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小林多喜二の母・セキにインタビューしたような作品、
三浦綾子著『母』(角川書店)を読みました
三浦綾子の作品『母』(角川書店 1992年)を読みました。これは、小林多喜二の母・セキ(1874年-1961年)を描いた作品です。
小林多喜二〔1903(明治36)年-1933(昭和8)年〕は、『蟹工船』などを書いた作家ですが、
その著作活動により特高警察の逮捕されて、その日のうちの虐殺された、それは29歳でした。
これは、母親のセキが、インタビューに答えている形で、多喜二の生涯を紹介した作品です。
私がこの作品を読んだのは、これが今年(2016年)中に映画化されると聞いたためです。
三浦綾子さん(1922年-1999年)により、この作品が1992年に発表され、話題になりました。
当方も作品を手元によせてはいたんですが、読まずにそのまま置きっぱなしだったんですね。
それから20年余がたってしまいました。
そんなことで、長年の宿題の一つだったんです。
読んでいて感じさせられたんです。
「これは、セキさんに直接聞いたインタビューではないのか」と。
そうした感じがしてくる、語り調子の作品なんです。
しかし、セキさんは1961年に亡くなっているし、作品は1992年発表ですから、けっしてそんなことはないんですね。
これは、三浦綾子さんが、巻末に参考資料が挙げられてますが、関係する著作を読みこんだことから、それによりセキさんのこころをこの作品に再現したものなんですね。
まるで、生きた方にインタビューをしているかのような感じがしてくる作品です。
この作品に出てくる中身・表現には、一つ一つに「根拠」というか、元になっている材料があるんですね。私なども、そのいくつかの場面は、他の所で、ほかの方から聞いたことがありますから。しかし、この作品によって、セキさんへのインタビューを通して、多喜二の生涯や家族関係が、まとまった形で、生き生きと紹介されていますから、あらためて身近な存在にしてくれます。
インターネットで紹介されていたんですが、
1922年生まれで、戦前7年間、小学校の教員をされていたそうな。終戦により、それまでの国家のあり方や、自分自身がかかわった軍国主義教育に疑問を抱き、1946年に教員を退職した、と。その時にすでに肺結核を患っていたそうな。1952年にキリスト教の洗礼を受けたとのこと。
これは、中身はまったく違うと思いますが、私の母とほとんど似ているんですね。こちらは1923年生まれで、昭和14年4月から21年3月まで、小学校の教員をしていたわけですが。ほぼ同じような教育環境だったはずですから、きっと重なる思いもあったのではないか、と思います。あくまで推測ですが。
それともう一つ、セキさんの多喜二や家族への、母親としての愛情ですね。
これは、考え方として貴重なものがあります。
ゴーリキーの「母」に、それは映画でしか見ていませんが、かさなるものがあると思います。
昨今のニュースを聞いていると、なにかと殺伐とした政治や社会の報道が多いのですが、
これでもか、これでもかといったような報道が、やたらおどってますが。
しかし、実際には、私などの狭い経験でも、
日本社会の国民の根底には、こうした人たちが、確かにいるし、暖かな事例があるんだ、ということなんですね。
そうした記憶や経験を呼び起こしてくれる点で、この作品は大事なものだと思います。
なんで、もっと早く読まなかったのか、一歩を読みださなかったのか、
20年余も置きっぱなしにしておいたのか、考えさせられてしまいます。
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