番組最後ではもうみんなチャンネルを変えてしまっているのです。それにシニカルな言い方では批判と判らない人も多いのです。例えば私の同居人はシニカルな表現はまったく通じません。 今までどこかが有利との報道があると、バランス感覚でどこかが一人勝ちしないように票が動いたことが多かった。これを逆アナウンス効果というんですよね。今回は選挙に行ったことがない人が多く選挙にいったので、逆アナウンス効果がきかず、流行にのるような感じでの投票行動になったのかもしれません。まあ、これを「バカの壁」というのではないでしょうか。いちど刷り込まれた小泉さんは改革派の思いは強く、誰が何をいっても、郵政民営化は公務員削減(税金の削減と思わせている)だ。改革だ。と刷り込まれてしまったのです。他の改革はほとんど進んでいない。のに・・。 実際は、反対票の方が少し多かったそうです。逆アナウンス効果で動いた方も沢山いたのに、これは小選挙区制度と比例制度が問題だったのではないか、と今になって思います。 と、今日は長くなってしまいました。それではお休みなさい。本日は連載小説「黒沢さん・・」はお休みです。
2005.10.06
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黒沢さんは菫が家に来た時の事を思い出していた。それは五年程前の春浅い頃の事だった。早くに目が覚めた。外で物音がしたような気がした。それで外に出てみた。外はまだ冷たい空気が支配していた。東の空が微かに明らんできていた。夜明けがちかい。口から白い息が出る。空の明るさが段々に広がってきた。足元にも微かに白い光が指してきた。足元に黒い固まりが落ちていた。初めは石だと思った。次にぼろ布かゴミの固まりだと思った。そうしているうち牛乳配達の自転車がゴトゴトと荷台の木箱を鳴らしながらやってきた。「おはようございます。」と牛乳配達の学生が,冷たい露のついた牛乳瓶を黒沢さんに私ながら言った。「おはようございます。まだ寒くて大変ね。ご苦労さま。」と牛乳瓶を受け取った。「あ、猫が死んでる。」「ええ、どこに。」「そ、そこです。真っ黒い猫です。」牛乳配達の学生は黒沢さんの足元にころがっているボロ布を指さした。よく見れば猫のようにも見える。「お宅の猫ですか。」「いや、知らないわ。猫なんて飼っていないから。」「車に轢かれたのかな。片付けを手伝いたいけど、僕、まだ配達があるから。」「ああ、いいのよ。どうにかするから。」 ほっとしたように、学生は自転車に乗りなおし、きーきー、ゴトゴトと音をたてて、さっていった。物音がしたので、だれか、配達の人かとも思っていたが、この猫の捨てられた音かもしれない。車に轢かれるといってもここは狭い路地で車は殆ど入ってこない。表通りで轢かれて、ここまで歩いて倒れたのか、誰かが路地に捨てたのかもしれない。よく見ると真っ黒な子猫であった。朝日が指してきた。東西に伸びる細い路地は朝と夕にほんの少しの間日が当たる。その朝日に倒れている猫の姿形がはっきりしてきた。小さな黒猫は体半分がかさぶたに覆われていた。そっとさわるとまだ体に温もりが残り、柔らかかった。『あら』と思うと子猫の体がピクンと動いた。ほんの少し、口が開き、かすかに鳴いた。猫はまだ生きていた。最後の力を振り絞って助けてと言っているように聞こえた。実は黒沢さんは猫が嫌いだった。餌を欲しがってミャーと鳴きながらまとわりついてくるとぞっとする程嫌だった。母屋に住んでいる黒沢さんの姉さんは猫が好きで間を置かず飼っていたが、黒沢さんは姉の気がしれないといつも思っていた。都合のいい時だけまとわりついて、後は知らん顔の猫なんて、そういえば姉さんに似てるよといつも思っていた。しかし、今は姉さんの事を考えてはいられない。生きているならほっておく事はできない。母屋の姉さんを呼ぼうかとも思ったが、姉さんは汚いボロ布の死にそうな子猫などほっときなさいよといいそうだった。あの人は自分勝手で、そんな人ですよ。と黒沢さんは姉の嫌な所を又思い出してしまった。そうそうこうしてはいられない。と、とうとう瘡だらけの猫を素手で抱え上げた。獣医さんに連れていきたくても朝早いし、どこにあるかもしらない。とにかく家の中に入った。座布団に横たえさせた。タオルを濡らして体を拭いた。汚れがとれると、瘡の部分が減り、きれいな黒い毛艶が出てきた。体を拭いて気持ちがいいのか、子猫は目を開けた。瞳の色が菫色に見えた。菫色の真ん中は片目が銀色で片目は金色に輝いていた。きれいな目だと思った。黒沢さんは菫色が一番好きな色だ。普段は黒っぽい色の服ばかり着ているが、本当は菫色の服を着てみたいといつも思っていた。庭にも菫や菫色の花ばかり咲かせていた。日当たりが悪いのでよく育たないが、桔梗や都忘れ、杜若、紫陽花。「菫ちゃん、頑張って。今、ミルクをあげますからね。」小さな入れ物に今配達されたばかりの牛乳を入れ、顔の横に置いた。だが、呑まない。思いついて、救急箱からガーゼを取り出し牛乳をしませて、弱々しく開けている口の中に絞り込んでみた。「菫ちゃん。少しでもいいから呑みなさい。力がつくから。」 黒沢さんは知らず知らず、猫の名前を菫とつけていた。
2005.10.05
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昨夜の日記に補填します。憲法改正がまた声高に叫ばれるでしょう。憲法について考えれば改正する部分もあるのは確かでしょう。何しろ60年前の物ですから。時代と合わなくなっているかもしれません。しかし、9条はどうなるのか、戦争放棄の法律でしたよね・・。まあ、あと天皇制もあるますが・・。 天皇制は生まれたときからあって、馴染んでいるのでとくにどうこうとは思っていません。象徴としての天皇などいらないと言う考えもあるでしょう。しかし、私は日本が大統領制になることは反対します。今の小泉政権はまるで大統領のようです。これが本当に大統領であったら、もっと怖くなるような気がします・・。権力を笠に着ないための歯止めとしての象徴天皇制度は賛成。 民主主義の名を借りた全体主義反対!! 9条は残したい。今でもいろいろな解釈で外堀は埋められ、内堀も埋められています。多少の歯止めとして、日本人の良心として、9条は残したい。 小泉総理の靖国参拝は東京地検は合憲として、大阪地検は違憲と審判が出たそうですね。 肩書きに内閣総理大臣として記帳するなら立派な公務だと思います。それは休日に招待された結婚式などの記帳に内閣総理大臣と書くのは私人として行為だとは思います。ただ公用車を使えば公私混同と思いますが・・。 靖国神社は神道で宗教法人ですよね。なら私人としていくのであれば、肩書きはなしか、自由民主党総裁ならいかがでしょう。 というところで・・。 コメント、ご意見は掲示板にお願いいたします。
2005.10.05
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戻ってきました。政治ネタです。 自民党圧勝で元気をなくし、何を書いても届かない、もどかしさにぐったり。 主人はかかさず見ていた土日の政治トーク番組をみなくなりました。まあ、おかげで土日の午前中は時間が動くようになりましたが・・。政治番組が終わらないと我が家の時間も止まったままだったのです。主人はイライラしているし(本人は近頃の事だと言っていますが、何、いつでも何かしら怒っている人です)、夜もよく寝られないそうです。確かに私も時々訳もなく不安になって夜寝られないことが多くなりましたが・・。 さて、気になっていることがあります。年金、税金、個人情報が国に管理されそうなこと、自分でもブログやらリードメールなどに垂れ流している個人情報ですが、それは自分の責任です。でも知らないところで国に管理されているとしたら・・。自由じゃないじゃん。 他には、福祉の大幅後退です。ケアマネをしていたので、この問題は、別にカテゴリをたてていきます。 では、一番気になる憲法改正(改悪)です。ホリエモンさんはまず天皇制に一言いっていらっしゃいましたね。私は習慣として天皇制擁護です。習慣すので、きっと私自身としては固執はしないだろうと思います。 で、多分一番論争になるだろう、第9条です。 中学校、高等学校で勉強した程度しか憲法は判りません(不勉強です。スミマセン) 9条擁護か、改変、改悪、もしくは排除か・・。 9条について言えば、自衛隊は違憲だと私は認識しています。あれは立派な軍隊です。まだ日本に攻め込まれていないから自衛隊と言っているのでしょうけれど、英語ではジャパニーズアーミーとかいうんですよね。 実際、攻め込まれたら大変!、というかミサイルが飛んでくるので、国内での地上戦は、まずないでしょう。戦争が始まるかそれ以前(宣戦布告以前)に、核弾頭付きのミサイルが飛んできて首都壊滅、そして本土壊滅するでしょう。なぜ、そんなことないだろう? いえ日本はアメリカの属国ですから。アメリカの仮想敵国から攻められるからです。(きっと言い過ぎだ、ソースはどこにあるのだ。根拠は?と突っ込みがくるでしょうね。) というわけで自衛隊ははっきりアーミーと名称を変えましょう。 9条をいろいろ法律家に解釈してもらい、イラクの派兵も合憲であると苦しい判断。何、9条の内容を戦争もありえるとしてしまえばそれですっきり。(むろん、私は嫌です。) さて、私は何がなんでも護憲派です。女のヒステリーとか、理想主義とか、子供っぽいとか言われてもいい、戦争はいやです。だって、一般大衆である私たちには、「小泉さん変人」とかいうと非国民と怒られ、贅沢は敵だとかいわれるのでしょう。それでは、こうして自由に書き込むのも今の内、あ、このブログを見て危険人物と思われているかも・・、ご用心、ご用心。 民主主義の名を借りた全体主義反対!! ちょっと言い過ぎましたか。これに書き込みされる方、全ての方にお返事を書くことはできないと思います。書き込みされて返事がなくてもご容赦、ご容赦。 でも意見は大事です。その意見に他の方が返事を書いてくれるかもしれません。書き込み大歓迎です。 ここに書き込みしてくださる方々、しばらくこれで論争しましょう。 9条、是か非か。
2005.10.04
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「そんな事じゃないかと思った。」 と黒沢さんがいうと、ロレヤルは体制を立て直して言い返した。「ああ、そうだよ。あんな大飯喰らいの犬にやる餌なんかありませんよ。うちは黒沢さんのようなお大尽じゃありませんからね。」 ロレヤルの毛も逆立つ程の剣幕に黒沢さんも負けてはいない。「Bが何か悪い事をしましたか。お宅の役に充分たっているでしょう。番犬にもなるし、子供達の面倒も見るし、ちゃんと餌を上げて下さい。」「だから、家みたいな貧乏人にはあんな大きな犬は飼えないんですよ。子供達もね、あんな陰気な犬は嫌いだって言ってるんですよ。なあ、いっちゃん。」 奥に入りそびれていた娘に言った。娘はうなづいた。「うん、あたし、B、臭いから嫌い。」 臭いのも、汚いのも飼い主の手入れが悪いからに他ならない。邪魔になったからって餌をやらないことがあるだろうか。黒沢さんは怒りに体が震える。かけたくもないパーマをかけにきて、この有り様だ。「わかりました。私が餌を上げます。」「え、黒沢さんが餌をあげるって。」「ええ、ええ私が預かります。じゃ、これで」黒沢さんは首にかけられたビニールを引き剥がすと立ち上がった。「あら、パーマがまだ。」「もう、結構です」「でも、ブラシをかけたし。」とロレヤルが食い下がる。「お金は払います。はい、ブラシ代」 と財布からなにがしかの金を出すとロレヤルの手に握らせた。「Bは連れて帰りますからね。」 表に出ると店と隣の家の間の人が一人通れる程の幅の暗い路地を覗きこんだ。路地の幅一杯にBが横たわっていた。死んでいるようにぴくりともせずに横になっていた。「B、びー」と黒沢さんが声をかけるとむくりと首を起こした。Bはゆっくりと尻尾を左右に揺らした。愛想に振っているつもりなのだ。「B、こっちにおいで」 Bは繋がれていない。いつもこの路地に寝そべっている。からだをゆっくりと起こして、黒沢さんの方へ歩いてきた。体が少し揺れていた。「B、私の家においで、うちで暮らそう。」 Bは黒沢さんの言葉が分かったのか、差し出している黒沢さんの手をなめた。黒沢さんが立ち上がり、歩きだすとBは少し迷った風だったが、歩きだした。だが、少し立って黒沢さんが振り向くとBはロレヤルパーマ店を振り返っていた。誰かが出て来ないかと待っているようであった。黒沢さんは辛抱強く待った。パーマ店の中で人の動く気配がしていたが、誰も出て来なかった。そうしていると、兄の方が戻って来た。黒沢さんとBが立っているのを見て、少し驚いたようだったが、何も言わず、店の中に入っていった。それであきらめたのか、Bは黒沢さんの手をまた嘗めた。そして先に立って歩きだした。Bは黒沢さんの家を知っているのだろうか。しかし、少し行くと不安気に立ち止まり、黒沢さんの後ろについた。 店の中ではロレヤルの女主人がそっと外の様子を伺っていた。「やれやれ、やっと行ったね。ブラシ代とか言っていたけれど幾らくれたのかね。なんだい二百円かい。パーマ代貰えばよかったね。あたしも存外人がいいね。まあ、いいいか、やっかい払いしたんだから。」と横に立った息子に言った。「どうしたんだ。」「黒沢の婆あがBを飼うってさ。猫好きの物好き婆あが、犬も飼うってさ。」と笑った。「ふーん。」息子はそれ以上の感想も述べず、奥に入ろうとしていた。「ねえ、今度は小っちゃくて、毛の長い犬を飼おうか。白いのがいいかい。茶色の耳の垂れたのがいいかい。」「犬なんかもういらねえよ。ちっちゃいのはキャンキャンうるせえだけだぜ。」 息子の声の最後は奥からくぐもって聞こえてきた。 と、これは鍵辰が実はロレヤル本人から聞いた話であった。早速聞き込みに行って、伊勢屋にわざわざ知らせに来たのだった。伊勢屋は鍵辰の物好きと黒沢さんの動物好きにいたく感心した。 黒沢さんがBを家に連れていくと、今日は表に鍵をかけてついてこないようにした黒猫の菫が飛び出してきた。菫は大きな黒犬のBを見るとぎょっとしたように立ち止まった。Bは玄関の三和土に座りこんだ。すっかり疲れているようだった。黒沢さんは、この家唯一の贅沢品の電気冷蔵庫の中から、朝の牛乳を出すと大きな器に入れ、Bの横に置いた。黒沢さんは猫を飼いはじめてから牛乳を新鮮に保存するために贅沢とは思いながら、キャンプのPXに働いている近所の人に頼んでアメリカの電気冷蔵庫を買い求めたのだった。そんな贅沢な入れ物に仕舞っていた牛乳なのに、Bは一口嘗めただけだった。猫の菫がおそるおそる近寄って、器に首を差し入れるのを見つめていた。菫が牛乳を嘗めはじめても吠えもせず、菫の様子を見ていた。黒沢さんは牛乳の器をとりあげ鍋に写しかえた。子供が病気の時に作る、牛乳のパン粥にしてみようと思ったのだった。コッペパンをちぎり鍋に入れ、ゆるい火でとろとろ煮て、さましてからBにやってみた。今度は少し食べた。菫が又首をつっこもうとすると、すこし場所を譲り、二匹で食べ始めた。菫とBは古くからの友人のように見えた。
2005.10.04
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リタイアして家庭人になって早3月、時の経つのは、なんとも早いものです。職場の3月は長かったのに・・。やりたいことがいっぱいあるのに、動きは亀の足。思いだけ兎のように走って、今山の麓で待っている所です。行動が早くついていかないと思いは眠ってしまうかも・・。 時が経つのが早い原因は3度3度食事をつくるからかもしれない。家族構成員の人たちは時間が来ると飯が出ると思っている。汚れ物は置いておけが綺麗になると思っている。 まあ、手作りの食事は無駄がなく、インスタント食品が少なくなり健康にもいい。財布も楽になる。 料理は家事の中で好きなジャンルです。 最近はまっているマイブームは圧力鍋です。 ご飯も炊けば、豚肉の固まりも煮る、大根も手早く柔らかい。これは優れものです。 ご飯は火にかけてシューシュー音がしてきたら弱火にして7分、火を止めて15分から20分蒸らしてできあがり。 シューシュー音がするのがちょっと怖いけれど、美味しくできるので嬉しい。時間の節約、ガス代の節約です。【送料無料!即納OK!】ティファール圧力鍋 クリプソヌーボー 6.0L毎日のお料理をもっと楽しく簡単に♪炊く・蒸す・煮る・茹でる・炒め煮・解凍…1台6役!! 【アル...また、連載小説の「黒沢さんと・・」はあとでアップいたします。それと、いままで書きためたカケスのデパートをまとめてフリーページを立ち上げました。通して読んでください。創作のページ 童話
2005.10.04
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「Bが具合悪そうだけど病気かしら」 黒沢さんはパーマをかけたことがなかったが、思い切って店に入るとコールドパーマを頼んだ。チリチリにされると困ると思ったがBの事が気になってパーマをかける事にした。ロレヤルはとてもケチなのだ。突然犬の話をするとケンもホロロになりそうなので仕方がなかった。「ええ、Bですか。食がすっかり細くなってね、歳ですから」「幾つですか。」「もう十歳かしらね」「確かに少しお爺さんだけど」「いえ、お婆さんですよ」「あら、雌でしたか」「後ろを見ればわかりませんか。はは」とロレヤルは笑う。その笑い声が下品に聞こえる。黒沢さんは動物を飼ってはいるが、余所の犬の後ろを覗き込んで雄雌の判断はしたことはない。「獣医さんに見せたらどうでしょうか。」「まさか、お金がかかるでしょう。あんな犬に大金はかけられませんよ。歳だから仕方ないんですよ。」 その時、学校から娘が帰ってきた。『只今』も言わずにのそりと入って来て奥にひっこもうとすると、母親に呼び止められた。「いっちゃん。あんた、Bに餌やった。」いっちゃんと呼ばれた娘は口を尖らせて答えた。「母ちゃんがあんな犬に餌なんかやるこたあないっていっただろ。飢え死にさせちまえっていったじゃないか。」「馬鹿な事いうんじゃないよ。この子は。さっさと奥へお行き。」娘が口を尖らせたまま、奥に入っていくと同時に、黒沢さんは頭にブラシをかけているロレヤルの手を払いのけて勢いよく立ち上がった。ロレヤルは弾みで転びそうになった。「そんな事じゃないかと思った。」 ロレヤルは体制を立て直して言い返した。「ああ、そうだよ。あんな大飯喰らいの犬にやる餌なんかありませんよ。うちは黒沢さんのようなお大尽じゃありませんからね。」 ロレヤルの毛も逆立つ程の剣幕に黒沢さんも負けてはいない。「Bが何か悪い事をしましたか。お宅の役に充分たっているでしょう。番犬にもなるし、子供達の面倒も見るし、ちゃんと餌を上げて下さい。」「だから、家みたいな貧乏人にはあんな大きな犬は飼えないんですよ。子供達もね、あんな陰気な犬は嫌いだって言ってるんですよ。なあ、いっちゃん。」 奥に入りそびれていた娘に言った。娘はうなづいた。「うん、あたし、B、臭いから嫌い。」 臭いのも、汚いのも飼い主の手入れが悪いからに他ならない。邪魔になったからって餌をやらないことがあるだろうか。黒沢さんは怒りに体が震える。かけたくもないパーマをかけにきて、この有り様だ。「わかりました。私が餌を上げます。」「え、黒沢さんが餌をあげるって。」「ええ、ええ私が預かります。じゃ、これで」黒沢さんは首にかけられたビニールを引き剥がすと立ち上がった。「あら、パーマがまだ。」「もう、結構です」「でも、ブラシをかけたし。」とロレヤルが食い下がる。「お金は払います。はい、ブラシ代」 と財布からなにがしかの金を出すとロレヤルの手に握らせた。「Bは連れて帰りますからね。」
2005.10.03
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Bがのそりのそりと町の中を歩いていると人々は『又、兄妹を探しているのだ』と思い、良く出来た犬だと感心する。 そのBがパーマ屋から黒沢さんの家で暮らしている。もう二人の兄妹を探す事はしない。元の主従が町で出会った時、互いにどうするのだろうか。誰かがその様子を見ていたのだろうか。こんな話が囁かれてた。『パーマ屋の不良の二人がある所でBにあったんだけどさ。冷たい物だね。頭一つ撫でるじゃなく、知らぬ顔ですれ違ったってよ。』鍵辰なら、『人じゃないね。猫にも劣るね』と言いそうな話だ。『へえ、あんなに面倒見て貰ったのにね。』飼い犬が面倒見られるのではなく、飼い主が犬に面倒を見て貰っていたのだった。パーマ屋の仕事は忙しい。朝早くから夕方より夜まで客が居ることもある。母親らしい事はあまりできないだろう。子供達が幼い時、Bは二人の子守を一手に引き受けていた。特にきちんと躾けられた犬ではないのに、Bは自分の役目をしっかりと理解し、よく果していた。しかし、二人の子供達はというと、あまり良く育たなかった。犬が躾けたから悪いのではない。親のほうがパーマの技術はともかくとして、人間としての評判はあまり芳しくなかった。このBの一件で一家の評判は益々下がっていった。 昔の主従が出会ったその時もBは黒沢さんの行列のしんがりを勤めていた。目を合わすでもなく、逸らすでもなく、知らぬ顔で通り過ぎる昔の主人、いや、友人のように、兄弟のように育った二人の後ろ姿をBの方は立ち止まり、じっと見つめていたそうだ。黒沢さんと黒猫が遠く離れて行くのにも気づかず、ずっと見続けていた。だが、その時以降、Bも二人とすれ違っても、知らぬ人のようにしていた。黒沢さんはそのBの気持ちが分かるような気がした。Bは二人に怒っている訳ではない。飼い犬としての情が無くなった訳ではない。二人のBを厭う気持ちを思いやって知らぬ顔をしているんだろうと思った。黒沢さんも子供達の気持ちがわからない訳ではない。いつも犬に比べられいては堪らないだろう。しかし、本当に動物を可愛がっていれば、どんな不良でも犬に比べられて評判を落とすことはないだろう。結局Bを便利に思って利用していただけなのだ。大きくなった二人にもう子守はいらない。夜遊びが過ぎると迎えに来る犬は邪魔になるだけだった。子供達が犬を可愛がらなくなると、陰では因業婆あと呼ばれているロレヤルパーマの女主人は犬が邪魔に思えてきた。だいいち、パーマは綺麗が売り物の商売だ。真っ黒い汚い犬がのっそりと店の回りや中にいるのはよくない。きっと、保健所も衛生的じゃないというだろう。というのがBを疎ましく重う表向きの理由だが、実はパーマ屋の女主人は、近頃流行りの茶色の毛の耳の長い愛くるしい犬を飼いたいと思っていた。映画の主役にもなっている犬でたしかコッカスパニエルといったっけ。Bが嫌だと思うと何もかも嫌になる。『でかいし、汚いし、臭い。その上、大食らいと来ている。』嫌だと思いだすと何もかも嫌になってくる。一日二回上げていた餌を一回にした。それも量が少ない。いわゆる未必の故意の殺意ともいえる。余り食べさせて貰えないために、日々弱っていくBを黒沢さんは心配した。思い切って、ロレヤルパーマに黒沢さんは出向いた。 「Bが具合悪そうだけど病気かしら」 黒沢さんはパーマをかけたことがなかったが、思い切って店に入るとコールドパーマを頼んだ。チリチリにされると困ると思ったがBの事が気になってパーマをかける事にした。ロレヤルはとてもケチなのだ。突然犬の話をするとケンもホロロになりそうなので仕方がなかった。
2005.10.02
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大きな黒犬の名はB。英語で読むのか、カタカナか、黒犬のブラックの頭文字Bなのか。大きいので、ビッグのビーか。町の誰もが『ビー』と親しみを込めて呼ぶ。見た目は怖いが、おとなしい。その上頭がいい。飼い主のパーマ屋ロレヤルの二人の子供の面倒を良く見る。子供達の帰りが遅いと、親の代わりに探して歩く。子供達のよりそうな所を覗いて歩く。 例えば春風書房。近頃東京中に流行している貸本店である。伊勢屋の向かいの二軒右側の五坪程の店だ。店の両側の壁は書棚が天井まで届き、片側には溢れる程の上製本の漫画本がひらがなが多い赤字の書名の背表紙を揃えて詰まっている。もう片側は読み物の単行本がやはり溢れるほど詰まっている。中央の平棚には雑誌類が子供の物も婦人雑誌も大人達が夜密かに広げて楽しむ類の物も並べてある。客達は何冊か立ち読みすると一、二冊借りてゆく。子供達は乏しい小遣いなので、マンガ本を借りるには買い食いを辛抱しなければならない。勢い立ち読みだけですます事が多くなる。 パーマ屋の二人の兄妹もやってきては何時間も立ち読みですましてしまう。『立ち読みはダメだよ。借りて読みなさい』と店の親父が注意すると、『フン』と舌打ちして立ち去る。物足りない時は名画座のすぐ横に出している春風書房の支店に現れる。又散々読み散らかし、そこで働いている恩田郁子に再び注意されるのだが、二人は又『フン』と舌打ちして立ち去るだけだ。そしてまた次の日、知らぬ顔でやってきて立ち読みを繰り返す。 夜遅くまで粘っていると、ビーがやってくる。ビーはまず春風書房の本店のガラス戸の前に立つ。物問いたげに帳場に座っている店主の顔を見つめる。帳場から店主が立ち上がり、ガラス戸を開ける。Bは中に首を差し入れ、マンガの棚の方を見る。二人がいるとワンと一声吠える。『うるせえなあ』という目つきで二人はBを見るが、Bはいつまでもそこにいる。遠くの町からやってきてBに慣れていない客は黒い大きな犬に怖じ気づく。それで店の者から『Bが迎えに来てるから、早く帰りなさい。』と促され、二人は渋々Bと一緒に帰っていく。二人が店にいない時、Bが来ると、店の者は『今日は来ていないよ』と直ぐに声をかける。Bはのっそりとガラス戸から立ち去っていく。決して招き入れられないのに、ガラス戸の中に入って来ようとはしない。夏、戸が開け放してあっても敷居を越える事はしない。ぐるぐると首を回して店の中を覗き、兄妹がいないのを確かめるとのそっと帰っていく。
2005.10.01
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