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大昔、ドイツにくらし始めて「エッ」と思ったことの一つは、子どもたちの偏食傾向だった。娘がお世話になった幼稚園の昼食時(親が交代で作る)、保育士が子どもひとりひとりに、出来上がった食事を見せて、「君は何が食べたい?」と聞くことだった。子どもは「わたし、野菜きらいだから、ジャガイモだけ」「ボクはサラダだけ」「肉だけちょうだい」「え。これナニ。焼き飯?そんなの嫌い」と口々に自分の好みを主張し、食べたいものだけしか食べなかった。ある姉妹(5歳と3歳、両親は精神科医)は麺類とジャガイモとライス、つまりは炭水化物だけで生きていて、果物と野菜は頑強に拒否、ジュースすら「果物だから」と言って、飲まなかった。わたしは親から、皿にのっているものはすべて食べるように強制されて育ったから、自分の子どもにもこれを半ば強制していた。それが当然だと思っていたので、ドイツの状況にはいささかびっくりした。子どもの自由意志を尊重して、食べ物は強制しないというのが、周囲では常識のようになっていた。強制すると、それがトラウマになるし、そもそも何を食べるか、といったごく個人的なことは、他人が強制すべきではない、ということなのだろう。たかだか、食べたくなるように仕向けるほかない、ということ。それはそれでわかる。ちなみに、上述の姉妹は後に、ものすごくできがよくて美人の女性に成長し、姉は小児科医(!)、妹は映画の台本制作者として成功している。両方とも3児の母親だ。子どもたちに何を食べさせてるのかな。今日まで娘家族がイースター休暇を利用して、ベルリンから到来、我が家に3泊していった。娘の子どもたちの偏食もすごい。赤ん坊時代は何でも食べていたのに、3歳を過ぎることから好き嫌いが激しくなった。上の男の子はもっぱらジャガイモとライスと餃子を好み、野菜はサラダや温野菜は絶対に食べず、唯一人参の天ぷらだけは好き、肉もたまに食べるだけ。みそ汁もカレーも絶対に口には入れられない。下の男の子はジャガイモよりもパスタ(ソースは絶対につけてはならない。バターを目の前で混ぜるだけにしてほしいと主張)を食べる。肉は食べず、魚はOK。鮭とマグロの寿司、ミニトマトとキュウリ(サラダドレッシングが少しでもかかっていると拒否)。餃子はなんと中身を出して、皮だけを食べた。みそ汁から豆腐だけを皿に出してもらって、食べていた。数日間、つき合って、食事を用意して、あーくだびれた。娘も娘の夫も料理が好きで、何でも食べるのに、どうしてこういうことになるんだろうか、不思議でならない。ある時、新聞に、こういう傾向は4歳から6歳ごろの子どもによく見られると書かれていたから、もしかしたら、これが当たり前なのかもしれない。本当かなあ。わたしは今になって思えば、親から何でも食べるように強制されたことに感謝している。三つ葉もセロリも蕗もきらいだったけれど、無理して食べているうちに、おいしさがわかってきたから。でも、父親に強制されたことはトラウマになってはいる。人間、なにがよくて、何が悪く働くのか、わからないね。今日から、娘一家は娘夫の両輪の家に泊まる。あちらの両親は、「ま、飢え死にはしないでしょう」と楽観しているのが、たのもしい。
2018/03/30
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昨晩は、久しぶりに音楽会に出かけた。早稲田大学交響楽団のヨーロッパツァーの一環で、フライブルクのコンツェルトハウスで開かれた。リヒャルト・シュトラウスの家庭交響曲、チャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」その他、どれも演奏に緊張がみなぎっていて、若いエネルギーが聴いている側にも伝わってくる思いがした。プロの交響楽団にはない、新鮮さとでも言おうか。大学オーケストラというのはすばらしいと思う。音楽で飯を食っているわけではない人たち、音楽を飯の種にしようとしているわけではない若者が、音楽が好きで、ひたすら演奏するのだから(多分)。それにしても、若いお嬢さんがマジョリティーを占めるこのオーケストラ、すばらしい!弦楽器だけでなく、金管楽器や打楽器でも、女性の活躍が目立った。ドイツ人聴衆の目には、日本の若者は子どものように見えてしまう(ときには10歳ぐらい若く見えるから)。その子どものような「あどけない」若者たちが、エネルギッシュで高度な演奏を聴かせてくれるので、聴衆(その多くは、老人。お金と時間に余裕があるのは、どうしても老人!)は感激する。最後の曲は、林英哲&英哲風雲の会との共演。大小の太鼓の迫力ある演奏(聴いている者のお腹に「ドン、ドン」と響いた)に、聴衆は舞い上がった。アンコール曲は最初が「荒城の月」、二つ目は太鼓とコラボで「八木節」。これは楽しくて、迫力があった。ヨーロッパ人の耳にはさぞかし新鮮だったことだろう。最初、「あれ、このメロディー知ってるぞ。ちょいとでましたさんかくやろうが、、、という歌詞だったはず」と思ったけれど、何という曲だかわからなかった。そして、今朝になって、目が覚めたとたんに、「八木節」という単語が頭に浮かんだ。八木節のことを考えたことは一度もないし、八木節を最後に聴いたのは、たぶん50年以上前のはず。頭に浮かべた)ことは、それなのに、とつぜん曲名が意識にのぼったのだ。遠い昔の子ども時代の記憶というのはすごいと思う。思えば、荒城の月もそうだ。最後に聴いたのは、半世紀以上も前のはずなのに、いまだに歌詞を覚えていて、歌えるのだから。昨晩は本当に楽しいときを過ごすことができた。早稲田大学交響楽団のお若いみなさん、ありがとう。ヨーロッパツァーについては、ここをクリックしてください。
2018/03/10
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