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プレハーノフ著『史的一元論』を読んでます ( その 6)
プレハーノフの『史的一元論』
(
川内唯彦訳 岩波文庫
)
を読んでいます。
これから第
5
章「近代唯物論」に入りますが、今回は寄り道です。
エンゲルス
(1820.11.28
-
1895.8.5)
とプレハーノフ
(1856.12.11
-
1918.5.30)
との交遊を見ておきます。
第一回目の紹介 (2015 年 10 月 26 日 ) で、エンゲルスは亡くなる半年前に、プレハーノフに『史的一元論』の刊行を祝う手紙を出していたのを紹介しました。
「これをロシア国内で出版することが出来たのは、大成功です。これは一歩前進です。」 ( 全集 39 巻・ 1985 年 2 月 8 日付 ) 。
あらためてME全集から、人物索引でプレハーノフについて調べてみました。
それによると、
1
、プレハーノフのエンゲルスとの接点ですが、最初は科学的社会主義の文献のロシア語版の翻訳活動にあったようです。プレハーノフは
1882
年
1
月に『共産党宣言』のロシア語版を出しています。
エンゲルスはその翻訳を許可するとともに、序文を書いています。
ロシアの革命運動の動向に注目していたエンゲルスですが。プレハーノフの論文や著作を読んでいます。「ロシアが 1789 年に近づいている」と見ていました。そのロシアの動向をとらえる材料になっていたわけです。
ア、『われわれの意見の相違』の中のチェリニシェフスキー論
イ、「ヘーゲルの歴史哲学」
ウ、「ロシアにおける飢餓との闘争における社会主義者の任務」
エ、「ヘーゲル没後
60
周年によせて」
ロシア動向の報道とともに、こうした論文の名がエンゲルスの手紙に出てきます。
2 、エンゲルスは、先にザスーリチなどとの交流があったようですが、 1894 年 5 月 21 日付のプレハーノフあての手紙で書いています。
これがプレハーノフ宛の最初の手紙です。
この頃から直接の交流が始まったようです。
エンゲルスは全部で
5
通のプレハーノフ宛の手紙を残しています。
1
、
1894.5.21
付
2
、
94.5.22
付
3 、 94.11.1 付
4 、 95.2.8 付
5
、
95.2.26
付
エンゲルスは、
1895
年
8
月
5
日に
74
歳で亡くなりますから、最晩年の交流だったということです。
3
、
1895
年
2
月
8
日付のエンゲルスのプレハーノフ宛の手紙です。
「ヴェラ・ザスーリチがあなたの著書
(
『史的一元論』
)
をくれました。ありがとうございます。読み始めましたが、なかなか時間がかかります。ともかくも、これを国内そのもので出版することが出来たのは、大成功です。これは一歩前進です。そして、かりにわれわれがこの新しく勝ち取った地歩を確保できないような場合でも、これはやはり、先例になりますし、氷は破られたわけです。・・・
以前と比べると、私は今ずっと元気です。消化は良好ですし、呼吸器は正常です。夜は七時間眠り、仕事は楽しくやっています。一年近い中断のあとで、ようやくまた仕事ができるようになって、私はしあわせです。・・・」
エンゲルスは食道がんだったそうです。
エンゲルスでも、『史的一元論』を読むのに時間がかかったようですから、当方が読み進むのがのろいのも当然か、などと自らを慰めているんですが。
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