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先ほど、夕食のあと、大晦日の町に出かけました。私の町には有名なお寺があります。全国区になった高岩寺です。お地蔵さんで有名なお寺です。今日の12時になると、除夜の鐘が鳴り響きます。実際はかすかに聞こえてくるのですが・・もう1つ、近所にお寺があります。遠山の金さんのお墓があるお寺です。そこからも除夜の鐘が聞こえてきます。するとお地蔵さんには近隣の人達が初詣に三々五々集まってきます。境内には動けないほどの人でにぎわいます。狭いからです。今はまだ人も少なく、屋台は準備中だったり、一晩中起きて商売をするので腹ごしらえをしている人たちぐらいしかいません。実は元日の昼は静かで、あまり人出がありません。この夜の初詣が一番の人出でまるでお祭りのようです。写真は嵐の前の静けさのお地蔵さんの景色です。
2005.12.31
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一応主婦もしていますので、昨日から、いや数日前からおせち料理を作っていました。といっても、田作、黒豆、ですが、あとはこれからお煮染めを作る予定です。ウィングスティックと大根の酢っぱ煮、煮卵を昨夜から煮込んで、今日は美味しくなりました。ということで、今日はちょっと疲れ気味です。犬でもみて和んでいただけますか。また夜にでも書き込めたらと思います。
2005.12.31
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3年前の正月に、主人の実家で葬式があり、出かけました。正月にはよく葬式があります。 何十年も前ですが、隣のおじさんが正月の3日になくなりました。寒い中の葬式でした。隣のおばさんは吉○小百合さんのいとこです。葬式には小百合さんがいらっしゃるかな・・と不謹慎にも期待しましたが、いらしたのはお母さんでした。お母さんもさぞ若いときは美人だろうと思える人でした。 そういえばあの年は近所で3回も葬式がありました。葬式の旅に次は俺だ、とつぶやいていた裏のお爺さんは生き延びました。 3年前は葬式だらけにはなりませんでした。 しかし、ああ、正月だ・・という気持ちは吹っ飛んでしまいますね。 写真は主人の実家の裏山で撮った写真です。 道祖神に趣味のある人はここはどこだろう、と思われるでしょう。 知っている人はああ、あれだ・・と思われるでしょうね。 場所は秘密です。とにかく民家のすぐそばで、生活の場ですから。 けっこう、人がきて写真をとったり、拓本をしたりしているようです。 土地の人はなんでこんな物の写真を撮るのだろうと不思議に思っているようです。写真をよく見ると、拓本をとった後があります。墨や絵の具は拭き取ってほしいものです。
2005.12.30
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暮れも押し詰まってきました。 このシリーズを目当てに訪問してくださる方々にお伝えします。 「認知症とつきあう」シリーズもいつのまにか56回となりました。 明日から正月5日まで認知症とつきあうは休ませていただきます。 今までとおり1日1回、日記はつけていくつもりです。 思いつき日記にする予定です。 申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。 さて、前にも申し上げましたが、認知症であろうと、なかろうと、高齢者であろうと、なかろうと暮れ正月は誰にでもやってきます。 暮れ正月に休みたいのは私たち働く者たちです。 様々な正月があります。 普段一人暮らしで寂しくしている方も子供たちの家に呼ばれて、家族水入らずで暮らす方。 子供一家が訪れて、賑やかに過ごす方。 反対に家族が親を家において旅行に行ってしまうお宅 そして、誰も来ない・・ 一人の正月。 一人暮らしの認知症の方もいます。 困りますのは、お金がないことです。 いえ、いえ、貧しいからではありません。お金を降ろしにいけないからです。 ヘルパーさんに銀行で降ろしてきて・・ と頼まれるのですが、ヘルパー、ケアマネはカードや通帳、印鑑を預かることができません。また預かりたくありません。なぜなら、通帳の残高が足りないと、ヘルパーが勝手に降ろした、盗られたなどと言われかねないからです。 とてもよい方で人を疑わない人でも、周りの人からそのように、言われかねないからです。いろいろな事件がありましたから・・、それはまた別の機会に申し上げますが・・ ある方ですが、暮れに来て、お金がない。無くても数日は暮らせますが、食道楽で食べたいものが変えないのは、辛いものです。ましてや正月。困ったあげく、その方はとうとう、マンションの隣の方に1万円借りてしまいました。ところが今度はそのお金を返さなくては・・ と悩みます。 ヘルパーと一緒に銀行に行ってもらえば、窓口でおろせます。本人の機嫌がよく、天気がよく、風も吹かす、暖かい日に、一緒に銀行にいきましょう、と思いましたら、通帳も印鑑も見あたりません。 などということを繰り返します。やっと通帳と印鑑をヘルパーが見つけました。まず、本人の気づかない所に隠します。なぜなら、本人がみつけますと、また自分も判らないところにしまい込むからです。 ケアマネがそっとその通帳をもって銀行にいき、溜まっていたマンションの管理費を支払います。実は訴訟も辞さないなどという手紙が管理業者から来ていたからです。自動引き落としにしたいのですが、本人が今日は寒いとか言いだし、外にでようとしません。手続きができないまま、今日にいたりました。 次に隣の人に1万円を返します。これからはケアマネの方に言うようにと伝えてくださいと渡しながら伝えます。 そしていくらかの現金をそっと部屋のそこここに隠しておきます。 またお金がなくなり、正月も越せないわ。。などと愚痴を言い出すはずです。そんなときは、かくしておいた1万円札を引き出し、あらこんな所にお金が・・と言って見せてから、買い物にいくようにと、ヘルパーに指示をだしておきます。 この方は一人暮らしです。お金の管理ができません。かなりの財産を持っているのですが、この先どうしたらよいか。通帳も印鑑も見つけなければ、本人が行かなくてはお金をおろせないのです。カードをあっても暗証番号を覚えることができませんし、他人に教えるわけにはいかないのです。 というとき、どうしたらよいか、地方自治体ではそうしたお金を降ろすとか、支払いをするとかを代行してくれるサービスがあります。 成年後見人という制度もありますが、これは禁治産人一歩手前の人が受けるサービスです。 それは、まだ余裕のある人が受けるサービスです。そのサービスを受けようとケアマネは自治体に申請をだしました。主に社協が行うサービスですが、本人と面接を受けた結果、本人が一人で出来ると拒否したため、受けられませんでした。 あきれます。みれば認知症が進んでいることはわかるはず。確かにその場その場の話は通じます。しかし、ほんの少し前のことは忘れています。なぜ判らないのか。。 とあきれますが、誰も責任を負うことはしたくないのです。 認知症になって、家族がいない。家族に見捨てられている。。 などの事情がある人は行政の狭間にすてられていくのでしょうか。
2005.12.29
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実はまぐまぐで発行中のメルマガ「心の操舵室/幸せの航路」(http://www.mag2.com./m/0000177239.html)にダイエットについて連載しています。 ダイエットについてたいした知識もありませんし、私自身人に偉そうに言える体型ではありません。それでも、この話題を取り上げているのは、必要以上にやせたいと思い、過食、拒食、無理なダイエットで体をこわす女性が多いことは大きな問題だからです。このような方は心の悩みを抱えています。また、若い間からある程度の体重管理をすることは生活習慣病を予防し、よりよい老後が過ごせると思ったからです。 ケアマネとして関わった人たちには糖尿病の方が多く、糖尿病患者を減らすことができれば医療費も、介護保険費用もぐんと節約できるのでは・・と感じています。女性は閉経後、血中血糖値も、総コレステロール値、中性脂肪などの値が高くなりがちです。その上カルシウム分は減り、骨密度が下がってきます。これも女性ホルモン分泌量の低下によるかもしれません。しかし、糖尿病の方、遺伝性ではなく生活習慣病としての糖尿病は閉経後からではなく、もう何十年の歴史を持っている人が多い。やはり若いときは体も丈夫で多少の不摂生や不健康を跳ね返す生きる力があるのでは、と思うのです。 若いうちに肥満に注意し、様々な検査値に注意を払うことが、老いて介護の世話にならずに済むかもしれません。 糖尿病の人はどういうものか食べることに意識が集中しがちです。意志が弱いというのか、やはり脳や肥満細胞などに何かしらの異変が起こっているのではないでしょうか。DNAに飢餓体験の刷り込みがあるかもしれないですね。 糖尿病になると、脳梗塞を起こしやすく、脳血管性の認知症になるリスクは高まります。 若いときには社長としてバリバリ働いていた女性がいました。甘い物が好きで糖尿病になり、腎臓も悪くなり、認知症の症状が出て、ホームに入所することになりました。 お金のある人なので、いつのまにか寝室にチョコレートを1箱持ち込み、それをあっという間に食べてしまいます。置いておくとか、少しずつ楽しみに食べるということができません。人の目を盗み、あっという間になくなってしまいます。 日本人は主に草食動物といってよい食生活を何百年も続けてきました。それが戦後食生活が欧米化した結果、成人病がぐんと増えたということができます。 チョコレートを丸々一箱食べられるなんて夢の時代がありました。今、それが経済的に可能になったのに、食べれば体に良くない。1粒ならポリフェノールが豊富で体にいい食べ物ですが、1箱食べてしまうと糖尿病の人には毒になってしまいます。 この場合のケアプランには食生活の管理、教育などが盛り込まれます。ヘルパー、看護師、往診の家庭医、などが連絡を密にして、何をどのくらいたべているかを把握し、食べ過ぎるときは家族の承諾を得て見えないところにしまうなどの工夫をしています。 なるべく早い時期に介入したいものです。本来介入と言う言葉は使ってはいけないのですが、命に関わる病気なので、言葉がきつくなってしまうのです。一度担当した方が亡くなることはとても切ない物があります。
2005.12.28
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52回を2回書いてしまいました。今回は54回になります。昨日の続きです。が、年末から暮れにかけて縁起がわるいかもしれない。というケースでした。書き始めてしまいましたので、ご容赦ください。「門松は冥土の旅の一里塚(一休禅師)」ますます縁起悪いですか・・。 生きていると云うことは辛いことです。死に向かってアンダンテカンタビーレどころかフォクッストロットで走る抜けるようにして生きてしまう人がいます。好きなものを食べ、好きなように生きて、心臓が悪いことも、血糖値が高いこともGNPが高いことも気にしないできて、最後に走り抜けて行くところに、ちょっとだけ関わったのが介護保険での私でした。 彼女は立つことは辛い。本当に立ち上がるまで数分かかります。寝ると胸が体重で抑えられて息が辛い。横にもならず、立つことも出来ず、で介護度は要支援です。 認知症はありません。居住しているところが4階ですが、エレベーターはありません。外階段で上がります。普段は買い物にもいきません。ほしい物は配達。知人の援助で暮らして来ました。病院に行くときだけ降りてきます。問題は病院の帰りです。外階段を4階まで上がります。 なぜ要支援かというと、体重は肢体不自由の範疇ではありません。這いずって上がろうと4階までいけるのだから、要支援です。 本人の問題点は生活習慣の改善です。しかし、自分らしく生きるということは、死に至る生活習慣であろうと、他人が無理矢理に治すことはできないのです。月に1回保健師さんが訪問相談はできるでしょうが、本人に認知症がないと拒否され、訪問しづらくなります。 私が折に触れ、食生活の改善について軌道修正をはかるようにしようと思っていました。 介護保険で外階段に手すりをつけました。介護保険ではまかないきれませんでした。 結論を先に書きます。その後、すぐに緊急入院になり、そのまま帰らぬ人となりました。 介護保険の介入が遅すぎたのです。もう1年早ければ、いいえ、半年でも・・ 早ければ、少しづつ食生活の改善へともっていけたのに・・ 低カロリーの配食サービスも始まって1月ほどでした。治療食へと移行していこうと思っていたのに・・ 早すぎる別れでした。 このように、いくらいっても食生活など生活習慣を変えない人は一種の虐待ということになります。生きることをないがしろにしているわけです。 太りすぎているのに、食生活を改善出来ない人は自己管理出来ない人、意志が弱い人として、一時期アメリカでは軽蔑され、会社を馘になったりしていました。 今は意志が弱いとはいわないそうです。 細胞のDNAが体に脂肪や糖分を貯蓄しようと画策しているかららしい。 と言われています。 しかし、糖尿病であれば、糖分や塩分は控えなくてはならず、カロリー制限をしていればいいということではありません。 というか、なまじカロリーを少なくしているから細胞が甘い物を求めたり、味の濃いもので満腹中枢での満足感を得ようとしているのかもしれません。 やはり、この方の場合は医療面からの強い指導と管理が必要であったと考えられます。 助けられなかった思いが強く残り、悲しく残念な気持ちでいっぱいです。
2005.12.27
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助けたい、何とかして長生きしてもらいたいと願っても、所詮、他人。深く介入することは憚れます。助け切れなかった思いはいつもつきまといます。 私自身、人のことは言えないのですが、過体重の老婦人によく出会います。気になるのは健康状態です。 女性は閉経後、太りやすくなります。更年期障害治療に女性ホルモンを投与するとやはり副作用で太りやすくなります。 女性には腎臓の弱い人が多いのでは。。たとえば排尿を我慢していると膀胱が悪くなり、腎臓にも影響がきます。妊娠中毒症になった方は腎臓病に注意してください。腎性高血圧にもなりやすい。というか生活習慣病として必ず高血圧になると思ってください。 腎性高血圧はむくみやすく体重も増えやすく、心臓に負担がかかり、心不全、心肥大になる傾向が強くなります。 あるご婦人は上記の症状が絵に描いたようでした。糖尿病で心臓も悪く、家の中も伝って歩くのがやっと。家に座りっぱなしでますます体重が増えていきます。そのうえ食事は好きな物ばかり、砂糖入りの缶コーヒーやどん○えが大好き。 まず配食サービスで低カロリー食をとることにしました。 室内はむろんかたづいていません。机の上にはなにやらわからない食品の山、座っている周りには荷物が山積み。 その上、大きな犬が2匹と大きな猫がこたつの中に寝そべっています。 大きな犬1匹は人懐っこく飛びついて顔をなめまわし、頭の上にまでのりかかってきます。もう1匹は人見知りで吠え、噛みつくとのこと。人が来るときは口輪をはめられています。犬2匹がまとわりつくので話ができません。 お風呂は24時間風呂です。え、レジオネラ菌は? とお聞きすると、これは大丈夫と営業員の人がいったとか。でも床はヌルヌルだといっているし。 そうですか。じゃあ浴槽はお湯を抜くときにでも掃除するとして・・、床がヌルヌルしてる・・ 床だけでも掃除しましょう。 まず掃除をしなくては・・ と暮れに私と契約をいたしました。 では、また次回に・・
2005.12.26
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わたしの町には怪人が沢山いらっしゃいます。地○通りを闊歩しています。わたしは巣○の怪人たちとお呼びしています。今日はこの方にお会いしました。初めてお会いしました。よそのお国ではバッドサンタが暴れているようですね。この方はグットサンタでしょうか。プレゼントを頭にのせて歩いています。子供達はこの方を見て、本当にサンタはいるんだ! と信じてくれるでしょうか。
2005.12.25
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介護業界には盆も正月もありません。 こういってはいけませんが、相手は生き物です。酪農業と同じです。 不謹慎と云われるでしょうが、そうでもいわないと、このクリスマス、正月の時期、休みがとれない悔しさは解消しません。 なんて、私はいまリタイア中ですが。で、たっぷりの冬休み、えー、夏休みからつながった冬休みです。すみません。 基本的にこの業界では休みは決められた月8回の休みか、4週8休の休みしかとれないのが一般的です。有給をうまく利用して休みをとるしかありません。 当然ですよね。介護をされているご家族は365日24時間お休みなしです。お仕事をしている方はせっかくの正月休みも介護で1日中ということになります。 介護保険施行の年のことです。いわゆる福祉が役所下げ渡しの措置の時代は多分夏休みとか正月休みとかで、ヘルパーさんが休みを取っていたのでしょうか。その年は介護サービスを受けている方の方から夏休みの指定をよくいただきました。(今はヘルパーさんが家族旅行などをするため手薄になるので、こちらから休ませてほしい、と家事援助主流の方の所へお願いしています。基本的に介護サービスに休みはありません) そんなある日のこと、おむつ交換と食事介助のサービスが入っているご婦人の夫から、3日ほど自分が介護するからヘルパーは休みをとっていいとの電話をいただきました。 このご夫人はヘルパーに掴みかかったり、罵声を浴びせたりします。 ある時は頬をひっかかれてしまいました。汚物いじり(おむつの中に手を入れる)をしているので、指には汚物がつまっていたりします。その指に引っかかれて傷を負ったら化膿など様々心配です。それで、口答え一つせず親身に介護をしていたヘルパーも、とうとう、言い返しました。 「不細工な顔に傷がついたら、今でもないのに、ますます嫁にいけなくなります。」 それから、ひっかくことはしなくなったそうです。 まあ、問題児の方なので、正直こちらも数日休みをいただけてよかった。と思ってしまいました。 しかし、夫(かなりの高齢者)が食事介助をして口に食べ物を運んであげてましたが、喉につまらせてしまい、亡くなったとの連絡を夏休み明けにいただきました。 素人の介護は難しいものです。一番気をつけなくてはいけないのは、この喉にむせるということでしょうか。しかし、暴力や悪態をつくほど元気だった方なのに・・ と考えさせられました。 喉に食事を詰まらせて亡くなるケースは多く、2、3年ほど前でしたか、ヘルパーが食事介助をしていて、喉に詰まらせて被介護者を死なせてしまった事件がありました。このとき、死なせたヘルパーではなく、ケアプランを作ったケアマネが訴えられることになりました。 ケアプランにきちんと「むせやすい」「呑み込みにくい」「嚥下困難」と書いていなかったという点が訴訟の対象になったとのことです。 まあ、先の夫が・・というケースは私の担当の方ではありませんでしたが・・。
2005.12.24
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どんなにお金があっても、どんなに頭がよくても、美人でも、ハンサムでも、老いは公平にやってきます。 お金があれば幸せな老後だと思われるでしょう。私もそう思っています。 でも、そうでもない・・かもしれない。と考えることがあります。 泊まり込みのヘルパーさんが付きっきりで介護しているお宅があります。ヘルパーさんは要介護者を介護する仕事ですので、そのお宅の奥様がヘルパーさんのお世話(食事、掃除)をしています。なんだか変だと奥様も云っていますが、そのパターンでリズムがついてしまっているので容易に変えることができません。 雅な家系のお宅がありました。ご本人は認知症の真実の口の持ち主です。 初めての訪問で「あんた、結婚してるの?」「はい。いちおう」「ふーん、それで仕事をしているわけね」「はい」「生活のために働きに出たのね」「は。はい。」「ふーん、がんばりなさい」「はい、つとめさせていただきます。」雅な家系にしては言葉がぞんざいです。案外そんな物かもしれません。「デイサービスはいかがですか。」「ふん、たいしたことないわよ。」「そうですか。もう1日、増やしませんか」「あんた、バカね。毎日来てる奴もいるけど・・」「そうですか」「何度もあんな所に行く奴は貧乏人よ。庶民の集まりだね。」「そんなものですか・・」デイサービスでは大変な才能を発揮しています。絵を描かせればうまい。細工物も芸術的です。「これ、お上手ですね。若いときからなさっていたのですか?」「えー、そんなのやったことないよ。」 といいながらも、ほめられて悪い気はしません。それで週2回はデイサービスに行っていただいています。 確かにお金があるときれいな家に住み、家政婦にかしづかれ、生活の心配もいりません。でも公平に老いは忍び寄り、認知症はまったなしにやってきます。お金を積んで高価な薬を飲んでも実際は気休め程度のものです。 医学は進んでいますから、認知症を改善する治療法は確立するでしょう。 誰もが公平にその治療を受けられるよう願っています。
2005.12.23
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そろそろクリスマスです。 高齢者の方々は幼い頃からクリスマスを楽しまれていたかはわかりません。きっと戦後の習慣ですね。終戦5年、10年たつと、日本は明るいイルミネーションに飾られたクリスマスのお祝いをするようになりました。 私の両親も娘のためにとクリスマスケーキを買ってきてくれました。思い出として残っているのは7、8歳以降の頃ではないかと思います。 当時は生クリームではなく、バタークリームのデコレーションケーキでした。本物のバターなんでしょうか。当時はやっていた鯨油マーガリンで作ったものでしょうか。 私は気持ち悪く吐き気がしそうでした。 しかし、嫌いだというと、2度と買ってもらえないだろうと、辛い思いで飲み込みました。豊かになってきたとはいえ、飢餓感がDNAに植え込まれているので、マズイものも拒否できませんでした。 今の子供なら決して食べようとはしないでしょう。 もっともまずいと思ったのは私だけかもしれませんが・・ 私が働いていた施設でもクリスマスは楽しいイベントとして、趣向をこらしていました。お金があれば芸能人を呼んだり、できるのでしょうが・・有料老人ホームといってもなかなかに経費がかけられません。 ある年のことです。私は転職を決意していました。数施設のケアマネを兼任していましたので、そのうちのあるホームに訪問したときのことです。ちょうどクリスマスパーティの日でした。 私は職を引くとき、会社を辞めるとは云いません。高齢者にとって別れは悲しいものだろうと思います。なじみの人が辞めるというのはきっと悲しいのではないか・・。またよく人の変わる職場は利用者に不安を与えます。 しかし、どんな職場であろうと、介護業界は1年から2年、3年ぐらいで人は変わっていきます。平均は1年半という話もあるほどです。流動性があるので、変わっていった先で、どこかで一緒に働いた人に出会うことは珍しくありません。狭い業界でもあります。話がそれました。 着いたらちょうどパーティーが始まるところでした。料理得意な職員が厨房を手伝いご馳走を並べ、ツリーを飾り、歌を歌っているところでした。ちょっとイケメンの男性職員が蝶ネクタイをつけ、ドレス姿の女性職員とワルツを披露し、やんやの喝采をうけました。 最後にスパークリングワインをグラスに注ぎ乾杯です。 そのとき、入居者の皆様一人一人とグラスを丁寧に合わせ、心の中でさようならをいいました。 このホームが開いたときから関わってきました。 入居したばかりの時はいつも泣いてばかりいた人。 私を男性だと思いこんで、私を好きになってしまったご婦人(女性と判ってからは冷たいです)。 私を時にトイレさん(トイレがいつもとても気になっているので)と呼んでしまういつもニコニコしているおばあさん。 ご夫婦で入居された方。食べることが大好きなかた。 リウマチなのに辛さを訴えず、なるべく自分で移動しようとされるおばあさん。 90歳を超えているのに、俳句がとても上手で手芸得意の方。etc.etc.・・ みんなみんな、明るく笑っていました。 さようならとは言えませんでした。 心に残るクリスマスでした。
2005.12.22
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認知症のお年寄りは可愛いものです。思い違い、娘返り、真実の口、徘徊、いろいろあって、回りの人間は振り回されます。しかし、嘘はつきません。自分の思い通りに人を動かそうとはしません。 沢山のお年寄りと会ってきましたが、認知症ではない高齢者の方が困りものだったような気がします。 一番困るのが、介護保険のサービスを安く使える家政婦紹介所のように思っている人です。これが意外と多い。介護保険をパンクさせるのは、誰にでも一律のサービスが受けられることではないでしょうか。措置の時代(役所から下げ渡しの福祉サービスの時代)は申請により、福祉サービスが必要か審査し、必要な分量を福祉事務所などから受けられました。その時はサービスは上限はないに等しく、必要なだけ、ほとんど無償でした。むろん下げ渡しには功罪半ばするでしょう。が、介護保険になってからは介護度があれば、自分で出来ることもヘルパーさんにしてもらうようになります。 これから(来年度)は家事援助は大幅に減らされるでしょう。 自分で出来ることは自分で・・ これが介護保険の基本です。 本当はデイサービスなどに出かけてもらいたいのに、気むずかしいので、拒否します。そして掃除をさせ、買い物をさせ、食事を作らせ、下手だの、まずいのと・・、陰で悪口をいいます。 介護保険のヘルパーは家庭の主婦が資格を取り自分で出来る範囲で高齢者のお世話をしたい。介護の技術を身につけて、家族のためにも役立てたい、という方が一般てきです。 こう言っては何ですが、プロの家政婦ではありません。 娘が嫁が訪れて食事を作る、掃除をする。家事をする。寝たきりの人のおむつを取り替える。ふつうの人がふつうにする介護です。 それを、お金を出している(介護保険の1割負担です)のだから、自分のいう通りに何でもやらなくてはいけない。と考える人、こうした人はケアマネとして困ります。ケアマネは家政婦紹介所の元締めではありません。 できないことを出来ないと言って、あのケアマネは高圧的だと言われ、解任されたことがあります。 たぶん相性も良くなかったのでしょうが・・、実際は私の前任者が独立しケアマネの事業所を開いたのですが、元の依頼者を自分のところへ連れ戻そうとして画策していたのが本当のところです。 私は仕事を移るとき、担当していた人を連れ回すようなことはしません。 人によって、事業所によってケアプランは変わります。一人だけの考えでは色々なサービスについて思い当たりません。人によって得意分野もあり、新しい道が開かれることもあります。 私の考えや方針が必ず正しいとは思っていません。ケアマネはどうしても個人プレーに陥りがちです。相談されればいろいろ助言はしますが、時間的に追われていると、なかなかうまく行かない物です。 どんなにいいケアマネでもあの人は・・、と辛い評価を受けています。 いいケアマネの基準がそれぞれ違うので当然です。 介護保険を便利に上手に利用する人がいるから、介護保険は変わってきます。サービスは減っていきます。必要な人に十分なサービスを・・にはなかなか変化していきません。 今日は愚痴です。すみません。
2005.12.21
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介護を人一倍行い、人一倍努力し、人一倍被介護者を思っているのは家族です。 家族には、妻、娘、嫁、夫、息子、姪、甥の嫁、未婚の配偶者、と様々あります。それぞれの立場でそれぞれの環境でご苦労されていることと存じます。 また、人によって介護に対する考え方、被介護者に対する考え方が違っていますので、ケアマネとして、これが正解というケアプランはなかなか作れません。介護保険発足当時は出来るだけのプランを組むことがよいケアプランのように思われていました。今は、何もしないというプランも時によりよいプランと言われます。 さて、家族でなくとも、ヘルパー、ケアマネ、施設の介護職員、看護師、など関わる人たちは自然自然、対象者へ思い入れが出てきます。 沢山の対象者がいらっしゃるので、私たちは特定の人にだけ思い入れを強くすることは許されません。 例えを同じにしてはいけないでしょうが、数人の子供を持つ親は誰か一人だけを愛するわけではなく、全ての子に同じ愛情を注いでいつはずです。私たちも特定の誰かにとくに思い入れを強くすることないよう常に心がけています。しかし、そのような態度は時に冷たく見えたり、おざなりに見えたりするかもしれません。冷たいケアマネはやはりよくない。 私は対象者やその家族と接するとき、常に100%で接していたつもりです。というより、対象者の方や家族を前にすると相手のことだけ考えるようになってしまうからです。 それで、相手の方は私を自分だけのケアマネと思っているようです。会社に電話をかけてきて席にいないと、初めて、ほかにも担当の人がいて、今はその人にかかり切っているのだと感じます。 感じることですが、私は所詮他人です。被介護者に熱く接する人は介護をしている家族です。愛のある家族に囲まれている高齢者は幸せだと思います。どんなに私が一生懸命よかれと活動しても、愛する家族の優しい一言に負けてしまうものです。 本日は一貫した内容になっていませんが、私の書きたいことは、自分の出来る範囲の心を込めた介護に足りないということはありません。愛する気持ちがある介護は多少つたなくとも、伝わります。 今辛い思いをしていたり、もう前に進めないと感じている方、またこれでいいのか、と自問自答したり、後ろめたく思う方、どうぞそれでいいのです。 あなたのとっての100%であれば、いいえ100%出し切ると、どこかで金属疲労のようなことを起こします。食事も腹八分、というじゃないですか。 力を出し切ることがいい介護ではありません。疲れ切らないように・・ たとえば、痛い時に痛いと声を出していうと、ほんの少しでも痛みは和らぐものです。 辛いときに愚痴をいったりしてもいい。誰かにこんなに大変だと、訴えてもいい。少しでも心が軽くなるように。。被介護者にとって、介護してくれる方の心身の健康が一番大事です。どうか頑張らずに・・、腹八分で・・ もし、愚痴をこぼしたいときはどうぞ私に・・ 聞くことだけはできると思います。
2005.12.20
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ある日、仕事上関係のある病院の婦長(師長)から電話がありました。数日後退院するご婦人のケアマネを引き受けてほしいというのです。 こういう電話はよくかかってきます。急性、もしくは慢性で入院している患者を何らかの理由で退院させたいとき、在宅での受け皿がないと家族も不安がるし、追い出したいようでまずいからでしょう。 婦長さんは、引き受けないと、こちら(私)の方が悪いというような口ぶりです。大病院の婦長さんにはそういうタイプ(高圧的)の方が多いです。 介護保険が利用できないと、退院させられないような言い方でした。それなら入院させていればいいのに・・ 私もそのとき、いろいろな問題を抱えていたので、どうしようかと思いましたが、ケアマネjr.が私の助手のようにしてくれていたので、私も手伝うからということでjr.に担当してもらうことにしました。 娘さんから連絡をいただきました。もう明日退院するということで、ご自宅でご家族、ご本人と私とjr.とでお会いすることになりました。 ご婦人は脳梗塞での入院でした。しかし1ヶ月も入院していません。そんなに早く退院させても良いのだろうか。と思いながらの面談です。 お会いすると、ご婦人は自分から玄関に出迎えてくれました。よくみると顔に痣があります。それはベッドから落ちて顔面を強打したとのこと。「痛いでしょう。」と聞くと、「いや、それほどでも。」とお答えになります。 ご家族からお話を聞くと退院させられた理由がわかりました。ベッドから落ちて危険なこと。病棟内を徘徊したり、病室の壁をはがそうとしたからです。本人は入院していることを忘れているようです。家のキッチンにいるつもりで、そこのお宅のキッチンには壁にはめ込みの収納庫があるので、病室の壁がその収納庫だと思ってしまったらしいのです。 お話している間もキッチンが気に掛かるのか、立ち上がろうとします。歩行能力はまったく落ちていないので、すいすいと歩き出します。 しかしご様子はおかしい。表情も目の焦点もおかしく見えます。それでご家族に脳梗塞の治療は十分なのですか、とお聞きすると、点滴の針も外すので、完全に治療はすんでいないとのこと。それで退院ですか、とお聞きすると、これからは週1回の通院で、と言われたとのこと。 ご婦人をみていると、体に大きな後遺症は見られないし、話は時々伝わることは伝わるります。しかし、自分が病気に罹ったという認識はまるでありません。とにかくじっとしていることができないようで、目が離せず危険な状態でした。 しかし、これでは介護度がどのように出るかわかりません。今の状態では重い介護度はでないでしょう。介護度がはっきりしたら、その介護度でどのようなサービスがいいか、ご相談しましょうということになりました。 現在家政婦さんが入っていらっしゃるので、ヘルパーさんをいれることはできません。ヘルパーさんは24時間介護することはできないので、家政婦さんに頼まれるのがいいでしょう。訪問看護は点数が高いのと病院からの指示がないので、介護度が出てから考えても遅くないだろう。ですから週1回の通院はかかさないでください。とお話ししました。 ご婦人の話は瞬間のことにきちんと答えられるが、順を追って話すことができない。そして突然私たちの会話の中に入ってくるが、難しい哲学的なことを話し出す。目が点になるようでした。しかし意味不明で何をいいたいのか判りません。 昔から難解で理論的な話し方をする方だったらしい。高学歴の方なので、発病する前は頭脳明晰で、家族は何の心配もなく日々を暮らしていたのです。発病が本人を含めた一家に波乱を起こしました。 そのお宅を辞する際、ご家族に再発の畏れがあることをお伝えしました。このことははっきり伝えなくてはなりません。再発作も近々であろうと思われました。私は医師ではありませんから、診断をしてはいけません。しかし危険であることは見てとれます。医師は、知っていて退院させたのです。なぜ、病院は治さなくてはいけない病人まで家に帰すのか、別の機会にお話したいと思います。 脳梗塞の病状が落ち着いていないのが見てとれたのです。この状態で退院させるなんて、病人をなんと思っているのだろう。と心の中では病院への怒りがあふれていました。 とにかく少しでも様子がおかしいと思ったら、遠慮なく救急車で再入院することを、くれぐれもお話して帰ってきました。 その後、すぐに再度倒れ、入院することになりました。今度は歩行も話すこともできない状態になってしまいました。 あのとき退院させないで、きちんと治療をしてくれていたらと悔やまれるケースでした。
2005.12.19
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ケアマネという仕事は人の重大な決定に立ち会い、時には背中を押して、つけにくい決断をさせなければならない時があります。 入院、入所を薦めることは、時に二度と自宅に戻ってこれないという選択をつきつけることになります。 それは人の生き死ににも関わる決断になります。よかれと思う決断もそれが正しいとは限りません。 自宅で何とか厳しい状態を緊張をもって過ごしている人に、もう限度ですから、いや限度は必ずすぐにくるから、と説得して入所、入院の決断をさせます。しかし、私の施設で働いた経験上、緊張の解かれた環境では一時的にレベルのアップはありますが、半年、1年建つと、意識上のレベルは急激にダウンします。施設にいると、それが悲しい事象でした。 自宅にいれば、いざというときの心配がつきまといます。徘徊して事故にあったり、帰れなくなったら・・ 病気で倒れて発見が送れたら・・、 強盗に入られたら・・ 悪い人にだまされて、財産を盗られたら。 やはり、人の目がある施設入所を薦めざるを得ません。 私自身の気持ちで言えば、できるだけ長く自宅で暮らせるようにしたいと考えています(本人が望むのなら、ですが)。 家族の意向が施設入所、入院へと強いとき、私は施設での生存率は平均5年ですよ。とお話します。それでも・・と家族が言うとき、私は積極的に施設を探すことにします。 これは施設が劣悪な環境や介護だということではありません。いっそ至れり尽くせりの素晴らしい施設であっても5年生存率は動かせません。 なぜか、1つには、かなり高齢になってから、80代、90代になってからの入所であったり、認知症がかなり進んでからの入所決意の人が多いからもあります。 自宅にいても、あと5年生きられない人だと思います。けっして施設が悪いということではないのです。 ただ、生きるには住み慣れた家が一番でしょう。と思います。 入院、入所を決意したとき、家族はほっとした気持ちと後ろめたい気持ちとがない交ぜになり、様々な反応を示します。 そのとき、私はお疲れ様でした。と言います。どちらのご家族もそれまで必死に介護してきたのです。 それぞれの介護のあり方は様々で端で見ているとそれほどでもないと感じることもあります。 でも人にとって心の重さはやはり人の数だけ違います。また体力なども違います。たとえば1日の睡眠時間が3時間でも平気な人と、8時間は寝なくては体調の悪くなる人とでは1日の過ごし方が違い、仕事のこなし方が違ってきます。 8時間の睡眠時間を5時間にして介護をすれば、介護は辛いものになります。3時間しか寝ない人なら、悠々とした介護となるでしょう。 誰もが同じことが出来るわけではありません。自分の出来る限りのことをして、足りないと言うことはないのです。 心の痛みや後ろめたさを別のエネルギーにかえることが一番危険です。 選択はすべて正しいのです。 認知症になっても親はあなたを愛しています。あなたの選択を一番指示してくれるのは親です。 その時、また私は泣いてしまうのです。 (先に、それは人の生き死ににも関わる決断になります。よかれと思う決断もそれが正しいとは限りません。と言っていますが、これはケアマネである私の決断のことです。)
2005.12.18
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ケアマネとして、関わった高齢者は多分500~800人以上かもしれない。いや1000人ぐらい? その家族、関係者をいれると2000人以上・・ 一度にそれだけの方にお会いするわけではありませんが、それだけの方と関わってきたと考えると我ながら驚きです。ここから少し調子を変えます。 ケアマネが担当する依頼者の数は50人程度となっている。この人数は、事務手続きなどを事務方がしてくれれば、十分な人数であるが、月に関連事務にかかる日数は4~5日まるまるとられる。実働が月20日ぐらいなので、残りは15日~16日。1日に4人から5人の依頼者宅を訪問することになる。 問題を抱えている依頼者の場合は1回といわず、2回3回と足を運ぶことになる。そのほかに担当者会議、自分たちの研鑽のための研修会、自治体開催の研修会、社内の会議など様々に時間をとられることが多い。他にはアセスメント、新規ケアプラン作成、などのケアマネとしての業務がある。介護保険認定のための訪問調査は月に5~10回ほど行うのが一般ではないだろうか。 月に2~5人依頼者が減り、2~5人増える。そうして50人前後がいつもいることになる。 新規依頼はとくにたっぷり時間をかけなくてはならない。どのようなサービスがいいか、アセスメントを行い、サービスの構築、各業者への依頼を行う。 ほかにケアマネの仕事は関連業者や関連役所の窓口の折衝なども多い。電話で1日が終わることもある。 電話がかかってくると、たっぷり30分は話すことが多い。 サービスのコンダクター、マネジメント業務がケアマネの本来の業務なのである。しかし、依頼者や家族の前では相談員としての業務が主となるものである。 と少し論調気味で書きました。 50人は多すぎると言いたいわけです。私は80人ぐらいになったことがありました。その時は1日に11人訪問したこともあります。すると1軒の滞在時間が5分とか1分とか、ご用聞きのようになってしまいました。 来年度からはもしかすると、人数を減らし、濃い業務ができるようになるかもしれません。 私たちはいつも30人ぐらいが適当ではないかと話していました。しかし、法律はすこしづつ変わり、ケアマネの業務は多岐にわたる上、細かくなり、印鑑を常に必要とし、いかにもお役所仕事のようになってきています。 こまごまとした雑務を増やすことが本当に高齢者のためになっているのか、と日々考えさせられていました。
2005.12.17
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認知症が疑われる症状に、ぼんやりしている。失禁する。などがあげられます。 ぼんやりしていたり、歩行がたどたどしくなる病気はほかにもありました。それは水頭症です。よく乳幼児に頭が大きくなる水頭症があります。子供の罹患する病気と思っていましたが、成人、高齢者も罹患します。 水頭症とは髄液が脳室の中に溜まり、頭を大きくしたり、脳を圧迫して萎縮させたりします。 乳児期は頭蓋の奇形なども原因になります。 成人期ですと、くも膜下出血、頭部外傷、脳腫瘍などが原因で髄液が過剰に溜まることがあります。 ところが原因がはっきり特定できない、そして症状がわかりにくい特発性正常圧水頭症という病気があります。これは頭が大きくなるわけではないので、症状がはっきりわかりません。ただ、認知症のように見えることがあります。 なかなか、病院でも見つけられない病気だそうです。認知症に見える高齢者の3.5%はこの病気であると言われています。 この数字は今朝の朝日新聞折り込み広告から引用しています。 CT、MRIなどの専門的検査を受ければ発見できるそうです。そして適切な治療をうければ、認知症的症状は無くなるとのことです。 私の依頼者の方に水頭症の既往のある方がいらっしゃいました。ある年、夏、避暑代わりにとリハビリのために病院に入院されました。 リハビリも効果的にすすみ、体調もいいと聞いていたので、よかったな、と思っていました。夏も終わり、いよいよ退院という時に発熱して、退院が伸びてしまいました。 なかなか熱が下がらず、その熱の原因も分からないとのこと。結局3月近く入院して、家に戻ってきました。 私たちが伺うと足腰がすっかり弱り、足もあげることが出来ません。 発熱も続いており、また、認知症が進んだように見えました。 熱が38度近く上がり、体を動かすのも大儀そうでした。 仕事から戻ってくるご家族に、このまま熱が下がらず、39度に上がるようなら、すぐに救急車でかかりつけの病院に連れて行くよう、メモを残しました。 ご家族はそのメモでこれは大変な状態らしいと感じたようです。 しかし、救急車は呼ばず、1日おいて、○子医大に診察に連れて行きました。その場では原因が分からず、風邪だろうということで帰ってきました。私はご家族に水頭症がぶり返したのでは・・と心配しましたとお話しました。その夜も相変わらず熱は下がらず、とうとう○子病院に緊急入院となりました。 ちなみに、はじめのリハビリ入院は持病のための別な病院です。 そしてやっと発熱の原因がわかりました。水頭症の手術でシャントという管で髄液を腹腔などに流して体内に排出するようにしますが、その管に細菌が感染していたのです。 シャントを抜く手術をして、退院されました。 最初の病院でシャントの感染にきづいてくれていれば・・ あれほど体調を悪くすることもなかったのに・・ 結局、下半身に力が入らず、介助の必要がより増えたままで回復は少なかったのです。 本当に悔やまれたケースでした。 原因のない発熱はあり得ません。何らかの原因があって発熱します。 原因が特定できない分からない発熱は、医師の力量不足でしょうか。
2005.12.16
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介護の仕事をしていると、人の死に直面します。 介護だけではなく、以前薬剤師として病院に勤務していたときも、患者さんの死に直面します。 大病院の救命救急センターなら死は日常茶飯事でしょうが、私の勤務していた病院は療養所だった病院で、死は月に1回あるかどうかです。それでも死に慣れてきます。 介護の現場でも、月に1回あるかないかで依頼者の死に遭遇します。毎日死なれたこともありました。さすがに、私は死に神か? と思ったほどです。 入院されるとケアマネから手が離れます。医療と介護は相容れないサービスです。病院に1歩入ると、介護保険は引っ込みます。これが今の介護と医療の現状です。 しかし、私が担当している方が入院されると、必ず1回以上お見舞いに行くことにしています。これは点数がつかないので無償の行為です。会社勤務ですから、無償で困るのは会社です。ですからあまり堂々とお見舞いに行かないようにしていました。もし、独立して、給料ではなくなっても、お見舞いにはいくでしょう。 はじめの頃は仕事が遅くお見舞いにいく余裕がでませんでした。しかし、やはり、1回は元気なうちにお見舞いに伺いたいものです。 それはもう、会えなくなる可能性が高いからです。 会っていないと心が残ります。 お亡くなりになると、お悔やみにでかけるでしょうか。全ての方の所に伺うことはありません。 会社の方針でもありました。また、ケアマネに家族が満足されているか、判らないこともあります。万全を尽くしたつもりでも、絶対とか完全とかはあり得なく、こうしてほしかった。こうしてあげればよかった。といつも悔やむことばかりです。 とくに悲しみが強い時はその悲しみを介護職にぶつけることもあるのでは・・、もっとこうしてほしかった。と泣かれはしないか・・などと考えてしまいます。 でも、今考えてみれば、お悔やみに伺った時も、後からお会いすることがあった時も、苦情などはでなかったものです。出来るだけのことをして、亡くなった。もう十分やった。と家族は考えているようでした。 私自身はもっと、出来ることがあった。足りないのでは・・。ほかのやり方は・・、と常に考え、満足することはありません。 ケアマネはみんな、いつもそう考えていると思います。常に依頼者、利用者、家族のことを考えている方ばかりでした。 死に直面することは辛いことです。数が多くなっても慣れることはないでしょう。ただし、私たちは生きていて、なお、私たちのケアを待っている利用者がいる以上、悲しみに囚われてはいけません。 と思いつつ、人が死ぬのはつらいなあ・・と思ってしまう私です。
2005.12.15
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昨日、ブログを書いてから、DVDを見ました。以前から見ようと思いながら見ていなかった「半落ち」です。あまり泣かない私ですが泣いてしまいました。半落ち半落ち折り梅 ◆20%OFF! 若年性アルツハイマーに罹患した妻を警部である夫が絞殺してしまう。自首まで2日間の空白があり、この空白を追求していくというお話です。アルツハイマーだけでなく、息子が骨髄性の白血病でドナーが見つからず死んでしまったということもありました。 この2日間の空白が明らかになるにつれ、涙が止まらなくなってしまいました。 妻を演じた原田美枝子さんは「折り梅」という映画でアルツハイマーの母親を持つ娘を好演しています。 折り梅も以前自主公開で観ました。こちらはアルツハイマーの母親を受け入れて、その人らしく尊厳を持って生きられるよう介護していくという話です。 名演技でついつい泣いてしまいましたが、介護現場にいたものの気持ちとしては、「折り梅」の方が素晴らしいと思います。 「半落ち」はエンターティメント作品ですから、殺人とかドナーとかセンセーショナルな描き方になっています。認知症とは怖い、死ななくては治らない病気としての不安感を植え付けてしまいます。認知症になったら死んだ方がいいとの思想を植え付けてしまう映画です。 せめて描き方としてよかったと思うのは嘱託殺人で執行猶予がつくかと思われたが、4年の求刑通りの実刑になったことです。 1人の命をうばって4年でも短いでしょう。 もっと楽しく認知症を考えましょう。 忘れるのもいいな、とか、見えないものが見えてもいいじゃないか、死んだ人が生きていると思ってもいいじゃないか、娘時代に戻ってもいいじゃないか・・、お腹を壊さない程度に何回もご飯を食べてもいいじゃないか・・。 と、なぜ周囲は思えないのだろうか・・ 「私の頭の中の消しゴム」は最後まで生きたのでしょう。 妻を殺すとき、妻が自分でなくなる前に殺してほしいと言ったから、と殺害してしまいました。 認知症になっても、ヒトでなくなる訳ではありません。ヒトの部分は最後まで残っています。時々、自分がふいと戻ってくることがあります。 失われるのは今、ですが、過去は長く保たれています。 どうか悲観しないで・・、死んだり、殺したりと極端に走らないでください。
2005.12.14
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憎めない認知症のご婦人 続き お金持ちの未婚のお嬢様です。お兄さんが実家のあとをつぎ、妹さんの面倒を見ながら暮らしてきました。兄妹は仲が良さそうで、互いに心配をしている様子です。しかし、認知症の妹のお兄さんですから、ご高齢です。認知症ではありませんが、反応はかなり遅くなっています。頼りは若いお嫁さんです。 お嫁さんは自分が一人で頑張らなければならないから大変なのよ、とおっしゃていました。 兄、妹だけで暮らしていたらこの家はとうにたち行かなくなっていたでしょう。 この妹さんは着道楽で、洋服は小山のようにありますが、着物はもっとあるとのこと。2階の部屋にその着物がやはり大山のようになっていた、とヘルパーさんがいっていました。 毎日毎日片付けますが、捨てることができないので、なかなか減りません。それでも台所はきれいになってきました。居室もゆっくり座れるスペースができました。 彼女は時折しっかりしたことをおっしゃいますが、時に夢か幻かわからないことをおっしゃいます。 赤のダウンコートが焦げておいてありました。 「電気ストーブの前に置きっぱなしにしているから焦げたのではありませんか。危ないですよ。よく家事になりませんでしたね。」 「あのね、ウサギさんがでてきて。」 「えっ。」 「昨日寒くて・・、ウサギさんがかわいそうだから着せてあげたの。」 「はい?」 「ウサギさん、今日はこないわね。2階にいるのかしら。」 「このコートを着るウサギさんって、大きいのですか。」 「そうよ。」 ウサギさんは2匹いるそうです。赤いコートを着た大きなウサギさん。 この薄暗い、悲惨な部屋に大きなウサギが2匹・・? 話をしいていると、いないはずの物がよく見えているようです。これを幻覚といいます。音は聞こえないようです。幻聴なし。 部屋の隅に猫を画いた額のようなものが立てかけてあります。その猫が動き出して出てくることもあるそうです。「ほら、動いているでしょう。」「はあ~」「あら、今日は動かないわね~。」 ということで、とうとう、どんなお薬を服用されていますか。とお兄さんに聞きました。 飲んでいる薬は脳の賦活剤2種類でした。はっきり言って気休め程度の効き目がある薬ばかりです。幻覚があるのなら、認知症の薬だけでなく、精神科の薬が必要ではないかと思う。とお話し、別の神経科の医師を紹介しました。 認知症は中期の終わり、ぐらいにきていたのでしょうか。 この幻覚さえなければ、会話のキャッチボールができ、なんとか入院しないで生活できるはずの人でした。 実はお嬢様の居室が汚いままになっていたのは、この家を建て直す計画があったのです。 立て直しの間一時引っ越ししなくてはいけませんが、それで心配なのは、新しい家で徘徊し、帰れなくなることです。 ところが、不思議なことに新しい家でも意外に順応していました。ただ、私たちが会いに行くと帰るときついてきてしまい、家に帰すのが大変なことでした。 そのあとすぐに認知症の老人病院に入院してしまったのです。 でもあの方は人懐っこく、明るく、きさくなひとなので、どこに行ってもみんなから好かれて今も楽しく暮らしていらっしゃることと思います。(ご注意;「認知症とつきあう」に登場する高齢者の方は、特定の方をモデルにしているわけではありません。沢山のケースをまぜ併せて、新しいケースとしています。あっ、この人知っていると思われても、それは偶然似ている方です。フィクションとノンフィクションが限りなく混ぜあわせっていることをお含み置きください。)
2005.12.13
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武蔵野夫人改版今日もマイブームです。「認知症とつきあう」は明日再開する予定です。「武蔵野夫人」大岡昇平著 先日この本を買いました。何で今頃こんな古い本を買ったのか・・ この小説の舞台は私の育った町、国分寺市です。それも私が遊んだ所ばかりがでてきます。その上、自分でも知らない地理的な説明が満載で、おもしろい物ですから・・ 以前、鬼のように読書していた頃に、なぜ、この本を読まなかったのでしょう。たぶん、ネーミングがなんだか怪しげなのがいけなかったのでしょう。 今読んでみると、多少退屈ですが、男女4人の心理ドラマのようです。私が泥だらけになって遊んでいた湧水の小道を重苦しいものを心に秘めながら、男女が歩いていたのでしょう。しかし、私には遠く多摩丘陵を望む湧水上の土手で草すべりをした思い出があります。子供時代の私にとって武蔵国分寺は、つまらない田舎町でしかありませんでした。 そういえば国木田独歩の武蔵野も読んでいません。あまり身近にあって気恥ずかしかったのかもしれません。 私が昔、遊んでいた場所はどこも現在公園になっていたり、史跡になっていたりで、こぎれいに整えられていて、おかしな気分です。そういえば武蔵国分寺は鎌倉時代焼失していますが、その時の瓦は道に投げ出されていたり、敷かれていたりしていたのか、破片がごろごろしていました。また畑や田んぼからは縄文時代の土器や石器などもよく掘り出されていました。 きっと素晴らしい土地で育ったというのに、当時は海辺で暮らしたいなとと思っていました。 生まれた所ではありません。生まれた土地は博多です。1歳に満たない頃に国分寺に越してきました。むろん両親に連れられてです。何十年も暮らしたのに、故郷といえる町のことをよく知らなかったと思い知らされたのも、この「武蔵野夫人」を読んだからです。 なぜ知らないかといえば、私の住んでいた地域は国分寺駅前で、新開地でした。ほとんどの人が明治時代以降、余所からやってきて住み着いた人ばかりです。土地の古い言い伝えなど知らないひとばかりでした。そういえば1度だけ正月にドンド焼きをやったような記憶があります。あのあたりでは正月にどんど焼きをやる風習がありました。ただ町ではやってはいなかったのですが、きっと子供会か何かでやったのでしょう。国分寺市、小金井市、府中市、などの武蔵野をよく知りたい方は、安島喜一のホームページhttp://www.asahi-net.or.jp/~hm9k-ajm/index.htm をご紹介いたします。
2005.12.12
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ごめんなさい。認知症とつきあうのファンの方がいらしたら・・今日はマイブームです。 冷蔵庫を昨日買いました。今日届きました。ハヤッ!! もう10年も新しい冷蔵庫を買おうと言いながら、そして2年ほど前から本気で買いたいと思い、今年の夏は絶対買おうと思い、やっと昨日買ったのです。 なぜ、買いたいと思いながら優柔不断でいたのか・・ 冷蔵庫は結婚して1年後ぐらいに買った物です。結婚当初の冷蔵庫は知り合いがプレゼントしてくれたリサイクル品で、冷凍庫が使えませんでした。それで、やっと買ったのが東芝の冷蔵庫でした。冷凍庫も広くてよく凍り、優れものでした。そして私たちと共に、ン十年、引っ越すたびについてきました。他の家具はどんどんリタイヤしていくのに・・、冷蔵庫はついてきました。 便利屋さんが2階の居室まで背負ってあげてくれたこともありました。東 芝495L ノンフロン5ドア冷凍冷蔵庫「the鮮蔵庫」(パールホワイト) [GR-NF505CKW]GRNF505CKWいーぐる⇒ 【冷蔵庫】 TOSHIBA ERE-25A 別れがたいものがあったのも確かです。でも、昨日とうとう買いました。サンヨーの冷蔵庫です。SR361JS■歳末■サンヨー 357L 4ドア冷凍冷蔵庫 SR-361J(S)【5250円以上☆送料無料】 年越し...SANYO 冷蔵庫(300~400L) SR-A40JL ン十年共に暮らした物が、それが例え冷蔵庫でも別れるのは悲しいものがあります。 そういえばあそこでもこの冷蔵庫は活躍した、ここでも冷蔵庫はついてきて食べ物を冷やしてくれた。 様々な生活環境の変化についてきました。 私たちと苦楽をともにしてきたのです。 よく何十年使った洗濯機が壊れた、とか、炊飯器を新しくした、とか聞きますが、そして、私はよくそんなに使えるものだと、感心していましたが、我が家でもひっそりと活躍そていた物があったのです。 今日、リストラされ、廃棄処分になるべく我が家を去っていきました。 会社でも入社ン十年で定年です。 まだ現役で使っていた冷蔵庫でしたが、フロン冷蔵庫ですし、電気もかなり食います。収納率もよくなり、ご飯や食パンなど冷凍すれば、経済的です。食料は安い物を買い置きすることが出来、やっぱり経済的。 感傷的になって効率の悪い物を使用することは地球にも優しくない、と思いながら、使えるものを捨てるなんて・・、とやっぱり涙がでそうなほど悲しい・・ こんな気持ちになるとは思いませんでした。 リストラされるというのは、そしてリストラするというのは。。 こんなきもちでしょうか。 と、冷蔵庫と一緒にしてはいけませんね。
2005.12.11
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憎めない認知症のご婦人 人懐っこい方で、ヘルパーさんにもすぐになじんでいただき、また、毎回お会いするわけではない私にもすっかり心を開いていただきました。 しかし、彼女の部屋はなかなか改善いたしません。よくみれば大きな箪笥が洋服の山に埋もれています。 仏壇も埃にまみれています。介護保険では仏壇は掃除しません。仏壇に限らず神棚もできません。まあ、片付いてくれば、家族もしてくれるでしょう。 本当は散歩介助でヘルパーさんをいれたのですが・・。(介護保険では趣味の活動はヘルパーさんの介助ができないことになっています。例;散歩、映画館などの付き添い、碁会所への付き添い、理美容店の付き添い、デパートでの買い物etc. 介護保険利用の矛盾点は別の機会に縷々述べたいと思っております。) 散歩はいけないのですが、私は気づかれなければ、できるだけ散歩介助を入れています。生活に必要な物を買いに行くときは介助していいのですから・・、買い物介助ということでヘルパーさんを入れていました。 高齢になると衰えるのは足からです。反対に足の強い人は元気です。足が強ければ認知症にならなければいいのですが、なぜか認知症が進むと足が元気になる人がいます。 新宿から鎌倉まで歩いていったおじいさんを知っています。 さすがに帰りは歩けなかったそうですが・・。第一、なぜ、そんなに疲れているか、分からなかったとのことでした。話がそれました。(実はここで中断し、カレー蕎麦を作っていました。再開です。)ご婦人も足が弱ってきていました。それで近所をヘルパーさんと一緒に散歩しようということでした。本当はキーパーのお義姉さんは部屋の掃除をしてもらいたかったのです。 私も清潔な生活をしていただくためにもまず部屋の片付けからと思っていました。 散歩介助は実は必要なかったのです。足下はふらふらしていますが、かなり遠くまで一人で歩いています。徘徊と外出と散歩と限りなく区別がつかない状態でよく歩いています。 離れにはキッチンもついていますが、散々な状態です。調理介助はケアプランにいれていなかったのですが、お腹がすいたといわれ、ヘルパーさんは散々なキッチンの中を探して、ご飯を炊き、みそ汁を作りました。副菜の材料がないことと、もうサービス時間が終了しかかっていたのです。あり合わせの具でみそ汁を作ると時間はとうに過ぎていました。 そのみそ汁を美味しそうに飲んでいる姿をみると、時間延長に記録はかかずに帰ってきたそうです。 どうも、食事は一人でできているが、自分で買ってきたものを食べているようで、ご飯と汁物、おかず、という食事をしていない様子。ではご家族は、というと、ご家族も買ってきたお弁当などを食べている様子です。 ケアプランに本当に夕食の材料を買いにいくのと、調理介助をいれました。洗濯はお嬢様はなさっているようですが、どうも水につけたまま、どうしていいか分からない様子で、とうとうヘルパーさんがしてくれました。 ケアプランには洗濯まで入り、浴室を掃除したら入浴の見守りまでと、いたれりつくせりになってしまいました。 見ているとどうしても助けてあげたくなる、不思議な方でした。 今思うといたれり、つくせりの介助がいいものかどうか・・と思うのですが、その方に食事の作り方を教える、掃除の仕方を教えるということが本当の目的です。しかし、認知症の進み方は激しくなっていました。 もともと人懐っこく、よくおしゃべりして、行動的な人です。ぼんやりして1日を暮らすということはありません。 活動的でいつも脳を活性化させていたら認知症にならない、と以前書きましたが、それも確実ではないということです。 認知症にならないかもしれない・・ まだまだ続きます。
2005.12.10
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昨日の続き憎めない認知症のご婦人 義理の姉が主なキーパーソンの認知症の方がいらっしゃいました。義理の姉といっても、高齢者ではありません。若いお姉さんです。義理の妹が認知症になってしまって、義姉さんはご苦労だと思います。義理の妹が認知症になっていない頃は所帯をきっちり分けて親戚としてお付き合いをしていたのでしょうけれど、今はほっておくわけにはいきません。お金持ちのお嬢様なので、どのような方かとおそるおそるお会いしましたら、とてもきさくで明るい人でした。母屋でお会いしたので、是非お部屋を見せてほしいといいましたら、とっても散らかってびっくりするからと言って見せてくれませんでした。 次、ヘルパーさんとヘルパー派遣責任者の方と3人で訪れました。少しお話しているうち、お部屋を見せてくださいというと、びっくりするわよ、といって案内してくれました。渡り廊下(飛び廊下?)でつながった離れは、1人で住むのは十分な広さです。が、びっくりさせてくれました。 ゴミ屋敷はゴミが散乱しているのです。 彼女の部屋は元は財産、今も財産の品々が部屋びっしり、積み上がっておいてありました。天井には竿のようなものが張り巡らされ、洋服が沢山さがっていました。どれも高価なものばかりです。 といえば宝の箱をひっくり返したように想像されるでしょうが、玉石混交、それに部屋は何年掃除してないのか判らないし、下に何重にも強いてある敷物は色がわからなくなっています。 まあ、とにかく私たちの仕事は目、点になるようなお宅に伺うことは珍しいことではありません。 まず片付けてこの部屋に座る場所を作りましょう。ということになりました。しかし、本人は何一つ捨てる物はないとおっしゃいます。 とにかくやってみましょうということで、小1時間。ヘルパーさんが二人でせっせと片付け、といっても捨てることが出来ないので、きれいにたたんで積み上げるということから始めました。 私はその間ご本人とおしゃべり。 やっと座る場所は確保しました。 ヘルパーさんは何でもしてくれるといっても、ゴミ屋敷の陽になっているところを掃除するのは時に拒否されることもあります。 しかし、当のご婦人は憎めないお嬢様で、きさくでユーモアもあり、人懐っこいのです。 みんなが彼女のファンになりました。それでは40回へと続く。
2005.12.09
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様々なタイプの方に出会いました。 認知症には最初はこうで、中期はどうで、と進行に従っての症状について言われていますが、実際は人が全て違うように認知症の現れ方も全て違います。 また、自分でできることと出来ないことや判っていることと判らないことも人によって様々違ってきます。こうしたらいいとか、こういわれたらこうしろ、とかセオリーはやはり人の数だけ違うと思ってください。 介護現場で働いていると、教えてもらったセオリー通りに認知症の人に察しようとする人がいます。たとえば、認知症の人が思い違いや思いこみでおかしなことをいったりしたりすると、間違いを一度一度正すようにと勉強した人は、その通りにします。 しかし、今は、無理に間違いを正すようなことはしません。かといって相手に迎合することもいけません。接し方が難しくなったといえばそうですが、私も無理に間違いを正すのはまずい接し方と思っています。 ただ、依然と違ってよくなってきたことは、高齢者や認知症の方を子供扱いしたり、上から物を言うような人が減ってきたことです。 一番大事なことはもう何度も書いてきたことですが、上記のことです。まず、おばあちゃん、おじいちゃんとか呼びかけないこと。名前にちゃんをつけて呼ばないこと。親しみがあるように思われますが、年下の人から名前をちゃんづけされるのは、嬉しくないようです。 必ず、名字か名前にさんをつけて呼んでください。 微笑みを忘れないで接してください。 これはたぶん認知症の方だけではなく、他人に接するときの基本かもしれませんね。 と、偉そうなことを書いてしまいました。 アルツハイマー症が初期の終わりか中期の初め頃は攻撃的になることがあります。これはやはり前頭葉が萎縮してくるからでしょうか。 しかし、誰もが攻撃的になるわけではありません。猜疑心が強くなったり、被害者意識が強くなることはあります。 ある方を思い出しました。 ご家族からの電話でお伺いしました。お宅は裕福でしたが、ご本人の居室は本宅からよく言えば渡り廊下でつながった離れです。横につながった2所帯住宅です。 その離れは生活に必要な施設はすべて揃っています。キッチンバストイレ、2階にも居室。 はじめは部屋をみせてもらえませんでした。散らかっているから・・ということです。 仕事上、素晴らしく片付いていない部屋には驚きません。 いわゆるゴミ屋敷にはよく遭遇します。 さあ、そのあとどうなったでしょう。 続きは次回に・・。
2005.12.08
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認知症になりやすい人!!それはずばり思考が止まっている人です。 これは私がいろいろな方にあって感じたことです。すべての方にあてはまるわけではありません。 というのは、とても頭の回転がよく、憎たらしいことをいくらでも思いつくことができる方も沢山いました。今現在は対応できるのに、ちょっと前のことは忘れています。 思考が止まってしまっている方はおしなべて高齢者になるとぼんやりしてきます。日々を何も考えずに他人まかせで生きるようになってしまいます。思考が止まってしまうパターンには2種類あります。1.心理的、肉体的暴力を受け続けてきた人 DVやモラルorパワー・ハラスメントを受け続けてきた人は、人格否定され続け、自分の判断では何もできない、しようとしない生き方をしてきました。良いことをしても、必ず、文句をつけられる生活をしていると、指示待ち症候群になってしまいます。自分の考えで動くことができなくなってしまい、相手のいいなりにしていれば被害が最小限に食い止められるからです。2.全てを人任せにしてきた人 共に暮らす人がとてもいい人で、スーパーマンのようになんでもこなせる人と暮らしてきた人も自分で考えないようになっています。自分がするより、相手がした方が素晴らしい出来になるのであれば、相手も楽しんでやってくれていれば、やはり自分の考えで動くことはなくなります。 このパートナーが先に亡くなると、残された思考の止まった高齢者は徐々に認知症になっていきます。 いえ、強い力の陰になって、認知症が始まり、中程度まで近づいていることに誰もが気づかなかっただけです。 DV傾向の強い夫がなくなれば、さぞせいせいするだろうと思うのですが、いつも指示をされて動いてきたので、どう動いていいのか判らなくなるのでしょう。おまえは駄目な奴だ。何をしても出来ない奴だ。といわれ続け、暴力まで振るわれてきました。 次第にどうせ、自分は駄目な人間で、何をしたってしょうがない。という状態に陥っているのです。 その強い重しがなくなっても萎縮した心は元に戻らず、脳まで萎縮してしまったのです。 やさしいスーパーマンの夫が亡くなってもお父さん任せにして生きてきたので、何もわからない。グズグズしていると、気の利いた子供がテキパキ片付けてくれる。また思考が止まった状態に戻ってしまいました。 できるだけ自分で出来ることは自分でする。趣味を持つようにする。自分の頭で考えて、問題は解決するようにする。 認知症になるまえに考える力を養い、衰えないようにしましょう。今、衰えてしまった脳神経は使うようにすると、また元気をとりもどします。 認知症にならないためには、脳の運動も必要です。今はやりの100マス計算をしたり、好きな本を音読してみたりして、脳を動かしましょう。
2005.12.07
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認知症の方とお話ししていると、ときどき本当に認知症なのか、と思うことがあります。 認知症のご婦人のご主人が病気で亡くなりました。お子様たちはお母さんが理解できているか判らない、と心配しています。 あるとき外でそのお母さんにお会いしました。一緒にお宅までいきましょうということになりました。その方は私が誰なのか、よくわかりません。会ったことはあると思っています。とにかく知らないとも言えないので本人はそうそう会ったことがあるわね~。といいながら一緒に歩きます。その方はふとつぶやきます。「このあいだ、お父さんが死んでねえ~。」「そうでしたね。ご愁傷様です。」なんだ、わかってるじゃない。「お父さんがいるとね~、ご飯を2度用意したって、怒られるのよ。」「はい?」「ご飯を食べてから、食べたかどうか判らなくなって・・、」「はい・・」「また、用意するのよ。すると、さっき食べたばかりじゃないか!! って怒られるの。」「まあ!」「でもね、今は好きなときに好きなだけご飯が食べられるようになった。」「そうですか!」 ご主人はとても厳しくうるさい方だったようです。お子さん達もいつもお父さんに怒られていたお母さんの記憶があります。 子供さんがいうには、お母さんはあまり家事が得意でなく、好きではなかった。それでいつもお父さんに怒られていたそうです。 お父さんは病気がちになり、入退院を繰り返すようになった。すると、お母さんも気が抜けたのかぼんやりすることが目立ってきた。それで近所の神経科で見てもらい、認知症の診断を受けたとのことでした。 お母さんは自分がご飯を食べたことを忘れる自覚がある。なおか食べるのが好きだから何回でも食べられると喜んでいる。どこから認知症でどこまで判っているのか・・ それにお葬式でも判っていないようだった、という子供さんの観察は間違えていました。本当はうるさいお父さんがいなくなって、さっぱりしていたのまもしれない。 長く夫婦をしていれば、助け合い愛し合っていると考えるのは、もしかしたら間違いでしょうね。 実の子は両親が喧嘩していてもどこかでつながっていてほしい、と思いますが、妻の立場からみればうるさい夫はいなくなるとせいせいするかもしれませんね。 未亡人はきれいになり、長生きするようですが、妻に先立たれた夫は愛し合っていなくても、薄汚くなったり、後を追うように亡くなったりする例を知っています。 次回はこの例から、認知症になるパターンについてお話します。
2005.12.06
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先日は、銀座からぶらぶらと歩き、京橋の先で東京駅の地下街に潜り込みました。喉が渇いたので、スタバでコーヒーとシナモンロールで一休み。シナモンロール 2ヶセット 東京駅構内のワインとチーズのお店で18ヶ月熟成のミモレットとブルゴーニュのピノノワールを買って帰路へとつきました。ミモレット 12ヶ月熟成 (ハード)12/28以降発送・cool便/ミモレット18ヶ月熟成・約100g ミモレットは例の森元総理と小泉さんの会談に出たおつまみのチーズです。まことに森元総理は商品プレゼンがうまい人です。お陰様で小泉さん批判の意見を書きながら、ミモレットにはまってしまいました。 今年はボージョレーヌーボー飲み損ないました。いつも解禁日に1本買って飲んでしまうのですが。 ワインはやはりフランス産がうまい。とくにボルドーはミディアムボディーでもこくがあって飲みごたえあり。 そしてこのブルゴーニュのピノノワールは飲み口爽やかでワイン初心者にもお勧め。 美味しいです。 ブルゴーニュ/その他ブルゴーニュ ピノノワール ’00【おまけ付き】あの「シャトー・ラローズ・トラントゥドン」も入ってる!厳選ボルドーワイン6本... ワインはチリのコンチャイトロのサンライズも美味しいですが、やはり、ボルドーが好きです。アルゼンチンワインは美味しいと聞きましたが、滅多に買えません。あるところで、飲みましたが、チリワインに似ていると思いました。イタリアのキャンティーも飲みやすいです。チリ サンライズ定番赤3本セットファットリア・ポッジョピアーノ・キャンティ・クラッシコ 2001年 焼酎と言えば、おとといの2日、そうそうに忘年会をしました。そこで「薩摩おごじょ」のお湯割を3杯いただきました。他の人が注文していて、ウーロン茶のお湯割りと聞こえてしまいました。え、ウーロン茶をお湯割りして何が美味しいの? と思いました。私も注文してみたら、これは飲みやすく、香りもフルーティでいけました。焼酎が飲みたくなった方は下のバナーをクリックしてください。そして、大丸のデパ地下で寿司を夕食に買いました。と、今日は私の好きな物をご紹介いたしました。
2005.12.05
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昨日、銀座でいろいろなことをした、と言いました。お歳暮しか書けませんでしたが、いえ、もっといろいろあったのです。まず、阪急デパート地下で昼ご飯を食べました。昼蕎麦というべきですか・・以前、銀座阪急地下というと○久というラーメン屋によくいっていました。近所の映画館の幕間には長蛇の列になるお店でした。本日も混んでいましたが、まだ席に余裕がありました。またメニューにバリエーションが増え、直久、お前もか・・という感想です。ラーメンは連れ合いが消化が悪く胃に悪いという意見なので、本日は割愛。よくいく信州○光寺蕎麦というお店に入りました。最近よくいくお店です。いや、特にうまいということではありませんが、行きなれているということですか・・五目蕎麦というのをいただきました。「しっぽく」というのが正しいのでは・・うまいか、まずいか、可もなく不可もなし、でしょうか。そこをでますとみゆき通り、昔の電通通りをつきぬけて、ある画廊にいきました。子供の恩師のT先生が友人のO氏と絵の展覧会を開催していましたのでお伺いしたのです。T先生もO氏も芸大出身で見事な作品群でした。ちょうど沢山のお客様がいらしていたので、私たちはそこそこに失礼いたしました。記名もしませんでしたが、T先生すみませんでした。ゆっくり拝見できませんでした。次の機会によろしくお願いいたします。ぶらぶら歩いて4丁目の交差点の日産ショールームに入りました。我が家のボロ車のウイングロードがデザインも一新、価格も手頃で、ついついプレゼンまで見てしまいました。買い換えたいな。。でも車検をとったばかりだし・・ そのあと三越でお歳暮。インターネットでも申し込めますが、やはり行ってお願いすることに意義があると思っています。それに三越には郵送先の顧客データが入っているので、簡単に頼めますし・・毎回同じのマンネリにも意義があり・・と思ってお送りしています。 さて、デパートを出てまたぶらぶらと銀座通りの歩行者天国をいきますと、歩行者天国に休憩用に出してありますテーブルに「いいちこ」の1升瓶が半分ほど残しておいてありました。いくら何でも。、焼酎の1升瓶は・・と思ってしまいました。場外馬券場の前あたりで、たぶん一杯やりながらラジオで戦況を聞いている人たちの酒盛りなのでしょう。 でも、ちょっとね。。
2005.12.04
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久しぶりに銀座へいってきました。 久しぶりなので、いろいろなことをしてきました。 連れ合いと一緒ででかけました。 第一の目的は、お歳暮です。毎年お中元、お歳暮と送り続けてきました。これが大人のつきあいというか、儀礼というか、送り続けると送らないわけにはいかない。 しかし、送り先のほとんどが家業の印刷業での取引先なので、やはり、これは必要な慣例であるといえます。 さて、印刷業でひとこと、宣伝をさせていただきます。自分史、自費出版など受注いたしております。まず見積もりから・・きっとやすくできると思います。データで原稿をいただければより簡単。製本は並製本、上製本、お好みしだいです。 今必要でなくともふと思い出したら、いつでもコメントでお残しください。 なんて、広告は今思いついたのです。 子供が高校に通っていますので、私はPTA役員をもう3年もしています。かかわって4年です。高校は3~6年で卒業できるようになっています。単位制なので、単位が取れないとズルズルと在籍し続け、まだ卒業できそうにありません。 先日1人で広報誌を編集してしまいました。A4判12頁、250部で、たいしたことはないといえばないのですが、開校して6年。PTA発足5年で、初めての広報誌です。 お金をかけることはしたくないので、割付、簡単なデザインなど一人でこなしました。 カラー頁は4頁です。カラー印刷は高いのでカラーコピーにしました。小伝馬町に安いコピー屋さんをみつけました。A3片面36円でやってくれました。残りはモノクロ8頁で、学校のリソグラフで印刷してもらい折り機で折ってもらいました。おかげで用紙代だけで印刷代はゼロ。あとは人海戦術で丁合をとり、黒猫ヤマトで80円で発送しました。 予算よりぐーんと安くすみました。 これはそこそこ私にパブリッシングができるということが言いたかったことと、ちょっとした自慢です。 あっと、本日のタイトルがこころの旅でした。 また、明日にしましょう。このタイトルのお話は・・ いやいや、今、記事の始めを見返したら、銀座でいろいろなことをしたと書いてありました。 なんだよ・・、いろいろなことって・・とつっこみがきそうです。 すみません。キーボードを打っているうちに、話があちらこちらに飛んでしまいます。 これはたぶん血液型B型のせいです。 まったく何を書こうと考えずに書いているとこんなことになります。 こころの旅というより、4次元的脳の旅というべきでした。 申し訳ありません。またあしたをお楽しみに・・
2005.12.03
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「まぐまぐでメルマガ発行」は何度も宣伝させていただいています。内容が介護ではないので、まぐまぐからの発行になります。昨日、googleで「こころのパラダイス」で検索しましたら、2番目にでました。なんて、「こころのパラダイス」はエキサイトで出している私のブログです。私のHPが「こころの操舵室」というタイトルなので、その別冊として、「こころのパラダイス」、メルマガ「こころの操舵室/幸せの航路」を出しています。いろいろやっていて実は目が回りそう。そちらはこれから力をいれていこうと思っている、悩み相談を主としています。メンタルが中心となっています。ヤフーでは「こころの操舵室」で検索するとヒットします。googleでもヒットします。皆さん、そちらも訪れてください。よろしかったらメルマガも読んでください。試しに http://blog.mag2.com/m/log/0000177239 をコピペして読んでみていただけたらと存じます。今日は宣伝のみにて・・。
2005.12.02
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朝夕、めっきり寒くなりました。 夏、冬、高齢の方が亡くなる率が高くなります。 夏は暑さのために体力を消耗し、脱水になったり、その断水症が引き起こす疾病が原因であったりします。 高齢者の方はクーラーを嫌う方が多いようですが、適度な温度管理でクーラーを利用することが大切です。最近のクーラーは温度管理もよく、メンテナンスフリーの機種もあり、省電力化もされています。 上手にクーラーを使いましょう。 冬は寒さによる脳疾患系の病気になったり、風邪をこじらせて肺炎になったりします。どちらも命に関わる病気です。 夏冬、いいえ1年中気をつけることは脱水症です。冬は寒いため喉も渇かず、ついつい水分をとらなくなります。認知症になると、自分でお茶を入れることは困難になります。 私はお茶が入れられるかどうかで、認知症のすすみ具合を測るときがあります。 お茶を入れるという行為は複雑な手順を必要とします。まず、お湯を沸かす。急須と茶碗をお客様には茶托を必要とします。お茶の葉も必要です。このお茶道具を揃えることができなくなります。これらが揃っていても、それぞれの道具の機能を忘れてしまいます。お茶の葉を急須にいれる。お湯をそそぐ、茶碗にお茶を注ぐ。この手順ができません。 ポットは最近電気ポットが主流です。この使い方がわかりません。電気コードははずれています。どこを押したらお湯がでるかもわかりません。 認知症の方にポットとお茶道具を用意しておけば自分で十分に水分がとれているわけではありません。 またお茶の入れ方を覚えていても自分一人では面倒くさいのかお茶を入れません。ですから私たちやヘルパーさんが訪問したときお茶を接待してくれたら、断らないのです。一緒にいただくことにより、少しでも水分の補給になればと考えるからです。 介護保険では我々介護職は茶菓の接待を受けてはいけないことになっています。しかしこちらから要求するようではいけませんが、訪問した際、水分をとっているか聞く必要があります。私はヘルパーさんに訪問した際、必ずお茶を入れて差し上げて、その場で飲んでもらうように頼んでいます。そして大ぶりのマグカップにたっぷりお茶を入れておいて退室するようにと指示を細かくしています。 人間の1日の水分量は2リットル以上を必要としていますが、意識して接種するようにしないと、なかなか2リットルは飲めません。とくに1人暮らしの方などは、周囲が注意しなくてはいけないのです。 脱水症は認知症と疑われる、一時的譫妄を起こすことがあります。十分な水分をあげると、おかしな言動がなくなったという例は多い物です。 人間の体の60%以上は水分だということです。水分は自然蒸発もしているので、排泄や発汗だけでなく、水分は失われていきます。また夏は扇風機やクーラーの風邪に直接当たると水分が皮膚から失われていきます。また、コタツや暖房機も体から水分を蒸発させます。 意識して水分を摂取するようにいたしましょう。
2005.12.01
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