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ドジ妹Jの夫M君がドケチなら、ムーミンは反対に放蕩道楽者である。金遣いが荒い。ここで不思議なのが、アタクシはドジ妹Jほどのケチは知らない、といつも思い、彼女は彼女でアタクシほど金遣いが荒い人間は知らない、と思っていたそうだ。彼女はコツコツと一生懸命溜める質。欲しいものがあっても我慢して、後になって「買っとけばよかった」と後悔する。アタクシは考えずになんでも買ってしまい、後で「買わなければよかった」と後悔する。二人ともおバカだ。妹Jは自分がケチな事を自覚している。自分よりさらにケチなM夫と結婚して、苦労をする、とよく愚痴る。服も、子供の玩具も、食べ物まで、なにか買う度にしつこく質問されるそうだ。こんな事を書いてしまって叱られるが、ある日M夫に「おまえ、トイレット・ペーパーの使いすぎじゃないか?」と聞かれてショックだったらしい。「おまえ、石鹸の使いすぎだぞ?」ともいつか言われたそうだ。ケチな自分がパートナーに「もっとお金遣おう」と説得するはめになるとは想像外だったそうだ。それに比べ、アタクシも自分の消費量が異常なのを自覚している。だがこのアタクシよりムーミンがすごい。だから二人して洋館を衝動買いしてしまうのだ。将来が思いやられる。「人生は今を楽しむしかないんだ」とはもちろん同意するが、アタクシもパートナーに「もっと節約しよう」などと言う事になろうとは夢にも思っていなかった。M夫とムーミンはそれでいてとても仲が良く、いつも「今度は何買った、道楽野郎?」とか「おいドケチ野郎、『こんなバカ高いケーキよく買うな』って言いながら二切れも食ってるじゃないか、もっとどうだ?」とかからかいあっている。人生はすべて勉強なのかもしれない。ちなみに、コンピュータの縺れがなおらなかったらどのおニューを買おう、ともうすでに探索済みのムーミンがいる。お刺身の「おあずけ」をされてしまっている猫の様に、大きな緑眼をきらきらさせて、瞬いている。
2005.08.31
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[映像・母のネムの木]昼は咲き 夜は恋ひ寝る 合歓木の花 君のみ見めや 戯奴さへに見よ 万葉集の紀女郎の歌である。随分艶っぽい歌。夜には眠る様に葉を畳むネムの木。なぜ「こうかぎ」と書いて「ネムの木」と読むのか。広辞苑で調べると「材は胴丸火鉢・下駄歯に、樹皮は打撲傷・駆虫などに用いる」ととても詳しく出ているのに肝心のこの「合歓木」という字の理由が出ていない。いつか母に長々と説明されたが理由が根本的にははっきりしていなかった。「人間の喜び」の「合歓」、「男女の関係」の「合歓」。数年前から、母は夏の後半になるとその花を観にこの都市の庭園を忙しくまわっていた。「道から見えるネムの木がどことどこの家にある」という情報を短歌会の仲間で色々集めて「ネムの木地図」を作り、おば様達で車で観てまわる、ということもしていた。血眼になって町中を運転しまくる様は、「短歌会」のゆったり、優雅なイメージの正反対。二、三年たってもこの「ネムの木フィーバー」は冷めそうにもなかった。そこで、毎年母の誕生日プレゼントに困っていたので、「ネムの木」の苗木にした。珍しいのでちょっと高かったけれど、「母の日とお誕生日」を両方兼ねてプレゼント。植えて三年たって、やっと咲いた。今年でたしか咲いて三年目。コチラではシルク・ツリーと言う。葉がさらさらとなびくし、花が絹糸に似ているからだ、と養殖場で教えてくれた。昨日の久々の雨で、今年の「ネムの木」の花はついに全部散ってしまったそうだ。
2005.08.31
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彼女さえいれば、他の人は蚊取り線香も駆虫剤も一切いらない。それほどドジ妹Jは蚊にとって魅惑的。蚊なんていない高原でも必ず一人だけ十ヵ所は食われてボコボコになっている。蚊に刺されると内出血して青痣になるアタクシまで、妹Jの隣にいれば湖のほとりでも静かな森の中でもまったく刺されない。彼女だけ蚊を生化学的に誘引する様に刺されている。便利な妹だ。重宝している。おかげで(別の部屋で寝ている間に)一ヵ所しか刺されれずにすんだ。妹J、ご苦労様。子供の頃、日本のあの縞々の「ヤブ蚊」が怖かった思い出がある。コチラでは「バナナを食べると蚊が寄ってくる」というが、日本でも「これをすると蚊が嗅ぎつける」ことが言い伝えられているのだろうか。それにしても、昔祖父が毎年持って来てくれていたキンカンという旧式な痒み止めがなつかしい。
2005.08.30
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隣に住む可愛いキャット・シッター達 に全て任せて高原シャレーに出かけた。とても頼りになる、仲のいい兄妹で、泊り込みで怪猫 の面倒をみてくれる。昔洋館の隣に住んでいた老紳士が育った家に住んでいる。冷蔵庫やパントリーにある飲食物は自由に食べたり飲んだりしてもらっていいことになっているし、どの部屋で寝てもいい、ということになっている(けれど寝袋持参でテレビの前で深夜までゴロゴロ、が通常らしい)。時々埃だらけの洋館の乱雑な様子を見かねてかちょっと掃除をしてくれちゃったりして、とても微笑ましい。だが今回はなぜかコンピュータを使ったらしく、なんだか不思議なダウンロードが沢山... 「使ってね」とは言ってないが、コンピュータ使用禁止、とも言っていないので、驚くこともないのだが、ちょっと困った。アタクシ達のコンピュータは、英語のシステムと日本語のシステムが両方起動していて、もうそろそろ買い換えなければ危なっかしい。この二つのシステムが両方とも運転したがってバランスが微妙だ。そこをいじられてしまったらしく、最初数分間は大丈夫だったのだが、即ダウンしてしまった。しばらくかかって何とか治った様だが、まだちょっと変...?すぐ「買い換えよう!」とはしゃぐムーミン。さて。
2005.08.30
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[映像・二軒先の庭のひまわり]隣近所に、前庭ぎっしりひまわりの花を咲かせている家がある。サンサンサンととてもにこやかな感じでとても好きだ。昔、ひまわりの演出が華やかな絵本が大好きだった。山ほどあった小学館の絵本の一冊だったと思う。たしか、灯台で暮す少女が、ある日波打ちぎわで、しぼんだ風船についている封筒をみつける、という話だった。その封筒の中にはひまわりの種と、「大事に育ててください」という知らない少年からの手紙が入っていた。母の手を借りてその種を植えて、新芽を必死で鳥からまもったりして熱心に育てる。ある日、ひまわりがだいぶ大きく育ったころ、大嵐になる。少女(「ゆうこ」だったかもしれない)はひまわりが倒れてしまわない様に、暴風雨の中ずぶぬれになりながら、一生懸命ひもでしばる。このシーンがとても印象的。ページをめくると、それまで明るかった絵柄がいきなり灰色のドンヨリで、必死に口をへの字に曲げて、首が痛くなるまでビショビショで頑張っている少女の表情を応援した。黒く横殴りに降っている雨が残酷だった。そしてひまわりは無事だったが、「ゆうこ」は熱を出して寝込んでしまう。やがて病気が治った少女とその母と、ひまわりから取れた種を封筒にいれて、いくつもの風船につけて灯台だら飛ばす、という話だった。大好きな絵本だったが疑問が随分あった。主に、この風船が問題だった。なんでもやってみちゃうアタクシは四才か五才のころ、風船をいただいた際にこれの真似事をしてみたのだ。母に風船をふくらましてもらって、「種」のつもりの雑草の実を折り紙に包んで、小さなメモ帳にアタクシの名前だけ書いて入れて...もちろん絵本の絵の様に空高く飛ばなかった。ヘリウムじゃないのだから、あたりまえだ。幼心に、落胆した。でも、数日後しぼんだ風船とそれに未練たらしくついていた折り紙の包みは、絵本で少女が見つけたそれとそっくりで、ちょっと嬉しかったのを覚えている。- - -明日の朝からアルパイン湖でキャンプ。氷河と、高原の花が楽しみだが、花観には今年のキャンプはちょっと遅い。もっと楽しみなのがメイやオイの顔をみながら笑顔が止まらない祖母の顔。
2005.08.26
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高原キャンプでスイカ割りをする。北米人には、こんな習慣はないので、時々「何してらっしゃるんですか?」と聞かれたり、気がついたらまったくの他人が応援してくれていたりする。スイカ割りはちゃんとした声援があって、その指示にしたがって進めば結構簡単に割れるものだ。もちろん、アタクシの様なイジワルがいてトンデモナイ指示を叫んでいたりすると問題が生じる。きわめつけ始末が悪いのは、一生懸命正確な指示を発するマジメ妹Jと、正反対のイジワル指示を大声で叫ぶアタクシと、声がまったくそっくりなのである。携帯電話の声帯認識プログラムが二人の声を聞き分けられないほど似ている。外見はまったく似ていないのに、血は争えないものだ。いつも二人してお互いの家などにいて、J妹のM夫やムーミンから電話などがあると、「あら、ハロー、ハニー!今日も遅いの?」などとお互いのパートナーを騙そうとしていじめている。間違えようものならさらにいじめる。「貴方は、最愛のパートナーの声もわからないのね?」という具合だ。彼等、大変。可哀想。なにがともあれ、スイカ割りの時、アタクシはスイカが右にあれば左、左にあれば右、五歩先にあれば二歩後ろだ、とえんやえんや叫ぶ。その声援に耳をたてながらしたがい、湖に落ちたM夫がいるし、松の木に思いっきり直撃してしまったムーミンもいる。ああ、楽しみ。
2005.08.25
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この高山キャンプでとんでもない失敗をした事がある。車で山の展望台まで行って、さらにそこからアルパイン・ハイクができるトレイルが数道ある。山の峰を、空の中を歩く感覚で、草原いっぱいのアルパイン花と何百もの蝶にうっとりしながら歩く。風が涼しくそよいで、真夏でもちょっと肌寒い。その風があまりにも気持ちよくて、アタクシはその日、日焼け止めをいつもより多く塗りたくって、帽子なしにした。髪を撫でて通る風が快適。ムーミンは、日焼けに弱いアタクシを心配して、「大丈夫?涼しいけど、高地だから日が強いよ」と注意してくれて、「途中で帽子がかぶりたくなったら僕のかぶりなね」といつもの氷入りのナルジーン・ボトルを持った。その夜、キャンプに帰って、いつもの様にたき火でマシュマロをこんがり焼いていたら、なんだか頭皮がヒリヒリして、また蚊に刺されてかぶれてるんだろう、と推測していた。アタクシはくわれてからでは後の祭なのだが、一応ちょっと頭皮にかゆみ止めを塗ったりした。次の朝、母や祖母が泊まっているロッジについて、鏡でしらべてみると...キャー...超大サイズのフケ...!??髪が分けてある所だけ皮膚がボロボロと剥けている。アタクシはハンセン病か??と一瞬深刻に焦った。ただのフケではない。直径一センチほどで毛穴が何十もあいている、という奇怪な姿になってしまっている。キャー...今朝起きた時点で、ムーミンはなぜこの化け物になってしまっているアタクシに気がつかなかったのか...??とにかくなんなのか分からなくて、ふえーん...そして、家族中に笑われた。蚊ではなくて、日焼けだった。昨日の高山ハイクで焼けて、剥けているのだ。髪を分ける何ミリという露出した皮膚に、日焼け止めを塗らなかった。こんなところが焼けるなんて、思ってもみなかった。それを隠すため、数日間帽子をかぶりっぱなしだったアタクシ。
2005.08.25
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山中の冷たい湖のほとりのキャンプに、毎年家族ごとで三日行く。主にキャンプ場だが、だだっ広い自然地域のなかに州が経営しているちょっとしたレストランや土産店、それにロッジやシャレーもある。アルパイン・ハイキングで有名な地域なので、タイミングをはかって行くと高原の野草の花が一面に頷いていて、蝶が何百も舞って、冷たい風がそよいで、幻想的。冬にはスキー場になるので、本格的な北欧式サウナもある。プールもあるし乗馬センターも。今年は(コチラ時間で)金曜日の朝から行く予定。「家族ごと」とは両親、ヨボヨボの祖母、アタクシ達三人姉妹とパートナー達、メイちゃんとオイ君、それに困った名前がついている愚犬。昔アタクシが家庭教師をしていたころ、おおはしゃぎの生徒達もつれてきていた。数人がキャンプ場でテントのこともあるが、今年はみんなでシャレーだそうだ。この「キャンプ」ならぬキャンプで母は毎年はりきって料理を作ってくれる。だが、献立は毎年そっくり同じ!で笑ってしまうぐらいだ。ムーミンと毎年、「献立、賭ける?」といっては「賭ける訳ないだろ?」とばかり二人で笑っている。まず初日の夕飯はカレー。朝は卵焼き、ベーコン。お昼は(車で登れる山の)山頂でみんなでおにぎり、ソーセージ、カラアゲなどのお弁当。夕飯はワイワイガヤガヤスイカ割り、その後バーベキュー。次の朝は湖のほとりの砂浜ぞい。松林の木陰で適当にホットドッグやらラーメンやらいい加減。帰路について、お昼は途中のレストラン。その後解散。高所で、真夏でも夕方は寒い。セーターを持って行くのを忘れないようにしなきゃ。
2005.08.25
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一年生の夏、アタクシは家族につれられてコチラに移住した。そしていきなりコチラの学校の一年生のクラスに放り込まれた。小学校で東洋人は他にコチラ生まれの中国人の子が一人いるだけだった。アタクシは、不思議なことばかりだった。まず、なぜ日本からのテレビを持ってこなかったのか、疑問に思った。コチラで買ったテレビは英語の番組しかやっていなくて、マンガもほとんどやってなくて、つまらなかった。そのことを母に聞いたら、答えどころか爆笑されてしまった。いずれ「そうねぇ、残念ねぇ」なんて不真面目な返事だった。人が真剣に質問しているのに、だ。ひどい。もう、母になんか聞かない。それより疑問に思ったのは、なぜアタクシにだけイアリングがなかなか生えてこないか、だった。同級生の子のほとんど(と言っても一年生は一クラスしかなかったのだが)が、耳にかわいいビーズの様なイアリングが生えていた。金色のビーズだったり、ピンクだったり、羨ましかった。年上の子もまだ生えていないこもいたが、殆どがかわいいイアリングを生やしていた。アタクシは毎朝、「やっと生えたかな?」と飛び起きて耳たぶを触ってみてはがっかりしていた。いずれ生えてきたら、赤いのがいいなぁ、などと思っていた。妹に先に生えちゃったら悔しいなぁ、などと朝自分の耳をチェックしてからドジ妹Jの耳も横眼でチェック。もちろん、学校で、「貴方のは、いつ生えてきたの?痛かった?」などと聞けるほど語学力がなかった。「いい子にしてないと生えないのかな?」などと不審に思ったりした。後で分かったのだがその「生えている」イアリングはもちろんピアスだった。「エッエエーッ?!アナ開けるぅ!?うっそー!?」と最初は信じられなかった。コチラでは嬰児のころピアスをしてしまう人もいるが、小学校でする子もとても多い。大人でしてない、って言うとむしろ驚かれる。今だに、赤いイアリングって、していない。
2005.08.23
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[映像・また水平線がかしいでしまっているカヤック旅の写真]カヤックを買うと、もちろんカヤック用品もそろえなければならない。八年程前、レンタルのカヤックで遠征を始めたころ、レンタルのクサイ(ことのある)救命着がいやで、おニューを買った。ムーミンは左側のオレンジ色の普通の救命具。アタクシは黄色くてちょっとおしゃれ(?)な刺繍のロータス・デザイン。真ん中に干してある黒い物体はスプレー・スカートといって、「着る」ように腰につけて、海水が入らないようにカヤックのコクピットのまわりにピッタリつける。なぜパドルが曲がっている様に見えるか、これは最新のエルゴノミック・デザインのカーボンファイバーワーナーパドル。手首に優しいデザインで、ふつうのパドルの半分ほどの重さしかない。指三本でペンの様に持ててしまう。「何時間も手に持ち使うものですからパドルだけはこだわって奮発しましょう」ということだったので、奮発した。軽い。それに巻いてある白いロープはアタクシお手製パドル・リーシュ。ロープにDリングをつけただけ、なのだが、これを店で$20で売っている!のだ。隅に、パラソル変わりのタープが覗いている。今年はもう二三回、行けるのだろうか。
2005.08.22
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英雄の親友超美男子Cがアタクシをいきなり抱きしめ、かがむようにして顔を首筋にうずめて、やっぱり君が好きなんだ、と熱い息で言う夢を見た。アタクシの兄の様な親友Cだ。まさか実際こんな事はありえない。夢の最中「ええっ?」とおどろいた。夢のなかで、初めての登場人物のはずなのに「この人は私の昔からの真の親友なんだ」と執着したりする。不思議に鮮烈な情熱をすんなり受け止めたり、ああ、そうなのか、と諦めるような気持ちで「どうして今まで気がつかなかったんだろう」と思ったりもする。この夢のシーンは古本屋で、棚にならんでいた本のタイトルまではっきり見えた。「あれ?この本はこんなカバーじゃなかったはず?」とさえ思った。そして、ムーミンがとなりの料理用品店でもうすぐ買い物が終わってアタクシをこの本屋に向かえに来る、と焦りもした。「でも」と切り出すと、「何も言わないでくれ、今だけ」とC。彼の息で首筋が熱くなる。ええっ??ここで眼が覚めた。オレンジ・ジュースを入れてメールをチェックしてみると... 久しぶりにCからのメール...もちろんいつものおふざけメール。南部は脳味噌がとけるほど蒸し暑い、それより社会が後進していて我慢できない、涼しいアタクシ達の住む町が恋しくてついにコチラに転職しようか迷っている、とさんざ書いてくれた。コチラの南部や東部では湿気が日本に負けないくらいある。それに比べアタクシ達が住むところは、例えば、今日の午後二時は湿気52%、温度22度。八月後半の平均ピッタリだ。よく、「It's not the heat, it's the humidity 」と言う。まいるのは温度じゃなくて湿気加減だ、という意味だ。それを今回のメールでCは、「Here in the South, it's not the heat, it's the stupidity 」とダジャレてきた。南部でまいるのは温度じゃなくてバカさ加減だ、という。ちょっと笑えたけど、ちょっと心配。
2005.08.22
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ムーミンはこのごろなぜか野球にはまっている。コチラ人の男性にしてはめずらしいほどスポーツの中継など観ない人なのに、最近はなんだか熱烈に応援しているティームが両方(二股かけているっ)勝ち進んでいる様子。その間アタクシはソファの反対の隅でココに書き込んでいたりする。「なんだかやけに楽しそうじゃない?」と一人でくぷぷぷぷっと噴き出しているアタクシに聞く。「そんで、学習には、なってるみたい?」と辞書に埋っているアタクシに紅茶をいれてくれる。野球って、観客がひまーーなスポーツらしい。「とーっても楽しい!」と答えたら怪訝そうな顔をしていた。「職場じゃ『歩く辞書』の君がそんなに何度も何冊も辞典をひいて、楽しいのか...?」まず、国語辞典と漢和辞典のちがいを説明するのでさえ一苦労。「そうじゃなくて、とーっても夢にも思わなかったほど楽しくて優しい方々に巡り会えて、とーっても嬉しいのっ!」本当に、こんなに楽しく学習できる。「あ、そう。あっ!そこだっ!まわれっ!!ダブルだっ!!」っていう感じで二人ともなんだかいつもと違う楽しみを味わっている。時々広辞苑や英和辞典をひいて、ページを開いたまま「これちょっと持ってて」と手渡しちゃったりしている。そして時々持っていてもらってるのを忘れてキーボードを叩いていると「ねーまだー?」という声が...
2005.08.22
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[映像・C海域で馴染みのロッジからの黄昏]毎年欠かさずカヤック冒険をするC海域。数日間無人島でキャンプをして、砂だらけになって、勢い良く帰港して、荷物を車に積み込み車の上にカヤックを「ご苦労様!」っと積んで、いつもお馴染みの素敵なロッジへ倒れ込む。このロッジは海を見渡す崎の突端に配置され、磯波の音意外はとても静か。朴訥ですっきりした内装が居心地よく、機転の利く若いスタッフが毎年楽しそうに働いていて、お気に入りのロッジだ。まずチェック・インして部屋に入り、シャワーに直行!「文明はやっぱり水道と配管」って毎回しみじみ思う。さっぱりした所でお昼寝したり、そばのT村へ観光気分で出かけたり、付近で数日したいことの相談をしたり、やっぱりお馴染みのちょっとオシャレで美味しいレストランに顔を出したりする。朝は大きなガラス張りのダイニング・ルームで木々の間から海を眺めて朝食。この朝食もまたステキ。大きな大きな古いテーブルに色々美味しい物が並べられて、食べ放題、飲み放題。ロッジ代に入っているので感覚は「ただ」。美味しいコーヒーやいろんな種類の紅茶やハーブ・ティが用意されていてこれは一日中セルフ・サーブ。(朝食後、素敵なゆったりとした家具が五六箇所の「団欒コーナー」にアレンジされているガラス張りのラウンジで何時間も本を読んだりチェスをしたりできる。)ムーミンはここの手作りの実やナッツでプチプチの焼たてホヤホヤパンが好き。分厚く切ってあり、用意してある「ベーゲルトースター」で焼くこともできる。添えてあるジャムも手作りで「ジンジャー・ルバーブ」、「シナモン・プラム」、「マンゴ・プラム」、「ストロベリー・ミント」などなど毎回数種、少しづつ違うジャムが並ぶ。ワッフルの山もある。シロップもまた数種並ぶ。ヨーグルト、シリアル、グラノラ、果物なども山済み。近所で生まれる、というゆで卵もバスケットで湯気を立てている。また十月の半ばに一週間、このロッジに予約を入れてしまった。「恐れ入りますがそのうち二日間、林のむこうのはなれで小さな結婚式が行われる予定ですが、よろしいでしょうか、騒音の影響はないと思いますが」と言われた。こんな素敵な所で小さな結婚式。うっとり。こういう場合「ブライズ・メイドのドレス」なんて堅苦しいことないのだろう。
2005.08.21
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夜遅く、帰りにコンビニでオレンジ・ジュースを買ったら期限が「Best Before September 5」だった。嗚呼、また夏の終わり。秋はすぐそこ。この季節になると、三度ほど、起きたとたんに寝ぼけて鼓動ドキドキの朝がある。「あ!どうしよう!大学の資料と本、まだ買ってない!!」と胸がドドドドドッとアドレナリンで全力疾走。もう何年もたっているのに、心はまだ大学生でいたいらしい。「桜ハラハラの道をランドセルをしょって進学」というのは日本人の原風景だが、九月進学のコチラは「落ち葉カサカサの道をおニューのジーパンで進学」なのだと思う。アタクシは学校大好きだったのでいい歳になっても九月はワクワクする。時々、「また十五になれたらどんなにいいだろう」としみじみ思う。今の毎日がこんなに満ちたりているのに。
2005.08.20
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コチラでブライズ・メイドのドレスがどれほどの恐怖と憎悪をかきたてるかをどう説明しよう、と思案していたところに、親友のGがピッタリのサイトを送ってきてくれた。まったくの偶然、奇縁とはあるものだ。「世界で最も醜いドレス」のサイトで、「私が強制的に着せられた悪趣味なブライズ・メイドのドレス」の紹介で始まったサイトらしい。トップページの「花嫁が比較的キレイに見えるようにわざとブライズ・メイドのガウンは醜いのを選ぶんだ」という論もよく聞く。次第に「醜怪なプロム・ドレス」や「奇怪な結婚式」の写真のセクションもできてしまったそうだ。「クリンゴン風結婚式」って本当にする人がいる... ちょっと空しい...アタクシが一番「?」と思ったのは、「妊婦のプロム・ドレス」だが、プロムとは高校の卒業を祝う舞踏会の様なものだ。もちろん誰だって、妊娠してたって、堂々と行けるべきだが、これは... 露出狂的...?思わず笑ってしまったのが「ブライダル・スニーカー」と「ブライダル草履」。ブライダル。ゾウリ。どうもイメージが浮かばない、という方はちょっとご覧いただきたい。なぜ G がこんなサイトをアタクシとムーミンに送ってきたかというと、「このキティちゃんのウエディング?・ドレス[アタクシ]なら似合いそう!」というのだ。もちろんいつものキツイ冗談。アタクシは努力家妹Jをコピーして返答。「いつかの G と L とムーミンとアタクシと四人で総合結婚の約束をはたしてくれるなら着てもいいわよ。これだと(G と L の娘)Gちゃんとお揃いのドレスでもいいわねぇ。先月メイもフラワー・ガールの経験もつんだことだし、どう?」G の返答はすばやい。「おっ、それいい!ムーミンが足を引きずるのを止めるんだったら、この俺が着てもいいぜっ」(注・G は身長206センチ、ガッチリ形)アタクシがまだケラケラ笑っているうちに努力家妹Jがそれに返答。「こりゃあ見なきゃ損だ。ムーミン!どうにかしろ!」ちょっと仕事がはかどらない日になってしまった。今日ムーミンはずっと外をまわっていてメールを読んでいない。アタクシが今晩ムーミンの顔を見てはクスクス笑いをしているのを、不気味がっている。
2005.08.20
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努力家妹Jの高校時代からの親友 Eちゃんが先月結婚した。ヒルメロの様なプロット複雑な問題を沢山乗り越えての結婚式だった。日本ではないかもしれないが、コチラで正式に結婚式をあげるとなると、花嫁はメイド・オブ・オーナーを含むブライズ・メイドを数人、花婿は同じくベスト・マンなどを同じ人数揃える。これらは主に親友や親戚などがつとめる。この数人をブライダル・パーティーと言う。妹Jは既婚者なので「メイド」ではなく「マトロン・オブ・オーナー」を勤めた。この役はブライダル・シャワーを取計らったり、いろいろと指揮をとったり、気を遣う役だ。そして妹Jの他に、 Eちゃんは自分の妹を二人、そして気を利かせて実際会った事のないが花婿C君のお姉さんにあたる人を二人ブライダル・パーティーに参加してもらうつもりだったそうだ。これは結婚式数ヵ月前に決めた段取りだったが、それからが大変だった。コチラでは、世界で最も醜いドレスは決まってブライズ・メイドのガウン、とされているほどこのドレスを選ぶのがむずかしい。保守的な花嫁はそのガウンをみな同じ形に決めてサイズだけ違う物を用意するように計らう。サーモン・ピンクだったり淡いグリーンだったり、到底二度と着られるドレスではない、とういうのが「普通」だ。そしてしきたりからして、このドレスの調達は選ばれたブライズ・メイドがする、ということになっていてブライダル・パーティーに選ばれて光栄だけど結構高くつくから困る、ということもあるそうだ。この場合「調達」でいいのだろうか。「作ってもらいに行って代金を支払う」と言いたいのだが...?そこで Eちゃんはまた気を遣って、「生地だけ私が選ぶから、ドレスのデザインは任せるけど、やっぱり一応どういうデザインか見せてくれてから作ってね」ということだった。問題はその C君の姉。妹Jに言わせると、「こんなけばけばしいドレスは売春婦しか着ない、ってほど胸がアソコまではだけて、おヘソが覗いて裾も確実に下着丸見えなマイクロミニで、決めつけが、後ろに3メートルも引きずるトレインがついてた」という。Eちゃんは一晩悩んだ挙句、「悪いけど、私のウエディング・ドレスもトレインがついてるから、このデザインは思い直してもらいたいんだけど」と相談したところ、いきなり電話をガチャンッと切られてしまって泣きそうになってしまった、という。その後、そのお姉さんは C君にわざわざ電話をして Eちゃんのことを罵ったそうだ。「私のほうが彼女よりずっと奇麗でセクシーだから妬んで気に入ったドレスのデザインを着せないようにしてるんだわ」と言ったそうだ。世の中、いろんな人がいるものだ。
2005.08.19
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木材財閥の奉行屋敷1、2、3、4そのころ、老奉行は70才位と思われたが独身で、90才を超える老母と、中年の女中の三人で洋館で暮していた。そしてその老母が亡くなった次の月に、それまで近所で見かけたことのない女性と急に結婚して隣近所を騒がせた、という。老母が、恋愛を、結婚を、認めなかったのだろうか。アタクシはその何年も結婚を延期されたと思われる女性のことを思って勝手にだが心穏やかではなかった。L のお父様はそんな話をしながら埃だらけの洋館中をじっくり見て回られた。それまで、アタクシ達は洋館の歴史など殆どしらなかったので、L のお父様のお話しを一生懸命聞かせていただいた。建築者の名前と建築された年だけは玄関の横に史蹟区保存会によって標示されている掛け札(のようなもの)からおぼろげに知っていたが、全部興味深いお話しだった。その後、L のお父様はお茶を飲んで、スモーク・サーモンをハーブ・クリーム・チーズを塗ったクラッカーにのせてディルと荒コショウをふりかけて食べ、やっぱり頬をポッと染めていそいそと帰られた。昔この家に住んでいた人は、時々懐かしくなって様子を覗きにくるのだろうか。ならば今の埃だらけの洋館を覗き、きっと呆れていることと思う。もうちょっと気合いを入れねば、なのだがそう思いながらもココに書き込んでいたりする。
2005.08.19
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プチ旅行に行くと、「ホテル代そんなにかからないし」と甘えて、ちょっと買い物の出費が多くなりがちで反省。...などと言いながら今回見つけて嬉しかったのが、シート・ベルト・バッグ。なんとシート・ベルトの素材で制作されている。頑丈そう??ライニングにまでこだわりが見える。なんとそれは「フライト・サテン」なる米空軍のフライト・ジャケットの生地。縫い糸も NASA のスペックに副う。バッグ一つの売り上げごとに「飲酒運転反対の母の会」に$25寄付、というのも気に入った。アタクシは真っ赤なバッグを衝動買いしてしまった。注目の的だ。同僚や道ですれちがう人まで「お!それいい!」という具合で、「素地は絹?」と二十回は聞かれた。まだ三日しか使っていないのに、だ。「シート・ベルト!」と答えるとそこからまた盛り上がってしまう。
2005.08.18
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[映像・訳して「猫の上にいろんな物置いちゃった」のサイト]engrish.comの紹介に相次ぎ、またまたコチラで流行っている「何?これ...?」サイトへご招待。今回はstuffonmycat.com、「猫の上にいろんな物置いちゃった」サイトだ。なるほど。まずは「曝睡している猫」にいたずらをした所を撮影したサイトで、リモコンの山を積んでしまったりトイレット・ペーパーを微妙にバランスしてしまったりで結構笑える。迷惑そう。それが段々「猫の頭に鼠のせちゃった」とか「猫にオシャレさせちゃった」などの写真も増え、これはちょっとまずいんじゃない?のたぐいの写真も...右側の欄のカテゴリーから色々選べる。アタクシのお気に入りは「Toys On My Cat」だが、「Housewares On My Cat」も捨て難い。
2005.08.18
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木材財閥の奉行屋敷1、2、3、4洋館で生まれ育った老奉行に何度も会った、という老人は親友 L のお父様にあたる。何度もお食事などを一緒にしている上品で控えめな老紳士で、アタクシ達がこの市の史蹟区に家を買ったと聞き、喜び勇んで駆けつけてきた。引っ越して二日経っていなかった。L のお父様は、この近所で育ったのだ。洋館に着いて見るとなんと隣だった、と言う。いつもはちょっと青白い頬をポッと赤く染めて、玄関で花束を抱えてはしゃいでいた。今にも踊り出してしまいそうだったので、アタクシ達もいっしょに嬉しくなってしまった。L のお父様が若いころ、老奉行は近所でも有名な「ヘンクツじじい」だったそうだ。無愛想で、道を通る近所の子供達を怒鳴りつけたりするので怖がられていたという。L のお父様はその隣に住む怖いヘンクツじじいの家の様子を覗きたくて、よく窓から乗り出し身をよじらせ覗こうと試みた、という。この上品な老紳士は昔わんぱく小僧だった様子。「君達が買ってくれたおかげで奉行屋敷が思う存分覗けるなんて、ああ、なんて幸せ、有難う」とばかり手を握られて頬にキスまでされてしまった。
2005.08.17
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先週泣いてしまったムーミンの秘書のS女、また昨日泣いてしまった。S女は二児の母。二人ともまつ毛が長くて、ほっぺが真っ赤で、奇麗な顔をしている割りににはわんぱくボウズ。K君は10才、C君は7才。彼等のために、S女とその別れつつある夫はもう何か月も、壊れ果てた関係を抱えてなんとか同じ屋根の下で暮してきた。だが、今月になって「離婚届け」という段階で、もういたたまれなくなったそうだ。なので週末に、K君とC君を座らせて、「お父さんとお母さんはね」という話をしたのだそうだ。もう何か月も別行動しているし、ずっと一緒の部屋にさえ寝ていないのでこの子達も薄々分かっていたことだろう、とS女は言ったが、「あなた達が二人とも大好きで、これは誰のせいでもないのだけれど、別々に住むことになったのよ、つらいけどどうにかなるわ、でもごめんなさいね」という話だ。S女の夫Tは座って押し黙ったまま、話し合いを始める前に色々口論しながら決めた段取りや「誰が何を説明する」約束はどこへやら。K君はいきなりガバッと跳ね上がって玄関から外に飛び出してしまい、C君は泣き叫んで自分の部屋に閉じ篭ってしまった。S女の夫Tは黙ったまま、その様子を見て見ぬふり、いつもの様にS女にすべて何もかもさせる。S女はまずK君を探しに走り出るが何処にも見当たらない。近所を呼びながらまわり、やっと数軒先のドライブウェイでうずくまっていたK君を見つけて家に帰るよう説得する。なにかあると一人になりたがるK君。「しばらくそっとしておいてほしいのはわかるけど、家に帰ってファミリールームででもいてくれない?そっとしとくから、ね?」そして大声で泣きじゃくっているC君をどうにかなだめる。その間T夫は座ったまま。その後、K君とC君は両方また座って色々質問。その間もT夫は黙ったまま。その後K君とC君は「二人でファミリールームで相談する」と言うが、15分後にはテレビゲームを始めた様子で、笑い声が聞えてきて、心配で耳を立てていたS女は安心したそうだ。ずっと圧力のように溜まっていた沈黙のプレッシャーが一気に抜けた気がする、と彼女は言った。S女が話ながら泣いてしまったのは、彼女がその五時間後の話をしながら。長男のK君をつれて牛乳やらの買い物に出かけたそうだ。車のなかで、また色々K君が心配事を思いついた様に言ったそうだ。「学校、変わっちゃうの?R君のパパは離婚してC町に引っ越しちゃったけど、そうなるの?P君は週末に遠くのママのとこに行く様になっちゃって遊べなくなっちゃったけど、そうなるの?」全部説明してくれたS女に、K君はだまって頷いてみせたそうだ。涙を一筋だけ落として。そして店からの帰りに、一日中ショックだったはずのK君はこう言った:「You know, you're a great mom.」ステキなママだね、と言う。その通りだ。S女は、ステキだ。ここでS女は泣いてしまった。アタクシも必死で泣かないようにこらえた。
2005.08.17
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木材財閥の奉行屋敷1、2、3、4[映像・洋館の「紅い客間」の(つめれば)五人座れる254cm x 奥行き101cmのソファ]市の史料館や、コチラにしては珍しく活動的な史蹟区保存会などによると洋館は1910年にJ氏と言う木材財閥によって建てられた。アタクシ達にはもったいない大屋敷なのだが、この辺りにはもっととんでもない豪邸が数軒あるので、この洋館もあまりめだたない。J氏には子供が十人生まれたが、そのうち何人が大人になるまで生き延びたのかはさだかではない。J氏の息子の一人(長男ではなかったそうだ)は木材商を継ぎ、三人はいずれ弁護士になるが、娘達がどうなったかはあまり資料に残っていない。やはり男尊女卑の社会だ。豪華な結婚式の招待状やらは残っているが、そのくらいだ。弁護士になった三人の息子のうち、一人はこの地方の「判官」というのか「奉行」なのか英和辞典ではわからないが、とにかくそういう位置に就いた。嬉しいことに、この老奉行に何度も会った、という老人が知人にいる。これもアタクシ達にとって、とても不思議でワクワクする話である。
2005.08.16
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車で二時間半でその都市に着く。アタクシ達が住む旧州都から十分出たら、もうみごとなド田舎。まず田園風景がしばらく続き、二十分後には海辺の景色が少しだけチラリと覗く。その後は高速道路が山中の峠を越えたり、湖のほとりを緩やかにそったり、小さな農村で可愛らしい家が仲良く並んでいたり、とても奇麗な景色ばかり。だが、その海辺の都市に着く三十分ほど前から一変する。周りが急速に「都会」に変身していく。その道のり、アタクシ達は何の話しをしてあんなに笑っていたのだろう。ムーミンは「もういいかげんにしないとレスト・ストップにでも止まんなきゃもたないっ」というほどゼーゼー笑っていたけれど、あんなに長い間二人で笑っていたのに内容が思い出せない。帰りは帰りで、二人とも「嗚呼、ステキだったねぇ、あのレストランの料理ってどうしてああ美味しくて給仕さんが気が効いててステキなんだろうねぇ」と「ステキ」を連発してウットリ。「今回はついに美術館に行かなかったけどたまにはいいねぇ、また近いとこ行こうね。」そんな話しをしながら暗い高速道路の空をボーッと見上げた。そうしたら... 流れ星!あ!「そういえばパーセイイド流星群だ!おとといから!」あ!忘れていた!ムーミンは運転で眼が放せなかったけれど、アタクシは車のムーンライトを開いて、シートを倒して流れ星を数えた。いつか同じ時期、W島で流星群が降りしきる下、波打ち際に二人で大の字に寝てそうしたように。
2005.08.16
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[映像・庭のブラックベリー]ブラックベリーは本来雑草だ。これを実をつけるまではやしていては失格... なのだが、老桜のもとにはえている。今朝フレッシュ・ミント・ティーをいれようと庭に出た。肌寒くて、ブルッとした。晴天の下、風が涼しく、草におちた露が冷たかった。今朝は18度。ミントはスピアミント、ペパーミント、アップルミント、シナモンミントなどと、数種あるので「ミント畑」と呼んでいる。別に手入れもせず、ボウボウにはやしてあるだけなのに元気に育っている。友人Bは「踏めば踏むほどはえるのよ」というが、本当に勢いが凄い。そのミントを少し切っていたら、小さな犬をつれた近所のオバアサンが立ち止まった。「あらーっブラックベリーじゃない、都内じゃ珍しい、ちょっといただいていい?」とばかりにつみはじめた。アタクシは実がなっていることさえ気付いていなかったので、好きなだけ取っていただいた。オバアサンはアタクシにおしゃべりしながらそれを「あ!おいしい!」とつんでは食べ、つんでは食べていた。だがブラックベリーのとげはとても痛い。彼女は鋭い事を言った。「人生ってブラックベリーをつむのに似てない?簡単に届く所のブラックベリーは素早くよく味わないで食べちゃって、それから茂みの中の大きな水々しそうに熟したブラックベリーをねらって、いっくら体をよじっても背伸びしても届かなくて、とげにいやってほど刺されるじゃない。でも無理をして、どうにかそのお目当てのブラックベリーに手が届いて、ああよかった、って喜んで、いざ食べてみると最初に急いで食べちゃったベリーほど甘くも美味しくもないことがあるわよねぇ。」彼女はちょっとブラックベリー色に染まった口で微笑んで、犬と一緒に公園へと向かった。アタクシは、朝露に濡れたミントの葉を一つかみ握って、しばらくその後ろ姿を見送った。- - -午後から、週末の旅行。今朝のオバアサンに習い、じっくり味わわねば。
2005.08.13
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木材財閥の奉行屋敷1、2、3、4[映像・洋館の「青い応接間」からエントランスを超えて「紅い客間」を覗いたところ]アタクシ達の洋館は、木材財閥の屋敷として百年ほどの昔に建てられた。現代この付近は「historic district」、史蹟区と指定されている。1800年代の末期、この都市は州都だった。そのころ、洋館が今建っている土地と、それに続く十数軒が建つ土地は、一軒の豪邸とその庭園に占められていたそうだ。市の史料館によると、1908年にその豪邸は潰され、その跡の土地をいくつもに分け、分けられた土地に1909から1912にかけて近所の管理職や政治家や実業家が家を建てたそうだ。洋館もその一つで、史蹟区のちょうど中心の角に建つ。コチラでは、角に建つ家ほど人気がある。コチラの人間は「角」というのが好きだ。仕事で「出世を目指す」というのも「コーナー・オフィスを目指す」と言い表すほどだ。そういえば職場で、アタクシのそう広くもない八畳(かな?)ほどの個室のコーナー・オフィスをうらやましがられる。大きな窓が何枚かついていて明るいからだ。(職場の地位に関係なくあてがわれている。)日本では「窓際族」というのは軽視されている職員をさすと聞いたことがあるが、コチラでは窓際には絶対的な人気がある。文化のちがいか習慣のちがいか分からないが、とにかく不思議だ、と今日改めて思う。
2005.08.12
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ムーミンは出張中なのに、秘書のSの事を心配している。今日、彼女はアタクシのオフィスで泣き崩れてしまった。アタクシの秘書のPは最近パートナーと別れへこんでいる。そして、今日まで知らなかったが、ムーミンの秘書のSは最近離婚の手続きを始めたそうだ。大変だ。Sはいつもニコニコ微笑して、毎朝「ハァーイッ!」と明るくて、日光が輝く様な人だ。そんなそぶりは全然みせていなかった。ただ「このごろ随分痩せちゃったな」とは思ったが、彼女はいつもと同じようにキビキビと元気だった。だが、彼女はこの一年半、一週間に一度はムーミンに相談をしながら泣いていた、という。びっくりだ。ムーミンとアタクシは職場が同じでも部が違うので、耳にする噂や個人情報などが時々違うが、これは...アタクシは涙ホロホロの彼女をオフィスに引き込み、ドアを閉めた。Sはアタクシがムーミンから聞いて知っているもの、と思っていたらしい。だが「なるべく内緒にしといてね、[アタクシ]には言っていいけど」と言われたムーミンは、同僚に言わず、アタクシにも言わず、ずっと沈黙をまもっていた、ということになる。ちょっと感動したが、それよりもSがこんなに痩せちゃったのは苦労やつれなんだ、と思ったら、色々離婚する理由を説明する彼女の顔をみながら泣けてきてしまった。こんなにやつれちゃって。こんなに性格が良くて、明るくて、気立て良くて、人気物で、かわいい人なのに。こんなにやつれちゃって。思わず立ってハグしてしまったら、彼女はいっそう泣いてしまった。なぜ仕事中にこんな展開になったかというと、彼女が出張中のムーミンのフライトや今晩のホテルの電話番号などの明細のコピーを作り、わざわざアタクシに持ってきてくれたのだ。ムーミンはこういうことが苦手で、「明日の朝のフライト何時?」と聞いても絶対知らない。「あ?何時だろ?」という具合だ。そんなことなので、彼女はいつもの様に気を効かせて親切にアタクシに教えにきてくれたのだ。「あー、ありがとう!」とお礼を言ってそれを受け取った。Sは、それをわたしてくれながら、いつもの微笑で「やっぱり今晩のフライトだめだったのよ、ムーミンはできれば今晩帰りたいからキャンセレーションリストに登録しといてくれって頼まれてたんだけど」といい終わらないうちに急に涙がポタポタたれてきたのでアタクシはびっくりした。この時点でオフィスに入ってもらった。どうしたの?と聞くと、その家庭問題のことを色々話し出した。ええっ?大変じゃないっ?!と驚くと、「ムーミンから聞いてないの?あの人、そんなに秘密にしてくれてたの?」と言って嗚咽しはじめてしまった。「泣いたりして、ごめんね」とSは泣きながら謝った。「なぜこんなことで泣けてきちゃったか、わかる?ムーミンはいつも私に言うのよ、『出来るかぎり、家に早く帰れるように旅程スケジュール組んでね、[アタクシ]が寂しがるし、僕も放れてるのやだし』って、わかる?貴方たちそんなにお互いを大事にしてるんだな、と思ったら自分の状況が情けなくなってきちゃってね」アタクシ、やっぱりちょっともらい泣き。お茶を入れて、二人ですすった。ちょっと落ち着いたSはアタクシのオフィスから出ていく前に、またいつもの眩しい笑顔を整えてからドアを開けた。
2005.08.12
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[観光局版元映像・C海域の原生林・円周16メートルの太古樹]毎年行くC海域には原生林がある。もののけ姫の世界、と前に記したがやはりその樹の気が遠くなるほどの大きさと、それに生えるさまざまなコケが印象的。何百年、この樹はここに立っているのだろう。千年になるのだろうか。清少納言が「枕草子」を書きしたためていたころ中国で唐朝時代だったころローマ帝国でコロッセオが建ったばかりだったころこの樹は苗木だったのだろうか。海辺の森の中、こもれびをあびて育っていたのだろうか。
2005.08.12
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[映像・この無人の砂浜でひとりぼっちのヒトデ]先程出張先のムーミンから電話。ルル子様とsparkle様のコメントに思わず捧腹中で、会話の最中もクスクス思い出し笑いをしていたのでまた不気味がられた。ムーミンがいないと、アタクシはすぐ古いパターンにはまってしまい、三時間ほどしか寝ない。その間に埃だらけの洋館の掃除でもちょっとしたらどうだ、と自分でも思うが、やはり家事そっちのけでココに書き込んでいたりする。今晩は友人達と「ペンギンのマーチ」なるドキュメンタリー映画を拝見。ムーミンが観たら泣くなぁ。遠い氷河の道を70マイルもヨチヨチ歩いて、激寒の中、餌も食べずに必死に卵を生んで、それを凍らないように一瞬も氷の上に下ろさず足の甲とお腹のタルミの間でホカホカ暖めて... 誰でも知っている事項だがそれをモノスゴイ撮影で描写。感動。あらら。いつのまにか映像にそぐわないトピックになってしまっている。まあ両方なぜか不思議、同じ海に住む動物、ということでいいことに...?
2005.08.11
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[映像・engrish.com から無断で「借りて」しまった日版エルモ]こうやって無断で他のサイトから映像を借りてはイケナイのだが、ちゃんとプロモするので許してもらえるだろうか。自分で撮影してこようにも日本まで飛んでいかなければ出来ない。弁解・謝罪はさておき、アタクシ達皆大ファンな engrish.com。「日本で発見・不思議な『英語』」のサイトなのだが、妹とよくお腹の皮がよじれるまで笑っている。ただいまそのトップ・ページで展示中の日版エルモの写真なのだが、よくご覧頂きたい。箱に「エルモに向かって手をたたこう!」と書いてある。手をたたく音をエルモが聞きつけて、その音を「キャッチするとメロディーにのって木馬をゆらすよ!!」だそうだ。かわいいではないか。問題のはその上に大文字で書いてある「英語」なのだが、「Crap Your Hands!!」とある。問題は、「手をたたく」は「CLAP」なのである。「L」と「R」、一字違う、どうってことない誤字、と思われるかもしれない。よくあることだ。だが、箱にあるように「CRAP」としてしまうと非常にマズイ。なぜなら「CRAP」とは「ウ◯コ」なのだ。この玩具は楽しげに、「手にウ◯コをしよう!!」と誘っているのである。下品で申し訳ない。ちなみにこの同サイトの「音楽」セクションにアタクシ達が「もう、吐いちゃう、許して」というほど笑った珍品が展示されている。クラシック・ロックで有名なエリック・クラプトンのCDなのだが、上と同じ不祥事が起こっている。「ERIC CLAPTON」ではなく、「ERIC CRAPTON」になってしまっているので、見事にも「エリック・ウ◯コ野郎」になってしまっている。
2005.08.11
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[映像・レキサンのコップ・超軽ストーブ]カヤック・キャンプで使うコップは頑丈なレキサン・ポリカーボネイト。他のキャンプ用食器やスプーン・ナイフ・フォークも同じ。今考えてみたら十年使っている。すごい。ストーブはムーミンが十年以上前にバック・パック・キャンプ用に選んだ超軽ストーブ。なんと410グラム。最初アタクシは「爆発するっ!!やだっ!!!」と火をつけるのが怖かったが、いつのまにかなれて、このごろはフィールド・メンテナンスまで平気でやるようになった。高性能で、何年もお世話になって頼りきっていたところ、去年B島の三日目に... つかない!?その高性能な確実さに甘えて、もう何年も使いっぱなしでメンテナンスをしていなかったのが悪い!のだ。カヤックの旅には冷凍したステーキとか、冷凍したスモーク・サーモンとか、新鮮な野菜なども持って行くが、後半の主食はやはり「水を入れて煮る乾燥食品」。お米がベースのカレーや、お豆がベースのシチューや、一番最後になると即席ラーメンなどだ。ドライで食べられるものではない。そしてカラカラ乾いているB列島は、C島と同じくたき火禁止。「ぎええぇぇどうしょう?どうしよう?近くの島にキャンプしてる人に鍋持ってって料理してもらうとか」ムーミンは都会育ちなのでキャンプ中に予想外な事が起こるとちょっとあわてがち。アタクシは、「亡き彼だったらすぐなおしてくれたんだけどな」などと思ってしまってはいけないことがチラリと頭に浮かんで、一瞬でもそう思ってしまったことがちょっとショック。だが、次の瞬間、アタクシだって高校時代、「全国物理オリンピック」なんていうオタク天国で最年少だったのに銀メダルを取ったのだ!キャンプ・ストーブごときに負けるかぁぁっ!と罪悪感まじりに勢い込んで「じゃあ、分解しよう」と落ち着き払った。「ええっ?分解っ?!」とムーミンはまだ不安げ。結局分解・クリーニング・組み立てはとっても簡単だったのだけど、手が真っ黒になった。ストーブは、ついた。ムーミン飛び上がって喜ぶ。だが、二日後にまた急に消えた。「フュール・ラインになんか詰まりかけてるみたい。また分解するね。」とその日は六回ほど分解。馴れた。分解する度に一回火がつき、湯を沸かせる。帰宅してからじっくりメンテナンスを行った。その後、また毎回確実につくようになった。今度はこんなことがないように年に一度メンテナンスをするかというと... しないだろうなぁ... これでまた十年もつのか...?
2005.08.10
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とびきり早朝のフライトに乗ったり、深夜ヘリコプター便で帰って来たり、ムーミンは出張で家をあけるのを嫌う。「[アタクシ]と一緒にいたいんだよ、[アタクシ]を一人にしとくの嫌いだし」と歯が浮くような事を平然と言う。その割には今、アタクシにかまわず、怪猫と並んで深夜番組をみながらバカ笑いをしているのは一体...正義の味方ムーミンは明日からずっと北の町へ出張。「あそこは、日がちゃんと落ちるんだろうか」などと冗談まじりで言っているが、夜十度まで下がる所だ。二晩の出張後、週末は空港から直接アタクシを拾い、よく行く異国の素敵な都市へ直行。だそうだ。いっ?なぜ急にこんな事に... と思っているそばからそのムーミン出張ニュースを聞きつけた大親友Bが「ムーミンが二晩もいないんなら遊ぼう!」とはやくも予約。DKからも相次いで予約。PとMからも電話。れれ?アタクシはムーミンにかかりきりで、親友をおろそかにしている。勿論皆でしょっちゅうガヤガヤやっているが、やはり親友と過ごす時間をかえりみずにいる。反省すべき?「あんた達職場も一緒で、一緒の車で通勤帰宅して、毎日お昼も一緒に食べて、一緒に住んでて、休日も一緒で、よく飽きずに仲良くしてるよなぁ」と頻繁に呆れられる。それにしてもセーターを持たすべきなのだろうか。
2005.08.10
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- - -"Main gear touchdown," controllers said as the craft touched down."Drag chute deploy...and Discovery is home."- - -That's a relief. Whew.
2005.08.10
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政治オタクとも言える同僚ばかりの職場では、日本の衆院解散と選挙のトピックで持ち切りだった。仕事上、弁護士だったり、(コチラの)衆議院議員のもと勧告者だったり、アタクシのオフィスのおとなりで大の仲良しの同僚などは(元弁護士の)代議士と結婚していたりする。(この面白可笑しい同僚、心優しいキレモノMの方がよほどいい代議士になれるとアタクシは思うのだが...)コチラの政治のことで満足していればいいものを、世界中のどこかで政治的な問題、選挙、などなどとなるとみんな湧きあってしまう。(いつも、湧きあっている...)ムーミンと同僚のH氏などは、二人で「24時間オール選挙ニュース・チャンネル」があってもいいんじゃないか、なんていつも意気込んでいたりする。「ブルガリアの市区選挙のエキジット・ポールでもいいんだけどなぁ」などと徹底している。だからよせばいいのに、今日はアタクシをつかまえて小泉元総理の意向はああなのか、こうなのか、色々聞くので疲れた。到底アタクシに解るはずはない。そういえばアタクシ達の友達は弁護士や(前向きな)政治家が多い。「代議士」なんてうじゃうじゃいる。日本でこう言うと「面倒な生活」と思われるかもしれないが、結構楽しい人ばかりだ。埃だらけの洋館で食事などをしながらいつもワイワイ論争をして、アタクシは苦しくなると「そう高慢ちきだから投票数が下がる!」とずるいがイタイところをつくと「ガーハッハッハッハッ!!」とまず不敵に笑うから面白い。
2005.08.09
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アタクシは普通に日本語で生活できそうでいて、日本に関しての基礎知識がアッサリ欠けているところがある。たとえばコチラの小さな日系社会内で、お盆を七月にする方と、八月になさる方と、両方いらっしゃる。これはなぜなのかいつか母にたずねたところ、「よくわからないけど旧暦との違いなんじゃない?」とたよりない返答だった。当時ネットで調べてみても柳田国男の本を読み漁ってみても「なんだか宗派や地域などに関係あるらしい」ぐらいしかわからなかった。今日また改めてちがう調べ方をしてみた。グーグル・ジャパンで日本語で「お盆」と探索せず、使いなれたコチラ版のグーグルに「obon」と入れてみたところ、すぐ答えがでた。文化観光省などが「日本を全く知らない外人」に向けてそれは御丁寧にいろいろと知識をまとめて簡単に紹介している。それらによると、「旧暦」も関係あるし「宗派や地域」の違いも勿論関係ある、と結局あまり深い説明はなかったが、大体見当がついた。昔の日本の交通不便な村々でそれぞれちがう独特で色とりどりな慣わしが育てられていった、それはあたりまえの様であるが、その文化の奥深さや死に別れた最愛の人達を偲び、故人と続く関係の中に語り合いながら生きる日本の人の美しさ、日本で過ごした時間は限りなく短いけれどやはり日本が生れの国であることが嬉しい。「故人の魂が帰ってくる」という不気味な時期がメソメソ憂える時間でなく、楽しく騒がしい「お祭り」になっているところも好きだ。今思えば、メキシコにディア・デ・ロス・ムエルトス(死人の日)という似た様なお祭りがある。これも地域によって少しづつ違うらしいが、一般的には十一月一日がディア・デ・ロス・アンジェリートス、死んだ子供の魂が戻る日で、その次の日が大人も戻るディア・デ・ロス・ムエルトス。好きだった飲食物や、「あの世」へ帰る時に使う灯火、あと帰った後にすっきりと長旅の汗を落とすための石鹸や水などを備える。年に一度の晴れ着を着て、その祭に独特な甘いお菓子を食べて、夜中ドンチャン騒ぎをするのも共通している。どうして今ココで書くまで思いつかなかったのだろう。これを比べてみた民俗学者がどこかにいるのだろうか。日本のお盆に帰って来る故人の魂は基本的に「親類や子孫のもとへ」帰る、と解釈しているが、「親類」ではない人のそばにも寄るのだろうか。アタクシは欲張りだから、きっと出来るものなら色々な親友などの所へもたまには遊びに行きたい、と思うかもしれない。
2005.08.09
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[映像・咲きはじめて五週間目のデイ・リリー]コチラで育ち、「彼岸花」は写真や本などでしか拝見したことがなくて、残念だ。その感情豊富な名前も、あでやかな色も、可憐な形も、アタクシは大好きだ。いつか実物にお目にかかることがあるのだろうか。そんな事を思いながら庭の百合の写真を撮った。もう五週間も咲き続いているが、名前通り、手を広げたような大輪がそれぞれ一日づつしか咲かない。この鮮やかな色は、一日限りのはかなき晴れ着。両方とも寂しげな連想を運ぶが、美しい。花ははかなさ。人は...?
2005.08.08
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妹は結構ドジだ。よくつまずいてビチャッと倒れたりしている。(コチラでは「faceplant」という:「Wow, she did a really good faceplant! That's gotta hurt!」という具合だ。)自分の事を棚にあげてこう言ってはいけないのだが、眼の前に柱があると殆ど必ず思いっきりぶつかる。階段でもつまづく。飲み物を運ぶとまずこぼす。「笑っちゃいけない!」と思っても無駄。小さいころは心配していた母まで、このごろは「あ、あそこ、つまずく!やった!やーっぱり!クーックック、全くあの子はこんな歳になっても...」と思わず笑いを抑えきれずにいる(が、アタクシが笑っていると叱る。アタクシ達、ヒドイ...)。妹も自覚しているらしい。この妹と釣りに出かけると、いつも大変だった。湖にはまるわ、餌をこぼすわ、車に忘れ物を取りに行って迷子になるわ、リールのラインをこんがらがすわ、さんざんだ。わざとではなく、本人は一生懸命な努力家なのだが、どうも面倒みきれなかった。そんな妹の手を取り、祖父はいつも優しく色々教えてくれていた。ある日、また海辺に釣りに行った。祖父はその日の釣りには桟橋から「ゴカイ」を使うとはりきり、アタクシ達はまず「ゴカイ狩り」をさせられた。「ゴカイ」は嫌いだ。ゲジゲジのミミズの様で、やたらと大きいのが多く、その上最悪なのは噛みついてくる。大きいものは子供のアタクシの指の太さある。気持ち悪いのと噛まれるのが怖いのとでアタクシはやる気まったくなし。海辺の石をひっくり返せばウジャウジャいるが、ゾゾゾゾッと逃げ足が速い。だが、まさかおてんばなアタクシでも素手でつかむとなるとちょっと... 妹は一生懸命「あ!いた!」とつかんだところ、手に食いついてきたゴカイがくっついてしまって痛いのと気色悪いのとでパニック状態になった。それからはアタクシ達が石をひっくり返したところを祖父がゴカイをつかむという二人三脚ならず三人二脚の様な面倒なことをしてゾロゾロと沢山ゴカイをつかまえた。それまでは、まだよかった。いざ釣るとなると、この奇怪なゴカイをむんずとつかんで釣り針に... キャー... 今考え起こしてみただけで悪寒が... アタクシはこういうのに弱い訳ではないのだが、これだけは... ゴカイが怒って牙を向いて噛みつこうとするところにブスッとしなければならないのだが、やっぱり祖父が全部やってくれた。「いつもは自分でつけて偉いのにどうした?大物を釣るんだからたっぷりとね」と針から十センチ垂らすようにゾロンとつけてくれた。そして、しばらく釣った。桟橋がかけてある岩場から、面白いように釣れた。四十センチを上回るタラの一種で、いかめしい顔つきの魚。アタクシが次の魚を釣り上げようとしていたとき、そのトラブルがおこった。妹だ。夢中でリールを回していたら、こめかみの近くにキンッと痛みがあり、ピチャッと頬に濡れたものが当たった。「あーっっごめんっ大変っっあーっ!!」と慌てふためいている妹をみて、胃がズドッと落ちるような気がした。アタクシにひっかけたのである。頭に、釣り針が刺さっている。慌てる妹が竿を落とし(落とすなっっ)、そのせいで引っぱっられたりして痛い。だが、それより、このピチャッと濡れた感覚...「たっぷりと」「ゾロン」とつけてあるゴカイが、アタクシの頬にくっついているのだ。頭の中がマッシロになった。結局祖父が手早く針を抜いて消毒してくれ、どうってことはなかったのだが、あーっ、思い出してしまって今晩夢に出てきてしまいそう。ゴカイは、きらいだっ...
2005.08.08
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父は、長男だったので、その小さな会社を継ぐはずだったが、母と幼いアタクシ達をつれてコチラに移住してきてしまった。随分悩んだものと思う。罪悪感もあったのだろう。祖父が毎年遊びに来ると、何から何まで尽くした。釣りバカの祖父に尽くした、ということは夏中、コチラの大自然の湖や川や海に釣りにつれて回った。アタクシ達も習い事が休みの時などよくつきあわされた。父は昔から秀才が結晶した様なカタブツな性格で、まず何事も勉強してかかる癖がある。釣りにしてもそうだ。片っ端から本を読んだり、まず理論から調べ上げる。確か「釣りバカ日誌」とかいうマンガを揃えてみたりもしていた。こういう時にはこのリールでこのルアー、いや、こちらの餌、この魚は水面に人陰が映ったらダメ、この魚の合わせ方はどうこう、などと呆れるほど詳しい。現場につくと、色々分かっているような事を言い並べる。だが、釣れない。運が悪いのか、感が鈍いのか、その手の香りが道具についてダメなのか、とにかく理論上パーフェクトな道具と餌でパーフェクトなキャスティングでパーフェクトなポイントに入れても絶対釣れない。祖父はそんな父を無言で横眼でチラッと見ながら、さりげなく次々と釣る。アタクシ達子供もでたらめに釣ってみればガンガン釣れる所ばかりだったのだから、父が釣れない、というのはよっぽど何かが狂っている様子だが、それが何なのか分からない。
2005.08.07
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アタクシの故祖父は釣りバカだった。毎年夏の間、三四ヵ月は涼みにか遊びにか釣りをしにかしらないがコチラで過ごしていた。別荘変わりにでもなっていたのだろう。祖父は小さな会社の社長だった。口数は少なかったが、とてもとても心優しく、大好きな祖父だった。アタクシが幼いころは着物姿が多かったが、だんだん一応洋服を着るようになった。いつもハリガネの様な髪をブリル・クリームでガチッときめて、外出の時は必ず帽子をかぶっていた。だが、洋服を着るようになってもその下はかならず真っ白いフンドシだった。それも、祖母のお手製でなければ絞めない。時々、お風呂上がりの時など、見たくもないフンドシ姿を目撃してしまったことがある。その度にアタクシ達はキャーキャー騒いだ。「お爺ちゃんっ、それ時代劇みたいっ!」「これっ、いくら子供でも男のフンドシ姿をつかまえて騒ぐんじゃありませんっ!はしたないっ!」じゃあ、そんな格好で出てこないでよっっ...
2005.08.07
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アタクシの両親が飼っている愚犬に名前をつける際、相談された。なぜか血統書つきの頭のいいはずの犬なのだが、甘ったれていてどこか間が抜けている。「ビスケット色だから『ビスケット』(仮・似たようなお菓子の名)にしたら?」と言ったアタクシが悪かったのである。コチラにはオフ・リーシュ・パークという、綱から放して犬が一緒に遊べる公園というのがかなりある。愚犬は、そういうのが大好き、喜び勇んで、居合わせた仲間と駆け回って、犬独特の「貴方のお尻点検」をさんざして、じゃれて、転がり回って喜ぶ。初めて連れていって、さんざ遊んだところを見計らって、ピクニックなど(注・こういう場では座る所に要注意)をしまって帰りじたくをして、いざ愚犬を呼ぼう、という段階でそのトラブルが生じた。「ビスケット!」の「ビ」がでるかでないかの内に、三十匹ほど走り回っていた犬が全員(?)ドドドドッと砂埃をあげて集まってきてしまった。大半は急ブレーキをかけてきちんとオスワリし、全員(?)ランランと眼を光らせ、舌からボトボトとよだれをたらしている。他の飼い主達もそれに仰天して走り寄って来る。「なっ... なにっ!?」と焦る。が、すぐ理由を思いついて「!??!!!」と犬に囲まれて白黒している両親やムーミンを尻目に一人笑い崩れてしまった。そりゃあ、「犬用ビスケット」のおやつがもらえると思って、習慣的に暴走してくるわな。当犬(?)ビスケットは、後ろのほうで尻尾をふりながら、かまってくれない仲間の「お尻点検」をしていた。今でもこのために苦労を重ねているそうだ。アタクシが、悪い。
2005.08.07
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その人は、呼吸をしていなかった。車椅子に座ったまま膝にうつ伏せに倒れた姿勢で、両手首が地面にグニャリとついていて、一目で「これは大変」と感じた。昨日の午後、仕事の帰りに近所のマッサージに行き、治療後いつもの様にクリニックの裏口から出ると、普段その遅い時間には誰もいない駐車場にその人が気を失っていた。「Sir? Excuse me, sir? Can you hear me? Are you all right? Sir?」反応がなかった。本当に息をしていない様子だ。両手が黒ずんだ紫で、肩をゆすって顔を覗き込んでみると白目を向いて、舌をだらりとたらして、よだれがながれていた。まずい。ゾクッとした。クリニックに駆けこんだ。療法士がアタクシの顔色を見て、どうしたのか聞く。早口に説明し、二人で駐車場に駆け出る。もう一度揺すってみる。療法士と二人でそのぐったりした体を抱き上げる様にすると、初めていびきのような呼吸音をたてた。「This doesn't look good. I'll hold him up. You call 911.」携帯で救急車を呼ぶ。待つ。救急車を待つ時間は、普通の時間より遅く過ぎるように感じる。待つ。待つ。その人は辛うじて息をしているが、ひどい顔色をしている。青黒い、あざのようだ。やっと救急車が二台、サイレンけたたましく現われる。医療補助者が四人がかりで治療を始めたとたん、また息をしなくなり、人口呼吸装置を取り付けた。応急手当をしながら、アタクシ達に状況を聞く。なかなか息をしない。療法士とアタクシはそばで見ているだけ。時々「まずいね」とか「どうしてこうなっちゃったんだろうね」とかささやきあう。なにも出来ない。医療補助者は深刻な顔をしている。一人は、心臓音を探してしきりに首を振っている。「He's still not breathing. What's his pulse-ox?」「72.」72。そんなに低い。息を思いっきり詰めて苦しくなるまでがまんしても九十いくつ。アタクシは怖くなるが、眼をそむけない。最初は「おじいさん」と思ったのだが人口呼吸で血色が良くなり始めると意外に若い中年の人らしい。そしてその最初のどす黒さから肌の色の濃い人だと思っていたのが、みるみるうちに「白人」になっていく。どうしてこんなさびしいところで、車椅子に乗って、一人で倒れていたのだろう。治療はまだ続いている。息を、しなくちゃ、息を、がんばれ!と思っているうちにアタクシまで息苦しくなった。療法士がアタクシの顔をのぞいて、大丈夫?と聞いてくれた。もう六年ほど通っていて、すっかりお友達になってしまっている「優しい一生懸命お兄さん」タイプの療法士だ。「うん、でも、とても悲しい」と答えると、肩に腕を回してくれた。二人でまたしばらく様子をみたが、治療が終わりそうにない。「有難う、もういいわ、アタクシ残るから帰って」と二回ほど言っても「なに言ってんだよ、一緒にいるよ」と居座ってくれた。三十分ほどすると、突然、吠えるような声をたててその人は自分で呼吸をし始めた。「これは、吐くな」と思ったけれど吐かなかった。一息づつ呻くような、吠えるような声をあげた。生きていることを宣言する様に聞こえた。ああ、良かった。医療補助者が色々な装置をはずしながら、「有難う、もうお帰りいただいて結構です」と言ってくれた。(アタクシは書類とか取材とかあるかな?と思ったが、なかった。)もう一人の医療補助者が、「呼んでくれて有難う、呼んでくれてなかったらこの人確実に死んでましたね」と明るい声で微笑した。「その人の命を今救ったのは、貴方がたでしょ?アタクシ達は指をくわえてみてただけなんだから」と言うと、その医療補助者ははにかんで真っ赤になった。洋館に帰ってからムーミンにこの話しをしたら、アタクシが呼吸困難になったわけでもないのに、大きな緑色の眼をさらに大きく見開き、蒼白になって、「大変だった、大変だったんだね、もうきっと大丈夫さ」と抱きしめてくれた。まだ、少し悲しい。
2005.08.06
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母に見習い、幼いころから平和運動に参加している。八つか九つのころから三年間ほど、コチラの日本語学校に通わされていた。「日本語学校」といっても普通の学校のかわりに通うのではなく、週二回か三回、学年によって一時間とか二時間だった。「塾」ともいいがたい。生徒は主にコチラで生まれ育った二世や三世の子で、アタクシが通いはじめたのは「二年生」か「三年生」だったが、三年生になっても四年生になっても五年生になってもひらがなさえ読めない子がいた。「すらすら教科書が読める」「普通に日本語で会話が出来る」のは妹と、アタクシと、あと高学年に二人いただろうか。毎年、学芸会などでは司会役に借り出された。漢字の学習や宿題などももちろんあって、もちろん休憩時間などはみんなでワイワイ遊んで楽しかったが、日常、家庭で日本語で暮していたアタクシ達にとっては、この授業はあくびが出るほど間が抜けていた。先生方は苦労したことだろうと思う。そのころ、毎年この日本語学校の校長に選ばれ、原爆記念日に行われる儀式に参加させられた。浴衣を着せられ、下駄をはかされて、当時おない年だった被爆者の少女が書いた体験記の英訳を、ステージからマイクを使って何千人もの集まりに向かって読まされた。痛々しい文章を読み返す度に自分の肉も焼きただれて、友達の悲鳴が聞えてきそうになった。「喉が乾いた」「『水を下さい、水を下さい』と呻きながら死んでいった」「熱かった」「痛かった」...毎年、怪我だらけの何名もの被爆者の生々しいカラー写真がポスターの様に引き伸ばされてステージのまわりに張り出されてあって、それが正視できないほど恐ろしかった。「ゆっくり読んで、マイクから時々顔を上げてみんなを見回すようにしてね」とだけ言われていたので、顔を上げると、涙をボロボロながして聞いているおばさんがいてびっくりしたが、読み続けた。すぐまた顔を上げてもっとよくみてみると、そのおばさんだけではなく、他にも何人も何人も視線があう人はみんな涙ぐんでいたり、悲痛な表情に顔をしかめていたりした。前列でしゃがみこんで嗚咽しているおじさんもいた。その少女達の文章は、それほど生々しく、衝撃的だった。幼心に「二度と無いように、なんとか、なんとかしなくちゃ」と強く思ったのを覚えている。切羽詰まった難しい表情のアタクシの写真が新聞に大きく載ってしまったこともあった。祈るだけではたりない。行動にうつさねば。でも、祈る。
2005.08.06
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幽霊目撃者1、2、3、4、5、6やっと帰宅すると、いつもの落ち着いて上品な義父母の雰囲気と随分違う、とすぐ感じた。原因はすぐ分かった。お二人ともちょっと浮き浮きとして、義母はまだ少し動揺している様子だ。「信じられない、信じられない」と連発している。結構楽しそうに話してくれた。ムーミンも、アタクシがいなかった内の話しの内容を話してくれた。たとえば、「その人の表情は?」「知りませんよ、そこまでみなかった、とにかく頭をぶつけそうになったのと使用中のお手洗いに入っちゃったのとでびっくりしてドアを閉めたんだから。」「流し台に立ってなにしてたかわかる?」「そうね、手を洗ってた訳じゃなさそうだったけど一瞬の出来事だったからね、むこうは結構落ち着いてたみたいだったけど私はびっくりして恥ずかしくて大変だった。」「感じとか、雰囲気とかは?」「そんな暇なかったわよ、ああびっくりした。」「『この人女中だな』なんて思わなかった訳だね?」「え?女中って何よ、え?どういうこと?」「恐くなかった?」「ええ?そんな暇もなかった、ただびっくりしただけだけど、なに、『恐かった』っていうの?え?まさか『幽霊だ』なんて言うんじゃないでしょうね、やめてちょうだいな。」その後、アタクシ達の知る限り、この「茶色の服の女性」は姿を現わしていない。
2005.08.05
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[映像・ドクター・スース x ナルジーンで人気度倍]何年もゴロゴロいろんな所に持ち歩いているナルジーンのボトル。大学時代、このデイバッグの隣に映っているグレーのと、他に不透明な白いボトル、二種類しかなかった。今は◯ュー・◯ーク・タイムズ・マガジンで取り上げられるほど、若者の間で大人気、それに応えて数十色、色とりどりある。二年ほど前、ドクタ・スース百年記念集の本を買ったら、お馴染みの本屋が限定版のドクタ・スースの柄入りのナルジーンのプレゼント中だった。事務所で使っているのだが、さんざ羨ましがられている。目盛が数字ではなく、ドクタ・スースのキャラクターの背丈で表示されていて、「昨日はロラックスまでしか飲まなかったけど、今日はシンデフィー・ルー・フーまで飲んだ!」と(言いたければ)言える。
2005.08.05
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変な夢で起きてしまった。何があっても起きないアタクシなのに。コチラは今、朝の四時だ。足首を思いっきり蚊に刺されているようだ。ゴルフ・ボールみたいに腫れて、そこだけ熱い。これはかぶれる。家を開けていた内に屋根裏にリスが住み込んでしまっている、と昨日(といっても数時間前)判明した。だから、夢に出てきてしまったらしい。アタクシが一人大きな椅子に座って、リスが何匹もちょこまかとその回りにいて、ダージーリングの紅茶を入れてくれるがそれに入れる牛乳がなくて、二十匹ほどで買い物に行ってミルクをお御輿の様に担いで帰ってくる。その間に他のリス達はストロベリー・ショートケーキを出してくれたり尻尾で靴を磨いてくれたり色々尽くしてくれる。誰も一言も言わないけれど、真っ黒く光る大きな目で「追い出さないでください」「いさせてください」とアタクシに向かって念じる。アタクシは困ってしまう。無言で紅茶をいただく。そして次の部屋に怪猫が舌なめずりをしながら控えているのを知っているアタクシは気が気でない。そんな夢。アタクシ達が住む付近にはリスが人口より多い。ピョコンピョコンと電線を高速道路変わりに使う。コヨーテの餌になっている。それがついに、外の大きなコブシの樹を伝って洋館の屋根と壁の間にできていた隙間を噛って大きくして入り込んでいる、と業者の人が調べてくれた。屋根裏部屋のマスター・スイートではなく、その壁と屋根の間に入ってしまっている。「業者の人」とはこちらで exterminators というのだが、英和辞典でこれを調べると「根絶者」とある。この場合違うのでは?あと「(害虫などの)駆除剤」とあるがこれでは「取り除いてくれる人」ではなく「薬」になってしまうのでは...?とにかく、今朝早く来てくれることになっている。ムーミンは心優しいので、「毒を使う」「罠をかける」会社ではなく、「動物をいたわりながら追い出す」会社をやとった様子。まず小さな「リスサイズ」のワン・ウェイ・ドアを取り付け、「出られるが入れない」状態にする、という。それから屋根を這いずり回って、他に入れそうなところに網を取り付けてくれるそうだ。「リスで良かったですね」といわれた。「リスはネズミと違って巣に排便しないからね。」知らなかった。ムーミンもアタクシも、「リスなんてかわいいけど本来ネズミにりっぱな尻尾をつけただけさ」と思っていたのだが、謝らねばいけない。
2005.08.05
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幽霊目撃者1、2、3、4、5、6ムーミンの御両親はお二人揃って真面目で、誠実で、寛闊で、優しくて、自慢の義父母だ。おとぎ話に出演する「心清き優しき老夫婦」そのままだ。父上はここ数年軽い心臓病をかかえていらっしゃるが、母上は元気溌剌、活発だ。その母上が、元配膳室のお手洗いに「出る」などと聞いていなかったのに、はち合わせてしまった。「背が低く、小柄で、髪が茶色」など、元住人の話にぴったり合う。もっと詳しく聞いてみると、「服は茶色かこげ茶色で裾が長い長袖のドレス」だったという。またまたぴったりだ。後で一緒に話し合っている内に、「家に初めてな人に限って現われる印象がある」という元住人の言葉も気になりだした。アタクシは帰宅してからこのことを聞いて、ちょっと残念だった。他に何も出来なくても、仕事柄、取材だけは得意なのだ。目撃者にはすぐの印象を、ああだこうだ相談したりしない前に話してもらうのが一番適切な情報が得られる気がする。
2005.08.04
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[映像・ナルジーンのボトル・デイバッグ]あーもうちょっとよく考えて撮影するべきだった。日光が乱反射して中はあまり覗かない、と思ったのだがカメラからダウンロードしてみたら... 恥ずかしい。まさかこんなにはっきりと映ってしまうとは。それに、水平線がかしいでしまっている。嗚呼。これはアタクシがキャンプでいつも手元において愛用しているデイバッグ。シール・ライン社の(パドル狂の間では)有名なシール・バッグ。開け口を揃えて、二三回ぐるぐるっと巻いて、両端のクリップをパチンと止めると、防水になる。テントを入れるような大きなものから、この5リットルの小さなものまである。右に赤いラインとD型クリップが見えるが、それらはアタクシがつけた。カヤックが転覆してもなくならないように固定する。(バケモノなので転覆などしないのだが。)「かばん点検」みたいで恥ずかしいのだが、映ってしまったついでに内容を数点紹介してみると、◇黄色い物体はミントでスーッとするお気に入りのリップ・クリーム◇黒い四角はなぜか旅路放り込んだままだった昔の癖が抜けない化粧品(キャンプ中はもちろん無使用)◇水色のノートはいつも必ず一冊持って歩いているアピカのノートと、キャンプだからサラサのコバルト色のペン(通常は万年筆)◇その後ろはその日読みかけだったカート・ヴォネガットの「キャッツ・クレイドル(あやとり)」(十回も読めばいいだろうに、やっぱり名作)◇前の赤いのは都会でも持ち歩く、ごてごて道具いっぱいのスイス・アーミー・ナイフ◇茶色いのは「カヤック用」にしている柔らかくて平べったい財布◇その後ろの赤いのは鏡つき口紅ケース(目的は鏡のみ、いつもはキャンプで鏡はこれとコンパスについているもののみ、目に砂が入ったりするから不可欠)◇そのとなりのライムグリーンの怪しげなのはとってもとっても恥ずかしいアタクシのお気に入りのお子様用ジェル歯磨(スイカ味)この他にも日焼け止め、かゆみ止め、ティッシュ、干マンゴの破片、トランプ、歯ブラシ、今回は漱石の「我輩は猫である」などが入っている。貴方なら、何をお持ちになる?
2005.08.04
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幽霊目撃者1、2、3、4、5、6[映像・埃だらけの洋館の応接間で幽霊談]いるはずがない女性が狭いお手洗いの流し台に向かっていた。情況を知らない母上は彼女とはち合わせて動揺している。てっきり下宿の友人、D だと思い込んでいる。ムーミンはちょっと楽しくなってしまったそうだ。その元配膳室のお手洗いに侵入者がいるかどうか見に行くが、勿論誰もいない。家の鍵は帰ってすぐかける癖があるし、第一、古い洋館なので人が歩きまわったりすると少しばかり床が軋む。他に「人」などいないのだ。(怪猫が肩の筋肉をうねらせて巡邏しても、みしみし軋む。< 現場中継 >この節を書いていたら呼ばれたように、床を軋ませて、書斎に入ってきた。これも「地獄耳」というのだろうか。後足で立ち前足を机にかける。机が、肩の下までしかこない。化け物め。ジャスミン・ティーしかないのを確認して、のしりのしりと去っていく。< /現場中継 >) 一応台所も見回ってきたムーミンは、微笑して聞いた。「それってどういう人だった?」「どうって、びっくりしてすぐドアをまた閉めたから観察なんかしなかったけど、背が私より低くて、小柄で、髪が長くて茶色くて...」「『ドアをまた閉めた」って、閉まってた訳?」日本ではどうだか知らないが、コチラでは(知る限り)「空室です」というシグナルにドアを少し開けておく。「何言うの、閉まってたらノックするでしょ、少し開いてたのよ、『誰もいないっ』てどういう意味?私が見たのは、じゃあ、誰?頭をぶつけあいそうになったんだからいたのよ、もっと家中探したほうがいいんじゃない?」たかが四畳の、床も天井も壁も白ずくめの明るい昼間の部屋で見間違えた、ということはあるのだろうか。
2005.08.04
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幽霊目撃者1、2、3、4、5、6アタクシ達が引っ越してすぐ、大の仲良しの同僚 D とそのパートナーが大喧嘩の挙句別れた。毎日経緯を聞いていたアタクシ達は、別れる前から、「もし必要だったら頭を冷やすだけでも、ずーっと長期間でもいいから泊まってね」と言ってあった。D は洋館の屋根裏部屋にあるマスタースイートに一目惚れし、引っ越して来た。ムーミンの御両親には日常生活を伝える電話でその事を話していたし、彼女が時々電話に出たりしていたので、御両親は D が一緒に住んでいることを十分承知で遊びに来た。その日、ムーミンは一人仕事を午後から休んで空港まで御両親を迎えに行った。洋館に連れて帰って、援助して頂き買った家を見て回っていただいて、三人でお茶とおやつにしよう、とリビングでのんびりしていたそうだ。そして、母上が、「ちょっと失礼」とお手洗いに立った。が、慌ててすぐ戻ってきた。「ああびっくりした!ああどうしよう!」「え?大丈夫?」「ああノックすればよかった!誰もいないと思ったんだもの!ああ恥ずかしい!」ムーミンは父上と顔を見合わせた。「お手洗いにレディーがいたのよ、あなたの下宿のお友達の人、なんて言ったけ、D さんだっけ、あーんな会い方!ああどうしよう!」ムーミンはここらへんで「もーしかして」と思ったそうだ。「D は仕事だよ、ここにいるのは僕ら三人だよ。」「えええーっ、だって今ドアを開けたらぶつかりそうになって謝ったのよ、あ、ごめんなさい、申し訳ありませんって、流し台に立ってたのは、じゃあ、だれ?」
2005.08.03
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[映像・両親の庭でとれるイチジク]五週間の休み、あっという間に終わり、今日から久しぶりに仕事だった。今「今日から」を入力しようとしたら最初「狂から」と出てきてちょっと吹き出した。疲れたので、昨日からこのために冷やしておいたイチジクに庭のミントをあしらって、いただいた。両親の庭でとれるイチジクは、今年は豊作。アタクシの仕事は一日が「え?」と思う間に過ぎる。昔バイトで、結構楽しかったのに、一日8時間が信じられないほど長ぁーかったのを痛いほど覚えている。考えるだけで脚とか膝とか痛くなるような気がする。なんど時計を見ても「あれ止まってるんじゃない??」と思うほど延々と時間が過ぎなかった。それに比べこの仕事は、朝事務所について、お茶を飲みながらちょっと書類に目を通しているとムーミンが「お昼ご飯だよ!」と呼びにくる。「うそー」と目を上げるとお昼をとっくに過ぎている。昼食を食べ、朝の挽回をしなくちゃ、と思ってコンピュータにちょっと向かっていると秘書のPが「今日は帰るけど、何かいるものは?ない?じゃ、また明日ねっ!」と挨拶をして帰って行く。ええっ?と思って時計を見ると帰宅時間で、ムーミンが迎えに来ていて、アタクシをコンピュータから引き剥がして帰る。毎日こんな感じ。一週、一ヵ月、一年が飛ぶように過ぎる。このままではすぐオバアチャンになってしまう気がする。
2005.08.03
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[映像・自慢の姪]妹に、「生みの母の私よりお姉ちゃんに似てるけど、なんで??」と言われる。友達に「全然似てないじゃない?」と言われるほど、妹はメイに似ていない。だが、メイとアタクシと二人で公園にでも散歩にでも行こうものなら、通りすがりの人に「ああ、お嬢さんそっくりですね!」と言われる。ちょっと嬉しいけど、まさか、アタクシはこの子の20分の1もカワイクない。メイはもうすぐ三才。最初はフル・バイリンギャルだったのだが、このごろはなぜか英語のみ。喋りだす前から意識して「この子の前ではできるだけ日本語で」とこころがけていた。「アタクシも日会話の練習にしよう」と頑張っていたが、そのこだわりはどこへやら。アタクシ達(妹、妹の旦那、ムーミン、アタクシ)もみんな英語の方がずっと楽!なのでついつい気がつくと英語になってしまっている。もうコチラ住在30年近いのに英語がまったくダメな母まで、つられて英語で対応しているしまつ。ちゃんと日本語で会話をしてあげているのは祖母だけだろうか。日本語で話しかけられてちゃんと意味はわかっているのに英語で返答する。そういえば、アタクシ達姉妹もそうだった。でもアタクシ達は親に英語で話しかけても、日本語できちんと言うまでシッカリ無視されたのでいやいや日本語で生活していた。この作戦はメイちゃんには通用しない。なぜなら、こんなにかわいくて、お利口で、お茶目な子(叔母馬鹿?)を無視など出来ない。でしょ?
2005.08.03
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