サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.06.25
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カテゴリ: 文学
 このあとの祝宴で、めずらしく光源氏は自らのことを述懐めいて語りますね。少し気が緩んだということでしょうか。長い引用になりますが、

― 「いはけなき程より、学問に心を入れて侍りしに、すこしも、才など、つきぬべくや御覧じけん、院の、のたまはせしやう、『才学といふもの、世に、いと、重くする物なればにやあらん。いたう進みぬる人の、命、さいはひと並びぬるは、いと、難きものになむ。品高く生まれ、さらでも、人に劣るまじき程にて、あながちに、この道、な深く習ひそ』と、諌めさせ給ひて、本才のかたがたのもの教へさせ給ひしに、つたなき事もなく、又、とりたてて、「このこと」と、心得ることも侍らざりき。絵書くことのみなむ、あやしく、「はかなき物から、いかにしてかは、心ゆくばかり、書きて見るべき」と、おもふをりをり侍りしを、おぼえぬ山賤(やまがつ)になりて、四方の海の深き心を見しに、さらに思ひよらぬ隈なく、いたられにしかど、筆の行く、かぎりありて、心よりは事ゆかずなむ、思う給へられしを。ついでなくて、御覧ぜさすべきならねば。かう、すきずきしきやうなる、後の聞こえやあらむ」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫()筆者)

 「幼い頃から、学問には心を入れて励んでまいりましたが、多少は、学才なども、ついているかと思われたのでしょうか、故桐壺院が、おっしゃるには、『才学というものは、世間の中では、たいへん、重要視されるものであろうか。抜きん出て昇進した人で、寿命も、つつがなく全うするということは、たいへん、難しいことなのかも知れぬ。身分高く生まれて、才学によらないでも、人に劣らないで居られるのなら、強いては、この(学問の)道を、深く究めようとはするな』と、お諌めなさって、学問以外のさまざまな趣味のことをお教えになって、(私としては)つたないことも無く、また、とりたてて、「これは」と、得意にできることもございませんでした。ただ絵を画くことだけは、不思議と、「はかない手すさびとはいえ、何とかして、心ゆくばかりに、描いてみたい」と、感じることが多かったのですが、思いがけず山賤のように(さすらいの身)なって、四方の海の風景に潜むその深い心を見つめて、さらに思い至らぬところはないまでに、気付くところがあったのですが、筆のさばきには、おのずと限りがあって、なかなか思うようには描けないものだな、と思い知ったのです。機会がなくて、お見せすることも出来ませんでした。まさかこのように、晴れ晴れしすぎるような場所で(お見せする次第になって)、後々何と言われることやら」

 光源氏がこのように自分の性格や考え方を、ながながとしゃべるというのは、全編を通じてもほとんどないので、自己分析といえば、私の知る範囲では、わずかに「夕顔」の帖で右近に「 … みづから、はかばかしく、すくよかならぬ心ならひに、 … (私自身、てきぱきと、しっかりした性格ではないので)」と語っている程度です。爾来、古今東西の英雄というのは自己を語らず(他人のこと、とくに女どもについては、口さがなく批評するのに)、行動だけで、その存在感を植えつけるものですが、そういう意味でもこの部分はめずらしいのです。
 ずいぶん謙遜した言いかたをしているとはいえ、「須磨」の絵をここで持ち出した理由を、さりげなく語っているのです。「四方の海の深き心」とは、もちろん須磨流遇の際、嵐にあって意気粗相していたとき、夢見に海から現れた故桐壺院のことを示唆しているので、要は故院を褒め称える言葉になっていますね。

 しかし私は、むしろこの前段に語られる故院の教育方針というか、考えかたの記述が面白くて、光源氏自身はそれをどう捉えていたのか。「人に劣るまじき程にて、あながちに、この道、な深く習ひそ」とは、ひょっとすると大陸の故事にもならったかとも思われますが、世間晴れて高い身分で生まれたなら、軽々に学問のような専門の道に深入りせずに、さまざまな道に精通して全体を見知っておくほうが良い、ということでしょうか。
 故桐壺院は前にも触れましたが、けっこう世俗的な処世術にも長けたところがあって、まあそれゆえに源氏を(後継争いに巻き込まれやすい親王から)臣籍降下させたところもあったのですが、逆に親王の立場から離れた光源氏に取ってみれば、我が身の高貴を保つのに相当苦心を強いられる場面も、世俗の世ではけっこうあったはずです。そのあたり、故院にかぎりなく尊敬を払いつつ、彼自身は別の考えかたを次第に持つに到ったかとも思えるので、それはこの先、実の息子である夕霧の教育方針に現れてくるようですね。

― つづく ―





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Last updated  2009.06.25 09:43:45
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Re:源氏1000年 絵合 10.(06/25)  
Keikoさん  さん
はじめまして。ブログ開設したばかりです。訪問させていただきました。 (2009.06.25 10:14:01)

Re[1]:源氏1000年 絵合 10.(06/25)  
Keikoさんさん
ご訪問いただきありがとうございました。
またいつでもお寄り下さい。 (2009.06.25 10:32:31)

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