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料理は愉しい。しかし、独り暮らしで鍋にすると、さびしいし、白菜とか大量に余っちゃうから、同じものを食べ続けちゃう、という難点もある。でも鍋物も奥が深くて、凝れそうだ。私のインドカレーもやばい。作ると食べ続けちゃう。そして飽きるんだけど、また発作のように食べたくなる。昔、漫画の「包丁人味平」で、カレー編っていうのがあって、スパイスの中には、麻薬というか、常習性を生むようなスパイスがあるって、やってたけど、そんな感じ。インドカレーににんじんはタブーなんだけど、甘みを出すためににんじんを擦って入れると、うまい。そんなことを試行錯誤してると、続けて食べちゃうのだ。あ~、また、食べたくなってきたなぁ。 お父さんのラーメンって、たとえインスタントであろうとも、いいものだ。うちの親父は、外でラーメンをあまり食べないけど、うちではひき肉と野菜のラーメンとか、作ってる。教会をさぼった日曜のお昼とかに。(だめじゃん!) ただし親父は細めんが好きで、そーめんとかも大好きだけど、私はどちらかというと、うどんとか、太いめんのほうが好きなんだよね・・・。 親父の仲間で、そば打ちに凝ってる人がいるんだって。けっこう、そばってお金のかかる趣味らしいよ。専用麺棒とか、石臼、角包丁とか買ってさ。凝っちゃうんだよ。以前、「TVチャンピオン」でやってたけど、そば打ちを趣味としているお父さんの奥さんと娘は、うどん派なんだって。需要と供給が合ってないっていうのも、悲しいね。頑固な男料理ほど、たちの悪いものはない。 ほんと、「ごちそうさまが、ききたくて。」精神でないとね。もてなしの心。親父の作るチャーハンは、コショウが効いてて、うまい。でも二日続けて、食べさせられたら、ちょっと脂っこく想ってしまうよ。もちろん、それは、親父も心得てるけどさ。親父のチャーハンのレシピは、ルールが3つある。1.固めに炊いたご飯を冷ましてから使う。2.油は、たまごに吸わせて、一度フライパンから取り出し、ご飯に火のとおったころ、入れてまぜる。3.しょうゆは、フライパンの底でじかに焦がすようにしてから、ごはんとまぜる。 あとは冷蔵庫に残ってるベーコンとか、長ネギなどの野菜、それに塩、コショウを入れて、仕上げにパセリでもかければ、言うことなし。以上。
2006年02月08日
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先日、ジー教授の書斎へ寄ったら、去年の”文藝春秋”5月号があってもらってきました。パラパラと読んでいたら、その中に「団塊カリスマ主婦の生き方」という題で、栗原はるみさんの書いた文章があって面白かった。栗原はるみっていう料理研究家は、「ごちそうさまが、ききたくて。」という本を書いた人。たしかうちの母も、この本持ってる。若々しくみえるのに、じつは結構、お年なことを知って驚いた。団塊の世代だもんね。36歳まで主婦してて、その後、子育てしながら料理に関する仕事を始めたんだって。しかも料理学校へは行ってないし、調理師免許もないそうだ。その後、朝日の記事でも読んだけど、彼女はもはや、日本の家庭料理を世界に伝承する人となったらしい。・・・「グルマン世界料理本大賞」のグランプリを日本人で初めて受賞・・・だって。すごい。米国では、今年の4月に英語版が販売されるらしい。本屋で、チェックしてみます。http://www.be.asahi.com/20060121/W11/20060111TBEH0011A.html
2006年02月07日
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私はいま、キリスト論に没頭しています。考えていると、時間があっという間に過ぎてしまいます。でも、神学の主要なテーマの一つとして、”キリスト論”を重苦しく学ぼうとすれば、それは、かなりつまらない。私の教授は牧師なので、つねに実践の立場で考えるようにと、訓練させられている気がします。“キリスト論”っていうものは、「イエスとは、いったい誰なのか?」という、問いから出発している。弟子たちの「いったいこの方はどなたなのだろう。」(マルコ4:41)という問い、これは率直で大切な疑問だと想う。なぜなら、師であるイエスが、それを改めて、弟子たちに問うているから。「あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」(マルコ8:29)と。そして、キリスト論を考えるときに注意すべきことは、イエスが、人はそう考えるなら、それでは、あなた自身は、どう考えるのか、と問うているってこと。イエスを知るという知識を、神学的好奇心を満たすためだけでなく、実際のいまの自分にどう生かすのか。これが問われている。「イエスを知ろう」とするってことは、たとえば美枝さんが、誰かをもっと知ろうとするのと似ている。その人の人柄を知り、育った環境を知り、仕事や奉仕の内容を聞く・・・。そうすることで、この人は、こんな人かも知れない、というのがおぼろげながら解ってくる。キリスト論も同じように、イエスの人格、状態、職(職務)を考えることで、イエスという神の人を知ろうとする。また、イエスの昇天後、多くの人たちが論じ、反駁してきたイエスに関する問題も、ざっと知っておくほうがいい。今回の宿題は、“イエスの職務”について考えたことを、デボーション(ミニ説教)にしてみること。聖書研究会とかで、どのようにイエスを知ればよいのか、その方はどう我々と接しておられるのか、というような問いを提議したいと想っている。
2006年02月06日
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むかし、鬼ごっこをよくした。近くに小さな公園があって、小学校低学年のときは、よくそこで遊んでたよ。まだ、ファミコンのない時代だった。銀球鉄砲とかで遊んでいる大きい子供たちの間をぬって、駆け回ってた。でも一度、怪我しちゃったな。その公園には、箱型のブランコがあって、片方に2人ずつ、計4人が座れるようになってるんだ。でも大抵、立ってこいでいるヤツがいて、背もられにつかまっているヤツがいて、かなりの人数で乗ってた。僕はただ普通に座ってたんだけど、かなりおもいっきりこいでいたので、平行四辺形がつぶれたような形になり、片方の足が床と座椅子の間にひっかかっちゃったんだ。痛かったよ。悲鳴をあげたよ。そして、止めてもらったんだけど、仲間たちが全員、僕の家に駆け出して行っちゃったので、独りぼっちにされて、かなりさびしかった。泣いてたとおもう。おねえ的存在のはーちゃんも、そのときは、僕の家に行ってしまったんだね。母が来て、国立病院へ。すねにヒビが入っただけで済んだんだけど、折れたと想うほど、痛かったよ。精神的にも。病院ではギブスしてもらったりして、松葉杖で何ヶ月か生活してたんだと想う。後のことは忘れちゃった。何年か前に、その公園に行ってみたけど、あのブランコは取り外されてた。コンクリの丘にあった”く”の字のトンネルも、埋め立てられていたし、なんともさびしい気がしたよ。たぶん安全上の理由で、区とかの行政がしたんだと想う。いまの公園は、なんとも面白みに欠けるね。
2006年02月05日
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僕の教会との出会いは、ものごころつく前から教会に連れて行かれてた感じ。小学校時代には牧師の息子2人とよく遊んでた。聖餐(せいさん)式の使用済みのカップから、残ったワインをすすったり、教会にあったおもちゃで遊び回っていたのを覚えています。それに飽きると、牧師館に連れて行ってもらって、彼らのおもちゃでまた遊ぶ、そんな教会生活?でした。大人の礼拝には、出席させられたので、そのうっぷんを晴らすかのように、はしゃいでたのです。当時は、CS会もあったのですが、頭がついてゆかず、まったく解っていませんでした。そんなある夏休みのとき、以前にも言った、例の千葉のいなかで、地元の少年たちに連れて行かれた教会での出来事は、今でも忘れません。地元の少年たちがなぜ連れて行ってくれたのかは、いまでも不思議なのですが、教会では、CSの先生(若い女性)がいて、聖書を実にリアルに教えてくれて、子供心に、これは真実だ、と想ったものです。彼女は、子供相手ながら、写真つきの資料をみせてくれて、ここをイエス様が歩いて宣教されたんだよ、みたいなことを教えてくれたのでした。当時の私は、イエスもお魚に食べられたヨナさんも、アーチブックの絵本での印象しかなくて、おとぎ話のように想っていたのです。その先生の名前は知りませんが、いつか会えないかなぁと想っています。たぶん、当時、私がそんなにショックを受けた、とは想っていないと想うので、感謝を伝えたいのです。その教会へ行ったのは、それが最初で最後でした。千葉の地元の少年たちは、”いちわら屋”という酒屋の息子たちで、今でも家族ぐるみの付き合いがあります。昨年も、”いちわら屋”の両親たちが、父の北海道の家に遊びに来て、ゆっくり過ごしていったそうです。
2006年02月04日
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小学校に入ってからは、冒険クラブっていう、ボーイスカウトみたいなのに入った。何をしてたか、ほとんど覚えてないけど、ちゃんと独りで通ってたみたい。その帰りに、公園で子猫を見つけて、なでなでしてたんだ。遅くなったので、子猫を置いて帰ろう、としたら、その子猫が鳴いてついて来るんだ。まじ~な、と子供ごころに想って・・・。母親は猫きらいだろうな、となぜか想ってたから。それでもついて来るので、しかたなく家に連れて帰った。なんてことはない。家で飼えることになったんだ。聞いてみると、父は学生時代、プードル犬を飼ってたし、結構ペット好きだったんだ。母も子猫を気に入ってくれた。いい猫だったよ。女の子だったので、ピコちゃんと名づけた。長いこといたよ。中1くらいのときまで。修学旅行から帰ってきたら、いなくなっちゃってたんだ・・・。さびしかったよ。ある日、ピコが小鳥を捕まえてきたことがあった。かわいそうなので、その小鳥を口から取って、母に看病してもらったことがある。結局、その小鳥は、長生きはできなかったけどね。ピコは、家の外を自由に出入りしてたけど、親父が帰ってくるとちゃんと迎えて、家に入ってくる、という猫だった。人間のトイレでも、おしっこできたし。おばちゃんの別荘というのが、千葉の外房のいなかの方にあって、毎年、夏にはいってたんだけど、そこにもピコは連れて行って、放し飼い。ぜったい逃げないし、夜遊びしない猫だった。トラ猫で、グレーと黒のきれいな猫だった。
2006年02月03日
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今度の説教は、奇跡(ミラクル)を扱った、新約聖書箇所からすることになっている。そこで、いくつか候補があったんだけど、イメージの創りやすい、「突風を静める」(マルコ4:35~41)に決めました。たぶん、何人かのクラスメートも、同じ箇所にすると想うので、発想では負けられない。僕のいま持っているイメージは二つ。ひとつは、ガリラヤ湖。マルコの福音書では、イエスのガリラヤ宣教が、全体の3分の1にもなっている(マルコ1:14~6:56、8:22~26、9:33~50)。 イエスの主要な教え、奇跡、悪霊払い、癒し、召しとかは、このガリラヤ湖、周辺で行なわれている。 さらに驚かされるのが、イエスと弟子たちが使った宣教ルート。ときにイエスは湖畔を歩かれ、ときに小舟を使って向こう岸まで渡っている(4:35、5:21、など)。 ・・・想像するに、これはもうボート宣教みたいだ。ガリラヤ湖を軸に、ボートでベトサイダ、カファルナウム、ティベリアスへと渡り、その土地土地で、新たな人々と出会い、宣教している感じ。まるで、イエスはボート・ピープルみたいだね。舟の上で教え、食事し、寝て、たまに移動する。ガリラヤ湖は、イスラエル最大の湖。辞書によれば、「イスラエルのガリラヤ地方にあるティベリアス湖の異称。ヨルダン川中流にある。面積165平方キロメートル。ガリラヤの海。」とある。周囲約53キロ、長さにして21キロ、幅13キロ。最大深度48メートル。 もちろん、岸からちょっと離れれば、見渡す限りの水となり、そこは”海上”となる。ボートが揺れれば、湖水をかき出さねばならず、ペトロやアンデレ、元漁師たちであっても、向こう岸まで泳いで渡るのは至難のわざ。沈没することは、なんとしても避けたい。ところで、我々日本人にとっての湖とは、なんといっても”琵琶湖”だね。「滋賀県中央部にある湖。断層湖。面積674平方キロメートルで日本最大。最大深度104メートル。湖水は瀬田川を経て淀川に流れる。京阪神地区の重要な水資源であり、マス・アユ・シジミなどの漁業も行われる。古名、淡海(おうみ)・近江海(おうみのうみ)・鳰(にお)の海。」 ・・・琵琶湖はもちろん、ガリラヤ湖より、大きく、深度も深いわけだけど。もし、我々がいま、この琵琶湖の湖上にいるとして、突風が吹き荒れ、水面は波うねり出したら、と想像したらどうだろう。深さ104メートル。一度でも息継ぎに失敗して、誰も助けてくれなければ、あとは暗黒の底に沈むだけ。悪夢だね。・・・そんな緊迫した状況が、イエスと弟子たちに起ころうとしていた。もうこの湖は、その表面の美しさとは裏腹に、死へと導く通路と化す。さて、もうひとつのイメージがある。それは、イエスの行なった奇跡。そして、その効果。・・・艫(とも)の方で、寝ていたイエスを、慌てて起こしにかかる弟子たち。それが、師匠に対する無礼であろうが、なかろうが、事は緊急事態。「先生、起きてください!」 とはいえ、彼らの師は、船尾でまくらし、まだぐっすりと眠っている。それはまるで、ヤッファからタルシシュへ向かった汽船の船底で、大荒れの海にも気づかず、安心して寝込んでいた預言者ヨナのようだ。 ついに眼を覚まし、起き上がったイエスは、一言、「黙れ、静まれ!」と湖上に向かって、風に対して叱りつけた。その瞬間に、荒風は止まり、水面はなぎになった。弟子たちのショックは、我々が想像する以上だったに違いない。まるで自分たちが叱りつけられたように想えただろうから。 ・・・イエスの奇跡の効果は、てき面だった。自然現象は、イエスの命じた言葉に、一瞬のうちに従った。しかし、肝心の弟子たちの動揺は、まだ治まっていない。瞬時にして風が止み、波が静まったようには、弟子たちの心は落ち着きを取り戻せない。すると、イエスは彼らを諭すようにささやかれた。「なぜ怖れるのか、まだ信仰をもっていないのか・・・」と。私たちの心は、自然現象がそうであるように、頻繁に移り変わる。晴れていても、小雨にも、風にもなれば、台風のように雷雨にもなる。また、自分の外で起きたことに影響され、その色に染まってしまう。こうして、我々は、世の中のもつ、独特の雰囲気に振り回されてしまう。それは、ときに欲望であったり、怒りであったり、悲しみや無気力であったりする。 また、予想外の出来事が突然起き、瞬時に対応しようと、焦るあまり、我々は墓穴を掘ってしまう。 そんなとき、「なぜ怖れるのか、まだ信仰をもっていないのか・・・」というイエスの言葉は、我々の心にチクリと響く。弟子たちは、いったい何を静められたのか。心穏やかに、ただ信じること。それは、何事にも動じない強さ。それは、イエスと共に死に切ること。なにがあっても、艫(とも)の方でぐっすりと、安心してイエスと添い寝して眠っていられるように。我々の咎は、海底に沈められた。イエスによって、肉なる身体は、湖の底深くに沈められた。もはや、我々の荒れた心は静められている。
2006年02月02日
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今日は1月2日。実は、ただいま、セントルイスに戻ってきました。いま、夜の8時。本当に長い一日でした。今朝、午後3時すぎの便で、成田からデトロイトへ出発。かなり込んでいて、まさにスシ詰め状態。7000マイルの長旅でした。機内では、映画もろくに見ず、課題説教の準備をしてました。宿題が終わってないので、冷や汗ものです。セントルイスでは友人のロバート兄と奥さん、それにブランドン君が待っていてくれました。天候のせいでフライトが遅れてしまったので、待たせてしまいました。でもブランドン君には、でかいガンダムのプラモをプレゼントしたので、喜んでた。彼のために、我々で削ったり、塗装したりして、本格的なプラモ製作することになりそうです。 考えてみると、この休暇は、自分の成長をみる機会でした。そして、あまり成長していないことを知らされる時となりました。友人や同世代の人たちが、懸命に働いていたり、家庭をもって責任をもって生きていたり、目標に向かって張り切っている神学生や牧師先生に会ったりして、自分との距離を感じてしまったのです。日本人の勤勉さ、なんて気安く言えるものではない、なにか、私にはないエネルギーを感じました。ちょっとした内的変化があったことは、いまの僕にとっての収穫です。 北海道では、”徹底的に”くつろぎました。父の家は、町の中心地からちょっと外れた、静かな場所にあります。ちょっとした丘の上に家があり、前方には、雪化粧した白樺の木々があり、遠くには大雪山脈も見えます。また、肉の脂身を木にくくり付けておくと、たまに野鳥たちがついばみに来ます。頭の赤いキツツキ、くまげらや、まるまると太ったメジロのような鳥もやってきます。 しんしんと雪の降る中、たきぎと床暖房で温まった部屋で、野菜ばっかりの鍋をつついたり、母のアーキュパンクチャー療法をしてもらったり、43度の適度な湯に浸かったり・・・。東京や神学寮では考えられないほどの無音のなかで、深く眠ることができたこともよかった。ふだん、どこかで緊張し、どこかでプレッシャーを感じて過ごしていたようです。クリスマスのイブ礼拝、主日礼拝もよかったです。Y先生からは、いろいろ教わり、励ましてもらえました。それから家族(もちろん、犬のサムエル君も連れて。)で、天人閣という露天風呂のあるホテルにもゆきました。雪がぱらぱらと舞い降りる中で、暖かい露天に浸かるというのは、格別でした。父と一日に3度も入ってました。 大晦日は、教会員の方のお宅で過ごしました。鍋をつくってもらいました。えび、白菜、白ねぎ、たらば蟹、カキ、豆腐、しゅんぎく・・・をポン酢しょうゆと大根おろしでいただきました。うまかった~。それからうどんで、ちょっと早いけど、年越し。最後は、ご飯を入れておじやでした。テレビは、皆で紅白歌合戦を観ました。個人的には、森山直太郎の「風花」がよかった。
2006年02月01日
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