日記はこれから書かれるところです。

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2020.04.02
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志村けんさんの死で、国民が自粛するようになって、日本は救われた、と将来言いたいなんて書いているのを見て、鼻血が出そうになった。

志村さんは、自粛とはまるっきり逆の行動をとっていた。
このこととの整合性をどうつけるのだろう。

好きな人間なら何をやっても良く解釈しちゃうということなのか?

結局、自分の言いたいことがあって、みんなにウケる人がいて、だからその人のことを利用している、ということなのだろう。

これこそ志村さんの尊厳を踏みにじっているのではないか。

カント翁は、
他者を手段として扱うな
と宣った。

上にみたような物言いは、控えめに言っても、
志村さんの人格否定だ。


■ニーチェは大衆を嫌った

大衆は自分の価値観で動くことがない。
周りの喧騒に反応して右往左往するだけだ。
権威に弱い。

自分の生き方を貫けないなら、その生命には価値がないという発想など、もちろん毛頭ない。

ただ生きる人たち。

家畜たち。

会社にいるのが社畜なら、
職も持たずに家にいてテレビやネットの情報に踊らされているのが家畜。
一周回って本来の意味に辿り着いた文字。


■医者は経済のことを知らない

医療従事者が現況を最悪一歩見なすというのは、もちろん、理解できる。

だが、経済を冷やしてどれだけの人が死ぬかという統計のことはもちろん知らない(と言っているという記事をみつけた)。

不安になったときに、過激な策を打ってしまう人間は滅ぶ。

考え続けない人間は滅ぶ。

振り込むのを恐れて考え続けるのが怖くなって、思わずリーチをしてしまう麻雀素人はものすごく弱い。

大切なのは安易な策に飛びつかないことだ。

現実をしっかり分析すること。

経済が止まったときに何が起こるのかを見ること。

経済と生命が根源的に繋がっていることを知ること。

そして政治はその効用の総和が最大化するように振る舞うこと。

医者が医者側の事情を訴えるのはもちろん重要なことだが、政治はより広い情報から判断しなければならない。

素人談義とは一線を隠さなければならない。

不安を煽って視聴率を稼ごうとするテレビのコメンテーターこそ、自宅で謹慎しておくべきなのだ。


■志村さんは大衆ではない

一緒にするな。

お前と一緒にするな。

志村さんは、最期まで生き方を貫いた。

最期まで自分らしく夜の街を遊び歩いた。

それで死ぬならそれでいいのだろう。

なぜなら、大衆と違って、彼は生きたから。

ただ生きる家畜とは違うんだ。

志村さんのおかげでみんなが自粛した、なんて言葉は、志村さんが最も望まない言葉だろう。

ああ、家畜どもよ。





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Last updated  2020.04.02 13:54:03
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