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痙攣の件、周は保育園に通っていることもあって、そちらへはどう伝えたものか、それもまた少々悩みの種でした。無熱性だし。そもそも、こちら側としても預けて対応してもらえるものか不安でもありました。おずおずと主任の先生に話してみると、「以前に経験がありますから大丈夫ですよ。」とためらいなく言ってもらえ、「驚いたでしょう」と心配までしてもらって、一安心・・・。担任の先生も2度経験があるということで、こちらからも痙攣が起きたらこうして欲しいとか、いろいろ伝えたのですが、大体しっかりわかっているようでほっとしました。とはいえ、周は眠りばなが危なそうなので、昨日は昼寝のときに眠らなかったのが返ってみんなを安堵させていたようでしたが、それは私にしたってそんなところです。昨夜もなんということなく過ぎていきました。発作のある人の頻度を調べると、頻繁な場合一日に何度、から週に何度、そして徐々に月に、年に、となり、4年間発作が起きなければおさまったとみなしているようで、そんなわけで、ここ数日でどうこうと言うものではないのですが、それでも、ああ、今日は大丈夫だった、と一日でも日が開くのはうれしいことです。嬉しいことも、悲しいことも、全部「生きているから」、なんて当たり前のことが随分身に沁みます。
2006年11月29日
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その後の周ですが、食欲も戻ってきて、昨晩も何事も無く、まるで本当に何も無かったかのようです。今日は朝一番で医大に。痙攣時の様子やその後を伝え、来月のMRIと脳波の検査予約を入れてきました。両方ともシロップの眠り薬で眠らせて、一日のうちに終わらせる予定です。それまでにまた痙攣を起こしたときのために詳しくどうしたらいいかもきいてきました。痙攣が治まって意識が無い状態がしばらくある、と私達は思っていたのですが、意識が戻るまでの間はたとえ体の動きがおさまっても、脳の中が痙攣状態にあるということで痙攣に含まれるそうで、それも含め10分以内なら、様子を見て翌日の診察でも良く、それ以上なら救急車を呼ぶように、ということでした。危険で後遺症が残ったりするのは30分から。10分あたりで119に連絡して到着し・・・、ででもギリギリな気もしないではなく、やっぱり痙攣って怖いです。眠ってしまうと隣で寝てても気が付けるかどうかの自信も無いし。今のところ何か薬が出るでもなく、なるようにしかならないという現状。一生に一度しかおきない人もいるといっていたけれど、そして、それは一度も痙攣を起こしたことの無い人にも同じようにこれから起こるかもしれないことなのだけれど、そうとはいっても、ねえ。「また明日、おやすみ」って安心して言えるようになりたいです。
2006年11月27日
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昨夜は大変でした。というのも、就寝後、周が痙攣を起こしてしまって・・・。幸い旦那も帰宅していて、1分ほど私が様子を見ておさまらずに、旦那も呼び、それから1から2分?その間周は目を半開きにして、ビクンビクンと痙攣し続け。おさまった後、しばらく意識も無く、旦那が抱き起こして名前を呼ぶ間、私は119番をダイヤルし。住所や症状を告げている間に、ようやく意識が戻ってきたので、救急車じゃなく自分たちで病院に向かうことにしました。熱はなく起こったのが、かえって心配でした。夜中に子供たちを起こし、着替えさせて車に乗り込み・・・。とりあえずは血液検査で異常は見つからず、明日改めて診察を受けることに。診察の最後に急に周は吐いたりして、ひょっとすると胃腸炎からくる痙攣(というのもあるようです)かもしれないし、もしそうならちょっと安心なのだけど・・・。正直、死んじゃうんじゃないか、意識が戻らないんじゃないかって思いました。今度また起こったときは、痙攣の長さ、どのように痙攣しているか、目はどこを向いているかなど、冷静に観察するように、長い場合は救急車を呼ぶように、と言われましたが、それ、医療従事者でも自分の子供では難しいんじゃないでしょうか。周はやっぱり胃腸の調子は悪くあまり食べられないほかは元気なもので、昨日の事がうそのよう。その一方、また前触れ無くなるんじゃないか、となんだか不安です。
2006年11月26日
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着物なんて、七五三、成人式、卒業式、そして先日の周の七五三の時くらい。浴衣を加えたとしても、ほんとにちょっとしか着た事が無い。これまでそんなに着たいと思わなかったのが、ここ数年は巷で気軽な日常の着物が流行ったせいか、急に興味が出てきて、先日実家に行った折、押入れに眠っていた着物一式を引っ張り出して持ってきた。それこそ日常着の部類から、練習してみようと、今日やっとこ袖を通してみた。着付けの仕方を見れば簡単そうに見えるのに、なんだかやっぱりうまく行かない。紐もしっかり締めたつもりが、どう考えても着付けをお願いしたときのように苦しくはならないので、締め方にしたってコツがあるのかも。おはしょりと帯結びが結局次回に持ち越した宿題。たたみ方だけはどうにかできました。随分時間もかかって、アイテムも多く、それに比べ洋服の簡単なことといったら!本当に昔はこれを着ていたわけ??でも、着てみた感じは案外良くって。着物と帯が手持ちのもので合うのかな?なんて思ったら(洋服に比べると柄も色も随分違うし)、不思議と合ってそんなに派手派手しくなくまとまったり、ちょとおもしろい。この時期なんかは随分暖かくて、気持ちいいし。さっと羽織るというわけにも行かないので、練習するといっても面倒ではあるけれど、少々頑張ってみようと思います。
2006年11月19日
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このところ少々迷って、というか、考えていまして。そろそろ本当に自分の作りたい方向を決めていこう、と。これまでは焼き物のみんなが好きで、なんでもどれでもやってみたくって、というのが正直なところ。どんなの作っていきたいのかと人に聞かれても、まだまだやってみなくちゃわからない、とまあ、迷う以前だったのですが。ついにそんな私も、はた、と方向を見極める時期に来たようで。どういうわけかわからないけれど、自然とそういう時は来るようです。焼き物年齢で、ようやく将来に目を向け始めた、という感じなのでしょうか。好きな技法、得意な技法、自分の特徴。実は好きがたくさん過ぎて困ってしまうのですが、今は丁寧にそれを整理して、好きな肌合い、色、形を煮詰めているところ・・・。石ころを眺めたり、空を眺めたり、水面を眺めたり。たくさんの好きの中の共通項を探しています。実際のところ、こういうのは売れそう、とか、そんな現在の焼き物界の動向もなんとなくはわかるのですが、とりあえずそれは置いておいて、ね。昨日は今年の冬の煙出し人形をレベルアップすべく、初めての石膏型に挑戦しました。煙出し人形、これが結構うまく煙が出るように作るのが難しく、昨年の1体ごとの手びねりには限界を感じまして。なるほど陶製の煙出し人形があまり無いわけだ。粘土の状態でうまく煙が出るように調整しても、焼成時のゆがみで出なくなっちゃったりするのが続発。石膏型の作り方を見ては、難しそうに感じて、これまでやってこなかったのですが、小さなものだし、ええい、と初挑戦。まあ、点数にして60点くらいなものが出来上がりましたが、おかげで次は臆することなくいろんな方作りに挑戦できそうです。失敗してもかまわない小さなレベルで実験してみるって、だいじですね。 失敗しても踏み出せば、次の段階が見える。いくら頭でシュミレーションしたって、それは難しいし。以前のひたすら進め!というのに比べ、少々苦しいわけですが、自分で自分の成長したことに驚いてみたりして。
2006年11月18日
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周の帽子を編んでいました。母から貰った毛糸のグレーと生成りを2本取りで。ニット本からデザインを決めようと、周に相談してみると、私一押しのベーシックなゴム編みの帽子じゃなくて、彼が選んだのは耳あて付の頭のてっぺんがとがった帽子。絶対にこれときかず、まじでぇ、と思いながらも編みました。なにがまじでぇって、てっぺんでしょう。最後の最後、ぼんぼりにしない?って再確認してみましたがやっぱりそのとんがっているのが大事らしく、しぶしぶその形に。周の喜んだことといったら!驚きました。保育園で会う人会う人に「ねえ、かわいいでしょう!」ってアピール、買い物に行った先でも見知らぬ人に「これ、いいでしょ?」だって。なにせ面白い形なのでみんなニコニコして、このとんがりがいいわね、なんて褒めてくれるものだから、やれやれ、やっぱり彼の言うとおりに作って正解だったようです。諒にも編まなきゃなあ。同じ形で二人並んだら、うーん、笑えるだろうなあ・・・。
2006年11月17日
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周の保育参加でした。以前からチョコチョコ触れているとうり、周が浮いた行動をとって恥ずかしい思いをするに違いない、と覚悟を決めて向かったのですが。案外楽しんできました♪いえいえ、周はもちろんいろいろとやってくれて、たとえば「転がしドッジボール」では張り切っていたのに早々ぶつけられ、本棚の陰に隠れて出てこなかったり、寝転がって動かなくなったり。「椅子とりゲーム」も案の定、悔しがりのくせに運動神経鈍いので一番にアウトになり、そのとたん走ってその場から逃げ出しちゃうし。でもなんとかその場その場声かけをして気持ちをうまく持ち直させて、給食やお昼寝、おやつといった時間ごとにはきちんと出来ていたし、お漏らしもなし!彼なりにお当番の挨拶やお昼寝の準備に後片付け(ゴザを引いたりみんなの布団を並べたり)とやり遂げていて、そりゃあ他の子に比べればどうもぐにゃぐにゃしているんだけど少々感心。周も一緒なのを楽しんでくれていて、それが何より楽しいのでした。それに私はどうもうちの子ばかりが大変なように思っていたのだけど、例えば、周とは逆に本をまだ読めないことを気に病んでいるうちもあれば、悔しいことなんかを自己消化して溜め込んでしまう「いい子」なことに心配をしているうちもあれば、で、「まわりのいい子」にもいろいろあるんだぁ・・・、なんて驚いたりもして。そんな中、切なかったのは子供の名字が変わりますという報告なんかがあったこと。他にもそういうケースは多いみたいで、ある程度大きな子だと、名字が変わるのがいやだとか、それを先生には秘密にして、なんて言うらしく・・・。おまけに、保育園のもの、布団だったりかばんだったり絵本だったりには全部今までの名前が書いてあって、それを直さなくちゃいけない、だとか・・・。結婚当初あまり深く考えずに旦那の名字にしちゃっていることが多い中、実際別れるとなると子どもは母親に引き取られ、こういう名字の問題が子供に降りかかる現実。ひどい話、仮に子どもが前の旦那の名字のままでまた(2度目の)離婚すると、別れた二人の名字のどちらかしか選べないということに。もちろんわざとそんな風な法にしているんじゃないんだろうけど、落とし穴というか、そんなことが幼い子供たちの気持ちにまで影響してしまうことを知って悲しく思いました。今までは夫婦別姓とか、なんとなく女性の独立心からだけ取り上げられていることのように思っていたり、家制度なんて!位に思っていたのだけど、とにかく、制度の上で傷つく人が出るのは勘弁です。
2006年11月07日
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