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2023.07.31
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面白かった本や興味深い本を教えてほしいと言うリクエストがあったので、それについて書くことにした。

●面白さとは何か

作品やコンテンツの面白さとは何か ​という記事に詳細は書いたけれど、面白さとは刺激である。技術の良し悪しはある程度客観的に判断できるけれど、面白さとは主観的なものなので、私にとって面白かった本が他の人にとって面白いとは限らないし、私にとってつまらなかったからといって他の人にとってつまらないとは限らない。下手ななろう小説だって面白いと思う人がいるから商品として売られているし、たいていの本には誰かにとっての何かしらの面白さがある。
それに読む順番や年齢によっても面白さの感じ方が変わってくる。例えば似たような内容の二冊の本があった場合は先に読んだほうが新しい刺激があって面白くて、後に読んだ本は既視感があってそのぶん刺激が少なくてつまらなく感じる。無知な若い頃に読んだ本と大人になって審美眼が身についてから読んだ本では感じ方が違ってくるもので、高校生の時に読んだ赤川次郎のミステリはそれなりに面白かったけれど、大人になって他の本格推理小説を読んだ後では推理が物足りなくてあまり面白く感じなくなる。
それに私はある程度思想ができあがって小説の技術にも海原雄山なみに厳しくなって面白さにも耐性がついてしまって、感動するほどの本にはほとんど出会わなくなった。なのでこの記事ではあくまで私にとって面白かった本について書くけれど、それが必ずしも他人にお勧めというわけではない。

●私にとって面白かった小説以外の本

ソシュールの『一般言語学講義』とフッサールの『現象学の理念』は大学生のときに読んだけれど、受験勉強で暗記することに慣れて本に書かれたことを鵜呑みにすることで賢くなると思っていた田舎者の私が現象学的にエポケーしてそれまで学んだ知識をいったん脇に置いて自分で物事を考えて理解しようとするきっかけになったと言う点では私にとっては一番影響が大きくて面白かった本である。他の学部に行っていたらたぶん読まなかっただろうし、この2冊の本に出合っただけでも文学部に行ってよかったと思える。構造主義的に要素を分析する無神論実存主義の考え方が私の思考の基礎になっていて、倫理面では小乗仏教と孔子の『論語』に影響を受けているので、論語に影響を受けた渋沢栄一の『論語と算盤』や青空文庫にある和辻哲郎のエッセイも面白く感じる。和辻哲郎は「​ 創作の心理について ​」で「ほんとうに生きようとしていないノンキな似而非芸術家が創作をやっている。それを「ほんとうに生き」たくない読者が喜んで読む。」「偉大な表現はただ偉大な内生あって初めて可能になるのである。何を創作したいという事よりも、まずいかに生きたいという欲望が起こらなくてはならない。」と言っているけれど、私も同じスタンスで、自分の人生を生きない限り独自の表現はあり得ないと思っている。本当に生きようとしている人が芸術を鑑賞すれば、技術が乏しくても何かの表現をしようとしている本物の芸術と、技術があっても表現をしようとしていない偽物の見分けがつくだろう。サリンジャーの真似をして感受性が高いティーンエージャーのおしゃれな小説を書けば評価されると考えてうわべの真似に終始して自分の人生を生きようとしていないような人が典型的な似而非芸術家と言えるし、そういう人はインフルエンサーに憧れる凡人みたいに他人の人生に憧れているだけじゃなかろうか。Tu vuo fa l'americanoのという1956年のイタリアのジャズの曲があってナポリ人のくせにママのカバンの金で野球やってキャメル吸ってアメリカ人ぶってやんのと第二次世界大戦後のイタリアのアメリカ化を揶揄しているけれど、戦後の日本のアメリカ化やK-POPを見て韓国人になりたがる現代の若者も似たようなもんで、中身が空っぽな人たちは自分の国で自分の時代を生きないで他の何かになりたがる。
このブログで感想を書いた本の中ではジム・ドワイヤーの『9・11生死を分けた102分』や吉村昭の『関東大震災』が面白くて、実在の事件や事故を掘り下げると下手なフィクションよりも人の生死の迫力があるし、失敗から何かしらの教訓を得られるところがあって有意義である。『関東大震災』では関西での地震を警告する地震学者が取り上げられているけれど、関西では大きな地震は起きないという正常性バイアスがかかった俗説で安心せずにちゃんと地震を警戒して対策していたら阪神・淡路大震災の被害はもっと少なくできただろう。歴史を忘れたり歪曲したりして過去の失敗から教訓を得られなくなると悲劇は繰り返されるもので、だからこそ我々は歴史的事実と科学的真理には謙虚に向き合わなければならないし、見たいものだけ見ようとしてバイアスをかけて物事を見てはいけない。何が起きたのかという出来事のうわべだけ見ずに、なぜ起きたのか、どうすれば防げたのかという視点も持つべきで、災害の当事者でないからこそ冷静に物事を観察して分析するべきである。バートランド・ラッセルの『西洋哲学史』は歴史上のへんてこな哲学者たちが面白かった。
このブログに感想を書いていない本では、図鑑や事典は私が知らない知識を得られると言う点で面白い。暇だけど特に読みたい本がない場合は図鑑や事典をぱらぱら読むだけで暇つぶしになるし、庭に生えているイノコヅチやクロジクカリヤスやアジアンタムとかの草の名前を知るだけでも世界を知った気分になれる。あと歴史については知らないことだらけなので、歴史に関する本は何か1冊面白い本があるというよりはどれも少しずつ何かしら面白いところがある。山川出版社の日本史図録や世界史図録はたまに読み返したりする。こういう博物学や歴史の知識はすぐに役に立つ知識というわけでもないけれど、脳にちまちま新しい情報を入れておけば脳が活性化してアイデアが出やすくなる気がする。あと会社四季報でどういう会社がどういう仕事をしているのかを見るのも面白い。

●私にとって面白かった小説

最近はノーベル文学賞が迷走しているけれど、ノーベル文学賞を受賞した作家の小説にはけっこういい作品が多くて外国文学が好きな人は読んでも損はなくて、パール・バックの『大地』は3世代を書くスケールがよいし、ヘミングウェイの『老人と海』と『武器よさらば』と『誰がために鐘は鳴る』はハードボイルドがよいし、スタインベックの『怒りの葡萄』はアメリカの大恐慌の様子がわかってよいし、フォークナーの『響きと怒り』は白痴のベンジーの意識の流れとかの手法が独特で大江健三郎やトニ・モリソンに影響を与えた重要な作品だし、ラーゲルクヴィストの『巫女』は宗教的情熱を掘り下げていてよいし、カミュの『異邦人』と『ペスト』は不条理に反抗するカミュらしさがよいし、ゴールディングの『蠅の王』は『十五少年漂流記』を先に読んでから読むとパロディとして面白いし、ナギーブ・マフフーズの『渡り鳥と秋』はエジプト革命の官僚の苦悩がよいし、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』や『予告された殺人の記録』はマジックリアリズムがよいし、トニ・モリスンの『青い目が欲しい』や『ビラヴド』はアメリカで黒人であることの苦難が描かれていてよいし、ジョゼ・サラマーゴの『白の闇』は目が見えなくなる病気が伝染するという特殊な状況が面白いし、カズオ・イシグロの『日の名残り』はイギリスらしいコテコテの執事っぽさが面白かった。技術的に上手かったりストーリーが面白かったりするだけでなくて、苦難に焦点を当てる人道主義的な作家の思想や人間観が出ているのがよい。
他の外国文学はフローベールの『ボヴァリー夫人』はリアリズムがよいし、トルストイの『戦争と平和』と『アンナ・カレーニナ』はポリフォニー的な人物の対話がよいし、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』は男女のすれ違いから始まる恋が面白いし、サッカレーの『虚栄の市』も男女4人の恋模様が面白いし、アフラ・ベインの『オルノーコ』は奴隷の物語が中世ならではでよいし、モーパッサンの『脂肪の塊』は脂肪の塊がかわいそうでよいし、シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』はイギリス的な食事の貧しさがよいし、バーネットの『小公女』と『秘密の花園』は少女趣味的なのがよいし、ジャック・ロンドンの『野生の呼び声』は犬がかわいそうでよいし、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』と『不滅』は構成がよいし、イタロ・カルヴィーノの『木登り男爵』はへんてこで面白いし、タブッキの『インド夜想曲』は幻想的でよいし、ブッツァーティの『タタール人の砂漠』は戦争が起きそうでおきないという着眼点が面白かった。SFはあまり読んでいないけれど、ブラッドベリの『華氏451度』やH・G・ウェルズの『宇宙戦争』はSFらしさを楽しめた。他にも読みたい本はいろいろあるけれど、外国文学の翻訳は単行本が4000円くらいして高かったり絶版になっていたりして、文庫になっていない本は貧乏人にはなかなか買えない。
日本の純文学は文学理論を理解していない下手な作家や思想がない作家が多くて外国文学に比べたらつまらなく感じる。戦争を経験した作家は生死に向き合っていて思想があるぶんましで、フランス文学を研究した大岡正平の『俘虜記』や『野火』は単に戦争をテーマにしたのでなくしっかりした文章で小説として仕上げていてよい。現代作家では辻原登は純文学だけでなく時代小説も書いて作風の幅が広くて、『許されざる者』は純文学の技法を駆使したエンタメとして面白かった。私は本格ミステリも好きで、我孫子武丸の『殺戮にいたる病』は叙述トリックのどんでん返しを楽しめたし、綾辻行人の『殺人鬼』は単にグロいスプラッターホラーではなくて叙述トリックを楽しめた。

●私にとって面白かった漫画

このブログでは漫画はレビューしていないけれど、本というくくりなのでせっかくなので漫画についても書くことにする。漫画がアニメやドラマや映画の原作にもなっていて日本のエンタメの中核といえるし、大手週刊誌に連載しているような漫画は漫画界のトップの作品ということもあってどれもエンタメとしては標準的な小説以上に面白いのだけれど、商業作品なので売り上げを優先して編集者が口出しして作者の思想が見えなかったり、締め切りに追われて絵が雑になったり、連載を引き伸ばしてプロットがぐだぐだになったりするので、小説の名作よりは物足りない。
私はゆうきまさみの『機動警察パトレイバー』や『じゃじゃ馬グルーミン☆UP!』が気に入っていて、これらは親子関係や恋愛関係とかに悩みを抱える平凡な青年たちが周囲と衝突しつつも大人に見守られながら成長していく様子が良い。教養小説の漫画版みたいな良さと漫画ならではのどたばたしたコミカルな展開の娯楽としての面白さがあって、私はこういう平凡な人間が成長していく奮闘記が好きである。ロボットに乗ったからといって世界を救わないといけないわけではないし、ロボットを使って近所の事件を解決していくスライス・オブ・ライフでも面白い物語になる点はセカイ系のフィクションは見習うべきだろう。物語の主役は人間でロボットは主役を引き立てるガジェットに過ぎないけれど、それを勘違いしてかっこいいロボットに焦点を当てて人間をないがしろにすると子供だましのつまらない物語になる。
『花の慶次 -雲のかなたに-』は巨根の大男が巨大な馬に乗って巨大な槍で戦う話だけれど、単に強い主人公が無双するご都合主義の話でなくて戦国時代の情を描いていて傾奇者の喧嘩の仕方に外連味があるのがよい。作画は『北斗の拳』と同じ原哲夫だけれど、『北斗の拳』よりも人間味があって好きである。『サンクチュアリ』は暴力団が政治を変えようとするハードボイルドな話で、池上遼一の作画のキリっとした感じがはまっているッ。『勇午』は交渉人が拷問されながらめげずに問題を解決しようとするハードボイルドな展開がよい。硬派な日本男児がいなくなって軟弱な男だらけになった現代でハードボイルド成分を補充したくなったときには命がけで目的を達成しようとする硬派な漢の漫画を読みたくなる。
医療系フィクションは個人で創作する小説よりも出版社が取材をバックアップして監修がついている漫画のほうが出来がよい。『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』は脆弱な医療を何とかしようとする医師の奮闘を描いていてよい。我々はたいてい患者側として医療を受けるけれど、医師も人間なので診断を間違えて悩むこともあるということを理解するべきだし、自分以外の病気の人への共感や同情を持てるという点で医療系フィクションはよいものである。『ブラックジャック』や『スーパードクターK』は漫画らしく凄腕医師が活躍する話で、凄腕医師を中心にすると物語は作りやすくなるし娯楽としてはそれでよいけれど人間離れしすぎてそのぶんリアリティがなくなる。
小説は物語を展開するのには向いていても具体的な映像を見せることはできないけれど、漫画だとそれができることが小説にはない面白さになる。美大を受験する漫画の『ブルーピリオド』は実在する作品を引用しながら芸術家を目指す青年たちの悩みを描いていてよい。





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最終更新日  2023.07.31 01:41:10
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