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私は術後の精密細胞組織検査でがんと診断されました「悪性」だと思われるという診断で 当たり前のように「抗がん剤投与」の治療を進められました決して強制ではありませんが 先生はほとんど私が承諾するものとして話していたように思いますですが・・・家族と相談などしなくても答えは出ていました当時69歳でもう「高齢」だったこと乳がんの患者さんと同室で 抗がん剤治療の姿をそこで見て 話も聞けたこと残りの「生」を考えたとき 転移するかもしれない・・・は怖くない長く生きるために 強い薬を体内に取り込んで 今元気でいる他の細胞機能を壊してしまうかもしれないそのリスクは確かにあるどちらが重要かという選択 ほかの人がどの選択をするかなど関係ない「皆さん」されています というような何となく居心地の悪い言葉に惑わされたりしないお断りして三か月に一度の五年間経過観察期間中です今年丸三年を無事に迎えられそうですその間三か月に一度の規則的な通院はできていません 「夏」は暑くて早朝以外外出しないのでスキップさせてもらいました(先生にはちょっと嫌な顔されました)きちんとしたデーター取れないからかな??と思いましたがそういう形の記録も案外役立つかもしれない・・・なんて自分にいい方に解釈し検査いやなら来なくてもいいよとか にっこりしながら言われたこともありましたが・・・遠慮なく「今後もよろしく」と挨拶して・・・扱いにくい患者でしょうねえ・・・三年目の造影剤付きのCTを受けるため「同意書」を書くときに隣にいた方と同じ「子宮体癌」手術後経過観察の方とお話しすることができました同じ病気で同じような手術で経過観察中な方とは初めて会いました彼女は二年目で同じように術後の抗がん剤はしていないとのことで何だか同志に出会ったような気持ちになりました・・・♪鬱々と病院へ行く度へこんで帰るのは性に合わないから帰り道では綺麗なものや可愛いものや美味しいものを眺めたり買ったりしながら帰りました
2024.01.28
右足の前外側ひざあたりから上部に欠けて 未だに違和感が残っています触った時に鈍い感覚だから 微小な知覚神経マヒのようなものかなと手術前の説明でもごくまれに起こると書いてありました多分そうなのだなと思います定期的に術後5年は通院しなくてはいけないので(今は3~4か月に一度)その時に報告はするのですが・・・もうここまでくるとこの症状は回復しないのだなと思います日常生活に支障が出るものではないから 気にしなければいいだけ・・・でも少し悲しいですね・・・右足は9年位前に足首骨折し ボルトが入ったままの状態でもともと腫れやすかったりしているのでまあ ほとんど気にはならないのですが・・・大きな手術には いろいろ他に影響が出ても仕方ないリスクがありますから大したことでなくて良かったとは思っています生きているってなんだか不思議・・・何度も怪我にも病気にも出会ってしまいましたが・・・その時は必死で・・・今では記憶のかなたにあって ぼんやりとしています・・・振り返って あれだけの出来事を乗り越えてこれたのだからかかわって下さったすべての方々に「感謝」しなくちゃねと思っています
2023.08.24
造影剤入りCTの結果は良好だそうそして今回から内診が無くなりました♪検診で再検査のデーターを見せたところ全く問題ないと♪これで少し気が楽になりましたまああとは非アルコール性脂肪肝と血糖値の取り組み方でこれは気長にやっていくしかない・・・取りあえずは 落ち着き その他の用事をコツコツこなそうと思っています
2023.03.16
来週に診察があるので その前にCT(造影剤付き)を受けに行きました3時間前からは「水」だけということで自宅から近いからぎりぎりまで 家にいました・・・どうも最近「検査」とか「食事制限」とかあると意識していないつもりでも…勝手に緊張してしまいます血圧は血糖コントロールの内科でいつも自動の血圧計で測るのですが「高い」です自宅で計ると「118」くらいで最低の方もしっかり低め(標準値」の中にありますお医者に行くと血圧が上がるタイプのようで入院した時などは本当にどちらかというと低い・・・回数重ねるごとに益々しんどくなってしまうタイプです・・・特別心配はしないのです 結果は受け止められる(よくても悪くても特別どうこう思いません)だけど病院自体が「苦手」です・・・とにかく何とか無事に済ませて次は多分一年先だから・・・♪驚くほど体が軽くなってあれほど重かった心が軽くなると・・・肩こりも何処かへ~気持ちが随分落ち着きました・・・検査でよけいに具合が悪くなりそう・・・なんて理不尽ですね・・・
2023.03.09
今回は完璧に大丈夫とは言えないけれどまあ今後の経過観察の項目が増えたぐらいの程度で済みました医大病院と一般婦人科と掛け持ち状態だったので 次回医大病院診察時に今回の結果を見せてどちらで追跡観察するか決めてもらいます手術後2年目の検診が3月にあり(MRI)など予定が入っていますうつうつとした気持ちが少し晴れましたが・・・5年目まではまだまだ先が長いなあ~と思います・・・悪い結果が出ても 思うところは一つでしたから どうということはないのですが自分でも気が付かないうちに 心がすり減ってしまうような気がします気分転換も必要ですしたまには何も考えず 好きなものを好きなだけ・・・とまではいかなくてもちょっとぐらいなら糖分糖質許されなくちゃ やって行けそうにありません・・・
2023.01.14
単なる細胞診ではなくてタイトルにある 「経腟超音波」での検診が一般的になるといいと思います婦人科に行くと大抵はこの検査が付いてくると思いますが単にちょっと細胞を採取するだけでは見逃してしまう 子宮内部の様子を把握できるので私が早期に発見できたのも この検査があってこそなのです集団検診のように検査の標本を送ってというだけでは私の場合も「異常なし」でした子宮内膜がん(子宮体がん)の場合はその場所に変異細胞がない場合は診断できませんし実際に摘出した後での精密検査で判明するものが多くあると聞きました体の中も顔かたちと同じように人それぞれで微妙に色々なことが違うから ほんの小さな違和感でも躊躇することなく「婦人科」へ行くことが早期発見 早期治療につながるので面倒でも 自身の体を大切に考えて欲しいなと願います今は普通に まあまあ暮らしていけるから・・・年をとっても子宮や卵巣を持っていれば 「ひょっとしたら」と「念のため」を女子の方々は忘れないでくださいね
2022.05.03
一年経過のCTがいるということで予定にはなかったのですが 同意してCTを済ませて帰りました次回は三か月先です結果を早く知りたければ一週間後くらいにお知らせしますよと先生は言ってくれたのですがわざわざ結果だけを聞きに「ここへ」来るというのは遠慮しますと答えました三か月後に検診と一緒で私は全く構わないそうしたら先生は 少しにこっとして たいていの人は結果を早く知りたいと来られるんですよとおっしゃいました・・・そ~なんですねえ良くても悪くても別に急がなくていいのなら 私はそこまでしません検査結果が急を要するようであれば必ず患者のほうへ連絡は来るのだからなければ・・・まあまあ先に延ばしてもいいのでしょう血液検査と造影剤の点滴の針の跡が痛々しい 右手内側をなるべく見ないで当分過ごせるといいなと思いながら川沿いの道を歩いていると 鶯の鳴き声が可愛く響いて 春が来たのよと教えてくれます
2022.03.17
運動はしてもいいということになってはいますが暑さのせいもあり お散歩がやっとです体重はいつの間にか元通りに近くなり(><)しかし「おなか」は出っぱったままですう~~ん縫い目はだいぶと落ち着いて部分によってはきれいな場所もありますが大腿部外側のしびれ(麻酔の影響だろうといわれている)とその部分の知覚障害がまだ残っていて・・・生活する分には問題ないから 気長く考えるしかないようです次回診察時に聞いてみようと思っています「抗がん剤治療」をしない選択をしたので数か月おきに「血液検査」があるみたいです・・・日々のことの項目に書きましたが糖尿病薬の「ルセフィの副作用」(ひどくはなかったのですが)カンジダ症状が出てルセフィは秋まで一休みその分食事には注意が必要で・・・気分はやや落ち込み気味・・・何気なく入院中から退院後の少しの間書いていたメモ(日記)を見返していたらああ そんなこと思っていたなあと・・・「私の体に 明日が来るという 奇跡次の日が当たり前に訪れるということを不思議な 感慨をもって迎える」「何のためにここに今いるのかとか何を求めて生きているの・・とか・・・」とりとめもなく そんな言葉が出てくることさえ興味深くて・・・・何もわからないから・・・面白いのかもしれない命をもって 呼吸している・・・生きているって不思議な感覚にとらわれている「当たり前」って何だろうな・・・たぶん私にはそんな感覚は今はないとても とても 幸運な一日一日が大切だな・・・
2021.07.29
今日の血液検査でやっと腫瘍マーカーが平均値に下がっていて血栓症の心配のほうもまずまずのところまで戻ってきたようです足の知覚マヒ症状も本当に少しずつ範囲が小さくなっていきまだまだですが 何とか日常生活には困らなくなりました重たいものや 過激な運動は控えなくてはいけませんがもともと 針仕事が好きだから あまり心配はしていませんお散歩は頑張っています来月もう一度念押しの血液検査で 多分良ければ外来へ行く日が3か月先とかになるだろうと思います(^^;糖尿病薬のほうもやっと 体に合った長く使えそうな薬に巡り合えたようで頑張らなくちゃねと思っています・・・ここまでくると世間のゴタゴタしていることなど もう気にしないで 心を乱さないでいつもの「なるようになる」「なるようにしかならない」を一日の始まりに思いながら上手に「死」を迎える 心構えをしていなくてはと考えますまあ 誰でもそう思うのでしょうが生まれる時と死ぬときは本人の思い通りにはならないのかもしれませんができるだけ 穏やかに穏やかに迎えたいですねえ見苦しく「足掻く」のだけはやめようと言い聞かせています・・・雨の中気持ちよく歩きましたたまには濡れるのも悪くない・・・もちろん傘はさしていましたよ♪
2021.05.20
退院して やっと腹帯がなくても安定してきましたまだおなかは少し腫れがあるようですが歩くのも 暮らすのも 用心はしていますが さほど気にならなくなりましたおなかの中はどんな具合なのか??気になりますが・・・痛くないから まあいいんでしょうね少し大きめの臓器がなくなってスカスカなんじゃないかと思ったり腫れて圧迫していた他の臓器が楽になったのかも…と思ったりお風呂に入る度に 縫い目を眺める度に・・・夢なのか現実なのか…やはり現実よねと思うのですが切り刻まれている間は意識がなかったから・・・非現実との境目がなく・・・とっても不思議な気持ちです次の血液検査で・・・いい数字が出てくれるとしばらくは安心なのですが・・・鶯が鳴く お散歩には飛び切りの季節です・・・
2021.05.06
日々体重は少しづつ減ってきて今は入院前より2Kg減りましたが「お腹の出っ張り」はあまりへこんではおらずパンツもスカートも ウエストのあるものは全滅ですサイズ間違えて買って放置していたパンツが一枚とスパッツはいてと考えて買っていたワンピが2枚・・・・あとどれくらいの期間をその服だけで補えるのかな??と・・・多分無理でしょうねマタニティドレスのようなワンピをもう2枚くらいいるかなと思案中ですおなかがへこむと着ることなくなるし・・・出費はできるだけ抑えたいけど・・・この季節着回しがきいて 寒暖差にも適応でき などと「贅沢??」にもあれこれ条件つけて「検索」なかなか思うような品に出会えません(;;)やっと術後ひと月が立ち腹帯も薄手に変えられそうです・・・ひと月であとはなくてもよいと書いてあったりしますが・・・なんとなく「縫い目は」不安だったり・・・暑くなってきたから 汗かいても困るし・・・ホント色々大変です
2021.04.24
昨日は退院後2週間たち初めての外来診察でした まだまだしびれ感も 腫れも少しありおなかもへこんではいませんが 傷跡はたまにかゆみがするものの回復しているようですまあ・・・外側だけです中は3か月は要注意 さらに3か月たって6か月目からはかなり鍛える方向に適度な運動をしてもよし・・・今は歩くだけです・・・やっと入浴可!!と言われ・・・♨に入った気分になるほど幸せでした~手術当日の簡易精密検査ではわからない検査の結果はあまりよかったとはいえず・・・大丈夫だと見た目考えていたところにちょっと厄介なタイプの病変があったそうで通院の「抗がん剤治療」を勧められました答えはもう決まっていましたが一週間考えてという先生の顔を立てて・・・資料を持ち帰りました私の年齢は若くなく しかも「糖尿病」という厄介なのを抱えていてさらに・・・アレルギーもあり 胃腸もあまり強くなく抗がん剤治療は「無理」と自分では納得できていますがんをやっつけて自分の体の中にある良い状態の臓器に傷をつけることになる「がん」になるかもしれない確率と「がん」にならないかもしれない確率と何に期待するのか 何を引き換えにしても「抗がん剤」を受けたいのか??考えると実際の入院中に聞いた人達の話などから本当に辛くて大変な気力を要する治療方法だと思いましたしまたそれが決して100%ではないということを十分に理解していないといけません私はもう「穏やかに」過ごしたい ただそれだけです連れも同じ価値観でいつもはあまり一致しないのに・・・よかったと思っていますこれからは定期経過観察だけで 「女性診療科」は通うことになります「血糖値」のほうはいつものかかりつけの先生と 前向きに頑張っていくつもりです
2021.04.16
もともと敏感肌なのでひょっとしたらダメかもと思いつつ使っていましたが今日の午後あたりからかゆみがしてきて・・・見ると少し赤くなっているようで説明案内を見たら はがして 外来の時に医師と相談するようにとあるのでかゆみが収まったらまたはって見ようかと思います肌が合う人にとっては優秀なテープのようで何とも残念なのですがかえって悪化しても困るのでゆっくり様子を見ようと思いますまだまだ先が長いから 焦ることはないでしょう
2021.04.08
やっとのような・・・もうそんなに・・・のような一週間でした昨日から 一般社会にかかわる「買い物や」「ATM」や人の行きかう場所になれるため 歩きました用事もかねてですが・・・自転車は怖いです・・・乗るのではなくて すうっと近づいてきてギリギリを平気ですり抜ける後ろから急いでくる人も・・・狭い場所だと接触しそうで怖い・・・おなかを守りながら 人の流れに邪魔にならないように 自分のペースで・・・今まであまり考えていなかったけど他から見れば・・・どこも悪くない人に見えるに違いない・・・来週は診察があるから 先生に話を聞くのはなんだか安心できる材料ではありますがいつも本当に待たされます・・・まだまだ疲れやすかったり足の感覚が一部しびれていたり・・・だけど少しずつは快方に向かっていると思えます
2021.04.07
一週間ごとに傷口ケアの市販の 病院指定のテープに交換しました今まで張り付けられていた病院のものよりつけた感じは良好です傷口がしっかり収まってから使うもので鏡を見ながら 立って伸ばさないようにそっと抑えて完了(^^;しました私の傷はMサイズでは収まりきらず2枚弱使いました~これから少しづつ 生活にも慣れながら張替も頑張ろう・・・・はじめビクビクしましたが・・・何とかなるものですね今はハナミズキがきれいな季節になりました
2021.04.07
高年齢(私は69歳)に多いとされる 「体がん」で進行が遅くゆっくりだったから あまり広がることなくその部分と骨盤内のリンパ節の処置だけで済み追加の治療はなくて帰ることができました外来でしばらく経過観察ですが・・・とりあえずは (^^;院内散歩でまだ手の甲に点滴用のチューブ部分をつけたままEVに乗っていた時入院手続?かなと思われる 高齢の(老々介護)女性二人が私のことをまじまじと見ているので「術後3日めです 」「子宮全摘」です」と説明しましたら驚かれたようで「お元気そうですね?!!」と言われてしまいました「全摘」にも段階があるので・・・本当に私はいろいろな意味でラッキーだったと思います検診などの細胞診だけでは結果が出てこない時があり超音波画像内診を含む診察付きの検査をお勧めします
2021.04.03
手術前に浣腸してほとんど全部出し切ってその後・・・今までになく@@な便秘をしました術後2日くらいはその前からの絶食や おかゆメニューで食欲もなくそうこうするうちに ポコポコとガスっぽいのがありましたが・・・さらにそれさえも感じなくなって・・・6日間便秘(><)という状態になりました毎日看護師さんがおなかの調子も見てくれるから腸は動いているみたいだから 頑張って歩きましょうと言われ頑張っても・・・もうここまでくると 呼吸も苦しくなりそうな おなかのツッパリ感でやっと下剤をもらいましたはじめ様子を見て効きすぎないかを用心しすぎ1個を飲んだけど無理で9時間後に更に1個足したけれどまた効果なく仕方ないねと覚悟を決め 2個一度に飲みました効きすぎではないと思うけれど とにかくたまりすぎていたから・・・その日は7回トイレに通い (><)疲れたけど おなかも少し痛かったけど 何とかすっきりしました・・・患者お散歩用のお庭の藤棚につぼみが大きくなっていて・・・きれいな花を想像しながら・・・・4月一日退院しましたタンパク質と じゃがいも タマネギ 海藻類 野菜・・・血糖値コントロールはこれから先のがんばり次第規則正しい食事と間食はできるだけ抑えることもまたそれをどういう種類で・・・とかいろいろ考えますもともとそれほど食べないし お肉も魚もあまり好きではなく お菓子が好きというのが・・・何とかしなくてはねと・・・今度はまじめに向き合おうと反省しています
2021.04.03
何もすることがなく じっとしていては足が腫れてくるのでとにかく歩く院内お散歩エレベーターで1階のコンビニまでお買い物も散歩の一つですあまり混まない時間を 考えて乗ったはずでしたが11階から9階に来た時にとまりました乗り込んできたのは 荷物を両手に持った年配のおじいさんで・・・そのすぐ後ろに看護師さんの姿が見えたから・・・付き添ってどこかへ出かけるのかと思ったのですがエレベーターを止めたまま??「XXさん まだ退院できませんよ」「お部屋に帰りましょうね」と言っていますおじいさんは断固拒否して「ワシは家に帰る」「もう治っている」と頑として聞きませんちょっと怖くなって 乗っていたエレベーターから出ました(__)少しするとどやどやと あと二人くらいと主治医の先生がやってきて穏やかに説得しようとしていますぐいぐいと少しづつ病棟のほうへ戻されて・・・しかしまた少し立ち止まり抗議の声が聞こえますやっと来たエレベーターに乗った私に 初めからいた看護師さんがすまなそうに「ごめんなさい」と言われたから 「いえいえ 収まればよいですね」と答えてやっと1階コンビニへ向けて出発できたのでした・・・お仕事ホントに頭が下がりますつづく・・・
2021.04.02
手術の次の日も なぜか血圧が低くてぼんやりし ふらふらするので・・・歩ける予定が少しだけ伸びました自力でトイレに行けないと管が外してもらえないから(><)結構必死で 半日遅れでクリアしました(^^;麻酔のせいでのフラフラも血圧も回復傾向にありましたが血糖値は 相変わらず高めで・・・食事の前にその都度測ってから150超えたら 注射ありでしたはじめはおなかにしていましたがおなかは痛みが響くので・・・じゃあ肩でもいいよということで肩にチクン・・・こちらは痛くなかった血栓予防の(クレキサン)をおなかに注射していたら・・・内出血してきて3日から中止になりましたサラサラになりすぎても問題ありで・・・「青たんがいまだに残っています」(;;)「腹帯」は必要項目にはなかったけれどネットで他の方のブログで 子宮摘出の後はこれがいいよと書いてあったから洗い替え含め3枚買いました病院のコンビニで買ったり ネットで探したり種類の違うの3種で不安定感のあるおなかをカバーしてくれるので とてもいい感じです術後3週間くらいはシャワーで 初回外来で許可が出れば入浴も可表面上は傷がきれいになっていても…内側が修復されるのには3か月・・・安定するのは6か月個人差もあるし重たいものは持ってはいけない 転んでもいけない もちろんぶつけるなんて・・・XX用心して用心して暮らさなければいけません咳とくしゃみも疲れます・・・退院予定が4月1日におよそ決まったのは3/23日それまでのたくさんの検査の結果を総合的に判断し「入院診療計画書」書き直しの3枚目が正となりました・・・・そして今・・・私を悩ませていた膀胱炎のような不快感はありません・・・このまま無事に回復していくようできる限りの努力をしようと思います病院でのいろいろ見聞録も混ぜながらもう少し書きたいと思いますつづく・・・
2021.04.02
9時からの予定でその日の婦人科手術の3人の中で順番は一番初めです先生たちも ちょっと時間がかかりそうな症例から始めるようです私の場合は4~5時間予定が 終わってみたら6時間かかっていました難しいものではなかったのでしょうが 人それぞれの麻酔薬などによる反応にもその都度調整しつつことを進めるので・・・結果時間がかかった病室から看護師さんと歩きで手術室のある階まで行きますジュラルミンのような金庫の扉のような 部屋の扉が3室ぐらいかなありましたもっとあったかもしれませんが もうすでに「普通の」感覚からは遠ざかっていくようでした同じ時間に その日は3人(別の科の)集合場所から 担当麻酔科の方に引き渡され それぞれの手術室へと入ります上着を脱いで 手術台の上に上がり横たわり 上を見ると[ER]の景色が広がっていました5人以上の人たちがずらっと並んでいたと思いますそれから・・・はじめに背中の方の点滴が始まって・・・少しずつぼんやりとしてきましたその次に・・・上向きになって手の甲に(左手にできたらしたかったようですが 血管との相性が悪く) 右手に・・・まあ無事に入りました~(ーー;それからあとは 意識がなくなって 目覚めたときには終わっていて「タイムトリップ」していたように思いましたつらかったのは その次の日です点滴につながれていると もうそれだけで萎えてしまいそうです・・・あ~病気なんだ・・・おなかを切ったんだ・・・一生懸命働いてくれた子宮さんさよなら~「連れ」は控えていましたので(手術後)その臓器の亡骸を・・・見たようです退院後に話してくれましたどうしますか?みますか?と聞かれたから 一瞬迷ったけれど見ることにしたらしい付着物などきれいにされていて大きなステンレスのお弁当箱のようなものの中に納まっていたとか・・・やはり腫れたままで「連れの」握りこぶしくらいの大きさだったという事です本来私の年齢69歳だと小さな卵の大きさが普通印象としては・・・連れ曰く「ホルモン」みたいだった・・・臓器なんだからそりゃあそうでしょ・・・役目をはたして 今後の病気の研究のお役に立てればうれしいと思いました続く
2021.04.02
手術日入れて10日間入院で 今日退院しました「子宮体癌」の初期から中期にかかる癌で 浸潤がなかったのでこの段階で最小限の手術で済んだようです3/26日にすぐそばの河川敷で大きな花火が上がり 11階の病棟窓から目の高さに大きな火の花が咲くのを見ることができ看護師さんたちとキャーキャー言いながら楽しみました病院の雰囲気は明るくてとてもいい思い出ができました始まりからのことを思い出しながら メモを見ながらゆくり書きたいと思いますどなたかの参考になれば嬉しいです始まりは「膀胱炎」のような・・・不快な残尿感としみるような痛みからです昨年7月おや??と思いました若いころはよくかかっていましたが…ここ最近は全くなかった症状でとりあえずはかかりつけの内科医のところへ「大丈夫」の診断でした・・・でも症状は時々続いていたように思います気にしすぎ??とか思ったり・・・女性科にも行こうとは思いましたが 15歳の老犬介護で自分のことは後回しになりました・・・11月23日に天国へ見送って次の日に予約を入れようと電話すると・・・新患は一か月後ということでただどうしてもそのクリニックの先生に診てもらいたくて…待ちました症状は相変わらず・・・生活の中で紛れてしまうくらいの小さな違和感だけでした以前にもその所は書いたので略します3月初めから手術までがとてもしんどかった・・・2月下旬に出血しそのあと はじめは大量に・・・徐々に少なくなってきてただもうすでに通院し様子を見ながら 手術の前の準備中だったから 慌てることはありませんでしたつづく・・・
2021.04.01
昨日が一番しんどかったかも、詳しくはお家に帰ってから書きます。 とりあえず生還しています!(≧∇≦)b
2021.03.26
鼻の奥に綿棒のようなの突っ込まれて…5秒行く前には検温して・・・午後から自宅へ電話での入院時間の知らせを待つことになります万が一陽性の場合だけ20時頃に連絡があるということでできれば今日は出歩かずおとなしくと 指示がありましたいよいよ明日は入院で・・・飛び切り早く時間がたってしまえばいいのにとあっという間に退院できたらいいのにね・・・日記も帰ってきてからまとめて報告します早めに咲いた今年の桜を眺められてよかったなあ~(^^;
2021.03.22
手術に関する あらゆる事前想定承諾をしなくてはいけません手術するのは今把握できる範囲のことで現実にはどういう風になっていくのかは 実際に開腹してみないと判断できないそんな状況なので・・・多分必要ないだろうけれど・・・という前置きの元長い長い説明プリントの文言を「了解しました」とサインしなくてはなりませんわかりやすく説明してあると私は思いましたが人によってはちんぷんかんぷんの方もあるでしょうし何度も丁寧に説明しますから尋ねてねと書いてあっても何と問えばいいのかもわからない人もいるだろうなとは思いますこの年になるまでのいろいろな体の変調を思い返してみると私の場合は生まれて3か月のころにリンパ腺炎症で 首の左右に膿がたまり何度も「ペニシリン」を打たれたけれどおさまらず・・・切開で出したらしいその時の傷は 首の後ろのほうになっていてもうしわと見分けがつきませんこの話はよくよく話して聞かせられ 自分では全く記憶がないので(当たり前ですが)そうだったんだろうなと思っているだけです小学校の頃は目の炎症でずっと眼科通いしていました・・・どろんこの手で泣いて目を拭くからだと 事あるごとに文句言われていましたBCG接種で注射の跡が腫れて 「とびひ」状態になり 今でも少し痕があります「はしか」とか「おたふく風邪」などは当時の子供は普通にかかっていましたし少し記憶にもあります20歳近くになって「滲出性多形性紅斑」(病名が判明したのは20年くらいたってから)アレルギーの一種らしく今でも原因は不明ですが両肘とか両ひざとか手のひらとか足の甲とか・・・左右そろって小さな痒みのある湿疹に悩まされ今でもたまに出てきます・・・同じころから十二指腸潰瘍 胃炎を繰り返し逆流性食道炎も最近までありました ピロリ菌と分かってからは薬で除去しまあまあ収まってはいます32歳のころに今でいう「パニック障害」突然動悸が止まらなくなり・・・一週間入院で・・・当時は原因不明でしたが・・・鬱の一種のようです電車に乗るのが怖くなり各駅停車で何とか病院へ通院していましたただ「動悸だけでは死なないよ」と親しくしていた内科医の叔父が言ってくれたのでその言葉を繰り返し頭の中で復唱しながら暮らしていました下の子が小学2年のころに(39歳ころ)水疱瘡にかかり・・・それが多分原因の 神経疾患(顔面麻痺と全身の脱力)で1っか月半の入院(この時MRIとか頭部造影剤の検査を受ける)髄液検査はこの時に経験・・・痛かった記憶だけ残っています40歳ころマイコプラズマの肺炎(これも子供が学校でうつったらしく)今でもレントゲンに炎症の跡があるというのを今回初めて知りました(自分ではすっかり忘れていました)それからは・・時々不調にはなっても大事に至らずに過ごしてきたので6年前骨折した時が久々の出来事で・・・それから今回の事態に至るまで・・・まあまあ自分としては普段の普通の生活だったように思います振り返ってみれば・・・長く生きてきた分だけいろいろ体験もしてきたのだなと無事に乗り越えてきたことに感謝ですこれからの今後はまたちょっとした「ドラマ」になるのでしょうか??いつもの 「なるようになる なるようにしかならない」という私にとっては鉄板の決まり文句で過ごしたいと思います承諾書に関しては特に質問することはなく私は手術が終わってからをどう社会復帰するべく頑張るのかが課題と言えるでしょう
2021.03.21
昨日は麻酔科と歯科の診察 手術についての説明がありました11時から始まって 帰宅できたのは午後4時過ぎで・・・今までになく疲れ 疲れすぎて眠れず(><)緊急ではなく計画的に入院するというのは お産以外では初めてなので結構準備が大変なんだなと・・・驚きです(‘@@)私の場合は開腹で 麻酔は腰からとその後で点滴のようにして全身にいくタイプです足首の骨折の時には 内臓ではないから点滴のみの全身麻酔でした腰のところに針を刺すのが痛いのは 髄液検査をしたことがあるので知っていましたまあ少し我慢すれば眠ってしまうから・・・もう「とにかく 仕方ない」という言葉しか 私の中から出てこない月曜日には入院前日にPCR検査もしなくてはいけなくて今の時期本当に 普段の手続だけでも疲れるのに…さらに疲れる~麻酔の事故などは ほとんど今はなく25万件に一回くらいの確率とかで医学も日進月歩 進んでいるから 本当にまだこの年齢でこの時期で 幸運だったと思える「子宮体癌」の手術は高年齢の人が多くて{私の場合は疑い}もっと年齢が上がるとさらに回復など遅れることも あると思われ無事に何とか乗り越えられるよう頑張るしかないなと感じている・・・
2021.03.19
気楽に一日一日過ごすなんてできないしドールの洋服作ったりしながら 少しずつその日に近づいて・・・今日は桜がちらほらと咲き「めじろ」が止まっているのを眺め・・・春なんだなと・・・私にとっては春の嵐だな一旦麻酔をされると・・・無事に帰ってくるか それはわからないから自分の力ではどうしようもないから先生たちの頑張りに任せて 帰ってこれますようにと願うだけ延々と「生理中」のような毎日は本当に疲れてしんどくておまけに「妊娠4か月」??くらいのおなかで胃の不快感があり・・・ただ私の場合大きな胸が体形をカバーしてしまうからよそ見には少し太った??くらいにしか見えない・・・大好きだったケーキも食べたいと思わなくなって・・・自分で自分が寂しいな膀胱炎のような症状も腰痛も・・・これといった決定的なものではなくてあと一週間でほかのものと引き換えに この症状から解放されるのは望むところだけど・・・もし万が一目が覚めなくても 呼び戻さないでねと「連れ」には念を押しました手術の後で目が覚めて 無事に退院できればそれに越したことはないけど・・・特に執着はないから なにがなんでも長く生きたいとは思っていないから中途半端につらい体を抱えて生きるのはもう私は望まない・・・だからよろしくね・・・とお願いしておきました人生そう都合よくフェイドアウトはできないだろうけれど・・・
2021.03.17
なかなか抜けないわかっていて 楽にして…と思うけれど気が付かないうちにカチカチになっているあと一週間を何とか普通に暮らしたいと思うけど時々自分のため息に驚いたり・・・今度の木曜は麻酔科と歯科の手術前検診があって・・・それが終わればもう考えている暇はなくなるなあ~とぼんやり・・・病院へ入ったらデスクトップのPCいじれないのがやや不便ではあるけれど旅行していると思ったらスマホだけでまあ十分に役目は果たしてくれるかなと・・・普段の生活でPCライフが結構大きな位置にあるからちょっと寂しいかもしれないなと思ったりずっと避けてきた健康診断をもし していたとしても見つからなかっただろう今回の症状それ以上の検査を今回してしまったから退院したら またできれば 病院からは距離を置きたいなと思っている誰も好き好んではいかないだろうけど必要な時にはためらってはダメだと思う・・・体からの信号は都合の良い方向へ自分勝手に決めつけてはいけない
2021.03.15
薬の処方もなく現状のまま自宅待機経過観察??順番待ちの日々は疲れます・・・(><)一時かなりきつくて・・・だけどSOS出すほどでもないなと・・・そうしたら 少し落ち着いてきたようで・・・ある程度腫れていたお腹がほんの少し腫れてはいるものの落ち着き・・・あと約2週間後の手術まで・・・このままでありますように(もしくはもうちょっと収まりますように)と願っていますそれでも 知らず知らずストレスをため込むらしく単純な下痢を時々起こし(;;)・・・感じ方に個人差があるだろうと思いますが私のような症状のブログはなかなか見つからなくて・・・一緒というのは本当に見当たらなくて・・・いろいろ情報を得ることは難しいのですね~昔一度「毛嚢炎」を起こし薬が効かないまま ひどく腫れて化膿し 破裂して収まり結局自然治癒してしまったことがありましたが・・・・今回は「子宮」だから そんな簡単にはいかないだろうとは思います
2021.03.11
下肢の末梢血管に血栓があるとの診断で薬を飲まなければならないほどのものではなく看護師さんが愛用している着圧のソックスで手術日まで頑張ればよいとのことで病院で買うと高額なしかもきつい圧なので途中で脱落してしまう人も多いらしくネットで適当に探してねと 指示を受けました私の年齢の人はネットに疎い人が結構いるらしくそっと小声で「ご家族にでも頼んでみて・・・」と言われたから・・・え~何それ・・・もう15年くらいヤフオクやっている私に??…と思わず返したいところぐうっと我慢しました(^^;にっこり笑ってありがとう 自分でできますよって答えました~昨日はなんだかとっても疲れた・・・入院は23日 手術は24日に決まりましたその日まで…今のままなわけですから・・・ちょっときついなあと思うことは「出血」の不安です今の状態を説明し今後またひどくなる可能性を尋ねたところ何とも言えない…との答えでした(><)それでも危険な状態にはならないだろうと・・・若いころ本当に生理が重くて…貧血にもなったり大変な経験があるのである程度は持ちこたえられるけれど・・・それにしても15年の空白の後・・・再びの事は精神的にきつい・・・アマゾンで「まとめ買い」の追加をしました・・・しばらくは本でも読んで静かに過ごしたいと思っています
2021.03.05
期間があるから症状と折り合って過ごすのは・・・結構疲れます・・・おなかもそれほどは引っ込まないし気持ちもどちらかというとマイナス方向へ引っ張られ気味で半分療養中のような感じです寒かったりポカポカ暖かだったりが 一日のうちで激しく変わるので・・・疲れますねえ~子宮の中のエコー写真です 見つけてくれた先生には感謝です
2021.02.28
昨日の診察の日前回の検査データーを見て結果の判断は今は初期段階で・・・摘出中に判定(悪性か良性か)するとのことで前日の不正出血は先生の「想定通り」で私にとっては心臓パクパクの出来事は「生理と」同じ扱いで良し・・・でしたと~ってもホッとし心が軽くなりました入院の準備はゆっくりもう一度きちんと整理して効率良い品をそろえようと思っています出血と体液?様のが出たおかげでおなかが少しへこみ 食欲も少し戻りました朝「連れ」がコンビニに生理用品を買いに行ってくれましたとりあえずは何とかしのぎ 病院からの帰りにワンセット買って帰りました今日は髪のカットにネットで予約を入れすっきりしようと思いますこんな年になってまたまた「生理用品」なんて気恥ずかしくなってしまいますが・・・今はネットがあるから本当に気楽に買えて助かりますめちゃくちゃ凹んでたのでしょうね・・・・自分では気が付かないうちに・・・年はとっても油断しないで「早期発見」が大切だと・・・強く思います信頼できると思えるお医者に出会えることも大事なことだと思います来週は入院の日やその他手続の過程に移りますただ私の血液検査で血栓ができやすいダイマーの数値が高いので再度血液を採取され(;;)・・・血管が出にくい…本当に申し訳ないくらい・・・なれた看護師さんでも 左と右を見比べて・・・少し考えて・・・「ごめんね」といつも言っていますアルコールにも反応するときもあり・・・できればこんな状況にならないのが一番ですが運悪くそうなってしまったときには・・・仕方がないなあ~とそう思うだけで 特別自分を責めたりはしません自分の体に頑張ったね ありがとうね これからもよろしくねと言っています
2021.02.26
今日精密検査の結果を聞くのと 入院準備の予定ですが昨晩私にとっては始めての「不正出血」がありました閉経の年齢が53歳くらいだったからもうすでに15年は経過初潮が遅くて(中学二年の秋) 毎回の生理は重めで周期も月2回まわってくることもあって…22日周期でほぼ乱れなくもうどこへも出かけにくい状況が40年近くあったわけです気楽になって海外旅行へ行きだしたのは「閉経後」でしたなくなって寂しいという人もいるだろうけれど私は圧倒的に「解放」されて嬉しかった50~60代に多く発症するという「子宮体がん」勿論そのことは知っていましただから「不正出血」には注意していましたでも今まで一度も経験はなく 少し私はセーフなのかなあと ぼんやりしていましたいくら気を付けていても 「兆し」が見えなくてはわかりません私の場合は腰痛と「膀胱炎??」のような症状が始まりでしたから本当はわかりにくいものだったかもしれませんがなんとなくわかる体からのSOSでほとんど準備できていたからよかったと思いますただ不正出血に備えて「生理用品」を準備するのを忘れていました腐らないものだからずっとワンセットおいておけばよかったと反省女性は何歳になっても子宮や卵巣を持っている間は万が一の時の準備は必要だと思いましたガードルもおいておけばよかった・・・(><;そんなことでひょっとしたら今日の診断で入院が早まるだろうなと思います
2021.02.25
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