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2017.05.04
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カテゴリ: 小説

●あらすじ
52歳で2回離婚しているケープタウン大学の文学部の教授のデヴィッド・ラウリーは性欲びんびんでなじみの娼婦に愛想をつかされて学生のメラニーに手を出すものの、メラニーの彼氏に付きまとわれてメラニーが大学を辞めて親に訴えられて、査問会で開き直って罪を認めて大学を首になる。
ラウリーは東ケープにいる最初の妻の娘のルーシーの農場に行き、犬の世話係のぺトラスや動物の保護病院のベヴ・ショウを手伝うと、農場に三人の強盗がやってきてルーシーがレイプされて犬が殺されてラウリーは火をつけられる。ラウリーはレイプを隠そうとするルーシーの分別のなさが気に食わず、強盗のときに留守にしていたペトラスが怪しいと疑う。ペトラス家のパーティーで強盗のうちの一人の少年を見つけるものの少年は否定して、ラウリーはペトラスを責め、ルーシーはペトラスをかばってラウリーと喧嘩する。ラウリーはベヴを手伝って動物を安楽死させているうちに動物に対する考え方が変わり、ベヴと不倫エッチする。警察が強盗のうち二人を逮捕したと連絡が来るものの、面通しの前に保釈されていて、盗難車もラウリーの車ではなかった。ラウリーは農園を離れるようにルーシーを説得するものの、ルーシーは敗北を認めたくないので拒否する。
ラウリーはメラニーの父親を訪ねて謝罪して、数ヶ月ぶりにケープタウンの自宅に行くと家財道具が全部盗まれていたものの、そこでオペラ『イタリアのバイロン』の執筆を始めて、前妻のロザリンドと会ってメラニーの話を聞き、メラニーの演劇を見に行ってメラニーの彼氏に脅される。
ラウリーがルーシーに会いに行くとレイプで妊娠していて産むつもりで、強盗犯の少年はペトラスの親戚の知的障碍者のポラックスだというので、ペトラスを問いただすとペトラスはルーシーと結婚するつもりだといい、ルーシーはペトラスの保護を受けるためにペトラスに土地を譲って犬のように無一文で再出発するという。ラウリーはベヴのクリニックで情の湧いた犬を安楽死させる。

●感想
三人称で、所々で主語を省いている文体。24章で10-16ページごとに章立てしてあって、各章が短くて簡潔な文章で物語が展開する。冒頭の数ページを主人公についての説明からはじめるのはひねりのないださいやり方だし、物語内の時間の流れが早くて個々の場面にタメがない。査問会も強盗の場面も心理的に緊張した場面で、ラウリーに心理的葛藤があるはずなのに、ほとんど心理描写をせずにさくさくイベントが終わってしまう。さらには作者の神の視点とラウリーの視点がごちゃごちゃ混ざっている上に、主語を省いたことで視点の区別がつきにくくなっていて、文章が簡潔な割りに読みにくい。104ページで雌犬を「彼女」と翻訳しているけれど、「彼女」は人間の女性に対して使われる言葉なので雌犬に使われると違和感がある。この辺の翻訳小説ならではの読みづらさにひっかかって、いちいち興をそがれる。アパルトヘイト後の南アフリカが舞台で人種が重要な要素なのに、各登場人物が白人なのか黒人なのかはっきり書かないのも情報不足で場面が想像できないのはよくない。翻訳者の鴻巣友季子の解説だとリアリズム小説に徹したと書いてあるけれど、肌の色の外面描写さえないのにどこがリアリズム小説に徹しているんだと文句を言いたくなる。というわけで技術的な点はよくない。
内容としては東ケープの農場で他の登場人物たちと価値観が異なっているのはラウリーひとりだけで、ラウリーが娘の家を出て行けばそれで周囲との軋轢がなくなって物語が終わってしまうし、なぜラウリーが娘の家に来てなぜ今まで放っておいていた娘の人生にいきなりしつこく干渉しだしたのか不明だし、登場人物の行動の結果として物語があるというより物語の辻褄をあわせるように登場人物が行動しているような不自然さが随所にある。「いくらベヴ・ショウに進言されても、ペトラスに請けあわれても、ルーシーに頑張られても、娘を棄てていく気にはなれない。ここが自分の生きていく場なのだ、当面のあいだは。」(184ページ)とラウリーは考えたくせにひとりでケープタウンに戻ってのんびりオペラを書いたりメラニーに付きまとったりしていて、ルーシーの妊娠が目立つまで放っておいているのはおかしい。ラウリーは娘の一人暮らしが危ないといっているくせに、そんな危ないところに丸腰で居候して三人組の見知らぬ男たちに電話を貸すためにほいほい家に入れるのも危機感がなさすぎておかしい。ラウリーはルーシーにレイプについて話すことを拒絶されているのに、ルーシーのレイプを前妻のロザリンドに相談しないのもおかしい。強盗が面通しの前に保釈されていても写真で確認できるだろうに、警察が容疑者の写真さえ撮っていないのはおかしい。
テーマとしては男の性欲を肯定して醜聞事件を起こしたラウリーの恥辱とレイプされたレズビアンのルーシーの恥辱が書かれているけれど、三人称なのにラウリーの視点だけを書いてルーシーやメラニーなどの女性たち視点を書かないのでは自由な視点を使える三人称にする意味があまりない。ラウリーとルーシーは最後まで自分の主張を曲げず、ルーシーが対話を拒むので議論が深まらず、妥協点としてのジンテーゼもない。女性の心理をラウリーには理解不能なものとして扱ってルーシーの恥辱を掘り下げないし、ルーシーが頑なに農場を去ろうとしない理由がラウリーだけでなく読者にも理解できない。レイプされたまま逃げたら負けだから留まるとルーシーは言っているけれど、逃げずに留まったところでペトラスの保護なしでは仕事もできず犯人が野放しなのでは負けが確定するだけだし、どうすれば勝ちなのかが示されていないし、強盗犯のポラックスを罰しようともしていないし、犬のように無一文で生きて父親不明の子供を産んだその後にルーシーが何をしたいのかわからない。ラウリーとルーシーはポラックスをおかしいと言っているけれど、私からみればラウリーとルーシーも十分頭がおかしい。ラウリーは終わったことだと言うペトラスに対して「いや、終わっていない。どういう意味だかわかるだろう、とぼけるな。まだ終わっていないんだ。それどころか、始まったばかりだ。わたしが死んで、おまえが死んだあとも、長らくつづくことだ」(261ページ)と言っているけれど、小説もラウリーが死んだあとにルーシーと子供がどうなるか書けっちゅうの。もしレイプされた女性読者がこの小説を読んだとして、ルーシーのようにレイプ犯の側にいてレイプ犯の親戚に財産を巻き上げられて無一文で再出発することが人生の希望になるかというと、ならないだろう。
他の工夫としては睾丸を犬に食われた雄ヤギとかの動物を使った寓意があちこちにあるものの、直接ストーリーの面白さにつながるわけでもなく、かえって「犬のように」という決め台詞があざとく見える。地の文でさえ十分寓意があるのに、そのうえ台詞まで芝居がかるとださく見えるので、この決め台詞を際立たせるなら他の余計な寓意を排除したほうがいい。
というわけで、翻訳小説として読みづらいうえに、物語の各所の不自然でおかしい点が気になってしまって、エロスと強盗レイプというセンセーショナルな事件を扱っていながらも内容があまり面白くない。ラウリーのエロス、レズビアンのレイプ、父と娘の関係、動物の安楽死、都会と田舎の生活の対比とかのどの要素も断片的で中途半端。ミステリ好きとしては三人の強盗犯のうちの二人が不明なままで処分も復讐もなしに物語が終わるのが興ざめする。ポラックスは「おまえら、おれたちがみんな殺してやる!」(269ページ)と物語を盛り上げるようなことを頑張って言っているのだから、事件を途中で終わらせずに犯人一味との再対決まで書けっちゅうの。
南アフリカの残酷物語ならナディン・ゴーディマの小説のほうがインパクトがあってよいし、エリートがすけべして転落する話なら高橋和巳の『悲の器』のほうが心理をねちねちと書いていてよいし、エリートが失職して転落する話ならナギーブ・マフフーズの『渡り鳥と秋』のほうが面白い。この小説でクッツェーは1999年に二度目のブッカー賞を受賞して、2003年にノーベル文学賞を受賞しているけれど、動物の安楽死とかレズビアンの自立とか意識高い系西洋人が好きそうないろんなテーマを盛り込もうとする作意が先行して描写が追いついておらず、期待はずれな作品という感じ。

★★★☆☆

恥辱 (ハヤカワepi文庫) [ J.M.クッツェー ]






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最終更新日  2017.05.05 13:19:19
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