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悲報を伝える車内アナウンスが流れる電車。足止めにいらつく人々の中、私は悔しくてしょうがない。たった今消えた命に祈りを届けるくらいの良心、ホンマはみんな持ってるやろ。あまりに辛くて、その感情をマヒさせるのが精一杯なんやよね。だけど、私は痛みに鈍感になりたくないんだわ。口からこぼれでてきたアメージング・グレイス。静かなこのメロディにのせて、哀しすぎて泣けない人の分、うちがいっぱい泣いちゃる。隣で握っていた大好きな人の手に、ふと力がこもった。顔を見上げると、彼も静かに泣いていた。見も知らない人の痛みに、2人して鼻を赤らめるバカップル。たった今肉体から離れたあの人の霊も、ちっとは笑って浮かばれるだろうか。空は馬鹿みたいに青くて、頬に当たる風が悲しいほど優しくて。あの人がもう触ることのできない愛しい人の温もりを、わたしがあなたの代わりに細胞全部で感じるけんね。愛しい愛しい愛しい人よ。横の座席では、赤ちゃんが笑ってる。見知らぬ人々が微笑みかけ彼女を中心に繋がりあっている。運転の再開を待つ電車の中の、ホントにあった二つの光景。あぁ…世界はなんて悲しくて愛しいのか。駅前にある花屋さんに、2人同時に「寄ってこか」って。真っ白な花を一束。1日に80人。日本の自殺者の数。私は絶対にこの現状を許さない。
2006.10.15
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人生は最高の先生だ。嫌気がさすほどにしつこく同じ課題を連れてきてくれる。そこに十分に向き合えた時、障害と思っていたものは宝物となる。そんな一言を追い風にして、向き合ってみたいことがある。恥ずかしいことだけど、私は時間にルーズだ。こんなクセ持ってても、全くいいことはない。人の信頼を減らす一方で、ろくなことはない。なのにどうして辞めれないのか。いや、やめようと思えばやめれる確信はあるから、正しくは「なぜやめないのか」だ。ふと立ち止まって、振り返ってみる。沖縄での塾講師時代。大学時代。高校、中学…。そういえば小学校から、よく朝泣きながら走ってたなぁ。うーん、意外なほど根深いようだ(苦笑)関連がありそうなクセでもうひとつ、「みんながやってることと違うことをする」というのもある。中学の卓球部で、本当は選手としてやり続けたいのに、あえてマネージャーをかってでた。他の人と練習メニューが変わった。高校のダンス部では、自主練は別にやって、みんなが練習している間は曲編集してたりした。大学では自分の専修科目をさぼり、別の専修にもぐっていた。他専修ということで色々わがままを言っては融通をきかせてもらった。塾講師の時も、忘年会や引越し作業など、全員が出る必要があるものほど、行きたくなくてしかたなかった。なんとか理由を見付けては逃げてたなぁ。その結果…まぁ睨まれるわなぁ(苦笑)今までは、そんな自分をすごく責めていたし、情けなく恥ずかしく思っていた。作り出した環境にも、作り出してる自分にもとにかくストレス。だけど、ちょっとした好奇心で、自分の中で悪さしている子に聞いてみる。あなたが欲しいのは家で5分ゆっくり出来ることや、忘年会サボって別のことするってことやないでしょ~?ホントは何が欲しいの?ホントは何を伝えたいの?そんな視点から見始めたら、色んな気付きが起き出した。まだプロセスの最中だけど、もうこのクセともさよならだ。今まで守ってくれてありがとう。もうお役目を終えていいですよ。自分の取っている行動の下に、実は別の意図がある。そのことにいつも許容的でありたい。辞めたいのに辞められないこと、あなたも何かありますか?
2006.10.13
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こないだカウンセリングのセッションで「怒る」をテーマにした。私は「怒る」のが苦手でしょうがない。基本的に問題が発生すると「自分のせい」と責めて、悩んで胃を痛めたり泣いたりするのが基本。家族に対してやっとムカついたりムシしたり物にあたったりするくらいで、それでもキチンと「怒った」ことは思い出せないくらいだ。だから初めにこのテーマを聞いた時は、とにかく嫌だった。「いや~ん、何さすの~(>☆
2006.10.09
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