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ケンタロー (la joie de vivre)さんKeyword Search
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3年前、マルクス『聖家族』(1844年)に挑戦してました
マルクスが、新しい哲学と歴史観をつくりだす過程で、この『聖家族』は重要な著作だと思っています。
3年前になりますが、まだ職場は継続雇用でしたが、以前に比べて多少の時間が出来たこともあって、これまで、積み残しにしてきた本をひっぱりだして、挑戦しはじめていました。
そうした一冊が、マルクスのこの『聖家族』だったわけです。
この『聖家族』は、「マルクス・エンゲルス全集」の第2巻にあります。
当時マルクスは、「ライン新聞」を退いてからヘーゲル法哲学の批判をしています。そして1843年10月パリに移ります。ドイツの専制政治はその活動を許さなかったんですね。
そのパリの地で『独仏年誌』を出しましたが、その地での本格的な探究は、この『聖家族』が示しています。
やがて、1845年の『ドイツ・イデォロギー』で、新たな唯物史観を発表することになりますが、これはその前の時点です。
『聖家族』という題名ですが、これは青年ヘーゲル派のバウアー兄弟などにたいする皮肉です。彼らの観念論の見地に対するあてこすりです。
それは分かるんですが、この論文はなかなか理解しにくい作品なんです。分かりにくい論争的な文章が、218ページもつづくわけですから、私などが読み通すのは容易ではありません。
私などには、言っている中身は、多くは「霧の中」で、よくはつかみきれていません。
今回も、自分なりの理解の「中間報告」のつもりなんですが。
この本への挑戦ですが、3年まえが初めてではないんです。
6年前の東日本大震災の年、定年退職して継続雇用になった年でしたが、
2011年6月26日でしたが、その時にも挑戦していました。
その時のレポートです。
https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201106260000/
この時は、とにかく全体を通読するようにして、この中にある、これは大切だと思うポイントを、ランダムにメモしてみたんです。
どのような課題が論じられていたか。
基調は、青年ヘーゲル派の思弁的方法に対する批判なんですが、
そのメモからピックアップしてみると、
1、プルードンを通して、経済学やプロレタリアートの役割の問題があります。
2、ヘーゲルの思弁的構成や歴史観の問題、それへの批判があります。
3、フォイエルバッハの功績、唯物論に立って批判を始めたことへの評価があります。
4、政治的解放と人間的解放の区別、フランス革命における宗教問題の解決があります。
5、イギリスとフランスの唯物論の歴史的な形態について。
少なくとも、こうした中身が含まれています。
この一つ一つのテーマは、大きな問題ですね。
これらをマルクスは、本当に短期間に集中的に学んで、検討していたんですよ。
それは人類の未来を拓くためのすばらしい意気込みですが、
短期間に、おそるべき、一所懸命な努力だったと思うんです。
よくは分からない『聖家族』ですが、それが確かに伝わってくるんです。
私などは思うんですが、
これらの問題というのは、国は違っても日本の近代史がかかえていた本質問題だと思うんですよ。
しかも、戦後の日本でも、現代の日本でも、やはりしっかりした理解が求められている問題で、今日的にも問われている問題だと思うんです。
ちなみに、ロシアのレーニンですが、その著作に『哲学ノート』にありますが、その中に1895年の25歳の時ですが、この『聖家族』の中身を学びとろうと努力しているレポートが残っています。
各国の近代化にとって、共通の問題なんですね。
さて、3年前の『聖家族』の学習について、ですが。
これは、6年前も同様なんですが、エンゲルスの『フォイエルバッハ論』に関係しています。
これが、そのレポートです。
https://plaza.rakuten.co.jp/sagamimikan/diary/201407300000/
ここでは、フォイエルバッハに対する評価の問題がありました。
マルクスは、どの点でフォイエルバッハを積極的に評価したのか、この問題です。
この本で論争の相手になっているのは、青年ヘーゲル派(ヘーゲル左派)のグループですが。
その思弁的な弁証法を批判したんですね。「思弁」というのは、屁理屈をこねて言いくるめる、といった意味もあるとおもいますが、そうしたことから様々な問題をきたしていたようです。
マルクスは、この「序」でいってます。
「バウアーに対し批判するのは、ドイツ的思弁一般のナンセンスが、頂点に達しているからである」「われわれの叙述は、その対象によって制約されている」「これとは独立した著作で、われわれの積極的な見解を、それとともに最新の哲学的・社会的教義にたいするわれわれの積極的態度を述べるつもりでいる。」(P5)
この文章の叙述が分かりにくいのは、論争している相手が分かりにくいことをいっているからだ、と。積極的な哲学的・社会的見解とそれに対する態度は、別の著作(『ドイツ・イデォロギー』か)で述べる、と。
この青年ヘーゲル派への批判のポイントに、唯物論の問題がありました。
ドイツの観念論の圧倒的な伝統のなかから、ポツリとフォイエルバッハが意識的な唯物論をもって、思弁を批判する形で登場したわけです。
マルクスは、直ちにその唯物論を評価して、その見地にたって、青年ヘーゲル派の思弁的弁証法を、その観念論の基本がもつゴタゴタとした問題点を批判していったわけです。
「哲学が現存状態の抽象的表現であるとの意見は、はじめて哲学を思弁的神秘的経験とよび、また、そうであることを証明したフォイエルバッハのものである。」(第四章 P37)
8か所でフォイエルバッハについて述べていますが、これはその一つです。
このあと、1845年『ドイツ・イデォロギー』では、積極的見解の唯物論的歴史観をまとめて提起するが問題となるわけですが、それはまだ少し先の問題です。
ここでは、青年ヘーゲル派の、ヘーゲルの思弁的弁証法を、その問題点を正すことが問題だったんですね。
その中に、唯物論のイギリスやフランスにおける歴史形態を研究する作業があったし、このことは、フォイエルバッハによる唯物論の新たな提唱を、さらにすすめることだったし、それが唯物弁証法の理論を明確にする問題だったんですね。この先、フォイエルバッハとの分岐になる点です。
それにしても、このマルクスの『聖家族』は難解な著作です。いくら弁解したとしても。
だけど私などからしたら、ドイツ古典哲学の著作はほとんど難物だらけです。しかし、「難物だ」、「難物だ」と、いくらぼやいていても、それに挑戦しないことには、理解は進みません。
簡単な解説書でお茶を濁す程度では、実際の攻略は出来て無いわけですから、心からの得心は出来ない訳です。
そうした中で、マルクスの『聖家族』ですが。
これは簡単ではありませんが、しかしまったく理解できないというわけではないと思います。
実際、私などの理解ですが、もちろん多くは霧の中ですが、それでも前々回に比べれば前回が、前回に比べれは今回の方が、少しですが認識がすすんだと思っているんです。
なかなか本格的に、挑戦することは出来ないのですが。
それに、日本の哲学者の人たち中には、戦前から真摯に挑戦した足跡があると思うんですよ。
「唯物論研究会」などの活動もあったわけですから。この中でも、いろいろ探られていただろうと推測しています。なかなかこれまた、それを読むことは容易でないのですが、おそらくそれらの業績の中には、今日の常識的になっていることの基礎を確認することが出来とおもっています。それにつうじれば、より問題が見えてくると思っています。今後の課題です。
まぁ、以上が、以前のレポートを読み返してみての感想です。
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