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●学習とは何か
学習とは心理学では経験によって行動が変容することを指す。昭和の詰め込み教育のように事典やパソコンで調べればわかる単なる情報を大量に暗記するだけで行動や価値観が変化しないのはよい学習とはいえない。単に知識を増やすのでなく、その知識で新しいことができるようになったり思考や行動が変わることがよい学習と言える。例えばパソコンが発明されても誰も使い方がわからなかったら役に立たないので、使い方を学習する必要がある。学習してパソコンが使えるようになると、仕事の仕方とかの行動が変わる。そうしてパソコンで作業が効率化したのが標準になると、パソコンの使い方を学習することが前提の社会が出来上がって、学習しない人は社会に必要とされなくなる。
それゆえに先進国であるほど賃金が高い仕事に就職するためには様々な学習をしたことを証明するための学歴が必要になって、学習内容が増えていくほど教育費が高額になって、貧困層の子供は学費がなくて進学できないので低賃金の仕事にしかつけなくて格差が固定化して、低賃金だと恋愛ができなくて雇用が安定しなくて家も車も買えなくて医療も受けられなくて常に不安にさいなまれて、昔の人のような質素かつ幸福な生活は成り立ちにくくなる。
体に問題がなくても学習能力が社会が要求する水準以下の人が知的障碍者として障害扱いされているように、現代社会では学習能力が低い人を戦力外として労働から疎外するシステムになっている。それゆえに学習能力の高低がそのまま幸福度の高低につながって、学歴がない人は将来を不安に思うようになって自尊心を持てず、勉強ができない子供は社会に出る前から絶望して自殺したりする。
・学習と学問の違い
●いろいろな学習の仕方
・先達から学習する
芋を洗う猿が一匹いたら他の猿が真似をして群れ全体で芋を洗うようになったように、上手くやっている人の思考や行動を観察して手本にして真似するとうまくいくようになる。学校の授業では教科書という知識の手本があるし、仕事では業務のマニュアルという手本がある。手本にどれだけ近づけるかで学習度を測ることができる。
・失敗から学習する
失敗は直接正解を示すわけではなくても、なぜそれではだめだったのかという失敗の原因の分析に役立つし、消去法で失敗したやり方をなくしていけば上手くいく可能性が高くなる。歴史は有史以来の経済の失敗や外交の失敗や人間関係の失敗とかの膨大な失敗のアーカイブなので、歴史から学べることが多い。失敗を失敗として認識できずに同じ失敗を繰り返すのは阿呆である。自民党や財務省は不況時に消費税増税をしてデフレを深刻化させて欧米が経済成長する中でセルフ経済制裁状態にして日本を没落させたのに、学習能力がないのでいまだに不況中に無理やり増税したがるプライマリーバランス均衡論者がいて失敗を繰り返そうとしている。橋本龍太郎は死ぬ前に消費増税を後悔したそうだけれど、自民党の議員がその失敗から学習しないのでは無駄死にである。
・繰り返して学習する
新しいことを一回で覚えるという事はあまりなくて、人間は成功体験を繰り返して脳のニューロンを接続するシナプスを強化することで学習する。繰り返して学習することを練習という。例えば体操選手が新しい技を覚えるときは何度も技に失敗しながらたまたま上手くいったときのイメージを覚えて、そのイメージの再現率を高めるように同じタイミングで同じように力を入れたりしてイメージとのずれを修正して体に動きを覚えさせていって、ようやく新しい技が使えるようになる。単純な知識も繰り返しで学習できて、12回同じ言葉を繰り返すと脳にシナプスができて短期記憶に残るので、名刺の名前や電話番号などを覚えたいときは情報を繰り返してシナプスを強化すればよい。
・継続して学習する
人間の脳はただでさえエネルギーの消費が大きいので、無駄なエネルギーを使わないために普段使わない知識は重要でないものと脳が判断してシナプスが少なくなって思い出しにくくなる。大学受験のために英語を覚えても社会人になってから結局使わないまま忘れてしまうのでは学習した意味がないので、長期間継続して学習する必要がある。忘れたことを思い出すときにシナプス結合が強化されるので、学習したことを定期的におさらいすると過去の学習が無駄にならない。
●学習を妨げる壁
大勢の人が様々なことを学習すればどんどん社会が高度になって豊かになるけれど、学習が必要だとわかっていても学習を妨げる様々な障害があるので、社会はたいして発展しないでいる。
・言語の壁
移民は言語の壁が問題で高等教育を受けられなくて、簡単な指示通りに作業する単純労働しかできなくなる。アフリカの難民みたいにとりあえず先進国に潜り込めればいいやという考えで移民になっても現地の最底辺になるのであまり幸福にはなれない。それゆえに移民で成功を目指す人はまず言語の学習をする必要があるけれど、文化圏が遠くなるほど言語システムが変化して学習の難易度が変わる。
・テクノロジーの壁
現代社会は様々なテクノロジーの上に成り立っている。パソコンを使えない人はネットで情報を検索したりZOOMを使ったオンライン授業を受けたりすることもできないので、まずはパソコンやスマホなどの電子機器の使い方から覚える必要があるけれど、電子機器は操作が複雑で機種やアプリごとに設定が違っていて、そこでつまづく人がいる。最近の学生はフォルダやディレクトリという概念を知らなくてデータの保存場所を理解していないというニュースもあった。
・資金の壁
医学などの一部の分野は学習のために高額な資金が必要になるので、資金がない人は適性があっても学習をあきらめてしまう。スポーツでもゴルフやフィギュアスケートやモータースポーツはプロになるまでの学習に多額の費用が掛かるので競技人口が少ない。
・知能の壁
知能には個人差があるので、学習したくても難しくて理解できないことがある。例えば数学は代数を使った抽象的な計算をするので、数学の適正がない人には何がどうなっているのかさっぱりわからない。養老孟司がなんかの講演で言っていたのだけれど、a=bという式で、a=bならbをaと書けばいいしbはいらないじゃないかと考えて数学につまずく人がいるそうである。
・時間の壁
一日は誰でも24時間しかないので、学習したいことがたくさんあっても全部を学習できるわけではない。大学院レベルの研究とか新しいプログラミング言語の習得とかの専門性が高い知識は時間をかけて専門書を何冊も読めば学習できるとしても、日々の仕事や育児や介護が忙しくて勉強のための時間が捻出できない人は学習をあきらめることになる。
子供は時間の差が出やすくて、通学に自転車で片道一時間かかる田舎の子供と通学に電車で20分しかかからない都会の子供では一年に自由に使える時間が数百時間違うし、3月生まれと4月生まれでは同じ学年でも数千時間分の発達の違いがあるので、習熟度に差が出る。
企業だとサラリーマン経営者がすぐに成果を出すことを求めて研究開発部門を削減したり、即戦力の派遣や外注に頼って長期の人材育成をしなくなったりして、学習に時間をかけなくなって競争力をなくして衰退している。
・集中力の壁
集中力は個人差があるし、環境や体調でも集中力が左右される。例えば自宅に自分の部屋がなくて兄弟が騒いでいてうるさい環境の子供だと集中できないので学習がはかどらなくなる。貧困層だと栄養が足りなくて集中力がない場合もある。花まる学習会代表の高濱正伸は、成功した人はみな没頭力があって、子供の頃に親に放っておかれて口出しされずに石ころ集めとかをして自分だけの時間を過ごした人は没頭力が高くなるということをグロービス経営大学院の堀義人との対談で言っていた。子供の時に親が過干渉だと集中力が低下すると思われる。
・毒親の壁
子供が自分よりも賢くなるのが気に入らなくて子供の勉強や進学を邪魔したり、女性に学歴は必要ないといって学費を出さなかったり、子供を手元に置きたがって進学に反対したり、東大に行かないと価値がない落ちこぼれだと罵るようなエデュケーションハラスメントで子供の心を壊したりする親がいる。こういうのが親ガチャのハズレと呼ばれる類の毒親である。大学の費用は年々高くなっていて未成年が毒親を捨てて自力で学費を稼いで進学するのは難しくて、毒親の元に生まれてしまったら教育を受けにくくなる。
・宗教の壁
たいていの宗教は科学が発達するまえにできたので、世界や人類の成り立ちとかの説明が科学的に間違っている。宗教と科学の矛盾に直面したときに、信仰心が高い人は宗教的な解釈を優先して、進化論や地動説とかの科学的知識を学習しなくなる。イスラム教みたいに改宗できない宗教もあるので、宗教的な価値観が親に刷り込まれると学習で修正するのが難しくなる。信仰心が薄くて仏教や神道の教義の制約がない日本や無宗教の共産主義の中国では科学の発展をそのまま受け入れる土壌があるがゆえに科学技術の学習が進んでいるといえる。
・常識の壁
天動説やうさぎ跳びのトレーニングみたいに世間の常識が科学的に間違っていることが判明することはしばしばあるのだけれど、中途半端に教育を受けた人はそれまでの常識を信じて、自分が間違っていたことを受け入れられなくて新しい学説を学ばなくなる。例えば赤字は駄目で借金はちゃんと返さなければいけないのは常識だけれど、日本の国債は自国通貨建てで90%以上が国内で買われていて戦争や災害で供給能力が失われない限り財政破綻することはないのでインフレ率の許容範囲内で赤字国債で財政出動してもよいし早急にプライマリーバランスを黒字化する必要はないということを政治家が勉強して与党も野党もデフレ脱却とコロナ禍の経済立て直しのために当面のプライマリーバランス規律凍結を主張するようになって、その一方で知識のアップデートをしていない政治家や経済評論家はいまだに古い常識にとらわれて日本は借金を返せなくて円の信用が落ちて破綻すると言っている。
親ガチャを否定する人は努力が足りないのを親のせいにするなというけれど、こういう人はサンデル教授が言うような能力主義の傲慢なエリートである。これらの壁がひとつだけなら個人の努力でなんとかできるかもしれないけれど、貧困層には複数の壁があって学習が困難になる。例えばアフリカからEUに移民したスワヒリ語しか話せないイスラム教徒の娘で移住先の言語が分からないうえに金がなくてスマホも使えなくて父親に学校に行くのを反対されて宗教的な価値観が刷り込まれていたら個人の努力ではどうにもならないので、行政が学習を支援しないといけない。
●教育は個人資産なのか社会福祉なのか
資本主義では親が金持ちなほど子供によい教育を受けさせることができるし、大学に定員があるので競争が激しくなるほど学費が高騰して学歴格差が広がっていく。例えばハーバード大学の一年間の学費が67580ドル(約740万円)で、庶民は奨学金をもらえるほど優秀でない限り金銭面の問題で進学できないので、入学するのは裕福な家庭の子供だらけになる。中国やインドやアメリカみたいに人口が多い国ほど多様な才能のプールがあるけれど、格差が固定化して教育を受けられない人が多くなると才能がある人が世に出にくくなって人口が多いことのメリットが少なくなる。広い畑があっても肥料を蒔く場所が偏っているようなもので、それでは畑全体の収穫は少なくなる。アメリカはラップやブレイクダンスやグラフィティなどの黒人のストリートカルチャーが発展したけれど、それは才能があっても学校で芸術の高等教育を受けられなかった人が大勢いたということでもある。芸術やスポーツでは教育を受けていなくても非凡な才能を示すことがあるけれど、科学技術の教育には正しい知識を教えられる教授や研究設備が必要なので高等教育を受けないと才能が開花しない。こうして才能が取りこぼされて貧困で無教養なまま単純労働で沈んでいくのが資本主義が進んで格差が拡大して固定化した現代社会の問題である。
日本は高度経済成長で中間層が厚くなったがゆえに子供の大学進学率を高くできたのに、金儲けに目がくらんだ政財界が新自由主義にかぶれて発展途上国と低賃金競争をして就職氷河期世代の大卒を派遣やバイトの単純労働で使いつぶして研究開発費や目先の人件費を減らして没落する道を選んだ。人口が多い国で格差があっても政権や企業の運営に必要なエリートは十分確保できるけれど、人口が少ない国で格差があると競争が少なくなってエリートの能力が落ちて国際的な研究開発競争についていけなくなる。2010年代には東大生に20年前と同じ問題をやらせたら正答率が落ちたとかでレベルの低下がちらほら言われるようになって、林修は東大生の中下位層のレベルが落ちていると言っているし、東大生の就職先で外資コンサルが人気になって官僚の人気がなくなったことでキャリア官僚のレベルも下がって官僚の給付金詐欺事件も起きた。高等教育を受けていない外国人実習生を増やしたところで研究開発には役に立たないので、非熟練労働者の移民では人口は増やせても生産性は上がらない。それゆえに国家を発展させるためには少子化と格差の問題に同時に取り組まないといけない。自民党のこども庁構想は縦割りの子育て支援を一本化するだけで格差問題を解決する気がないので、少子化対策としては不十分である。安宅和人が「シン・ニホン」で日本はICTやデータプロセシングで世界と勝負になっていないといっているように、少子化が進行して労働人口が減少してから慌てて人材が足りないと言い出して新卒だけ教育しようとしてももはや手遅れだし、45歳定年を言い出す企業が出てきたように働き盛りで退職した人を活用する必要もあるので、子供の教育だけでなくて現役の労働者をどうやってさらに学習させて高度人材として活用するのかという視点ももたないといけない。
私は社会に高度な教育が必要とされている以上、教育は個人資産として家庭に任せずに社会の維持に必要不可欠な福祉としてとらえて、国営の通信教育を無償化するべきだと思う。全国どこでもインターネット環境さえあれば小学校から大学までの授業を履修できるようにすれば、進学できない貧困層やいじめや病気とかで教育の途中でドロップアウトした人でも努力に応じた学歴を身につけられるようになる。放送大学を無償化してテレビだけでなくてオンラインでも授業できるようにサーバーを増強するくらいならたいして予算も必要ないだろうし、貧乏でない人は普通に進学すると思うので、放送大学を無償化しても他の大学の入学者数に影響は出ないだろう。職業訓練も失業者だけが受講するのでなくて座学は誰でもオンラインで受講できるようにすれば就業率も上がるかもしれない。普段から国営オンライン授業の体制を整えておけば、コロナで看護師や保健師が足りなくなったように特定の業種で人手不足になったときに一時的に専門学校の授業料を無償化してオンラインで全国どこでも無料で授業を受けられるようにして人手不足が解消できるかもしれない。
このように知識を社会共有の文化資本にして修正資本主義的に教育格差を緩和すれば、個人資産の有無で知識差が出にくくなって貧困層の底上げになって、それが就職率や起業率の増加につながってやがて国家全体を富ませて国民の幸福度を上げることになると思う。資格ビジネスみたいに特許や著作権で保護されているわけでもない平凡な知識を利権化して独占したところでそこから得られる利益や社会への恩恵はたいしたものではないので、英語やパソコンの使い方やビジネスマナーや衛生管理や民法などの現代社会の基礎知識と呼べるような知識は全部無償でネットで公開すればよいし、大人数が受講するオンライン授業を国営で無償化しても英語学校とかパソコン教室とかで丁寧な個人指導を受けたい人はいるだろうからあまり民業圧迫にはならないと思う。
ちなみに私が小説の書き方講座としてYouTubeで動画を無料公開しているのも同じ考え方で、文学理論を知らずに見よう見まねで小説を書いている層の技術的な底上げになるかもしれないと思っているのでやっているので、小説を書いてみようかなと思っている人はチャンネル登録をするとよいですよ。
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