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【2019年12月11日(水)】 今日は午前中の、この15日のオーイ会の昼の部(京都歩き)の下見をしました。15日は東寺とその周辺を案内することになっています。行ったことがあるところばかりですが、訪れたのは随分前だし、色々変化もしているでしょうから、下見をすることにしました。 当日はJR西大路駅に集合してもらって、そこから出発ですが、今日は私だけなので、西大路七条から歩き始めました。今日のコースは下記ですが、出発地をJR西大路駅に改めています。当日歩く距離の概算のためです。西寺(平安時代にあった西寺と同名ですが、直接関係はないようです)→西寺大炊殿跡→鎌達稲荷神社→西寺跡→西寺五重塔跡発掘地→羅城門跡→矢取地蔵→鳥羽高校校舎(レトロ建築)→東寺(無料エリア各堂宇)→勧智院(外から)→DX東寺→伏見稲荷御旅所 当日のコースはまだまだ続きますが、時間が無くなったので、今日はここまでにしました。ここまでで約4kmです。残りは明日、また京都市内に出るので、そのときにします。若一神社西寺道祖神社大炊殿跡鎌達稲荷神社西寺跡京都市立洛陽工業高等学校跡地2018年閉校になり、発掘調査が行われ、平安京の羅城の一部と、九条大路が確認されました。西寺五重塔跡発掘地羅城門跡矢取地蔵尊鳥羽高校東寺 贔屓像 陀羅尼の碑(中央)東寺 降臨石東寺 高野山遙拝所東寺 三面大黒天東寺 御影堂 司馬遼太郎の本の抜書綜芸種智院跡 西福寺-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/11
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【2019年12月10日(火)】 今日は、1月16日と1月30日の予行を兼ねた研修会でした。私が午前中、伏見稲荷大社とその周辺を案内し、午後からMさんが鳥羽離宮跡を案内しました。 朝は早目に行って、本番で悪天候の場合の迂回路などを確認しました。コンビニに寄ったとき、鴨川運河の旧市電稲荷線の停留所跡が工事中で、工事の機材でレールの痕跡が見えなくなっていることが分かりました。やはり直前の下見は重要だということを再認識しました。 午前10時にスタートして、11時45分に帰着できました。リミットは12時だったので、時間内に回れました。権太夫の滝では、教祖様に案内いただき、想定の時間で、上手く説明いただくことができました。初めて訪れるところや、初めて聞く内容も多く、案内内容も好評でした。拡声器もテストできました。要検討点も把握できました。「権太夫の滝」での展示 午後は、Mさんの案内で、鳥羽の鳥羽伏見の戦いゆかりの地や、安楽寿院を巡りました。本番では私は列のコントロール係ですので、ルートを憶えることも含めて、お話しを聞きました。 京都の最低気温は3.6度と低かったですが、最高気温は15.0度と暖かかったです。カイロは着けていかなかったものの、防寒をしっかりしていったので、汗ばむくらいでした。天気がよかったのが何よりでした。本番はより寒い季節にになります。今日のようにとはいかないまでも、暖かくて良い天気であることを願うばかりです。鳥羽離宮公園「秋の山」安楽寿院 近衛天皇陵よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/10
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【2019年12月8日(日)】 金戒光明寺の「秋の特別公開」最終日でした。京都の最低気温は3.7度と低く、朝は室内でも6℃という気温でしたが、最高気温は10.6度と10度を超え、室内の気温も12度とカイロなしでしたが。凍えることはありませんでした。外も風がなかったため、寒さをあまり感じず、陽が射せばポカポカと暖かいくらいでした。暖房がいっさいない山門も今日はそれほど寒くなったようです。ただ、時々雨が降り、傘を差すこともありました。庭園のモミジは、日陰が多いためか、まだまだキレイでした。最終日の日曜日ということもあり、多くの訪問者でした。 大方丈は以前少し触れましたが、今日はより詳しい案内です。 御影堂の東に大方丈があります。御影堂拝観後、大方丈拝観です。大方丈は昭和9年(1934)に焼失し、昭和11年(1936)に再建されました。京都大学武田五一教授の設計です。 正面の「白河禅房」の扁額は閑院宮載仁(かんいんのみやことひと)親王の御染筆です。閑院宮載仁親王は日本赤十字社総裁、元帥陸軍大将も務められました。 西側上段の間は、「謁見の間」とも呼ばれ、幕末京都守護職松平容保公に後の新選組の近藤勇、土方歳三、芹沢鴨らが拝謁した部屋を再現したものです。 中央の部屋は仏間で、恵心僧都作の本尊阿弥陀如来像が安置されます。その左右には観音菩薩と毘沙門天、他には信空上人(当山2世)、親鸞上人そば喰いの坐像が安置されます。 東側の「虎の間」「松の間」の襖はすべて金襖で、「虎の間」には、久保田金遷(きんせん)氏筆の虎図、「松の間」には今尾景祥筆の松図が描かれています。昭和9年に焼失するまでは、それぞれの父親である久保田米遷(べいせん)筆、今尾景年筆の襖絵が入っていましたが、焼失したので、それぞれの子息に描いていただいたものです。「虎の間」は大方丈の玄関に近い部屋で、応接にも使われる部屋で、待つ客人を退屈させないために、いくつかの工夫が凝らされています。それらは解説しないと、なかなか分からないので、特別拝観時はここだけはガイドによる案内があります。 今回の仏間他での寺宝展示には下記が展示されました。仏間・法然上人立像図・法然上人涅槃図・一枚起請文・法然上人朱色二十五条袈裟図・法然上人立像図(宝瓶の御影)・法然上人立像図(六字名号)・法然上人坐像図・法然上人一枚起請文付坐像図・若冲 群鶏図屏風 一曲・若冲 宝珠に槌図・處冲 掛軸 四幅(處冲は若冲の弟子)松の間・法然上人涅槃図廊下・茶所の釜 このあとの拝観順路は庭に下りて紅葉を楽しみ、再び大方丈に戻り、新清和殿に進んで、出口にというルートなっています。特別拝観期間中は、新清和殿でご朱印授与となり、売店も設えられます。 今日が最終日ですが、紅葉を楽しむことができましたし、朝から夕で紅葉が進行するというのも目の当たりにすることができました。山門からの素晴らしいパノラマも楽しみました。 写真は阿弥陀堂と納骨堂です。阿弥陀堂納骨堂山門そばの紅葉よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/08
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【2019年12月7日(土)】 招待券をいくつかいただきあmした。東寺ライトアップ、北野天満宮もみじ苑、泉屋博古館「花と鳥の四季」です。東寺のライトアップは、紅葉には早かったですが、11月9日にすでに家内と行きましたこちら。残り2つが忙しくて行けずにいました。2つとも最終日が明日の12月8日です。明日は勤務で行けません。行くとすると今日だけです。12月10日のシニア講座の予行を兼ねた地区組研修会の「紙芝居」を作らないといけないのですが、せっかくいただいた招待券を無駄にするのも気が引けるので、9日一日かければ「紙芝居」を作り切れると判断し、今日思い切って家内を誘って、午後から出掛けました。 まず北野天満宮へ。駐車場がいっぱいで停めるのに苦労しましたが、何とか駐車できました。もみじ苑へ直行。招待券がなければ、1,000円です。新聞の紅葉情報で、京都のほとんどの名所が「散り初め」となっていたのに、北野天満宮だけは「見頃」でした。本当かなと思いましたが、その通り見頃でした。御土居の谷にあるので、日陰が多く、紅葉時期が遅くなるからだと思います。キレイでした。上七軒の老舗和菓子屋・老松さんのお菓子付きでした。 次いで、泉屋(せんおく)博古館へ。「いずみや」と読んでいたのですが、事務所勤務の仲間が「せんおく」と訂正してくれました。住友家の美術コレクション、特に中国古代青銅器を保存展示するための機関として昭和35年(1960)に設立されました。名前の由来は、江戸時代の住友家の屋号「泉屋」と、中国の宋時代に皇帝の命により編集された青銅器図録「博古図録」です。丸太町通を東に行って、白川通を越えてさらに東に行ったところにあります。初めて訪れました。 「花と鳥の四季」と題して、花や鳥を描いた近世を中心とした絵が約30点展示されていました。狩野探幽、中村芳中、田能村直入、沈南蘋、彭城百川、伊藤若冲、円山応瑞、椿椿山、呉春、土佐光起、狩野常信、狩野養信、松村景文、尾形乾山、浦上春琴などの絵が展示されていました。月洲、陳遵、藪長水、張秋穀、余崧、辺文進、沈恢、長山孔虎、呂紀、徳川斉脩(なりのぶ)は初めて耳にする画家の名でした。多くの近世の画家の名を若冲・応挙についての講師の勉強過程で知りましたが、まだまだ知らない画家がいます。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/07
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【2019年12月6日(金)】 金戒光明寺でした。 今日の京都の最低気温は5.0度で昨日より高かったですが、最高気温が9.0度と昨日より低く、寒さが昨日より厳しかったです。山門の急な階段を上り切ってヤレヤレというところで目にする絶景は、多くの人が「わぁー」と声をあげられます。また、アベノハルカスが見えるときには、「すごいー」と声があがります。そういうときは、寒さも忘れて嬉しい気持ちになります。 ある方が、「カイロを腰の前後ともに貼っておくと、トイレに行く回数減らせるよ。」と教えてくれました。私は手足以外は背中側の首筋に1枚貼るだけでした。試してみたいと思います。 写真は墓地の最上部にある三重塔(重要文化財)です。文殊の塔とも呼ばれます。応仁の乱によって消失しましたが、1634年、伊丹重好が徳川秀忠を追悼するために再建されました。日本三文殊の塔の一つで高さは22m。本尊の文殊菩薩と脇士(運慶作)は現在は本堂(御影堂)内に安置され、公開されています。金戒光明寺の文殊は中山文殊と呼ばれ、それ以外の三文殊は、奈良県桜井市の安倍文殊院の安倍文殊、京都府宮津市の知恩寺の切戸(きれど)文殊です。三重塔(重要文化財) よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/06
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【2019年12月5日(木)】 金戒光明寺の山門でした。今日の京都の最低気温は3.8度、最高気温は10.5度と寒い一日でした。朝は風がなく、日当たりもよくてポカポカとしていましたが、次第に風が強くなり、寒くなりました。今日は、足は、指輪れ薄手靴下の外にカイロ、その上に薄手靴下、さらに厚手靴下と3枚履き+カイロで臨みました。手は白手袋を重ねてその間に小型のカイロを入れました。これに加え、首筋に貼るカイロ。これで何とか乗り切ることができました。 ちょっと困ったのはトイレ。私は腎臓が1個しかないので、水分を人より多くとるので、どうしてもトイレが近くなります。寒くなるとなおさらです。山門は階段の上り下りも含め時間がかかるので大変です。これは私の冬場の弱点です。 紅葉もピークを過ぎ、参拝者も少なくなりましたが、寒さに震えながらも、楽しく過ごさせていただきました。 写真は金戒光明寺の墓地にある、所謂「アフロ大仏」です。正式名称は「五劫思惟阿弥陀仏」。阿弥陀如来の異形のひとつで、経説によると四十八の大願を成就するために永い間、剃髪をすることもなく坐禅・思惟していたので、このような髪形になったといいます。劫とは永い時間を示す単位で、方四十里もある大磐石を百年に一度ずつ白氈(はくせん)で払って、その石がすりきれてなくなっても終わらない時間だといい、要するに永遠・無限をさすものと解すればいいのでしょう。今やこの阿弥陀様、インスタ映えで非常に有名になって、金戒光明寺を訪れるお客様のほとんどがご存知です。五劫思惟阿弥陀仏 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/05
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【2019年12月4日(水)】 研修会で宇治を歩きました。「源氏物語・宇治十帖の古跡をめぐる」というテーマでした。 ルートは、JR宇治駅→宇治橋三の間→夢浮橋(ゆめのうきはし)古跡→橋姫神社→橘島→朝霧橋→宇治十帖モニュメント→早蕨(さわらび)の道→総角(あげまき)古跡→源氏物語ミュージアム歩行距離約2km。源氏物語ミュージアム到着は11時頃で、入ったところで解散でした。 源氏物語は瀬戸内寂聴の現代語訳で全巻読んだことがあり、案内の内容は、それを思い出しながら、よく理解できました。今日案内の冒頭で、源氏物語の登場人物は約450人、原稿用紙にすると約4,000枚の作品とのこと。本を読んだとき、登場人物の関係が複雑で、読むに苦労しました。 源氏物語ミュージアムはそばは何度も通ったことがあるのですが、入ったことがなかったので、今日は見学させていただきました。 カメラを忘れていったので今日は写真はありません。ルート図だけ掲載します。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/12/04
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【2019年12月2日(月)】 事務所通勤途上、東洞院通のレトロ建物の紹介を続けます。 東洞院錦下ル東側の2階建てレトロビルです。医院2軒、ラーメン「魁力屋」、YOROZUYAというお店が入っています。築年代、元の所有者、設計者などは不明です。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/12/02
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【2019年12月1日(日)】 今日は三尾のご案内でした。三尾といういのは栂ノ尾、槇尾、高雄(尾)のことです。それぞれ、高山寺、西明寺、神護寺というお寺があり、いずれも紅葉で有名で、そのシーズンには混み合うところです。 三尾は一番最初の同行ガイドをした印象深い場所です。そのときは三尾の後、清滝川沿いを歩いて嵐山のい向かうコースでした(こちら)。今日は三尾だけです。 6人でのガイドでした。三尾だけのガイドと書きましたが、スタイルは今までに経験したことのないスタイルでした。お客様540人が、バスで続々と到着し、3つのお寺を順番に自由に歩き、各お寺に2人のガイドが常駐していて、5分程度の案内をするというものです。旅行社はスタッフの数を減らせるし、普通なら同行で約50人のガイドが必要になりますが、6人のガイドで済むので、より安い旅行が提供できます。また、お客様も束縛されないかたちで、ガイドの解説付きのハイキングが楽しめるということで双方にメリットがある企画です。 私はNさんと神護寺担当でした。一番奥で、355段の階段を上りますので、その往復を含めると、3つのお寺の中では最も厳しい勤務地です。最初の高山寺担当は10時ガイドスタートですが、お客様は高山寺、西明寺と歩いて、その後、昼食、そして神護寺に来られます。ですので、我々のガイドスタートは実質的には11時半頃になりました。 神護寺は楼門を入ったところは、広いスペースになっています。また、お客様は355段の階段を上がって来られて息が切れています。ですので、案内は同時に2人がすることはせず、1人だけがして、1人は上がって来られたお客様に休憩を兼ねて待ってもらうよう促して、前の組の案内が終わったら、少し前に引き連れてご案内するという方法をとりました。次から次へとお客様が来られるので、3時間の間ほぼ切れ目なしのご案内となりました。 旅行社が特別にお寺さんにお願いしていて、年に2回の特別公開のときにしか観ることができない五大虚空像菩薩も拝観でき、錦雲渓に向かっての「かわらけ投げ」が1枚ですが、楽しめるようになっていました。途中の参道でのお菓子のサービスなども付いているようで、フリーハイキングとはいうものの、色々盛りだくさんの企画でした。旅行社の方に伺ってみたら、三尾ではこのスタイルは初めてだけれでも、他の場所ではすでにやっているとのこと。 山岳寺院でモミジはだいぶ散っていましたが、ところどころに残っており、紅葉も少し楽しむことができ、天気もよかったので、私自身も楽しむことができました。 2時過ぎに最後のお客様が来られて、高山寺の駐車場に戻って終了となりました。よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村
2019/12/01
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【2019年11月30日(土)】 秋の特別公開金戒光明寺でした。天気がよく、寒さもそれほどではなく、紅葉がピークで混雑しました。ただ堂内は寒くて、今年初めて使い捨てカイロのお世話になりました。 帰りのバスが銀閣寺の方から来るバスで、紅葉シーズンの土曜ということもあって満員で乗れませんでした。止むなく熊野神社前まで歩いて別の系統のバスに乗ったのですが、今度は渋滞でノロノロ運転。これは歩いたほうが早いということで、知恩院前で降りて、四条河原町まで歩きました。紅葉シーズンの京都市内の交通事情は最悪です。所謂オーバーツーリズムです。山門庭園よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/30
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【2019年11月29日(金)】 「西京会」の4回目の案内をしました。昨日と打って変わって良いお天気で、寒さもさほどではなく、絶好の行楽日和となりました。参加者は、男性陣が世話役のNさん、Yさん、Iさん、Bさん、女性陣がTさんと、新メンバーNさんでした。 地下鉄北大路駅に9時45分に集まっていただき、バスで鷹ヶ峯へ。常照寺、源光庵(修復中で外からのみ)、光悦寺と紅葉の名所を訪ねた後、鷹峯街道を歩いて、鷹峯御土居へ。御土居餅の「光悦堂」さんで鍵を借りて、フェンスの中も案内しました。光悦堂さんで御土居餅を全員1個ずつ食べました。御土居のそばで食べるとまた格別です。紙屋川沿いの御土居史跡も訪れた後、仏教大学構内へ。下見のとき仏教大学のキャンパスが近代的で明るくて、イメージと全然違ったので、それを皆さんに見ていただきました。あわよくばキャンパス内のカフェテリアで学食で昼食をとも思ったのですが、さすがにこれは拒否されました。少し歩いて、北大路通沿いの「北京亭」という中華料理屋さんでガッツリ昼食をいただきました。 仏教大学のところを東進して今宮神社方向に向かう予定でしたが、位置関係がしっかりと頭の中に入っておらず、南に行き過ぎていたので、少し北に戻るかたちで今宮神社に向かいました。楼門前のイチョウ並木の紅葉が感動的でした。 今宮神社参道も「かざりや」さんで「あぶり餅」をいただきました。皆さん初めて食するようで、とても美味しいといって喜んでいました。女性陣はまた是非来たいと特に気にいっていただいたようです。 大徳寺に向かい、高桐院を訪れ、大徳寺境内を案内しました。高桐院も皆さん初めてだったようで、楽しんでいただけました。皆さんそろそろお疲れのようでしたので、大徳寺前バス停で午後3時過ぎに終了としました。 次回は来年3月6日。場所は私一任となりました。私も楽しませていただきました。今日のルート常照寺光悦寺今宮神社高桐院-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/29
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【2019年11月28日(木)】 事務所勤務途上、東洞院通沿いの風景シリーズです。レトロ建物を続けます。 ウィングス京都です。東洞院六角下ル東側です。1994年に女性の自立と社会参加の支援を目的に京都市が開設しました。もともとは旧・京都商工銀行本店だった建物です。明治末期に烏丸通りが拡幅されるまでは、東洞院通は洛中と伏見を結ぶ主要道路でした。ですので、道路沿いにはこういった大きな建物が多いのでしょう。 京都商工銀行は、明治41年(1908)年、地域の有力者が共同で設立した商業銀行です。煉瓦造りの建物で、設計は藤森松太郎。銀行のあとは、別の施設として使われていましたが、ウイングス京都の建設に伴い取り壊しが計画されました。しかし、建築学会や有志から建築学的価値が高いとの意見が寄せられ、正面外壁のみだけですが残されることになりました。中京郵便局同様ファサード建築ですが、中京郵便局は見える面全面が残っているのに対し、こちらはごく一部なのが残念です。 中央をイオニア式オーダー(柱)が支え、柱の上部に装飾があります。2階部分には大きく重厚なアーチ窓が連なっています。よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/28
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【2019年11月25日(月)】 事務所通勤途上の東洞院通沿いのレトロ建築の一つ「石田愛商店」です。東洞院通松原上ル東側にあります。昭和元年創業の呉服卸の会社です。地下には防空壕があります。石田愛商店 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/25
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【2019年11月24日(日)】 N社四人会の案内(こちら)が早く終わり、宴会場を求めて移動。混雑を避けて、泉涌寺から南回りのバスで四条大宮へ。早めに終わったので、開いているお店がなく、昼飲みのできる「やたいや」さんへ。結構席は埋まっていました。こういうとき重宝するのが「やたいや」さんです。京都に数店舗あります。写真はRettyからよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/24
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【2019年11月24日(日)】 昨日の飲み会のアルコールが残っていて、ちょっとつらかったですが、恒例のN社四人会の京都案内に出掛けました。過去2016年から連続で、紅葉シーズンに京都を案内しています。 今日はYさんが、仕事の関係でどうしても参加できなくなり、Sさん、Mさんと私の「三人会」となりました。紅葉定番の東福寺のあと、泉涌寺を訪ね、時間があれば智積院というコースで案内しました。ここのところ超多忙で、ほとんど事前準備ができないままの案内となってしまいました。 京阪祇園四条駅で午後1時に待ち合わせて、京阪電車で鳥羽街道で下車。手前に東福寺駅がありますが、メインの東福寺エリアには鳥羽街道のほうが近いのです。ただ、乗車料金が東福寺までが160円、鳥羽街道までが210円と高くなってしまいますが。 まず、東福寺の三門、法堂、東司を案内した後、通天橋の紅葉エリアへ。混雑はしていましたが、入場制限まではありませんでした。私は東福寺には何度も来たことがありますが、紅葉のピークシーズンは初めてです。SBさんは2回目ですが、紅葉シーズンは初めて、Mさんは全く初めてとのことでした。紅葉が本当に素晴らしかったです。 方丈庭園も拝観しました。 塔頭の光明院も寄りたかったのですが、ちょっと戻らないといけないので、あきらめて泉涌寺へ。以前、「京都一周トレイル」を歩いたときに知った、泉涌寺大門への近道を使いました。楊貴妃観音堂、心照殿(宝物館)、仏殿、月輪陵などを案内した後、御座所へ。ここも紅葉が素晴らしかったです。東福寺の全面紅葉とは違った美しさです。 その後、泉涌寺塔頭の善能寺、来迎院、今熊野観音、戒光寺、即成院を案内しました。今熊野観音寺の紅葉も素晴らしかったです。 雨が振りそうな曇り空でしたが、雨は降らず、ラッキーでした。紅葉を満喫していただけたと思います。ちなみに、東福寺通天橋、東福寺方丈庭園、泉涌寺、泉涌寺御座所ともガイドは無料でした。 今日は懇親会会場は予約しておらず、ブラブラ歩いて探すことにしていました。混雑を避けて、泉涌寺道から九条通を通るバスで四条大宮に向かい、昼間から開いている「やたい屋」四条大宮店で一献傾けました。次回集まりは、2月、北陸方面のい「カニ食い」旅行となりました。またまたSさんが世話役を務めてくださいます。 過去の観光案内と懇親会会場です。(回が抜けているのは「カニ食べツアー」) 第2回 2014年4月 岡崎近辺 四条河原町「おにかい」 第3回 2015年5月 東山 六道珍皇寺など 四条富小路上ル「棲家(すみか)」 第4回 2015年11月 源光庵・大徳寺高桐院 「ぎおん翠雲苑」 第5回 2016年4月 醍醐寺 「鳥せい」 第6回 2016年7月 鞍馬・貴船 川床料理「左源太」 第7回 2016年11月 嵐山 「雅庵 京都六角」 第8回 2017年4月 京おどり+清水寺・高台寺 室町通高辻下ル「創作料理とおすし 希味」 第9回 2017年7月 上賀茂・下鴨神社など 鴨川納涼床「先斗町花柳」 第10回 2017年11月 東山 銀閣寺・霊鑑寺など「がんこ二条苑」 第12回 2018年6月 御所・二条城・御金神社・本能寺址など 四条御幸町下ルの「空庵」 第13回 2018年12月 修学院離宮・曼殊院・詩仙堂・圓光寺 祇園「平安」 第15回 2019年5月 大原 「レストラン菊水 ビヤガーデン」 第16回 2019年8月 「五山の送り火」如意ヶ嶽大文字 「ビアレストラン ミュンヘン」 第17回 2019年11月 東福寺・泉涌寺 四条大宮「やたい屋」-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/24
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【2019年11月22日(金)】 事務所勤務通勤途上の東洞院通沿いの風景シリーズです。 東洞院三条上ル西側に「平楽寺(へいらくじ)書店」という、仏教書出版社の老舗があります。江戸初期の慶長年間の創業で、創業者は村上浄徳。1955年(昭和30年)に法藏館、永田文昌堂、百華苑との四社で「仏書連盟」を結成して合同の出版目録を発行しました。 かつての社屋は1927年(昭和2年)に竣工した近代建築で、トスカナ式のジャイアントオーダーを持つ洋館部の裏手に和館が続く町家となっているところが特徴でした。この洋館部は登録有形文化財に登録されていました。しかし、2017年に解体され、文化財登録は抹消され、今は低層のマンションになり、1階部分にお店が入っているようです。残念です。往時の平楽寺書店(2013年3月)現在の平楽寺書店 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/22
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【2019年11月21日(木)】 紅葉のシーズン、大徳寺・廬山寺・延暦寺のご案内でした。 お客様が台湾の方で、通訳を通じてのご案内でした。大徳寺高桐院、龍源院、大徳寺境外塔頭の雲林院、蘆山寺、比叡山延暦寺です。雲林院なんて、日本人のツアーでも行ったことはないし、蘆山寺も私が案内するのは初めてです。「紅葉と源氏物語ゆかりの地を巡る」というツアーだとのこと。 廬山寺案内後、予定より1時間遅れで、昼食場所の「山ばな平八茶屋」に到着。私も懐石料理のお相伴にあずかれるかなと期待したのですが、残念ながらバスの運転手といっしょに別室で、まかない食でした。「山ばな平八茶屋」の親子丼。これはこれで価値があります。 懐石料理ですから時間がかかります。皆さん終わったのが午後3時。運転手によると、最終の目的地、比叡山の延暦寺に行くにはあと1時間は見ておかないといけないとのこと。しかし、私は皆さんとお別れした後、路線バスで比叡山を下りなければなりません。その最終が午後4時6分。間に合わない危険性大です。そこで添乗員さんと相談のうえ、ここでお別れとなりました。残念ですが、最後皆さんに大きな拍手をいただきました。廬山寺山ばな平八茶屋「山ばな平八茶屋」まかない食よろしかったらぽちっとお願いします。 にほんブログ村
2019/11/21
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【2019年11月18日(月)】 今日、明日は20日のOB会での三味線演奏に備えて練習の予定でした。しかし、21日に台湾からのお客様のガイドが入って、今日は大徳寺・廬山寺の下見に行って来ました。旅行社にコンタクトしたところ、紅葉名所と源氏物語ゆかりの地を巡るツアーとのこと。リピータの方が多く、源氏物語に詳しい台湾の大学教授が同行するとのことで、私はお寺を中心に案内して欲しいとのことです。全行程は、大徳寺高桐院・龍源院・雲林院、廬山寺、延暦寺です。 既に延暦寺は下見に行きました(こちら)。雲林院は小さなお寺で中で迷うこともないし、高桐院や廬山寺は何度も行ったことがあるので、龍源院だけ下見すればいいと思っていたのですが、紅葉の具合も知っておきたいし、色々過去から変化もあるだろうからと、結局全部下見することにしました。 まず大徳寺境外塔頭・雲林院へ。雲林院 続いて、下見ではありませんが、興臨院にお邪魔して、仲間にご挨拶。興臨院 続いて高桐院へ。この2年くらい修復して拝観ができませんでしたが、この11月から拝観が再開されました。高桐院楓の庭苔が禿げているところがありました。以前はここまで酷くなかったような気がします。やはり異常気象の影響でしょうか。細川忠興、ガラシャの墓細川家代々の墓茶室「松向軒」続いて龍源院へ龍源院バスで廬山寺へ。紅葉絶好調でした。廬山寺 本番は、11月21日です。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/18
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【2019年11月17日(日)】 金戒光明寺が秋の特別公開中です。 やはり日曜日で、天気もよく暖かいこともあったので、多くの参拝者でした。 山門は11月15日から12月1日まで、JR東海の山門夕刻貸切特別公開があります。夕刻に楼上に上がらせていただきました。西の空の夕焼けと、ぽちぽちと点いた明りが、昼間とは違う風情でした。 時間が前後しますが、早朝、紅葉のキレイな塔頭寺院に寄ってみました。栄摂院(えいしょういん)ここは境内まで入れます。よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/17
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【2019年11月16日(土)】 午後から大原三千院でのご案内でした。午前中に21日の延暦寺案内の下見をした後(こちら)、京都バスで八瀬駅前から大原に向かいました。大原バス停降りて、少し南の大原駐車場へ。ここが三千院に最も近い、観光バスも停まれる駐車場です。トイレもあります。 三千院のご案内は2回目だし、プライベートにも2回したことがあるので、下見はせずです。このプライベートも含む3回は、寂光院・三千院+勝林院・実光院・宝泉院などを回るフルコースでしたが(前回のご案内⇒こちら)、今日は、三千院だけの1時間半でした。 新潟からのお客様42名を2人で案内でした。今朝お寺に電話して、この繁忙時期のご朱印の場所と種類を確認しました。授与所は3ヶ所ですが、いつもの円融蔵のが、受付から客殿に向かう途中に替わっているとのこと。あとの不動堂と観音堂は場所変わらずで、ご朱印の種類は5種類で、3ヶ所ともすべて異なるご朱印とのこと。 バスが約10分遅れで到着。呂川沿いを歩いて三千院に到着。団体専用入口があったのに、個人客用の入口に向かってしまって、少し逆行しないといけなかったのは、小さな失敗でした。やはり混んでいたので、個人のお客様に迷惑がかからないように気をつけて回りました。寺内だけで1時間ほどあったので、観音堂も石仏も回って、全拝観コースを回ることができました。紅葉はお庭は日陰なので、まだまだでしたが、円融蔵に下りるところの紅葉が見事でした。 お天気もよかったし、暖かったので、皆さん楽しんでいただけたのではないかと思います。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/16
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【2019年11月16日(土)】 午後から大原三千院の案内があり、午前中の時間を利用して、21日の案内の下見のため、延暦寺に行きました。もちろん延暦寺は訪れたことがありますが、案内の経験がなかったので、下見は必須と考え、忙しい中ではありましたが、行ってきました。 案内当日は、大徳寺・廬山寺を訪問のあと、山ばな平八茶屋で昼食。そのあと、延暦寺です。延暦寺での時間は1時間半だけで、根本中堂のある東塔のみということで、旅行社とも相談済みです。なお大徳寺では、高桐院、龍源院、雲林院を訪れたいとのこと。高桐院はプライベートガイドはしたことがありますが、龍源院・雲林院はありません。何とか時間を捻出して下見に行きたいと思います。廬山寺はガイドの経験がありませんが、何度か訪問したことがあるので、大丈夫でしょうが、できたら同時に下見をしたいと思います。 さて、ガイド当日はお客様といっしょのバスで移動ですが、今日は、午後に大原三千院でのガイドがあえるので、京都バスで八瀬駅前まで行って、そこから比叡山ケーブルとロープウェイで山頂まで行って、シャトルバスで延暦寺バスセンターに向かいました。紅葉シーズンの土曜日ということで、バスも混雑し、途中で積み残しも出ていましたが、臨時便が出ているようでした。ケーブルもロープウェイも、通常のダイヤではなく、ピストン運送の状態でした。余分にかかった交通費は、ケーブル・ロープウェイの往復セット券と、山頂でのバス往復で、1800円+340円=2140円でしたが、延暦寺東塔の拝観料は駄目モトでガイドの下見だと売り場で説明したら、無料で入れていただけて、その点はラッキーでした。 大講堂、鐘楼、根本中堂、文殊楼、大黒堂、阿弥陀堂、東塔と主だった見どころを、回ることができました。アップダウンが結構ありますが、お客様の平均年齢は60歳程度とのことなので、当日1時間半でこれらを全部回ることはできると踏みました。モミジは麓のほうは、まだまだの感がありますが、さすがに標高が高いだけあって、赤くなっていました。 シャトルバス、ロープウェイ、ケーブルで麓に戻って、京都バスで大原に向かいました。→こちら -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/16
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【2019年11月15日(金)】 事務所通勤途上の東洞院通沿い風景シリーズです、 東洞院御池北西角に嶋臺(しまだい)と看板を掲げた昔ながらの建物があります。 嶋臺は慶長13 年(1608)にこの地にて糸割符商として創業。江戸中期からは銘酒「嶋臺」を扱う酒問屋も兼業し、繁栄を続けました。現存の建物は、明治16年(1883)建築で、かっては東は東洞院通、西は車屋町通に及ぶ大規模なものであり、伝統的町家建築の頂点にたつものとされました。現在はギャラリーとして活用されています。国登録文化財です。文化遺産オンラインから【嶋臺絲店】御池通りに南面して建つ。切妻造,桟瓦葺,平入で,西側を一段高く葺く。正面には庇をかけ,出格子を設ける。庇上の壁面は土壁とし,横長の虫籠窓を設けている。平面ほぼ中央南北に土間を通し,1階はその両脇を広い2室とする。近代初頭京町屋の好例である。【嶋臺巽蔵】御池通に面して建つ土蔵。3間四方の平面で,東と北の酒店側に扉口を開く。外観は腰縦板張,上部は漆喰塗とし,軒まで塗込め,屋根は本瓦葺である。内部は1階・2階とも柱を現し,いずれも一室とする。京都の近代初頭の景観を今日に伝える建築である。よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/15
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【2019年11月13日(水)】 秋の特別公開で御影堂、大方丈、山門を公開中の金戒光明寺です。 御影堂・大方丈の参拝のほうは、まず御影堂から入り、大方丈に進み、その後大方丈北庭園に下りて、再び大方丈に戻り、最後新清和殿から出るというコースです。堂内は写真撮影できませんが、お庭はOKです。 大方丈も御影堂も、昭和9年(1934)4月17日の火災によって焼失してしまいました。大方丈は昭和11年(1936)に再建され、御影堂は昭和19年(1944)に竣工しました。大方丈の設計者は武田五一氏、本堂の設計者は天沼俊一氏です。お二人とも、京都帝国大学の教授でした。大方丈、御影堂とも登録有形文化財に指定されています。大方丈を御影堂回廊から撮影大方丈南庭よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/13
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【2019年11月12日(火)】 事務所勤務の途上の東洞院通沿い風景シリーズです。昨日は近代建築の代表格である中京郵便局を紹介させていただきました。今日は、民家の建築です。東洞院高辻の北東角にあります。「松尾外科医院」です。「三丁目の夕日」にでてきそうな雰囲気です。表札の「醫院」がいいですね。よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/12
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【2019年11月11日(月)】 事務所通勤途上の東洞院通沿いの風景シリーズです。レトロ建物を紹介していきます。 東洞院通の通勤途上で一番立派なレトロ建物が、東洞院三条東北角の「中京郵便局」です。 1902年(明治35年)建設の旧京都郵便電信局です。ネオルネサンス様式、赤レンガ造りの美しい外観が特徴です。1973年(昭和48年)に改築計画が発表され、1974年(昭和49年)に一旦は局舎の取壊しが決定しましたが、反対運動などもあり、最終的には、外壁を残したままで内部のみを新築する建築手法(ファサード保存)を用いて改築されました。この方法による歴史的建造物の保存は多く行われていますが、この中京郵便局舎が日本で最初の実施例です。また京都市登録有形文化財であり「景観重要建築物」として指定もされています。建物の中の壁には、改築前の写真などが展示され、往時を偲ぶことができます。 今は、烏丸通が京都のビジネスの中心ですが、かつては三条通がビジネスの中心でした。烏丸通りから京都文化博物館別館、日本生命京都三条ビル、SACRA、京都ダマシンカンパニー、そして旧毎日新聞社京都支局と近代建築が続きます。京都市から「歴史的界隈景観地区」に指定されています。烏丸通が拡幅されるまで、東洞院通が南北の通の中心だったようですから、この中京郵便局のある地は、かつての京都のビジネスの中心地といってもいいのかもしれません。 よろしかったらぽちっと音がいします。にほんブログ村
2019/11/11
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【2019年11月10日(日)】 「秋の特別公開」金戒光明寺です。 御影堂・大方丈で、ガイドがあるのは、「虎の間」の1箇所だけですが、山門は全体がガイド付きです。山門は午後になると風が強くなり、夕刻には気温が下がるので、寒さ感は御影堂・大方丈に比べ厳しいです。 紅葉本番はこれからということもあり、ほどよい混み具合という感じでした。御影堂・方状800円、山門800円、セットで1,400円は決して安い拝観料ではありませんが、山門は京都市内を一望できる絶景と、仏像群、装飾を堪能できお値打ちです。山門内はカメラ撮影禁止ですが、回りに民家も多く、楼上からの撮影も禁止です。 山門は江戸時代末期1860年の建設で、本尊として宝冠釈迦如来、脇侍として文殊菩薩、普賢菩薩が安置されています。その両側には十六羅漢像が安置されていて圧巻です。天井には中殿曉園による蟠龍図が描かれ、牡丹、唐獅子の手の込んだ彫り物も見どころです。その他、回廊に出ると、扇形の繁垂木、高欄の逆蓮柱、四隅の龍の彫り物、後小松天皇奉納の「浄土真宗最初門」勅額などが見事です。 楼上からは、南禅寺、青龍殿、ウェスティン都ホテル、知恩院、祇園閣、平安神宮大鳥居、京都タワー、ホテルオークラ、京大病院、京都御苑、左大文字、船形、愛宕山、比叡山、右大文字と360度のパノラマが楽しめます。天気が良いと「あべのハルカス」も見えます。山門 北側から望む山門 南側から望むよろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/10
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【2019年11月9日(土)】 東寺のライトアップの招待券をいただいたので、二人で行ってきました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/09
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【2019年11月7日(木)】 事務所通勤途上の東洞院通沿いの風景シリーズです。といっても今日は東洞院通から少し外れます。 通称「六角堂」、正式名称「頂法寺」が六角東洞院が西に行ったところにあります。境内の西側に9階建てのビルがあり、3基のエレベーターがあります。そのうちの一番北側のエレベーターがシースルーになっており、六角堂を上から眺めることができます。お堂が六角になっていることが確かめられます。あなり知られてない、人気スポットです。動画を撮りました。六角堂俯瞰よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/07
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【2019年11月6日(水)】 シニア講座@伏見稲荷境内・境外の担当者による下見を行いました。 9時に一番鳥居に集まってもらって、私が案内をしながらコースを巡りました。できるだけ歩く距離を短くするため、当初のルート案から少し変更しました。今日の下見コース 「間力教会」では、教会の方に挨拶させていただきました。また、権太夫の滝の教祖様には、当日お話しいただく内容を披露いただき、展示いただく神具もお見せいただきました。また、色々質問させていただき、より詳しいこともお聞きすることができました。 訪問箇所が多いですが、何とか2時間で一周することができました。今日参加の皆さんも、初めて見るところ、初めて聞く内容が多く、喜んでくださいました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/06
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静かな一日。【2019年11月5日(火)】 昨日、「秋の特別公開」の金戒光明寺特別公開が始まりました。 特別公開の公開受付時間は10時~16時が多いのですが、この金戒光明寺は9時~16時と通常より1時間長いです。 金戒光明寺の場所は、吉田山の麓です。自宅からのルートの第1選択肢は、バスで烏丸五条まで行き、市バス5番に乗り換えて東天王町で降りて徒歩というルート。片道約1時間半です。第2選択肢はバスを西大路五条で降りて、市バス202番で熊野神社まで行き、そこから徒歩というルート。第3の選択肢は、交通費は余分にかかりますが、最寄り阪急駅までバス、阪急で河原町まで行き、そこから市バス203番で、岡崎神社前で降りるという方法もあります。今日は往きは第2選択肢、帰り第3選択肢でした。 良いお天気でしたが、3連休が終わった直後で、境内は静かでした。日差しが強くて、御影堂の前は暑いくらでしたが、山門の上は、風が強くて寒かったようです。場所によって、気候環境が大きく異なるようです。御影堂よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/05
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【2019年11月4日(月・祝)】 京都では紅葉シーズンに色んな形で特別拝観が行われます。京都市観光協会も「秋の特別拝観」として、何箇所か行います。今年は、・金戒光明寺 11月4日(月・休)~12月8日(日)・霊鑑寺 11月16日(土)~12月1日(日)・ノートルダム女学院中学高等学校 和中庵 11月22日(金)~12月1日(日)・浄住寺 11月23日(土・祝)~12月8日(日)・宝鏡寺(秋の人形展) 11月1日(金)~11月30日(土)・旧三井家下鴨別邸 <主屋二階・三階望楼> 11月14日(木)~12月3日(火)の6ヶ所。 今日、特別公開初日の金戒光明寺を見学しました。 朝早くから行って、御影堂、方丈、庭園の展示物や造作を確認しました。虎の間での案内も聞かせていただきました。 次いで、山門へ。ここでは十六羅漢の正確な名前を確認しました。知恩院の三門の十六羅漢の名前はあったのですが、並んでいる順番は同じものの、微妙に名前が違っていました。龍の尾垂木、高欄四隅の逆蓮柱、扇型の繁垂木も確認できました。ここでも、案内を聞かせていただきました。 十六羅漢で面白い話を一つ仕入れました。 十六番の注荼半諾迦尊者(ちゅだはんたかそんじゃ)です。彼は自分の名前さえ覚えられない記憶力が悪く、自分の名前を書いた名札をぶら下げさせれるくらいでした。なにより辛いのは、お釈迦さまの説法を聞いたそばから忘れてしまう。そのことを悲しんで泣いていると、通りかかった釈尊が精舎の掃除をするように命じます。仕事を与えられて喜んだ枯れは、来る日も来る日も掃除をしているうちに、ついに悟りを開きました。 彼が亡くなって、彼の墓のまわりに苦いけれども美味しい草がいっぱい生えてきました。名札を荷っていたので、茗荷と名付けられました。そhして注荼半諾迦尊者が物憶えが悪かったので、茗荷を食べると物憶えがわるくなるという俗説が生まれました。 最後は観光バスの着く丸太町通に出ました。よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/11/04
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【2019年11月2日(土)】 今日は午前中修学旅行生の二条城だけの案内でした。東京の私立の女子中学校でした。一般の修学旅行であれば、二条城でかける時間は30分か40分程度で、二の丸御殿と二の丸庭園だけですが、今日は1時間半あったので、本丸庭園と清流園も回りました。幸い、雲一つない良いお天気でした。最終日で皆さんお疲れモードのようでしたが、最後、バスに乗るとき、皆さん「ありがとうございました。」と丁寧に挨拶してくれて、気持ちよくお見送りすることができました。東大手門前の天皇即位を祝う看板 11月29日の西京会ガイドの下見で、鷹ヶ峯にバスで向かいました。→こちら -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/02
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【2019年11月2日(土)】 午前中の二条城でのご案内の後(こちら)、11月29日の西京会京都案内の下見に行きました。鷹ヶ峯から今宮神社、大徳寺、(時間と元気があれば建勲神社も)を案内する予定です。今日は、全コースを回ることはせすに、歩いたことのない御土居史跡や「しょうざんリゾート」を中心に歩きました。 今日のルートです。約7.5km歩きました。あっち行ったり、こっち行ったりして、また同じ場所に戻ったりしているのは、道が分かりにくかったためです。 まず、鷹ヶ峯へ。源光庵は「悟りの窓」「迷いの窓」で有名で、紅葉が素晴らしいお寺なのですが、お堂を修理中で、今年、来年は拝観中止であることが分かりました。当日は外からだけ紅葉を愛でることにします。光悦寺や常照寺は拝観したことがあるので、中には入らずに、拝観券売場で当日はガイドは拝観無料ということだけ確認しました。源光庵光悦寺常照寺 次いで、鷹ヶ峯街道を南下して、松野醤油さんの横を「しょうざんリゾート」の裏に回りました。当日の昼食場所の候補があるからです。「わかどり」という鳥料理のお店ですが、「しょうざん」の中にしては安価なお店で、1000円少し超くらいでランチを食べることができます。ただ、今日の歩きのあと考えた当日のルートでいくと、「わかどり」に行くには、ルートを外れて、結構な距離を歩かなければなりません。登りもあります。良いお店だと思うのですが、残念ながら候補から外さざるを得ないかなと思います。瑞芳寺(知足庵)松野醤油わかどり それから前に新聞記事に載っていた記憶がありますが、「しょうざんボウル」(ボーリング場)、「しょうざんプール」が閉鎖になりました。その跡地に槌音が響いていました。工事のプレートを見るとホテルが建つようです。京都はホテルが過剰気味になりつつあるといいます。うまくいくことを祈るばかりですが、「しょうざんリゾート」初めて近くで見ましたが、残念ながら場末感が漂っています。しょうざんリゾート「しょうざんボウル・プール」跡地 コンビニでお弁当と缶ビールを買って近くの公園のベンチに座って昼食。天気が良かったので、コンビニ弁当でも、至福のひとときでした。このコンビニに説明板があって、この地は徳川幕府が設置した薬園(薬草を栽培する場所)があったところとのことです。徳川幕府薬園跡 お腹が満たされたところで、鷹ヶ峯街道を少し北に戻って、「光悦堂」という和菓子屋さんへ。この店のある場所は、御土居の門「長坂口」があったあたりです。店の前が御土居の史跡になっていて、店で鍵を借りて史跡の中を見学できます。「ブラタモリ」の京都御土居版で紹介されたところです。ただ鍵を借りるだけでは申し訳ないので、家内への土産に名物の「御土居餅」を買いました。お店には、「ブラタモリ」で撮影した写真が飾ってありました。ご主人にお伺いしたところ、「ブラタモリ」放映後、鍵を借りる方が増えたようです。「ブラタモリ」の案内役でで有名になったガイドの梅林秀行氏が、今も時々20~30人の団体で入られて、御土居餅を買って、参加者がいっせいに頬張るというシーンがあるようです。お店にとっては「ブラタモリ」さまさまのうようです。光悦堂と御土居餅史跡「御土居」 鍵を借るとき帳簿に名前や住所、電話番号を書くのですが、私の前は10月28日でしたので、鍵を借りる人が増えたとはいえ、それほど頻繁ではないようです。私も鍵を借りて中に入って、御土居の上まで上がりました。案内当日もここの皆さんをお連れしたいと思います。 そして御土居が通っていた住宅地をウロウロしました。ただ土塁は削られているようで、史跡公園内のような落差は感じられませんでした。 もう一度南下して、御土居が90度に南に折れ曲がったところにある「御土居」石碑を探しました。行きつ戻りつ苦労しましたが、探し当てることができました。そこかに再び谷に下りて、鏡石通を南下しました。一條天皇・三條天皇火葬塚、鏡石、三條天皇北山陵を見て、紙屋川を再び渡って仏教大学へ。御土居史跡公園石碑一條天皇・三條天皇火葬塚鏡石三條天皇北山陵 仏教大学ではちょうど学園祭で賑っていました。冴えない大学というイメージでしたが、学舎はずいぶん立派でした。私が研究員をしている京都産業大学もそうですが、昔のイメージと全然違います。少子化のなか、私学も学舎を見栄えのするものにしないと学生が集まらないのでしょう。案内当日、昼食を仏教大学の学食でとるのもありかなと思ったので、学食の場所だけ確認しておきました。仏教大学 今宮神社や大徳寺は、既守備範囲なので下見は不要です。建勲神社は行ったことはありますが、一度だけしか行ったことがないので、できたら下見に行っておきたいところ。ただ今日は鴨川での三味線練習もこの後したかったし、建勲神社は案内当日行くかどうかも分からないので、今日は下見はあきらめました。もし、機会があれば下見したいと思いますが、無理なら無しでも止むを得ないと思っています。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/11/02
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【2019年10月31日(木)】 事務所への通勤途上、東洞院通沿いの風景シリーズです。 道路沿いの各家々や建物の「鬼門除け」の設えを探しました。京都では、北東方向を鬼門と考え、家の北東側に鬼門除けの設えを施すことがよくあります。私も今の家を建てるとき、業者から「『鬼門除け』を何か設えますか?」と聞かれました。私は、そういうことには拘らないほうなので、何もしませんでしたが、新興住宅地である我が家の近所でも、結構「鬼門除け」を見かけます。 京都の街なかでは、もっと多いのではないかと思いながら、五条東洞院から竹屋町東洞院の約2キロの間で確認してみました。北東角なので、北進しながら左側の家並みだけを注視しながら歩きました。鬼門除けを意識したものなのか、偶然なのかよく分からないものもありますが、約30箇所発見できました。四角形はなくても、南天(『難を転ずる』)を植えていたり、その鉢を置いたりしているものも含みます。写真を羅列します。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/31
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【2019年10月日28(月)】 京都では紅葉シーズンに色んな形で特別拝観が行われます。京都市観光協会も「秋の特別拝観」として、何箇所か行います。今年は、・金戒光明寺 11月4日(月・休)~12月8日(日)・霊鑑寺 11月16日(土)~12月1日(日)・ノートルダム女学院中学高等学校 和中庵 11月22日(金)~12月1日(日)・浄住寺 11月23日(土・祝)~12月8日(日)・宝鏡寺(秋の人形展) 11月1日(金)~11月30日(土)・旧三井家下鴨別邸 <主屋二階・三階望楼> 11月14日(木)~12月3日(火)の6ヶ所です。 まだ特別公開は始まっていませんが、今日、そのうちの金戒光明寺を訪れました。特別公開箇所は御影堂と方丈(800円)、山門(800円)(共通1,400円)。御影堂山門 JR東海の「そうだ京都行こう」の宣伝に真如堂と金戒光明寺が出ています。そうだ京都行こう CM 2019年 盛秋「秋は夕暮れ編」前半が真如堂、後半が金戒光明寺よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/28
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【2019年10月27日(日)】 今日は、気候のお話しです。夏場のガイドは気候との闘いでもあります。今年の夏の気候を振り返ってみます。 気温、雨量、日照時間を示します。 7月は悪天候で気温があまり上がらず、常駐ガイド中は暑さはそれほどではなかったと記憶しています。気温はやはり平年より低かったようです。一日平均雨量はさほどでもなかったのですが、日照時間が短かったたようです。 それが7月末から様相が一変してカンカン照りの日となって猛暑日が続きました。風通しのない場所での中のガイドで閉口しました。 8月中旬はお盆時期の台風の影響で雨量が多くなったようです。下旬も低気圧や前線の影響でこの時期としては曇りや雨が多かったようで、日照時間が少なくなっています。そして気温も平年より低くなっています。 9月に入って再び猛暑日が続きます。結局9月は全体的に平年より気温が高い日が多かったようです。 そういえば、私の勤務日ではなっかたですが、台風の影響で勤務なしだったか、途中で終了だったか忘れましたが、そんな日もありました。幸い私はこの3ヵ月、暑さに負けることなく元気に勤務することができました。感謝。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/27
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【2019年10月26日(土)】 時代祭を観覧した後(こちら)、京阪電車で伏見稲荷に向かいました。シニア講座レジュメの写真で不足しているものを撮るためです。コースを一通り回って、写真を撮るとともに、ネット情報で新たに知ったことを自分で目で確かめました。 京阪伏見稲荷駅から、伏見稲荷に向かう道が、琵琶湖疏水を跨ぐところは、市電の稲荷駅だったところです。ネット情報によると、コンクリートの段差に昔のレールが少しだけ残っているとのこと。ありました。赤丸の部分です。その次の写真のように少しだけレールが見えます。市電稲荷駅の痕跡 また「楼門前の狐像は明治13年に寄進されたもので、それまでは他の神社でよく見かける狛犬だった。江戸時代の絵図には狛犬が多く描かれている。」との情報があったので、伏見稲荷の納札所の近くにある狛犬像の建設年代を彫られた字で確認してみました。明治15年でした。狐の石像2つを調べてみたら、明治13年と明治28年でした。狛犬がたくさん見つかれば、傾向が把握できますが、これだけでは何ともいえません。「不思議研究」のテーマにして、もっと詳しく調べてみてもいいのかもしれません。 以降は、詳しい解説なしで写真だけ並べます。祢ざめ家第一鳥居 台輪鳥居玉家JR稲荷駅ランプ小屋参集殿参集殿のコインロッカーは安い儀式殿荷田春満旧宅東丸神社お茶屋・松の下屋の門新門辰五郎寄進の燈籠明治15年奉納の狛犬像大八嶋社宿坊愛染寺の燈籠の制作年 天保14年御産場稲荷間力教会間力教会 宇迦之御魂神間力滝鬼法教総神苑鬼法教総神苑 出世門大日本大道教大橋家うずらの丸焼き伏見稲荷大社神馬の墓ぬりこべ地蔵ぬりこべ地蔵に届いた歯痛平癒などの祈願あるいはお礼のハガキ清めの滝明治13年奉納の狐像明治28年奉納の狐像 さて写真が揃いました。明日のOFF日で、写真・図を挿入し終えてレジュメを完成させます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/26
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【2019年10月26日(土)】 京都三大祭の一つ時代祭は10月22日開催と決まっていますが、今年は即位礼と重なって、今日25日に変更して行われました。同じ22日に毎年行われる鞍馬の火祭りは、22日に行われてようです。昼、時代祭を見て、夜は火祭という人も多いと思いますが、今年はそれが不可能だったということです。 実は京都に長年住みながら、時代祭は一度も観たことがありませんでした。祇園祭は何度も観ましたし、葵祭も複数回観たことがあるのに。何故そうなったのか?意識はしていませんが、祇園祭や葵祭は見栄えもいいし、時代祭は・・・・。歴史的にも、時代祭は平安神宮の祭礼で始まったのは明治になってからで、何となく単なるパレードという印象が強いからでしょう。ボランティアとして協力することもあるでしょうし、ガイドを担当することもあり得ます。というわけで、やはり一度は見ておかねばと思い、初めて観覧に行きました。 どうせ行くなら、行列前の行事も観ようと思い、10時半過ぎに建礼門前に着いて、「行在所祭」をまず観ました。行在所祭(動画)行在所祭 桓武天皇と孝明天皇の鳳輦行列開始を待つ馬行列を待つ京都御苑平安騎馬隊 昼食を軽くすませ、堺町御門の前に陣取って行列を観ました。最前列ではなかったので、写真や動画はイマイチでしたが、無理矢理、解説なしでアップします。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/26
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【2019年10月23日(水)】 事務所勤務途上、東洞院通の風景シリーズです。 前回勤務時、道中のお地蔵さんの祠の数をカウントしましたが、今日は町家の軒先の屋根に乗っている「鍾馗(しょうき)さん」の数を数えてみました。 「鍾馗さん」については、京都伏見の有名な瓦の会社「浅田製瓦工場」の「京瓦.com」に分かりやすい説明があったので、それをそのまま紹介します。「鍾馗さんの物語」 京都の屋根で見かける鍾馗(しょうき)さんの歴史を紐解くと 中国は「唐」の時代に遡り、第六代皇帝「玄宗」が 病に臥している時のお話です。玄宗の夢の中に一匹の小さな鬼が現れ、玄宗の玉笛とを 妻「楊貴妃」の匂い袋盗もうとしました。 鬼の手が玄宗にかかろうとした時、髭面の大男が現れ鬼を引き裂いてあっという間に退治してしまったのです。夢の中に現れた髭面の大男は「鍾馗」と名乗り、玄宗に跪いて「科挙(※)の試験に失敗したことを恥じ、自ら命を絶ったにもかかわらず、帝に手厚く葬っていただいたことを感謝しております。今日はその恩に報いるため参りました。」と話した。玄宗が夢から覚めると病はすっかり癒えて元気になっており、鍾馗が鬼を退治し帝の病が癒えたという話は、 あっという間に国中に広まり、髭面の鍾馗は道教の神として祭られるようになったということです。※科挙・・・隋~清の時代まで行われた官僚登用試験のこと何故、京都を中心に広まったの?京の街並みには欠かせない屋根の上の鍾馗さん、魔除け・厄除け・学業成就にと飾られているのですが、それには京都に伝わるこんな謂れがあるからです。昔、京都の三条に薬屋が新しく店を構えて大きくて立派な鬼瓦を葺きました。するとお向かいの奥さんが原因不明の病に倒れてしまいます。病を治そうと原因を探ると、薬屋の立派な鬼瓦により跳ね返った悪いものが向いの家に入ってしまうからだということがわかりました。そこで鬼より強い鍾馗さんを伏見の瓦屋に作らせ、魔除け・厄除けに据えたところ病が完治したというのです。それ以降、京都では鬼瓦の対面に鍾馗さんを据えるようになったようです。そんな謂れの鍾馗さんですが、どうして京都中心に広がったのかというと、向かいの家が鍾馗さんを上げると、文句は言わず黙って同じように自分の家にも鍾馗さんを上げるという京都人の性格にもあったようです。ただ、ご近所同士にらみ合いにならないように正面を向いていない鍾馗さんも多く、他にも微笑み返しとしての「おたふく」を対面に据える場合もあるようです。五条通から竹屋町通、約2kmの間に11もの「鍾馗さん」を発見しました。写真はズームして撮ったので、ブレているのもあります。ご容赦を。前出の「おたふく」もありました。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/23
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【2019年10月17日(木)】 事務所勤務途上の東洞院通沿いの風景シリーズです。 朝は東洞院通を五条通から竹屋町通まで歩きます。京都の街中には、お地蔵さんがたくさんお祀りされています。8月のお盆のあと、これらのお地蔵さんに感謝する地蔵盆が、街のあちこちで見られ、京都の夏の風物詩の一つになっています。 今日、この約2kmの間にどれくらいお地蔵さんの祠が建っているのか注意しながら歩いてみました、実に9つもの祠があり、全部町内の住民の皆さんでしっかりとしたお世話がされているいうです。いつまでも地蔵盆の文化が継承されることを祈ります。 よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/17
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【2019年10月16日(水)】 昨日の読売夕刊です。台風で新幹線車両が浸かってしまった長野新幹線車両センターの写真です。長野新幹線車両センター ようやく水が引いたようです。驚いたのは、これら新幹線が高架上にあったにも拘わらず(一番右側の在来線よりは低いようですが)浸かってしまったということです。被害にあった直後は、きっと低い土地にセンターを造ったから浸かってしまったのだと思っていました。そうではなかったようです。 そして今日の読売朝刊。その場所の浸水深さを示したマップが掲載されていました。5メートルくらいの水深です。千曲川での浸水深さ さらに別のマップ。那珂川での浸水深さです。なんと一番深いところで7.3メートルです。幅広い河岸段丘下の平地ですが、それが下流で急に狭まって谷になっているので、水が溜まってしまったようです。 今回100年に一度の災害といわれました。まさにその通りです。治水は進んでいるはずすが、治水が温暖化の影響で気候の変化に追いついていないのでしょうか。森林の保全ができていないということも影響しているのでしょうか。100年に一度と言っていますが、こういう光景を毎年見るようになりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/16
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【2019年10月15日(火)】 知恩院での他地区組現地研修に参加後(こちら)、歴彩館に向かいました。 某講座のレジュメを作成の参考に「伏見稲荷大社御鎮座千三百年年史」の必要部分をコピーするためです。 歴彩館に着くと、展示室で「双京 京の夢、江戸の夢~館蔵資料に見る、二都の縁(えにし)~」展を開催していましたので、ますはそちらを見学しました。天皇即位を記念して、皇室ゆかりの京都と東京、両都市に関わる館蔵資料を展示されていました。大正大礼や昭和大礼のときの京都駅前の奉祝門の写真など興味ある資料を多く発見することができました。私はこれらの時代にはまだ生まれていません。今後の研究やガイドで、昔の世相を知っておくことはきっと役に立つと思います。ポスター京都府 生涯学習・スポール情報サイトから展示目録よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/15
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【2019年10月15日(火)】 ガイド会の研修で知恩院内を歩きました。「徳川家と京」というテーマの中での実施でした。午前9時半から11時半頃まで、ガイド仲間に案内してもらいながら歩きました。 知恩院の中を、鐘楼を除いてほぼくまなく歩いたと思いますが、知恩院は特別公開も含めて何度か訪問したことがあるので、全部一度は見たことがあるところばかりでした。しかし、新しく知ったこと、再認識したことも色々ありました。・浄土宗の知恩院門跡は浄土門主(もんす)という。 浄土真宗本願寺派の本願寺住職は門主(もんしゅ)、 真宗大谷派の僧侶及び門徒の代表者は門首(もんしゅ)と書く。・浄土宗末寺は約7300。浄土真宗本願寺派、大谷派の次いで多い。・法然の弟子である源智が再興した。・鎮西は浄土宗での第二祖。・法然上人の大師号は8つ。最初が円光大師(東山天皇)。 最近では和順大師(昭和天皇)、法爾(ほうに)大師(上皇陛下)・四条天皇から「華頂山知恩教院大谷寺」の寺号を下賜された。 ・法然は今の勢至堂あたりで往生。・徳川家康の「厭離穢土 欣求浄土(えんりえどごくらくじょうど)」・徳川家康は菩提寺よりも、城郭的存在として重要と考えていた。・三門の額は霊元天皇宸筆・三門上層に五味金右衛門夫妻像がある。三門の建設費用が予定より 多額になったので、自刃したと伝わるが、徳川家の秘密を知って いたためという説もある。・御影堂は8年かけて大屋根の吹き替えなどを修復し完成した。 2020年4月13日から落慶法要が行われ、再公開される。・御影堂屋根の瓦10万枚の上に2枚の葺き残しの瓦があるが、 これは未完成の教え。・御影堂の桟唐戸の落とし金に火災除けの河童、蝉。・御影堂に「忘れ傘」 左甚五郎が魔除けのために置いたという説。 知恩院32世の雄誉上人が御影堂を新築する際に、このあたりに 住んでいた狐が、自分の居場所がなくなるので、新しい棲家を 作って欲しいと頼み、それができたお礼にこの傘を置いて末永く 知恩院を守っていくこと約束したという説。 その変形版で、棲家を追われた白狐が、その仇を討とうと 童子に化けて近付いたが、毎夜、人々に上人が説法するのを 聞いて改心し、上人に誓った。そのとき雨が降っていて傘まで 貸してもらった。その返した傘がこの傘という説。・左甚五郎は「飛騨の甚五郎」の誤伝とも。実在の人物ではなく、 建築彫刻の理想化された人物であるという説もある。 左利きであったからという説。右腕を切られて左手だけで仕事を したおいう説などなど。・阿弥陀堂の額「大谷寺」は後奈良天皇宸筆。 大谷寺は知恩院正式名称、「華頂山知恩教院大谷寺」から・集会(しゅうえ)堂は御影堂工事中は増床して、御影堂と同じ 広さにを保ち、御影堂の各像を安置している。 工事期間だけ、「法然上人御堂」と呼ぶ。・大(おお)方丈。小方丈の障壁画は狩野尚信・信政らによる。・小(じょ)方丈は、要人参拝の際の「おとき」(食事)の場と しても使われた。・方丈庭園の場所はもとは青蓮院の寺域だった伝える。・方状庭園の作庭は小堀遠州の縁者の僧・玉淵・方状庭園には「家光お手植え」の松があるが、 家光は知恩院に来たことがない。・方丈庭園の慈鎮石は慈鎮(慈円)和尚(法然上人と同時代に 青蓮院の門主で4度も天台座主を務めた傑僧)が座禅した石。・小方丈東の庭は阿弥陀菩薩と二十五菩薩の来迎の姿を表す。 知恩院には国宝の「早来迎」がある。・勢至堂は1530年建立の知恩院で最古の建物。・勢至堂の東脇に善導大師。西脇段に千姫の大きな位牌。・山亭庭園。建物は霊元天皇の第10皇女吉子内親王の御所客殿を移築。 吉子内親王は生後1ヵ月で時の江戸幕府将軍徳川家継と婚約する。当 時夫となる家継もわずか6歳だった。納采の儀の2ヶ月後に家継が薨去。 史上初の武家への皇女降嫁と関東下向には至らなかった。19歳で出家。・墓地には千姫の墓、吉子内親王の墓、湯川秀樹の墓、内貴甚三郎の墓がある、 【ガイド諸活動】§知恩院研修【2019年10月15日(火)】 今日は夕刻からガイド会の臨時全体会でしたが、その前にガイド会の現地研修会に参加しました。 私も担当しているシニア講座は全部で20講座あり、一つの地区組で4ずつ担当します。本番の前にその予行も兼ねて当該地区組の研修会が行われることが常となっています。そのときの地区組メンバーも参加できることがあります。今日は南地区組の知恩院での研修でしたが、他の地区組にも参加声掛けがあったので、参加させていただきました。 「徳川家と京」というテーマの中での実施でした。午前9時半から11時半頃まで、本番を想定して約15人くらいずつの班に分かれて案内していただきました。 知恩院の中を、鐘楼を除いてほぼくまなく歩いたと思いますが、知恩院は特別公開も含めて何度か訪問したことがあるので、全部一度は見たことがあるところばかりでした。しかし、新しく知ったこと、再認識したことも色々ありました。・浄土宗の知恩院門跡は浄土門主(もんす)という。 浄土真宗本願寺派の本願寺住職は門主(もんしゅ)、 真宗大谷派の僧侶及び門徒の代表者は門首(もんしゅ)と書く。・浄土宗末寺は約7300。浄土真宗本願寺派、大谷派の次いで多い。・法然の弟子である源智が再興した。・鎮西は浄土宗での第二祖。・法然上人の大師号は8つ。最初が円光大師(東山天皇)。 最近では和順大師(昭和天皇)、法爾(ほうに)大師(上皇陛下)・四条天皇から「華頂山知恩教院大谷寺」の寺号を下賜された。 ・法然は今の勢至堂あたりで往生。・徳川家康の「厭離穢土 欣求浄土(えんりえどごくらくじょうど)」・徳川家康は菩提寺よりも、城郭的存在として重要と考えていた。・三門の額は霊元天皇宸筆・三門上層に五味金右衛門夫妻像がある。三門の建設費用が予定より 多額になったので、自刃したと伝わるが、徳川家の秘密を知って いたためという説もある。・御影堂は8年かけて大屋根の吹き替えなどを修復し完成した。 2020年4月13日から落慶法要が行われ、再公開される。・御影堂屋根の瓦10万枚の上に2枚の葺き残しの瓦があるが、 これは未完成の教え。・御影堂の桟唐戸の落とし金に火災除けの河童、蝉。・御影堂に「忘れ傘」 左甚五郎が魔除けのために置いたという説。 知恩院32世の雄誉上人が御影堂を新築する際に、このあたりに 住んでいた狐が、自分の居場所がなくなるので、新しい棲家を 作って欲しいと頼み、それができたお礼にこの傘を置いて末永く 知恩院を守っていくこと約束したという説。 その変形版で、棲家を追われた白狐が、その仇を討とうと 童子に化けて近付いたが、毎夜、人々に上人が説法するのを 聞いて改心し、上人に誓った。そのとき雨が降っていて傘まで 貸してもらった。その返した傘がこの傘という説。・左甚五郎は「飛騨の甚五郎」の誤伝とも。実在の人物ではなく、 建築彫刻の理想化された人物であるという説もある。 左利きであったからという説。右腕を切られて左手だけで仕事を したおいう説などなど。・阿弥陀堂の額「大谷寺」は後奈良天皇宸筆。 大谷寺は知恩院正式名称、「華頂山知恩教院大谷寺」から・集会(しゅうえ)堂は御影堂工事中は増床して、御影堂と同じ 広さにを保ち、御影堂の各像を安置している。 工事期間だけ、「法然上人御堂」と呼ぶ。・大(おお)方丈。小方丈の障壁画は狩野尚信・信政らによる。・小(じょ)方丈は、要人参拝の際の「おとき」(食事)の場と しても使われた。・方丈庭園の場所はもとは青蓮院の寺域だった伝える。・方状庭園の作庭は小堀遠州の縁者の僧・玉淵・方状庭園には「家光お手植え」の松があるが、 家光は知恩院に来たことがない。・方丈庭園の慈鎮石は慈鎮(慈円)和尚(法然上人と同時代に 青蓮院の門主で4度も天台座主を務めた傑僧)が座禅した石。・小方丈東の庭は阿弥陀菩薩と二十五菩薩の来迎の姿を表す。 知恩院には国宝の「早来迎」がある。・勢至堂は1530年建立の知恩院で最古の建物。・勢至堂の東脇に善導大師。西脇段に千姫の大きな位牌。・山亭庭園。建物は霊元天皇の第10皇女吉子内親王の御所客殿を移築。 吉子内親王は生後1ヵ月で時の江戸幕府将軍徳川家継と婚約する。当 時夫となる家継もわずか6歳だった。納采の儀の2ヶ月後に家継が薨去。 史上初の武家への皇女降嫁と関東下向には至らなかった。19歳で出家。・墓地には千姫の墓、吉子内親王の墓、湯川秀樹の墓、内貴甚三郎の墓がある、 内貴甚三郎は、明治31年初代官選京都市長就任。・瓜生石(うりゅうせき) 八坂神社の牛頭天王が降臨して、一夜のうちに瓜が生えて実ったとか、 この石の下を掘っていくと二条城まで続く抜け道があるなどの伝説が ある。 知恩院のことよく理解できました。修学旅行で三門を下から眺めることはありましたが、坂の上まで行ったことはありません。御影堂の拝観が再開すると、修学旅行ガイドや同行ガイドでの訪問が増えるかもしれません。今回の研修が役に立つと思います。 夕刻のガイド会臨時の全体会まで時間があるので歴彩館に寄ってから、ガイド会臨時全体会に行きました。よろしかったらぽちっとお願いします。<a href="https://travel.blogmura.com/kyototravel/ranking/in?p_cid=10710882" target="_blank" ><img src="https://b.blogmura.com/travel/kyototravel/88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 旅行ブログ 京都旅行へ" /></a><br /><a href="https://travel.blogmura.com/kyototravel/ranking/in?p_cid=10710882">にほんブログ村</a>。・瓜生石(うりゅうせき) 八坂神社の牛頭天王が降臨して、一夜のうちに瓜が生えて実ったとか、 この石の下を掘っていくと二条城まで続く抜け道があるなどの伝説が ある。 知恩院のことよく理解できました。修学旅行で三門を下から眺めることはありましたが、坂の上まで行ったことはありません。御影堂の拝観が再開すると、修学旅行ガイドや同行ガイドでの訪問が増えるかもしれません。今回の研修が役に立つと思います。御影堂(みえいどう)御影堂 左甚五郎の忘れ傘方丈の鴬張り方丈庭園徳川家家紋墓地から伽藍群を望む千姫の墓内貴甚三郎(明治31年初代官選京都市長就任)の墓宗紋 月影杏葉(つきかげぎょうよう)御廟への門 門の向こうは勢至堂黒門友禅苑よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/15
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【2019年10月14日(月・祝)】 9月4日に年イチの健康診断を受けましたが、その結果が10日前ほどに来ました。 去年は前立腺癌のマーカーであるPSAが高かったのですが、K病院で再度検査してもらったところ異常がありませんでした。先生の話によると、原因不明の高い値が出ることもあるとのことで、そのときは一件落着でした。 でもやはり心配でした。結果、今年は特に問題になる数字とはなっておらず、ホッと一安心ということころです。他の項目も特に異常な数値はありませんでした。 ただ、視力が左右とも眼鏡をかけて1.0未満になってしまいました。最近遠くも近くも見にくくなってきているのは感じています。近視も老眼も進行していると考えていますが、白内障傾向があるのかも知れません。ひょっとすると、懸念の緑内障が起こり始めているのかも知れません。緑内障予備軍で眼科に通っているので、今回の結果を持っていって相談しようと思います。もし単なる視力低下進行、老眼進行であれば、遠く用はPC距離、近く用は手元にそれぞれ合うような遠近両用眼鏡を新調したいと思います。今は、遠く用ではPCが見にくい、近く用でPCはOKだが、顎を上げなければならないのでつらい。もっと近くは、近く用では見にくいので、眼鏡を外して見ることも多い。ちょっとつらい状態ですので。 それからもう一つ懸念事項。右の太ももがヒリヒリとします。皮膚が何かおかしい訳ではないので、血行の問題だと思います。右前腹部は、粒子線治療の副作用で、血行が悪くなって、しびれや軽い痙攣を頻繁に起こっていますが(生活に支障は無し)、その延長線上の症状なのかもしれません。今のところ全く生活に支障がないので、様子を見ることにします。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/14
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【2019年月日10(木)】 事務所への通勤途上の景色の続きです。前回紹介した「上羽絵惣」(こちら)の2軒北に祇園祭山鉾の一つ「保昌山(ほうしょうやま)」の会所があります。東洞院高辻下ルです。保昌山会所 保昌山は前祭(さきのまつり)の山ですが、後祭を含め唯一、烏丸通の東かつ四条通の南にある山鉾です。山鉾の所在地図を見ても一つだけポツンとあるのが分かります(下図参照)。山鉾全体の位置が今の京都の中心部の一部に固まっているのは、室町時代の街がこれくらいしか広さがなかったからということは、以前、講演会で知りましたが、何故保昌山だけが、ポツンて離れてあるのかは知りません。どなたかご存知でしたら教えてください。山鉾連合会HPから保昌山の説明抜粋です。丹後守平井保昌と和泉式部の恋物語に取材し、保昌が式部のために紫宸殿の紅梅を手折ってくる姿をあらわしている。胴懸の張騫巨霊人に鳳凰虎を配した刺繍は円山応挙(1733~95)の下絵である。山の故事にちなみ宵山には「縁結び」の御守りが授与される。会所前の駒札よろしかったらぽちっとおねがいします。にほんブログ村
2019/10/10
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【2019年10月7日(月)】 事務所勤務で通る東洞院通の風景シリーズです。 260年以上続く顔料、和絵具の老舗です。正式会社名は上羽絵惣(うえばえそう)株式会社。下京区東洞院通高辻下ル燈籠町に所在します。「白狐」がトレードマークです。 胡粉と呼ばれる白い絵具があります。ホタテ貝殻の微粉末から作られる顔料です。それを使った「胡粉ネイル」も、最近は商品として加わり、ウインドウディスプレイを見ても、力を入れておられるのが分かります。有機溶剤を一切使用していないため、「爪に優しく」「マニキュア特有の刺激臭がなく」「速乾性と通気性があり」「アルコールで落とせる」水溶性ネイルで、人気があるようです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/07
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【2019年10月4日(金)】 M社事業部門勤務時代の先輩グループの京都案内「西京会」でした。二条城とその周辺、大原に次いで3回目です。 今回は伏見の町を案内しました。京阪墨染駅から歩いて伏見の町へ。昼食を「黄桜カッパカントリーで」とって、十石舟で三栖閘門を往復しました。ルートよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/04
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【2019年10月3日(木)】 昨今の新聞を賑わしている関西電力の醜聞ニュース。実は八木誠会長は私の大学時代の同じ研究室グループの先輩です。私がその研究室に配属になったのは、昭和51年(1976)かその前年です。ネット情報によると関電入社は1972年となっていますので、私とはダブってないことになりますが、私の担当の助手だった先生(後に教授)が「八木君は・・・」とよく話しておられ、やはり研究室グループ誇りの卒業生でした。OB会などでお会いしたことがあるのか、お顔に見覚えがあって、関電の社長に就任されたとき、「あっ、あの八木さんだ。」と思った記憶があります。研究一の出世頭で尊敬もしていましたので、東北大震災の影響で関電が苦境に立たされたとき、「えらいときに社長にならはったなぁ。気の毒だなぁ。頑張って欲しいなぁ。」と思っていました。 ところが今回の醜聞。額が半端じゃない。コンプライアンスに厳しく対応するようになった純粋の民間企業では、もはや起こり得ないお話しです。しかも退任をしない。ここは八木会長、潔く退任していただきたいという思いです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/10/03
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【2019年9月30日(月)】 今日は夕刻ある懇親会で、京都駅方面行きでした。 懇親会の場所は、「そば酒房 徳兵衛」。京都駅の京都劇場の近くです。集まりやすく、コスパもいいので、今回のような集まりでよく利用するところです。間口は広くありませんが、奥や2階にお部屋が広がっている感じで、席数も多く予約が取りやすいということもあるかもしれません。お店HPから住所 京都府京都市下京区東塩小路町901 京都駅ビル東ゾーン 2F(京都劇場近く)電話 050-3466-3921営業時間 11:00~23:00(L.O.22:30) 〈ランチ〉11:00~15:00日曜営業 通常無休席数 242席 会が終わって外に出たら、京都タワーが真っ赤にライトアップ。立ち飲み屋「ひょうたん」にも寄りました。京都駅前ヨドバシカメラの西側、室町通に面してあります。住所 京都府 京都市下京区 室町通木津屋橋上ル東塩小路町592電話 075-371-0911営業時間 12:00~22:00(L.O.21:45)定休日 日曜・祝日 ワールドカップ・ラグビー開催中で、近くのパブは西欧人で占拠されていました。面白そうなので、「HUB京都ヨドバシ店」に入って、西欧人に囲まれながら、また一杯。ヨドバシカメラの1階、南側に入っているお店です。住所 京都府京都市下京区東塩小路町590-2 京都ヨドバシビル 1F電話 075-353-4082営業時間 [月~木・日・祝] 12:00~24:00 [金・土] 12:00~翌2:00 日曜営業定休日 年中無休席数 104席よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/30
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【2019年9月29日(日)】 「京の夏の旅」で公開中の吉田家住宅、藤野家住宅、旧湯本家住宅を二人で訪問しました。吉田家、藤野家は私も初めての訪問です。旧湯本家は先日単独で訪れたのですが、家内は初めてです。 まず新町通蛸薬師上ルの「吉田家住宅」へ。『京都生活工藝館無名舎 吉田家』として普段も事前申し込みで見学は可能です。1909(明治42)年建設。歴史的意匠建造物、景観重要建造物、登録有形文化財です。京呉服の問屋街「室町」の一画六角町にあり、建物は白生地問屋を商った京商家の典型ともいうべき表屋造り。店舗、住居、土蔵とそれらを結ぶ2つの庭と、通り庭から成っています。所有者の吉田幸次郎氏は元祇園祀山簿鉾連合会理事長を務められた方です。山鉾巡行の前祭と後祭に分けるのを実現された方です。これがオリジナルの山鉾巡行の姿です。吉田家住宅(京都生活工藝館無名舎 吉田家)京都府 京都市中京区六角町363(新町蛸薬師上ル) 次に高倉通竹屋町上ルの「藤野家住宅」へ。大正15年に住まいとして建てられました。国登録有形文化財に指定されています。通りに面して高い塀を構える典型的な「大塀造(だいべいづくり)」の町家の秀作。塀の内側に、平屋建の「表側棟」と二階建「居住棟」を「玄関棟」でつないだ造りです。玄関を兼ねた四畳半の茶室や、数寄屋風意匠が取り入れられた瀟洒な佇まい、門の脇に雪隠や供待(待合)を備えた前庭を茶室の露地として使えるように演出しているのもみどころです。藤野家住宅京都府京都市中京区高倉通竹屋町上る坂本町707 最後に「旧湯本家住宅」へ。こちらは以前に私単独で訪問したことがあるので、こちらをご覧ください。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/29
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