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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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富士山、選択型から完全型の収穫へ
12月23日朝、6時48分の富士山です。
綺麗な朝焼けに染まった富士山です。
(12月23日)
小田原厚木道路の小田原PAからの写真です。
6時37分に着いた時は赤見はなかったのですが、
頂から色づきが始りだし、全体が色づいたのは6時48分。
地球の自転の速さです。
隣にいたトラックの運転手さんが言っていました。
「毎朝ここを通っているけれど、昨日は雲で全く富士山は見えなかった」、と。
さて、さらに走って真鶴へ。
主題の、みかんの収穫です。
次の写真は、収穫作業を始める前の、朝一番のみかん園です。
(12月23日朝)
朝日がさしはじめています。
みかん園には、もはや以前とは違って、まとまった色づきの箇所はなくなりました。
収穫すべきみかんは終わったのかというと、とんでもありません。
表だったみかんは終わりましたが、まだ多くが葉の中に隠れています。
みかん自体の重みで枝が垂れ下がって、外からはみかんの存在が見えないだけです。
午前8時、今日最初に収穫の手を入れようとしていた木です。
(12月23日午前8時)
朝日が当たりだしています。
太陽の暖かい日差しが、夜露を乾かしはじめてくれています。
いっけん、みかんの木へのつき具合は、残りはわずかのように見えますが、
とんでもありません。
外からは見えにくいだけで、まだまだたくさん枝葉の裏に付いています。
この木だけでも収穫は、11時から12時25分まで、1時間半くらいかかりました。
この木だけで、全部で2.5コンテナ、50キロを収穫しました。
(12月23日午後2半)
木陰に収穫したみかんのコンテナがあります。
収穫を終えた木は、なぜかホッとしたような印象を感じます。
果実をつけ重い荷物を背負っていた状態からようやく解放された感じです。
もとの常緑樹にもどりました。
本日の収穫は、午前8時から午後2時45分まで、
シンデレラは午後2時がタイムリミットだったのですが、
予定していたよりも、45分間も時間オーバーしてしまいました。
というのは、1時半には一度は予定通り終了して、片付け態勢にはいったのですが、
片付けているうちに、1本の木に何んとヒヨドリが盛んに饗宴を繰り広げているのに気がつきました。けたたましく鳴き叫びながら、さかんにみかんの実をえぐっていました。
それに気がついた以上、そのまま捨て置くことはできません。
みかんが、その箇所で特に成熟していることをヒヨドリが教えてくれています。
それに、ヒヨドリに食べさせるためにみかんを栽培してきた訳ではありません。
こうなったら少しでもヒヨドリと競争していて、彼らに荒らされるのを抑えるために、
寸刻を惜しんでも、駆け込み仕事ととなつても、もうひと踏ん張り。
2時の終了予定を、あえて時間延長することを余儀なくされました。
結局、本日の収穫は、5本の木から全部で10コンテナ、200キロの収穫でした。
今日から収穫は、これまでの様に色づいたみかんだけを収穫していた選択型の収穫から、木についている果実のすべてを収穫する完全型の収穫にかわりました。
フツウウンシュウの木は18本あります。2本がカミキリムシのためになくなりました。
収穫を終了出来たのは4本。18本分の4本ですから、残りは14本。
すべての収穫を終了するには、最低でも1日に7本頑張ったとして、二日間が必要です。
みかんの木のためにも、自身が正月に休養するためにも、
年内にすべての果実を取ってしまいたいところ。
そのためには、あと丸二日間が必要です。
日曜農夫としては、日時が限られています。
ギリギリの日時です。
もちろん、搬送・販売出荷も展開しなければ、進まないのですが。
いよいよ収穫も大詰めです。
この最終盤の時期の収穫は、すべての木についたみかんを収穫しますから、
当然、玉石混交となります。
これからは撰果の作業が重要となり、ひと手間が加わります。
撰果は、1、人前に出したも大丈夫な商品価値のあるもの。
2、多少よごれてはいても、味は太鼓判のもの。
3、未成熟だったり、キズものだったりで破棄するもの。
この三種類に分けるようにします。
とにかく、あと7日間の勝負です。
どこまでゆけるか、日曜農夫もいよいよ頑張りどころです。
写真の手前に果実のついた木がありますが、これは「清見」の小木です。
この方の収穫は、年が明けてから2月から3月ころで、まだ先です。