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最近は書評家の豊崎由美がTikTokで本を紹介しているけんごをくさしたことでけんごがTikTokをやめると言って、業界の損失だの老害だのと豊崎由美が批判されている。これについて考えることにした。
●出来事のあらまし
詳しいことはライターの飯田一史の「 書評家が本紹介TikTokerけんごをくさし、けんごが活動休止を決めた件は出版業界にとって大損害 」という記事に書いてあるけれど、ヤフーニュースの記事は時間がたつと削除されるので一応コピペしておくと、豊崎由美がTwitterで
正直な気持ちを書きます。わたしはTikTokみたいなもんで本を紹介して、そんな杜撰な紹介で本が売れたからって、だからどうしたとしか思いませんね。そんなのは一時の嵐。一時の嵐に翻弄されるのは馬鹿馬鹿しくないですか?
あの人、書評書けるんですか?
とツイートして、それをうけてけんごが
書けません。僕はただの読書好きです。
書けないですが、多くの方にこの素敵な一冊を知ってもらいたいという気持ちは誰にも負けないくらい強いです。
読書をしたことない方が僕の紹介を観て「この作品、最高でした」「小説って面白いですね」と言ってくれることがどれだけ幸せなことか知ってますか?
とツイートしてTikTokでの活動を休止したそうな。
●本を紹介する目的
1.内容優先
一般的な書評では本の紹介で内容の良し悪しを伝えることを目的にしている。良し悪しをどう判断するかは人によって違うので、他人の書評を見ると自分とは違う解釈をしていたりして理解が深まるし、芸術観が似ている人の書評は本を選ぶ参考になる。たぶん豊崎由美はこの考え方だろう。
2.売上優先
出版社や本屋とかの出版業界関係者は本の紹介で興味を持ってもらって本を売ることを目的にしている。本の帯の芸能人の紹介コメントや本屋の店員が書いたポップや王様のブランチの本の紹介などはこれに該当する。出版関係者は作品を批判されると売り上げが下がるので内容を優先する人を敵視する。出版関係者は素人の本の紹介だろうが若者が本に興味を持って売上に貢献して出版社も作家も儲かるんだからいいじゃんという考え方で、けんごを擁護して豊崎由美を批判している。
3.作者優先
本の紹介で作家のファンを増やすことを目的にしている人がいる。作家自身や作家の熱心なファンがこのタイプで、いわゆる布教活動をしている。打たれ弱いアマチュア作家やナイーブなファンは内容を優先する人が作品を批判すると、頑張っている人を悪く言うなんてひどいといって敵視する。
4.読者優先
本の紹介で他の読者にも楽しんでほしい、楽しさを共有したいという人がいる。一人で読書するよりも読書会をして他人とつながりたがるタイプである。たぶんけんごはこの考え方だろう。ナイーブな読者は内容を優先する人が作品を批判すると、読書を楽しんでいるのに粗さがしして楽しい気分を台無しにするなんてひどいといって敵視する。
何を優先するかは単一な目的だけでなくて複合的な目的もあるだろうし、プロ書評家は内容と売り上げの両方を優先するだろうけれど、内容を優先して悪いところをあげつらう人は他を優先する人から嫌われるという点では共通していて、amazonでも批判レビューは売り上げが減るので削除されたりする。しかし良し悪しの議論がなくて賞賛するだけでは読者の審美眼が鍛えられないし、作者にフィードバックが届かなくて作品の質も落ちるので、褒める書評だけでは文学は衰退してしまうだろう。私は内容優先の考え方で、本屋大賞で書店員が本を選んだり芸術観がない有名人がおすすめしたりして本が売れたところで良い作品だという証明にはならないと思う。それに売り上げを優先する人はたいてい作品の長所だけ紹介して短所を無視して読者に売りつけようとするので不誠実である。それゆえに私はけんごにも本屋大賞にも王様のブランチの本の紹介にも興味がないけれど、だからといってそういうものがなくなればいいとは思わない。玄人の書評だろうが素人の本の紹介だろうが情報がなければ興味を持つきっかけもなくなってしまうし、人によって本を紹介する目的が違うのだから、それぞれが自分の目的を達成したらそれでよい。傑作を探し求めている目の肥えた読者と巷で話題の本を読めれば満足する程度のミーハーな読者は棲み分ければ双方が満足するだろう。本を紹介する目的が違う人に対して自分の基準に当てはめて批判しても相手が乗ってこないのでは意味がないので、豊崎由美はけんごに書評できるのかと自分の基準を要求する必要はなかったし、けんごは「多くの方にこの素敵な一冊を知ってもらいたいという気持ちは誰にも負けないくらい強い」というのが本音なら書評できないからといってTikTokを辞める必要がなかったし、無駄に喧嘩して双方にとって不毛な結果になった。
●人気のある素人の台頭と人気のない専門家の排斥の傾向
素人のインフルエンサーが歓迎されてベテランの書評家と対立したこの出来事と似たようなケースが他にもある。例えばオリラジ中田がYouTubeでちょっと間違った歴史解説をして専門家に批判されたり、ひろゆきがいっちょかみでいろいろな分野を批判して専門家に論破されたり、ワイドショーで芸能人が政治や経済に的外れなコメントしたりしている。これに対しても人気者を出して若者が政治や経済に興味をもつきっかけになるならいいじゃんという人と、専門家が正しい情報やよく考えた意見を発信するべきだという人がいる。私は後者の考え方で、人気者が間違った情報を伝えるのは無責任だし、それを専門家が批判するのも当然だと思う。これを人気のない専門家が人気のある素人に嫉妬していると感情論でとらえるのは浅慮で、人気者がもてはやされて専門性が必要な分野に進出して専門家が長年積み上げた知見が軽視されて仕事を奪われるのでは学術的研究の衰退と衆愚化につながる。
このような専門家の排斥はニュースや教育やスポーツやゲームとかのどんな分野でも起こりうる。人気のアイドルが昔から〇〇のファンだったとかいって仕事をもらっても実はファンでなくて付け焼き刃の的外れなコメントしかできなかったりして、本当にその分野が好きな人からしたらそうした素人のコンテンツは満足できないものになる。最近は櫻井翔が「news zero」の真珠湾攻撃特集で「アメリカ兵を殺してしまったという感覚は?」と質問したことで炎上したように、インタビューは聞く側に知識がないと相手に的確な質問ができない。人気者を使えば視聴率は上がるのだろうけれど、それで番組の質が下がるのでは番組を作る意義がなくなりかねない。
専門家が作ったコンテンツは時間が経っても価値を保っているけれど、人気者が作ったコンテンツはたいてい一時的な需要しかなくて作者の人気がなくなったら作品もオワコンになる。例えば水嶋ヒロが齋藤智裕名義で出した『KAGEROU』がいくら売れたところで文学の発展にたいして寄与しないし、売り上げが増えて若者の読書離れを防ぐから芸能人が売名のために書いたくだらない小説を歓迎しようという人は本好きにはあまりいないと思う。若者が読書離れしているのは小説がゲームやYouTubeとかの他の娯楽よりも面白くなくてコスパが悪いからだし、そこを宣伝でなんとかしようとして人気者に頼って一時的に売り上げを増やしたところで価値が伴わなければ長期的に先細りして衰退するので、目先の売上よりも価値を追求することのほうが大事だと私は思う。本当に価値があるものは貴重な時間や金を費やしてでも欲しくなるものである。
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