《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2020年06月26日
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『ダイヤモンドプリンセス号』の対応に、世界の批判を浴びた日本だったが、結局(まだ終わってないが)大きな被害を出さずに済んでることから、「日本式」が優れていたと称賛を浴びている。

WHO(世界保健機構)のテドロス事務局長も、緊急事態宣言が解除された5月25日の記者会見で、日本の新型コロナ対策について「成功」と評価していた。

ただし、日本の対策の”何”が「成功」なのかには言及はしてない。

「日本式」って何?

PCR検査を抑えたこと?
法に縛られず、自粛要請に従わなくても罰せられなかったこと?
同調圧力や自粛警察に任せて、要請を市民に丸投げしたこと?
なんとなく始まって、なんとなく進行した「コロナ規律」。
いったい何だったのか。

日本の感染者や死亡者の数が、欧米より少なくて済んでいるのは、何か「ファクターX」があるはずだと、ノーベル賞の京都大学山中伸弥伸也教授が語っている。

山中教授の考える「ファクターX」

・クラスター対策班や保健所職員等による献身的なクラスター対策
・マラソンなど大規模イベント休止、休校要請により国民が早期(2月後半)から危機感を共有
・マスク着用や毎日の入浴などの高い衛生意識
・ハグや握手、大声での会話などが少ない生活文化
・日本人の遺伝的要因
・BCG接種など、何らかの公衆衛生政策の影響
・2020年1月までの、何らかのウイルス感染の影響
・ウイルスの遺伝子変異の影響

日本にファクターXがあったとしたら、『緊急事態宣言』は必要なかったということだ。

”神風神話”が成立してたかもしれない。

しかし、山中教授は「実態不明のファクターXに頼ることなく、医療体制の整備と共に、検査体制、感染者の同定と隔離体制をしっかり整えることが重要」とも述べている。

未だ実態が把握しきれないウイルスに対しては、全容が解き明かされ、ワクチンや治療薬が備わるまで、感染拡大に尽力せざるを得ないということだ。

「日本式」なあいまいな自主規制は、なんとなく”空気”に醸成されて続くのだろう。


そんな折、「日本式」対応をリードしてきた『専門家会議』が廃止されることが、西村新型コロナウイルス担当大臣から発表された。

いつの間にか設置されていた『専門家会議』だったが、良くも悪くも日本の『新型コロナ対策』はこの集団によって導かれてきた。

TVに出ずっぱりの副座長の尾身茂氏は、さしずめスウェーデンの公衆衛生庁・疫学責任者アンジュ・テグネル氏と重なって見えた。
進言した内容はテグネル氏と真逆だったが、専門家としては正しい知識をお持ちなのだろう。

5月に”議事録”をとっていなかったことが問題となり、野党から批判された。
専門家メンバーは、個人名を特定して議事録を残すことにまったく異存ないと言っていたので、発言を残されて困るのは専門家以外の人間だったんだろう。

それに呼応するように、専門家会議は”廃止”、議事録を残さない分科会創設という動きが急に起きた。
よっぽど議事録が残るのを嫌がっている、誰かの存在があるように見える。

スウェーデンの場合、専門家が対策の指揮を執って政治家はバックアップに回ったが、日本の場合は、政治家のパフォーマンスのために専門家が利用された。
「安倍忖度政治」は、あらゆるケースにも適用される。
指導者が有能であればそれでもいいが、底の浅い見せかけのリーダーの場合、国難につながる。

政府は3月に新型コロナの感染拡大を、同ガイドラインに基づく『歴史的緊急事態』に初めて指定していた。
議事録がなければ、”歴史”が検証できないじゃないか。

そもそも安倍政権は、公文書に対する問題が何回も噴出していた。
公文書がない。
廃棄した。
こともあろうに改ざんした。

日本の先祖にも末裔にも申し訳ない。
歴史というものを全く軽視している。
忖度主義で”公”の”文書”を闇に葬るなど、言語道断。
日本の国民と日本の歴史を軽視にするにもほどがある。

そもそも”経済再生担当大臣”を”新型コロナウイルス対策担当大臣”に任命したところで矛盾を生んでいる。
社会に自粛を促すのはすなわち経済にブレーキをかけることだ。
同時に成り立つものではない。
西村大臣がどちらに軸足を置くかで方針が真逆になるし、一番困るのはどっちつかずで経済と感染の両方に被害が出てしまうことだ。

安倍総理の西村大臣に与えたミッションは、「世界のコロナ騒動を日本に伝播させず、経済に影響を与えるな」ということだった。

そういえばこの大臣、4月7日に政府が『緊急事態宣言』を発した翌日、7都府県知事とのテレビ会談の席で、休業要請を2週間程度見送るよう打診していた。

なんとか経済波及を最小限にしようと図っていたのはわかるが、『緊急事態宣言』を発したのが安倍総理自身なのだから二律背反である。

休業要請をしないという選択肢もある。
集団免疫獲得を目指すスウェーデンは国民の支持のもと休業要請はしていないし、イングランドやオランダも当初はそういう戦略をとっていた。

しかし、いったんやると決まったら間髪を入れず実行に移さなければならない。
遅れれば遅れるほど効果がなくなり、感染爆発が起こる危険もある。

アメリカでも封鎖をいち早く実行したカルフォルニアなどの州は感染が少なく、トランプに忖度して遅れたテキサスやフロリダ州は甚大な被害が出ている。
どっちかである。
執行猶予はあり得ない。

今の段階では、どちらがいいと選べない。
新型コロナの情報がまだ少ないのだ。

感染症の専門家の言うことも、専門家としては正しい。

しかし、その正しさを証明するだけのデータがない。

自粛を要請する側も、自粛の必要はないという側も、立場の違いで主張しているに過ぎない。

総理も専門家会議を作っておきながら、専門家会議の意見に否定的にならざるを得ない支持母体のしがらみがある。
政策に迷い、方針はぶれる。

実行したのは「アベノマスク」「全国一斉休校」「緊急事態宣言」。
みんな間違っていた。


『専門家会議』が生まれたのは2月16日だから、まだヨーロッパのパンデミックは起きておらず、ロックダウンもない。
主に「武漢」のパニックが世界に発信されているだけの頃だった。

日本は”SARS(2003年)”の時も、”H5N1型病原性鳥インフルエンザ(2009年)”の時も被害を受けなかった。
理由はいくつかあるだろうが、いつしか日本人は感染症にかからないという錯覚が生まれていた。

安倍総理としては、日本が武漢のように『都市封鎖』に至るのを何としても避けたい。
という文脈で考えると、感染症対策で予算を食いつぶす方針より、経済を優先する者に舵を取らせたかったのだろう。

しかし、方向を定める前にマスメディアが不安をあおり、世論は新型コロナに怯えてしまった。

そしてついに、世論と知事の要請に押されて『緊急事態宣言』を発令せざるを得ない展開に陥ってしまった、というのが今回の流れだった。

腹の内と異なる決定をした裏付けのため、『専門家会議』を利用した。
万が一、国民にこの選択が不評だった時、『専門家会議』に責任を押し付けるためのセーフティーバルブ。
『専門家会議』のメンバーは、感染症の専門家としての意見や予想を発言しただけで、決して世論をリードしたいという意図はなかったと思う。

「不安をあおっている」という批判もあったが、感染症の本を読んで勉強すれば、彼らの言っていることが正しいのはすぐわかる。

新型コロナが、エボラウイルスやペストやSARSほどの強毒性があれば、迷うことなく封鎖しなければならない。
そのためのシュミレーションを研究していた人たちなのだ。

感染症に対しては正しくても、経済に対しては正しくないというだけである。

”正義”の反対は”別の正義”。

今回、西村大臣が『専門家会議』に”廃止”という宣告をしたということは、これまでの方針を変えた、『専門家会議』のプランにダメ出しをしたに等しい。

この決定は、党の了解も、『専門家会議』のメンバーにも打診することなく行われたという。

記者から”解散”の情報を聞いた尾身副座長の、「本当ですか?」と”寝耳に水”の表情が多くを語っていた。

『専門家会議』は、「クラスター対策優先」「3密回避」「人と人の接触の8割減少」「新しい行動様式」などの方針を示し、新型コロナ対策の方向を指し示した。

これが”日本式”ということなのだろう。
しかし、そのすべてが経済の足を引っ張る。
経済重視のミッションを受けた西村大臣には苦々しかった。
”廃止”を告げた大臣の表情に、少し傲慢な色が見えた気がする。

『専門家会議』はその名の通り”感染症”に対する”専門家”である。
どうすれば感染の拡大を防げるか、感染者に対してはどういう処置をすればいいのかの知識を持っている。
それが経済にどんな影響を与えるかは専門外だし、考慮すべきではない。

いきなりTVに連日顔を見せ、『コロナの女王』と呼ばれた岡田晴恵先生も「私は感染症の学者ですから、感染症対策の話はできます。それが経済にどう影響するかはそちらの専門家の方に伺ってください。それを踏まえたうえで、判断する立場の方が判断してください」と終始言っていた。
専門家の意見というのは、そういうことだと思う。

日本は民主主義国家で、法治主義に立脚している。
政府は国民の選挙によって決まった議員と、その議員が認めた有識者で成り立っている。
選挙というハードルありて、政府の決定は国民の決定とみなすことができる。

政府の決定には従うが、それが間違っていると思ったら、選挙で意思を表明する。
それがルールだ。

今の日本が残念なのは、政府与党に反対する野党勢力が”トホホ”なことだ。
10年前に、「政・財・官・報癒着政治」に怒って、政権交代という意思表示を示した日本国民だったが、その結果、もっとひどくなってしまったという過去がある。

それがトラウマで、みんな選挙に行かなくなってしまった。
つまり選択肢がないのだ。

話はそれるが、僕は選挙に『マイナス投票』ができればいいと思っている。
A氏でもB氏でも構わないが、C氏だけは拒否したいという場合、C氏にマイナス票を入れることができれば、その意思表示はできると思う。
正しい人であるかの判断は難しいが、悪い人は割とわかる。
これなら選挙へ行くという人もかなりいると思うが。

閑話休題

新型コロナ対策「日本式」が正しかったかどうかがわかるには、もう少し時間を要する。
『専門家会議』のリードが適切であったかもいずれわかる。
未知のウイルスに対する対応だから、すべて正解の手が打てるわけがない。

もし、それまでの方策が間違っていたとわかったら、すぐに修正し新たな方針をとることが必要だ。
こういう時だから間違いは責めない。
整合性にこだわって躊躇するを恐れる。

世界の望みは、一日も早く元の生活に戻ることだ。
なのに新型コロナの情報量の少なさは、ひたすら不安を増幅させた。

危険に対する策は安全だが、不安に対しては安心が必要になる。
それは時に科学と離れてしまうことになる。
不安スパイラルを抜けるには、冷静なデータの分析だ。

冷静になって、正しく恐れよう。

新たな「日本式」が、この騒動を終わらせてくれることを願う。





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最終更新日  2021年04月04日 06時34分05秒
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