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2023.03.27
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こないだTwitterで無知な人のほうが創造的だみたいな議論を見かけたのだけれど、私は知識がないと創造はできないと思う。というわけで無知と創造について考えることにした。

●創造のプロセス

物作りにしてもコンテンツ作りにしても、創造にはまずこういうのを作りたいなという着想がある。そしたらどんな素材を使うのか、どう部品を組み合わせるのかという設計をする。そんで試作品を作ってみて、着想通りに仕上がったか確認して、うまくいかなかったら修正して、試作を繰り返して満足する出来のものができたら作品の完成である。うまくいかない原因はたいてい設計が間違っているか、あるいは設計通りに作る技術がないかのどちらかである。例えば料理のレシピ通りに作れば誰が作っても同じ味になるはずだけれど、その味を再現できない人は調理の技術が足りないのである。
新しいものを創造するには大まかに言って二つの方法があって、すでに他の人がやっていることを他の人よりうまくやるやり方と、他の人がやっていないことをやるやり方がある。前者のやり方では知識が必須になる。それゆえに他社の製品をリバースエンジニアリングしてどんな素材や技術が使われているか調べて違う素材を使ったりして、同じ品質でも値段を安くしたり、あるいは同じ値段でももっと高品質にしたりして、差別化して競争で優位性をもつようにする。後者のやり方ではアイデアが重要になるけれど、だからといって知識が必要なくなるわけではない。例えば最高にかっこいい家の着想をしてデッサンする程度のことは誰でもできるけれど、水回りの配管や電気の配線はどうするのか、耐震基準や耐火基準を満たしているのかという最低限の知識がないと実用にたる家は建てることができないし、デザインが奇抜であるほど高度な加工技術が必要になって実用化が難しくなる。他の人が今までやっていないのは必ずしも着想がなかったわけではなくて、技術的に無理とか採算が合わないとかの何かしらの理由があるからやらないのである。無知な人の方が創造的だと言う人は着想だけに注目しているのだろうけれど、作品や商品として完成させることができないのでは机上の空論である。
着想は創造の一番面白い部分なので、みんな着想だけやりたがる。某絵本作家みたいに着想だけして作業は他の人に丸投げして天才を気取っている人もいるけれど、こういうのは金持ちや有名人だからできるやり方で普通の人にはできない。創造したかったら着想だけやるのでなくて、どう作るのかという知識が絶対に必要である。

・固定観念

固定観念は知識があることが創造の妨げになるようなケースといえる。例えば刺身はわさびと醤油で食べるものだという固定観念があるせいで、他のおいしい食べ方があってもわざわざ失敗するリスクを冒してまで試そうとしなくなる。しかし何かを知っていることが制約になっているなら固定観念や認知バイアスや過去の成功体験を自覚してアンラーンすればいいだけの話で、自分が何を自覚しているかを自覚するメタ認知能力がある人なら固定観念を修正するのは難しいことではないので、知識があることによるデメリットよりもメリットの方が大きいだろう。

●創造の才能

・天才と才能の定義

イェール大学のYouTubeチャンネルのThe Nature of Geniusというプレイリストの​ A Definition of Genius for Today ​という動画ではいろいろなgeniusの定義を紹介していて、ショーペンハウアーの定義だと"A person of talent hits a target that no one else can hit; a person of genius hits a target that no one else can see(才能がある人は誰にも打てない的を打つ、天才は誰にも見えない的を打つ)"と定義していた。この定義でいうなら私はギターで独自の演奏方法を確立して私にしか弾けない曲を作曲したのでgeniusと言っても過言ではないけれど、既存の曲を他の人よりうまく演奏することはできないのでギターの演奏のtalentはないといえる。他にもいろいろ定義があるけれど、だいたい他の人ができない独自の創作や洞察ができる人のことを天才と言うようである。
子供のときに目立った才覚を発揮して神童扱いされる人が天才の典型とみなされがちで、それゆえに無知なほうが創造的だというイメージが生まれるのだろうけれど、遅咲きでも天才でありうる。天才はnature(生まれつき)かnurture(教育)かという議論があるけれど、サヴァン症候群みたいな努力ではまねできないような特殊な能力を生まれつき持っている人はいるし、遺伝子による生得的な適性や才能の差は確かにある。アスリート系は遺伝子による体格差が大きいけれど、創造の才能は遺伝子よりも後天的な学習の影響のほうが大きいだろう。たとえば偉大な小説家でも若いころの習作は下手で、古典として残るような傑作長編小説を書くのはたいてい晩年である。それに17-19世紀の初期の小説家よりも創作手法や哲学が研究された20-21世紀の小説家の方が完成度が高い作品を残しているし、個人の生得的な言語感覚よりも知識や技術の蓄積の方が創作への影響が大きいといえる。

・情熱という才能

上の動画のgeniusの定義には並外れた精神力を含めているものもあった。平凡な人は何度か試してみてうまくいかないと諦めるけれど、情熱がある人は諦めないで試行錯誤するので、うまくいくやり方を見つけて他の人ができないことができるようになる。エジソンは1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄だと言ったそうだけれど、何もしないでいきなりひらめくことはまずないので、ひらめくためにも相応の努力が必要になるし、努力して経験を積み重ねたらもはや無知ではなくなる。発達障害の人は過集中して周りが見えなくなることがあるけれど、それも創造においては才能となる。
ではその並外れた情熱の源泉はどこにあるのか。ハングリー精神があるにこしたことはないだろうけれど、金や名誉が欲しい人の情熱は長続きしない。苦労して創作しなくても投資したり政治家になったりして金や名誉を手に入れる方法はいろいろあるし、いったん金や名誉を手に入れてしまったらそれ以上創作する理由がなくなってしまう。例えばヒット作を描いて金持ちになった漫画家は創作しなくなってしまう。物作りが楽しくていろいろ作ってみたくなる純粋な好奇心とか、社会課題を解決しようとする信念とか、芸術として昇華せずにはいられない感情とか、作るからには最高のものに仕上げようとする職人魂とかのほうが情熱の源泉としては大きいだろう。

●創造へのアプローチ

・知識と技術への投資

先行事例を勉強せずに車輪の再発明みたいなことをやるのは時間と労力の無駄である。一度身に着けた知識や技術はその後もずっと使えるし、繰り返して使うほど技術が洗練されていくので、投資に対する費用対効果が高くなる。知識と技術は早いうちに身に着ける方が有利なので、大工や板前とかの職人は若いうちに下積みの修行をするのが慣例になっている。知識は本を読んだりネットで調べたりすればすぐに覚えることができるけれど、技術は実際に手を動かして何度か同じ作業を繰り返さないとノウハウが身に着かないので技術の習得には時間がかかる。それゆえに物作りには技術者の育成が重要になる。
特許に使用料を払えばその技術を使えるけれど、その技術を使える技術者は金を出してもすぐには買えない。技術者は大企業のルールに縛られたくないのでベンチャーを起業してやりたいことをやるし、大企業はそういう技術者がほしいのでベンチャー企業をM&Aして技術者ごと買収している。自分で物を作らない政治家や官僚は金を出しても技術者や技術者が持っている暗黙知のノウハウはすぐに手に入らないことを理解していないので、緊縮財政でインフラの維持費を削減して技術者不足でインフラを維持できなくなっている事態になっている。発展途上国は自前で技術者を育てられないので自国でインフラを整備することができなくて外国企業に頼るしかないけれど、日本は金さえ出せば自前で技術者を育てられたのに人件費や研究開発費をけちって技術者を育てようとしないままベテランが引退して技術承継に失敗して人手不足になったりMRJやH3ロケットが失敗したりしているのは馬鹿である。
コンテンツ制作は物作りと違って設備投資しなくてもよいと思われがちだけれど、よい作品を作るにはそれなりに投資が必要である。なろう小説みたいに無知な素人が書いた小説が異世界転生チートの二匹目のドジョウだらけになって飽きられているように、無知な人の着想はたかが知れているし、テーマについての専門知識や創作技術がないと作品の差別化はできない。その専門知識を手に入れるには本を読んだり旅行して取材したりする費用と時間がかかるのである。無知なほうが創造的だと言う人はたぶんなろう小説を読んだことがないのだろう。

・他分野をとりいれる

無知なままでは他分野の研究成果を取り入れる着想もでてこないので、他分野の研究成果を取り入れるには当然高度な専門知識が必要になる。古典芸術だと音楽をやる人は音楽の知識だけ、文学をやる人は文学の知識だけみたいな専門バカになりがちだけれど、現代アートはインスタレーションとかの体験型の展示と最先端の科学技術の相性がよくて、科学技術をうまくとりいれて新しい試みをやっている。IoTも既存の製品の可能性を拡大している。例えばおもちゃは電池を動力にして単純な動きをしたり光ったり音を出したりする程度であまり高度な技術は使われていないけれど、今後はAIを搭載して話し相手になるスマートぬいぐるみとかの付加価値が高い製品も出てくるかもしれない。
私は今後のコンテンツ制作には認知心理学や脳科学を取り入れることが重要になると思う。6Gの脳とリンクする人間拡張システムが実用化されたら、脳汁ぶっしゃーとなるような爽快感があるコンテンツを作るためには製作者側が脳の仕組みを知る必要があるだろう。個人的にはゲーム制作会社が3D酔いしなくなる仕組みを研究してゲームに実装してほしいと思う。





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最終更新日  2023.03.27 20:32:17
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