サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.01.21
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カテゴリ: 文学
 古代や中世の、いまだ理性が世の中を照らしていず、ものの怪や鬼が夜になると大手を振って跋扈していた時代というのは、今と比べてよほど感情の起伏が激しく、かつその表しかたがしどけなかったであろうことは、日本に限らずヨーロッパでもJ・ホイジンガが「中世の秋」という本で明らかにしたことでした。近代以降の西欧啓蒙主義は、無分別な感情の吐露を抑制し、理性による世界のコントロールをもくろんだわけで、今どきの世界にはものの怪や鬼が入り込む余地はなかなか無いのです。
 今皆さんの住んでいる、蛍光灯の明るすぎる部屋を考えてごらんなさい。今どきの家は昼間(理性世界)の延長としてしか住居をとらえていません。毎夜必ず訪れる眠りや夢を、古代人はごく普通にもう一つの実体ある生活ととらえていたのですが、近代以降の私たちは眠りとか夢に、ほとんど意味を見出さなくなってしまいました(近代人が価値と見なす生活形態にとっては、夢も睡眠も余計なものだからです。まあしかしこれも別の話)。
 というわけで、近代以降の理性主義(脳化社会)の洗礼を受けた私たちにとって、それ以前の感情の表出に遠慮会釈のなかった人たちの生活心理を想像することは、すごく困難な仕儀となるわけですが、それにしても
― なお行き行きて、武藏の國と下総の國との中に、いと大きなる河あり、それをすみだ河といふ…
 さるおりしも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。
 渡守に問ひければ、「これなむみやこ鳥」といふを聞きて、
 名にし負はば いざ事問はむ みやこ鳥 わが思ふ人は ありやなしやと
とよめりければ、舟 こぞりて泣きにけり 。 ― (「伊勢物語」下線筆者)
 といった調子で、家族を放擲してきた男達が、立ち行く先々で、残してきた妻子を思って、こぞって泣きわめくというのは、考えてみればずいぶん身勝手な話ではあります。
 これと同じようなシチュエーションは「源氏物語」にもあって、例の「宇治十帖」のくだりで、匂宮が自分が無理矢理犯したのにもかかわらず、嘆き悲しむ浮舟の姿をみて、自分も悲しくなって涙を流す、というシーンがありますが、光源氏の時代の人々にとっては、ことの理非曲直より、我が身の感情の流れのほうが優先したのでしょうか。これはある意味、 子供に近い心理構造 といってよいのかもしれません。
 まあしかし、これも和歌の問題と同様、昔の人はそんなものだったのかなあと、一応受け流しながら付き合っていくことができる範囲の問題ではあります。

 重大なのは、むしろ三番めのこの物語の大構造からみて、当然語られねばならないはずの話が、この「源氏物語」においては、二つと云わず相当箇所省かれているのではないか、という問題です。特にはじめに挙げた「藤壺」と「六条御安所」との密通シーンというのは、「源氏物語」全体の構成上からいっても、光源氏を際限のない女遍歴に駆り立て、かつその自分の行為に、無意識にもうしろめたさを感じるという、彼の行動を特色づける重要な動因となるべき相手であるだけに、その逢瀬のシーンやその時の光源氏の心理がまったく触れられていないというのは、今どきの読者ならずとも相当戸惑うことになるのではないか。
 帝妃である藤壺(義理の母)と密通するというのは、なき実母への憧憬が背景にあるとはいえ、父のハレムには手を出さないという、古代王朝からの暗黙の 掟を破る ことによって、この長大ロマンの主人公は 英雄としての資格 を得ている(スサノオノミコトが禁断の高天原に侵入して、大暴れするという 掟破り をした結果、中つ国に放逐され、 地上界の英雄 となったように)わけで、その重要さから云って、この部分がないというのはヤッパリおかしい。というわけで、桐壺帝が崩御する「賢木」あたりまできて、本当にそのシーンが無かったのかどうか、もう一回はじめからページをバカみたいにめくったのですが、もちろんそんなものはありません。
 六条御安所は、光源氏との密通後、その高いプライドと謎に満ちた素性から、生霊となり死霊ともなって、主人公を苦しめるのですが、なぜ彼女の魂だけが生身から「あくがれ出で」て、光源氏のヒロインたちにとり憑くようになったのか。これについても本文のどこを探しても、具体的な記述はなく、ひたすら他の貴婦人とはおおいに異なり、謎に満ちた、しかし格調高い女性としか説明されません。

 前知識なさすぎ!と言われてしまいそうですが、ここまできて、しようがなしにいろいろな解説を読んでみると、こうした疑問もまた1000年のあいだ長々と議論が繰り返され、また新たな加筆を試みるといったことまでが行なわれてきたことがらで、いまさら不思議でもなんでもないことらしい。これは何も上の問題が、すでに解決されているということではなくて、この問題自体は誰でも知っている?ということです。今さらながら、本文を(たとえ現代語訳でも)通読もしないまま、「源氏物語」について、ざっとした文学史的前知識だけで、ある種の固定観念に縛られていた自分に気づくハメとなってしまいました。

― つづく ―





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Last updated  2009.01.21 15:27:35
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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