サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.01.08
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カテゴリ: 文学
 と、また小難しい話から入ってしまいましたが、「源氏物語」全体の構成を通観すると(これもまた古来いろいろな論議があるのですが)、私もオーソドックスな「桐壺」から「藤の裏葉」までの第一部、「若菜」から「雲隠」までの第二部、そして宇治十帖を中心とした第三部の三部構成という見かたをしています(これは作者の構想とか意図とは関係なく、読む側の頭の中で三部構成というのが、音楽のソナタ形式と同様、何となく座りがよいという意味です)。
 多くの分類解説にあるとおり第一部は貴公子たちの「王朝夢物語」、第二部は主人公たちの人生的なたそがれ、第三部は云わば第二部の縮刷版再現部といった内容で、この物語を長編小説(Roman)として読むならば第二部の「若菜」あたりから入るのが面白いかもしれない。逆にストーリーやプロットの巧みさ(Novel)を堪能するなら、俗に並びの巻と称される「玉鬘」以下の帖が無類に面白い。
 紫式部のいわばストーリーテラーとしての才能というか、話し上手な部分は、むしろこの並びの巻と称される挿話の数々で、ことに充実しているように思えるので、これらを読む宮廷の女房たちの笑い声が聞こえてきそうです。ここの登場人物の造形は、主人公だけでなく端役の女房や地侍まで生き生きしていて、そのぶん主人公の光源氏や紫の上を画く式部の筆もリラックスしているようにみえる。実は今回宇治十帖のあと、初めから読み直していて、ここまできて「しまった!」と思っているのです。若いころに「玉鬘」までガマンして読み進めれば(相当難儀ですが)、あるいはこの古典に対する観かたが、もう少し変わっていたのではないかとね(マンガでも読める今の人たちは得しましたな)。

 欲望と嫉妬、陰謀渦巻く暗く陰湿な宮廷社会という予断は、ここでは捨てたほうが良いかもしれない。 宮廷内には案外女房たちの笑い声が聞こえていたのではないか、という指摘は、たしか西郷信綱さんが「古代文学史」(岩波現代文庫)か何かでおっしゃってましたが、式部は当時の主たる読者層、宮廷の女房たちの期待に応えるべく、ハーレクイン並みの大サービスを行なっているようにみえます。
 紫式部といえども、読者を意識せずには物語は書けなかったわけで、当初おそらく貴公子誕生の宮廷夢物語の着想で始まったのが、稀代のドンファン物語になっていったというのは、それを期待し要求する需要層があったからで、それは紛れもなく中宮彰子の依拠する宮廷内の女御、諸侯だったでしょう。彼ら彼女らの主たる関心が意中の相手をいかに惹きつけるかという、恋のさや当てゲーム(寵愛を受けるということは一族郎党の繁栄に直結する)であってみれば、ありとあらゆるケーススタディのリクエストは当然式部に対してあったはずで、式部はなかば記号(Symbol)化した男=オスとしての光源氏を仕立てることで、それに応えようとしたのです。
 それがほとんど現実にはありえない存在だというのは、式部本人にも読者にも普通認識であったようで、登場人物の侍従や公達にも「またビョーキが始まった」という種類の、なかばあきれたような述懐をさせています。

 私たちはどうも本居宣長以来の「源氏物語」=「もののあわれ」感の先入観に取りつかれているようです。全編が宿世だの無常だの、深刻な色合いで進行していたなら、しんどくて仕方がない。もっとも、宣長は「もののあわれ」というキーワードを、それまでの仏教的無常観や儒教的倫理観ですっかり汚された「源氏物語」観を、突き崩すために用いたので、「もののあわれ」がまたさまざまな先入観に彩られていったのは、むしろ明治以降の文学者たちの「深刻好き」によるところが大きいのかもしれません。

 王朝夢物語としてスタートした「源氏物語」が、おそらく本人も予想外の宮廷内外での好評で、思いのほか長く書き続けられることになったのが、書き続けるうちにたんなる輝く日の御子の成功物語では飽きたらず、主人公以下の人生的な内面を描いていくようになった。ところが光源氏と紫の上では、それまで書き込んできた人物造形や帝の御子という設定が、あまりにも偉すぎて描きにくい。そこで副主人公ともいうべき夕霧だの柏木を登場させたけれども、結局光源氏の光源が強すぎて、表現としては充分納得できない。というわけで、いったんすべての登場人物をシャッフルして、より私的な内々の物語(Domestic Roman)にしようとしたのではないか、というのが、私のはなはだ荒っぽいですが、現在の「源氏物語」成立の経緯ではないかと思っています。

― つづく ―





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Last updated  2009.01.08 15:10:17
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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