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学生は教師を選べるけど、教師は学生を選べない。あまり考えていないけど、実は、そうなのです。だから、どんな学生が来ても、その学生が伸びていくようにと考えるのが教師の仕事です。私の授業は、どういうワケかいつも変わった学生が混じっています。R大のフランス語の授業には、46歳のおじさま。医学部の学生。O大の教養数学(らくだプリント)の授業には、年配のオバサン。聴講生です。今日、新たに、耳の聞こえない女の子がやってきました。私の教師歴で、二人目です。数年前、フランス語の授業を取っていたSくんは、難聴だと言っていたのですが、良く勉強して、不思議なことにフランス語の発音はなかなかよかったのです。唇の形を読み取るのが上手だったからでしょうか。が、授業が聞き取りにくいことが多々ありました。そんなとき、つまらなさそうに、でもまじめに聞いている彼のために、時々プリントを作っていました。だから、プリントを使った教養数学に、難聴の子が来たとき、ナイスと思いました。だって、教えないでできる教材だから、講義を聴く必要がありません。何枚かプリントを渡してやってもらうと、質問を紙に書いてきました。耳の聞こえない人とコミュニケーションを取るには、筆談がいちばんです。質問も当をえていました。これからが楽しみです。もし私が教師でなかったら、難聴の子どもと出会うことはなかったかも知れません。ありがたいことです。いろんな出会いを体験しながら、ひとり一人が学ぶためにどうしたらいいか、考えるチャンスが生まれます。それをありがたいと思えるかどうかが大事なような気がします。教師としての幅は、こんなところから生まれるのかも知れません。
2006.04.26
初めての鹿児島。金曜日、午前中授業をしてから、大急ぎで家に帰り、荷造りをして、出かけた旅でしたが、なんだかとても満たされて帰ってきました。いい研修でした。中身も、それから、場の雰囲気も。何より、去年の今頃病院に担ぎ込まれ、まわりを混乱におとしいれた平井雷太氏が、まるで何事もなかったように講演をし、講座のコーディネートをしていました。それどころか、前よりずっと柔らかく、それでいて、講座の中身が少しグレードアップした気がします。講演にもたくさんのお母さんが真剣に耳を傾け、それから、子育ての悩みがホッと解けていくのがよくわかりました。私は久しぶりに、長時間、聞き、書き、そして話しました。講座が終わるとき、なんだかじんわり涙がにじんできました。それは、私自身の中で、何かが少し変わったからだったのかも知れません。私は私でいいんだ、そのままでできることを精一杯やればいいんだ。そんなふうに心から思えたからなのかも知れません。参加した誰もが、そんなふうに感じていたような気がします。内容はセルフラーニングをどう伝えるか、具体的にどうやっていくかの話だったのですが…会場は姶良というところでした。会場は普通のおうちの2階でしたが、このうちが広いこと…実は鹿児島は寒かったのです。金曜と土曜は寒くてふるえていました。でも、普通のおうちだったからこそ、緊張感がなかったのかも知れませんね。隣のログハウスでは子ども達がわんさか遊んでいました。帰るときレンゲ畑を発見し、しばし思い出に浸りました。それから、鹿児島市の温泉に一泊しました。露天風呂から桜島が正面に見えて、いい眺めでした。お風呂に入ったら、全身の力が抜けました。自分で何とかしようと思わないで、流れに乗って行けばいいさと思いました。なぜか鹿児島で出会った人たちは、のんびりしていて、それが私のゆったりに拍車をかけたようです。薩摩揚げと鶏刺しを買って機上の人となりましたが、心から満足しています。幸せな鹿児島の旅でした。
2006.04.24
一時間目の授業は、なるべく車が混まないうちにと早めに家を出ているおかげで、遅刻せずにやっています。何せ、大学生が「先生が遅刻してくるのはけしからん」と文句を言う時代です。ちこくしないでください、という通知がメールボックスに入っておりました。教師だから遅刻していいとは思っていませんが、準備があると時々トラブルが生じます。印刷機が動かなかったりするんだよ。だから、早めに…授業の終わりに女の子がやってきて「先生、うちに来たことあるよ」と言います。「?」「Mです。Kくんの同級生の」あら~息子の同級生だったのね~道理で、PTA仲間のお母さんに誘われて、おうちに行ったことがありました。声をかけてくれてありがとう。おかげでしっかり名前も覚えたわ。なかなかカワイイ。一番前に常連で座っているKさん、「先生、子どもさんの同級生ですか」というので、「あなたいくつよ」と聞いてみました。明らかに年が多いとわかるのですが、医学部なので、何かの事情で医学部を受け直し、大学に入ってきたのはわかります。「高校生の子どもがいますよ~46です」「ひゃー私と変わらないじゃない」「ははは」医学部にはそんな学生が毎年何人かいます。それぞれ面白いのですが…そんなこんなで新学期を元気に過ごしています。書ききれないこともたくさん。あまりにひどい肩こりで、昨日、なじみの整骨院でマッサージと鍼をしてもらいました。少しはよくなっていますが、今回どういうワケか気功が効きません??体をいたわりなさいと言うメッセージなんでしょうね。それなのに、午後から鹿児島です。セルフラーニングの講座があって、スタッフになっています。それはそれで楽しみなのですが…とにかく行ってきます。報告はまた。
2006.04.21
土曜日は沖縄セルフラーニングネットの定例会でした。楽天の仲間たちも時々来てくださるのですが、特にこれと言って決まりはなく、参加した人たちがゆんたくをする場です。会場はぴゅあぐりーん前から「定例会に一度参加したい」とおっしゃっていたオーナーの話を聞き、会場に使わせてもらいました。参加者は7名。終わり頃、「与那国カウボーイ」の島監督もやってきて、初めからいたかのように(!)参加していました。それぞれの近況報告をしていく中で、最後に私が話したとき、なんだか涙があふれてきました。この一週間ほど、自分に自信がなく、こんなことで教師をやってていいのか、とても苦しかったのです。それは、自分の力の無さの自覚でもあるのですが、「教師は生徒より優れた知識を持ち、教える力を持たねばならない」という、友だちの言葉がきっかけでした。自分の子どもの通う学校の先生に対して出てきたこの言葉が、まともに自分に降り掛かってきたのです。どうも「偉い先生」にはなれそうもないテレーズです。もっと知識を増やし、偉くならなければならないのだろうか…そんなことが急にできるわけもなく、立ちつくしていた私でした。参加していたTさんから「自分をいちばん許せないのは自分なんだよ」という言葉をもらいました。涙が後から後から出てきて、島監督がティッシュを差し出してくれました。その間どんな話だったか、あまり記憶にないのだけれど、終わった後、なんだかとってもすっきりしました。人前で泣いたのは何年ぶりでしょう。もしかしたら、生まれて初めてかも知れません。あるところから「泣かない子ども」いえ「泣けない子ども」になってしまっていましたから。なくと余計いじめられるということを学んだときから…ここちよい涙でした。泣いてもいいよ、と伝わってきました。そして、終わった後、Mさんが気功をしてくれて、「テレーズさん、パワー落ちてませんよ」と言ってくれました。帰ってから、うちに誰もいなかったので、娘のべッドに潜り込んで寝ました。夜はオットとヴァイオリンのコンサートに出かけました。そして…復活したようです。自分で自分をどうにか許せるようになっています。私は私なんだ。これでいいんだ、と思えるようになりました。ネコは虎にはなれないし、ネコにはネコの良さがあるでしょう。よりよいネコになればいいのでしょう。仲間たちに囲まれて、いい時間をもらいました。そして、ぴゅあぐりーんは素敵な空間でした。行くだけでホッとする場所です。どうぞ、行ってみてくださいね~
2006.04.17
突然娘からメールが来て「おじいちゃんが、今度の連休に帰っておいでってよ。飛行機代は出すって」ビックリしつつもよく読むと、名古屋の息子も、お正月に帰っていないからおじいちゃんに会いに行くと言ったらしく、みんなで連休をすごそうと書いてある。80歳を超える父が「会いたい」というのなら、行った方がいい、とすぐに思った。夫に相談すると、「別に予定はないよ」という返事。電話をしてみると、やや酔っぱらった父が、「死んでしまったらお金があってもしょうがないから、飛行機代は出してやるよ」という。孝行したいときに親は無し、という言葉がスッとよぎった。年金暮らしの父にお金をもらうのもちょっと気が引けるけど、こういうときには出してもらおうと即決。インターネットで切符を取ったのです。5月の連休の後半は5日間のお休み。往復割引で、どうやらゲットしました。素早く名古屋の息子の分の飛行機も取りました。父にすれば、みんなが集まることが最高の幸せなのかも知れません。夫も久しぶり自分の両親にも会えるし、素敵な提案でした。いつもなら飛行機代をけちるんだけど…今回ばかりは私もけちりません。こうやって、連休の予定がばたばたと決まってしまいました。息子に「飛行機の切符を取るよ」と言ったら、心なしか声が弾んでいました。みんなに会いたいんだろうな~連休の間一人だと滅入るだろうし、いい提案でした。父の大好きな島らっきょと、この前、気に入っていた豆腐ようを買って帰りましょうか。
2006.04.13
今日の雨は、ちょっと記憶にないくらいの大雨でした。出かける夫にレインシューズを出したのですが、この前いつ使ったのかわからない感じでしたから…でも、今頃の雨は恵みの雨でもあります。ちょっと晴天が続くと、ダムが干上がってしまう沖縄ですから。そんなわけで、午後から、少し小やみになったところを沖大へ今年から、沖大でも非常勤を持つことになっています。科目は、なんと「教養数学」フランス語の先生なのに~これにはふか~いワケがあり、教養数学で使うのは、セルフラーニングでおなじみの平井雷太氏が開発したらくだ教材なのです。今から6年ほど前、大学生の数学の力の無さに心を痛めたT先生が、東京に行って平井雷太さんにお願いをし、沖大でらくだ教材を使うことになったのでした。これまで何年も非常勤をやってきた友人の仕事を、事情があって、私がやることになったのです。さて、どんなことになるか、こちらもドキドキです。でも、プリントの力は確かなもので、大学生たちがちゃんと宿題をやってくれば、一年間で間違いなく中学3年までの数学はすらすらできるようになります。私の仕事は、数学を教えるのではなく、彼らが自分でプリントをやりながら数学を学ぶお手伝いすることなのです。何とも不思議な仕事です。事務室に行って聞いたところ、すでに満杯の登録で抽選になっているらしい。明日は教室に大学生が殺到することも予想されます。本当は全員受けさせてあげたいのですが、そんなことをすると、ちゃんと関わることができませんから、しっかり、「できないものはできない」と断らなければ…それにしても、新学期はいいですね。何となく新しい学年に向かっての希望のようなものが感じられます。図書館にもふらりと入って、新聞や雑誌をのぞいてきました。さあ、明日から、初めての講義です。私の思いがちゃんと伝えられますように。
2006.04.11
「第二外国語はフランス語にしたよ、辞書送って」と名古屋にいる息子からのメール。そんなわけで、今小包を作っています。商売柄たくさんあるフランス語の辞書と、忘れていったひげそり掃除の刷毛。目薬。それから、「おかあの作ったみそ汁と違う」というので、荒削りのかつお節。沖縄ではなんと言ってもダシは鰹です。みそはこの前行ったとき、ちゃんと合わせみそを買ってきたので、これで大丈夫なはず。それにしても、フランス語やる気になったのか、とちょっとうれしいテレーズです。娘も高校では第二外国語(国際人文だったので)にフランス語を取っていました。あんまり面白くないと言ってましたが…どうして?とも聞かなかったけど、私が一生懸命プリントを作っている横で、あれこれ聞いていましたから、なじみがある感じなのかも知れません。さて、どんな先生がどんな教え方をするのやら。私もあさってから授業開始です。教壇に立つと、学生たちと息子がかぶるかも知れません。娘が大学生になったときもそうでした。今度も、本土から沖縄に来た大学生たちの、ワクワクドキドキを、感じることになるかも知れません。時に、大学になじめなくて、私の授業で何となくホッとする新入生がいたりします。私が必ず名前を呼ぶようにしているからだそうです。「先生って、どことなくお母さんだよ」と言ってきた学生もいます。まあ、彼らの母親と同じくらいの年ですから。どこに行っても、自分のまわりがホッとする空間であればいいなと思っています。教師らしくない教師が売り物ですから…新学期になると、いろんな先生が「最初が肝心」と言います。何が肝心かと聞くと、「なめられるから、びしっとする」という答えが返ってきたりします。そうねぇ。そんな考えもありますねぇ。だけどさ、構えているとくたびれませんか?ほらほら、結婚するとき、男の人に「最初が肝心」とか言う人いるでしょ。「女は甘やかすと…」なんて。アレを思い出します。最初だけ突っ張っていても、あんまり関係ないと思うなぁ。教師という仕事は思いの外「人」が出てしまう仕事です。最初だけ偉そうにしてみても、どうせ、そのままを見破られるんですから。私は、あまり構えないことにしています。その代わり、約束をします。お互いに困ることを言い合って。「予告無しの休講はしない」というのが私の約束。「授業中に携帯は取らない。メールしない。」「勝手に席を立たない」というのが、大学生とする約束です。そんなこと常識、って思うかも知れませんが、約束しておかないとね。「いけない」って、わからない人もいるんですよ。大人だって、いるもの。この前ピアノのコンサートの最中にメールチェックしているオバサンや、こともあろうに電話を取った人を見たもん。私は大学生たちと同じところに立っていたいと思います。「大学生だからね。子ども扱いはしないよ」と言います。それは結局、泣きついても単位はあげないよってことでもあるんですが。少しずつ、楽しみになってきました。ホントはいつも、ちょっと緊張して教壇に上がります…そのドキドキも春ですね。大学の講義がはじまった息子は、どうしたでしょ?
2006.04.10
名古屋から戻ってきたのはおとといのことです。力尽きておりました。今朝、洗濯しようと思ったら、大きなかごに夫と私の下着と靴下だけ。がらんとしたかごを見て、ため息です。今日は洗濯はパス。水のムダだわ。夕飯の支度がおくれて、夫が帰ってきたとき台所に立ったばかりでしたが、30分で食べられるようになり、すぐ食べ終わってしまいました。子ども達が小さい頃から、朝と夜は家族で一緒にご飯を食べる習慣で、みんなよくしゃべるから、ホントにぎやかなのです。娘が帰ってきていた先月は久しぶりにぎやかな食事風景でした…が分かり切っていたことだけど、寂しい…名古屋はいろいろ大変でしたが、すべて首尾よく行きました。ネットで注文した机や布団、ホットカーペット、電気製品、すべてお願いした日の指定の時刻に届きました。洗濯機の置き場所がベランダで、傾きを直さなければ脱水ができないと言われ、ホームセンターを探したのですが、机を運んできたニトリの人が教えてくれました。歩いて15分のところに大きなホームセンターがありました。1階はナフコというスーパーです。歩いて5,6分のところに別のスーパー。隣はお米やさんで「2キロ買えますか?」と聞いたら、こころよく2キロ精米してくれました。近くには学生相手の食堂もあります。2分のところに24時間営業のコンビニ。もちろん、大学までも歩いて5分です。いいところだけど、大家さんが厳しいかもと思っていたら、挨拶に行くととても親切にゴミの出し方を教えてくれました。契約を決めて見に行ったときは気がつかなかったけど、屋根のある自転車置き場まであります。NHKはテレビがないので首尾よく撃退できました(関係者の方ごめんなさい)そんなこんなで幸運なスタートです。…が、息子も、私と夫も、さびし~来週から大学がはじまって、こんな泣き言を言っている暇もないはずですが。気を取り直して、新学期の準備だぁ。
2006.04.07
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