サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.11.19
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 さてこのあと、玉鬘一行と右近のちょっぴり感傷的な出会いが描かれるのですが、紫式部の筆致は例によってなかなか巧みなので、少し長くなりますが、

―  例ならひにければ、かやすく構へたりけれど、かち歩み堪へがたくて、より臥したるに、この豊後の介、隣の軟障のもとに寄りきて、参り物なるべし、折敷手づから取りて、
 「これは、お前にまゐらせ給へ。御台などうちあはで、いと、かたはらいたしや」
などいふを、聞くに、「わがなみの人にはあらじ」と思ひて、物のはざまよりのぞけば、この男の顔、見し心地す。誰とはおぼえず。いと、若かりし程を見しに、ふとり、黒みやつれたれば、多くの年経たる目には、ふとしも、え見分かぬなりけり。「三条、こゝに召す」と、呼び寄する女、見れば、又、見し人なりけり。「故御方に、下人なれど、久しく仕うまつり馴れて、かの、かくれ給ひし御すみかまで、ありしものなりけり」と、見なして、いみじう、夢のやうなり。

 (右近は)いつものこととて、気安く準備して来たけれど、(さすがに)徒歩はしんどくて、(物に)寄り掛かって休んでいると、あの豊後の介が隣の軟障の側まで寄ってきて、お食事なのであろうか、折敷を自分で持って、
 「これを、姫に差し上げなさいますよう。膳部などが整わなくて、とても、申し訳ないのですが」
などと言っているのを、聞いていると、「(どうやら)私と同じような身分の客人ではなさそうだわ」と(右近は)思って、物の隙間から覗いてみると、(どうも)この男の顔は、(以前に)見たような気がする。(しかし)誰とは思い出せない。とても、若かった頃に見たので、(このように)肥え太り、色黒になってやつれているのを、長年月経ってしまった目には、おいそれとは、見分けられないのであった。「三条、お呼びですよ」と、呼び寄せる女も、見てみれば、これまた、(かつて)知った者である。「亡くなったお方(夕顔)に、下女だが、長くお仕え馴れしていて、あの、(頭の中将から)お隠れなさったお住まいにまで、お供して行った者だわ」と、見て取るや、(右近は)まるで、夢でも見ているような心地がした。

 この場面、休息していた右近が、軟障の幕で仕切られた向こうの客の声を聞いて、まず自分より身分が上らしいと見当をつける。で、隙間から覗いてみると、以前見たような気がする、という流れなのですが、これは同時にすっかり老女房になった、右近のベテランとしての振るまいかたもよく表わしているので、光源氏の庇護の下に女房社会を生き抜いてきた彼女にとって、周囲の状況に自然と耳や目を側立たせてしまうというのは、体の髄にまで染み込んだ所作なのです。
 それは先に語られた、彼女が何度も長谷寺に参詣している理由、「とし月にそへては、はしたなき交じらひのつきなく」思い悩んでいる、という姿をも、奇しくもありありと表わしていて上手いですね。

― 主とおぼしき人は、いと、ゆかしけれど、見ゆべくもかまへず。思ひわびて、「この女に問はむ。兵藤太といひし人も、これにこそはあらめ。ひめ君のおはするにや」と、おもひ寄るに、いと、心もとなくて、この、中隔てなる三条を呼ばすれど、食ひ物に心を入れて、とみにも来ず、いと、憎くおぼゆるも、うちつけなりや。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 主人とおぼしき人を、(一刻も早く)ぜひとも、知りたいが、(とても)見えるようなしつらえではない。思い余って、「この下女に聞こう。兵藤太といわれた男も、(たぶん)この人(豊後の介)だろう。(そう言えば)姫君は(どこに)いらっしゃるのかしら」と、思い至ると、もう、気もそぞろで、この(部屋の)中仕切りにいる三条を呼ばせるが、(彼女は)食事に夢中で、すぐには出てこないのを、(右近が)ものすごく、憎たらしく思うのは、(ちょっと)せっかちすぎるのでは。

― つづく ―





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Last updated  2009.11.19 10:58:29
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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