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医療保険でうけられるリハは数日前に終わりました。何とかしてリハを続けたい一心で、手を尽くした結果、介護申請だけはしてみることになりました。そして、今日は介護認定日。役所の窓口で、「日常生活が出来る人は介護保険の対象にはなりません」とあっさりと、断られてしまったから、どんな怖い方が来るのか緊張です。約束の時間に、認定の方が見えます。結構、年配の物腰の柔らかい方でした。日常生活の様子を見ながら認定すると聞いていたので何をさせられるのか、ドキドキでした。けれど、実際は問診でした。右手を使ってどの程度日常生活ができているのか?ほとんどの事は出来ていると思っていた私ですが、問診表に即して答えていくと、やっぱり出来ないところがあるんだね。無意識のうちに私や子供たちがカバーしている。そして、結構動く足も「すみませんが、立って歩いてください」と認定委員の方の前で歩いてみると、装具をつけても、足先が緊張で丸まってちょっと危なげ。旦那は、右足がまだしっかりしているから安定して立っているように見えるけれど歳をとって足腰が弱った人なら、歩くのも難しいのかなと感じました。旦那の場合、歩きたい、手を使いたい一心で、出来ないを出来るに変えて来たのかも知れません。もしかして、同じ程度の麻痺の方は、この程度もやらないのかなと思いました。リハが終了して1週間。寒さのせいかも知れないけれどたった、一週間で動きが悪くなっています。動かす時の痛みが増している。介護申請。。通る事を祈るばかりです。金木犀の花も終わり、辺りは晩秋の装い。当たり前のようにゆったりと季節は流れていきます。昨日突然まるこが受験教科を変えたいと話してきました。センターまで2ヶ月ちょっと、今からの勉強でも間に合う「私、夏休み中なんでもっと勉強しなかったんだろう」「。。。」母は分かっているよ。一生懸命勉強していた。でも、ありえない日常に頭に入らなかっただけ。いっぱいいっぱいの母を支えてくれていたからね。周りの人から比べたら、受験勉強は遅れているかもしれない。でも、与えられた時間で一生懸命頑張るしかないんだ。父の姿をみて、まるこも頑張っている。二人とも報われない努力になるかもしれない。けど、諦めずに道を開くという経験をつんでいるのかもしれない。我が家のひいらぎは、今年も変わらず小さな花をつけています。
2007年10月30日
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週末は退院して初めて飲み会に誘われていました。食べ物を食べるとき、必ずぼろぼろこぼす旦那は、人前で食べ物を食べるのは、絶対嫌なことでした。お昼を挟むときも絶対外では食べない。口に運びやすいものを私が買ってきて車で食べていました。飲み会のお誘い。。。仙台で言う「芋煮会」事務所内で作って皆で頂くということでした。「さらぱぱさん、一緒に行きましょう」のお誘いに「OK」の返事をしたようでした。所が、当日は土砂降り。晴れていれば問題がないのですが。雨だと、かさをさすことが出来ません。約束の時間のちょっと前になって。「あんたも一緒に言ってくれないか?」「え~、化粧もしていないし、第一子供たちの夕飯の準備もしていないよ」「やめっかな。。」せっかく、行く気になったのに今諦めるのはもったいない。妻付きで飲み会に参加することにしました。土砂降りでも、飲み会となると勢いがあります。ちょっと、屋根がかかったところで、ドラム缶を用意してホタテ、かき、そして牛タンを焼きます。中では、大きななべに「トン汁」が出来上がっていました。皆さん、旦那に気を使ってくれて、食べ物を運んでくれます。でもね、やっぱり外では食べられませんでした。かきを一口頂いただけ。話の輪になかなか入っていけませんでしたが、それでも楽しそうでした。そして、その場の雰囲気からか、ちょっとだけ飲みたくなったようです。日本酒を一口。もともと、大酒飲みだったので、ありえない量です。予備校が帰りのまるこも合流してかやかやと2時間近くおしゃべりしてその場を退散いたしました。食べない旦那を気遣って、豚汁やら、おにぎりそして残り野菜をお土産に持たせていただきました。まるおの夕飯はこれで0K。ここの事務所、年配の方が多いのね。旦那より上の人ばかり先の見えてきた方々がこんな話をしていました。「俺さ、生まれ変わったら女かな、男かな、それとも動物?」「動物だったら、空を飛びたいから、鷹になりたいな」「ねずみ年だから、天敵のヘビになるか」「土を這う動物はいやだな~」「やっぱり、男だな。来世でも○○さんと一緒に」「え~、来世でも一緒に仕事してんだ。。」若い人たちとは違う夢。でも、来世も一緒に仕事したいって、いい関係だなって感じました。今は、派遣とかが多くて人を労働力としか見ていない会社が多いでしょ。こういう、アットホームな感じが貴重なんだと思いました。私。。来世では自分の夢に正直に生きたいかな。諦めてばかりの人生なので。今からでも、修正できるかしら。。
2007年10月28日
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細々とではありますが、少しずつ設計のお仕事も入ってきました。ただ、依然の数分の一、そこに、またまた耐震偽造発覚。耐震偽造をやれば、自分たちの首を絞めることになるのに。実は、この耐震偽造のせいで、業界は大変なことになっています。建物を建築する時に、確認申請を受けるわけですが、最初の耐震偽造発覚後この春から申請内容が変わりまして、申請が降りるまでに6ヶ月を要することになりました。旦那が倒れた辺りが駆け込み申請がたくさん出ていて、どの設計士さんも睡眠時間を返上して仕事をしていました。その結果、片や耐震偽造。。我が家は片麻痺です。申請が変わった今、どう言う事が起きているかと言うと、申請に長い時間を要するために建て主さんがしびれを切らし、建築をやめてしまう。仕事は出ていても、申請が降りないために実施設計に至らない。申請が降りないと設計料が発生しない。お役所さんは良いですよ。だって、時間をかけたって一定額の報酬が毎月得られるから。報酬は税金から出ているからね。民間は、数こなして何ぼでしょ。申請料金が倍になったわけじゃないからね。どの設計士さんも、この業界で食べていくのは難しいと感じているのではないでしょうか。我が家は、そんな時期に障害者になってしまって。どこまで大波がくるのやら。。。旦那の退院時にお付き合いのあった事務所に謝罪を兼ねて「退院御礼」を送っていたのですが、そのまま突っ返された事務所がありました。仕事に穴を開けてしまったのだから、仕方が無いけれど、その方とはそういう付き合いだったのかな。と数回連絡を取るも、電話は通じずそのままにしてありました。けど、気になっていたんだね。風の噂で、事務所を移転した事を知り、電話番号を入手意を決して、その事務所へ連絡を取りました。電話口でひたすら謝る旦那の声が聞こえます。けど、温和な雰囲気。あんなに怒っていたのに、この耐震偽造の問題で相手事務所も苦しい立場にいました。設計料にならない、申請が降りないため施主さんからお怒りの電話が毎日掛かるそうです。もう、電話を取るのがいやだと話していました。体力の無い事務所は潰れていくだろうと話していました。明日はわが身だ~病気だからと今の旦那の状況を理解してもらい、旦那も胸につかえていたものを吐き出す事が出来ました。旦那にとってとても勇気が入ることだったと思います。地元の事務所ではないので、連絡を取らなければ二度と会うことも無かったかもしれません。それでも、けじめをつけたこと。ちょっとは人間的に成長できたかな
2007年10月27日
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お得意様に電話をかけたことから頂けたお仕事。この病気になってから、初めての図面のお仕事です。昔、一緒に働いていた仲間なので、少しは気が楽でした。データが届くと、すぐにCADを動かします。普通なら3日で終わらせるお仕事。仕様書が届くと、図面作成に取り掛かりました。今まで、やっていた事をやりだすと、障害者になった事を改めて自覚することになります。今まで、両手でやっていた事を、片手でやらなければいけません。そして、病気のせいなのか、頭の回転が鈍いようでした。何より、変わった事は、老眼が進んだことでした。入院中、遠くを見る機会が全く無かったせいなのか、いつの間にか乱視になっていました。眼鏡をかけなければ字が読めません。できることより、出来ないことの方が鮮明に見えてしまう。仕事をしながら、何度もため息をついています。「やんだ、やんだ、やんだ」思うようにならない体に、時に怒り、そして落ち込みました。そばで見ていても、もぞこくて、もぞこくて、いつの間にか涙が溢れていました。「俺は、もうこの仕事だめかもしれないな」「いいよ、無理しなくても」こんなやり取りをすると、また、仕事をやり始めます。やっぱりプライドがあり、簡単に手放す事はできないようです。平凡な日常って何も無い時は退屈に感じるけれど、とても、大切な日々なんだね。でも、今、私たち家族が経験していることも、とても貴重な体験なのかもしれません。今日は、久々に旦那と散歩をしてきました。落ち葉が飛ばされて、歩きやすい遊歩道に、ヘビが横たわっていました。「うわっ」良く見ると、尻尾がちぎられている。死んでいるかも寒さで動けなくなったか。。やっぱり、ヘビは怖いです散歩道にはいろんな発見がありますね。こんな時間昔はもてなかったな~。
2007年10月21日
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ここ数週間、ちょっとお疲れ気味。旦那の病気に伴って、上手くいかなくなった事を変えていく必要があります。自分で撒いた種だから、自分で刈り取らなくてはいけない。けど辛いんだね今。正直、この道からリタイア出来ればと、ときどき思ってしまう。けど、負けず嫌いなのよね私。なんとか出来ると思いたい。明日は、医療保険で受けられる最後のリハです。数週間前、作業療法士さんから今後のリハの話をされていました。介護保険でという言葉を耳にしていたので、先日に介護保険科に行って来ました。そこで言われた事「日常生活が出来る人は介護保険は受けられません」と言うことは、日常生活が可能な我が家は介護保険でのリハは受けられません。病院の作業療法士さんは、どこかでリハを続けて欲しいと思っています。けれど介護保険以外のその先のリハの受け皿があるのか分かりません。旦那がいろいろ探して、ひとつの施設を見つけました。今日、思い立ってそこへ見学に行って来ました。そこも、たくさんのお年寄りがリハを受けに来ていました。旦那と同じ状態の人も何人かいました。見学ついでに、旦那の麻痺の腕を触ります。やはり、むくんで来ている。何もしなければ確実に固まっていくと言われました。そして、そこも介護保険を利用しての施設。困った。。。我が家、リハビリ難民です。そこの作業療法士さんに、このままにしておけば、肩が下がり姿勢が悪くなるそのうち腰に負担が行くようになり生活に支障をきたして行くと言われました。そして、役所以外の相談場所を教えてくださいました。どうなることやら。。。それにしても、乗り越えられない試練は無いんだよね。だから、乗り越えられると信じるしかないけれど。。体中の力が抜けそうだわ。。。ごめんなさい、愚痴です。でも、今日はいい事がひとつ。旦那が始めてズボンを履きました。今まで、ボタンが出来なかったの。だからジャージのみでした。いつもの仕事のスタイルまた、うるうるしちゃいました。
2007年10月17日
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新規の仕事を無事に納めた旦那は、久々に満足そうな顔をしていました。でも、それはホンの一瞬。仕事をしたことで、改めて自分の今の実力を感じる事となりました。頭が回らない。。上手く喋れない。。思うように手が動かない。。そして、今までのお得意様からの新規の仕事が入らないことも落ち込む原因となりました。私 「このまま、仕事が来なければ生活を維持できないよ。他の道を考えようよ」旦那 「挨拶に行った時は、仕事出すからと言われたけれど、社交辞令なのかもしれない。 わざわざ障害者に仕事をださないよな。あんたの意見が当たってるよ」他の道とは、職に着くことになります。でも、左麻痺の口はちょっと油断して喋るとよだれがでます。ご飯を食べれば、ぽろぽろとこぼれてきます。重要な打ち合わせになると急に口がもつれてしまいます。お昼はどうやって食べる考えれば考えるほど、問題が山済み。人前に出たくない旦那の気持ちが痛いほど伝わります。落ち込んでいた旦那様が定義山に行きたいと言い出しました。前回は、車椅子での訪問。退院してからは初めて。気分転換になるかも。。丁度、お休みだったまること3人でお出かけしました。足が不自由になったので、出来るだけ歩く距離を短くして阿弥陀如来様にご挨拶をしてきます。いつも楽しみにしている門前町の食べ物は、まること2人でダッシュで買ってきました。美味しいものはなかなか諦められないのよね。早々に参拝を済ませ家に帰ります。旦那は何か決心してきた様子で、電話に手をかけています。「お久しぶりです。。お世話になっています仕事ありますか」声が掛かっていたお得意様に電話をかけています。「おお、あるよ。明日データ送信します」もしかして、うちに来る仕事ではなかったのかもしれません。でも、久々に営業したことで、設計の仕事を貰う事になりました。自信はありません。でも仕事をしたいという旦那の思いだけは伝わってきました。 実は、今日はじめて1人で病院に行かせました。少しづつ、会計の仕方や駐車場からの歩き方などなど練習をしてきましたが思い立って「1人でリハビリに行ってみない」と声をかけてみました。今、内心ドキドキなんです。だって、車は運転しますが、気付くとギヤがセカンドのままだったり、フットブレーキを外し忘れたり健常者の頃は絶対やらなかった失敗をするから。事故に遭わないか。。とか、階段のない駐車場に止められたかとか。。心配。小さい子の初めてのおつかいのように、隠しカメラでも付けたい気持ち。何事も無く、無事に戻ってくることを祈りつつお留守番しています。
2007年10月09日
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市内の中学校は5日が1学期の終業式そして6日から新人戦です。一学期の通信表がでて、あれこれと盛り上がるわけですが。。先生からのお言葉の最後に「提出物の期限を守る事を今後の目標としたいところです」と書かれて来ました。もちろん、大半は父の病気の事学校での立ち居振る舞いが立派だったとかかれていますが。。分かる気がしますだってね、終業式はどうやらお弁当だったらしいです。所が、私はその話は聞いていません。学年便り。。見たけれど母はすっかり忘れていました。まるこのお弁当はしっかり持たせたのに、まるおはいつもの通り出しました。家に帰り通信表を出しながら「おっか~怒らない」「怒る」「どうすっかな。。。実はお弁当だった」 「先生に買ってもらったから300円頂戴」私、午前中は家にいましたよ。。「コンビにおにぎり、喰いたかったんだ」コンビにおにぎりに負けた通信表。。良くないよ。。でも、この事件でぶっ飛んでしました。 次の日は、新人戦。場所はドームの球場。2年生は全員ベンチに入れます。「今日はお弁当だよね」昨日の事があり、ついつい念を押してしまいました。試合は午後から、「見に行こうかな」とつぶやくと「絶対来るなよ、俺はでねえから」と大きな釘を刺されます。気持ちは分かる。。私も自分の試合に親に見てほしいとは思わないものね。でも、ユニホームを着て出る試合って数回しかありません。ベンチだってユニホーム姿はカッコイイし。こっそり行ってきましたまるおは細身の後姿。。大丈夫見つからない試合のほうは裏攻撃、1回に上手くヒットが繋がり2点先取あぶなげながら2回3回とやり過ごし、ここで母は退場しました。夕方遅くになって戻ってきたまるお。試合結果は「負けた~、中盤になって相手が当たりだした。7-6で負けたよ」「明日、試合あったら出してもらえたと思うよ俺」残念。次の日の試合は家の学区の強豪。勝つことは難しいからか出してもらう予定でした。まるおの新人戦はあっけなく幕を下ろしました。でもね、ユニホームをきて、一緒にグランドに立ってそれだけでも嬉しかったと思います。だって、矢継ぎ早に今日の試合模様を話してくれたから。母が見てたこと。。。。ばれていました
2007年10月08日
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いまどき、コレで給料を出しているところってあるのかしら。ほとんどは銀行振り込み。旦那は、図面の検査機関の協力事務所に登録しています。仕事があったときだけ呼び出しが来て出向します。旦那が病に倒れ、病気の事を理解してくれる人も沢山いましたが、そうじゃない人もいました。もちろん、全て旦那が悪いこと。倒れたことで仕事が中途半端になったものもあったから。流石に、お詫びにと送った「退院祝い」をつかえされた時には言葉も出ないほど落ち込んでいました。「あなたが悪いから仕方がないんだよ」と励ましにもならない言葉をかけるのがやっとでした。そんななか、検査機関の人たちは、旦那を心配して心配して声をかけてくれました。旦那は、本当はここに行きたくなかったんだよね。障害になって不自由な体で皆に接する。皆さんの温かさを感じる分、皆さんの手を借りて仕事をすることにやるせなさを感じてた。旦那 「今日は、この事務所に今後の仕事は出来ないと断ってくる。こんな姿をさらすのは やなんだ。」私 「ダメだよ。人と話すことは大切だよ」落ち込んだ顔で、こんな会話をしながら出かけたわけですが。。。戻ってきたら、様子が違う。嬉しそうな顔をしています。出かける前の会話はどこ吹く風です。旦那 「俺が、復帰してから働いた給料貰ってきた」中身は1万数千円。旦那 「え~と、片手でかみそりを使うのが大変だからシェーバー買って。。」 「その前に、まることまるおに千円づつお小遣い。。」 「いやいや、今日は晩酌。。」あれこれと、使い道を考えていました。で、結局子供たちがねだったものはこれ68円のアイス。子供のお小遣いでも買えるアイスです。それでも、旦那は子供たちにおやつを買ってやれたことが嬉しいし子供たちは旦那におやつを買ってもらったことが嬉しい。些細な日常。そして、人のつながり、お金を稼ぐありがたみ。病気になったからこそ見える、生きている幸せの瞬間でした。【定価の30%OFF】明治乳業 1800エッセルスーパーカップ抹茶 100×18入【定価の30%OFF】明治乳業 1800エッセルスーパーカップ超バニラ 100×18入
2007年10月05日
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仕事を請けたおかげで、2階へ上がることが出来、久しぶりに気持ちが高潮します。初めてのクライアントなので、とにかく綺麗な仕上げで納期に間に合わせる。出来れば、納期前に納められれば。。そんな思いで、仕事をしました。しかし、やはり、スピードが上がりません。リハに行くと疲れてしまい余計に効率が下がりました。それでも、十数年やってきたプライドもあり、納期より半日早く納める事ができました。「さらぱぱさん、良ければ引き続き残りの物件を請けてもらいたいのですが」「納期はどうなりますか?」「少し、延びました」納期に間に合ったことで、もう半分の仕事も旦那が請ける事になりました。所が、こちらの物件の方がボリュームが大きい。スピードが遅いとか言っている場合じゃありません。とにかく、目の前にあるものをこなしていく。自分のスピードで、寝る時間を確保しながら。2人で一心不乱に。。子供たちも殺気を感じ、声をかけません。こちらは、納期ギリギリの納品になりました。でも、急ぎでやるとどこか、抜けていたりするのよね。本当に納まったか不安です。「さらぱぱさん、●工事の項目はどこにありますか?」え~、やっぱり、抜けていた。いやいや、仕様書に書かれていない項目です。でも、拾う必要があった。「今からやりますので、お待ちください」夜のまったりしていた時間でしたが、仕事モードに切り替えます。数分でそちらも処理。もう一度納品します。その後、電話はなりませんでした。どうやら、初仕事は、期限内に納めることが出来たようです。
2007年10月04日
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我が家は庭があります。けれど、ガーデニングは苦手ですかろうじて、玄関前だけは見苦しくなく整えていますが、見えないところは草丈が高くならないように注意しているだけです。所が。。。今年は旦那の病気で草取りまで気持ちがまわりませんでした。家の裏は、草丈が大分高くなってきて、歩きづらいというか誰も近寄りません。気持ちはあるんだよ。草取りしなければ。所が、ほったらかした草から、1つするすると伸びるものがありました。それが、先日つぼみをつけて。。このはなが咲きました。ゆりあたりは歩けるぐらいに草をとりました。ゆりって、球根じゃなかったっけ私は、植えてないよ。十数年住んでて、ゆりが咲いたのは初めて。1輪でも、存在感があります。他の場所にも咲いていました。たまには、サボってみるものですね。草取りをサボったおかげで、素敵なお花を観賞することができました
2007年10月02日
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旦那の事務所は2階にあります。仕事を請けた事で、私が必要なものを下ろしていました。コピーもFAXも2階。どの書式が何枚必要なのか。何回も聞きながらコピーをとっていました。旦那「うんと、あれ、とってきて。机のしたのあそこにあるから」私 「あそこのあれって何」旦那 「うんと、あれあれ」ついつい、こそあど言葉が並びます。そして意思は伝わらない。。障害になった旦那をいたわりながらと思っても、ついつい爆発イライラが募るほどではありませんが、やっぱり大変でした。旦那は登れない2階を見上げます。「いけね~もんな~」本当にいけないか確か退院前に階段歩行の練習をしていたはず最後は鉄砲階段を手すり無しで何度か下りたと話していました。ただ、理学療法さんが一緒でした。私 「階段練習したんだよね。挑戦してみない」旦那 「。。。」上を見上げ、意を決して靴下を脱ぎ始めます。滑らないように私が後ろへついて、階段の縁を掴み1段1段ゆっくり上がり始めました。上の数段が縁がなくなるので階段を掴みながら上がります。歩みはゆっくりそれでも着実に上まで上がりました。4ヶ月ぶりの2階。「ふぅ~」深呼吸を付きます。そして、事務所にはいります。「倒れた時のまんまだ」覚えていた。何の書類があるのか分からない私は、旦那の部屋は全くいじっていません。救急隊員がぐちゃぐちゃにしていったままです。まず、神棚にご挨拶をして、必要なものを私のエプロンのポケットに押し込みます。なんだか、嬉しそうです。時間にしてほんの数分の滞在。そして、今度は下りです。上から数段は縁を掴んで降りてきました。そして、下の縁まで数段は壁だけです。幸いなことに手を伸ばすと何とか下の縁を掴めます。私が横について落ちないように気をつけながら1歩1歩進みます。下の縁までたどり着けば後は1人で降りられました。時間をかけながらも無事下に降り立ちました。降りた瞬間旦那は階段に腰掛けます。私の顔を見上げ笑みがこぼれます。旦那「やった。。。」私「出来たね」言葉を発した途端、私は涙がこぼれました。一瞬笑みを浮かべた旦那も、私の顔を見た途端、涙がこぼれて来ました。思わず、抱き合って、「よかった。。」と言いながら泣いていました。出来なかったやるせなさと、出来た喜び。。この病気になって初めて、旦那は子供のように声を上げて泣きました。
2007年10月01日
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