本作は、 2023 年第 76 回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。カンヌ映画祭の女性監督作品は、ジェーン・カンピオンの『ピアノ・レッスン』( 1993 )、ジュリア・デュクルノーの『 TITANE /チタン」( 2021 )に続き史上 3 作目となる。
本作は、ジュスティーヌ・トリエ監督と、実生活のパートナーで、『 ONODA 一万夜を越えて』( 2021 )のアルチュール・アラリ監督が、共同で脚本を執筆。作家の夫婦の崩壊の物語を、実際のカップルが作り上げるという野心的な試みにも注目だ。
主人公サンドラ役は『さようなら、トニー・エルドマン』( 2016 ザンドラ・ヒュラー。第 96 回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の 5 部門にノミネートされた。
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。見つけたのは視覚障害のある息子。はじめは事故死かと思われたが、次第にベストセラー作家である男の妻に殺人の嫌疑がかけられる。現場に居合わせたのは、視覚障害のある 11 歳の息子だけ……。
息子に対して必死に自らの無罪を主張するサンドラだが、事件の真相が明らかになってゆく中で、家庭内の夫婦の不均衡、クリエイター同士の嫉妬など、複雑な人間心理を重層的な物語で紡ぎ出してゆく。夫婦の間で隠された秘密や嘘が露わになってゆく。
冒頭、サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)が学生の女性からインタビューを受けている。サンドラはワインを飲み、インタビュアーの質問をはぐらかしたりする。突如大音量で音楽が鳴りだす。サンドラは夫が仕事をしているのだと言う。インタビュアーは困惑してしまう。サンドラがあらためてにしようと提案し、インタビュアーは帰っていった。
同時にダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)がボーダー・コリーのスヌープを連れて散歩に出る。散歩から戻ったダニエルが血を流して倒れているサミュエルを発見する。
妻サンドラはドイツ人、夫サミュエルはフランス人、ロンドンで知り合って結婚し、息子ダニエルが生まれた。ダニエルは 4 歳の時にロンドンで交通事故に遭い視覚障害になった。
その時、サミュエルが学校へ迎えに行くはずであったのを知人に迎えを頼んだ。サミュエルはそれゆえダニエルの失明は自分のせいだと考えるようになり、教師の仕事をやめて故郷グルノーブルに戻ってやり直すことになった。
サンドラは作家である。サミュエルも作家を目指しているが、うまくいっていない様子である。ダニエルの事故以降、夫婦間がうまくいっていなかったらしいと、みえてくる。夫婦関係も逆転し、育児の不平等で喧嘩をふっかけ、イラつくのは夫の方だった。
夫の殺人を疑われた妻が依頼した弁護士は古くからの友人らしいが、もしかしたら“訳あり”の関係なのかもしれないとも思えてくる。
検事はこう主張する。サンドラはバイセクシュアルでありインタビュアーを誘惑しようとしていた、それをよく思わないサミュエルは大音量の音楽で自らの存在を主張しようとした、そして、それが原因となって喧嘩となり、かっとなったサンドラが凶器でサミュエルを殴りバルコニーから突き落とした。さらに、前日のものではあるが、サミュエルが録音していた夫婦の口論と殴打音の音声を公開する。
その音声の中で、サミュエルは、これまで自分はサンドラにあわせて生きてきた、ダニエルの面倒をみ、サンドラのために自分の時間も取れず、自分を犠牲にしてきた、家庭内では無理やり英語を使わされてきたとサンドラを責める。サンドラが作家として成功した小説ももとは自分のアイデアであり、サンドラがそれを盗んだと主張する。また、ダニエルが失明したときにはサンドラが浮気をしていたと責める。
それに対して、サンドラは、自分は何も強要したことはない、それに自分の母国語はドイツ語だと言う。小説のアイデアはたしかにサミュエルのものだが、それをもとに書くことにサミュエルは同意しており、内容も自分のものにアレンジしている、自分が書けないことを私のせいにしていると言い返す。
ダニエルの心は揺れ動く。証言台にも立ち、また裁判官からショックを受けるといけないので傍聴を控えるよう促されても最後まで傍聴し続ける。ダニエルは父親の死の真実を知っているわけではない。知っているのは両親の不和であり、それゆえ、母親の殺人、父親の自殺の間で揺れ動いている。ダニエルは、裁判中付き添いに来ている係官に、なにが真実かわからないと相談する。係官は、なにが真実かわからない時はなにが自分にとって真実かで判断すればよいと話す。
ダニエルは母が父を殺したこととは考えられないが、父が自殺したと考えることはできると証言するのだった。
法廷シーンはたびたび登場するが、法廷ドラマのような展開にはなっていかない。
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