サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.03.09
XML
テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 夕霧は母葵の上が、彼を出産直後死亡したことで、母の里方である大宮のもとで、他の内大臣家の若君たちといっしょに育てられたのでした。父源氏の皇孫系の血筋をひくとはいえ、何度も言うように源氏性は父一代で公的には終わるわけですから、彼の意識としては内大臣系の世俗的な身の処し方には、充分な親和性があったでしょう。
 そのあたり、彼のその後の振るまいには実際的な面に秀でたところがあり、内大臣家長男の柏木のほうが、むしろ皇孫系への憧れが強くて、ゆくゆく禁断の色恋の道に迷い込むことになりますね。それぞれの気質が、結果的にクロスして表れているのですが、これについては次の「行幸」の帖で触れることにします。

 いずれにしても、夕霧は小さい時から、父源氏のうわさや評判については、側つきの女房や従者や、とくに祖母大宮から多くを聞いていたはずで、しかもその破天荒な振るまいというのが、源氏姓においてのみ通用する事柄であったことも、あるいは知っていたのかもしれません。藤壺の宮との一件は別としても、六条御息所や朧月夜などとのスキャンダルは、言わば公的な話題となって都中をめぐっていたわけで、それがひいては父源氏の須磨流遇という政治的危機につながった、ということも充分知っていたでしょう。
 聡明な彼ですから、世俗的な危機に及ぶことは、注意深く自制していたわけで、これは大人(とくに内大臣や父源氏など)から見れば、はなはだ有能であっても、要領が良すぎて面白味に欠ける男、と映ったかもしれません。
 ひるがえって考えてみれば、前にも触れましたが、そもそもこの光源氏というのが、平安の世も二百年を過ぎた今の世に、もし古代英雄的な色好みの人物が現れたらどうなるか、という今様の夢物語から出発したので、紫式部の時代すでに、要領ばかり良くて簡単には弱点を見せない、つまりお行儀が良くて官僚的な男が主流を占めつつあったことの反映であったかとも思えるのです。道長はもちろんそうした若君たちに飽き足らないものを感じ、また周辺にもさかんにそれに類したことを言ったでしょう。ひらたく言えば、「今の若い奴は、~ 」という、今も変らぬ大人の常套句を、です。

 とはいえ、夕霧のような聡明な若者としてみれば、この分かりやす過ぎる大人たちの振るまいを、二番煎じで演じることは、もとよりあり得ないことだったので、彼の十二歳から十八歳までの表向きの無事平穏は、父桐壺への反発として悪童の限りを尽くしたらしい、父源氏の空白の五年間(十二歳~十七歳)とは、著しい対照をなしていますね。

 さてそんな夕霧でも、表向き不利が生じるおそれがないかぎりは、父たちと同じような振るまいを為すについて、何らの懸念も抱いていなかったので、バレない限りは隙見もするし、危なくない範囲で姫君たちに声をかけたりもする。五節の君については、父源氏の従者(惟光)の娘ということで格下ですから、何ら慮るところはなかったのです。つまり右馬の助を介して渡した二通の手紙のうち、「をかしき童」のほうは五節宛、「いと馴れたる御随身」のほうは、より気を使う内大臣家の娘(雲井の雁)ということになります。

 父源氏を多少退いた地点から、シラジラと観察している夕霧ですが、世にも稀なる美女たちとの馴れ合いを、散々見せ付けられて、さすがにまたしても、

― 。「かゝる人々を、心にまかせて、明け暮れ見たてまつらばや。さもありぬべき程ながら、へだてへだてのけざやかなるこそ、つらけれ」など、思ふに、まめ心も、なまあくがるゝ心地す。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 「こんな美女たちを、思いのままに、朝から晩まで拝見できたらなあ。そうであっても良さそうな(兄弟姉妹の)関係なのに、(父殿が)隔てをことさら立てるのが、つらいな」など、考えていると、マジメな(夕霧の)心も、何となく落ち着かない感じがする。

 というところで、「野分」の帖は、ほぼおしまいです。

― 源氏1000年 野分 おわり ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.03.09 14:38:33
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: