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婦人会から5&6月の活動報告が来ましたので、コピーを掲載します。和訳は別途掲載します。
2005年06月27日
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民話に出てくるルオー族の英雄のマゲレの話に出てくる石の写真です。ナンデイ丘に至る道路の路頭している玄武岩の節理です。そこに遊びにきた少女です。
2005年06月22日
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マゲレの化けたという石
2005年06月21日
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民話その4です。Battle Story between Luo and Nandi (Warrior Luanda Magere)ルオー族とナンディ族の闘いの伝説 (戦士ルワンダ・マゲレの伝説)ヨーロッパ人が入ってくる前、この地方は争いが絶えませんでした。人々は争いを恐れてはいましたが、闘いは大人の証と思われていたからです。ルワンダ・マゲレ(=マゲレと略す)もそんな大人の一人でした。マゲレはカノ-地方1)出身のルオー族でこの地に家族(一夫多妻であった)とともに移り住んで、ナンディ族と闘いの日々を送っていました。彼は勇敢で、闘いにも強く、彼の領土をだれも侵すことは出来ませんでした。マゲレは、仲間が負けそうになると、槍と盾をもって参戦し、ナンディ族を退却させ、ある時は、ナンディ族の領地へ行き、家畜や農作物等を無抵抗の内に奪い取ってきました。戦場にマゲレが現れるとナンディ族は闘いをやめて自分達の領土に戻ってしまいました。敵が彼を槍で突つこうとすると、槍は曲がってしまい、突き刺すとこが出来ません。マゲレは、神が石で作った人間であると人々は思い、硬い石ルワンダと呼ばれていました。マゲレは昼間の闘いを得意とし、ナンディ族は、夜戦を得意としていました。ナンディ族は、目の上のたんこぶでるマゲレをどうしたら殺害できるか考えたすえ、ナンディ族の中の一番美しい娘と結婚させる事にしました。ナンディ族は、ルオー族の土地を襲撃し、マゲレの部隊に敗れました。マゲレに闘いの負けを認め、その代償として美しい娘を差し出し、ナンディ族の家を襲撃して家畜を連れ去る事をしないで欲しいと懇願しました。ナンディ族は、この娘にマゲレの弱みをさぐる任務を与えていました。マゲレがナンディの娘と結婚することにマゲレの第一夫人はマゲレに敵の女性と結婚する事はないといいましたが、マゲレは、ナンディの娘と何年も夫婦のように暮らしました。娘は、ナンディに戻るたびにマゲレの強さについて知ったことを話しました。ある日、第一夫人が、畑に出ている間にマゲレの具合が悪くなりました。マゲレは、ナンディの娘に彼の影を切るように言いました。ナンディの娘は言われたとおりにすると、彼の体から血がでてきました。第一夫人が、急いで畑から戻り、誰がマゲレの影を切ったのか尋ね、第一夫人は、マゲレの足を火で暖めて、マゲレの強さを確かめました。第一夫人は、強さがもどるまで戦場には、特に、昼間の戦場にでないよう言い、自分の影でマゲレの影をおおい隠すようにして看病をしました。マゲレの秘密を知ったナンディの娘は、すぐにナンディに戻り戦場でマゲレの何処をねらうべきか、全て話しました。ナンディ族は、すぐに戦闘の準備を始めました。夜戦を得意とするナンディ族が昼間ルオー族を襲撃し始めました。第一夫人は、戦場に行く事を止めましたが、マゲレは英雄だったら英雄のように死にたいと言い、戦場にでかけ、多くの敵を殺しました。マゲレは、走れないほどに疲れを感じた時、ナンディの戦士がマゲレの影に槍をさし、マゲレは倒れました。ナンディの戦士たちがカノーの英雄を倒し、戦いに勝ったことを喜んでいると、驚いた事にマゲレの体は溶け出し、彼が殺された場所には石が残りました。ナンディの戦士たちは石しか見ていないので、マゲレが本当に死んだのか不安に思いながら引き上げていきました。マゲレが亡くなったとき、カノーとナンディの両方の地に強い風が吹き、空は重い雲で覆われました。注釈1)カノー地方:ビクトリア沿いに広がる平野。ルワンダ・マゲレ石は、チェメイル~ナンディ(C-37号線)の道路わきにあり、この石が現在、キスムとナンディの県境となっています。残されている玄武岩は、マゲレの骨からできたといわれています。C-37号線の道路建設のとき、大きな稲妻が響き渡り、ルワンダ・マゲレの石と身柄は海外にもちされたと老婆は話していました。民話 終り
2005年06月14日
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ケニアのもっちゃんが約したルオー族の民話 その(3)です。【野うさぎとスカンク】乾季の季節は、草も水も枯れ、新鮮な草を探す事は野うさぎにとってとてもたいへんです。体も痩せ衰えていきます。ある日、しまうまがラモギの丘にすむ野うさぎの母親が病に苦しんでいると言う知らせを持ってきました。野うさぎは、病気見舞の支度をして、ラモギの丘に向かう途中でスカンクに会いました。「そんなに急いでどこに行くんだい。」とスカンクが尋ねました。「しまうまが、ラモギの丘にすむ母さんが重病だと知らせてくれたので、そこに行く途中なのです。」と野うさぎは、返事をしました。スカンクは含み笑いをして、「ふ~ん。考える事が嫌いな自分より、強くて健康そうなお前がどうして、皮だらけの母親を訪ねるんだい。」と、野うさぎをあざむくように言いました。野うさぎは、常に冷静に賢明な考えを持っていましたが、考える事が汚くて、鼻持ちならないスカンクの侮辱に怒りくるいました。野うさぎは、怒りを抑えてそのまま母親の所へ訪ねていきました。スカンクは、辛らつな方法で野うさぎをだます事を考えながら、ラモギの丘についてく途中、泣き叫ぶスカンクの妹に会いました。「兄さん、急いで家に戻って。父さんが亡くなった。」と、スカンクの妹が言いました。野うさぎが、ラモギの丘から家に戻る途中で、涙をながしながらふさぎこんでいるスカンクに会いました。「どうして、そんなに泣いているんだい。」と、野うさぎが尋ねると、「父さんが死んだんだ。」と言って、スカンクはまたふさぎこんでしまいました。「じゃ、君のお父さんの埋葬に出席しなくては。君たちが生きている時はひどい臭いを発するけど、死んだお父さんはどんな臭いを発するのだろうね。」スカンクは、冷酷で小生意気な野うさぎに何て返事したらよいか解らず、父親の葬儀にただ急いだのでした。第4話に続く
2005年06月09日
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もっちゃんが和訳したケニア民話その2です。【愚か者同志の闘い】昔、愉快で賢い野うさぎは、カバと象はとても仲のよい友達でした。カバや象に比べて体は小さく、ひ弱い野うさぎでしたが、彼はカバや象より自分の方が強いと自慢していました。ある日、野うさぎが湖岸で水浴びをしている時、カバに会いました。「こんにちは。お前は、なんてでぶちょで役立たずの頭をもった生き物なんだ。お前のふんで水が汚れてしまっているじゃないか。他の人の事にも注意を払うべきで、私に対しても尊敬の気持ちをもたなくてはいけない。いつか、私がどれだけの力をもっているかお前にしらしめてやる。」と野うさぎが言いました。「なに!」カバは自分の耳を疑い、「ばか者! 勇気があるなら私の方に近づいてみろ。骨抜きで役立たずのちびっこ野郎。水の中で生活する生き物の中で私が一番大きくて、強いという事をお前は忘れたのか。お前とは友達でないという事を思いしらせてやる。」と叫びました。「はは~ん。おい、醜いやつ、お前がどれくらい弱いか知りたければ、3日後にまたここで会って、ちょっとした力比べをしよう。俺はお前に約束する。お前を湖から引っ張り出して、お前が森の中ではいかに弱い生き物で、自分の身を隠したいと思うようになることを。」と野うさぎは言い放ちました。カバは、こんなばかにされた言われ方をした事はありませんでした。カバは、野うさぎの言う事をさえぎるようにつぶやきました。「黙れ、愚か者。私を湖から引っ張り出す夢を見るのはずいぶん先の事だ」野うさぎは、約束の日まで思慮深くある考えをめぐらしていた時、巨大な体をした象に突然出会いました。その時、野うさぎは、太い木の幹のような象の角にロープの一端を引っ掛ける事を思いつきました。野うさぎは、象の所に風のように飛んでいき、「長い鼻をもったうすばかさん、こんにちは。後生だから、私の静かな眠りを邪魔しないでくれ。この地球上で、どうして君だけが波打つような長い鼻を持っているんだろうね。」とさけびました。象はそれには答えず、「どうしたんだい今日は。お前の言っている事がわからない。」と象が言いました。「とぼとぼ歩いているおばかさ~ん。お前は、すぐに誰がお前よりえらいか分かるだろう。お前は私の知恵には及ばないだろう。」と野うさぎが叫びました。象は、自分の耳を疑いましたが、野うさぎは追い討ちをかけるように「お前は、その役立たずの鼻を使ってなにか挑戦すべきだ。私は、お前のしらみだらけの巨大な屍を森から引っ張り出し、湖に投げ捨ててやる事で、私は、自分の強さを確信するだろう。じゃ、私は、これから友人を訪ねなくてはならないで。」野うさぎは、いっきに叫び終ると静かに森の中に入って行きました。3日後、野うさぎは、長くて強いロープを用意してカバを探すために湖岸に向かいました。ロープの一方をカバに渡しながら、「このロープを強く握り締めて、角笛の音を聞いたら思いっきり強くロープを引っ張れ。」と、野うさぎは言いました。カバはロープをもって自身満万で水の中に入って行きました。カバの目はうれしそうに湖面で瞬きをしています。野うさぎは、ロープのもう一方を約束通りに森の中で待っている象のところへ持っていき、上ずった声で野うさぎが象に叫びました。「このロープの端を持って、角笛の音を聞いたらロープを引っ張れ。私は湖の中にお前を引きずり込むために湖の方で引っ張る。」野うさぎは、カバと象が良く見えるブッシュのかげに身を潜め、角笛を吹きました。木々が激しくぶつかり、水が荒々しく滝のように動き、カバと象の激しい闘いが始まりました。死闘は何時間も続けられました。森と湖岸で荒れ狂う、けたたましい騒音が鳴り響きました。森と湖の小さな獣は、疲れて体を横たえました。両者の力が完全につきたところで、野うさぎは、また角笛を吹きました。野うさぎは、埃の中で素早くロープをまき、湖岸のカバのところに近づいて行き、「兄弟よ、お前は今日あやまちを犯したことに気がついただろう。私は、賢いだけでなく、突飛な強さを持っているのだ。今から君は私を大切にするに違いない。」野うさぎはカバと握手をして象のところへ行きました。「君は、長い鼻と太い頭をもった山のように巨大であるが、君は弱い生き物なんだよ。今日それが良くわかっただろう。」象はショックで頭が混乱し戸惑ってしまいました。そして、がっかりした表情で野うさぎと握手し、森の中に入って行きました。第3話へ続く
2005年06月08日
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ケニアのもっちゃんがケニアの昔物語を英語から和訳してくれました。今日はその(1)です。ビクトリア湖周辺の民話ルオー族の物語は、伝統的に信じられてきた事やいましめを説いているものがほとんどです;一日の仕事が終りおちついた夜に子供たちは、ルオー族の重要な教えと知識を両親や祖父母から祖先の言い伝えを物語をとおして教えられ、伝承的に受け継いできました。10才以上のルオー族の子供たちは、未亡人となったおばあさんの家で寝床を共にします。おばあさんは、子供たちにとってどんな事でも自由に話しが出来る存在です。寝床を共にするおばあさんの前で民話を暗誦する事を伝統的に行なってきました。そして、おばあさんからルオー社会のきまり事や信条について教えられるのです。ドアをしめ、床にマットをしきつめて寝る準備が整うと伝統的な話しの始まりです。おばあさんは、長く生きてこられた事、自分が経験してきた事柄に感謝の祈りをしてから、横になっている子供たちに「静かに。さあ、今夜は誰が話をしてくれるのかな。」と子供たちに問いかけます。第1話【なぜ男が畑を耕さなければならないのか】昔、潜在的な神が存在し、人々の政について説き、人々を導いていたころの話しです。男と女は充分な食べ物を得て、何の不自由もなく彼らの必要なものは全てを手に入れることができていました。ある日、神は結婚間際の若い娘ミーシャに、「畑にこのくわを持っていきなさい。そして、一回だけこのくわで畑を耕し、そのくわを畑に置いてきなさい。そうすれば、畑はひとりでに耕され、作物は自然に実るであろう。」と言いました。あくる日、ミーシャは、そのくわを持って畑に行き、一回でなく何回も畑を耕しました。神の言葉に従わなかったミーシャの行ないをみて、神は、「お前は、私の言葉に従えない哀れな女よ。お前は、一生、畑を耕し続け、お前の働きいかんで作物の収穫量が決まるであろう。作物を得るための労働はお前の子供や孫の代まで強いられる事になろう。」ミーシャのおろかな行動のために男たちは畑を耕す日々となったのです。男たちは、畑仕事に疲れると、ミーシャのせいで俺たちが重労働をさせられていると嘆くのであった「あやまちを犯してしまったミーシャ!俺たちの汗の源は、お前の不従順な行ないのためだ。お前が神の言葉に従っていたら、俺たちはこんなに苦労しなくてすんだのだ。」第2話へ続く
2005年06月07日
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人に荒らされていないそして人も住みつかない熱帯雨林の中にボコッと現れたトバ湖は広かった。太古の昔の火山活動で出来たカルデラ湖だそうだ。堆積砂岩、河床堆積物、火山灰岩、表土、河岸段丘の地層や変化にとんだ湖、滝、渓谷の地形に地球の歴史を見ることが出来、今の人間の生活はほんの一瞬にすぎないのになにをあくせくしているのだろうと考えてしまいます。以下はエンカルタによる。インドネシアのスマトラ島北部にある、インドネシアで最大の湖。湖心にサモシル島(面積約600km²)がある。面積は約1260km²であり、日本の琵琶(びわ)湖の約2倍である。湖面の標高は906m。南東端のポルセアからはアサハン川がながれだし、マラッカ海峡にそそいでいる。湖の周辺地域やサモシル島にはバタック族が居住しており、湖やその周辺地域には伝説の聖地がある。熱帯でも高原地域にあるために気候は冷涼で、雄大な景観とあいまって「東洋のスイス」とよばれている。Microsoft(R) Encarta(R) Reference Library 2003. (C) 1993-2002 Microsoft Corporation. All rights reserved.
2005年06月04日
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バッタク族の小学生が売店のテーブルに座っていたけど何をしていたのかな?
2005年06月04日
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5月末から3日間スマトラ島の山奥トバ湖に行きました。アサハン川の急流を仕事で見て回りました。その時のバタック族の若者をガイドに雇いました。山や谷を登ったり下ったりできつくて腰を折ってハアハアと息をしました。彼らは大丈夫なんて気を使ってくれていたけど、平気な顔で歩いていました。
2005年06月04日
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