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母は入院先の病院で痛いところを指さす。私は首をなでる。その時「お母さん愛してる」「お母さん大好き」「お母さん ありがとう」 と言ってなでてあげるように今日カウンセラーの先生に教えてもらった。そういえば 私はそんな風に 両親に言ってもらったことない。だから 下手かもしれないけれど 明日から そう言っていく。自分が母を看病する中でも 姉達を恨まない。恨むパワーはすごくかかる。だから 私の体のあちこちが痛いのかもしれません。だから 私は唱える。「恨まない 恨まない」新しい自分でチャレンジ。
June 29, 2012
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朝 私の体調があがらず 4時半に起きているがお風呂に入って 目を覚ます。そして母の病院へ一時間半かけていく。母は拘束されてるのもかかわらず たくましくベッドのしたまで体が落ちていました。看護師さんが身体を上げてくれているところに私が病院に着いたので 一緒に母の体を上げました。仕事帰りは 新しい家の融資の銀行決めで ハウスメーカーさん銀行さん ライフプランナーさん 3人もいらして話をしました。夫が死ぬ覚悟で作る家です。大事にしたいと思います。明日も母に会いに行こう。これで永遠に続くことないし私が母の病院からタクシーで出勤しいることに「金持ち~」という人の気もしれない。明日母がなくなったら タクシー代くらい安いでしょう。人の命を お金には換算できません。悲しい職場です。。
June 28, 2012
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母の入院先の主治医からの説明に行くべきか どうなのか 悩みましたが母が胃ろうの処置になるとか これからの治療の問題になるのではと心配して 職場のスタッフに支えられて 仕事中に休みをとって行かせてもらった。母の病室に行くと 母がいつものようにひとりで話をしてくれていた。よかった。元気だ。長女は席を外していて 看護師さんやドクターは探しているとのことで私が長女に電話した。先生の説明は20分遅れになると説明された。二女が遅れて病室に来た。母を「おばあちゃん」と言い 私からみたら ひどく上から目線で話している。母が気の毒で悲しくて 病室から出た。いたたまれなかった。ドクターは 結局 経過報告で今までと変わりないと長女は 3か月しかおいてもらえないと思い次に病院を変わる時に 仕事を休まないといけませんか とばかり聞いて私はすごく恥ずかしかった。口をはさむのも どうかと思い 黙っていました。すぐに職場に戻り 心は動揺して 本当は大泣きしたかったです。今泣いています。長女は 叔母さんから電話がかかってきて 母が家に帰りたいと言っていると言われたそうです。私にも言います。家に帰りたいと・・・長女には言っても聞いてもらえないから 言わないのか長女が聞いてないのか。母にとって何がいいのか考えています。
June 26, 2012
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悩む・・・毎月 一回 母の主治医と会えるチャンス。病状を聞くことも 母の病室に居ても 主治医は来ない。だから 貴重なんですが 急に明日と姉妹から言われて仕事の都合もあるし姉妹は仲悪いし。代わりに聞いておいてということも出来ずカウンセリングの先生は 姉達と会うのが緊張して私の具合が悪くなるならやめたらいいと 言ってくれました。姉達と会うのは緊張します。見舞いにも来たことはありません。母にとって 何がいいのかな。私はこっそり聞くだけでいいのですが。明日 職場が行けそうなら行きたい。行かない方がいいのかな・・・そう思うだけで 頭が痛く しんどいです。母はいつも同じ病室で同じ景色をみて認知症なので縛られて 導尿に点滴 日々 辛いと思います。私も覚悟を決めて きりっといきたいなと思いますが胃痛がして 頭痛がして なんともならない現状です。
June 25, 2012
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火曜日に母の主治医から説明があると姉からメールが来ました。急に仕事も休めないしそのメールが来てから胃が痛いです。姉達に任せていたらいいと思う気持ちと姉達に任せたら 母は大丈夫かなと心配する気持ちが葛藤しています。母の主治医とは 疎遠で一度だけ母を車椅子に乗せて部屋から廊下を見ているときに主治医に会いました。この階の病棟だけでも 車椅子で散歩していいですか?と聞きました。そしたら許してくれてすごく嬉しかったです。それ以降会っていません。迷うな・・・胃が痛い。
June 24, 2012
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保育所の保護者がスタッフにいろいろな苦情を言われます。昨日も 保護者のクレームを聞いていました。それも 自分の上司のクレームです。上司とその親御さんが話してくれたのですがなかなか気持ちをわかろうとしない上司に怒ってられました。それでも 私は19時まで職場にいました。帰り際 上司に嫌味を言われたのですが 話す気力もなく帰宅しました。母のところにも行けず朝 5時に起きて母のところに行こうと思ったら電車が延滞して 職場に1時間遅刻するほどでした。すごく疲れていて 保護者のクレームも 他のスタッフに伝えないといけないし声が出ませんでした。母の看病と仕事 家を建てることで いっぱいいっぱいで今の私の症状は食べ物の味がしない食べたら戻す姉妹からメールが来るだけで どきどきする。首が痛い 頭痛がする。嘔吐した後 涙がでる。今日はカウンセリングを受けました。明日から鞄を新しいのにします。久しぶりに結婚指輪をしていこうかな。新しい自分になりたい。
June 22, 2012
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先日 ブログにも書きましたが母の言葉で 私はひいてしまい 母に会うのが怖いです。「認知症」という病気から 母が私に「殺そうと思ってる」と言ったのかもしれませんが私は今もその時のことを思うと 怖いです。私が未熟だからでしょうか・・・亡くなった父の遺産相続のことも やっと落ち着いてきました。自分の弁護士を雇い お金も心も費やしてきました。この実家からの呪縛 確執から もう解放されたいです。お母さん ごめんね。明日はお母さんに会いにいくから・・・。
June 20, 2012
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調子がダウンして 台風が来たりで 余計に 調子が悪いです。焦らず 今の自分と向き合っていきたいです。家にひとりで居ると悪い風に考えてしまうので今日は仕事が休みなので ゆっくり体を休めらいいのに外出しました。今のそのままの自分を受け止められる自分になりたい。
June 19, 2012
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土曜日は家の引っ越しのことで動き回っていた。日曜日は頭痛でダウンしていた。入院中の母の見舞いにも行けず 気になっては心痛んでいた。そして今日 月曜日 5時に起きて 自分の弁当を詰めて出勤 7時前から走り回るほどの忙しさ。そして 16時に仕事を終わり 急いで母の入院先に母の病状が安定していたら 看護師さんが 17時までなら車椅子で散歩してもいいと言って下さったから母と病棟を散歩した。母は椅子から見る景色が気持ちいいようでほっとすると話していた。5時10分前に 個室の母の病室に戻り 手や顔を洗面台で洗い耳垢をとったり忙しかった。そして ナースコール~「戻ってきました ありがとうございました」しかし 看護師さんは 病室に来てくれない。車椅子に乗った母に新聞を渡したり テレビをみるようにすすめるが母は気が焦った。長い入院生活で立つことも出来なくなったのに立とうとする。私も肩をかして 母の立ちたい気持ちに沿おうとした。導尿に点滴している母を むやみに動かせないということはわかっていた。母は「痛いな」と怒りだした。「私を殺そうとしてる、骨を拾おうとして 娘でも ぎゅっと(指で押しつぶすジェスチャー) するから」と怖い表情で言った。私は心が凍った。凍ったことを 今やっと悟った。病院からの帰り道 流離った。ショックだった。思えば 父が肝臓がんを患ってからも 私は父に罵倒され続けた。亡くなる1か月前に「悪かった 見舞ってくれることが力になることがわかった」と言ってくれて私は 許されて 救われた。母にも親不孝したから 罵倒されても仕方ないか・・・これからの闘病生活の中で心のひだとひだが少しだけでも 重なったら・・・土日と母をひとりにしたから 母も怒っていたかもしれません。花も枯れていました。ごめんね。お母さん。号泣したら やっと息が出来るようになりました。さまよいながら さすらいながら 母と共に歩いていきます。
June 18, 2012
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引っ越しがまじかになってきました。母が入院中なので 引っ越しに気持ちが行きませんが母が望んでいることは 娘の私の幸せだと思います。せっかく家を建てる。地鎮祭や上棟式を経験出来て 私は幸せだと感じます。夫は死ぬ気で家を建てると思い入れがいっぱいです。私は 最近 疲れを感じるようになりました。認知症を患ってる母も 私の顔をよくみています。「疲れた人が居てる」と言われたことがありました。入院している母にいらない心配をかけないように私は自分の幸せをつかみたい。何が幸せなのか 今もわかりませんが夫についていきたいと思います。ダーリン よろしくお願いします。
June 12, 2012
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夫も会社のことで疲れていました。私はカウンセリングを受けたきたので帰宅が22時をまわって 晩御飯を作り食事をしたのが23時を回っていました。私の母のことや今度の家の名前をつけようかととか夫の会社のしんどいことんど聞きました。今日 カウンセリングで学んだことを活かしておろおろ おとおとしながら 自分できめて歩いていくしかないですね。母も気が焦って 入院しているのに忙しそうにしています。
June 11, 2012
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4月に母が入院して私も痩せました・・母は私がつきそうと元気になると私は感じました。元気になると 家に帰りたいと言います。姉達は母が家に帰りたいなんて言う訳ないとか言って家に帰らせたくないのです。母は此処のところ元気になってご飯も食べれそうです。主治医からもう口からご飯は食べれません宣告を受けたのが信じられないくらいです。母の幸せは私が元気にすごしていることと思います。こんなに落ち込んだり体調を崩すことを願っていません。母を思うと今も辛いです。今日は夫と一緒に母を見舞いました。夫は母の病室にあまり居たがりませんが来てくれるだけで 感謝です。母が認知症でなかったらどう今の状態を受け止めるでしょうか?認知症は死の恐怖もなくなるしある意味 プレゼントかもしれません。家族は縛られてる母を思うと 胸が締め付けられる思いです。
June 10, 2012
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私の母は入院していてよくなる見込みなしと宣告された。毎日母の看病に行っていると夫がお母さんの看病に行く半分くらい新築の現場に顔を出して欲しいと言われた。仕事も佳境で 参観日・懇談会も控えている。自分の心に余裕なしで 体重も減って 気がつけば朝から何も食べてないとか・・・自分の母に会いに行くたび 病院側の態度にびくびくして気を使い疲れ果てる。「看護師長さん ご病気と伺いましたが お元気になられましたか?」と看護師さんに聞くと「オッケー 大丈夫」ですって ・・・・ 絶句80代の母に向かって 20代の若い看護師が説教する。私に言ってると思うのですが「点滴の管や導尿の管抜いたら ダメ」と叱咤する。母は申し訳なさそうに すみませんと頭を下げる。やっとの思い 入院して初めて 車いすに乗って 病棟を散歩出来た。看護師さんの誠意ある?叱咤の後・・・母は個室で個室内での車いす移動と言われた。母は「トイレに行きたい」と行ってくれた。回復してきた。だのに 看護師さんは ダメですね。の一点ばりだったがなんとか 車いすに乗せてくれた。個室から外を車椅子に乗った母と一緒に 廊下をみているとやっと主治医をみつけました。深く挨拶したら 自ら戻ってきてくれて話しかけてくれた。チャンス!私はこの病棟内を散歩していいですか?と頼んだ。了承してくれた。母の乗っていた車いすには点滴の棒をさせなくて母の足の間に挟んでの 散歩。車いすに乗ったときに 母は「助けて お母さん お父さん」と言った。母は苦しい限界なんだ。その言葉を思い出すだけで 胸が詰まる。病棟の廊下を車椅子で散歩すると「お父さん!」と父を捜している。やっぱり最期は夫婦。そして 自分の両親。私の存在はどうでもいい。母が生きてきた人生を尊ぶ。そばに居たい。自分はもう嫁いだ身がだから 自分の家のこともしないといけないし毎日が苦しい。胸が詰まる・・・看病されてきた先輩方の意見を聞かせて下さいませ。
June 7, 2012
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母が入院している病院に依存して泣いている自分が情けなくなって自分で母の体を拭いたり 手をごしごし洗ったり爪を切ったり 耳垢をとったりした。なぜか 左耳は口がふさがれているようで狭く耳垢があまりとれなかった。しかし 右耳は すごい耳垢でした。びっくりするくらい出ました。病院ではそんなことまでしてくれないわかっていても してあげられなかった自分を責めました。手足を洗ってあげて 乳液をつけてあげて 母は気持ちよさそうでした。母の病院の個室には 洗い桶にブラシ 綿棒 スポンジ 乳液やシャンプーといろいろ増えたけれど 母の生活感が出ていいと思いました。母との時間 大事にしたいと思います。
June 5, 2012
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毎日看病でくたくたでしたが 昨日 カウンセリングに行き頭を切り替えました。母が私が落ち込んでいて 嬉しいはずもない。母が私が泣いたり苦しんだりするのを望んでいない。笑顔で母と会い 母と楽しい時間をすごしたい。ブラックホールからやっと抜け出しました。
June 2, 2012
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