サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.11.13
XML
テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 じつは彼らの心配は杞憂に終わって、大夫の監は二度と現れません。ここの挿話を長々と引用してきたというのは、この人物が端役にしてはずいぶん存在感のある書きかただと思ったからで、この肥前の地で繰り広げられた物語が、昔ながらの「求婚譚」を下敷きにしているとはいえ、紫式部がそれをどのように換骨奪胎しているか、ということを見るためでした(これまた邪推ですが、案外これと似たような経験を、彼女は父の赴任地の越前でしていたのかもしれませんね)。
 概してこの「玉鬘」の帖は、このあとにつづく長谷寺の「霊験譚」もそうですが、当時巷間によく知られた説話類の筋をわりあい安直になぞっているようで、本編の主人公の光源氏が、基本的には「貴種流離譚」的な昔物語を下敷きにして語られているとはいえ、ほとんどその痕跡を残さないばかりに拡張変形されているのと対称的ですね。

 このあたり紫式部に何か意図があったのかどうか。あるいはこのb系物語で気分を変えてみたかった彼女にたいして、おそらくこのころ宮廷内外の読者からさまざまなリクエストがあったのではないか、という話は前にも何度か触れました。彼女としてもそうした外部からの声を無視するには、自身の立場を考えざるを得ない時期だったでしょう(とくに道長に対しては)。というわけで、ひらたく言えば多少読者に迎合して、一般受けしやすいサービスをしたのかもしれません。
 それがどのあたりに現れているかというと、ここまでこの帖の主役であるべき玉鬘本人がほとんど何もしていない、ということが上げられます。というより「帚木」「夕顔」から始まって玉鬘十帖の見事な前奏曲をなしたb系物語が、かんじんの主役の登場になったとたん、ちっともそのキャラクターが冴えて来ないじゃないの、ということがあるのです。
 今回このいわゆる玉鬘十帖を、前のb系も含めて再読していて、紫式部がこれを一つのまとまった長編として構想していたであろうことは相当納得でき、また玉鬘本人のキャラクターも「藤袴」「真木柱」の帖に至って、見事な結末が与えられているのですが、少なくとも本帖では彼女はまだ昔物語のお姫様という位置づけを一歩も出ていないという気がします。

 これは取りも直さず、ここでは「求婚譚」の昔物語を安直になぞった所から来ているので、「竹取物語」を持ち出すまでもなく、「求婚譚」にあっては主人公というのは最初から唯一無二の理想の姫君であって、物語の面白味というのは姫を争うさまざまな求婚者達の滑稽な失敗話が主なのです。「求婚譚」は結婚(ないし昇天)によって、「めでたし」となるわけで、むしろ結婚後(あるいは契りを交わしたあと)の「うつつ」を、「あまりなるまで」見つめようとしていた紫式部にとっては、このあたりでは主人公は動かしようがなかったのかもしれませんね。
 そういう意味では、昔物語というのは基本的に男=オスが作りあげた話で、女をモノにしようとして争うという筋書きが、相手側の女達にとってどんな現実(うつつ)をもたらすか、についてはまったく関心を示さないのです。彼女はそうした指し示された女たちの現実(うつつ)を記録した、女の日記類あるいは随筆類をすでに知っていたので、本編を延々と書き続けた理由の一つは、そうしたさまざまな現実(うつつ)に放り込まれた女たちの生々しい声を、できるかぎり具体的に書き記すことであったでしょう。

 玉鬘もそうした結婚後の現実(うつつ)が描かれることで、初めて今ふうの小説的面白味を感じて読める中味になっていると思うのですが、それはまだだいぶ先の話ですね。

― つづく ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.11.13 11:55:59
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: