三角猫の巣窟

三角猫の巣窟

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

サイド自由欄

コメント新着

三角猫@ Re[1]:戦争反対について考える(04/02) 四角いハムスターさんへ 四角いハムスタ…
四角いハムスター@ Re:戦争反対について考える(04/02) お久しぶりです。 コメントはしておりま…
三角猫 @ Re[1]:善本位制について考える(08/02) 四角いハムスターさんへ 善本位制がうま…
四角いハムスター@ Re:善本位制について考える(08/02) 三角猫さんへ 中国は国家安全ために自国…
三角猫 @ Re[1]:善本位制について考える(08/02) 四角いハムスターさんへ 私は宗教国家の…
2014.04.20
XML
カテゴリ: 小説
老人が戦後の子供時代を回顧して、家政婦が父親に惚れただの試験を受けただのなんだのという話。
三人称。作者は読者に読まれることを意識した上で、黙読を邪魔するようにあえて漢字とカタカナを使わずにひらがなを使い、そのうえ固有名詞を使わないで回りくどい説明をする言文不一致の言葉遣いにして、さらに横書きにして、読みにくくしようとする意図的な仕掛けを多重にほどこしていて、いつの時代の誰について話をしているのか主題そのものがわかりにくくなり、各段落の時系列のつながりもわかりにくくなり、物語のメンタルモデルが形成できなくなり、結果として物語内容はほとんど読者に伝わらなくなる。この文章のわかりにくさは作者が意図的にやっていることで、その是非によってこの小説の評価は異なるだろう。芥川賞の選評では読者にゆっくり読ませる試みとして好意的にとらえて日本語が美しくて洗練されていると評価されて受賞したようだけれど、これは表現内容ではなく表現形式に対する評価にすぎない。では表現内容はどうなのかというと、苦労してプロットを理解したところで、誰だかわからない人の婉曲な回顧話はまったく面白くない。
芸術の基本は自然や人間社会の観察と描写からなり、書き言葉の不自然さを取り除いて話し言葉に近づけて、作者が見た世界と作者の感動を忠実に描写しようとするのがリアリズムの基本姿勢である。明治時代から言文一致を目指して苦労してきた先達の努力があって、ようやく現代社会は言文一致が浸透して話し言葉でブログやツイッターを書けるなう、なのであり、無駄な形容詞を排除して簡潔な言葉で表現したヘミングウェイの文体や、南部なまりの言葉を用いてアメリカ南部の社会を書いたフォークナーの文体がリアリズムの行き着く先だ。だからこそヘミングウェイやフォークナーは、先日亡くなったガルシア=マルケスなど、世界中の作家に影響を与えたのだ。ところが、日本の現代純文学では普通の話し言葉でわかりやすく書いたのでは芸がないといわんばかりに、意図的に不自然に改変した文体で無理やり言文不一致にしてしまい、それが新しさとして評価されてしまう。この小説では人工的な言文不一致によって引き起こされる不自然な感じが常に付きまとう。この作者以外の誰も使ったことのない言葉遣いを新しいとか斬新と捉えることもできるだろうが、新しいという以前に不自然でリアリティがない言葉遣いである。私はこのリアリティからの積極的逃避を芸術の姿勢として評価しない。
表現(expression)というのは外に(ex)押し出す(press)ものだ、と小林秀雄が言っていたが、本来は芸術表現というのは表現内容が先にあるべきものである。表現するべき内容があったうえで、それを最も効果的に表現できる技法を選択するのだ。表現するべき内容を伝え損なうような技法を使えば小説としては失敗である。フォークナーは「意識の流れ」の技法で白痴のベンジーの意識を描いたけれども、それは必然性があってその文体になっているのであって内容と技法が一致している。一方でこの小説はたいして内容がないうえに、その内容をこの文体で表現しなければならない必然性もない。もしこの小説が脳梗塞を起こして言語が不自由な老人の一人称の語りとかならばまだ必然性はあったかもしれないけれど、この小説は登場人物の一人称でなく三人称であり、ナラトロジーとしては語り手が意図的に読者に対して不自然な言葉で物語っている構図になり、読者は物語の登場人物と対峙するのではなく、妙な言葉を使う語り手と対峙することを強いられ、なぜ普通の言葉で語らずにこの不自然な言葉で語られなければならないのかと考えなければならなくなり、語り手への不信感から物語のリアリティへの疑念が生まれる。そのリアリティのなさが、この物語は読者の体験している現実世界とはつながりが乏しくて読者の琴線に触れるものではないというつまらなさとして捉えられ、この物語自体を読む価値がないという判断へと至る。これでは技術的失敗である。この小説は物語内容を読者に伝えるために書かれた言語芸術というよりも、文体の形式を維持するために物語内容の伝達を犠牲にした作者の独りよがりだろう。この小説は他に類似作品がない個性的な小説には違いないけれども、それだけでは肯定的に評価する理由としては不十分。
この小説は値段をつけて一般読者に売るようなものではない。落語の「酢豆腐」みたいに知ったかぶりの若旦那に食わせてみる類のものだ。

★★☆☆☆






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2014.04.20 06:30:28
コメント(0) | コメントを書く
[小説] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: