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子を思う親の心は悲しい 私も人の子の親で、人の子供です。親にも親がいて、親はいつも子を思っています。 それが負担であったり、思われていると気づいていなかったり・・ 私は親からほったからかされて育ってきたと感じていましたが、親は大事に大切に育ててきたと思っています。一晩中、蚊を団扇で追って寝かしつけてくれたことや、夜中の急病で背負って病院に走ったことなどを折りにふれて話します。私もそのことを覚えていない訳ではありません。 しかし子供の立場で思い出すことは、暗い部屋によく一人で留守番したこと、そんなとき、外は嵐で雷が鳴っていたこと。雷が友達だったのです。 母親は私のことを甘やかして育てたので、台所などたたせなかったと言っていますが、私は小学校高学年の頃から買い物や料理は得意だったのです。 お互いに自分に都合のいいところだけ覚えているのでしょうか。もしくはつらかったことや苦しかったことが強烈に残っているのでしょうか。 親はいろいろ細々覚えていられますが、子は幼いときのことはほとんど忘れています。トラウマになりそうな事件だけ覚えていることが多い。事件の前後は忘れて、強烈な部分だけ絵になって覚えていて、それがフラッシュバックでときたま浮かんできたりします。 私の子供も自分が病気になったとき、徹夜で看病してくれたことは覚えていません。きつく怒られた時の記憶だけが残っています。 認知症になって、いや、高齢者になって、子供の世話になる立場になったとき、子供が親に対してどう考えているかが見えてきます。 それまで、頭を押さえられ、厳しく育てられた子供は自分が受けたように親に接します。それは子供の心に残る記憶に従って、です。親にしてみれば子供はかわいい。愛すべき存在です。 不思議なことに子供は愛された記憶がない、ということがあります。愛の表現の仕方がここ数十年で変わってきたこともあります。 世代世代で子育ての方法が変わってきています。高度成長期の頃は甘やかし、過保護、過剰な干渉が愛の表現でした。 放任主義、ほったらかし、が私が受けた子育てでした。おかげで自立し、伸び伸び育ったとは思いますが、その反動が子供への過干渉になっているようです。 子供をどう育てたかで、自分の老後も変わってくるということです。 親はいつも子供を思っています。認知症がすすみ、わがままになっていても、子供を思いやります。子供のためにと気遣いをみせます。 話の論点が見えなくなっていますが・・、思いつくままに書いていきます。 私の世代から、子供を愛せない親が現れ出しました。母親には母性本能があると言われていますが、必ずしもそうではないとのことです。ただ、私の世代の人は責任ということを感じるので、子供に接するときは愛していないということを気づかれないようにしています。虐待という形にでないよう、子供の前では母親を演じている人がいました。もっとも昔から母性本能がなく、母を演じていた人はいたでしょう。それを口にすると変人と思われるか、母親失格と言われるので黙っていただけかもしれません。 そういう人が高齢者になったとき、介護してもらえるでしょうか・・。 今、医療保険が国の財政を逼迫しているため、長期療養が認められなくなり、慢性病人や、高齢者を家庭に帰そうとしています。 家族が崩壊しつつあるのに、昔の家族制度に填めていこう、引き戻そうとしている国の魂胆が見えてきます。 その家族制度に犠牲になるのは日本における被差別者の女性になるということです。 その家族制度の犠牲者の女性が今認知症になったり、高齢者になっています。その高齢者を介護する団塊の世代も高齢者の仲間入りになる日はもうそこにきています。 話がどんどんそれてきて恐縮です。子を思う親の心はもう少し続けるつもりです。 明日12月1日に私のメルマガがまぐまぐより発行されます。 URLは http://www.mag2.com./m/0000177239.html です。 タイトルは「心の操舵室/幸せの航路」です。 できれば御購読お願いします。
2005.11.30
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どうも、同じ方ばかり思い出すような気がします。話が繰り返しになっていたらすみません。同じはなしを繰り返すというのも認知症の始まりで・・、自戒! 自戒!!以前働いていたホームでは認知症の方を混乱されている。という暗語をつかっていました。これは便利です。憎らしい上司がいると、ちょっと混乱じゃない? などと言えば、うんうん、混乱、混乱、大混乱などと、言って大笑いします。そういう暗語はどこにでもあるでしょうね。先日も暗語について話しました。エンポウという言葉はご存じですか。あるデパートでの言葉です。トイレにいくことを言います。あら、彼女は?・・、ちょっと、エンポウ! というふうに使います。混乱はケアプランにも書きます。 混乱の度合が強く、日中独居の状態は不安である。何らかのケア、サービスが必要であり、デイサービスの利用が適当である、と考える。 というように書きます。 昨日も下記ましたが、自分の親が認知症であると認める子供は少ない。死んでしまいたい。一人で寂しい。と言えば、鬱状態だと考えます。 鬱の人は行動力がおち、隣近所に怒鳴り込んだり、寂しい、などといって入り込んだりはしません。死にたいと言って、カーテンを引きちぎったり、壁に体当たりしません。自傷行為も見られることがありますが、本当に鬱状態になると、自傷行為もエネルギーがいり、行うことは少ない物です。 話はそれますが、鬱病のひどい状態では自殺もできません。困ることは、よく効く薬を飲み、治療効果が現れたころです。この時期が一番自殺行為に注意する必要があります。 お母様の状態は鬱とは思えません。アルツハイマーが疑われます。とはっきり息子さんにいったことがあります。 すると、実は脳のCTをとったことがある。萎縮が見られるといわれたとのこと。専門の精神科の受診をおすすめしました。 その方は同居していた独身の次男が病気で亡くなられたあと、認知症がみられるようになりました。 いつも死んだ息子のことを思い、死んでしまいたいといいます。1日中、廊下や階段で寂しいよ~、寂しいよ~と言いながら歩き続け、泣き暮らしています。 部屋で暴れ、窓を割り、カーテンを引きちぎり、額を壁に打ち付けます。 長男を呼び、きちんと診察を受けるようにとお話ししました。 しかし、長男がやってくると、悲しい、寂しいはなくなり、質問にもかなりきちんと答えます。母親の顔をとりもどしていました。 親子の関係という物は、その親にも子供がなんと感じているかがわかりません。子供は親を慕っている物だと思いがちです。しかし、子供はどうかんがえているのでしょうか。しっかりきちんと育てたつもりでも、子供は恨みに思っていることがあります。とくに親が仕事中心であったり、子供が沢山いて、愛情が均等でなかったりしたときです。 母親を許せないと思っている娘がいました。教師を長くしていた母親で厳しい面のある人でした。母親はきちんとしつけたつもりでしょう。時に自分の子供より、教え子を大事にしたこともあるでしょう。 昔の人間は時に身内に厳しく、外に優しい人が多かったようです。 娘は母親と暮らしていましたが、老いが進み、ときに下の失敗をする母親を許せないと感じるようになりました。情緒不安定になり、夫も妻の不調を同情するようになりました。 母親は老人施設に入居することになりました。 まだ家庭で暮らせる人でした。しかし、母親は90代、娘も70代です。自分自身の老いの問題もあり、落ち着いた生活を取り戻したいと考えた結果でした。 在宅のケアマネは本人のために動くこともあれば、家族の平穏のために動くこともあるのです。 本人のためと動いていることが結果的に老人施設に追いやることになるのは実は一番つらいことでした。話が変わって恐縮ですが、メルマガを発行することになりました。内容は介護とは違い、ほんわか心の方が主となります。メルマガタイトルは「心の操舵室/幸せの航路」です。できましたら御購読をお願いします。心の悩みが中心となります。週間の予定です。まぐまぐで発行します。お申し込みはまぐまぐか、コメントでください。
2005.11.29
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施設での勤務のおもしろさを昨日お話しました。 在宅においても、様々な経験をしています。 在宅のケアマネは、ご本人とご家族とに深く関わります。 認知症が進んでくると、ご本人よりご家族の悩み、愚痴、などを聞くことが仕事の中心か、と感じることもあります。 認知症の度合いや介護の疲れ、疲労は人それぞれに違いがあります。 他の人は10辛いと感じることが、別の人には、楽しみにさえ感じる場合があります。 人それぞれのキャパシティの大きさ、言ってみれば、バケツが大きければ、それに入れる物も多くなります。心のバケツが大きければ、と言うことは寛容度が大きいか・・、小さいか、ということをいいたいわけです。 実の親子といえど、相容れられないことがあります。 老いるということは誰にでも平等に訪れるのに、親の老いが許せない、信じられないと感じる方がいます。 若いとき、厳しかった親が子供のいいなりになり、そのうえ馬鹿げたことをすることが許せないのです。 これは子育て中の親も感じるのではないでしょうか。子供のすることに一喜一憂し、自分の子が駄目に見えてしまう。しかし、その子は意外と外ではしっかりしていたり、きちんとしていたり、人望もあつかったりすることにきづいていないことがあります。いえ、話がそれてしまいました。 どうしても母親が夜間不穏になっったり、トイレの場所を間違えたり、自分の家に帰るといいだしたりすることが許せない娘さんがいました。これ以上一緒にいると耐えきれないと感じてしまいました。怒りの感情があふれてしまうのです。その激した感情が時に暴力と表れてしまうことがありました。本人もそうしたことを悩んでいました。 確かにお母さんは認知症でもの忘れがひどく、一人で留守番することは危険となっていました。 しかし、ヘルパーさんがいくと、とても優しく接してくれます。本当はお茶やお菓子をいただいてはいけないのですが、理解できない方なので、逆らわずいただくことにしています。 あるとき、娘さんがお茶をいれてくれました。娘さんが席を外した時、お母さんの方がお茶を入れ替えてくれました。お母さんのお茶の方が美味しかったのです。 認知症の方はお茶の入れ方も忘れてしまうので、私からみればまだまだ、この方は家庭にいることができる、と感じたのですが・・。 娘さんはきっちりした性格の方で、必ず成果が上がることを求めている人でした。お母さんは現状維持なら十分なのですが、状態が改善することを常に求めて、厳しくなってしまうのです。 母親に対する愛情は十分あると感じるのですが、けっきょく、しばらく二人を離したほうがいいというのが、主治医の意見でした。 まだ入院や施設入居は早いと感じていたのですが、やむなしでした。
2005.11.28
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施設で働いていたときの思い出が強烈に残っています。 これから施設で働きたいと思っていらっしゃるかたもいるでしょうね。私はケアマネですし、いわゆる施設のケアマネではありません。ですから通勤に便利という理由だけで家の近所に新設したホームに事務室を作ってもらい、通っていました。開設したばかりのときは事務室もなく、誰もいない食堂にノートパソコンをおいて仕事をすることもありました。 施設で働くということは自分ができることは何でも手伝うということです。ヘルパーの資格は持っていませんが、手が足りないときは車いすを押したり、散歩についていったりします。 施設内の清掃も自分たちでしなくてはなりませんから、建物周りの落ち葉掃きは毎日していました。 人手不足は慢性的です。人件費は経費のかなりの部分を占めますし、入居者も少ないことから開設当初の施設経営は当然赤字です。 足りなくて困る人手は自動車の免許を持っている人が少ないこと、厨房担当が少ないことです。 厨房専門の人は1人必ず配置されますが、休みを取る日は、誰かが代わりにならなくてはいけません。 私は厨房も手伝いました。基本的にはいけません。衛生上問題があります。私が原因でなくても食中毒事故が起きれば、資格もなく、検便も提出していないものが調理などまずいわけです。 でも人手のないときは仕方がない。厨房に入っていると、入居者の方々が食堂に入ってきて、「あら、今日は・・」と私の名前を言って、少しがっかりされます。まあ、これで味が少し落ちることはお許しいただくことになりました。 やっと新しい調理担当の方がきてくれたのですが、どうも仕事に手抜きがある。作れる物と作れない物があるようだ、と他の職員から苦情がきました。端で見ていても口ほどには腕はないようです。 その日は外に出るのをやめて、私は厨房に入りっぱなしになり、手抜きのないようさりげなく目配りをしています。そして下ごしらえや、盛りつけ、食器洗い、配膳などを手伝います。 実際は、これが意外と楽しい仕事でした。料理は得意分野だし、きれいで、設備の整った厨房の中に入ると、まるで違う経験ができるからです。 厨房を手伝わなくとも、ホームにいるときは食事時間は食堂に入り、配膳の手伝いや、入居者の方とお話をしたり、ちょっとしたお世話をしたりします。 実は入社の時に配膳を手伝ってもらうかもしれないと言われたとき、ケアマネ以外の仕事はしませんと言って入社したのですが・・。 やはり、黙って手伝わないということはできません。それに入居者の相談員のような状態になってしまっていたことや、入居者の方々が可愛く(これはいけない言葉です。可愛いなどと子供扱いしてはいけません。尊敬が必要です)なっていました。 ホームにいるときは、同じ屋根の下に暮らすわけですし、朝9:00から夜9:00ぐらいまでいたので、本当にともにくらしているという状態でした。昼、時には夜、も朝もホームで食べることがあります。食料は豊富にあるので、おなかがすけばちょこっと自分で作って食べられるという利点がありました。まさしく同じ釜の飯を喰うということです。 相談員、配膳員、厨房、掃除、指導員、などいくつもの顔をもって働きます。営業の代わりに、施設見学の人の相手もします。 何でもするということが、施設で働くための条件といえます。 初めて施設に就職して何をしていいか判らずぼんやりしている人がいます。指示待ち症候群という方々です。 若い人ならいざ知らず、施設長候補者の人まで、佇んでいたりします。常に人手不足で職員はばたばた働いていますが、他の職員の面倒まではみれません。 まず気働きのある人にきてほしいものだと思ってしまいました。 今日は認知症の話ではありませんでした。 介護の世界で働きたいという方はいらっしゃいますか。これからのびる業界ではあると思います。女性の方が容易に出世できる職場でもあります。どうぞこの業界で羽ばたいてください。
2005.11.27
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このシリーズもとうとう30回となりました。 しかし、淡々と書いていきます。 人には自分では気づいていない才能があります。それが高齢者対応のデイサービスや施設に入って発揮されることがあります。 私が施設にいたときのことです。前にも言いましたが有料老人ホームですのでかなりの裕福な方々がご入居されています。 しかし貧富にかかわらず、認知症は公平に訪れます。ある方のことです。品のある優しい方ですが、自分が今何をしたらいいのか判らなくなることが多くなりました。そこへ後から入居してきた方が、その人に今日は何曜日か? とか聞いて困らせます。陰ではその人をクルクルパーだとか言うこともあり困った方でした。しかし、お姉さん気取りでその認知症寸前の方を連れ回し、食事の時間には部屋まで誘いにいったり、結局いつも2人で過ごすようになりました。時々意地悪ですが、面倒はよくみてくれていたのです。 ある日、食後に絵手紙をしようと思い立ち、絵の具やはがきを用意して、希望者の方を集めました。私は絵心はあるつもりなので、一応指導者です。筆の持ち方、色は何と何を混ぜると何色になるとか、構図とかを説明して始まりました。題材は花瓶のカーネーションとか食材のタマネギやピーマンなど、それぞれ好きな物を書いてもらいました。 認知症の始まりかけているご婦人はピーマンを選びました。丁寧に色をつけていきます。本人は自信がないので、少し小降りのピーマンになっていましたが、色づけは見事な物でした。上手に色を混ぜて、味のある絵に仕上がりました。 意地悪な方のご婦人は絵を描こうとしません。書道をやっていたことがあると聞いていたので、一生懸命お勧めしましたが、みているだけでやりませんでした。本人は脳梗塞の後遺症でうまくかけないからと固辞されました。 ピーマンを画いた方は子供の頃以外、特に絵など描いたことがない。絵筆をもつのはほとんど初めてだとおっしゃるのです。 惜しいものだと思いました。色彩感覚も混色の仕方も、ちょっと教えるだけでマスターし、絵筆も初めてらしく持ち方も塗り方も独特でしたが、きっと若いときから続けていたら、本当にうまい絵を描くだろうと思われたのです。 私はケアマネで働いているので、指導員ではありません。いつもいつもできればいいのですが、それは私の仕事ではないのでできませんでした。 さて、ちょっと意地悪な方のご婦人は、施設を出て行ってしまいました。気楽に好きな物を食べて暮らしたいということでした。1人暮らしがまだ可能な人でしたので、止めることはできませんでした。 残された方はどうなったでしょう。 実はますます、ぼんやりしてしまい、自分に隠れた絵の才能があることも忘れてしまいました。 いつも誰かがきついことを言って、それに負けまいと過ごすことが脳の刺激になっていたのでしょうか。ちょとだけ意地悪されるぐらいが活性化につながっていたのです。
2005.11.26
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なぜ人は年をとるのでしょう。なぜ人は生まれ、死んでいくのでしょう。一休禅師は「門松は冥土の旅の一里塚」といって正月に門々を歩いたそうです。 冥土の旅の一里塚がもう1ヶ月ほど近くになりました。今年は特に月日のたつのが早く感じられます。 なぜ、私はクライアントの高齢者達を捨てて家庭に戻ったのでしょうか。それは親しくなった高齢者の亡くなるのに耐えられなくなった。のも理由の一つです。施設(有料老人ホーム)に働いていた時は入居する高齢者は新しい環境に不安と感動を持ってやってきます。むろんそういう方ばかりでもなく、私たちや他の入居者を受け入れられない方も多くいらっしゃいました。私の役割は、たぶん違うのでしょうが、そうした高齢者の方々の不安を少しでも軽減し、環境を受け入れることができるように手助けをしていました。 数日して皆様は環境に慣れ、結構楽しい所だと思われ、表情も明るくなっていきます。私さえ受け入れてくれなかった方々もいうtのまにか笑顔でお話しできるようになっていきます。 しかしどの方も入居から半年ほど過ぎると、目に見えてレベルが落ちてきます。これは業界用語です。認知症ではない人は、クリアと呼ばれます。そのクリアな方が入居後数ヶ月で、あれっと思うような言動をとるようになります。そうすると、レベルが落ちたといわれます。これは本人にとっては失礼な言い方ですので、言ってみればそれは業界の暗語と思ってください。 暗語の例を言えば、エンポウとかキザとか、・・知っている方は知っている暗語ですね。 介護業界の暗語は意味がはっきりしていて、暗語になっていませんね。 決してあなたはクリアです、などと、ご本人の前で言ってはいけません。ご家族の前でも相手を見てから話すようにしましょう。 とにかく、安定した環境の中にいると、そして上げ膳据え膳で暮らすようになると、なぜか表情に変化がなくなり、ぼんやりしてきて、そのうち認知症になってしまいます。 始めは施設に入るとここが終の棲家かと、・・思うのですが、そのうち環境に順応し、なるようになるさと受け身になっていきます。 認知症でも受け身になる人と、認知症であるために死がすぐそこまできていることにきづいていない人がいます。まだ、自分は現役で働いていると思いこんでいる人です。考えてみればそれはそれでいいじゃないかと、思われます。終の棲家と安住するより、抵抗したほうがいい。 私は、死を受け入れるようにして活動力の失われていく人々を見るに堪えられなくなり、施設をやめてしまいました。施設ケアの限度をみたような気がしたのです。 在宅事業にうつっても、人が死んでいきます。高齢者なので死は当然の行事ではありますが、身近に感じている人が亡くなるのはつらいものです。できれば、私が先に亡くなりたいとさえ思ってしまいます。 とまあ、言い訳かもしれませんが、そうして私は家に戻りました。 なに、まだまだ、私はここにいてできることがあるはずだと、こうしてブログで意見を発信しているわけです。
2005.11.25
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ありがとうといえない高齢者達。 私たちは何気なくありがとうと口に出します。 東京の人は、買い物のためにお店にはいって、誰もいないと「すみません、ごめんください。ごめんなさい。」と声をかけます。そして、買い物をしてお金を払いお釣りを貰うと、ありがとうと言います。お客様のほうがが、ありがとうございます、ということさえあります。私は子供の頃から買い物に行くたび、そうしていました。 大阪の人は東京の人が定価で買うだけでなく、自分からありがとうと感謝さえする、と驚きます。 実は私も変だと感じていて、定価から負けろとは言わないまでも、客を大切にしろとは思っていました。それで、私が中学1年の頃でしょうか、町に初めてのスーパーが出来たとき、毎日、そこで買物をしました。今から思うと、そこはスーパーというより、個人商店もしくはマーケットに近い経営方法でしたが、それでもいちいち、すみませんといって店にはいることもなく、欲しいものを指させば黙って包んでくれ、それをレジに持って行くと黙って計算してくれ、こちらも黙ってお金を払えばよく、ありがとうという必要もなくなりました。思春期の頃は他人と口をきくのも嫌だし、ありがとうというのも嫌でしたから。 また、話がそれてしまいました。が、東京の個人商店の衰退は売ってやるというタカビーな姿勢がよくなかったのでしょうか。 さて本日話したかったのは、東京の高齢者はどのような職業の人も、あなたのために働いているのではない、お願いしなくては売ってやらない、作ってやらない、とういわゆる職人、名人的態度で生きてきたようです。 東京近郊のお百姓も戦前戦後の食糧難で作物を作ってやっているという気持ちでいたようです。皆さん、偏屈で、ありがとうと言わない方が多いようです。 骨折で入院した方がいました。退屈されているだろうとお見舞いに伺うと、やはり、いつもきっちりしていたご婦人とは様子が違い、元気がありません。 そしておっしゃるには、「私はこの年まで、人にありがとうと言ったことがない。病院にいて、何をしてもらうにも、「ありがとう。」と言わなくてなならず、それが慣れなくてつらい」とおっしゃるのです。 皆さんはどう思われますか。その方は特にいやな感じという方ではありません。単に高齢者特有の頑固さがあると感じられるだけの方でした。たしかに私が伺った時に、来てくれてありがとうとは言いません。が、私は相手が嫌に思っても月に1度は伺わなければならず、感謝されなくても、歓待されればうれしいのです。 その方はつくづく、お嫁さんにも一度も感謝したことはない。お嫁さんだから当然だ、ぐらいに思っていた。骨折して入院したら、すべての人に感謝しなくては過ごせないことがわかった。しかし感謝はなれないので大変だとのことです。 私はそのとき初めて一度もありがとうといったことのない人に会いました。 卑屈になって生きろというのではありません。何気なく、感謝の気持ちは必要だと思います。 ありがとうといえない高齢者は外にも沢山いらっしゃいました。 そうそう思い出すと、反対にありがとうと言われたことのない方もいます。 私は数年前に命に関わる病気で入院したことがあります。 最初は、内科に入院していたのですが、後から外科病棟に移りました。外科は切ったはったの世界で、妙に病棟が殺伐としていたのですが、そこでも食事の前には看護助手の人がお茶を酌みに来てくれました。そのとき、「ありがとう」と何気なく声をかけると、その看護助手の人は驚いた顔で固まってしまいました。しかし何回もそうしてことを繰り返していくち、看護助手の人は私に心を開き、友人のようになれました。何もよくして貰おうとか友人になりたいと思って「ありがとう」と言ったわけではありません。他人に何かをしてもらえば、自然に「ありがとう」と口にでるだけのことです。朝会って「お早う」と言うようなものです。特別の気持ちや感情があるわけではありません。習慣になって口癖のようなものです。 こうしてみると、人と人との潤滑油は感謝の言葉、と挨拶かもしれません。 認知症になっても、習慣として感謝や挨拶の気持ちが残っていると、介護する人も、心を開いてくれるかもしれません。 実際、その骨折の高齢者はありがとうという言葉をいうようになってから、お嫁さんと本当の家族になったように見えました。自分を隠して取り繕っていた殻がはずれ、甘えることができるようになったようです。 ありがとうといえない代わりに弱音も吐けなかったのです。
2005.11.24
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皆様、いかがお過ごしですか。日の暮れるのもめっきり早くなりました。いろいろなサイトに登録し、日々メールを開いては削除、削除で日が暮れそうです。仕事を辞めてからもう半年ちかくたつのですね。失業保険は3ヶ月まって、3ヶ月しかもらえないので、ちょっとがっくりです。貯金も減ってくるし、でもすっかり体がなまって働きにでられそうにない。メールを読むより、率よく働くことはできるけれど、もう少し在宅でがんばりたい。私は子供の頃から心理学に興味がありました。今は関連の職業は多くなったけれど、私の若い頃は少なかった。でも夢捨てがたく、カウンセラーの教室に通い民間ながら資格をとりました。それでは開業するには根拠が薄いので、厚労省の資格もとれました。主に企業の相談室などに勤務するのですが、それでも独立開業できるようです。このブログの他にHPを持っています。そこでは相談室を開いています。こちらが本業になるよう、日々努力しているわけです。今日はふと思いついたことを書きました。おつきあいありがとうございます。
2005.11.23
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数日前の日記を読み返していましたら、某所のマックに4時間近く粘ったことが書いてありました。何、4日ほど前のことです。近頃数日前のことも数ヶ月前のことのように記憶が飛んでいきます。それで、ああ、そんなこともあったなあ、とつくづく感心しました。朝マックのソーセージエッグマフィンは私の好物でした。数年前ですが、朝保土ヶ谷の某駅前のマックで食べたことを思い出します。私の家から2時間かかるのですが、本社で会議があるたび、そのへんぴな町の駅前にありマックで朝ご飯を食べました。 どのようなへんぴな駅前でも首都圏ですとマックがあるのはうれしいものです。 そのとき朝マックは美味しかったのですが。。ホットケーキセットもいけてたなあ、 そうそう当日は子供がハムチーズベーグルを買いました。 ゴメン、みんなあまり美味しくなかった。すべて一口かじっただけやら、半分食べたのやら、と残して捨ててしまいました。 もしかすると、前日の研修会で受けた肥満の講義のせいかもしれない。 スーパーサイズミーの話が出ました。 3食スーパーセットを食べ続けると、体型と健康と体調がどうなるのか、あの肥満大国アメリカでの自分の肉体を使った体当たり実験映画の話です。 それをちらりと思い出し、食欲が落ちたのかもしれません。 私の体もスーパーサイズミーになりたくないと歯止めがかかったのかも。
2005.11.22
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昨日、子供の試験のつきそいで出かけました。そこは某私鉄駅前です。のどかな町で、スーパーなどありません。しかし、学生街ということもあり、喫茶店が2軒か3軒おきぐらいに4店ありました。そして商店街は終わります。狭い町!!日曜日ということもあって、駅から1軒目のお店は休日でした。2軒目にいきますと、4人ぐらいの家族連れと若い男性が1人の2組、お客さんがいました。ほどほどの客数なのでその店に入りました。私たち2人はダージリンを頼みました。大振りのカップに入ったダージリンはミルクテーと頼んでいないのに、出してくれたミルクとお砂糖をいれると、暖かくて美味しかったです。しかし、カップの取っ手にはコーヒーかすのようなものが付着してました。黙って指でかき落としました。ソーサーはカップの後の丸いアクのシミがとれていません。うむ、よく洗ってないじゃん。。 それでもおとなしく試験の時間待ちで座っていました。すると、突然、カップルが1組、若い女性が1人、私たちのような母子が1組、女性2人とまるで団体客のように次々とぎれなく入ってきました。店はほぼ満員状態。 このお店は中年の女性が1人できりもりしていました。ママさんなのでしょうか。1人で客に水を出し、メニューを渡していると。家族連れの母親は子供をトイレに入れ、戸を開け放したまま水音がジャージャー、そして出てくると注文の品が足りないとクレームをつける。 その辺からお店のママさんがおかしくなりはじめます。客はそれぞれメニューを見て、昼時ということもあり、軽食の注文をします。すると、「それは時間がかかります。」と怖い声で言います。客はだまってほかの物を頼みます。次の客がまた何か注文すると、「それは時間がかかるので、できません!!」と言い切ります。それでは何が・・、おそるおそる客がきくと、昼のセットメニューを渡します。セットならいいのねえ、と頼みますと、「とにかく順番に作りますから、」と誰も催促をしていないのに、怒ったようにいいます。 その様子にまったくおかまいなく、家族連れの若い母親は、あれをくれ、取り皿をくれと言い出しています。場の読めない人です そこへ若い娘がスミマセン、と注文しようとしても、なかなか聞いてくれません。私たちは少し時間がはやいけれど、でることにしました。お金を払ってでようとすると扉が開きません。なんと、入り口に鍵がかかっていたのです。最後に入った客がドアを開けたままにしていたので、ママさんが閉めたときに鍵もかけていました。そういえば、また2組ほどお客がきたけれど。戸口の所から帰っていったと思いました。客が来るのが嫌いな喫茶店の話でした。
2005.11.21
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てなわけで、大甘の親は子供のお共で今日も東大駒場校舎へ。なぜ、ついていくか。試験(ある試験)知っている人は知っているあの試験です。ついていかなければ、試験は受けたといって、どこかで時間をつぶして帰ってきそうだからです。今日だって本当に受けたのか、試験会場に入ったけれど、籠抜けでどこか余所で時間をつぶして試験が終わったころ出てきたのかもしれない・・ そういうことをしそうな子です。 すべて親の責任か・・ 子供をみていると、確かに親の責任だとは思います。しかし、生まれつきのものもあるのでは・・ 性格的な物です。生まれつき勉強が嫌いです。性格的には・・ いろいろありますが・・、まあ、欠点も多々あります。 昔の子供は親や先生が何が何でも偉いと思いこんでいました。ところが最近の教育は妙な民主主義、妙な平等教育があります。あ、こう書くと、また強権主義者の方や、修身教育をして愛国主義を植え付けたがっている人が喜ぶかもしれません。 私はそんなことを言いたいわけではありません。子供にとって親は身近な人生の先輩でやはり目上の人間ではないでしょうか。そして先生は先ず生きている人ですが、先ず生きるだけでも幼い子供や人生経験のない青少年からは尊敬されてしかるべきです。 しかし、子供が保育園の頃、先生は偉いのだからおっしゃることはちゃんと聞いて守るように・・と教えました。すると子供は保育園に行って、先生は偉いの? と聞きました。 すると先生は答えました。「みんなと同じで偉くないのよ。同じなのよ。」 この答えは素晴らしいと思いますか。皆様。 私はものすごく腹が立ちました。 この答えた先生は子供たちから鬼のように畏れられていたのです。キツイ、コワイ、保護者たちの間でも、あの先生は・・、と苦情が出ていました。しかし園長先生や役所にいうことはできません。幼い子供たちが捕らわれているわけですから。それでますます、自分はよい保母さんだと思いこんでいる方でした。たぶんどこかで園長先生になられているでしょう。 このように強い権力を行使している先生から、偉くない、同じだと、答えられると、子供は矛盾状態になります。 厳しくしつけてくれるのは嬉しいですが、同じレベルにいる人が怖いのは、どういうものでしょう。 子供は保育園時代に大人の嘘と矛盾と権力に翻弄されたのです。 なぜ同じ平等な人があれをしてはいけない、ときつく怒るのか、きちんと説明をしてほしいものです。 おかげで親が怒っても、自分と同じ人間が何の権利で怒ったり諭したりするのか、子供は今でも理解できません、 修身といっても、愛国主義ではなく、年上の人は一目置くぐらいの教えは必要ではないか、社会生活の仕組みを教えたくても、今の学校教育は ああ、また、本当に書き込みたかったことから離れてしまった。 とにかく親は権威はなくなっても、やはり親。碧の小枝を飲まされても、きっと親の心で悲しみ苦しむのでしょう。 子故の闇に陥り、試験会場まで大きな子供のお供です。なに、親ばかは我が家ばかりじゃない。余所でも、他人からみたら決して可愛いとは見えない子供に附いてきた父親、母親、両親がいました。 ああ、お宅らもか・・、と同病相憐れむ、私でした。 しかし、ここ2日ほど寒く、とくに昨日の寒さが応え、午後、外をうろうろしたのが祟り、今日は午後から風をしっかり引いてしまいました。 それでも酒を飲んでしまう私でした。 今日はここまで。 実はもっとおもしろいエピソードがあるのですが。また・・聞きたいという希望者がいらしたらお話します。
2005.11.20
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といっても、私個人でのですが、朝8:00の開店と同時に店に入り、途中8:50から9:10まで退室、後は12:10分まで滞在。1時間以上粘ったことがないのに、なんと、4時間近く、私はまず、朝マックセットのホットケーキ、2回目はエッグマフィン単品と、ホットコーヒーのMサイズ、しかし、半分ぐらいしか食べていません。正直いって味にあきてしまったからです。 お店は駒場東大前です。お店の方お邪魔いたしました。 なんでそんなに長く滞在したか・・ 東大にようじがあったからです。子供がある試験を受けて、それについて行って終わるのをまっていました。実際は午後3時までかかったのですが、午後はさすがに、居座ることもできず、外をぶらぶらしました。そうしたらけっこう素敵な喫茶店を何軒も発見。 一番手近なお店で紅茶をいただきました。美味しかったです。
2005.11.19
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本日は田町まで研修会に出かけました。中防協主催の研修会です。朝9:30~17:10までびっしりと講演で、エコノミー昇降群になりそうでした。実は我が家は7階なのに、ネズミ騒動で予定より早く起こされ、寝不足で、はじめの1時間は眠ってしまいそうでした。しかし、その後にサプリメントの話と肥満の話は眠ることができず、聞き入ってしまいました。肥満については、いずれお話ししますが、今日はこのネズミ騒動を詳しくお話しします。なんと言っても築30年のマンションです。昨年建物全体の大修理をしました。お金もかかりましたが、なかなか快適になり、玄関もオートロックでセキュリティも万全となったのですが、ネズミはセキュリティをかいくぐり、我が家に進入したのです。 1月前からがたがた夜中に不振な音がして、不安だったのですが、ネズミと認めたくない心理が働き、徹底的な捜索をしていなかったのです。 ネズミは上下水の配管を伝ってマンホールからあがってくるものと思われます。下水はマンホール直結らしいのですが・・。 もしくは地下から潜り込んでくるのかもしれない。とにかく一度入れば、各階の天井隙間やダクトや、配管の空間を我が物顔に行ったり来たりしているものなのでしょう。 そして、朝5:30頃、ガタという音が気になり、すぐにキッチンの電気をつけると、しばらくしてガス台の横から黒茶の固まりが、飛び降りてきました。 「あ、あなた、やっぱりいる!!」 連れ合いはネズミが嫌いです。それでもどれどれと起きるまもなく、キッチンえお横切り玄関へ黒茶はダッシュ!! 「あ、あそこ、あそこ」 それから、キャツメの姿は見えなくなりました。 まだ家の中にいるかと思うと落ち着きません。 連れ合いが玄関を捜索、すると、作りつけの靴箱の扉が薄く開いたままになっていました。中にいれていたものが少し涙して開いたままになっていたのです。その靴箱はあまり開け閉めしないので気づかなかったのですが・・。 その靴箱の裏側の羽目板の下がはずれかけていて、隙間が空いていました。その裏側はたぶん奈落の隙間、ネズミの通り道だったのでしょう。 そこを塞いだので、もう大丈夫でしょう。 ということで、きになっていネズミは一段落でした。
2005.11.18
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久しぶりの外出です。心理相談員の研修会が田町であります。1日中、缶詰状態です。家でのんびりしていたので、1日はつらいでしょうね。そのうえ、土、日は子供の試験の付き添いででかけます。大きな子供なのに付き添いとは・・、トホホですが、ついて行かないと、試験場に入らない可能性があるので、仕方ありません。試験はいやな物ですし、合格できるかどうかわからないなどと考えると、気が重くなるのはわかります。しかし、がんばるっきゃないでしょう。子供の自立をはかるためにも、仕事にでた私でしたが、それが裏目に出て、親のいないのをいいことに、学校をずる休み・・それが何年もつづき、もう後がない状態です。がんばってください。私ができることなら何でもして、試験を受けさせたい。ということで、数日心ここにあらずの状態ですが、それではまた
2005.11.17
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PC3台に取り囲まれ、家の仕事をしたり、PTAの仕事をしたり、ネットサーフをしたりと、あっという間に1日が過ぎます。調子に乗ってリードメールにも加入し、クリックしていますが、これは誠に儲からない行為です。私の秒給は0.5円です(これは今までの月給を換算しました)。家の仕事も10分で1000円になることもあります。まあ、これは主人の収入になっていますが・・。それに1日0円から10000円ぐらいの収入で、1日1時間から2時間ぐらいしか仕事量はありません。 家にいて自分だけの収入というとPCの前でクリックするだけですが、気の遠くなるほど、少ない収入です。 まあ、こうやって、何かを書き込んでいるのが好きなので、いいのですけれど。 話は変わりますが、そういう風にPCにかじりつきでは、健康によくないので、1日に1時間から2時間外に出ます。散歩したり、夕食の買い物をしたりです。 本日もふらふらと隣町まで出かけていたら、道を聞かれてしまいました。 なぜか、私は道をよく聞かれます。 人のいい人相なのか、隙のある顔なのか、よく聞かれます。 困るのが知っているけれど教えにくい所ですね。道が三叉路だったり五叉路だったり、今日も一本道を間違えると、とんでもないところに行ってしまう所を聞かれました。教えたけれど、大丈夫か、気になっていました。 後で確かめましたら、教えたとおりでよかったので、ほっとしました。 とにかくよく道を尋ねられます。初めて行った場所で迷っている時でさえ聞かれます。地図を見ながら歩いているのに、聞かれることがあります。その人の目的地が載っている地図ではありません。 道を聞かれますが、私は方向音痴です。 これについてはまだまだエピソードがありますが、本日はここまでです。
2005.11.16
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人は一人で生きているわけではありません。無人島に住まない限り、人との関係の中で生きています。 無人島といえば、先日TV番組で無人島に独りで住んでいるおじいさんを取材する番組をみました。おじいさんは一人暮らしなので、一糸まとわぬ姿で暮らしていました。服はもっていますが、滅多に着ません。筋肉は締まり、日焼けした肌は光り、年齢には見えぬ体でした。以前は人が住んでいた島でしたが、みな島を離れたらしく、その後おじいさんが移り住んできたということです。ホームレスというと、響きが悪いですが、ロビンソンクルーソーと言えばかっこいい。 このおじいさんも取材陣に始めはとまどいを見せていましたが、すぐに、島を案内したり、暮らしぶりを見せてくれたりして、意外に人なつっこい人でした。取材陣と別れるときは名残を惜しんでいました。しかし、無人島の一人暮らしといっても、まったく人為的な物がないとはいえず、余所との交渉はあると見えました。人はことほど一人では生きていけないのです。 高齢者になると、一人で暮らす人が以外と増えてきます。家族がいても仕事が忙しく、日中は独居という場合が多い。 一人で暮らしていて認知症になると、大変なことになります。偏屈な性格だった人は、困ってもなかなかSOSを出さない。そのために取り返しのつかないことになります。現在は個人の尊重が強く言われています。周りで見かねても、本人が拒否すれば、手を貸すことができません。もうだめという状態になったとき、ケアマネ、訪問看護師、民生委員などが行政を動かし、措置で入院もしくは入所となるよう運動します。介護保険施行前は、福祉行政が、人の生殺与奪の権力を握っていました。悪い面もあったでしょうが、強制権が強かったので入所などに力を見せてくれました。今、福祉行政も空き施設の余裕をもっていません。介護保険により、ある意味平等になったからです。 おかげでもうだめだというとき、ケアマネは底なし沼をもがくような気分に陥ります。困っている高齢者を施設などにどうしても落ち着かせることができないからです。 人との関わりを大事にしてこなかった人の話を書きます。 若い頃、外に女性を作り、さんざん奥さんを泣かせてきた男性が寝たきりになったとき、妻は三度の食事を枕元に運びますが、手の届かない所において、夫を泣かせるという話を聞いたことがあります。 そして実際にそういう場面に遭遇したことがありました。 いわゆるDVの家庭でした。夫は酒を飲み暴れ、奥さん子供を殴りました。 とうとう長年の飲酒がたたり、糖尿病から脳梗塞をおこし、ほぼ寝たきりの状態になってしまいました。 DVの家庭に育った子供にはDV傾向があると聞いたことがあります。子供は寝たきりの父親を殴りはしないでしょうが、冷たい態度です。口汚くののしりもします。食事もほとんど与えません。妻もいますが、子供と同じ気持ちです。介護保険のおかげでヘルパーさんが1日に1回入っていました。その時に食事を作り食べさせているので、飢え死にはしませんが、ヘルパーさんがはいらなければ食べられません。家族はヘルパーさんを断ることはしません。表だって殴ったりもしません。虐待となって訴えられないようにするためです。しかし、介護はまったく忌避しています。 本人も自分が悪かったから仕方がない。と言っていました。とうとう行政が入り、どうにかしようといろいろ試みました。家族と面談も繰り返しました。家族は長年の苦しみ、恨みが吹き出し説得を聞こうとません。 積極的に施設や病院にいれるということもしません。 特養に入所させようということになりました。以前ならどこかの空きベッドに潜り込ませることができたのですが、今は介護保険が徒となって入れません。とにかく急を要するということで、医師に措置の入院が妥当であるという診断書を書いてもらいたい、と行政から話がありました。 診断書があっても、すぐには困難かもしれません。が、こうした例は早い措置が必要なケースです。放置しておけば、今は精神的な虐待ですが、肉体的虐待にうつらないとも限らないからです。 若いときから家族を大事にする家庭的な父親なら、幸せな老後を過ごせたかもしれませんね。
2005.11.15
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認知症の症状といっても、人の数だけ違いがありました。同じ症状と思えても、少しづつ違います。 これはその人の持って生まれた性格によるものではないかと感じています。 徘徊の強い人。自分の家なのに、帰ると言い張る人。知らない男がのぞいていると言う人。夜中に起きてトイレの場所がわからず、ベランダでする人。 家族を鬼と思っている人。何もしようとしない人。人をあしざまにののしる人。誰にでもお礼をいう人 若いときから活動的な人は徘徊傾向が強いようです。 疑い深い、被害者意識の強い人は疑い深く、家族を泥棒扱いします。 男性に強い畏敬心と恐怖心と裏返しの関心が強い人は、男性を嫌います。不審な男がいた、と騒ぎます。 引っ越しが多かった人はトイレの位置が分からなくなります。昔の家のトイレの位置をふと思い出したりするので、違うところで用を足そうとするのでしょう。 心に何か深い傷をもっている人は誰も信じません。他人を誰彼かまわずののしるのです。もしかすると、その人は自分は損ばかりしてきた、と感じているのかもしれません。 その人は生きてきた人生も大きく影響してきます。仏のような心の人も不幸続きであったら、社会を天さえ呪うようになるでしょう。 いつもぶつぶつ繰り言ばかり言うようになります。 いつもいつも、すみませんねえ、と感謝の言葉を誰にでもいう方がいました。そうでないときはナムアミダブツとお経を唱えています。 ところが、夜中になると一変します。夜中に安否確認で寝室をヘルパーさんが訪れると(また、施設での話です)、「この女中づれが!!」と怒鳴って、ベッドの横に置いてあった杖で殴りつけてくるそうです。 この方は、明治から大正の間ごろ大きな商売をしているうちのお嬢さんでした。少し伝法な職業であったらしく、習慣的に、そのように怒鳴っていたのかもしれません。 当時はお金持ちでも女性は上の学校にいくことは少なかったのですが、その人は有名な女学校に通っていました。 それが誇りでもあり、また一番楽しい思い出でもあります。 ときどき自分がどこにいるのか、女学校に通っているのか、分からなくなっていることがあります。すると、さっきのヘルパーさんが「ここは老人ホームなの。あんたは家族からここに入れられたの」と何辺もしつこく教えます。夜中の仕返しでもあるのかもしれません。しかし、また夜になると、逆転して殴られてしまいます。 むろん体も小さく弱った高齢者ですので、けんかをすれば若い(60代でしたが)ヘルパーさんは勝ちます。でも、押さえつけたり、殴り返すわけにはいきません。虐待になってしまいますものね。 高齢になって、誰にでもありがとうと言える、可愛いおばあさんになろうと、本人は思っているのでしょう。しかし、夜中にはわがままお嬢様がでてしまうのです。 今まで生きてきて、若い自分は人を人と思わないで生きてきた人は高齢になっても変わることはないのでしょう。 私たちは生きていくうえで、いい高齢者になろうと思うなら、若い自分から直していかないと、結局いやな年寄りになってしまいます。これは自戒を込めてかいています。
2005.11.14
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認知症になると、短期記憶が失われやすくなります。しかし、瞬間の記憶が消えるわけではありません。 長期記憶はかなり長く保たれます。自分の子供時代、青春時代、子供を育てていた時代・・ 途切れてくるのは、数時間前から数年前ぐらいからです。認知症になり始めた頃からの記憶は薄れてきます。昔の記憶ははっきりしていますから、自分の子供のことは若いときの顔しか思い出せないことが多くなります。ですから、昔は子供でも今は中高年に近づいたおじさん、おばさんになっていますから、自分の子供ではないと思います。一方、その子供は実の親子なので遠慮がありませんから、がみがみ叱ることが多い。それで、うるさいおじさん、おばさんだと思っい、あんたは子供じゃないとなってしまいます。このとき怒らず根気よく、優しく接していると、ちゃんと息子、娘だと思い出してくれます。 幼い子供と同じだと思いましょう。叱ってばかりいると、子供は萎縮し、伸びやかに育ちません。(だからといって、けっして赤ちゃん扱い、子供扱いしてはいけません) 認知症の高齢者も伸び伸び生きることが大事です。 叱らず、なぜそのようなことを言っているのか、ゆっくり聞くようにすると、だんだんに混乱状態は落ち着き、今、何がしたいのか、今、何を考えたのかを分かり合えることができます。 何度訪問しても、私が誰で、何をしている人で、何をしにきているか、覚えられないご婦人がいました。 その方はマンションに一人暮らしをされています。いつ伺っても、「どなた様でしたっけ・・。まあ、お入りなさい。」と部屋に招き入れてくれます。私が誰だかわからないのに、部屋に入れちゃうのは危険だ・・と思うのですが、私も仕事で伺っているわけですし、優しさに甘えてお部屋に入ります。こちらには週1回ヘルパーさんが入って掃除などのお手伝いをしていますが、実際は本人がいつもきれいに片付けていて掃除の必要がないほどです。 そのうえ、インテリアも趣味がよく室内は雑誌のグラビアにでもしたいほどすっきりとしています。 以前、認知症の見極めに室内の片付けができなくなるとかきましたが、このように整理整頓やインテリアの趣味も抜群などという方もおいでです。すべていちがいにいえないということです。こうしてみると、実はきれい好きではないのに、女性は綺麗好きでなくてはと強迫観念にとらわれていた人が認知症になり強迫観念のタガがはずれたのかもしれません。 認知症でも、もともとの性格がきれい好きの人は綺麗好きなままで、博愛精神に富んだ人は、疑うことをしらず、誰をもうけいれてしまいます。 部屋の綺麗な認知症の方はこの人が初めてでした。 疑うことを知らない高齢者は大勢いらっしゃいます。詐欺に遭わないかと心配です。それでも掃除は苦手な人は多いです。 ヘルパーさんが週1回はいるのも安否確認の意味が大きい方でした。それに話し相手も重要な役割です。今、介護保険で話し相手というのは認められていません。形にならないものや、趣味のようなものに大事な保険は使えないからです。 しかし、独居の高齢者に必要なのは、話相手ではないでしょうか。それも間違いを正したり、教え諭したり、チャチャをいれるような相手ではなく、じっくりと聞くことが大切です。 私が月1回訪問するのは、介護保険上の決まりであるだけでなく、この無条件な話し相手にもなる必要があるからです。介護保険での報酬のなかには入っていません。介護保険では条件付きの話し相手になることです。その人に必要なサービスを引き出すための話ということになります。 高齢者にはまず信頼してもらうことが第一です。そうするには、無条件な話し相手になることが一番大切ではないかと私は思っています。 と言いながら、いつも頭にひらめくことばかり呼気込んでいるものですから、今回も述べようと思っていたことはほんの少しとなってしまいました。 また次回に・・
2005.11.13
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真実の口認知症は誰にでも訪れます。公平です。お金持ちも、教授も、社長も・・ プライドだけは残っていますが、心はむき出しの裸の状態です。 私たちも思ったことをつい口にして顰蹙をかうことはありませんか。認知症になると、若い頃からポリシーにしていること、好み、自分勝手な考えなどが、ストレートに表されます。 認知症の高齢者とつきあう時、自分自身も裸にされていると考えてください。 肉体的な欠点を持っている方が対応すると、そのことを完膚無きまで指摘されます。決して怒ってはいけません。認知症の方は真実の口をもっているのです。嘘は言えません。ただ、自分自身のことについては嘘をつきます。それは自分自身のことを忘れているからです。記憶がとぎれているから仕方がありません。しかし、今現在のことはわかります。今現在のことについてとやかく指示したりしてはいけません。そんなことはわかっています。といわれてしまいます。 さて、肉体的欠点といいましたが、それはたとえば太っているとか、顔の美醜についてとか、男性なら頭部の毛が少ないとか、腹の周りだけ肉が多いとか、そういった、自分でも知っているがとやかく言われたくない欠点のことです。 認知症になると、こんなことを言ったら相手が怒るとか、傷つくとか忖度しません。頭にひらめいたことを瞬間的に口にしています。 これはADDとかADHDとかに似た症状かもしれない。 脳の中の異常な状態、もしくは何かの欠損か過剰かによる症状です。 これは病気が言わせていると思って、決して本気で怒ってはいけません。真実の口が言わせていることです。王様は裸だ、と言った子供のようなものです。真実は認めなくてはなりません。 ただ、自分のことならいいですが、初めて行ったところで言いたい放題にされるとハラハラしてしまいます。 ある日、やっと精神科で診断を受けることになりました。 娘さんとケアマネが同行してタクシーで向かいます。 「どこに行くの。」 「いつもの仕事で、みんなででかけるのよ。」娘さんが答えます。 私はうなづくだけです。やはり嘘はつきたくない。前にも言いましたが、認知症の方と接するとき、できるだけ嘘はつかないようにすることが肝心です。うなづいたり、そうですか・・などと逃げを打ちます。 相手に迎合したり、あわせすぎると、いつか嘘に嘘を上塗りすることになり、信頼関係が薄れます。 さて、話はそれましたが、やっと病院に着き、あらここは病院、と本人が言います。そうよ、前から検診だと話していたじゃない。と娘さんが説得します。すると本人はそうか、と納得します。 実は娘さんも仕事仲間だと思っています。しかし本当は診察をうけなくてはいけないし、今のままではいけないことになっていると本人は感じています。本人の感情の落としどころとして、多少の嘘はしかたがないのかもしれません。 そうそう、そこで認知症のご婦人は大きな声で言います。 「なに、この病院は美人の看護さんがいないじゃない。みんな不細工ばかり・・」 「ええ~、」と私たちはあたりを見回して怒っている人がいないか、気にします。たしかに美人とはいえない方ばかりでした。恐るべき、真実の口
2005.11.12
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ちょっとへたりぎみです。アクセス数もわけあって少ない。まあ、そんな物なのでしょう。きづかいないでいたら、トラバがいっぱい。セックスフレンド募集中がいっぱい。内容はとにかく、同じトラバはスパムですよね。私のブログとはコンセプトが違うので、削除させていただきました。たぶん自動で送るソフトなどがあるのでしょう。これもサイト攻撃です。楽天は最近攻撃されていませんか。もっとも、どこのブログでもアダルトのトラバ攻撃には困っているようです。内容を見て送るということはできないものでしょうか。気を入れてやっていないと泡沫ブログサイトとして、このほんわか介護破棄得手しまいそう。さあ、ガンバルゾ~って何をがんばるのか。
2005.11.11
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仕事も忙しい。他にも頼まれたこともあります(だから2日ほどPCの前にはりつきっぱなし)。マズイ・・、外出していない。買い物も1、2分以内の店で総菜を買ってしまいました。近くの小さなスーパーは総菜が安く、おいしいです。運動不足が怖い。昨日、届いたdellちゃんを立ち上げました。dellちゃんは19インチなので、画面が大きい、大きい。目の端からはみ出ています。仕事には17インチぐらいでよかったのね。 でもDVDもみれるし、TVもみれるらしい・・。らしいというのは、外付けTVチューナーというのもオプションで取り寄せたのですが、まだ接続していません。 dellちゃんはソフトがほとんど入っていないので、余っているソフトをインストールしています。仕事用にするつもりですので、バイオちゃんのデータ、ソフトを入れているところです。バイオちゃんはネット専門。 思えば、初めてPCを買ったのはFMVでした。一太郎がバンドルソフトで入っていました。それまで、ワープロでオアシスを使っていたので、オアシスWINも購入してインストールしました。そのときのハードの容量は700MBぐらい・・、今ならメモリーぐらいの容量です。そうそう、メモリーも8MBぐらいだったか、16MBにするため、1万円以上だして8MBのメモリーを買ったような覚えがあります。 そのころからPCにどっぷりはまりだしました。 やれやれ、FMVでは仕事がこなせなくなって、ゲートウェイを次々2台買いましたね・・。ゲートウェイ日本撤退から(また日本に帰ってきています。人気はどうですか。)、バイオを子供の分も入れて4台、日立のフローラじゃなくて、車みたいな名前のPC、そうそうプリオスです。画像がきれいで買ってしまいましたが、1年ちょっとでリタイア・・。 今はdellを2台、PC評論家になれそう・・かな。まあおばさん的意見でどうでしょうか。といっても、たいしたことも知らないまま、PC歴12,3年かな・・、ワープロ歴は25年。 ワープロもPCも草分けといってもいいかな、というところで、機械に囲まれて暮らしています。 新しい車の匂いが好きという人がいます。新しいPCの匂いも好きかもしれない・・。 ただ、電気周りが大変な状態です。蛇だか、なんだか大群でとぐろをまいています。朝は1時間半かけて、どれがどの機械につながっているのか確かめました。すると、身元不明のコードを2本発見。機械だけ外されて、コードだけが残っていました。これは危険かも・・。ちょくちょく、機械のメンテ、および電気周りのメンテ必要ですね。 夜だって、スイッチ式のコンセントは赤々と電気がついているし、ルーターも赤々、室内灯を消しても部屋は赤々、ハードディスクの回る音やら、何やら五月蠅い。いやいや、地球に優しく、ハードに優しくです。 それでは、明日あたりはシリーズ物に復帰できるかな。。
2005.11.10
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dellを買ってしまいました。dellは前に1台、子供のために買っています。これで2台目です。鬼のようにネットにはまってしまい、1台ではこなせなくなってしまいました。私の前にはバ○オが1つ、dellが1つ、背中の方にmacが1台、棚にモバイルのバ○オが1台。 PCは何台買ったことか。 しかし、PCはアメリカ製(組み立ては東南アジアらしいですが)が丈夫でいいようです。それにdellは顧客サービスもとてもよい。なんてほめても、dellのアフリエイトをしているわけではないので、1円も儲かりはしませんが・・。 とにかくソ○ーの顧客対応はよくありませんでした。一応気を遣っているようですが、無駄金は使わないという方針のようでした。 バ○オはCドライブをフォーマットしてOSから入れ直しました。重いのが治りました。スパイウエアがとりついていたからです。重くなったのでスキャンしたら、スパイウエアが変なところにとりついたらしく、消去できません。他所に伝染ないうちにと、すぐにOSの再インストールです。今日来た新しいPCをネット用にして、もう1台は仕事に使うつもりです。 MACは時々よそからのデータを開けなくてはならないことがあるので、買いました。まだ使いこなせていません。ネット社会はウインドウズが幅を効かせていて、MACは不便を託つことが多い。時々メールを開いたりしています。また、DVD鑑賞に使ったりしています。宝の持ち腐れかな・・ 機械類が好きで新しい機械に取り囲まれていると幸せという変な性分だと、PCをやるようになってきづきました。 もっと若いときからやっていればすごいことになっていたかもしれないのに・・、でも趣味でやっているから楽しいのでしょうね。というわけで、午後は新PCの置き所を作るため大掃除になってしまいました。ああ、疲れた
2005.11.09
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優しい心を忘れましたか。 認知症の高齢者とつきあっているうち、気づくことは、優しい心にあふれていることです。 アルツハイマー症になると、攻撃的になったり、被害者意識が強くなったり、猜疑心が強くなります。もともと、若いときからそうした性格があったのに、理性が隠していたのです。理性がなくなり、本性が現れた・・。 しかし、その中でも優しいのです。本当は誰かを常に思いやっています。心の底から愛している人を思いやっているのです。 今ここで述べている人たちは女性です。特に母親です。母親は子供を盲愛している人が多い。(これは私のあった高齢者の女性たちに限ったことですが) では、私の金を盗ったなどと自分の娘や息子をののしるのはどうしてでしょうか。それは実の子供たちが敵になってしまっているからです。 これをしてはだめだ、いけない。なぜわからない。どうしてこんなになってしまった。バカ!! とののしることはありませんか。実の親子はつい遠慮がなく怒鳴ってしまうことがあります。人間には感情があり、耐えきれない時があります。また、自分が子供だったころ、その母親は神のように、何でもできて、逆らうと怒られ、厳しいひとだった。その人が認知症になって子供のように分からない人になった。それが一番耐えられないことです。実の子供は親が認知症になっていることを認めません。本人のほうがおかしくなったと感じていても、子供はあの人は元々厳しい人だった。元々ああいうところがあった。何かの勘違いでおかしなことをいっているのだろう、と思いがちです。 まず母親が病気であることを認めましょう。認知症は立派な病気です。 病気は治せますが、認知症は治せるもの、進行を食い止めるもの、進行性のものとあります。環境の著しい変化、脱水症、入院などの夜間譫妄などの一時的混乱は治せます。これは周りが注意すれば治ります。 進行が食い止められるものは脳血管性、高齢によるもの、などです。 進行性はアルツハイマー症などです。 さて、進行していても、子供のことは忘れません。ただ、今は文句ばかりいう憎たらしいおじさん、おばさんにしか見えていません。子供とは思えません。幼かったとき、可愛い子供だったころ、小学入学前ぐらいの頃の子供をいつまでも愛しています。 外で子供の声が聞こえると、自分の子どもが帰ってこないと思い出し、何時間も近所を探し回ったりします。子どもは仕事で遅番なので深夜にならないと帰ってこないというのに。 ある方は夢の中に小さな男の子が現れました。その後、その子供はどこにでも現れます。公園や夜の窓の外や、部屋の中や、・・、その子はこういいます。「君のことは僕が守ってあげる。」 まるで少女のようにその子がそう言ってくれた、と何度も繰り返して私にはなしてくれました。 きっと、ときどき会いに来てくれる愛する長男の幼い時の姿なのではないでしょうか。 長男はよく訪問していました。奥さんはほとんどきません。それは息子と母親の間に入りたくないのかもしれません。入ることができないというか。 よくきてくれていても、母親は次の日には忘れてしまいます。ちっともきてくれないと愚痴ります。いつきてくれるか、電話をしたいといいます。 1日中事務所の(施設でのことです)前に陣取り、電話をしてくれ。と言い続けます。それがだめだと、次男の家にかけろといいますが、次男も仕事で多忙中です。それに母親が長男を溺愛していることをしっています。次男は切ないものがあります 夢の中の男の子はどんなときもその人を心配してくれ、幼いながらも「君は僕が守る」と言い切ります。 女性は白馬の王子願望の強い人がいます。彼女は気の強い女性でしたが、その息子の再現の夢の子供は白馬の王子でしょうか。守ってもらいたいと願っているのでしょうか。 施設にはいることは彼女自身の希望でもありました。それが長男一家の平穏でもあると感じたのでしょう。有料老人ホームなので恵まれている状態です。でも子供を恋い慕う気持ちに打たれることさえあります。 どうか優しい心を忘れないで、認知症の高齢者を見守りましょう。 認知症の方は、いえ、高齢者はみんな優しい心をもっています。
2005.11.08
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認知症にならないようにするにはどうしたらいいでしょうか。 生活習慣病にならないようにすること。高血圧、糖尿病、など脳血管障害を起こす病気にかからないようにすることがまず第一 アルツハイマーはどうしたら・・、お酒が苦手な女性が多くかかっています。食事のバランスが一番大事そうです。脳内物質のアンバランスによりのうが萎縮していく病気ですので、脳の栄養が大事、しかし多すぎてもよくなく少なすぎてもよくないようです。 高齢になると脳が萎縮してきて、認知症が始まります。これには常に脳の活性化が防止策です。趣味や社会活動をする。脳を止まらせない。いつでも動かすようにする。簡単な計算や、本を読む。TVをみて社会の動きに関心を持つ。 介護保険の認定調査もケアマネの仕事です。私は300人以上、400人は超えている方たちの調査を行いました。 TVを部屋に置いている人がほとんどです。数十年前はお金持ちしか持っていない家具でしたが、今では生活になくてはならない家具になっています。 調査の時必ずお聞きします。 TVはよくみますか。どんな番組が好きですか。 あまりみないとかお答えになる高齢者が多かったようです。番組については、具体的に答えられない人も多い。相撲の番組を見ているときは相撲と答えることが多いですね。 TVもみなくなると、認知症はすすみます。興味を失うことが問題です。 また、目がよく見えるのか、音はよく聞こえるのかの調査もついでにできるからです。私は目がよく見えないと言いながら、じっくりTVが楽しめるのなら結構見えているかもしれません。 興味を失うことは進むと食事にも興味がなくなってきます。 認知症の最後は食事をしなくなり、息をすることさえ忘れてしまいます。 誰もが高齢になるわけですから、どう生きるのか、今から考えておいた方がいいでしょう。趣味のない人は見つけましょう。今から大学に入り直すとかして勉強を続けてみましょう。 ボランティアをやりましょう。
2005.11.07
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小泉政権は今どうですか。選挙結果で気落ちした我が家の同居人はTVをスカパーにしたまま、ぼんやりとみています。小泉さんをみると腹が立ので、NEWSをみないそうな・・。勢い我が家は政治の世界にうとくなりつつあります。 国民が決めた結果なので、医療費自己負担が増えようと、保険料があがろうと、介護保険自己負担が大幅に増えようと、保険料が上がろうと、所得税が増えようと、消費税が増えようと、かまわないのです。国民は郵政民営化選挙とおもったのでしょうが、何かを変えないと日本は変わらないと思ったのでしょうが、変わります。国民負担が増え、国、公共自治体のサービスが低下します。いえサービスは変わります。 変わります。公務員がいやに愛想がよくなることです。住民票を自分の用事のためにもらいに行くと手数料を払います。「ありがとうございました」とにっこり笑ってくれます。行列のできるラーメン屋より愛想がいいです。 そうそうあがるばかりではありません。下がるものもあります。ねえ・・ 年金受給額が下がります。むろん年金保険料は上がりますが・・ 給料も下がっています。今景気があがっていると見えるのは(上がっているのですか?)、給料が下がっているからです。フリーターや派遣社員が増えるのも人件費圧縮のためです。 私の「認知症とつきあう」にも書きましたが、福祉業界は女性を多く管理職登用しています。これは女性の給料が安いことと、管理職になれるのなら、多少給料が安くとも、実より名をとる女性が多いからではないでしょうか。 慣習として女性の方が給料が低く、また扶養控除の家族が少ないなど、人件費は安くできます。そして、介護職の給与を女性のレベルを標準とすると、後から参入してくる男性の給与も低く抑えられます。 不景気を名目として高給取りの男性をリストラし、やすい給与の女性に社会参加させ、平均給与のレベルを下げました。しかし、税金収入は減っていきます。 故に小さい政府といって国のサービスの低下をはかっています。しかし、権力は中央に集まってきています。 小さい政府だが、大きな力の政府が作られようとしています。 それは改憲の動きです。もっといっぱい書きたいけれど、まずいかもしれない。もう口にチャックの時期が来ているかもしれません。 しばらく、このテーマはお休みです。再会する日まで・・
2005.11.06
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認知症とは、痴呆症の新しい名称です。まだはっきり制定されているわけではありませんが、もう大手を振って使用されています。 認知症とは意味不明の言葉です。認知が困難になったということでしょうか。非認知症とか認知困難症とかの方がわかりやすいのです。 3、4年前でしょうか、精神分裂症という名称が差別感を生む、また病状を正確に捉えていないということで、統合失調症という名称になりました。これも制定される前から使用されました。 統合失調症ですと、自律神経失調症のようで柔らかくなっています。しかしこれは何かが失調しているというマイナーなイメージがありますが、認知症となるとマイナーなイメージはありません。 日本人は直接的な言葉を嫌います。分裂症などというと恐怖感があります。痴呆というと馬鹿にされた感じがします。 なんだか言葉でオブラートえおかぶせたようで、中身は変わっていませんが包装がきれいだと高級品になったのと同じようなものでしょうか。 しかし、現場にいると、この言葉のオブラートはとても大事なものです。たとえば、薬剤師で働いていたとき、薬を渡すとき、「この薬は何に効くのでしょう」と聞かれます。病識のある人や告知をきちんと受け理解できている人はいいです。そうでない場合やどうだか、こちらがわからない場合は「これは分裂症の薬ですよ」とか「痴呆の進行をくいとめる薬ですよ」とかいいづらいことがあります。オブラートまぶしの言葉はこのときに役に立ちます。名前が変わっても中身は同じでしょう、と思われるでしょうが、そんなことはありません。名称がソフトになると病気もソフトになります。 統合失調症ってそんな怖くない、ただの病気じゃん、と感じられるようになるから不思議です。 ケアマネの仕事にはケアプランがありますが、これは本人、家族にみてもらい、了承を得る必要があります。このケアプランには真実を記入しなくてはいけません。クライアントのおかれている身体的、知能的、家庭環境などを記載するのに、痴呆症とか、痴呆があり、などと書くと、本人や家族が怒りや不快感、ひいてはケアマネに対する不信感などにつながることがあります。結局ぼやかして記載すると、いいケアプランが作成しづらい。とても苦労がありました。認知症があり、と記入すると言葉がストレートでなく、受け入れやすいものです。 また、統合失調症の高齢者をデイサービスなどにお願いするとき、分裂症で、などというと「他の利用者に危害を加えないか・・」などといわれそうですが、統合失調症ですと、軽く困った精神状態のようで、お願いしやすくなっています。 ことほど日本人は言葉に敏感な人種です。言霊といいますが、痴呆、分裂、などと怖い言葉がつけば怖い病気のようですが、認知症などと、柔らかい、意味不明な名称になると症状まで軽くなったような気がします。 痴呆はなりたくないけれど、認知症ならそれほどでもないかもしれませんね。
2005.11.05
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認知症における男性と女性との差について ここに書かれてあることは学際的に裏が取れていることではありません。あくまで、私が経験した、またお会いした数百人の高齢者から類推していることです。それを前置きにさせていただいて、続けていこうと思います。 私が会ってきた高齢者の比率は男性の方が圧倒敵にすくなかったです。やはり女性の方が長生きであるからでしょう。また自殺者は男性が多いですね。生きることにしたたかなのは女性なのでしょうか。 これからはこうした比率も変わってくるでしょう。女性の管理職が増えています。身近な例で言えば、福祉関係は女性の管理職がとても多い。以前は職場比率が女性が多くても、男性が管理職になることが多かった。しかし、福祉が民間業者におりてきてからは、女性を施設長、センター長など管理職に据えることが多くなっています。これは、人件費を安く押さえるためだと言われています。男性は家族を抱えているため、諸手当が多くなります。住宅手当、家族手当などです。女性の既婚者ですと、本人の給料だけでよく、それだけでも人件費の節約になっています。 また、これから福祉に就職する方は、男女の給料格差はなくなっています。男性であっても女性であってもスタートが同じになり、ほとんど昇級もありません。男性が福祉の世界に入ってくることは、給料面がネックとなってくるでしょう。男性も女性もいずれが独立するということになりかもしれません。 と、いつもキーボードがすべって本題から離れがちですみません。私がいいたいことはこれからの女性は責任ある仕事を安い賃金でこき使われて、ストレスにさらされる毎日となるでしょう。重圧から病気になったり、外出しがちで交通事故にあったり、と女性の生き方が男性化し、平均寿命も短くなるかもしれません。そうなれば認知症における男女の差は変わってくるでしょう。 また本題からずれますが、女性の単独強盗犯が増えています。犯罪も男性化してきています。 今研究されていることは、社会の変化に併せてかえていく必要があるでしょう。ここに書く認知症の男女の差は、日本の歴史とそっています。未来は変わってくるということです。 昨日述べたように、現在の高齢者は江戸時代の封建主義、明治時代の家族主義が残るなかで生まれ育ち、昭和の軍国主義の時代に青年期を送り、占領時代の戦後に子供を育て、高度成長期の日本を支えて働いてきた方たちです。この生きてきた時代背景を考慮に入れながら接することが高齢者の心に沿うことになります。その生きてきた時代のどこがその人の焦点の時代なのかをはかる必要があります。 女性は幼少時代は親に逆らうことなく育ち、嫁してからは、姑、夫に使え、今は息子夫婦の言うなりに生きてきました。そんな人生の中でその人のハイライトの時代に帰っていきます。必ずしも楽しい時代ではなくても、充実していたころです。 一方男性は一家の長としての運命をもって生まれ育ってきました。大事に育てられてはいますが厳しくも育てられています。父親は時に殴って折檻することもあったでしょう。常に人生は勝ちか負けかの選択を迫られていた。その時代をうまく生き抜いてきた人は働き盛りが一番のハイライトになるでしょう。 男性は仕事からなかなか離れられないようでした。 女性は家庭の細々したことや子供の小さかった時代から離れられないようです。 もしくは一番楽しかった頃、女学校時代に戻る人は多いように感じられました。 なかなか本題の核心にふれないまま。本日はここまでです。
2005.11.04
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認知症における、男性と女性との差についてというか症状の現れ方についてですが、その人がいままでどう生きてきたか、どのような性格だったか、人生観、思想などが関係してきます。故に男性と女性の差は性差からくる生き方の差になってきます。現在、後期高齢者になっている方々、80歳、90歳の方達は男尊女卑、封建主義の残った時代に生きてきた方達です。家族主義というものは明治憲法から始まった物らしく、それまでは制度としてあるのでなく、慣習としてあったものでした。その家族主義にどっぷりひたった世代の名残ともいえます。 家族主義のなかでは、男性だけが尊ばれていましたが、反面男性は一家を養うという大きな責任を負わされていたのです。男性にとっての関心事は自分の社会的ステータスになってきます。ステータスが高ければ高いほど、収入も良く、一家の長として君臨することができた。 まあ、ステータスが低くても家庭にあっては暴君でいられました。それはそれなりに収入を得、家族を養ってきたから・・。 戦後60年、近代化を進んできましたが、本当に男女平等になったのでは、と感じられるのはここ数年のことです。皮肉にも長く続く不景気が女性の社会進出を促し、女性がパート労働にせよ、家計を支えるようになった今、男女の不平等が多少是正されてきました。 関係のないことを書いているとお思いでしょうが、このような背景の元で高齢者は生きてきて高齢になっていったのです。 その高齢男性の社会的ステータスは元という冠がつくようになりました。元はあまり効果はありませんが、本人はしがみつきたいものでしょう。 それで認知症になっても自分やも周りの人のステータスを気にしているのです。 誰が偉いのか、ということを高齢者達は微妙に感じ取り、相手のステータスに合わせた態度を取るようになります。これは男女ともですが、とくに男性にその様な傾向が強く感じられます。 介護保険の用事で伺ったと申し上げても、大抵の方は「保険は間に合っています。」とお答えになります。 「これはお上のきめた法律ですので従っていただきます。」と申し上げると、だいたい渋々納得します。 80,90歳はお上にも弱いのです。 60、70歳代の方は。お上でも迎合しない方もいます。 事細かに数字を上げて説明すると、やはり渋々納得して下さいます。 認知症になると、このうえに持って生まれた性格が強くなります。ベランメエの人はよりベランメエに、疑り深い人はより疑い深く、被害者意識が強くなります。 施設ではよくみられることですが、施設の窓から身を乗り出して、道行く人に「助けてくれ!! だまされてここに入れられた。監禁されている!!」ち叫ぶ人がいます。これは被害者意識が強いことと、こうしたら、施設が困るだろうと計算もされています。」 計算ができるなら認知症ではないだろうと思われるでしょうが、これは行動のタガがはずれているわけで、迷惑を思いやれないということが、認知症の始まりです。 と進んできて、はっきりした本題にふれないまま、本日はこれまで
2005.11.03
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どうしてか、いまいち盛り上がりに欠けています。PCの具合が悪いこともあって、力が入っていないからかな?興味あることが多すぎて、内容がコロコロ変わるのもいけません。それで、別にブログを2つも立ち上げてしまいました。それぞれ、内容を変えてコンセプトをしっかりするしていくつもりです。楽天は始めてひらいたブログですので、なんとなく愛着があり、思いついたことをついぽろぽろと書いていきます。介護、「認知症とつき合う」はシリーズとしてもうすぐ20回を迎えます。どうぞ、見てください。 それから連載小説も時々掲載しています、途中でやめたままですが、実際は最後までできている小説です。この先興味ありますか・・。 なければ、別のサイトで発表しようかな・・ 昭和30年代のシリーズなのですが。 選挙の頃、はっきり言えば反小泉で盛り上がりました。あのさんざんな結果をみて、あきれ、虚脱状態がまだ続いています。先日、朝日新聞のアンケートで、選挙で誰に入れるか決めたのは1週間ぐらい前で、何を見て決めたのかは、テレビが1番、新聞などが2番、インターネットは4%だそうで、あれだけ盛り上がったブログはなんだったの。ネットに対する批判やしめつけがありましたが、結局のれんに腕押し、糠に釘ですね。 ネットの伸びというのは、なんでしょうか。私もHP2つ、ブログ3つもっています。結局の所、同じ人ばかりでいいあっていたのでしょうか。 まったく豆腐の角に頭をぶつけたい気分ですが・・ と、ふと感じたことを・・今日は朝から書き込んでいますのは、これから用事があるからです。 それでは、また明日。って、誰に話しているのかな・・。 時々覗いてくださる方、ありがとうございます。
2005.11.02
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認知症に、男性と女性の違いはあるでしょうか。アルツハイマーは女性の方が発症率が多いそうです。それもなぜだかよく判っていません。脳内物質の増減にも関係する病気のようですから、性ホルモンのバランスに関係があるかもしれません。更年期障害の不定愁訴、欝傾向は女性ホルモンの投与が効果的です。性ホルモンは人の感情などに関係する脳内物質に化学式が似ています。この性ホルモンから脳内物質が化学変化によってできているので、男性ホルモン、女性ホルモンなどのバランスは大きな影響があるでしょう。 しかし、更年期障害に女性ホルモンが効果的であっても副作用もあります。生理は再び始まる。これをうれしいと感じる方もいらっしゃるでしょうが、子宮や卵巣に負担がかかることです。 乳腺の炎症や乳ガンのリスクも高まります。 今、女性の3人に一人は乳ガンになると言われています。 これも食生活の変化で、体格が欧米化し、所謂巨乳の人が多くなってきていることも考えられます。 こうしたことがアルツハイマー症発症の遠因の一つであるとはいえませんが、何かしら関連があるのでは・・と私は思いました。 男性には脳血管障害による認知症が多いのかな、とは思います。はっきりした原因がないのに、認知症の症状が現れる方は脳をCTやMRIで検査すると小さな脳梗塞の後が見られることがあります。私たちも軽い脳梗塞になっているかもしれません。 食事をしていて箸をぽろりと落とした。靴がうまくはけなかった。などということが起きたら、脳梗塞の症状かもしれません。そんなことがあったが、別に何でもなかった。と言う方は小さな脳梗塞ができたが、広がらず、固まってしまったため、気が付かなかった。ということも考えられます。 変だなと思う症状が繰り返し起きるようでしたら、すぐに検査のできる病院へいきましょう。 余談ですが、名医でもない限り問診だけできちんとした診断は下せません。検査機器の揃った病院で検査を受け、診断が気に入らないときは、その検査データをもってその道の権威、名医と言われる人にセカンドオピニオンを受けましょう。 認知症の男性、女性の発症に違いについて、今回は述べようと思っておりましたが、エピローグだけで終わってしまいました。 次回を楽しみに。 このテーマは毎日書き込むこともあれば、数日書かないこともあります。 実はPCの調子が本当に良くない。多分おかしなソフトをダウンロードしてクリックしてからだと思います。そのソフトはすぐに廃棄しましたが、レジストリーだか、なんだか違法に書き込みされたらしく、不具合が起きています。ウイルスチェックでは引っかからないので、これはPCを初期化し、OSの再インストールしかないところまで追い込まれています。 ということで、あした、また皆様にお会いできることを楽しみに。
2005.11.01
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