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息子がちょっと落ち込み気味。センター試験は何とかよかったものの、2次試験を考えると自信がなくなったらしい。わかりやすい息子で、ちょっと落ち込んでいると、朝起きるのが遅い。落ち込んでいないと、にこにこと起きてくる。「朝めし何?」今日は布団にもぐったまま、なかなか出てこなかった。そんなわけで、母は特になすすべもなく、息子を見ています。数日前までずっと机にかじりついていたのに、時々寝そべって漫画を見ていたりする。そんなとき「勉強しなくていいの?」って言わないように、頑張っています。「やらなきゃ」って思っているのは本人なんだよね~言われるとムッとするんだよね~うちの母親も、そういう時、失言する人でしたから、よ~くわかります。子どもを信じているし、自分でやったことしか自分の力にならないとわかっているから、黙ってみているしかない。気になるときは、外出するに限ります。そうでなくても、あまり家にいない母なので、帰ってくると机に向かっている息子です。こういうときはお父さんの出番。30年以上前の受験を思い出しているお父さんです。うちのお父さんは、日本で一番難しい大学を出ています。団塊の世代なので、かなりの競争率だったらしい。けど、普通のお父さんしています。息子が「受けたい」と言った大学に反対することもありませんでした。その辺がえらいなと思います。息子の数学と物理の質問に答えながら「この問題はイイ」とか「悪い」と言っているようですが…夕方になって復活した息子は、明日願書を出してねと書類をそろえています。今年、フランス語を受講した一年生Sくんは、医学部に行きたくて2年浪人したけれど想い叶わず、理学部に来ています。6月に授業の後、何となく話しに来て、まだ迷っていると言っていました。「じゃあ、もう一度受験するか、きっぱりあきらめるか、誕生日までに決めなさい」と言いました。誕生日が一週間後でしたので。「先生、もう一度やってみる」それから、夏中頑張ってみたそうです。でも、10月後期の授業にやってきたとき、「やっぱり無理だよ。やってみてあきらめがついた」と話した顔は、すっきりしていました。「どんな仕事についても、必ずあなたの場所がある。あなたにしかできないことがあるから、それで良いんだよ。」と言いました。どの子にも、その子の場所があると思っています。うちの息子にも、確かにある。だけど、その場所はどこなのでしょうね。母はインチキして早めに知りたく思います…が、こればかりは…
2006.01.31
きらくかんの奥谷先生が、「いい環境で子どもを育てたい」と頑張っているお母さんたちの子どもは、どこか縮こまっていると書かれていました。親って、いつの時代も、子どもに幸せになってほしいと思うもの。だから、いい教育を受けさせたいし、健康にいいものを食べさせたい。それは、私の母の時代もそうでした。ただ、問題なのは、それはお母さんの目線から見て「いいもの」だと言うことなのです。子どもがどう感じているか、子どもにとって本当にいいのか、それを無視してしまうのは、自分が「いい」と思うことが絶対だと思ってしまうからなのでしょう。虐待の問題でシンポジウムを開いたとき、あるカウンセラーの話によると、どうしても子どもに虐待をしてしまうと相談に来たお母さんは、「絶対ファーストフードは食べさせない」と必死で手作りをしているお母さんだったそうです。どうも、「絶対」がくせ者。この世に絶対はあり得ないし、親にとってとてもいいように思えても、子どもには苦痛なものもあるのではないかと思います。なんというか、たまにはマックのハンバーガーで手抜きをして、思い切り子どもにつきあう日があってもいいじゃないかと思います。「かくあらねばならぬ」と思ったとたん、素晴らしい環境も、素晴らしい手作り弁当も、とても苦しいものになってしまいます。子どもはいつかは巣立って手元を離れていくもの。そのときに、自分で体にいいものを選べるか、自分のために学べるかは、親との関わりで変わっていくような気がします。親の価値観の中だけで生きてきた子どもは、いきなり世の中に出て、どうするのだろうと思います。いろいろな考え方があること。その中で自分がどれを選ぶか、考える必要があることを、子どもには伝えたいと思います。子どもを自分の思い通りにしようと思わないこと。たとえ自分が親の思い通りに育って来たとしても。子どもって不思議な存在。赤ん坊でもちゃんと自己主張をしているのですから。一人で生きていく力を神さまからちゃんともらっているに違いありません。
2006.01.30
三越のフランスフェアで、いろんな珍しいものが売っていました。フォアグラとか、しかの肉とか…さらっと物色していたら、鴨の肉が目にとまり、おじさんが「皮を下にして弱火で焼くといい」というので、買ってみることにしました。テフロン加工のフライパンで皮を下にして焼いていたら、油が出るわ出るわ。それをペーパータオルで拭きながら、20分から30分焼いたでしょうか、いい香りがしてきました。ソースを作ろうと奮闘したのですが、うまくいかず、結局はお醤油で頂きましたが、なかなかのお味でした。薄切りにしたのですが、柔らかくてちょっと歯ごたえもあって、良かったです。息子が「なかなかいけるね」と言っていたので、かなりおいしかったと思います。実は食べ物に一番うるさい息子です。10年くらい前フランスに行ったとき、子ども達が小さかったので、キッチン付きのホテルを借りました。イタリア広場の駅のそばで、地下が大きなスーパーがあって、とても便利でした。夕方になるとスーパーでいろいろ物色して買って食べたのですが、むすこが鶏の丸焼きが気に入って、一週間ほどの滞在で2度も買ったことを思い出します。夫がフランス語がわからず、妙なチーズを買ってきたことも…朝は焼きたてパンを買ってきてコーヒーを入れて朝ご飯。焼きたてのフランスパンを食べるのは、至福の時です。何でフランスで食べるパンはあんなにおいしいのでしょうね。買ってきて日本で食べても、大しておいしくはないのです。頑張って持って帰ってきたのに。そういえば、そのとき、ショッピングセンターにペットショップがあって、ウサギがいました。「かわいいね~」と言って、三軒先が肉屋で、ウサギがぶら下がっていて、家族で仰天したものです。フランス人はいろんなものを食べます。中国人とおんなじ。食に対して好奇心旺盛な国民性は、フランス語を教える先生たちにも伝染していて、フランス語教師はたいてい皆よく食べます。私も例外ではないのですが…が、羊の脳みそだけはどうも…
2006.01.29

沖縄の緋寒桜は今が満開です。今日はいいお天気なので、夫と桜を見に行きました。中城城趾公園、久しぶりに行ったらずいぶん変わっていましたね。世界遺産になってから、予算がたくさん下りたのでしょうか。子ども達が小さい頃、走り回っていたのを思い出します…お城の一番奥に行くと、レジャーランドの廃墟があります。私はアレを見ると、いつも、千と千尋のアニメの中に出てきた不思議な世界を思い出します。密かに宮崎駿さんは、アレをみて着想したんで無かろうかと思っています。今の沖縄の日差しは強くて、とっても気持ちが良かったのですが、目がとても疲れています。今日はもう、お休みなさい。
2006.01.28
今日の授業は、訳あって休講にしました。正当な理由があるのですが、昨日までは行くつもりだったので、「さぼった」気分いっぱい。せっかくだから映画に行くぞ、と決めたら、家事がはかどること…見たかった映画は、桜坂劇場で上映の「みなさん、さようなら」尊厳死を扱った映画と聞いていて、ちょっとためらったのですが、見て良かった。見終わった後、「死」に対する思いよりも、ずっと「生」に対する思いが残りました。癌で余命があと少しとわかった主人公のレミは、大学の先生らしいが、なかなかのエロ親父。息子のセバスチャンは、父親に対する反感を抱きつつも、子どもとしてできるだけのことをしようと大活躍。お金をばらまいて、病院の個室を改装し、友だちを呼び集め、学生にわいろを渡して見舞いに来させ、最後は、父親が大好きな湖畔の別荘で…「大人の話」満載のレミの人生は、どこにでもある平凡な人生だけど、死にたくないとつぶやくレミだけど…時間の流れとともに、人の心の温かさが描かれて、人の命はどれもかけがえなく尊いものだと感じられました。カナダのケベックの話なので、フランス語だし、フランス的エスプリにあふれた会話も楽しかったのです。家族と友だちに囲まれて死を迎える。暖かくて、優しい死というのもあるのですね。大笑いしながら泣いてしまった、不思議な映画でした。それにしても、桜坂劇場は本当にいい感じです。入り口にカフェもあるし、会員になると1000円で映画が見られるし…平日は駐車料金も2時間無料。至れり尽くせりですっかりファンになってしまいました。映画の余韻を楽しみながら、三越の「フランスフェア」へ。お目当てのアンジェリーナのモンブラン(パリとまったく同じ味)は売り切れでしたが、おいしそうなフランスパンを発見。物色していたら、売っている人はフランス人。見ていると「いくつ?」「二つね」と日本語上手なので、思わずフランス語で「日本語上手ですね~」と言ってしまいました。外国人と見ると、会話の練習をしてしまうのは私の悪い癖ですが、面白がって、相手してくれました。15年も日本にいるそうです。この店が、日本におけるフランスパンのパイオニアだよ~とのことでした。そんなわけで、パンとチーズを買い込み、どこかでランチをと思っていたけど、帰ってフランスパンを食べることにしました。焼きたてだったのでしょうね。おいしかった!!今日は大学に行かなくて正解です。今朝はなんだかへろへろでしたもの。授業をすると考えただけで憂鬱でした。すっかりリフレッシュして元気になりました。このところ自分の時間というのをすっかり忘れていた気がします。私が私らしく元気でいるためのささやかな時間でした。し・あ・わ・せ^^
2006.01.27
昔一緒にPTA活動した仲間に電話をしました。向こうは中学一年生の男の子。当方、高校3年の息子がいますが、中高一貫の進学校の先輩後輩になります。だから、ふたたびPTA仲間となりました。いろいろあるんですね~実は彼女は私より年上で、故に同じ「お母さん仲間」も世代が違ったり…私たち、年取ったのかも…と言ってしまうのは、無理ないかもしれません。二人で共通して感じていたのは、親が手を放すのが早すぎるということ。たとえば中学生になったら、参観日があっても「来なくていいよ」と子どもは言ったりします。真に受けて行かないという親が結構いるようです。危ない、危ない。「来なくていい」は案外口先だけ。「そお~」と言って、知らん顔で見に行くべし。来てほしいとほしくないの中間で揺れ動くのが男の子の心理らしい。ちょうど大人になりかけの子ども達は、何かと理由をつけて親を遠ざけようとするけれど、その実甘えたい気持ちもどこかに持っています。それに何より、ちゃんと見ておかないとね。何をしているかわかりませんぞ。特に進学校は危ないのだ。親は学校に行けば勉強していると思っているけど、現実はそう甘くもありません。学校は学校で、いろいろあるんですね。子どもの様子は把握しておいた方がいいと私は思います。大学生を見ているとよくわかりますが、「やらされて」勉強してきた学生たちは、大学になるとほとんど教科書を開かなくなります。大学は、数人の厳し~い先生をのぞいて、何も言わず、そのまま単位を出さないという教師が多い。故に、気がつくと、とんでもないことになっています。それをどうするか、早めに、どう自覚してもらうか、私も四苦八苦ですが、一番困るのは本人たちです。自分で気がつくのはなかなか遅い。小学生まではなだめたり、脅したりして勉強させても、中学生からはそうはいきません。何となく、中学生のあたりが大事な気がしています。精神的にも揺れる時期だから、影から見守っているのが大事な気がします。どうぞ自分の中学時代を思い出してください。いっぱしの大人並みの口を利いているくせに、まだまだ子どもだったあの時代。親はうっとうしかったけれど、親がいないと何もできない自分をわかっていたあの頃。あんまり早く手を放しすぎないように…自立を決めるのは親ではなく、子ども自身なのですから…
2006.01.26
今朝の新聞の一面はなかなかショッキングでした。(琉球新報)沖縄県は全国一の肥満ときたもんだ。男47%・女26%が肥満だそうです。思わず電卓でBMI指数(体重÷身長の二乗)を計算したのは私だけではなかったはず…おかげさまで肥満ではないですが、気になるのだ、体重が…沖縄の肥満の原因は、車社会にあるんでしょうね~結婚して沖縄に来て、それから取った免許ですから、結婚して太ったのは車のせいなのだろうか…そういえば免許を持たない友人はやせている!?と言うわけで、近くの郵便局や本屋さん、ちょっとした買い物は歩いていくことにしました。それともう一つの原因は、外食です。どうも、レストランの料理の量が多いような気がします。若い頃は食べきれなくて、良く残していたのですが、子どもができると食べるようになりました。が、食べ過ぎて後が大変。きらくかんの奥谷先生の本を読んでみると、「食べ過ぎ」とはヒトによって違う。自分の消化器に負担が来ないくらいが適量なのだそう。それは確かにそうなのです…でもね、残すのはあまり好きではないのです。どうも、親のしつけが良すぎたのか、食べ物を残すことに抵抗あって…おいしいとついつい食べてしまう。「おなかがすいた」という信号は、胃からではなくて、脳から来るのだそうです。だから、本当は食べ物が足りないのではなくて、緊張が続いていると、リラックスしなさいと言う指令が、「おなかすいた」になるんだそうです。つまり、何かを食べると、リラックスするから。逆に言えば、緊張が解けると、おなかがすいた感じも消えるらしい。と言うわけで、何か食べたいと思ったとき、体を動かすのはいいそうです。原理はわかった。問題はそれを、できるかどうか。頑張るぞ。だけど、何でもおいしく食べられるって健康ですよね~てきとうに、頑張るぞ、に訂正。娘から送ってきたゴディバのチョコが私を誘惑しています~~
2006.01.25
大学の非常勤控え室というのは、不思議な場所です。非常勤講師というのは、自分の担当の時間だけ、大学で教える仕事なので、いろんな人がいます。たとえば政治学に本物の議員さん(落選中?)がいることもあったり、新聞記者が授業を頼まれていたりします。まぁ、会ったことはないのですが…メールボックスに名前があって「へえ~」と思うのです。ものすご~く細い女の人がいて、どうも、食生活のことを授業しているようですが、怖いくらい細かった。もしやダイエットの授業?(そんなのアル?)たいていは週に何回か来るので、しばらくすると、同じ時間に授業を持っている先生と顔見知りになります。特に最近、大学はリストラの嵐が吹いていて、情報交換も欠かせません。そんな風に知り合った4人の先生とお昼ご飯を食べに行きました。一人は中国出身。大連だそうです。一人は台湾出身。後の二人はうちなんちゅ(沖縄出身)です。中国って不思議な国ですよね。「中国の餃子はニンニクを入れないの?」というのは私の素朴な疑問。大連出身のその先生も不思議に思って、中国本国にいる友だちに、何人か電話して聞いたそうです。北でも南でも、ニンニクは入れないんだそうです。間違って日本に伝わったのだと主張していました。確かに。で、ニンニクはどうするかというと、刻んでタレの中に入れるということ。醤油とごま油とニンニク。そのほか何か入れるのでしょうか…確かにこっちがうまそう。皮は絶対手作りでないとおいしくないと言います。きっとそうよね。「今度教えてください」と言ったら、ものすごく時間がかかるのだと言います。「たとえば夜の7時にご飯を食べようと思ったら、3時には取りかかる」のだそうで、ずいぶん手が込んでいるのですね。しかも、豚肉だけでなく、牛肉、ラムといろんな肉を使って餃子があるのだそうです。野菜はその肉によって違うとか。う~ん、かの国は奥が深い。特に食べ物文化の話は面白いです。フッと誰かが、「一人っ子政策と言うけど、子どもを二人産んだら、どうなるの?」と聞きました。「すごいお金を払わないといけない」「いくら?」「サラリーマンの給料の十年分くらい」「えーーー!!」大変な国ですね。どうも、甘やかされて育った一人っ子が、大人になり、国を支える20年後くらいに、とんでもないことになるのではないかと言われているそうです。少子化、老人問題などなど。確かに。かくいう私も一人っ子ですが…カンケイないか。気になる国です。特に餃子の作り方が…
2006.01.24
昨日、息子の本棚に「博士の愛した数式」の本を見つけて、ふと読み始めたら、とうとう最後まで読んでしまいました。最近話題になっていて、映画化されたのも知っていたけど、どんなストーリーか知らなかったので、かなりびっくりしました。何にびっくりしたかと言えば、学者、それも数学者が主人公で、物語が進んでいくということに…学者の中でも考古学者と数学者は特に偏屈に決まっている。偏見かしら。交通事故の後遺症で記憶が80分しか持たないという博士。読み終わって、記憶について想いをめぐらせました。愛する人が記憶を失ったら。あるいは愛する人の記憶を失うとすれば…どちらも残酷です。フッと「冬ソナ」も、記憶が失われたことを軸に進んでいったなと思い出しました。小説の中で、主人公の家政婦が、うっかり、博士の記憶が80分で消えてしまうことを忘れ、失言をしてしまう場面があります。そのとき、あらためて、記憶が消えてしまうことの残酷さを知る。ルートとあだ名を付けられた主人公の息子は、博士を悲しませないように、気を配るのですが、それに泣けてしまいます。話は飛びますが、痴呆の姑さんを看ている友人がいて、夕方になると「うちに帰る」と言い出すおばあさんをなだめています。引き取られて、彼女が看るようになって10年も過ぎているのに、それがわからないみたい。記憶を失ってしまうと、その人ではなくなってしまう。だから、痴呆の人といると、時に悲しいのでしょうね。主人公とルートは、毎回博士と会う度に、自己紹介を繰り返すのだけれど、それを怒るでもなく、悲しむでもなく、やってのける。きっとそれが博士の心に入っていく扉だと知っているからなのでしょうか。愛する人から自分の記憶が全部消えてしまっても、愛し続けることはできるでしょうか。答えはイエスです。とてもとても悲しいけれど。なぜなら、愛するということは、相手がどんなであっても、変わりなく愛することだから。もし愛することができないとすれば、それは愛ではないのだろうと、そんなことを考えていました。
2006.01.23
センター試験が終わりました。疲れ果てて返ってきた息子ですが、どうにか自分の力を発揮できたようです。ホッとしています。この後、二次試験のための勉強がはじまるので、そうゆっくりしてもいられないのでしょうが、とりあえず今日の夕食は和牛のステーキをおごりました。食事の片付けが終わった後、今年から導入されて、話題のリスニング試験の問題を持ってきて、「おかあ、やってごらん」というので、よしよしと取りかかります。ひとりに一台、リスニング用の機械があって、それは持って帰ってきているので、ねじで電池をはずしたら、もう一度再生できました。実際の試験会場では、いったん再生ボタンを押すと、最後まで止まらないようになっています。ずいぶんと大変ですが、大変な労力をかけてでもリスニングを導入した背景には、日本人の英語力、特に聞いたり話したりする力が低いという問題があるのでしょう。というわけで、やってみたのですが、だんだん手強くなりました。ちょっと引っかけ(?)という感じも一二問。結果は50問中48問正解。まあまあかな。実は学生時代は英語が苦手でした。大学ではフランス語をやるので、英語は少ししかやりませんでした。そして、結婚し、ある時英語のクラスを受けたら、できるようになっていました。なぜだかわかりません。フランス語を勉強することで英語が伸びたのか?結婚して子どもができ、図々しくなったから会話をする恥ずかしさが消えたのか…10年くらい前、イギリスに行ったときも、最初は私の英語が一番通じました。でも、だんだん、子どもも夫も上手になったのですけどね。そんなわけで、大学生たちには、英語が苦手だったらフランス語を勉強しなさい。気がつくと英語もできるようになるよ、と言っています。複数の外国語を学ぶのは、外国語を一つやるより、効果があるらしいです。ただしいっぺんにやると混乱するので、ある程度英語をやった後のフランス語は良いのかも知れません。ちなみに娘は高校時代第二外国語でフランス語を取ったけど、あまり楽しくなかったそうです><;大学では韓国語をやっています。息子は英語は得意らしいのですが、第二外国語は何を取るのでしょう…ちょっと楽しみです。中国語なんかいかが?
2006.01.22
友だちがこんな話をしてくれました。飼っている犬が二匹、庭の扉をすり抜けて、逃げ出してしまった。一匹は鑑札をつけていたから、すぐに見つかったけど、もう一匹はシャンプーしたばかりであいにく首輪をしていなかった。探しても見つからないので、野犬狩りにつかまえられているかも、と保健所に行った。そこにはたくさんの悲しい目をした犬がいた。うちの犬はいないし、犬たちがかわいそうだし…とてもつらかった。その中に、かわいいおとなしそうな柴犬がいて、「あの犬だけでも助けられないかな」と言ったら、一緒に行った息子(中1)が「何でお母さんがかわいいと思った犬だけ助けるわけ」と怒った。それでどうしたの?と聞いたら、息子とけんかしながら帰ったそうです。なんだか、息子さんの発想がすごいと思って、偉いねぇと言ってしまったのですが…帰ってきて息子にその話をしたら、「なんか、俺、その子の発言は嫌だ」と言います。どうしてかな、と思いました。一日ぼんやり考えていたのですが、アッと思いました。人を助けるときに、考えちゃいけないんだと思って。(この場合犬ですが)昔、私のいった高校は仏教学校で、宗教の時間があったのですが、こんな問題が出されました。海に行って、母親と妻と一緒に泳いでいたら、二人が同時におぼれた。そのとき、どちらを助けるべきか。みんな首をひねったものです。妻は若いから、自力で泳げる可能性があるから、母を助ける。母は年で、人生の終わりに来ているけど、妻はこれからの人生があるから妻を助ける。色々な意見が出たところで先生(坊さん)が言ったものです。「正解は、近い方を助ける。」考えちゃいけないんですよね。たぶん。(このときの仏教の教えがなんかあったような気がするのですが忘れてます)助けたいと思ったかわいい柴犬を助ければいい。世の中には理不尽なことはやまほどあって、だから、考えないで感じた通りにすればいい。息子がそう考えたかどうか、私にはわからないのですが、一見とても正しいように見える意見にも、別の見方があることを教わった気がします。さて、これを読んだあなたはどう感じられたでしょう?
2006.01.21
今日の沖縄は春のような、夏のような陽気でした。桜が一斉に咲き始め、満開の桜も見ましたから、北部はもうすっかり咲いているのでしょうね。車の中は、窓を開けても暑いくらい。セーターなんてしまってしまいたいくらいです。でも、もう一回寒くなるよね、きっと。明日はセンター試験なので、大学は午後からお休み。なので、大学もがらんとしていました。我が家の受験生も今日は「調整」とか言って、学校には行かず、一日家で勉強していました。このところ、机に着いているところしか、見たことがありません。あんなに好きだったビリヤードもしばらくお休みらしい。「晩ご飯はトンカツにしようか」と言ったら「もっと消化の良いものにしてよ」と言われました。変なもんでかつぐのはやめて、豚汁と塩鮭の焼いたのとおひたしです。もうしばらくは、落ち着かない日々です。母には大してできることもないので、見守るだけです。う~ん、自分で受けた方が楽かなと思ったけど、もう受験はいやだ><落ちまくって、最後に残ったところがフランス語科だったという私の学生時代を思い出します。三日間くらい落ち込んで布団かぶってねてました。でも、それが無くてはフランス語教師になっていない私です。神さまはひとり一人にその人がいちばん輝ける場所を用意してくれているのかも知れません。問題は、それを信じることができるかどうかだけなのかも。今いる場所で、できることを一生懸命やっていくと、そこがかけがえのない居場所になっていくのでしょうね~息子が自分の力を発揮できますように。祈るだけです。あ、明日は弁当も作るのだった!早起きしなきゃ。
2006.01.20
フランス語と英語の交換授業をしているときに、フッと「学ぶとき一番大事なことは」という話になりました。アニエスさんの答えは「自分のできなさを知ること」「う~ん」と思ってしまいました。できないという劣等感を持っている人は多いけど、それを認めている人も少ないのだそうです。はぁはぁ。ちょっとうちあたい(思い当たる)していたりするテレーズです。アニエスさんはそれを壊すことからはじめると言う。できないと言うことを突きつける。できない自分を自覚して、それから「できる」に向かうプロセスで、人は学んでいくと言うこと。たぶんそれは間違いないと思います。ただね、どうも、あんまり強気になれない理由は、できないことは悪いことじゃないって、人はなかなか認めきれないものだということが、何となくわかるから。追いつめることの下手な教師です。本当は、追いつめてほしい人もいるんだろうなと思うのですが。自分が嫌なことはなかなかできない。「できない自覚」って結構つらいもの。だから「できないことが大事」というのです。できないことは自分にとって宝物。うまく表現できないけど、マイナスの感情を使って、自分を成長させようとすると、とても苦しくなってしまう。だから、そんな風に考えようとするのかも知れません。教師であることにあまり自信が無く、自分の力にもさほど自信が無く、ただ、相手や自分とちゃんと向き合えるということだけが自信あります。自分に正直でありすぎて、ちょっと、物足りない教師だろうな~たまに、はったりもあって良いよな、って書きながらそう思っています。
2006.01.19
いつもの時間より早く目が覚めて、二度寝。なんだか今日は朝から頭が重い感じです。夫と息子のお弁当をパスして、家事をするんだけど、何ともはかどらない。こんな日って、ありますよね~月に一二回。体が疲れているのか、心が疲れているのか…掃除をしたいけど、そのままにして週に一度のバレエ教室に。おばさんバレエ続けています。この4月で6年になります。われながら、これは良く続いていると思う。超がつく運動音痴で、体を動かすのが嫌い。学校時代、もっとも嫌いだったのが柔軟体操とマット運動。だって、前屈しても全然からだが曲がらないんです。それがいつの間にか、少しずつ柔らかくなるのですから、体は不思議ですね。当たった先生が良かったかも知れない。バレエも大好きだけど、人の体の動きの仕組みを知るのがもっと好きという不思議な人です。たまたま、気功の先生を紹介したものだから、筋肉の動きを研究するのに熱が入っています…今日は、私の他に生徒がいなくて、マンツーマンでした。「じゃ」と言って、体を伸ばすストレッチの時に、エイヤッと乗っかってくるので、苦しい…けど気持ちいい。日頃使わない筋肉を使うのって、実は気持ちいいんですね~それに気がつくまで、大変でした。それまでは痛いとすぐにやめていましたから、忍耐がなかったと思います。今は、この痛さが気持ちいい感じになっています。学生時代にわかっていれば、運動好きになっていたかも知れません。遅ればせ40歳からのバレエですから、トゥシューズを履くとか、舞台に出るとか、一切考えることもなく、ひたすら体の調整です。おかげで、骨盤ゆがんでないみたいです。奥谷先生に見てもらったとき、体はすごくいい感じだと言われましたが、思い当たるのはこれだけ。バレエが体を整えてくれているみたいです…マンツーマンなので、ちょっと早めにレッスンを終わったけど、汗をかいたら、ずいぶん気持ちがすっきりしていました。実は息子のセンター試験、今週末に迫っています。後、友だちのことが気がかりだったり…いくつか要因はあるのですが…私が心配しても何が変わるわけでもなく…「大事なのは、大丈夫と思うことです。それで、変わっていきますよ」という気功の先生の言葉を思い出しています。
2006.01.18
フランス語の授業を取っているNくん。サッカー部に所属しているらしく、スポーツ万能の感じですが、しばしばお休みがあります。新年になってはじめてやってきたNくんに「出席日数が危ないぞ」というと「先生、7回しか休んでないと思う」と答える。確かに三分の一以上欠席すると、単位はないと規則にあるけど…「あのね、それは7回まで休んで良いという意味じゃないけど…」「?」「7回以内のお休みであっても、単位はフランス語が習得できてないと、ありませんが」「はぁ」時々、自分が何のために勉強しているのかわからなくなる学生さんがいます。単位を取るために授業に来ていると勘違いしてる。勉強してその科目を修得したら、単位がでるのです。その辺を間違えると、単位を取るためには何でもします、何て言い出すのでした。さて、このサッカー青年、どうしよう。「7回欠席したということは、その分授業を受けてない訳よね。当然、授業を受けたときより、できてないわけだから、それはどうやって勉強するの?」困惑しているNくんの前に紙を広げて、「はい、これからの試験の日まで何をする?」結局、勉強は自分でするもの。しなければ何の力にもならないし、それでも私は別に困らない。不可をつけるだけです。困るのはあなたでしょということを突きつけないと、どういう事態なのかちっともわからないようです。1.これから一度も休まない2.プリントを全部やってくる3.ワークシートのフランス語を完璧に覚える手伝って、これだけ決めました。「これをやれば試験も大丈夫だよ」と言ったら、「え、本当ですか?」話しながら、自分が毎日コツコツやることが力になっていくことを体験したことがないのだろうかと、フッと思いました。これだけやれば、絶対力はつくのです。この際、頑張ってみたらいいとけしかけました。大事なことは、自立より、自律。すなわち、自分をコントロールできるかどうか。週に2回の授業でも、何となくさぼってしまう自分に気がついていたら、それを治すチャンスです。だいたい、そんなことが許されるのは大学生のうちだけで、仕事を始めたら、致命的です。自分で自分をコントロールできるように、自分をしつけることって、実はとても大事なことと思っています。大事なことは、やらないと本人が困るように持って行くこと。怒ってしまうと、問題が、私のことになってしまいます。私がどう思うかで行動するようになって、どうすれば私を怒らせないかと考えるようになってしまう。…というわけで、始終にこにこしながら話していました。実際腹も立たないのです。Nくんが頑張っても、頑張らなくても、どっちでも良いわけで、ただ、チャンスはあげようかなと思っただけだから。もちろん、やってくれた方が個人的には嬉しいけど…昔だったら、怒って、単位を出さなかったかも知れません。これは、本人が学ぶ「セルフラーニング」に寄り添う教師の、スタンスなのです。怒らないと精神衛生上とても良いのだ。
2006.01.17
結婚することになったとき、私は大学院生でした。大学院も4年目で、中退ということになり、退学届けを出すとき「一身上の都合」というのが、なんだか嫌で「結婚のため」と書いて笑われました。何でしっかり理由があるのに、「一身上の都合」って書くんだろ?今でもよくわかりません。そのころの私の評判は、なんだかぼ~っとした学生だったのだろうと思います。1年後輩にきっぱりした女の子が入ってきて、翌年新任の若い先生が赴任してきたとき「私あの人をゲットします」と宣言し、本当に結婚まで漕ぎ着けたときは、仰天しました。院生に限らず、女性の就職が無い時で、永久就職が利口といわれていた時代です。しばらくは、たまにだんなさまを見かけると、結構疲れた顔をしていましたが…離婚したとか、しないとか…学生時代、ぼ~っとした私が唯一得意だったのは、厳しい先生の攻撃の矛先をかわすことでした。恩師の栄子先生は昭和5年生まれ。確か新制大学の一期生で、女性ではフランス文学の研究者として、草分け的な人です。女性で大学教授になったのも、かなり珍しかったのではないでしょうか。男性顔負けの鋭さで、それは良いのですが、ぼやぼやしていると授業中血祭りに上げられると有名でした。神田の古本屋で、フランス語専門の本屋さんがあるのですが、「あなたどこの学生?」と聞かれて、「栄子先生の弟子です」と言ったら、同情され、値引きしてもらったことがあります。今思えば、あの頃更年期だったんだと思います。実に激しかった。しかも、割と理不尽な怒りが多かった。けど、私は一度も怒鳴られたことがありません。理由は、最初に謝ってしまうから。「昨日予習したんですが、こことここがわかりませんでした」というと、機嫌良く説明してもらえます。私の母と同い年で、先生は結婚していても子どもがおらず、どこかで、できの悪い娘の気分だったのかなと思います。結婚して沖縄に来てからも、帰省の時、たまに会いに行っていました。沖縄で学会があった時、駆けつけたら、うちの子ども達は1歳と3歳という感じだったと思います。孫にあったみたいに嬉しそうでした。実はこんな話を書き始めたのは、その先生からはがきが来たからです。お正月に「教えない教師ができるまで」の本を、ふと思いついて送ったから。なんと書いてあったと思います?おおらかで素直なお人柄が表れていて、なんだか胸をなで下ろしたという感じ(失礼)師はいつまでも師ですね。どこかで危なっかしい感じがあるんでしょう。だけど相変わらず毒舌で、笑ってしまいます。最後に誤字の指摘がありましたもの。怖くて、厳しくて、でも、良い先生でした。お手本にするには、偉すぎたけど…不肖の弟子です。怖くない教師やってます。
2006.01.16
休みの日の朝、玄関のベルをならすのは、近所に住む野菜売りのおじさんと決まっている。ドアの新聞受けを押して、声が通るようにして「おはよ~」と間延びした声で、「野菜はいらんね~」おじさんとのつきあいも結構長くて、「おじさんはね○○パン屋にいたからね、添加物が怖いのよ~く知っているよ。だから農薬は使ってない」というのが口癖。無農薬は嬉しいけど、春先には青虫がたくさんいて閉口するのです。今はほうれん草の季節で、ほうれん草はあまり虫が付かないらしく、良く買います。おじさんいわくに「ねえねえの故郷は雪は大丈夫ね~病気でもないのに、雪に埋もれて死んでしまうなんて、大変さ~」まったく、この頃のニュースでは、雪に埋もれたり、雪下ろしで足を滑らして亡くなったり、お年寄りの多いのにドキッとするのです。うちの父親は、間違いなく年を忘れて、雪を下ろしに行くタイプ。いつか台風の日に、二階の雨戸が飛びそうになって、押さえていたと言うから仰天しました。「雨戸はお金を出せば買い換えられるけど、あんたの命はそうはいかないんだからね。」と言ったのですが、自覚したかどうか~今年84歳の大正生まれの父です。私の帰りが遅いと、迎えに行くと言い張るけど、そっちがよっぽど危ない。だから、雪国でないことに心底ホッとしています。うちの父親みたいに、屋根の雪を下ろしに行った人も多かったのでしょうね。実際放っておくと大変なことになるみたいですから。雪があんなに大変なものだって、今回初めて知りました。経験しないとわからないこと。経験した人の話を聞かないとわからないことって実はたくさんある気がします。ハルミさんのブログを見て、ペンション南の楽園のオーナーから、フランス人がノートに書いていった感想を訳してもらえませんかとたのまれました。訳してみたら、「私はノルマンディー上陸作戦を体験しているので、なんという沖縄の歴史でしょう」という文が出てきました。すっかり忘れているけど、フランスもナチスドイツに占領された歴史のある国です。この方はそのとき、お父さんを亡くされ、家も亡くなってしまったとか。ノルマンディー上陸作戦というのは、映画で見たときは、パラシュートで連合軍が降りてきて、次々に町が開放され、解放された町ではみんなが喜んで、なんだかかっこいいイメージだったけど、実際の戦闘でなくなった方も多かったのですね。聞いてみないとわからないものですね。沖縄戦の悲惨は知っていながら、フランスの戦争だって同じように悲惨であるはずなのに、つくづく自分の勝手に作ったイメージの浅はかさを思いました。ジャックさんと南の楽園のオーナーにありがとうという気持ちです。
2006.01.15
OKINAWAセルフラーニングネットワークというNPOを主宰しています。このネットワーク、作ってから5年になり、最初は3人だった仲間がいつのまにか増えています。その一人が、糸満の公設市場にカフェを開くことになったハルミさん。私のブログを見てたずねてくれたのがご縁です。まちぐゎーCAFEは来週オープンなのですが、我がネットワークの新年会兼定例会の会場に使わせていただくことになりました。頑張って改装した甲斐があって、素敵なカフェになっていました。はじめて行った糸満の公設市場も、オープンな雰囲気で、外はぽかぽか陽気でしたから、なんだかなつかしい感じのする場所でした。子どもコーナーもすっかりできあがって、子ども達はビデオを見ながらケーキを食べてご満悦です。安心して子連れで行ける場所です。定例会に集まったのが9名。いつものように自己紹介と近況報告をしたのですが、相変わらず面白かった。この定例会が不思議なのは、初めての人も、何度か来ている人もいるのですが、ひとり一人が話をしていくうちに、どういう訳か、話がシンクロしてしまうのです。つまり、誰かが聞きたかったことを他の人が話をするというようなことが起きるのです。話をしながら自分が気づくこともあります。そんなこんなで今日私が面白かったのは、「自立とは、経済的独立をすることではなく、ありのままの自分を認めること」というAさんの話。 Aさんは6年前の始まりの頃から自立をテーマにしていたのですが、人が自立するとはどういうことか、考え続けた結論のようです。セルフラーニングって、自分なりに学んでいく方法なのですが、やって行くにつれて、なんだかとても楽になっている気がしていたのが、わかった気がしました。つまり、自分の学び方をつかまえて、少しずつやり続けることができると、自分に対する信頼が出てくるような気がします。平たく言えば、「私って結構やるじゃん」とか「私って頑張ってるんだな」って。生きていると落ち込むことの方が多くって、でも、そんなとき落ち込みつつも「できないことに向かっている」自分に気がつくと、できないことに向かうのも悪くないと思えるから不思議。それってつまり「ありのままの私でいいや」って思えるということですよね。セルフラーニングに出会ってから、心底、自分は自分でいいやと思えるようになりました。背伸びをしなくなったかも知れません。だからといって、自分が成長する努力をしないということではありませんが。そうそう、話は飛びますが、今日参加してくれたお母さんが、私の書いた小さな本「教えない教師ができるまで」を読んで、とても面白かったと話されていてびっくりです。本はまだ在庫があります。ほしいかたは私書箱にメッセージを残していただければ、ご連絡します。本の表紙はハルミさんとこにありますから、見てください^^それから、メグさん、差し入れどうもありがとう。お刺身すっごくおいしかったです。後で買いに行こうと思ったけど、閉まっていました。残念。今度カフェに行ったら、お刺身買って帰ろうっと。
2006.01.14
今日の沖縄は妙な天気でした。朝方まですごい雨が降っていましたが、朝は湿度が90%。大学にいったら、廊下と壁がべちゃべちゃ。「壁から雨が降る」という感じです。蒸し暑いのだけど、部屋の中にはいると妙に肌寒くって、いや~な感じでした。そのせいというわけではないけど、今日は、板書のスペルミスがたくさんあって、後期から聴講しているドイツ人のカトリンが「先生、違っているんですけど…」を連発。ちょっと凹んでます。ところで、年明け早々から原稿を書いていたのですが、100字でプロフィールを書くようにと言われ、さんざん悩みました。書いて出したものは編集者に却下され、う~んと唸っていたら、「こんなのはどう?」テレーズさんって本当に大学の先生?って、この頃良く聞かれますこの後に、大人の学ぶ場を作っている等々続くのですが、やられた!と思いました。その通りなんですね(笑)授業の後、残って話をしていた医学部のRくんにこの話をしたら、「本当ですよ。」と言います。「先生は、小学校の先生みたい」「そうかぁ」他の先生は、レポートを出す時間が遅れただけで、雷が落ちたりします。とのことでした。テレーズはあまり怒らない教師です。なぜ怒らないか。大事にしていることが、とても少ないから。レポートの提出が遅れることや、遅刻はあまり、たいしたことではないと思っています。授業中の睡眠もね。だけど、最初の時間に、せっかく授業に来ているから起こしますよと明言してますから、後ろから、ワッといって背中を押して起こします。別にねていても私は困らない。遅刻しても困らない。困るのは勉強している本人のはずですから。大事なことは、フランス語を学んでもらうこと、それだけ。大学生たちを社会人として立派に育てたいと思って、遅刻に厳しい先生もいるでしょう。厳しくされれば、それだけ自分の身になることもあるからね。優しい先生が良いとは限りません。ただ、遅刻をしたくないと本人が思っていて、どうしようもないとき、ペナルティーをかけることはあります。私に自分の意志が弱いと相談に来たYくんはそうやって、一回遅刻ごとに課題が増えることになっているので、最近はちゃんと来ています。こんな関わり方が、やっぱり変な教師かも知れないと思います。
2006.01.13
今年高校3年の息子が、高校を卒業すると子育て一段落ですが、ちょっと寂しいことが一つだけ。それはPTAにもう関われないと言うこと。かつてPTAにふりまわされていたとき、年上の友人に「子どもがいるからできるんだよ」と言われていたことが、今頃府に落ちています。PTAそのものが面白かったというより、そこで出会った人材が良かった。ほとんどつながりのない人と出会う、チャンスの宝庫です。今年、PTA新聞の編集をしている私のところへやってきたのは、アニエス(仮名・日本人です)さん。いつもおしゃれで、素敵なんだけど、英語の達人なのです。同じ語学をやっているけど、アニエスさんは大学は国語専攻。子供が生まれてから、英語が苦手だったからはじめたという経歴の持ち主。10年やって、今は、洋書を読むのが趣味。かたやフランス語教師の私は、初級を教えてばかりで、本を読むことなど最近ほとんどなくって、こりゃいかんとあわてて勉強再開する始末です。出会って半年、そんな風にお互い刺激しあう良い関係になりました。12月からは私がフランス語を教え、アニエスさんが英語を教えてくれる交換授業をはじめています。交換授業だけど、語学というのは自分でやる部分が多いので、お互いのセルフラーニングの手助けという感じ。アニエスさんには、フランス語のプリント教材を作っています。私は、易しい英語の本を貸してくれるので、それを宿題として読んでいきます。お互いの家をいったり来たりの交換授業。今日はうちでやる番でした。なのに、アニエスさんの話が止まらない。次から次へと話が続きます。ホントに不思議なんだけど、アニエスさんとは会うといつも果てしなく話が続きます。こういうのって、私にはかなり珍しい経験。今日も話が終わらないので、途中から二人で「今日はしゃべるか」と決めて、ひたすらしゃべっておりました。5時間くらいしゃべっていたことになります。フッとこういう風に出会う人って、前世で何かあるんだろうか?と思ったりします。きっと姉妹だったんじゃないだろうか。私が年齢的には姉ですが…そんなこんなで来週に延期。おしゃべりの尽きない相手に出会うことができるなんて、PTAもなかなか素敵でしょ。
2006.01.12
夕方サンエーに買い物に行って、夕飯の買い物をかかえて車に戻ってきたら、駐車場で女の子が泣いています。それも、かなり激しく。私の隣の車の、後ろのタイヤのところに座り込んで、わあわあ泣いているので、うっかり車を出すときに飛び出してきたら大変と、近寄ってのぞき込んでみました。4歳くらいかな。「どうしたの」と聞くと、少し泣きやんだけど、「お母さんいないの?」と聞いたら、またしゃくり上げます。どうも迷子になったらしい。「何があったの」と聞くけれど、うまくしゃべれない様子。フッと先日から虐待の話ばっかり聞いていたので、まさか虐待されて逃げてないよね~と変な想像が…9割9分まで違うと思うのですが…あんまり悲しそうだから、だっこしてあげようかなと思ったけど、しばらく泣きやむまで待っていようかなと、一緒にしゃがみ込んでいました。そしたら、背後から「○○チャン、何でひとりで外に出たの?」と若いお母さんの詰問するような声。子どもはお母さんに走り寄って、一件落着でした。お母さんの顔を見て安心した子はいっぺんで泣きやんでました。母の力は偉大です。が、たぶん、後で叱られたんだろうな~そんな口調でしたから。良かった、良かったとエンジンをかけて、フッと思いだしたのが、迷子になった息子に、店内放送で呼ばれた体験。小学生にはまだなってなかったと思います。「テレーズさん。息子さんがお探しです」なんて店内放送で呼ばれたのは、私くらい??いつも私のそばから離れないおとなしい息子でしたが、こんな時は妙にしっかりしていました。そのまんま高校生になりました。面談に行くと、妙に担任の先生の信頼が厚かったりしますが…どうも、小さい頃から、頼りない母で、しかも、仕事だPTAだと走り回っていましたから、どこか自分でなんとかしなきゃと思っていたんでしょうね。どんな子どもに育てたいか、あまり意識したことはなかったのですが、中学生になっても、病院も美容室も母と一緒でないと行けないような過保護に育った私は、なるべく自立した子どもであってほしいと願っていたのかも知れません。セルフラーニングとか、教えない教育というのは、実は、自律して学ぶ人を育てるシステムのこと。だから、どこかでつながっているのかも知れませんね。
2006.01.11
日本という国は、水と安全はただだというのですが、もう一つ、荷物がちゃんと届くというの、外国に出るとしみじみすごいと思います。民営化法案の件で、いろんな人が郵便局に苦情を言っていましたが、私には郵便局の人たちは、頑張っているとしか思えなかったのです。たとえばイギリスですが、宛先が違う手紙の転送のシステムがなく、借りていたフラットに、引っ越していった前の住人への十通くらいのクリスマスカードが届いたのですが、どうしようもありませんでした。たとえばイタリアからは小包がちゃんと届かないという話、良くあります。イギリスの郵便局のおじさんの話ですが、前に船に乗っていたとき、イタリア経由で来るクリスマスカードが一通も届かなくて、問い合わせたら、「クリスマスをすぎちまったから、処分した」と言われて怒ったそうな。イタリアの郵便局の話は結構有名で、みんな心配な郵便物はスイスに持って行くとか。イギリスの郵便局のおじちゃんと「じゃあ何でイタリアには郵便局があるんだ?」と笑ってしまいました。娘のホームステイ先のトレーシーさんが送ってくれた小包も、どうやら行方不明のようです。浦添郵便局の人がかなり調べてくれたのですが、多少の住所の書き間違いなどは調べて届けということで、どうも小包は届いてないらしい。出したのが11月の末だから、どう考えても、どこかに消えています。夫がどっかの倉庫の隅っこにあったりしないか。といっているけど、そんな感じ。娘に電話したら、同じ時ソウルに出した小包が、二つ届いていないらしい。ほ~ら。イギリスのどこかにあるんだと思うな。まず出した郵便局が怪しい?ちなみに今までずいぶんと海外小包を出したり受け取ったりしましたが、届かなかったのはこれがはじめてです。でも、紛失の話は時々聞きますね。忘れた頃に、ひょっこり届くような気もしています。中身は紅茶とチョコらしいから安心です。
2006.01.10
うまんちゅ子育てネットというNPOに関わっています。今日は新年会でした。何せメーリングリストで、独身だったGさんが結婚するというニュースが流れてから、彼女を連れて来るというので、何を持って行こうと思案していたのですが、「お赤飯しかない」と思って、お赤飯を準備しました。元日の朝も、実家で作ってきたのですが、餅米を一晩水につけて、蒸し器で蒸す本格的おこわです。一度お米を蒸してから、小豆のゆで汁につけてすわせてから、再び蒸すとできあがり。それほど難しい料理ではないのですが、ちょっと手がかかります。そんなわけで、Gさんの笑顔を見ながら、結婚報告会となりました。何でもはじめてあって7年、仕事がらみで関わるようになって4年、恋人になって2ヶ月!縁があるときには、とんとん拍子に事が運ぶものです。外国に行っているとき、メールで、しかも英語で口説かれたという話にびっくりでした。「結婚を決意した理由は?」と聞いたら「直観」という答えが返ってきました。きっとそうですよね。重大な決意は、これしかないと自分でわかるものなのです。きっと、この人なら自分をありのままに受け止めてくれると感じたのでしょう。傍観者から見ると、しっかり者の奥さんと、許容範囲の広い旦那という感じでした。つまりは尻に敷かれてるってこと。恋人たちの話は良いですね。まわりまでほのぼのと暖かくなりました。きっとこれからいろいろあるだろうけど、それも二人の人生に必要なこと。20年前の夫との出会いを、ちょっと思い出していました。え、どうやってであったかって?見合いをしたのです。夫20回目の見合い、私初体験でございました。縁というのは不思議なもので、それまで一度もあったことのないひとと、半年後には結婚式をあげ、一緒に暮らしていました。沖縄で。今年6月の結婚20年目の記念日に娘がイギリスからカードを送ってくれました。その中に「考えてみてよ、お父さんとお母さんが出会わなかったら、私はこの世にいないんだよ」と書いてありました。その通り。そして、出会ってからの道のりが二人で作り上げてきたものなのでしょう。お二人の幸せを心から祈っています。たまに冷やかしに行こうっと。
2006.01.09
明日が成人の日ですが、我が町浦添は、今日が成人式だったようです。お昼ご飯を食べにでたら、あちこちで着物姿の女の子を見ました。うちの娘も1986年2月生まれですから、成人式該当者なのですが、あいにくイギリス滞在中。残念なような、安上がりでよかったような…夫も私もそんなことはすっかり忘れていて、着物姿の女の子は歩き方や話し方をもっと女らしくすればいいのにね~何て話していました。そうだよ、うちの娘の同級生たちなんだ。ちょっとびっくりです。もし娘がいて、着物を着ていたら、きっと、こんなに大きくなったんだと親は感慨深いものがあるかも知れません。さっき電話をしたら、ベルギー・イタリアの旅を終えて帰ったところでした。元気でしたが、大学の課題がまだ終わっていないと焦っているところ。何でもベルギーでスリに遭い、バッグをつかんだ男の子のスリがなかなか放さないので、爪を立ててやったら、ぎゃーっと言って逃げていったそうです。おっとりして見えるのですが、妙にしっかりしたところのある娘です。何も取られなかったそうで、一安心。連れの先輩はポケットにねじ込んでいたナプキンをすられたそう。被害はそれだけだと言うことです。ヨーロッパは拳銃がないので良いけど、スリに良く遭います。用心用心。いろんな経験を積んだ分、たくましくなっていることでしょう。それはそれで貴重な体験かと思ったりします。無事だったから言えることだけど…成人式は帰ってきてからゆっくりね。学生からそのまま結婚をして、右も左もわからぬ沖縄で、必死で子育てしたあのころがなつかしい。よくぞ、ちゃんと育ったと感謝しています。
2006.01.08
居間のテーブルの上に本が約10冊、その隣に、クレジットの領収書が…要するに大事なものを「とりあえず」置いておくとそのまま数週間がたち、ホコリが溜まって…という悪循環。家族が使うテーブルなので、時に苦情が出て一気に片付けるのですが、またたまるんです。今日夫とでかけて、ホームセンターで目についたのが、折りたたみのテーブル2980円也。今あるテーブルの半分くらいだから、部屋が広くなるはず。だいたい片付かないのはテーブルが広いからだ、と主張して、買ってきました。思ったより大きくて、もとのテーブルの三分の二くらいでした。でも、いまあるテーブルは、夫が結婚前使っていたもの。もう十分もとはとったはず。思い切って机にあったものを別の部屋に。いや、すっきりしました。夫が喜んで、ビールを飲んでいます。しかし、本の山は移動しただけ。アレをどうするか、本格的に考えねば。実は娘の部屋に積んだだけなのです。2月末に帰ってくるまでには何とかしよう。いかんいかん、この3連休に何とかするのだ。仕事柄、紙のたぐいが溜まるのですが、一体みなさんどうしているんでしょうね~答案用紙は3年間保管することなんて、規定があって、そんなこと決めるんなら「部屋をくれ~」と大学に言いたいよ。片付けをすると心が片付くとか言いますが、さて。
2006.01.07
新年早々、今日から大学の授業再開です。松の内なんだけど…今日休んだら、あと三日冬休みが延びるんだけど…と思いつつ、大学に行きましたが、案の定、静かでした。勝手に冬休みを延ばした人多し。学生はね、わかるんだけど、先生もなんですね。非常勤室の静かなこと。いつもの通り、授業をはじめようとしたら、三分の二くらいしか来てません。いつも一番前に陣取っているトーマスがいないと寂しい。彼は広島に帰省したんでしょうね。と言うわけで、出席を取ったら、いちばん後ろに座っていたケンが「先生、今日授業やるの?」と聞いてきました。やる気があったわけでもなく、実は、今日は授業をやめて、別のことをやろうと思っていたんですが、何をしようか決めてませんでした。フッと思いついて、学生たちにひとりずつ、問いを出してもらうことにしました。「何を聞いても良いよ。答えられないものはノーコメントと言うから」答えないもの、実は一つだけあります。年齢。若く見えるので、学生はいつも知りたがるんだけど、ヒ・ミ・ツ。すごく若いときに子どもを生んだと思っている人もいる…と言うわけでいろんな質問に答えました。フランス語の質問も出るかなと思ったけど、全然なし。ちょっとがっかりしたような、しないような。今日一番最後の質問は「先生の体型は若い頃から変わりましたか」という質問でした。いやー今太ってるっていうのに、そんなこと聞くなよ。「若い頃はがりがりでした。」大学に入ったときの体重が38キロでした。身長も150センチくらいだったけど、それにしても色気も何もない、胸も何にもない体型でした。「何でそんなこと聞くの」と聞いてみましたが「個人的理由」と言います。今日は授業の最後に紙を配って、今年のテーマとその理由を書いてもらったのですがその用紙の隅っこに彼女と先生の体型が似ているんで、彼女が年取ったらどんな体型になるか知りたかったんですと書いてありました。う~ん、彼女は今の私よりでっかくなるかも^^複雑な気分でしたが、こんな打ち明け話をしてくれるのも、私が変な教師だからなのでしょう。この男の子、一度バイク事故で死にかかったと言う話を前にもしてくれました。「あなたが生きていて良かったよ」と思わず言ってしまいました。今年のテーマは「彼女を大事にする」なんだって。幸せな彼女ですねえ。
2006.01.06
友だちの年賀状に「今度お店を出します」とあった。実はこの友人、ネットワークビジネスをやっていて、なんだか危なっかしいのです。友だちや親戚に出資金40万を出すように勧誘していた時期が何年かあって、私も、その気になりかけたけれど、結局はうまく逃げました。今度はお店か。なんかちょっとため息。だって本職を持っている友人で、その道ではそれなりに大成している人なので。見ていると本業がおろそかになっているのがよくわかる。ついつい、いろんなことを言ってしまいそうで、会うのも少しためらってしまう。けど…こんな時最近、つぶやくのは「私と関係ない」という言葉です。その人にとってはそれが大事なことなのだから、私とは関係ない。私が困るようなことは何一つない。ただ、勝手にその人のことを心配しているだけだから。人は誰も、自分がやりたいようにやる権利あるものね。やって、失敗したら戻れば良いだけのこと。リスクは本人が背負うのだから。突き放すのではなく、かといって干渉するのでもなく、何かあったときには支えてあげられるそんな関係を、いろんな人と作って行けたら、きっと、いい人生が送れるような気がします。
2006.01.05
三が日も終わり、今日は仕事です。実は今日中に書き上げなければならない原稿があって、年末に書いていたものの書き直しを命じられたものですから、元日から気がかりなまま、ようやく昨日から取りかかることができました。字数にして、一万5千字…なのでなかなかの分量です。さっき、ようやく書き終えました。ふうっ。大変でしたが、達成感あります。しかし、肩こりと目の疲れが…新年になって届いた、奥谷先生の「女本」に、最近の女性の体調不良の原因はほとんど目の疲れと書いてありましたが、ホント、ホント。それと、元日にお節を運んできた肩こりと一緒になっているかも知れません。あのトランクと、保冷バッグは合計20キロくらいあったし><奥谷先生によれば、熱いお湯にタオルを浸して温湿布が効くそうです。これからお風呂に入って温湿布するかな。というわけでパソコンは閉じることにします。目の疲れにはご注意を。
2006.01.04
朝目が覚めると、息子は机に向かっています。センター試験が迫っている受験生。偉いな~と思いつつ新聞を見ていると、娘から電話。ベルギーから。キャッシュカードでお金が下りないんだけどという事務連絡電話なのですが、すぐ近くにいるみたいに聞こえる、国際電話とは不思議なもんです。去年4月からイギリス留学中の娘は、あと2ヶ月で帰国。この際クリスマス休暇を利用して、あちこち出かけようと計画したらしく、年末はフィンランド、クリスマスをイギリスのホームステイ先で迎え、新年はベルギー、これから、イタリアに行くそうな。ヨーロッパは安い飛行機があって、往復1万円くらいで行き来しているようです。お宿もユースホステルで節約の旅らしいけど、うらやましい。若いときフランス語を学びながら、フランスになかなか行けなかった母は、うらやましいような、身代わりで満足しているような変な気分です。子ども達がいつの間にか自分の足で歩き始めるようになって、おやすみの過ごし方がすっかり変わってしまいました。夫と二人で出かけることが多いのです。今日も、夫と出かけました。車を置いて、散歩です。だって、昨日体重計に乗って、焦ってしまったから。あり得ない体重でした。夫も、乗ってみて、同じように唖然。しばらく二人でダイエットということになりますか…久留米からたくさんお菓子を持って帰ってきたのに~おもちも一杯持って帰ったのに~しかし、これ以上体重が増えると、手持ちの洋服が着られなくなるおそれがあります。というわけで、近くのバークレー・コートまで散歩です。往復30分以上はかかりますが、カロリー消費したかなあ?ちなみに本日の疑問は、バークレー・コートの入り口に書いてあった「ネバーフード・エリア」というカタカナの意味。帰り道、夫と二人で頭をひねりながら考えたのですが、私の主張するneighborhood(隣人)が当たりではないだろうか??英語の綴りを書いてくれ~
2006.01.03

あけましておめでとうございます沖縄で新年を迎えています…というか、年末から久留米の実家に帰り、年取った両親とともに、年の瀬の年中行事をすべて済ませ、元旦のおとそをお祝いして、夕方の飛行機で、お節を一杯かかえて帰ってきました。というわけで、今日2日は、夫と息子と3人で、お節を食べています。子ども達が生まれてから、私の実家で6人でお正月をお祝いし、三が日に夫の実家にいくというパターンが続いていましたので、今年は寂しいお正月でした。なんと言っても、受験生の息子が「勉強したいから帰省したくない」と言った一言が大きかったのですが、イギリスに留学中の娘のこともあって、一人での帰省と相成りました。帰る度に父と母が一回り小さくなったような感じがします。でも、誰にも公平に時間は過ぎていくのですから…今回は6月から習い始めた気功を使って、父と母に少し楽をしてもらうことができました。気を入れると、私の手が熱くなって、背中が温かくなるからよく眠れると父には好評でした。例によって、お節も12,3品は作ったでしょうか。毎年のことで、割合さっさと作ってしまうのですが、品数が多いので、30,31日は半日台所に立ちっぱなしです。写真は沖縄に戻ってきてから、詰めたお重です。このほかに、郷土料理「がめ煮」と沖縄料理のラフテー(豚の角煮)をお鍋に一杯作ってきました。電車の駅まで父と母が送ってくれましたが、ドアが閉まるとき、涙が出そうになりました。いつもなら、息子や娘がいて、なんだかにぎやかなまま帰るのですが…離れて住んでいると、いつも小さな覚悟をして、両親と別れてくることになります…とはいえ、一週間でしたが親孝行してきました。ホッとしています。いろいろなことがあった2005年。新年を迎えて、自分の中でやっと終止符が打てた気がしています。書きかけのままの日記も、少しずつ復活しようと思っているところです。そんなわけで、2日になりましたが新年のご挨拶を申し上げます。どうぞ、今年もよろしくお願いします。
2006.01.02
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