サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.01.30
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 というわけで、話は内大臣家のほうに移るわけですが、その話は次の「常夏」の帖でまとめて話したいと思います。実質的に「螢」の帖はここで終わっていると言っていい。

 しかし先に触れた「物語論」、

― 「その人の上とて、ありのままゝに言ひ出づることこそなけれ、よきもあしきも、世に経る人の有様の、見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしきふしぶしを、心にこめがたくて、言ひおきはじめたるなり。 … みな、かたがたにつけたる、この世のほかのことならずかし。 … ひたぶるに、空言(そらごと)といひはてむも、事の心、違ひてなむありける。」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫()筆者)

 「(そもそも、物語というのは)誰それの人のこととして、(何もかも)ありのままに語るということではなくて、善きにつけ悪しきにつけ、この世に生きる人の有様で、見るに飽かせず、聞き捨てにも出来なくて、後の世まで語り伝えたいような事柄を、心一つに収め難くて、語り置き始めたのでしょう。 … 皆それぞれ由あることであって、この世の他の話ではないのですよ。 … 何もかも全部、ウソと言い切ってしまうのでは、ことの本質を、見誤ってしまいます。」

 という源氏の言葉を、つらつら反芻しているうちに、じつはもう一つ別の想念が、私には浮かび上がってきます。今まではもっぱら物語論とか、純粋に芸術観のレベルであれこれ詮索してきたのですが、ここの「空言にこそ、ことの真実が込められている」ともとれる揚言は、何かしら現実社会に対する紫式部の不適合感というか、不満のようなニオイが感じられるのです。
 まあ一般論として言えば、彼女のように隔絶した天才性を持った人というのは、多かれ少なかれ現実社会との不適合感を常に抱くものですが、もう少し下世話な話として、彼女には当時ごく個人的にも不機嫌になるべき要因があったのではないか?

 それは取りも直さず、彼女と藤原道長との関係が、この頃からおかしくなっていたのではないか、ということなのです。ここから先は話し方に気をつけないと、また怒られそうですが、例の大野晋さんは「紫式部日記」の中味を分析して、前半の自信に満ちた書きぶりが、後半に行くにしたがって次第に不機嫌になっているのではないか、で、その原因は、おそらく道長との不和であろう、と推測されているのです。私は「紫式部日記」を読んでいないので、何とも言う資格はないのですが、もしそうであるなら、中宮彰子の懐妊で世の権勢をほぼ手中にし、我が世の春を謳歌した道長という現実(うつつ)に対し、何がしかそれを忌避する要素が彼女に無かったとは言い切れません。
 彰子の部屋を宮廷随一のサロンにし帝の寵愛を勝ち取る、という目的のために、道長が部屋に侍る女房たちの人選や管理にどのような手を用いたか、光源氏の振るまいかたを見てもほぼ想像がつきますが、世俗的な目的達成に対して何の躊躇も抱くことの無かった道長が、逆に目的を達成したあと、どういう扱いを女房たちにしたのか、何となく想像がつきますね。露骨ではないにしても、そのあたりの空気の変化というのは、たぶん紫式部などには気鮮やかに感じられたはずで、彼女がこの物語の中で、光源氏が関係した女性に対して、決して自分から想い捨てにすることをしなかった、と繰り返し強調しているのも、逆に現実にはそうしたことが、ごく普通にあったろうことを、想像させてしまいますね(まあこれは今でもそうですが)。

 物語とか小説とか、とかく文学とか音楽のような芸術作品の中味について、作者の個人生活をあれこれ平面的に投射して考えるのは、じつをいうと作品の享受のしかたとしては、あまり上出来とはいえないのです。ひらたく言えば、作品を作品の外部から裁断することになりかねないからで、同じ対談で作家の丸谷さんは、大反発されていてとても面白い。
 私もどちらかといえば、作品と自身との関係性(つまり書き記された言葉と、それを読む私との関係)で、ずうっと話して行きたいと思っているのですが、それでも「現実(うつつ)よりはるかに本当の事を穿った空言もあるのよ」という言葉は、何かこれが彼女一人の声ではなく、同じような境遇の女房連を代弁しているような声にも聞えるので、ついこんな下世話な話をしてしまいました。すいません。

― 源氏1000年 螢 おわり ―





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Last updated  2010.01.30 10:24:41
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コメント有り難うございました  
charliesx  さん
初めまして。CHARLIEと申します。

 ものすごく真面目で、奥の深い記事を書かれているのですね!
 これからじっくりと読ませていただきます。 (2010.01.30 13:48:22)

charlieさん  
 ご訪問いただきありがとうございました。
 相手が何しろ恐ろしいほどの大長編なので、この際あせらずに出来るだけゆっくり、じっくり読んでやろうということで、こんな調子でやってます。
 また、いつでもお越しください。 (2010.01.30 17:14:58)

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