羊の墓場

羊の墓場

2004.12.11
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最初に現実感を喪失したと感じたのは小学生の時。
誰から見ても子どもだった私は
それが、大人たちの批判する漫画やゲームじゃなくて
教育テレビ番組が原因かと思い当たって哂った。

現実感が足りないと困らないようになったのはその数年後。
リアルが戻ってきたのではなく、全く平等に足りなかった。
現実味の無い夢が、私の現実になってしまったんだ。

私は幼い頃から夢をモノクロで見たことなどなかった。
それなのに16の冬の日、目を開けたまま見ていた私の夢は
気付いたら全ての色を失ってしまっていた。
そして、その状態が病気なのだと
私を見る人々の目が教えてくれた。
――― かわいそうに、と私を見ていた。

それから二年生きた。私は死ななかった。だけど
死がこんなにも近いことと
生がそんなにもありがたくないことを知った。
私が生きることに価値なんてないだろう。
鏡の中に自分以外の人間ばかり見て、傷つけ合いながら
苦しい思いをしてまで生きる意味なんてないだろう。

病名を知っている。しかし私はそれを障害と思わない。
たとえその為に死んだとしても私はそれを病とは認めない。
死にたいときに死ねばいい。何を失うのも自由だ。
私が私と認める全てに病名付けができる。
病の塊が自己主張しているのは、さぞかし滑稽だろう。

此処が“現実”じゃなくて構わない。
私は私の存在する場所を現実と定めよう。

病気だと思われても構わない。この状態と比べ
健常だということに大した意味は無い。

私が“自分”じゃなくても困らない。
私はこの神経の伝う範囲を自分と呼ぼう。

自殺した人間を哀しいとも羨ましいとも思えない。
本来、事象は感情とは完全に独立しているべきだ。
事象それ自体よりも感情の変質を嘆く。
全ての感情が内から出た途端に刃へと変わる。
誰かを刺し続けていつか誰かを殺してもずっと







何が言いたいのか分からなくなった。。





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Last updated  2004.12.12 19:23:25
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