2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全30件 (30件中 1-30件目)
1
今日は近所に住む93歳の祖母が我が家にきている。一緒に住んでいるおばの仕事がここのところ忙しいので、今日はうちでご飯を食べたり、ひまごたちと遊んでもらうことにしたのだ。家にいるとき毎日祖母は、おばが毎日出勤前に作って行く、簡単な計算問題や漢字問題をおばが帰る前に毎日解いている。朝おばが出かけて、夜帰ってくるまでの間、ひとりでほとんどすごしているのだが、「おばあちゃん時間をもてあまさない?」と聞いても、「ううん、全然ひまじゃないよ。」といつも答える。祖母のまわりで過ぎ行く時間は私の周りに流れる時間とはあきらかに違うんだろうなあといつも想像する。明治の最後の年に生まれた祖母は5人の子供たちを育て上げ、私がちいさいとき遊びに行くと、いつも体を動かしていた。縁側のぞうきんがけ、庭の雑草とり、うめぼし作り、和裁の仕事。小さい体をくるくると動かしていた。そのとき祖母の周囲に流れていた時間と今とでは違うんだろうなあ。年々歳を重ねるごとに穏やかで、内側から醸し出されるものがある表情の祖母。ひまごたちと遊ぶときの祖母の顔は童女のような顔になることもある。いつまでもその姿を見ていたいと思う。
2005年04月30日
コメント(4)
今日訪問の看護婦さんが、「寺子屋だより読ませていただきました。いいニュースレターですね。」と声をかけてくださった。1月の末にできたものをその看護ステーションのかたにお渡ししてあったのを順番に読んでくださったようだ。「そしたら会沢先生をご存知だということがわかり驚きました。」とおしゃるのだ。会沢先生というのは寺子屋たよりで紹介させていただいた私の恩師で、現在元社会科の先生だった同志の方たちと「九条の会」通信をだしていらっしゃる。看護婦さんは会沢先生のご主人の書道教室に小さいときから通ってらして、今も続けてられるのだという。「こんなところで市川さんとご縁があったなんて、うれしいです。」とおっしゃった。私もすごくうれしかった。ご縁というものは人と人とをつなげる見えない力。その糸がつながっていたことがわかると、宇宙の力を感じる。シンクロニシティだ。シンクロを感じるとき、私は生かされていることを思い起こさせる。だからこういうつながりがわかるとわくわくする。今日はそんなギフトをいただいた。
2005年04月29日
コメント(0)
ここ最近、大人になることが現代は時間がかかるし、独り立ちするのも昔に比べたら時間がかかるようになっているなあ。ということを考えている。寺子屋で出会う若もたちからそのことを学ばせてもらっている。いま学力の低下もいわれているけれど、社会全体の人を育てる力が低下しているのだろう。この間会った20代の女性も、自分の不安定さが今の職場の人たちによって助けられ、安定してきたといっていたが、外側からは見えない心の悩みをもって自分のなかでぐるぐるしてしまう人が本当に多いのだと思う。今日夜間中学の記録映画「こんばんは」をみて、その中にもひきこもって誰とも口をきけなくなっていた少年が出てきていたが、その子もまわりの人のちからで少しずつ回復していく。そういう人間力みたいなものが育っている場所に巡り会えればしめたものだ。もし今育つことに多少回り道したり、時間がかかっている若者がいてもあせらないでほしいと強く思う。それは、昔とくらべたりすることではないからだ。今、自分のいる道をいけばいい。そうすれば何か出会える。そう考える今日このごろだ。
2005年04月28日
コメント(4)
昨日夜のニュースで九条の会の集会の記者会見の様子が流れていた。そのなかで鶴見俊輔氏の言葉が私も夫も心に残った。なぜかわからないけれど残った。たぶんそれは物事を熟考している哲学者が語った言葉だからよけい胸にとどいたのかもしれない。鶴見氏は「私はこの会のなかで自分の言葉に責任をもつこととして言葉が浮き上がらないようにきをつけたい。」という主旨のことを語っておられた。多くものごとを語りたい熱い思いがあればあるほど人に伝えることは困難を伴う事がある。九条の会の内容もあたりまえな内容だが、言葉が先行してまう危険性ももつ。ただこの会の熟考されたエネルギーは今静かに日本に浸透しているようだ。言葉やいきかたに真剣に取組み、世の中を考えているエネルギーが、そうでないものに静かに広がっていくことに私も参加したい。浮き上がらないように、舞い上がらないようにしながら。
2005年04月27日
コメント(0)
紫音さんに教えていただいた千の風になって。はまって本も読んで、スーザンオズボーンのCDもゲットしました。いいんです!これが。久しぶりにのめりこんだ歌です。魂揺さぶられます。千の風になって私のお墓の前で 泣かないで下さいそこに私はいません 眠ってなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空をふきわたっています。秋には光になって 畑にふりそそぐ冬はダイヤのようにきらめく雪になる朝は鳥になって あなたを目覚めさせる夜は星になって あなたを見守る私のお墓の前で 泣かないで下さいそこに私はいません 死んでなんかいません千の風に千の風になってあの大きな空を吹きわたっています千の風に千の風になってあの 大きな空を吹きわたって いますあの 大きな空を吹きわたって います作者 不明訳 新井 満紫音さんありがとう。音楽や言葉はたくさんのものを心の奥深くまで染みとおしますね。昨日電車事故で大切な方たちを亡くした方々にもこの詩を捧げたいです。
2005年04月26日
コメント(6)
この間読んだ本の中で遠藤周作さんの奥様が、「自分から数えて10代前までさかのぼると、自分につながる先祖は1024人いる。さらに20代前は100万人を突破する。」とおっしゃっていました。すごい!人数です。そんな方々の末に自分がいることを思うと、それぞれの命の歴史に思いをはせ、自分の命の中にその方達の遺伝子があることを再認識します。
2005年04月25日
コメント(6)
昨日は久しぶりに家族の前で泣きました。父を受け入れてくれる老人保健施設や特養に昨日だけで30件ほど電話して、ここのところその作業にさすがに疲れていました。電話で「胃ろうなのですが、、、」と言った段階でほとんどが断られます。数件一応申込書をというところがありました。最後の何件目かに私は住所をいいながら泣いてしまいました。今朝、父のベッドの脇で「お父さんごめんね。」と言いました。父ははっとした表情にかわり、一緒に涙を流しました。いつまでも一緒にいたい。だけど限界がある。できるだけ居心地のよい施設を探したい。介護している家族の共通の悩みであり、いつかは障害を持つ娘とも迎えるなんらかの形の別れについても思いました。自分のなかにどう答えを見つけていくのか。今は模索中です。
2005年04月24日
コメント(8)
昨日夫がにやにやした顔で「お客様がみえましたよ」といってきた。「誰?」と聞いてもにやにやしたまま、「くればわかります。」という。なんとなくもしかして?と思い教室のドアをあけるとそこには6年ぶりの登場の懐かしい顔が待っていた。何日か前にも携帯に彼から連絡があり、「そのうち伺います。」と言っていたので楽しみにしていた。彼は歴代の寺子屋名物男の3代目くらいに位置づけられる人物で、中2から高校卒業まで通ってきてくれた。いわゆる学習の好みにかたよりがあり、英語は勘弁だけど、数学はすごーくできるタイプだった。また、ドアをあけて入ってきた瞬間にだれが聞いているかはおかまいなしに自分の世界のできごとをベラベラ話し始めるようなおもしろい男だった。バスが大好きで、寺子屋のスタッフと一緒にバスの路線図を模造紙いっぱいに作ったこともあった。人とコミュニケーションをとることが少し苦手だったかれが、気がつくと、ドアをあけてから独り言をいうことをしなくなっていた。彼と同世代の仲間は彼がおかしいことをしたときは、はっきりと彼に伝え、彼のいいところは率直にほめた。そんなまっすぐな関係が彼のなかで人間関係を育てていっただろうと想像できる。彼は高校時代、得意なコンピューター関係や、ワープロ検定の資格を次々ととっていった。一生懸命まじめにがんばるところが彼の一番いいところだ。きっと誤解をうけることもあるだろうが、それで彼はくさらない。一度就職したあと、リストラにあい、しばらく引きこもっていたらしい。「このままでは自分の人生がおわる」と感じてもう一度チャレンジして、今またIT関係の仕事についている。6年ぶりの彼は少しお肉がついて貫禄十分。でも笑顔は昔のまますてきだった。「今度ゆっくりご飯でもたべようよ。」と言って別れた。さわやかな風がふいた。この仕事をやっていて幸せを感じる瞬間だ。ギフトだった。
2005年04月23日
コメント(6)
転校したばかりの次男の学校での様子は親としては非常に気になるところだ。次男が帰ってくると「どうだった?」とつい聞いてしまう。何日かその言葉を繰り返し聞いていたら、「あのさあ。どうだった?って聞かれても困るんだよね。なんて答えていいか。」と返された。そばで聞いていた塾の女の子も「わたしもそれ小さいとき親に聞かれて困りました。」という。そうだよね。つい聞いちゃうけど子供にしてみればそうだよね。そしたら昨日会った寺子屋の子のお母さんも「いづみちゃんでも聞くんだア。ちょっと安心した。」「今日はだれかと話せたかなあ、とか誰かかが話し掛けてきたかなあとかちいさいことがいろいろきにんるんだよね。」「そうそう。」とかいって盛り上がった。そうなんです。見えないから気になるんです。それで言葉じゃない彼から発する雰囲気で想像してみたりね。そして知らないうちにお互いにそんなことも聞かなくなっていくんだよね。慣れるまではいろいろ気を使うものですね。
2005年04月22日
コメント(7)
以前浅見帆帆子の本に、今の生活のこの部分がこうなれば私はいまより楽になる。という気持ちでいることに気付いて、それだと永遠に幸せは先延ばしになるから今を楽しむことにした。というのがあった。私も今日ふとあれ?私も今そうじゃん。とおもった。そして以前にもこんな気持ちになったことを思い出して、笑った。先になにかあればと思って、そうなれば今より良くなる。と思う。だけどそのことが現実になってしばらくすると今度はまた次のものを求める。それが人間なんだろうな。だけどやっぱりそれはせわしない。それより今にいようと思い直した。そのほうがもっと楽しい。いますぐ楽しくなれる。ま、そんなことの繰り返しだけど。ざーっと降った雨の後、からっと晴れて、なんかお天気と連動してるなあ。
2005年04月21日
コメント(4)
私のお友達の飯田光代さんが主催する「優れたドキュメンタリーを見る会」の上映が今週末から下高井戸シネマで始まります。ぜひおすすめなのが、「こんばんは」です。山田洋次監督『学校」のモデルになった見城慶和先生が勤める墨田区立立花中学の夜間学級のドキュメントです。16歳から92歳まで8カ国80名の生徒さんが学んでいます。学ぶことの本質に迫った作品です。「激動の時代を迎えて真摯に生きる人間のやさしさ、たくましさを感じ取ってほしい」という飯田さんの願いがこもったよりすぐりの作品が一日2回日替わりで上映されます。ぜひみなさん足をお運びください。下高井戸シネマ 03-3228-1008一般、学生 1300円小、中、シニア、障害者 1000円------------------------------------------------------------------------------------詳細については、http://www.walkerplus.com/tokyo/latestmovie/mo2509.htmlをご参照ください。------------------------------------------------------------------------------------
2005年04月20日
コメント(5)
今日は気持ちのいい天気!ひとつきぶりの親の会でした。今日は初めての方が2名いらしてくださいました。すごーく若いお嬢さんもいらししてくださって、連れてきたKさんいわく、親の会は親だけのものじゃないから。まさしくそう!!うちの親の会の名称やっぱりどっちかというとオークサロンのほうがあってるみたい。もう一人の初めての方も気取らずはなせてよかったです。とおっしゃってたし。みなさん日々かかえて感じてるものを、ざっくばらんに言い合える場。そんな会です。オークサロンは。3月調子があがらない人がほとんどでした。やっぱり木の芽どきは人間ももさもさエネルギー調整するんですね。「なんか不安。」とか「なんかそわそわ」無意味に家の中を歩き回ったりしてた。とかみんないってました。そういうことっていちいち普段人に言わないけど、へーあなたもそうなの?って感じで分かち合えるのがいいんですよね。話して、笑ったので、またまた運動したあとのような爽快感?です。今日も。
2005年04月19日
コメント(8)
久しぶりに新宿中央公園にいきました。そこは知る人ぞ知るホームレスの方たちの大事な居住地です。少なくとも数年前まではそうでした。私も自分の離婚を考え始めたつらい時期にホームレスの方たちにひとりひとり水筒でお茶を真冬のさなかに配っている活動をしている人を知り、5年ほど前にガイアシンフォニーという映画の収益金を仲間と一緒に、その方たちの活動の収益金にあてていただいたことがあります。寺子屋のこどもたちも賞味期限切れの食料や、リサイクルにまわす洋服などで協力してくれていました。ここ2、3年足が途切れていたのですが。今日また少し品物を持ってパパさんといってみたら、なんとあんなにあった青テントがほとんど見当たりません。ただ朝の炊き出しは続けている気配があったので、そこにおかしてもらって帰ってきました。都の方針で立ち退きが進んでいるのは知っていましたが。あの人たちをみんな収容できる施設があるわけないし、ほんとどこへいってのでしょう?けこちゃなら知ってるかしら?
2005年04月18日
コメント(4)
久しぶりに日帰りの遠足に家族で行きました。行き先は相模湖ピクニックランド。とにかく坂が多くて乗り物ランドに着いたときには、へとへと。息子はそんな中、サッカーボールけりながらどんどんいきます。ハーって感じ。山の斜面をけずって遊園地にしてるからすごーく運動になりました。動物ランドでは障害を持っている娘にぶたちゃんがつきまとって、娘はこわがるし、ぶたは追いかけるし。最後は娘はせっかく買ったえさのビニールごとぶたちゃんに投げていました。下の娘はうさぎとふれ合いコーナーでパパさんやにいにと、うさぎを追いかけていました。歩いて歩いて帰りの車の中でいびきの大合唱でした。こういう疲れはたまにはいいものです。春の行楽シーズンが始まりました。帰りの高速はけっこう渋滞。でもいい風が気持ちよかったです。
2005年04月17日
コメント(6)
今年の進級、進学お祝い会は高校生たちが企画、運営してくれた。いつもと違うところは飾り付け!懐かしいわ飾りが教室をいろどった。また、男の子達がケーキ作りにがんばった。紅茶ケーキ、クリームサンドのクッキー、ショートケーキ、バナナケーキ、マフィン、とにかくすばらしい作品オンパレード。そして、恒例の豆ママさんのおいしいからあげ、パパさんのもつ煮込み、カレーそしておそばやさんの息子さんからはエビフライ(特大!)の差し入れ。もーすごーく豪華なメニューがならんだ。とにかく毎年ひとりひとりがはれやかな顔をして、送るほうもとってもうれしくなる、祝う会っていいうのはとにかくいい雰囲気。みんなこれから順風満帆じゃなくてもいい。一歩一歩あるいてください。待ってますよ。いつでも。
2005年04月16日
コメント(6)
昨日は4年生の息子の転校して初めての保護者会でした。転校という出来事はわたしも初めてだったので保護者会出席も緊張しました。(わたしだって緊張するのです.)わが母校はわたしが3年生のとき改築したままで、窓の外の風景もそのままで、わたしが使った校舎をむすこが使っていると思うと、すごくうれしくなりました。案の定恒例の自己紹介が順番におこなわれ、とどこおりなくわたしの番もおわり、ほっとしていると、お隣にすわっていた品のよいお顔だちのお母様が「市川さんですよね?」というのです。じっくり顔を拝見しなおすと、すごーくなつかしいおもかげ。うちの一本向こう側のとおりに住んでいた同級生の妹さんでした。やっぱりこういう再会はうれしいものです。小さいときランドセル姿で髪の毛をかわいく結んでいた姿がよみがえりました。そしてつつがなく役員決めも終り、教室を出ようとすると、もうおひとり声をかけてくださいました。その方は同級生のいとこでした。この深沢にはかなりおさななじみがいることは知っていたけれど、まだまだ懐かしい顔にこれからも出会えそうで、楽しみが増えました。
2005年04月15日
コメント(4)
パソコン教室に通ってみられる方が最近区の日本語学校の先生を始められました。交通費も全部ボランティアでやってらっしゃいます。ブログも書いておられるのでぜひのぞいていただきたいのですが、退職後の人生を前向きに常に考えていらして、わたしたちにも本当にいい空気を運んでくださっています。今はオランダ人の方を担当されていて、その方がけっこう専門的なことを聞いてくるという事で、いろいろ勉強にも余念がありません。こどもたちは若さゆえに単語ひとつ覚えるにも少し乱暴になってしまったりしますが、シニアの方たちは本当に謙虚です。遠回りしてもゆっくりていねいに学んだほうが結局は自分のものになることは年を重ねて学んでゆくものなのでしょうか?これからもますますわたし達も先輩の背中からたくさんまなばさせていただきたいです。ブログのアドレスはこちらです。http://plaza.rakuten.co.jp/akiranozaki
2005年04月14日
コメント(4)
末娘が保育園に行きはじめて早2週間。今までパパ、ママ、ババ、小さいおじさんなど自分を見守ってくれる人いっぱいに愛されて過ごしてきた日々から一変してしまったから保育園ではもちろん人形と本を握りしめて泣きじゃくっているらしいけど、家に帰ってきてからが大変!もう一瞬たりともパパや私から離れない。昨日もひさしぶりにおんぶひもが活躍した。よく何歳になってもへその緒は見えないけど繋がってるとかいうけど本当にそうみたい。もともといやなことははっきりいやというタイプだから妥協がない。あー。思えば上の子たちもずいぶん泣いてくれた。さてこの娘はどれくらい泣く記録をのばすかな?根比べのレースが始まった。
2005年04月13日
コメント(6)
寒いですね。とっても。桜の花が日曜日にはあんなにきれいだったのに。同じ桜並木を通っても別の風景となりました。保育園2週目の末娘も鼻をたらしています。新学期の疲れもでるころです。入学したての高校生も目をはらして来たので、どうしたの?ときいたら今日は学校が休みだったので爆睡したとのこと。みんな眠いよねー。私も寒いとごろごろしたくなります。明日から弟は沖縄。いいなー。
2005年04月12日
コメント(8)
昨日BSでやっていたローマ法皇の生涯という番組を見ました。何日かまえから楽しみにしていました。冷戦以後の分裂していた世界を一つにまとめるまでの法皇の仕事は高く評価されていました。そしてそれは誰から見ても世界がわかりやすい構図になっていたのだと思います。しかしそれ以後の法皇の思考、言葉、行動には評価が分かれるものが多くありました。これは私達の今生きている世界がどちらの方向にいけばいいか迷っていることの表れだと思うのです。いろいろな現象中から個人が選択することがむずかしい時代ですね。そして一人の人間が生涯を生ききることの尊大さも同時に感じ入りました。父も車椅子に座ってみていましたが、法皇の生きざまを自分自身と重ね合わせているかの表情をしていたので家族で驚きました。今の父には言葉もありません。だけど魂できちんと感じていることがこちらにもはっきりわかりました。人が生ききることの意味を父が日々私達に見せてくれることを改めて思いました。そして法皇が生きた時代、背負ったもの、これから私達が続けて考えるべきこともいろいろ考えたのでした。
2005年04月11日
コメント(2)
最近自分の部屋の本棚の前にすわることがよくある。前は子供の本と一緒だったが、この間の引っ越しで全部自分のお気に入りの本だけにした。あとパパさんの本も一緒。本棚の前にすわるとすごーく落ち着く。それは自分の人生の変遷史でもある。自分がなにか壁にぶつかったとき、新しいエネルギーがほしいとき、私は本に頼る。読んでいるいる間は作者のエネルギーを吸収し、チューニングしているからすごく気分が高揚することもある。翻訳家の山川亜希子さんが「本をえらぶとき私達は無意識に本から呼ばれているのです。」と言っていた。私もそう思う。だから本棚の前は私のお気に入りの瞑想場所だ。ゆっくり向かい合っているといろいろ言葉がうかんでくる。たくさんの本に出会えて、幸せに思う。
2005年04月10日
コメント(8)
今日新聞にもしかしたらまた土曜日登校に戻るかも知れないという記事があった。午前中面談にきたお母さんとも「高校も大学も入りやすくなったけど、その先をみてその子に何が必要か。総合的に人間力とてもいうような力をつけないと。」というようなはなしをした。学校の要求してくるものや、社会情勢にあわせるのではなく、どう生きたいか、何を大切にしたいか。そういうものをのばすことがこれからますます必要になるだろう。自分のことを考えても、障害児をうんで、離婚して、父の介護をして、そういういわゆる転換期にどう切り抜けるかの知恵をもつことは人に教えてもらうものではないのだ。だからこそ自分で生きる力は学校からもらうものではない。自分でさがしていくこと。人と人とのかかわりからもらえることだと思う。そんな力を育てる場に寺子屋を育てたい。
2005年04月09日
コメント(6)
本当に毎年のことながらきれいです。今日はやっと新学期が始まってほっと一息という感じです。父もウイークデイは毎日看護婦さんが来てくれるようになり、お昼はホッとできます。午前中はひさしぶりにパパさんとゆっくりコーヒーを飲む時間もとれました。なにげない時間だけど気持ちが落ち着いているとすごーく豊かに感じます。桜の花見をしている人もとっても幸せそうです。母と93才の祖母も花見に出かけていきました。パパさんによれば、「桜の開花は桜のはなが一番冬を耐え忍ばなければ咲かないから一番春が来たことを証明する花なんだって。だから開花をあんなにしらべてるんだって。」と教えてくれました。そうかー。ようやく耐え忍んだものが開いていく季節なのね。だから心がうきうきしていくのね。いろいろなことが訪れてくるけれど、こういう平穏なひとときを大切にしたいと心から思ったのでした。
2005年04月08日
コメント(9)
父の介護のために実家に引っ越して、今まで住んでいた家は貸家にすることにした。なるべくお金をかけないようにして、まず豆ママさんに網戸の張り方をならって、障子も自分でやって、ペンキ塗りやトイレのノブ換えなどは夫がやってくれた。どんな人が住むんだろう?とけっこう興味わくわく。不動産屋さんによれば最近は若い子がルームシェアするケースが多いんですよ。といっていた。3月中にプロの業者の手によるクリーニングも終えて、これで4月中に決まれば万々歳だな、と思っていたら、不動産屋さんから4日前に電話がかかってきて、「お部屋が決まりそうです。21、2歳の若いお嬢さんたち3人です。」という。ちょっとびっくり。今日夫がちらとあっってきたところによると、「浜崎あゆみ」風の化粧の結構美人ギャルたちらしい。うーんあの界隈の平均年齢がぐーんと若返るなあ。新しい風がいい空気をもたらしますように。あの地域は世田谷区でもお年寄りが多いからな。まずは明日から我が家には楽しげな空気が満載のようであります。桜きれいですねー。
2005年04月07日
コメント(2)
今日は小学校と中学校の始業式。そして小学校の入学式。続々いろんな新しい生活が始まっています。明日は中学の入学式です。みんなそれぞれどきどきだろうとひとりひとりの顔を思い浮かべています。子どもばかりでなく、親御さんも緊張のおももちですね。そして今日の暖かさは桜をどんどんほころばせて。体は眠かったり、疲れやすくなっています。休息しながら新しい生活を自分のペースでやっていきたいですね。
2005年04月06日
コメント(4)
今日は弟のお嫁さん優子さんと息子丈くんの百か日供養の日である。そして今日は弟の32回目の誕生日でもある。なんという重なり方をするのだろう。四十九日供養の日、お坊さんは「まだまだ悲しみはいえないかもしれません。でも百か日をすぎたら悲しみもその日から区切りに新しい気持ちになって歩いていってください。」とおっしゃっていた。弟ももちろんその言葉を覚えているだろう。誕生日という区切りも同時に迎えて、弟の中に大きなギフトが生まれているに違いない。と私は思う。目に見えない力がここまで私達を大きくひっぱてきた気がする。家族みんなが自然に必ず一日一度優子さんと丈くんののいる仏壇に手を合わせ心を静かにするひとときをもってきた。1歳半の娘までも。写真の優子さんはいつも微笑んでいる。うつくしい微笑みだ。そうして弟もここまでこれた。よくやったよね。優子さんありがとう。そして丈くんも本当にありがとう。
2005年04月05日
コメント(4)
私の実家は商売をしていたのでとにかく忙しい中で育ってきた。ご飯をみんなで食べ始めるとお客さんが来て、はしをもったところで父や母が立って、お客さんが終わってまた食べようとするとまたお客さんが来て.というようなことが日常茶飯事だった。日常の中に手伝いがあり、たとえば箱折り、やタオル詰めなんかも遊びの延長で遊びにきていた友達なんかも巻き込んでやったものだ。父や母はいつも「いづみはやる事が早い。」とほめてくれた。学校でもそういう体質はとても重宝がられるので、先生方からも「おまえは本当にたくさんのことをいっぺんによくやる。」といわれてきた。私の中で自然と「早くきちんとやることイコール良い事」という図式が身にしみついていた。しかし、25歳のときに出会った長女は障害があり、「速さ」とは正反対の成長を続け、日常の動作も超マイペース。そして今の夫も「早い事が良い事ではない。」ことが徹底していて、彼のやり方はすごく丁寧でそして中身も豊かな事が多く、私は今までの自分の哲学がいかに片側から見たものだったかを教えられている。私の今生での学びは両方の側面を受け入れることではなかろうかと思っている。とはいえ、自分の持っているスピードを相手に合わせるのはすごーく大変である。天はよくぞ私に必要な方々を与えてくれたと思う。
2005年04月04日
コメント(13)
昨日障害をもつ娘が髪の毛を切りにいった。半年ぶりになってしまったのでかなりのびた。今までいってた美容院がなくなったので、困っていたのだ。寺子屋の卒業生がけっこう近所に店を出していたので、そこで切ってもらうことにした。障害をもってる子って意外と頭をさわられたくない子が多い。やっぱり頭は大切なところだし、人の手の波動とかすごく敏感に感じるところなんだと思う。小学校のとき、初めて美容院に連れて行ったけど、相当抵抗して、美容師さんにつばは吐くし、大変だったので私もそれから勇気を出してなかなか連れて行けなかった。それがおととし夫が近所にできた美容院に「やっぱり優子も外で切ってもらったほうがかわいいよ。」ということで連れて行ってくれた。そしたら夫といったからしっかりできたのか、お兄ちゃんがイケメンだったからかはよくわからないけど「すごくおりこうに」できた。娘も高校2年生だからやっぱりお年頃で「かわいい?」を連発していた。学校の先生にもほめられて満足そうだった。昨日は初めてのお店だったのでどうなることかと思ったけどやっぱりイケメン兄ちゃんだったので、娘はかなりボルテージがあがっていすにすわる前からわくわくしているのがこちらにも伝わってきた。ついにカットが始まると、いつものように娘はリアクション連発。うちにいるときもそうだけど彼女はうれしいいと独り言を言ったり、身振り手振りでいろいろ表現しはじめる。娘に初めて会うYくんは戸惑い気味で、「今のはよろこんでるんですか?」とか、「今おこったんですかね?」とか聞いてくる。いちいち娘の反応に聞いてくるので、こちらもおかしくなったけど、ほんと言葉がない人とののコミュニケーションて初めての人はこんなもんだよね。私だって電車のなかで初めて会う自閉症?ぎみの男の子なんかが大きな声を出したら「今のは何?」って思うもんね。それがつきあううちにだんだん今のはあの子にとってああいうこと、こういうことっていうのがわかってくるんだから不思議。1歳半の末娘だってまだ言葉が出たばかりだからこちらはいろいろ憶測する。そうしてコミュニケーションは作られていく。それが楽しいよね。そうこうしているうちに娘はすっきりした髪型になり、満足そうに会う人会う人に髪の毛を指差して「かわいい?」を連発していた。それも家族と知ってる人しか聞こえない「かわいい?」で。
2005年04月03日
コメント(4)
うちに来ている子で毎日豆ママさんにラブコールをしている子がいる。彼にとって豆ママさんは第2の母いやグレートマザーといったところだろう。どうやら彼は寺子屋のドアを開ける前にまず豆ママさんに電話するらしい。そして安心してから寺子屋に入ってくるらしい。彼は毎日寺子屋にきているので、従って毎日豆ママさんに電話をすることになる。内容はというと「あー今日は英語のなになにをやりますんで、はい」てな感じでとにかく確認したいらしい。彼の母君によれば彼は指かみをそうとう大きくなるまでしていたが豆ママさんとの出会いでそれがおさまった。そして豆ママさんに「先生、引っ越さないで下さいねー」とおっしゃった。彼は豆ママさんとの電話一本で本当に安堵をえるのだろう。そして「電話に一回でればおちつくらしいの」という豆ママさんの笑顔はとっても美しい。スクールカウンセラーの秋山大二さんは「子どもはどこか一箇所で家庭、学校、地域どこででも受け入れられていれば安心して成長する事が出来る」といっているが、そうなのだ。まさしく。そして今日も豆ママさんは電話に「はーい」とでるのである。
2005年04月02日
コメント(6)
手続きをするのは大の苦手です。銀行、病院、役所、学校はけっこう苦手な場所なんです。今日は午前中末娘の入園式。午後は次男の転校手続き。そして最後に役所での住所変更やら障害児手当てなどのもろもろの変更手続きで2時間もかかりました。担当の人もわからないことばかりで都に電話して聞いてくれたり、最後はお互いにお疲れさまでした、と言って別れました。でも新しい生活の幕開けです。みなさんの4月もスタートしましたね!
2005年04月01日
コメント(2)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()